壊れた時間

December 29, 2010


日本の工業製品の品質が高いものになったのはたかだか1950年代以降のことにすぎない、というのは前にも書いた。古い英語の辞書にはmade-in-japanという単語が載っていて、その意味は「安いが品質が悪いもののこと」であることもそのときに一緒に書いたと思う。なぜこの単語のことを書いたのを憶えているかというと、実はわしが戦前の日本の工業製品の品質がひどいものであったことを知ったのは、この単語の意味を不思議に思って歴史を遡ってみた結果であって、それまではわしも当然のように「昔から日本の工業製品の質は高かった」と誤解していたからです。
笑う人もいるかもしれないが、漠然とそう思っていたのには「零式艦上戦闘機」の影響がおおきい。戦艦のようなものと違って(とゆってもドイツのように4万トン級の戦艦を軽快に運動させるディーゼル機関をつくれたような国は別だが)航空機というのは、材料工学から始まってベアリング、精度の高いQCというような先進的な工業力が必要だからです。
ところが零戦のような航空機も技術者がそれまでの経験から日本の当時の劣悪な工作技術でも飛べるようなデザインにしたから飛んでいたのであって、たとえば三式戦飛燕のような液冷エンジンをつくるとデザインは工作が簡便なので有名なメルセデスのコピーであったにも関わらずもう工作技術が追いつかなくてまともに飛ばなかった。
それからこれへと調べてゆくとスペック的にはカッチョイイ伊号潜水艦も潜航すれば必ず水が漏って慌ててタオルを詰めねばならず、始めに挙げた零戦も編隊が離陸すればたいてい一機は増槽と機体の継ぎ手の部分から燃料の白い糸をひいていた、というような具合だった。
観念的な技術は「西洋」に追いついていても手はついていけていなかったのでした。

それが1950年代を境に見違えるしかない品質になったのは、アメリカ人達のせいだったという。
朝鮮戦争が始まって巨大な兵器工廠が必要になった合衆国は日本にそれを求めた。
増槽タンクのようなものから始めてだんだん精密なものも日本でつくってしまえばよい、ということになった。
だって、あいつら、ついこのあいだまで似たようなもんつくってたわけだしな。
7.7mm以下の銃は弾道性もよかったってゆーやん。

ところがいざ納品になってみると、凄まじい不良品率で頭を抱えてしまった。
こんな部品で戦争させられたら、うっとこのヘータイはみんな事故死してまうがな、というすごさだった。
やることが粗っぽくて、投げやりなのです。

このときに合衆国人たちに雇われた連合王国人たちが工場を視察して発見したのは日本人の作業のスピードがベラボーに早いことで、連合王国の工員がジーコジーコウイーンウイーントントンとゆって作る部品をジコジコホイチョイジコジコホイチョイという調子でつくってしまう。連合王国人が5つつくるあいだに8こつくる。
でも連合王国人の5個が全部動くのに日本のひとがつくったのは3つ壊れている。
「それではダメだ」というのが合衆国人たちと連合王国人たちの教育の内容で、具体的には「もっとゆっくりつくらないとダメだよ」ということでした。
日本のひとは「やりかた」はもう知っていたが、そのやりかたでものをつくるのに、どのくらいの時間をかけるのが適当か、ということを知らなかった。

成田エクスプレスに東京駅から乗るとき、目の前で新宿から来た車両と池袋から来た車両が連結されるところでした。
見ているとおもしろい。
ぷおおおお、とタイの象さんが仲間に警告するときの鳴き声をもうちょっと硬くして大きくしたような警笛をひびかせて、まず、ぐっと近づきます。
そこで止まる。しばらく、じっとしてます。
そこから、ゆうううううくりゆうううううくりセンチ刻みで相手との距離をつめていってガチンと連結する。
そのゆっくりさが人間の普通の感覚よりももう少しゆっくりなせいで作業をしている人達が大きな集中力を獲得できているのが見ていてわかる。
運転士は息をつめて運転しているかもしれません。
わしは、笑ってはいかむ、その作業と作業のあいまの異常なくらい長い「間合い」に文明を感じました。
しかもそれは紛うかたない「技術文明」の産物である。
日本が140年の猛勉強のはてに獲得した技術文明がすんなり稼働するための「時間」を獲得したのだと大げさなことを考えました。

ものをつくるには、あるいは技術的な作業を行うのには作業の内容に依存した「最適な時間の流れ」というものがあって、それは案外ひとによって違ったりしないものだ、というのは実は比較的よく知られていることなのかもしれません。
文明の悪の象徴のように言われる大量生産の流れ作業のコンベアの速度などについてさまざまな論考を遊び半分で眺めていると、わしなどは逆に、個人差というものの意外なくらいの小ささに打たれてしまう。
作業の持続時間にはおおきな個人差があっても作業に最適な時間に関しては大半のひとがもともと似た時間になっている。

自分が子供の頃からものをつくったりするときのことを考えても、プラモデルの組み立てにしろ、塗装にしろ、あるいは犬小屋の建築にしろ、物置小屋のペンキ塗りにしろ、まるで誂えたように「最適時間」というものがあって、その時間の定型にうまく「乗る」と作業が不思議なくらいうまくいくもののように思い出される。

そりゃ、きみがいいたい時間と作業の時間の関係はいいかげんもう判ったけど、いったい何がいいたいの?
と、きみはいうであろう。
うふふ。
言いたいことは、ここからヘンなほうに行ってしまうんだけどね。
まあ、聞いてくれたまえ。

わしは他人のツイッタを眺めているのが好きなので、よく全然関係のないひとのツイッタを眺めます。
ねむいー、とかはらへったー、とか。
英語のツイッタは殆ど大勢でやってきたパブで言い交わす冗談を文にしてオモロイ冗談をゆって笑かしてやろう、ちゅうようなのが参加するひとも増えていちばん盛り上がるパターンである。

日本語のは、もっとマジメなのが多くて、いちばん盛り上がるのは唱道者がいてそれに人がぞろぞろ付いて歩くようなのが人気があるよーだ。
大本教のお筆さき、とかはいまなら絶対ツイッタでやってるよね、という感じがある。
出口直などは、いまなら偉大なツイッタの女王だのい。
あれだけの強烈で実質的な思想性があれば実際ツイッタを通じて強力な教団をつくれただろう。
それはともかく、
たまに賢い人がふたりで向き合って議論しているものもあります。
運が良いと、そういう組み合わせがみつかる。
こういうのは、たとえは悪いが天気の良い日にウインブルドンのベンチに腰掛けて白いコスチュームのテニスプレーヤーが延々と見事なラリーを繰り返しているのを見ているようなものでたいへん気持ちがよい。
見ていて、人間って、やっぱりサルよか賢いやん、キイイィイーとかゆわないし、と思う。

で、そーゆー知的なラリーが続くときにやはり話柄ごとに適切な「時間」があるように見えるのです。
反応速度が速すぎるひとは、やはりちょっと見はカシコゲでよくてもダメなのはすぐに判って話すことが自分で頭のなかに貯蔵しておいてあったものを述べているだけである。
相手がちょっと自分が予定した知識や思考の範囲から外れてくると、見当違いの反応を示しだすか、誤解におちいって自爆するか、はなはだしきに至っては怒り出すひとまでいる。

わしは考えに、というか考えの在庫の放出に加速がついて喚きだしたりしているひとを眺めながら、古代ギリシャ人や古代ローマ人が議論を寝そべってやったりしたのには理由があるよな、と再確認する。

わしの裏祖国の友達でひとり、「ドイツ人が議論が非生産的なのは、あのひとびとがビールをぐびぐび飲んでしまうことと深い関係があると思う」というひとがいた。
テムズの脇の、夕日があたるパブで、のんびり、裏祖国式にドラフトをちびちびすすりながら話しているときのことです。
「ああいう『時間』からはなにもうまれてこないのではないか」

あるいは忙しいひとには恋と議論をする資格はない、っちゅう詩人がおったな。
グレイ、だっけ。

日本にいるあいだ、わしがたびたび考えたのは、社会全体に「なにかをするときの適切な時間のかけかた」っちゅう考えが、ひょっとすると、この社会には欠けているのではないだろーか、ということでした。
もっというと無闇矢鱈に忙しくすることが生産性をあげることだと誤解しているよーな気がする。

えーと、どんな例がいいかな。
ほら、数学の先生とかに、問題を読んだらまず天井をながめて考えなさい、とか言われなかっただろうか?
すぐに鉛筆を握りしめて計算を始めるようなバカなことをしてはいけません。

あれは、適切で、しかもガキの側からしたらもっと深刻に受け止めるべきアドバイスだということは数学のひとならすぐにわかる。
天井を見て考えているのは解法だけではない。
その問題がテンポを伴って要求する問題と対話するための適度な「時間」もそのときにつかみとれとゆっているのです。

いまはまだ全然うまく言えないが、日本にいるあいだじゅう、なんだかいつも追い立てられている、というか急かされている、というか、音楽がない感じ、というか社会全体の「リズム」や「時間」というものが壊れていて、それがものすごい量のストレスと非生産性を生んでいるように観察したものでした。
あの壊れた時間のなかで人間が生きてゆけるのが不思議な気がした。

いつものこと、あんまり長くなったので、そろそろやめるが、幕末の連合王国人が書いたものを読んでいて「へっ?」と思うのは、連合王国人たちやフランス人たちが「日本人の遅刻癖」にうんざりさせられている様子で、会見をセットしても、どうも昔の日本人は30分や40分遅れるのはあたりまえだと思っていたよーだ。

西洋人たちは、いつまでたっても現れない日本人たちにイライラしながら「これだから非文明人は困る」と思ったようだが、わしは、それは実は逆ではなかったか、と思っています。

もうすぐ一年が終わる

December 28, 2010

世の中に二日酔いの朝のベジマイトトーストほどうまいものはない。
しみじみ、うめーだ。
いつものごとく台所までよろめきながら歩いて行って妹に「そんなに飲むなんてバカなんじゃない?」と冷笑されながら、じっとジャグでお湯を沸かし、トーストを焼いて寝室までもってゆかねばならないかと思ったら、妹がゆわれもせんのに焼いてベッドまでもってきてくれたのであった。
すっかり動揺してしまった。
どーしたんだ、あいつ。
ボーイフレンドに振られたのだろーか。
なんか思いつきで理屈だけもっともらしい投資をして大金をすったのだろーか。
孰れにしても妹が失敗するのはめでたいことである、と考えながら、しみじみおいしいベジマイトトーストをかみしめたのでした。
マジで、うまかった。
モニははやく起きて居間でかーちゃんと話しているよーだ。
遠くから笑い声がきこえておる。

日本と同じことで、ニュージーランド人も一年の終わりにはよくその年を
ふりかえって話をする。
「今年いちばん失敗した整形手術をうけた芸能人10人」
とか、
「今年もっともバカな失言をした有名人10人」
とかだのい。
日本と違うのはほとんどの場合、話が英語世界全体に及んでいて自国に限ることはない。
パメラ・アンダーソンもナタリー・ポートマンも、まるで自国人であるかのごとき扱いです。

クライストチャーチ人にとっての今年最大の話題は、「地震」であって、大きさでいうと「神戸大震災」や「ハイチ大地震」とちょうど同じでした。
「世界一地震に強いデザインの建物」とニュージーランドの建築家たちはことあるごとに自慢してきて、えらそーに胸をそっくりかえらせてフンフンしていたのであるが、蓋をあけてみるとフンフンがほんとだったので皆驚いた。
崩壊したのは建築家たちが地震の前から「こことここは絶対に崩壊するから補修をいそぐべきだ」と指摘していた1920年代以前の煉瓦造りの建物ばかりで、あとは崩れなかった。
フェンダルトンという町にあるかーちゃんの家も、同じ近所にあるモニとわしの「ChChの家」も地震のときに当然ひとが見に行ってくれたが、内部の壁のひび割れひとつなかった。
あれだけの大地震で人間がひとりも死ななかったのは、すごいことで、建築家のみなさんは自分達の仕事がいかに素晴らしかったかが証明されてフンフンがいよいよエビぞりになって歩いているが、しばらくは誰も文句をいわないだろう、と思います。

地面がやわらかいところに立っている家はしかし、無傷、というわけにはいかなかった。
外から見た限りでは変わりなく立っているがなかは梁がおれかかっていたり、柱がゆがんでいたり、壁に大きな亀裂が走っていたりする。
カウンシルが緊急な順に補修工事をしている。

通りも、古い、主に商店に使われている、補修の必要が指摘されていた建物は地震でつぶれてしまったのでたとえばマンチェスター通りはいまでも封鎖されている。
シドナム、というクライストチャーチでもいちばん古い商店街のひとつである街は殆どの建物が地震で危険な状態になったので営業停止命令を受けてかき入れ時のクリスマスも廃墟のようであった。

今年という年は、いままでの人生で最も忘れたい一年だった、とクライストチャーチ人はいう。
不景気、地震、政府の経済政策の失敗(政府主導のファイナンシャルハブにしようとして失敗した)があわさってやってきたので、てーへんだった。

3000回を越える余震のいくつかはおおきくて、つい昨日も大きな余震でオクスフォードテラスからみっつ向こうの通り(クライストチャーチの中心街)まで封鎖された。
崩れかけていた壁が余震でおちたりしたからでした。
スーパーマーケットもいくつかは棚の瓶がおちて割れたりしたので閉鎖されておった。

モニとわしも「今年いちねん、どんな年でしたか?」とカンタベリー友達にあちこちで訊かれたが、「日本に半年いてただもうひたすら暑かった」という以外には何もない年だった。
第一、ふりかえってみると、今年の最終遠征に限らず、いままで5年間に11回も日本にいったということそのものが、そもそも夢で、ほんとうはずっとニュージーランドや連合王国にいて、かーちゃんや妹やモニと、ウルの匂いのする生活をしていたよーな気がする。

エイクマン通りのバーで友達たちと酒をのんで遊んだ帰り道、星が雲間からたくさんのぞいている空を眺めながら「ガメとわたしはラッキーだな」という。
そーだのい、とわし。
今年いちねんで、また少しモニのことがわかるようになった。
モニにとっては、無論本人はいわないが、日本に6ヶ月も滞在することは大試練で、食べ物もあわず、日本の街も人間もなじめずで、たいへんだったのはわしにはよく判っている。
ただヘンテコなだんちゃんが、遠征の十全は全うされなくてはならんのだ、とわけのわからんことをゆーので付き合ったにすぎない。
来てみれば5月ののっけから、モニとわしにとっては暑すぎる暑熱の土地で、モニの好きな「散歩」などは、インドの火渡りの儀式のようなもので、1ブロック気分が悪くならないで歩ければいいほうだった。
涼しい天候をもとめて長野県の「山の家」も足繁く通ったが、東京よりは5℃くらいは低いものも、やっぱりあの町も暑すぎて、なんにも出来なかった。
そういう点ではがっかりだったが、ほかのことはこともなくつつがなく過ぎた。

プーなわしに代わって、わしの事務所のひとびとはバリバリ働いて、向かい風にむかってすすむヨットのように、巧妙に仕事をすすめてきた。
アグレッシブな投資を学習するためにもっか毎年倍になることをシュクダイにしているおらがガハハ資産も、今年は8月でもうシュクダイが終わってまるで夏休みの宿題が終わってから遊びにゆくかわいげのないガキのようであった。
モニは小さな展覧会で賞をとった。
遠くの町で開かれたコンピティションだったこともあって、初めはなんだかピンと来なかったようだったが、いろいろなひとからお祝いがたくさん来て、本人も嬉しくなってきたようでした。
そういえば、もうむかしからそこにいたような気がするオークランドのモニとわしの家も今年買ったのだ。
夏になるとブーゲンビリヤが咲き乱れる、カッチョイイ家です。
モニとふたりできゃあきゃあゆって走り回れるながあああーいホールもある。

そーゆーわけで、モニとわしにとっては夢であったような、なかったような、不思議な熱暑の年でしたが、いつもブログを読んでいてくれるみなさんは、どうでしたか?

josicoはんは連合王国への第一回冒険旅行から、手に汗握る脱出行のはてに首尾良く日本に帰り着き、じゅん爺のメルセデス「源五郎丸」はダイハードに走り続けた。
すべりひゆは息子のへんてこな眉毛に笑いをこらえてひくひくしつつ神と女性の抑圧された立場について考えていた。ヒロシは福音書の福音に惑溺し、SDはポーランドに留学することになった。ナスは仕事で疲れた体でぼんやり窓の外をみてる。チロはロスアンジェルスで不良に逆戻り、ブブリキはもちこはんに寄りかかりながら、あの素晴らしいパフォーマンスを今年もやっていた。
ネナガラは、円相場を見つめてため息をついていたかしら。
thingmeurlはまた月を見上げながら、いまは遠い欧州の東のはてを思っているだろうか。
世界一のアホ男、windwalkerはどうしているかなあ。
むすっとした顔でツタヤのカウンタにアダルトビデオを並べて女店員に嫌がられているだろーか。

また新しい年、新しい冒険、新しい太陽がのぼるときがやってくる。
来年こそは、誰にとっても、もっと良い年になればいいけど。

トザイケーザイ_2

December 27, 2010


日本にいるあいだ「日本の国内市場での『円』て効率が悪い通貨なんちゃうか」とヘンなことを考えた事があります。
鞘をへつられ ぴんを削がれ というが、どうも50円のことをするのに100円はかかるような気がする。
物価が高いんだから、あたりまでしょう、という人が当然いるだろうが、ちょっとまっておくんなまし、そーゆーことではないのです。
オカネがスカな感じ、というか、そういう話をしたいのだ。

ついでに書いておくと、あの有名な「都市別物価高ワースト10」ちゅうのは、どういうインデクスの取り方をしているかというとたとえば某イギリス版は「連合王国のビジネスマンが一日の生活でオカネを使うことを各都市にあてはめて比較」してつくる。
朝食は、ポーチドエッグとベーコンとトーストとフレッシュジュースにコーヒーどすな。
卵料理のところはオムレツやめん玉焼きのこともあるだろうが、小異はあれども大同は動かぬ。
マンハッタンなら安ければ5ドルでこの朝食は食べられる。
5ドルの奴だどベーコンがほんとうは段ボール紙なのではないかという味ではあるが、北京の肉まんと違って一応豚肉です。
ではこれを東京で食べるとどうなるかというと、どうなるかもなにも食べるとこないやん。
高級ホテルなら、あります。
安くて2500円、普通3000円、高ければ4000円ですのい。
極端にいうと、だから日本での「朝食コスト」は3000円、ということになる。
夜も調査対象メニューがビーフステーキとかなので、これも東京では200グラムくらいでも、嫌がらせでやっとるのか、というような値段である。
コーヒーに至っては、もともとは殺意を抱きたくなるような価格であった。
だから「東京の物価」というのは、すげー高い、ということになっているが、日本のひとはわかると思うが真実をぜんぜん反映してないよね、あれ。
現実の東京人は、朝食を「小諸そば」で食べたりする。
300円、とかだな。食べたことがないからほんとうはよくわからんが。
わしが大好きな、ゆで卵と不思議な味のコーヒーと、あのオモロイ謎の分厚いトーストのクラシック「モーニングサービス」もあるしな。
あの「モーニングサービス」はカッコイイ。
わしは大好きです。
シブイ、と思う。
夕飯だって、とんかつなら1000円でしょう。
「とんかつ」が調査項目対象になっていないだけのことです。
だから東京の物価などはリストでゆわれる物価の半分も実勢がないと思われる。
家賃、とかが、ぶわか高いので「ほんとうは調査よりも物価が安い」と言い切れないところもあるが、こっちはこの記事の本題に関係があります。

オカネにも若いオカネと年取ったオカネがある、と「トザイケーザイ」でちょっと書いた。
若いオカネはたとえばシンガポールのオーチャードロードに行けば大量に消費物資と交換されているオカネであって、あの国ではオカネをもっているのが若年層なのでオカネは使うためにある。
わしのシンガポールの友人たち(20代後半)も見ていて気持ちよいくらい使います。
A某は、迎えに来るクルマが4年前はカローラだったが先月会ったときはメルセデスのSクラスだった。
「オダイジンでねーか」とゆって冷やかすと日本のひとそっくりの照れ笑いを浮かべながら「ARF(登録料)が100%に下がったからね」という。
シンガポールではクルマは日本のだいたい5倍くらいの値段だったが、最近は3倍くらいになった。だから、たくさん売れている。
モールに行けば、買い物袋をいっぱいぶらさげた若いカップルが買い物にくたびれはててカフェでコーヒーを飲んでいる。
午後3時という中途半端な時間なのに、去年できたカッチョイイ流行最先端レストラン街にある「大戸屋」(^^)も満員です。

「若いオカネ」は社会を豊かにする。
理屈は簡単で、若い人間たちが購入するものは社会の生産性獲得に結びつきやすいものが多いからであるに決まってる。
いちいち例を挙げる必要はないと思うが、それに較べて「年取ったオカネ」は社会を後ろ向きに引っ張ってゆく。
いまのつくられた「昭和ブーム」がその典型だが、年寄りのノスタルジアは自己満足で完結するだけなので、どちらかというと社会の足をひっぱる方向にしか使われない。

わしは、日本にいるあいだ、統計から眼を離して、インデクスも見るのもやめて、若いひとびとと話してみると日本の衰退は社会全体で常識だと信じ込んでいる「あと払い方式」にあると強く感じました。
年金も、そういう見方をすれば20歳になった人間に「45年経てばよいことがあるからね」とゆわれているだけであって、しかも、言ってしまえば、いまの日本の財務状況と産業構造という「大きな絵」や、政府の失敗に失敗を重ねてカネをすりまくっている年金積み立て金の運用を見てもなおかつ、ほんとうに45年たって積み立てたカネが(年金としての利得はもちろん)元金として戻ってくる、と信じるひとはいないでしょう。
せいぜいインフレが1000%で、千円が一円の価値しかない社会になって月に10万円だかの年金を渡されて「ほおおおら、ちゃんと約束通りの額の年金を払ったでしょう?」とゆわれるくらいがオチである。その「10万円」で明治製菓の板チョコが一枚買えれば、もって瞑すべし。

「年取ったオカネ」には、もうひとつ面白いことがあって、お札に「くれくれ君」たちの指紋が、いっぱい、べたべた付いている。
電子書籍の話題が登場したときに出版社が「作家の取り分は15%にする」と大急ぎで宣言して、わしを愉しませたが、ああいうことが「日本経済」というもののひとつの典型だと思います。
よく考えてみなくても電子書籍でもっとも減少するのは出版社側の「青焼きモード」に入った編集者の仕事に代表される仕事の工程であって、そうした職人的な仕事の大部分電子書籍になれば消滅する。制作部分に至ってはどんな仕事が残るのか想像するのが難しい。単純な意味における校正やなんかが自分で出来るというと実は作家が自分で書いたものを自分で流通させてしまえます。
であるのに85%出版社に上納金を払え、という宣言の根拠は、
「そうしないと、ぼくの給料が払えないんだもん」という日本特有の豪快な理屈によっている。
作家、という「ものをつくる」側の視点がのっけから無視されているのだから、そーゆー社会でものをつくる人間たちが嫌気がさして、もうヤンピにならなければ、そっちのほうが不思議であると思う。

前に、iTunes+iPodがもともとは日本の会社の発想でありながらアップルにもっていかれてしまった事情を書いたが、あの著作権協会のやりかたも「正義」で武装したくれくれ君そのものでしかない。

わしの「山の家」があった長野県というところは面白いところで、鄙ひなした田舎の細い、最近一ヶ月はクルマが通ってないな、これは、という感じの道を四輪駆動のクルマで運転してゆくと忽然と巨大な橋が架かっている。
なんじゃ、これは、と思って地元のひとに訊くと、要するに長野県の主要産業は「公共事業」であって、はっきりゆっていりもせんものをバンバン国の税金でつくらせて、そのおこぼれにくれくれ攻勢をかけるのがゆいいつの「産業」なのだ、ということでした。
その頃の知事はムライというひとだったが、あの知事さんの仕事、それだけだし、とゆってその会社社長のおばちゃんは「ニッ」と笑った。

ふつーに考えれば東京から大阪までまっすぐに近づけるべきリニアモーターカーの路線を、ぎゅううういんん、と北に曲げて見せた、あのブラックホールの重力が光をへし曲げてしまうがごとき「長野案」の強烈なパワーは実は「くれくれ君」たちの念力だったのである。

某県の30代のインテリア会社社長は、サイトを開いて全国相手に商売をすることを思いついて首尾良く成功した。
しかも「日本の田舎はみんなそーゆーものなんだけどね」と彼がいうには、サイトを開く、と決めたら、さんざん「どうせうまくゆくわけがないのに」とか「若造の浅い考えでくだらないことをやって」とゆわれたそーである。
ところが、ある朝玄関の呼び鈴がなったので出てみると、
「40人くらい連れだって地元の社長たちが並んでんだよ」と、わしがコーフンするくらいオモロイことをいう。
おれたちにも分け前を寄越せ、っていうんだよ。
ひとりで成功していいとおもっとるのか。
そのなかにね、と、彼はハムレットのような悲しみに満ちた顔でつけくわえるのだった。
自分の父親まで混じってたんだから、やってられないのさ。

日本におけるオカネの「使いでのなさ」は、どうも、オカネの価値が、こーゆー、くれくれ君たちの取り分によって希釈されているせいであるように思われる。
1000円の価値の商品なりサービスなりが市場を流通してゆく過程で、3000円くらいは「くれくれ君オーバーヘッド」がくっついてくるもののよーです。

解決は、もうブログでもツイッタでも何度も何度も何度も繰り返したが、「若いひとにオカネを払う」しかねーんです。
絶対に、他にはない。
「初任給」というような言葉が死語にならないうちは日本の経済が復興するなんてありえない。
オカネというものはそういうものであって、潤沢にあっても人間を幸福にしないが大幅に不足すれば確実に不幸にはする。
日本の若い人は「日本語」という巨大な壁のなかに閉じ込められた懲役囚のような存在であって、年期をつくせば出所も出来て、めでたい出所の日には十分なカネも渡してあげるから心配するな、と言われて半信半疑で暮らしているが、わしはナマケモノなので経済に明るいねん。
わしが保証してあげよう。
そんな「将来に報酬されるべきオカネ」なんて全然でないから。
わしは日本にいたとき全然テレビを観ないので知らなかったが、なんだか政府が「年金を払えないなんて誰が言った!」という広告があったそうだが、誰て、数字が保証してまんがな。
第一、これも前に書いたが年金制度なんちゅうもんは、もともと人間が65歳まで生きていない前提で思いついた制度で、受給開始年齢が平均寿命と同じかそれより後でないと運営できひんのはほんとうは当たり前なんです。
それを社会保障に組み込んでしまったので、マイケルジャクソンの歌の著作権に投資してみたり、森林に長期投資したり、ヘッジったりリバレジったりしながら、懸命にごまかしておる。
まして日本の場合はジジババという箪笥に富がしまわれてしまったので、見た目の「富」なんかは加齢臭がついたままゴムがゆるんで黄ばんだ下着の下にうもれてしまっておる。
実質的に流通して消費にインパクトをもてるような富は統計にあらわれるより遙かに小さいとゆわれている。

義理叔父の友人の高級レストラン経営のおっちゃんがオモロイことをゆっておった。
団塊以上のひとは確かにオカネが有り余っていて、いいお客さんなのだが、いったん病気をするとピタっと来なくなる。
病気をするまでは、ただ漠然と国民保険やなんかの保険でほとんどの部分はカバーされるから、と思っていたのが、いざマジで病気になってみると、築地の病院などはいちばん安い部屋で一泊12万円だとゆわれてぶっとんでしまう。
こわくなって、次に病気になったときに備えてまったくオカネを使わなくなるそーです。
人間の心理の自然、というべきである。

「年とったオカネ」の消費には、そうやって「脆い」という属性もあるのだな。

相変わらずヘンなひとが来るので念のためにゆっておくと、わしはいつもいつもいつも念をおすように「年寄りにオカネがあるよりも若いひとにオカネがあるほうが『よい』ことだ」とゆっているのではないのです。
年寄りがお金持ちでカネの心配をしないですむことは、誰が考えたって「良い」ことであるに決まっておる。若いもんに年齢不相応な大金をもたせるとどういう醜悪な人格になるかは太平洋でひとりぼっちでなかったほうの堀江(元)青年をみれば明らかである。
しかし、しかあああし。

現代市場においては年寄りにカネが偏在してしまうと、年寄りのじーちゃんやばーちゃんがそれに備えて冨を備蓄している、その「冨」そのものが社会から消滅してしまう。
ついでに社会も消滅してしまうでしょう。
嫌なことをいうと地政学的にもお互いの「あるものと足りないもの」を考えると「乱雑さの法則」によっても、少なくとも日本は実質的に中国の一部と化すに違いない。
いまでも中国のひとは目立たないように(中国のひとは日本人の自分達に対する偏見を熟知しているからです)なるべく小さくて独自技術をもっている会社から、どんどん買収しようとしている。
まだ日本社会の反応をはかりかねて、おっかなびっくりやっているが、日本の社会も背に腹はかえられぬ、やっぱりこの世はカネさ、という反応とわかれば一挙に買収攻勢をかけると決まっている。
それが悪いことであるとは、わしは実は思いませんが、日本という社会の独自性は消えて、経済から始まって文化に及ぶまで「中国圏」になってゆくのはまず間違いのないことに思えます。
その頃にはインターネット上で、あるいは活字の上で勇ましい愛国的言辞を弄して「反中国」を唱えているひとたちは、まっさきに中国のひとびとのお先棒を担いで「チューゴク様のお通りだぞ」をするであろう。
歴史が予言している。

現代の世界では一国の安全保障はすべて経済の安定した繁栄にかかっている。
ミサイルもイージス艦も沖縄の基地も経済という保障に較べれば気休めもいいところで、あんまり役割があるとは申せない。
経済が枯れてしまえば、そんなもん、あってもなくても同じなんです。
そのことをよく考えてみれば、そういう面からも、このオカネの実効的価値が低い国で若い人間を時間給1200円とかいうアンポンタンな奴隷給でこきつかっておいて、しかも一週間の半分は来ていただいた方がいいかどうか判らないので自宅で待機していてくださいね、決して待機は強制ではありませんが、必要なときに連絡がとれないときは次回に影響することもありえます、なんちゅう反社会的を通り越してマンガのような会社は日本の国という観点から見れば国を滅ぼしにかかっているようなもんです。
企業として社会に貢献したいと思えば、つぶれてくれるのがいちばんである。

…また金融機能に話がすすまないうちに長くなりすぎてしまった。
まあ、いいべ。もう疲れたからやめるべし。
第一、我が親愛なるロスアンジェルスの猫男 http://d.hatena.ne.jp/DrMarks/  などは、ツイッタを見ておってもオカネのことは根っからアホなので、この記事を読んでくれてもいまごろは退屈してスクリーンの壁紙のなかに頭を突っ込んで壁紙を食い破りながら眠りこけておるに違いなし。

またにします。
でわ。

R18

December 26, 2010


外国人が日本に来てぶっとぶものはいろいろあるが、「酒の自動販売機」もそのひとつです。
ビールの自動販売機を指さして、日本のお友達に「これて、まさか、ほんとうのビールじゃないよね」とか、途方もなくマヌケな質問をしたりする。

どこの世界にパチモンのビールを
10いくつもずらずらと並べた自動販売機があんねん、と日本人であるきみは思うが、国際親善は忍耐だからな、と思い直して、「本物のビールでんねん」という。
外国人のにーちゃんは、「ほたらガキが買えてまうやん」と、当たり前のことをゆって不思議がるであろう。
きみは、いや、ガキは法律があるから買えないんだよ、と一応答えるがメンドクサイので話題をアニメの金田一探偵に変えることを試みたりする。
あれ、欧州でも人気あるからな。

酒の自動販売機、というような存在には外国人、たとえば英語人と、日本人の考え方の根本的な相違がよく出ている。
日本人はビールが道端で年齢チェックなしに売られていても「法律で20歳以下はアルコール飲料は買えません」と書いてあるからOKであって、ガキのくせに法律を破って買う奴が悪い、と考え、英語人は、そんな気休めみたいなスティッカー貼ったって、これ見よがしに酒を道端に誰でも買える状態に放置してたらガキが群がって買うに決まってるやん、と考える。
実効性のないお題目唱えたって、しゃあないんちゃう?と思う。
もしかすると内心では、そんな「泥棒さんは私の家にはいってはいけません」と玄関に貼り札をしてあるから鍵なんかかけなくてもダイジョーブちゅうのと同じ類の理屈をおおまじめに唱える日本人て、アホなんちゃうか、と思っているかもしれません。
逆に日本人は、決まりがあるんだから、それでええやん、それ以上の心配をしなくてはならんなんて、おまえらの社会は下品なのではないか、と考えていそーである。

10歳くらいの頑是無いガキがいる英語人の家庭にいると、母親がダイニングテーブルで客人ときゃあきゃあと話に興じながら、しかし、ときどき隣のラウンジにさりげなくたっていって、カウチに座ったり寝っ転がったりしながら口を開けてときどきヨダレを垂らしたりしながらテレビを観ているガキがどんな番組を観ているかチェックしにゆくことにきみは気が付くであろう。
もどってきて「この時間帯は3チャンネルのXXXXはPGだから」ちゅうふうなことを言います。
もっと話に夢中になって時間が8時とかになると、「R18の時間帯だからテレビ観るのやめさせて、もう寝させないと」とゆって立ち上がるかもしれもはん。
ふつーの母親は、番組のレーティングが頭にはいっていて、どれが親が付き添っていれば子供が観てもよいことになっているPGにレーティングされているか憶えている。
少なくともニュージーランドでは、普通の家庭ではレーティングはそうやって厳格に守られている。
仮にレーティングを厳格に守らない親がいる家庭を訪問した客が子供が登場人物があらっぽい言葉を使ったりするような番組を観ていたりするのを目撃すると、「あそこの親はヘンだ」ということになって客が寄りつかなくなるであろう。
子供を保護するためにお役人が調査に乗り込んでくるかもしれません。

むろんゲームも同じである。
Far Cry 3がオモロイからとゆって高校生のガキにクリスマスプレゼントとしてあげた日には、お出入り禁止になるであろう。
あのゲームはR18だからです。

英語世界ではオトナのヘンテコでエグイ性的需要や暴力的なものを観てすかっとする下品な欲求の充足で利益をあげる感情消費市場からガキどもを引き離して、ガキが裸のおばちゃんが刺青だらけのおっちゃんに馬乗りになられて無茶苦茶にいじめられているのに次のシーンではおっちゃんをうっとりした眼でみあげてやさしくキスしているような訳のわからんものを見せられて混乱のあまりヒキツケを起こしたりしないようにヘンタイおとなとガキを分離するように仕組みがつくってある。
その結果たとえば5歳のガキが見ている世界は空にはサンタがそりに乗って飛び、太陽の母上は万人をやさしく照らし、オトナは自分をあたたかく受け入れてくれる、というオトナが聞いたら「アホか、おまえは」と思うような世界であって、しかしその幻想がその段階で確固として与えられないとそのガキの一生は苦労に苦労を重ねて克服しなければならない障碍に満ちたものになるのがわかりきっているから、無理でもそういう世界のみをみさせることになっている。
初めは薔薇色の元始人間が太陽であった頃の世界をすりこんでおいてから、12歳14歳16歳とガキの魂が打たれ強くなってゆくにつれて、世界と自分のデタラメさにつてい学習させてゆく、というシステムになっている。
「分割して統治せよ」というのは全然違う意味だが、ガキとガキオトナとオトナを完全に分離することによってなんとか世界を壊れてしまわないように維持しよう、という方針なのです。

で、このシステムでこともなく粛々と英語世界が平和に進行しているかというと、それはそんなことがあるわけはない。
ずっとむかしCarmageddonというゲームの、結局ミリオンセラーになったシリーズがあって、このゲームはハンドルの後ろにプレーヤーが座ってクルマで舗道を歩いている人間や横断歩道を渡っているひとをはね狂う、というゲームだったが、これは連合王国とドイツではあっさり発売で禁止になった。国家が禁止したわけではありません。レーティングがとれなかったからで、レーティングのないビデオやゲームは流通にのれないので売りようがない。
結局、人間をゾンビとロボットに差し替えて発売することになった。
それでもたしか18+だったと思います。
ところがオーストラリアとニュージーランドでは無修正でずっと売っていたのであって、怒り狂った親に押された議員が国会質問して侃々諤々という四字熟語そのままの議論になった。
で、どうなったかというと、ははは、おぼえてねーんだよ、わしは。
たしかMA15+とかで、そのままほうっぽらかしで売っていたと思うが、わしは15歳だかなんだかで買ってもよい年齢だったが、そもそもあんまり興味がないタイプのゲームだったからな。買わなかった。
したがってニュースにも興味がなかったので、そのまま事情がわからなくなってしまった。

ゲームの世界では発売国のレーティング基準に従って、同じゲームでも血がどばっと出るやつもあれば全然血が出ないのもある。あるいはエグイ場面そのものがばっさりカットされている場合もある。
まさか条例や法律で禁止するわけにはいかないので、レーティングの仕組みを使って、開発者とレーティング団体が話し合って、というよりも実態は罵りあって、どういう形なら世間に受け入れてもらえるか決めてから販売します。

幼児ポルノなどは、その公開をやめさせることに緊急性があるので警察が所管する刑事事件の世界に属するのでまた話が別です。
たとえば12歳の女の子が性行為の対象になっているような写真を所持していれば、お巡りのおっちゃんががかなりの部分個人的な怒りにも駆られてぶっとんできて、手錠でひきたてて、刑務所に迅速にぶちこまれる。
写真をヘンタイ鑑賞したあげく知行合一になってしまうと、これは明瞭に「社会の敵」ということになる。
罪名は、子供との合意の性行為などというものはありえないので、暴力をふるったり脅したりしてなくても相手が16歳以下なら無条件に強姦罪と誘拐罪が成立する。
重罪です。
のみならずニュージーランドでは以後死ぬまで住所がボランティア団体によって追跡・公開されることになる。

日本では、どうやら性的な連想を起こさせるデカメ女の子のアニメが問題になっているらしいのがコメント欄やツイッタで判るが、英語世界ではアニメそのものには一定の数のファンがいても、日本で問題になっているらしき路線のアニメはそもそも人気がない、眼に触れることがないので判らないが、仮にそういう類のアニメが好きな人間がいるとしても、ガレージの奥で来たるべき世界同時革命の日に備えて着々と爆弾の手工業生産を続けている青年の数と同じ、ちゅうくらいの感じと思います。
実態はこうやってわしが推測しているのと案外違って地下に潜ってはいるものの、たとえば近所の教会から平日の朝なのに妙に物音がするのでドアをばあああーんと開けておしいってみると下品アニメ愛好者の地下結社がメイド服を着た神父さんやミニスカートの制服を着た尼僧のみなさんと一緒に上映会や同人誌販売会をやっていないとも限らないが、わしの知っている限りではああいうものには嫌悪感か、あるいはせいぜい好意的でも「へ、へんなの」という感想しかないよーだ。

それでも無理矢理ああいう性的デカメアニメがなんらかの理由で流行したとしたときの英語世界の反応を想像してみると、善し悪し、ということではなくて以下のような感じになるのではないでしょうか。

・漫画家/アニメ作家の家の外には、常時プラカードをもった人が屯していて、24時間「未成年者の性を食い物にして暮らすなんて恥をしれ」とか絶叫しているに違いない。

・夜には、必ず投石で窓を割られるであろう

・玄関のドアに鶏の血がべったりついていて、首のない鶏の死体が転がされているやもしれぬ

・スーパーマーケットに買い物にでかけると、顔をじっと見つめていたおばちゃんが、すたすたと歩みよってきて「あなたはXXXXさんですか?」と訊くに決まっておる。
「そうです」と答えた途端に拳固でおもいっきり殴られる、と思う
顔につばをはきかけられる、ちゅうのもよくあんねんな

・ほとんど立ち回り先のすべての場所で顔面が紅潮したおっさんに1センチの半分くらいの距離に近づけられた口で、この世の終わりのような罵られかたで罵倒されるだろう

もういっかい言うと、よいわるいではなくて、いきなり「表現の自由がああああ」とか「法で自由を規制するのわああああ」とか、学校のホームルームじみた気抜けのした議論になるのは、起きたとしても、そうした緊迫した事態が何年も連続したあとのことでしょう。
あの石原慎太郎というひとは現代の政治世界では世界的に流行しているポピュリストというものであって、ああいう人間の特徴は本人が意識することすらなしに居並ぶ投票権のある他人の顔色を読み取って受けそうなことをゆったりやったりして権力の階梯をあがってゆくひとの典型である。
前には「ばばあ」と「三国人」で受けまくってここまで来た。
選挙で落選しかけたときには、いまは自殺して死んでしまった対立候補のポスターに生まれついてのポピュリストらしく、躊躇なく、なりふりをかまうこともなく「北朝鮮からの帰化人」とスティッカーを貼ってまわった。
彼はどんな醜聞が明るみにでてもひるむことはなかった。
十分計算して乗り切る自信が常にあったでしょう。
まだ二十代前半でアイドル作家であった頃から一貫して日本人のどういう辺りの卑しい心根をつつけば日本のひと特有の百姓一揆じみた爆発的で勝ち誇った反応がひき起こせるか知悉しているからです。
ある種類のアニメの本質的な犯罪性や表現と公共性の問題は、彼自身すら意識できない心の深層においては、どうでもよいのではないかと思う理由がある。
前に宮崎県の知事であったコメディアンも同じだが、日本でこれから権力を握ってこの国を滅ぼすであろう最新型ポピュリスト政治家の嚆矢なのだと思います。
だから、そうした問題と緊急性が強い問題である未成年人への性的暴力の問題や実効性のない議論の典型である部分とを分離整頓して考えなければならないが、
SDどんやSaluburiさんのコメントを読むと、わしが知らないだけのことで、すでに問題は、お馴染みの国防婦人会じみた正義集団が襷がけであらわれて、歯も感情も田舎じみて剥きだしの「正義コーラス」の段階に早くもはいってしまったようだ。
日本にいたときの自分の経験から考えて議論するのがメンドクサイのだと思うが、
作家から政治家まで年がら年中「わたしが正しい」「おまえは悪だ」ばかりやっていて百年一日まことに退屈なひとびとであるな、と思う。
コーフンして議論することによって分泌されるアドレナリンの快感めあてに「議論」するあれらのひとびとにとっては、どうすれば現実が変わるか、というような細かい現実観察を必要とする論議に集中するというのは意外とただメンドクサイやりたくもない作業なだけなように観察しました。

刺青(しせい)

December 25, 2010


おばちゃんは、なんとなくアメリカ人風である。
声が大きくて、ちょっとチャビイちゃんであって、おおらかです。
「で、あんたたち、どこの町がいいと思ってるの?」
決めてねっすけど、とわし。
まだこの辺はよくわかんねーので、うろうろしてみよーと思ってるとこ。
街のほうはトゥラックに決めたんすけどね。

おばちゃんは、自分はアパートをウォーターフロントにもっていること、週末になると娘と孫に会いに自分の町からクルマで一時間半のメルボルンまででかけていって、そのアパートに泊まることなどを述べて、この郊外とメルボルン市中の家とを組み合わせるのはよいことであると思う、というようなことをゆった。
それから、ちょっと考えて、「タトゥー・パーラーがある町はよくないのよ。止めなさい」という。
ここより、ひとつメルボルンよりの街にはタトゥー・パーラーがあったのを思い出して、じゃ、あそこはよくねえーでしょうか、と訊くと、うなずいておる。

ふーむ、と思います。
興味深いことである。
オーストラリアではタトゥーのイメージがびみょーにニュージーランドよりも、もう少し悪いようだ。

ニュージーランドでも、刺青をいれるパーラーは無論「良い所」というイメージではないが、町の善し悪しの指標にはなりもはん。

マオリは刺青のひとびとです。
顔にも一面に刺青をするひとがいる。
女のひとでもそーです。
ニュージーランド人は、電話に出るのでも、ふつーに「キオラ!」とゆって出る。
もともと連合王国から来たひとびとも、ハロー、に退屈するとキオラっておる。
日本のひとと話しているとコーカシアン・オーストラリア人とアボリジニの関係とコーカシアン・ニュージーランド人+マオリ人の関係がごっちゃになっていてるよーであったが、マオリ文化は歴然とニュージーランド文化の大きな部分を占めている。
マオリに対する待遇がよすぎる、というオモロイ怒りの抗議がよくアメリカ合衆国政府からやってくる。
おまえらが、マオリ人との共同統治とかいうから、わしらがネイティブアメリカ人との交渉に苦労するやん、という。
知るかよ、そんなの。

マオリ文化では刺青は文化の精髄、聖なる芸術なので、刺青に誇りこそもて、悪いイメージなどぜんぜんありません。
そーゆーわけでパケハ(マオリ語で白人のことですのい)も、ニュージーランドでは他の国よりもさらに刺青に対する抵抗感が少ないのだと思われる。

パケハでも7、8歳で胸や腰にタトゥーをいれている女の子も多い。
わしくらいの年齢(20代後半)のひとだと、体中タトゥーというひとはごろごろいます。わしのジム友達には、チン○ンにタトゥーしてるやつまでおるからな。
いくらなんでも下品であるから具体的に詳述しないが、なかなかオモロイ刺青ではあって、週末にいっぺえやって、その辺で拾ったハクイにーちゃんと一発やるべ、ということに決めて、あのにーちゃんとベッドをともにしたねーちゃんは、なかなか遊べたことと思います。
ひっぱったり弾いたりして楽しんだことであろう。

いつか背中に桜吹雪のイギリス人にーちゃんとプーケのプールサイドで話したことがある。にーちゃんは、この総天然色テクニカラーの桜吹雪と風神の彫り物のためにコーベに行ったのだった。
そう。神戸。
有名なバスケットボール選手コービー・ブライアントの名前は、あのとーちゃんが息子がカネをいっぱい稼いで一家で自分が大好きな「神戸ビーフ」を毎日腹一杯食べられるように、と願ってつけた名前だが、ここでは関係がないよーだ。

このにーちゃんが、日本の温泉が楽しかった話しをするので、ふと気づいて、「日本て、『入れ墨のひとお断り』なんちゃうの? どうやって、あんたはんは入りなすった?」と訊くと、これはタトゥーであって入れ墨ちゃうぞ、とゆって入った、という。
OKだったそーだ。

ううううーむ。なんてオモロイ、とわしは感心してしまいました。
考えてみるとマオリ人の部族での地位が高いカップルなどは日本では生活に不便を極める。顔中にいっぱい刺青いれてるからな。
スーパー銭湯にもスーパーじゃない銭湯にも、夏の釜ゆでにあってもプールにも、行かれひんではないか。
でもそこで文化的差異ということを意識して、これは刺青ではない、よく目を見開いてみんかい、マオリ人の聖なる文化Ta Mokoやぞ、ボケ、と言うも可なり。

現実には日本にはマオリ人のカップルはたった一組しか住んでいないので、そーゆーことが問題になったというのは聞いたことがないが、たとえば西洋人のタトゥーについてであっても、そのうちにはこめかみのピアスを怒りにプルプル震わせたパケハにーちゃんの誰かが「文化差別だろーがボケ」と言い出すやも知れむ。
その場合、日本側の「とーんでもない。刺青してる人=マフィアでっせ。そんなもん許可したら、うっとこのお風呂、やーさんだらけになってしまいますがな」という予測される言い訳は通用するかしら。

多分、無理、であるべきだ、と考えてこのブログ記事を書いているのです。

刺青くらいのことで長々と書くとまた宗教学者の猫男に怒られるに決まっておるので端折ると、「刺青をしている人=悪い人」というのは簡便ではあっても本質的に差別的な思想である。
だから、仮にやくざものが無い根性をふりしぼって裁判所に問題を持ち込めば日本の憲法が十分に機能しているかぎり裁判に勝てるはずと思う。
あるいは、勝つのでなければならない。
理屈の上では成り立つわけがない明瞭な差別が誰の良識にも当然の取り決めとして日本で通用しているのは、やくざというものが「みなが嫌悪しているけど怖くて誰にも文句が言えない」存在だからでしょう。
現代社会には稀な、問題なく一致同意、頽勢翼賛して日本のひとが大好きな非難コーラスが出来る相手である。
日本語の世界では好悪の感情が論理的正義そのものなので、みなが「あれは嫌悪すべきものだ」と感情が一致すれば、あとはどうでもなんとでも理屈はついてしまう。
手続きのいちいちに徹底的にこだわって「感情」や「好悪」を正義から排してしまおうとするアメリカ文明とは180度異なって好一対である。
ほら、アメリカの刑事事件の成り行きみていて、「ええええー、あんな悪い奴が無罪になるほどアメリカ司法人てマヌケなのののおー、ひでえな」と思う事があるでしょう?
あれです。
悪を悪だからとゆって成敗してはいけない、とジョージ・ワシントンもゆっておる(註)

さっき朝食を食べているときに妹が、おにーちゃんもタットゥーくらいすれば、というので、ぶわっかたれ、おにーさまは中国様にとりいるために儒教に改宗したから身体髪膚受之父母不敢毀傷孝之始也という宗旨を守るのじゃ、とゆって「冗談でもそういうことを言う人間を兄にもって恥ずかしい」と宣言され、その上にダメ押しでモニとかーちゃんにも怒られたので、怒られっぱなしでしくしく泣いているだけの悲しさを克服するために、この記事を書くことにした。
書いていて負け惜しみに考えたが、刺青のようなしょもないものにも、いろいろな文明の秘密がこもっているのはオモロイと思いました。

(ところで、この記事を読んで、そーゆえば日本でも刺青パーラーをやれば儲かるだろう、と考えたきみ、あまい。きみの考えは金沢の落雁よりも甘いとゆわれておる。
あんなものは、あっというまに乱立してしまって、女の子をナンパする口実くらいにしかならねっす。ほんとうに稼ぎたいなら、刺青を消すレーザー技術を身につけたほうが良いのだよ。こっちはカリフォルニアやなんかで開業して億万長者になった若い衆がちゃんと存在する。マーケティングというものはどうやってすべきものか、という好例ですのん)

クリスマスだのい。
ツイッタで会わないひとのために、こっちには日本語で書いておく。
クリスマス、おめでとう。
あなたにも、わしにも、戦争で家を奪われて難民テントにいて神を信じないと決めた家族にも、クリスマスの朝に両親が大げんかを始めて両耳を塞いでいるガキどもにも、ひとしく祝福がありますように。

Merry Christmas!

註:ウソでんねん

トザイケーザイ

December 24, 2010


世界中のメディアで最も経済についての報道が少ないのは日本のメディアであると思う。
まるで破滅へのカウントダウンにはいっているような財政と産業構造の改革に失敗して蟻地獄のような縮小過程を繰り返している経済を抱えている国が経済について考えるのをやめてしまったように見えることに興味があった。

義理叔父に訊いてみると、もう考えたくない、ということなのだろうな、ということだったが、たとえば膠質の癌は発見されても痛くもなければたいした症状はなくても、ほうっておけばある日には必ず死をもたらす。
死ぬくらいのことはたいしたことではない、という立場も当然あるのだろうが、それはしかし謂わば利己的に自分を納得させ救済するためにとられる立場であって、まともなオトナが他人に向かっていうことではない。
死ぬくらいのことはたいしたことではない、というのは、まだ健全なひとびとに向かって自分がひとりが死んでゆくときのみ正当性がある発言なのだと思います。

日本という国は、まさに死にかけている。
かつての繁栄でつみあげた富は右肩上がりの経済を前提した年功序列制度と、皮肉なことには、日本人があらゆる人間の能力的平等という不思議な思想に基づいて築きあげた社会保障制度によって柔軟な再分配を阻まれたまま、どんどん食いつぶされて、いまでは底をつきつつある。
これまで日本人が自分達の社会を考える時に当然の前提であると考えてきて、いまでも根拠はなくなったが漠然と状況が変わっていないように思いなしている「社会が活動すれば自動的にうまれてくる富」が、すでに存在しなくなっているのに、まだそのことが実感されないまま予算を組み、あれが欲しい、これが欲しい、とあちこちから手を出して、すでに借金してきた結果としてのみそこにある金を誰も彼もが当座の用だ、と言っては攫っていってしまう。

いますぐにでも解決に手をつけなければならない問題はいくらもある。

たとえば、いま一兆円なら一兆円という社会の「富」がここにあるとして、社会を一瞥すれば誰にでもわかる日本の大きな問題は、この一兆円の多くが60歳以上の手に握られていることです。
国は死にかけていても、60歳以上の人間達は世界で最も豊かな層である。
数字的な平均であるより、社会のなかの印象をつくっている、こうしたひとびとの典型的は、すでに住宅ローンの支払いを終えた住居をもち、月に30万円を越える企業年金を受け、時間と金と長年の個人間競争を支えてきていまでも有り余る活動力をもてあましている。

わしの日本人の知り合いは、今年から会社を日本からニュージーランドに移動させることにして、ようやっとビジネス・ビザを取得したが、さまざまな準備を終えて、いざニュージーランドに行こうとすると本人を運ぶ航空券が全然買えなかった。
1月も2月もいっぱいで、キャセイ航空も日本航空もシンガポール航空もニュージーランド航空もカンタスも大韓航空も全部、満席。
このひとが調べてみると、所謂「団塊世代」にニュージーランドは人気があって、このひとびとが退職するにつれてニュージーランドに大挙して観光に押し寄せることになったからのもののようでした。
「去年まで、こんなこと、なかったのに」という。
いったい、あのひとたちは、どこまでおれの人生に祟るんだろう、というので笑ってしまった。

あるいは、日本にいた頃モニとわしが銀座の少しは気の利いたレストランにでかけると、そこで見るものは見渡す限りの60歳代以上のひとたちで、他の国ならば30歳代のカップルが最もたくさんいそうなそのレストランに、やや異様な雰囲気をつくっていたりした。
当時のわしの観察によれば、ひとりあたりの支払いが二万円を超えるレストランになると、六本木や青山、という街の柄を問わず、60歳以上の客が多くなるようでした。

モニとわしが「山の家」と呼んでときどき出かけていた長野県の軽井沢という小さな町にある夏の別荘地も、若い人はほとんどが日帰りでアウトレットにやってくるひとびとでホテルや「別荘」に夜をこえて過ごすのは、やはりここでも60歳以上のひとたちしかいなかった。
軽井沢という町のもともとの性格を考えると、多分、他の国ならば30歳代と40歳代がもっとも目に付くはずのところだと思います。

社会全体が仕事をする人間に対して支払いを遅らせる傾向があるので、人間の活動が最も盛んなときに使えるお金がないのだ、というのがわしの、30歳代の日本人友達たちの説明であった。
「ほんなら、若いひとにもっと給料払えばええんちゃうの?」と、わしが言うと、
「そう簡単にいかないんだよ」という。

この「原因は分かっているけど解決するわけにはいかないんだよ」という不思議な反応は、日本のほぼあらゆる問題について見られた反応で、わしはいまだによく理由が分かりません。
わしは「判っているなら変えればええんちゃう?」と単純に思うが、そうはゆかない、なんだか「呪い」のようなものが社会全体にかかっているものであるらしい。

わしは28歳になるが、仮にわしが日本人であるとして、しかも何らかの奇跡によって「仕事」とかをやる気が起きたとして、どこかの会社でばりばりばりと働くべか、と思ったとすると、たとえばコンピュータ関連の研究職だとして、年収は800万円です、とかゆわれるとキレると思います。
きみはわしをなめとるのか。
どうしても、なめるにしても、そんなヘンなところなめないでね、と思うだろう。
28歳などという年齢は現代の仕事世界にあっては活動力と能力のピークであって、であるから当然、収入もピークでなければヘンじゃん、と考える。
もしかしたら40歳過ぎても同じ能力を発揮するかもしれないし、そういうひともいるのはいるが、だいたいは40歳くらいになれば技術的にやってみたかったことはやってしまっているので関心は家族や「人生」みたいなものに移行してしまっていて、会社で過ごす時間は短くしたい、あるいは、やめちまってもいいよね、と思っている年齢であるほうが普通である。
それに比して28歳はまだ疾風怒濤でやりたいことがたくさんあって、会社から家に帰りたくねーよ、というほうが正常であるくらい人生なんかよりも仕事のほうが楽しいのが普通の年齢です。
えっ?おまえ仕事してへんやん、って?
わしは根っから出来が悪いので遊ぶほうが仕事よりも楽しいのじゃ、ほっといてくれ。

40歳くらいまで頑張れば、50歳すぎてからいっぱい給料あげるから、というのは、理屈として完全に根拠不明である。
わけわからんやん、そんなん。
日本の軍隊は戦死しないと絶対に褒めてももらえず勲章も出ないので有名な軍隊だったが、なんかそーゆー文化的なことがあるのかしら。
どことなく、いまは日陰者としてお妾さんでいてもらうしかないが、十年、床で尽くしてくれれば正妻にも出来るから、ちゅうふうにゆわれているみたいでもあって、淫靡で因業な感じがする。
不健全である。
インチキっぽい響きがある。

ニュージーランドや豪州、シンガポールというような国ではお金を持っているのが若い層なので、クリスマス前というような時になると、景気がよくても悪くてもバンバン使います。クレジットカードが底をついて悲鳴をあげて、きゃあああ、もうやめて、お願い、やめて、もうこれ以上使われたら磁気テープがこすれて、すりきれてもたんわい、というところまで使う。
この頃になると国民の平均預金が一瞬マイナス400ドル、とかになるとゆわれておるからな。

だから不景気だあ、クレジットクランチランチだあ、と言いながらカフェは常に満員、モールは押し合いへし合いで、浮かれておらんでまっすぐ歩かんかい、ボケ、という事態が現出される。

若い層に金が渡る、というのは社会で流通している金が若い、ということなのです。
ところが日本ではもう人生の終盤に向かうひとびとの手に富が偏在しているので、オカネそのものの活動が老化して使われ方が凡庸である。
社会が変化してゆくような方向にオカネが使われていかないようだ、と思いました。
レストランひとつとっても、たとえば中華料理屋なら高級店ですら麻婆豆腐に炒飯ちゅうような古めかしい退屈なメニューにしがみついておる。
逆に工夫で頭をいっぱいにして横浜中華街にやってきたシェフは、どんなに工夫してメニューをつくっても客が麻婆豆腐と炒飯しか頼んでくれなくて、たまにお褒めに与りにテーブルに呼ばれていってみると「あなたは炒飯をいためる技術がすごいねえ。このチャーハンってのはさ、中華料理の技術が全部でるくらい難しいんだよねえ」とかゆわれてくさりまくる。
まさか、チャーハンの米粒がぱらぱらで中が微妙にしんなりなんてのは、中華料理人の基礎の基礎なんだぜマヌケ、とかと客に向かっていうわけにはいかないので、黙ってシドニー方面やバンクーバー方面に去ってゆくのです。
社会としてもメルセデスのCクラスが売れるより、どうせ外国製品でもアンドロイド携帯やiPhoneや大容量SSDのPCがばしばし売れてくれたほうが嬉しいし、なんでシュガーシンクやドロップボクスみたいに使い勝手の良いサービスが日本にはないねん、とぶーたれる客がいたほうがよいが、しかるべくコンピュータ産業の歳入になるべきであった金は、メルセデスディーラーや健康食品店、ひどければ銀座のまだるこしい疑似売春産業のおばちゃんたちの着物の合わせ目に消えてゆくのである。

またたとえば他の焦眉の急の問題は、いちど金融システムに預託されたオカネが…と書き進めようと思ったが、長くなってきた(いつものこっちゃ)し、外の天気が余りに良い(今日は典型的なクライストチャーチの夏の天気で、乾いてさらさらした空気を、透明な太陽の光が照らしている。町中が緑色に輝いておる)ので出かけたくてたまらないしで、続きは今度にしてっす。

サッポロビールで有名になったスティールパートナーズが、大速力で「脱兎のごとく」といいたくなる勢いで日本から撤退しつつある(あの「天龍製鋸」株の投げ売りの勢いはなんだ)というような他の国なら当然ニューズだべ、というようなことも経済欄にすら取り上げられないのを見ると、えええー、もう日本のひとって「経済」とかやめちったのかなあ、と考えるが、あるいは違う言い方をすると、「経済」ほうっぽらかしといて「国防」とか「領土」とかゆってて何の意味があると思ってるねん。
現代の下品な国家保障は、これを翻訳すると「この世はカネさ」なのを知らんのか、と思うが、まあ、よろしい。

遊びに行こう。
懸案のギャラクシーSも、やっぱし買うべ。
有機ELカッチョイイし。

日本誌2

December 22, 2010


日本にいたあいだのことを思い出してみると、「なんだかよく判らなかった」という印象だけが残っている。
判らないことがたくさんありすぎて印象として、ぼんやりしている、というか、非現実的な感じがする。

毎日の生活で会う人は底が抜けているほど皆親切で、そのことはいつでも何度でも特筆しておいてよい。
ところがインターネットで経験したことをもとに考えると極めて巧妙な中傷を集団で、それも阿吽の呼吸で行うひとびとであって、日本人の友達には、「あの嫌らしい連中とガメが普段あうひとたちは実は同じ人なんだよ」と恐ろしいことをいうひともいた。
英語の世界にも無論人格が低劣なバカはいくらもいるが、これらは見るからにバカであって、口元まで見た目にしてからが下卑ておるので視覚的に明瞭です。
そばに寄ってきそうになったら、「しっ、しっ」とゆって向こうへ追いやってしまえばよい。
ところが日本ではいちようにしたり顔でものをいうこのひとたちは日本社会の体質にあっていて支持されるから厄介である。

捕鯨の話題のときでも、誰がどう考えても唖然とするくらいひどい日本社会の女びとたちの扱いの話題のときでも、正面から物事を論じる、ということはまったくしないので、暫くしてから、まったく違う方向から中傷する。
しかも犯罪にだけは頭がまわってまともなことは何ひとつちゃんとやれない犯罪者の類型そのままにインターネット上の中傷ということになると中傷に熱中して過ごす人の円熟の味わい、といいたいほどの腕のさえをみせる。
「他人を陥れることにだけ才能を見せる」という社会的敗者の定義そのままである。
あるいは、見るからに人間性が低劣で、やり方が汚いので相手にしないでいると「逃げた」といってはしゃぎたてる。
「はてな」とか「2ch」とかは日本人の悪意が建立した記念碑的なコミュニティであってインターネットに日本人の悪意が刻んだ刻印のようなものに見えました。

最後のほうにはなんだかよくわからないショーセツカのひとが「おまえは人種差別主義者だろう」とゆって出てきて、このひとは正面から話す気持ちがあるだけまともなひとだったが、お話の内容はボーゼンとするような無茶苦茶な理屈に基づいていて、モンティパイソンをシリアスなドラマと考えて全巻みてしまったひとのようであった。
途中、唖然とするようなこともいくつもあって、このショーセツカが「子供たち」とかという薄気味の悪い言葉で呼んでいるという取り巻きの一党がやってきて「知識人、という言葉を使うなんてアホの証拠である」という。
聞いていて「知識人」という言葉が自分では知識や見識があるつもりのひとびとの冷笑の対象でしかない社会の惨めさを思って、わしは心から気の毒である、と考えた。
社会というものは落ちぶれてくると、その構成員には、自分達が自分達自身を決定的に侮辱するようなことをみなではやし立てても最早判らなくなってしまう。

そういう訳の判らない、わしから見ると、漫画的でしかありえなかったひとびとの事を別にしても、たとえば、日本のひとというのは、自分の幸福を追求しているように見えなかった。
他人の目にうらやましがられそうな自分の虚構の姿、いわば自分をプロモーションするための書き割りのような自己像をつくることには熱中しても、ひとが寝静まった夜、誰もいない部屋で、向き合って座っていられるような「自己」というものには興味もないように見えました。

たとえば、こういうことがある。
わしは広尾山にいないときには軽井沢という長野県の山のなかの町にいたが、他所の街からやってくるひとたちは、なんだか判で押したように欧州のクルマに犬と家族を連れてやってくる。落葉松の林のなかを散歩して、犬をつないで珈琲を飲んでゆく。
モニとわしは「ふむふむ」と思いながら眺めていましたが、夏が終わったら、その犬を置き去りにして行ってしまった。
地元のおっちゃんに訊いてみると、これらの人達は典型を求めると、東京のたとえば「二子玉川」っちゅうようなあたりに住んでいるひとたちで、夏になる前に新しいメルセデスと犬を買って軽井沢にやってくる。
で、雑誌やテレビが描くところの「軽井沢生活」をなぞってみる。
そうして夏の終わりになると、犬は邪魔なので捨ててゆく。
軽井沢にいる最後の日に珈琲屋へ行って、東京へ戻るまえの昼食を摂る。
犬さんをテラスにつないで、みなで楽しかった山の夏を振り返る。
で、帰りましょう、といって高速に乗って帰るのだが、犬さんはつないだまま置いていったそうです。
ゴミ捨て場に籠に鍵をかけて犬を捨てていったひともいて、これもだいぶん話題になっていたようであった。
メルセデスのワゴンを「ま、つかってください」とゆって置き捨てにして犬を連れて帰るのなら良いが、逆なので、珈琲屋さんも困ったであろう。
ゴミ捨て場の犬のほうに至っては、いくらわしでも冗談をいうわけにはいかない。
息をのむ、ほどの残酷さです。

なぜ犬さんをへーゼンと捨ててゆけるかというと、やはり、それは「他人の目に映った自分」しか自分を見る目をもたないからだと思う。
自分というものが歴然と存在して、その自分自身と相談しながら生活していれば、よもや犬さんをポイと捨てて東京に帰れるわけはない。
「自分」というものが自分自身を永遠に許さないだろうからです。
インターネットの中傷が嬉しくて仕方がない惨めなひとびともそうだが、そういうことを平然とやってのけられるのは、「自分自身」というものが存在しなくて他人の目のなかにしか自分がいないので、他人が見ていないところで行うことは行為として意識されないからである。
言葉を変えていうと他人が見ていないところでは、このひとたちは人間ではないのだと思う。

最近は言葉がわからないなりに英語人も日本韓国中国のインターネット世界の異様さに気が付いてはいて、大学の情報関連のようなところでは話題になることがある。
取り分け日本のインターネット世界の異様さは、ときどき捕鯨がらみなどで、まったく別の話題が進行しているところに「白人、人種差別主義者、死ね」とか、オモロイ英語で書き込みひとがよくいるので、割とふつーの人でも話題に取り上げることもある。
新聞の投稿欄にも、こういうバカバカな投書をメディア人にはあるまじき悪意で載せて冷笑する新聞記者たちがいて、よく日本のひとが投げつけた超バカな投書が載ります。

日本語のインターネット世界ではインターネットが議論をする場所にならずに、思い込みによる吊し上げや、せいぜいよく悪罵を投げつける場所になってしまった。
よく言って、日本語のインターネットは光ファイバーで形成された巨大な洞窟であって、たとえば捕鯨なら捕鯨で、「外の世界では、こういう事が起こっている」と洞窟のなかに向かって叫ぶメディアや自称欧州通の知識人、作家、というようなひとたちの声に応じて、わあっと起こる叫喚を「議論」と勘違いしているのであると思う。
観察していると、多分、日本の人は、自分が悪鬼のような気持ちになって相手をなんとか傷つけん、とするときにアドレナリンが出まくって交感神経もコーフンするらしく、議論というよりも自分のアドレナリン分泌を楽しむために攻撃性を発揮するらしい。
人間には思考するのに適切な速度、というものがあるので、日本のひとの考え方は忙しすぎる、とわしは感じるが、それとは別に、とりあえず相手の言うことを聞いてみる、ということがすでに出来ないようだ。
何を話そうとしても、相当まともげに見えるひとでも、要するにただ喚き散らすだけなので、これでは英語メディアが垂れ流す日本人像そのものではないか、と考えてゲンナリすることが何度もあった。

ところで犬さんを捨てるひとと、ネットで巧妙なやりかたで他人を傷つけようとすることに専念する匿名であれば何をやってもいいという日本の社会の習慣を利した「他人攻撃の専門家」とのあいだには紛うかたなき共通性があって、どちらも、「自分」や「自分の生活」を持たないことであると思う。

彼らの現実の生活を見もしないのに、なぜ判る、という人がいるかもしれないが、そりゃ、判りますよ。「自分」あるいは「自分の生活」というものがあれば、あんなこっぱずかしいことが出来るわけがない。

前にも書いたが有名なルー・タバキン・ビッグバンドを束ねてきた穐吉敏子が「私はこれからは自分に優しくすることにしたのだ」とゆっていて、わしはそれを日本人の口から出た「自己」についてのもっとも善い言葉だと考えました。
自分に耳を澄ませて、自分がほんとうはこれから何をいちばんやりたいか、聞いてみようと思ったんです。そうしたら、自分はピアノを弾きたかったのだと気が付いた。
だから、もうこのビッグバンドは今日で終わり、ということにします。

凝っと聴いていたひとたちは、突然の解散にびっくりしてしまったが、しばらくして、皆が立ち上がって鳴り止まない拍手をした。
穐吉敏子というひとの「自分自身への敬意」に、その自分自身への誠実さに、そこに居合わせた皆が心をうたれたからです。

わしはこれから日本で見聞きしたことのうち、日本語で書いたほうが良さそうなものを見繕ってここに書いていこうと思うが、その記録の初めに、「自分」というものとの日本人の関わりを書いておきたかった。
その説明材料として穐吉敏子という(他の言語文化の人ではなく)日本のひとが、素晴らしい言葉を述べていたことを取り上げられた事を、とても嬉しいと思います。

もうすぐクリスマスなのに自分が長い間関わった国のことを思い出して、現実の世界では輝くような微笑みや遠慮がちでめだたないやりかたを好む親切さのことが思い出されるのに、ことが「言葉の世界」のこととなると、醜悪や陋劣としかいいようがなかったひとびとのことばかり思い出されるのは、やりきれない。
日本という国に結局は敬意をもてなかった理由が彼らであることを考えてみればゼノフォビアの虜のあのひとびとの目的は常に達成されてはいるわけである。
同じ理由で日本を嫌悪するに至った「かつては日本に興味があったひとびと」の数を考えるとなんだか日本という社会自体の「不幸」というようなことを考えてしまう。
もしインターネット上で出来た何人かの友人がいなければ、日本という国を地図上に発見するたびに、なんだかスウィフトが描いたラピュタ島のようだったいえなくもない社会を思い出して、見る度にげんなりすることになったでしょう。
わしは運がよかったので、そういう友人達がいつも正面から怒ったり共感したりしてくれたので日本語で何事か話す気が残ったが、ただもううんざりして、日本を去っていった友人たちの事を考えるとまったく気鬱になってしまいます。

しかし、良いこともたくさんあったのだから、夏のクライストチャーチの乾いた透明な大気の向こうに太陽の母上が燦然と輝く天国に限りなく似ている街にでかけて、この日本に対する否定的な印象を捨ててしまおう。
よく考えてみると、わしとは何の関係もない社会なので、深く関わらなければよいだけではないか、という声が心の奥から聞こえてくる、ということもあるしな。
晴れ渡った午後の街で、あのカッチョイイ絵が浮かんでいる「コーヒーアート」付きのフラットホワイトを飲みに行こう。

モニさん、起きたかな。


日本のひとが外国語が判らないのは、人間に余り興味がないからであると思うことがある。
言葉は、伝達・意思の疎通という肝腎の目的にあまり向いていないが、それでも表情と言葉身振り手振りに頼るくらいしか人間には普段お互いに判りあう方法がないので、普通はまず言葉をおぼえることから始めるしか仕方がない。
そのうえに誰かと向かい合って眼があっているときに相手が自分といることを喜んでくれなければ普通の人間は「つまらん」と思うものなので、なんとか相手を楽しませようとする。
当たり前のことです。
言葉がぜんぜん判らないというと、向かい合って、なんだかつまらなさそうにしていた人を、にっこりさせる、という、ただそれだけのことすら難しいであろう。

日本人の会話を観察していると、あんまり相手の話を聴いていないように見える。
自分の言いたいことをいう機会をうかがっているだけ、という感じがする。
日本滞在中、わしが日本語を理解できる、というのは、たいていの人は知らないことであったので、
そういう観察をするには、わしの立場はすこぶる有利であった。
ひとりが何かをいうと、「そう、そう、そう!」と言うが、ほんとうはただ相づちをうっているだけ、という人を多く発見して、わしはこっそり、これは日本の人の特徴であるな、と考えたりした。

日本のひとが英語を話す段になると、これはもっとはっきりしていて、話すのは上手でもこちらのいうことがちゃんと判っている人は殆どいなかった。
英語社会で5年、とか生活していた人に限られたようです。
このことは合衆国で会う日本の人などに、顕著なことであって、アメリカ訛になまった「米語」でぺらぺらぺらと話しかけてくるので、おおお、英語を話すのね、と思って返事をすると、盛んにyesyesyesと言うが、落ち着いて観察していると、どーもこっちの言うことは、あんまり判っていないようでした。
「判っていないよう」とか曖昧なことを言っているのは、わしの5年間11回に及んだ偉大な日本遠征の途中で、日本のひとに「さっき、こう言ったんだけど、ほんとに判っているかね?」というようなことを訊くと甚くプライドを傷つけられるらしいことを学習しているからで、そんな怖いことはすでにしてよおゆわんからです。
例を挙げないで話してもピンとこないだろうが、この特徴は、わしの印象では中国の人と日本の人に顕著で、「英語がわかるひと」というイメージが、自分がカッチョヨク英語を口ずさんでいるイメージだけに限定されていて、相手の話に耳を傾けて聴く、というイメージがそもそも頭にないのかもしれません。

日本にいて、だんだん判ってきたのは、そのことの背景には「英語が話せる人は偉い」という考えがあるからのようであって、どうも、高校や大学の受験のなかで英語の占める割合が大きいせいなのかしら、とも思う。
この「偉い」というのは、わしが他人をぶっくらこかせるためにやることがある「バク転」を決めたときの「おおおおおおおー」という感じとも違って、もう少し、陰湿な「エライ」のようである。
あるいは、空港の近くにあるホテルに泊まって、トルコ航空の制服を着た人がどやどやどやとロビーで群れていて道を塞いでいる。
わしは、しめた、と考えて乗務員のおねーさんたちが、じっと立ってわしがロビーを横切るために待っているのに気が付いてくれるのを待ちます。
そのうち、談笑にふけっておったおねーさんのひとりが、わしに気づいて、あっ、いけね、自分達はすっかり道を塞いでいたのね、と気が付いて道をあけてくれる。
わしがあっさり「テシュクリエデリム」と大声(たいせい)で呼ばわると、みなが一瞬沈黙してわしを見つめたあと、きゃあきゃあきゃあと笑ってもらえる。
「エライ!」とゆってもくれるが、そーゆー「偉い」ともまた異なるもっと湿ってじっとりした「偉い」を希求しているもののよーである。
英語、という存在がそもそも伝達の役割であるよりは学問考究の対象であるかのようであった。

日本人はたいへん自己主張の強い国民であって、多分、この世界のなかでは「自己主張の強さ」という点では合衆国人と並んで1、2を争うでしょう。
たとえば飛行機でたまたま隣に乗り合わせた、というような初対面の会話でも、日本のひとと乗り合わせると「自分は、XXXという会社で、貿易の仕事をしていて、これからミルウォーキーに△△△という会社に、○○○という事業で行くのだが合衆国には年に5、6回は行きます」というようなことから始まって自分の会社での地位、終いには飼っている犬が「ぽち」という名前であって、ぽちというのは日本では犬の古典的な名前であることまでこちらは聞かされて憶えてしまうが、わしに関しては名前も訊いてくれないのであった。
彼が熱烈に自分の事を、発音の輪郭がはっきりしない不思議な英語で述べているあいだじゅう、失礼にならないよう興味があるふりをしているのは、大変な苦痛でした。

わしだけでなく、わしの友達も「日本のひと」というと、なんとなく「自分の話ばかりしたがるひと」という印象があります。(すまん)
捕鯨のような話でも息せき切って「日本の立場」を説明する。
こっちの立場などは、西洋人のことなど、おれはすっかり知っているんだから、おまえらに訊く必要なんてない、と思っているのかなああああ、と邪推したくなります。
なんだか壁に向かって話してもわしらに話してもどっちでも同じなんちゃうか、とからかいたくなるところがある。

日本人が、全然、といいたくなるほど外国語を身につけられないのは、どうもそーゆーことに理由があるのではないだろうか。
相手を理解することに興味がなければ、相手の言葉を理解する必要もないわけなので、理屈にあっている、とゆえなくもない。合理的、といってもいいかもしれません。

翻って考えてみると、「言葉」というものは、これを人間間の相互理解に使おうと思うと極端にできが悪いことが判明するシンボルなので、ま、日本人的言語観というものもありうるであろう、と思います。
イタリア人などは是が非でもどうしてもわかり合おうという無茶なことを考えるひとが多いので言葉だけでは全然たりなくて、彼らの言語は「手の動き」とセットになっている。
振り付き言語、ですのい。
英語のように英語人を知らなくても理解できる言葉とは大きく異なって、イタリア人を日常見ない人にはイタリア人(ひいてはイタリア文化)がまったく誤解しか出来ないのは、イタリア人にとっては「言葉」は手の動きと半々くらいの役割の比重のものであるからで、というようなことは欧州では常識で、だからイタリアに住まないでちょいと旅行して覘きにいってイタリアの文化を吸収しようというのは畳の上でバタフライをおぼえるのよりも難しいのだとゆわれている。

さっき日本の義理叔父友達から「だんだん沈没してきたので、会社ごと海外に行かないと到底この先はくえないようだ。ついては社員に英語を学ばせたいがガメはどうすれば良いと思うか?」というメールが来ていたので、おもわず日本のひとと外国語の関わりを考えたたが、外国語ができるようになるには、ひょっとすると、まず日本語でお互いの話によく耳を傾ける習慣を形成するのが、近道かもしれなくて、そうゆえば日本の国外では関西のひとのほうが圧倒的に生活への適応力があるという日本に関心がある人間なら誰でも知っている事実も、ことによると関西の人の、相手に「あんたはんは、どんなひとでっか?」とつねに訊こうとする美風にも関係があるんちゃうかなあーと考えました。

よく考えてみると人間の社会では言語というのは結局、「知らない相手をリラックスさせて、相手のことをもっとよく知る」ための道具(粗末であるが)に過ぎないので、自分の話ばかりしていたのでは、そもそも機能が宙に浮いて空転するだけなのはあたりまえです。
誰かにあって、その人間に興味が生じて、このひとと仲良くして笑ってもらったり、これやあれはお互いに共通項としてわかるよね、しかし、これはわからんな、という手続きのために言葉がある、ということを知らなければ外国語である以前に言葉が通じない。
母国語も外国語も相互意思伝達という機能においては同一であってただ表現と仕組みが違うだけなのだから、母国語でわかり合えるように努力するのとまったく同じやりかたで外国語も身につくだろう、と考えました。

クリスマスへ

December 19, 2010

日本遠征が終わったとなると人間の心はゲンキンなものであって自然と日本語を使って考えたり日本語の本を手に取ってみようという気が減衰する。
日本語ツイッタくらいは続けようと思っても、つい億劫になる。
ほうっておくと日本に遠征したことすら曖昧になって、なかったのと同じことになってしまうので、せめて日本語の本を読む習慣を取り戻そうと思っても、ついkinectのほうへ歩がすすんで踊り狂ってしまう。
うーむ、やばい。
ブログくらいは書かねば。

オークランドに戻ってからというものは、ぶったるみまくりであった。
いえ、そう仰られなくても、もともと自分がどこにいてもぶったるんだ生活をしているのは判っているんですけどね。
でもそれにしてもたるみまくってタルンタルンな生活を送ってしもうた。
だって、楽なんだもん。オークランドの生活。

クルマで、ぶううううっと、帰ってくるとリモコンをカチといれる。
そうすっとゲートがぐわあああらららんぐわああああらんと開きます。
ドライブウエイをまたぶううううううっと走ってガレージに来ると、また今度は違うリモコン、家のセキュリティのチビリモコンに付いたボタンを押すと、ガレージのドアがぎいいいいいいんとゆって開く。
これが最新式のデザインで出来た家ならガレージから直截家のなかに入るところであるが、わしの家では一回ガレージの外に出なくてはならぬ。
ちゃんと改造してガレージから直截家に入るようにしなければならないが、めんどくさいのでほってあります。
セキュリティボタンを「ピッ」と押すと「きゅんっきゅんっ」というバカバカしい音を立ててセキュリティが解除される。
ニュージーランドは国の良き伝統として空き巣が多いのだよ。
モニとわしが住んでいるラミュエラというところは特に空き巣が多くて、毎週警察が地元のコミュニティペーパーで発表する。「今週の空き巣被害ベストテン」の初めからいままでずっと一位である。
すごいですね。
不動の首位。
川上巨人か大鵬か。
双葉山ともゆえるな。
(なにをゆっているか判らないひとは昭和史をベンキョーするよーに)

今週はラミュエラで空き巣が10件あった。
ちゃんと通りの名前が書いてあります。
よく読むと同じ通りが毎週繰り返し出てくる。
逃げ道が多くてクルマのスピードが出しやすい通りが多いのはクライストチャーチの場合と同じであるよーだ。
この泥棒の諸君は、まともな仕事とかになるとやたら怠けるくせに悪事となると目が輝いて知能が5倍くらいになる、という特徴を有する。
よく研究もします。
新聞を目を皿のようにしてみつめて「結婚式」なんかの告知があると、一心に間違いだらけのスペリングでメモをとる。
結婚式になると皆が出払うからな。テレビとかでかいものを狙いやすいねん。

そーゆー伝統に支えられているので、わしの家は何ダースかのセンサーに守られておる。
カメラも4つ付いている。
このセキュリティカメラは夜は暗視スコープになっているのでモニとふたりでシャンパンを飲みながら、4つそれぞれウイイイーンウイイイーンと動かして遊びます。
このヘンは何にも通らないけど。
ときどき猫さんが通ったりすると、カメラの脇についているスピーカーで「猫ちゃん、ほい」とかという。
猫がぎょっとして立ちすくんでおる。
その気の毒な様子を見てモニとわしはキャハハと喜ぶ。
人間よりも猫のほうがよほど賢いのが実感されるような光景である。

家のお手伝いをしてくれるひとをまだ決めておらないので、家事はふたりで手分けしてやります。
料理と洗濯と掃除はわしの役である。
皿洗い機は去年ちょっと戻ってきたときにはsmegというイタリアのメーカーのものを使っていて、人生の前半において自分は日本人であった、という奇妙な妄想をもつイタリア人の「すべりひゆ」というおばちゃん(注1)に「なああーんで、あんなメーカー使ってるの?」とゆわれたが、実際、アルファラメオとフィアットを足して3で割ったくらいボロであって、マジメに仕事をしないので、ASKOに変えました。
料理はチビガキのときから電気のストーブになれているので調理はみんな電気でやる。
ビーフステーキにアスパラガスとおイモさんを添えたのにローズマリーやチリを載せて、それにガシガシガシとつくったオニオンソースをかける、とか、パスタにビーフのラグーとか、そんなんです。
簡単なものしか作らないがモニさんは別に文句をゆわん。

掃除は、てーへんです。
ダイソンをひきずってぐわあああああと掃除して歩くが、マリンバとかも導入したい。今年は雨が多くて雑草がよく育ちやがるので庭のほうは、モニさんも手伝ってくれる。
でも全然おいつかないので、留守中頼んでいた庭師のおっちゃんがまた来るであろう。

と、まあ、オークランドの生活はそんなふうなものなんすけど、読んでいて飽きたでしょう?
書いてるほうも飽きたもん。
ブログ再開の肩慣らしなのだと思ってゆるしてくれたまえ。

昨日、東へひとつ橋向こうのボタニーダウンズというところのオークランドに4つある巨大モールのひとつに出かけたら2300台だか2400台だかあるはずの駐車場がいっぱいであった。ひとつも空いていないので無数のクルマがくるくる駐車場を巡航して空きを探したり、入り口に列をなしたりしています。
クリスマスショッピングのシーズンなので、いまは不景気であるはずなのに、すさまじい買い方である。
クルマに戻ってくるかーちゃんやとーちゃんたちが押しているトローリーはいずれも箱や袋で満杯です。ボクシングデイが終わると、みんな一文無しになって、クレジットカードの支払いをする戦略を立てるのに頭をしぼることになる(NZではクレジットカードの支払い時期・方法はは自分で決められる)のであろうが、でも、いいじゃん。
愛する祖国を後にして、一年間、しゃかりきになって働いて、自分と自分の家族へのゴホービを思い切り買い込むのがこの時期の仕事だからな。
LAN対応の50インチスクリーンを、待てないのでしょう、配達を頼みもしないで自分たちでクルマに運びこもうと悪戦苦闘している(そのあげく奥さんと大口論している)インド人のとーちゃんや、自分の体の3倍くらいありそうなクマのぬいぐるみをよろめきながら必死に抱えている中国人のチビさんを見るのは楽しいことである。
クリスマスの頃というのは、伝統的には、みながいちばんピリピリしてストレスが一年の最高潮に達する時期である。
クリスマスのお祝いを家族の誰の家でやって、誰がなんの役割をするか、いろいろなひとびとへのプレゼントはどうするか、食べ物は、パーティの趣向は…ものすごくたくさんやることや考えることがある上に、クリスマスに近づくに従ってどんどんお金がなくなるので、23日頃になると町中のひとの顔がひきつっておる。
一年間で「家庭内暴力事件」がいちばん多いのもクリスマスの日、25日です。

でも、それが移民が増えたことによって少し雰囲気が変わってきたよーだ。
連合王国時代以来のストレスの多いクリスマスが、自分たちを労るためのクリスマスに変わってきた。
たくさんの移民を受け入れて、よくなったことのひとつだと思います。

モニとわしももうすぐ、かーちゃんや妹が待つクライストチャーチに向かわねばならぬ。
安いときは往復で50ドルくらいなのに航空券がふたりで780ドルであった。
カウンターでニュージーランド航空のおばちゃんに「えっ?それじゃ、タイで象さんの背中に乗って旅行するより高いじゃないか」とゆって、おもいっきり笑われました。
比較例が不適切であったよーだ。

ともかく、もうすぐ、クリスマス。

画像は、もうすぐ日本を発つというある日の午後、モニとふたりでくるまをとばして見に行った葉山の夕暮れでごんす。

(注1)すべりひゆは、portulaca01という名前でツイッタに出てきては、わしに文句をいうというキリスト教徒の主婦である。
ブログ記事も十年に一回くらいは書くようだ。

http://d.hatena.ne.jp/portulaca198/

いちばん新しい記事は、わしは好きなので殆ど暗誦してしまった。
素朴な感じのする良い文章です。
特にいちばん初めの文、
Quando prego, non riesco mai a comporre le frasi.
は素晴らしい。
たしかに祈りは、そうでなければならない。
くやしいが、カンドーしたので、ここに書いておきます。

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