ノーマッド日記_2
March 31, 2011
午後はお付きの運転手の役をしてモニの買い物に付き合ってあるいた。
さすがに後席には座らないが、モニは、でかい買い物袋をブートに積み込むと、行き先を告げて、小さくてカッチョイイ、みているだけでなんとなく哀しくなってくる感じがするほど形の整ったあごをあげて、「行きましょう、ジェームス」なんちておる。
ジェームス、というのはたとえば旦那さんをお雇い運転手扱いにするときに英国人の女びとが決まっていう冗談です。
107.5MHzのスペイン語放送から流れてくるバチャータを聴きながら片側7車線のオレンジカウンティのフリーウェイを走っていると、なんだか眠ってくる。
わしは(こういうと怒る人がいるのを承知でいうと)ふつーの人間は一日中揺れているお尻や濡れた唇やもっこりしか考えていないと思われるスペイン語世界というものが好きなので、隙さえあればスペイン語の世界に触れようとする。
ここよりヒアよりアキーなのです。
モニが(アメリカのコットンの手触りは世界一だ、という)薄い綿生地のシャツを店員のねーちんと選ぶのをやや離れたところで待っていると、モニとねーちんがこっちを向いてくすくす笑っておる。
きみたち失礼ではないかね、とゆいに行くと、モニが「旦那さんは、いつもああやって踊るのか、とこのひとに訊かれたのです」という。
ラティノの店員ねーちんが、もう耐えかねる、という様子で、はっはっはっと豪快に笑っておる。
わしは、この失敗をよくする。
リズムのよい音楽がかかると、気がつかないうちに足がステップを踏み出して、そのうちにクルクルまわりだして、マジで踊り出してしまう。
ときどき、ひとだかりがすることもあるからな。
でもさ、バチャータてのは、ほんとうは、こういうステップを踏むの、とゆって店員のねーちんが教えてくれます。
なんだ、ほんとうは自分だって踊るの好きなんやん。
さっき4台のシャトルをつらねて到着していた中国人たちが呆れはてたような顔をして、わしらを見ている。
顔に「ああいうことだから、西洋文明は滅びつつあるのだ」と書いてある。
ほっといてくれたまえ。
滅びてゆく人間には滅びてゆくものにしか判らない楽しみがこの世界にはあるのさ。
ブートにはいりきれないくらいシャツやジーンズやTシャツを買い込んで、モニとわしは帰り道についた。
夕飯はレストランに行くのが面倒くさいので「Whole Foods Market」で買ったチーズとパンとトルティーヤとサルサでごまかすことにした。
わしが大切な友マルクス博士・マルクスウォーターマン・@Marukusu_hakaseには悪いが、どうもモニとわしはどうしてもカリフォルニアという土地そのものは好きになれないよーだ。
なんだか、この水はないけど他の点では豊穣な土地の神様は「人間はオカネとセックスのことだけ考えていればいいのさ」と思っている。
なにもかもがプラスティックで、一見陽気なひとびとの顔の下に浅薄な人間だけがもつ酷薄さが浮き出てみえてしまっている。
だから、なんだよ、とゆわれればそれまでであって、たとえば故国で親族をみな虐殺されて命からがら逃げてきた東欧の難民にとっては、「この世は金さ」のカリフォルニアの社会は福音だろう。
宗教や思想というものの真の恐ろしさを知っていれば、肌触りの粗い、あんまり何も考えない社会は(皮肉ではなくて)福音そのものであるに違いない。
「金さえあれば」、呼吸することが許されて、歩いている道から突然連れ去られて殺されもしなければ、突然ドアを蹴破ってはいってきた兵隊たちに母親と妹が強姦されて殺される、ということもない「軽薄な」社会が、どれほど人間にとって素晴らしいものかは、言葉で思考されることを拒んでいる世界からやってきた彼らにしか判りはしない。
でも、モニとわしは、なんだか文明の「余り」のようなところに生きている。
ロスアンジェルスの店員は時給の範囲内でしか自分の一生を話したりしないが、マンハッタンの店員は、ときに、見ず知らずの客に自分の一生を理解してもらいたいと真剣に腰をすえてしまうことがある。
大陸欧州はもっとすごい。
自分がわかってもらえるわけがない相手はネズミのようににべもなく追い払うが、店を閉めて、神に告白するようにモニとわしに自分の人生を話し尽くそうとする。
神秘的なくらい自分勝手です。
それは、どうにもならない妄信、「他人と理解しあうことが出来ることがある」という妄信であって、それが欧州の本質なのだと思います。
カリフォルニア人は賢いので、それがただの妄信に過ぎないと簡単に納得してしまった。
アーバインの映画の書き割りみたいなモール(スペクトラムモール)で、コーヒーを飲んだ。
モニとふたりで駐車場までのプロムナードを踊るような足取りで歩いた。
カリフォルニア人たちは、モニとわしを呆れかえって見ていて、あまつさえ、写真を撮っているひとたちまでいたが、わしは知ったこっちゃないのさ。
わしらは、もうすぐわしらの故郷、欧州に帰るんだからな。
(画像は、「全然カリフォルニアじゃねーじゃん」、というなかれ。わしのNZのほうがやっぱええなあーな気持ちが選ばせたNZの夏の写真の一枚なんだし)
夢のカリフォルニア
March 30, 2011
ゆっていても当たり前すぎてげんなりするが、アメリカ人にも良い所と悪い所がある。
良い所はたいていの人間は万事について親切であって、話すにしても打ち解けるのが早くてあけすけであるところがよい。
めんどくさくなくて、いいのね。
バカなひとからリコーな人まで、この傾向は同じであって、めんどくさいやつが嫌いなわしとしては、そーゆー点では甚だしく楽な国である。
あと、一応、英語を話す国民です。
Rの音がばかでかくて、一日聞いていると味の素がはいりすぎた食べ物を食べたあとのように頭痛を引き起こしたり、何を書いても綴りをいっぱいまちがっておるが、でも英語だと思えば確かに英語に聞こえて英語に見える言語で話す。
ちょっと高尚なアクセントで話すと「はあっ?」「ええっ?」ちゅうような下品な聞き返し方をするやつがおって、もの悲しい気分になるが、そーゆー場合でも慌てず騒がず、下品な発音にやや近づけてあげればちゃんと判ります。
素晴らしい、と思う。
なにより、楽ちんである。
悪い方は、このひとびとは朝起きるのが早すぎる。
勤勉は人間の頭を悪くする、というごく簡単で明瞭な事実をわかっておらないかのようであって、何も考えずに放っておくと、「朝7時」というようなとんでもない時間にミーティングを設定したりする。
7時って、ななじでっせ。ナナジ。
7時の会議とゆっても、7時に起きて、そのまま「どこでもドア」を開けて会議室へ行って、歯ブラシをくわえてパジャマともじゃもじゃ頭でへらへらしているわけにはいかないので、そのまた一時間前とかに起きて支度をせねばならない。
まだ日が明けたかどーか、というような時間にシャワーを浴びていると、鶏になったような気がしてきて泣けてきます。
会議に行けば並んでいるに違いないおっちゃんやおばちゃんの役員衆の顔をひとつづつ思い浮かべて、「おまえら、みんな失脚させてやる」と凶暴なことを考えたりする。
わしは温厚で成熟したおとななので、支度が終わってホテルの玄関で出迎えのクルマに乗る頃には、もうすっかり忘れているが、しかし、そーゆー凶悪な一瞬がわしのミーティングにおける態度にまったく影響しないと誰がゆえるであろう。
インド料理屋が高い。
わしがロスアンジェルスにくるたびに寄る料理屋は、たとえばビンダルーが味付けが古いなりにたいへんおいしいのは良いが、モニとふたりでフィッシュティカとカレーひとつと料理皿ひとつ、ワインを一本頼んだだけで300ドルもとる。
なんでもかんでもくそ高いので、あれは年収6000万円以下のビンボ人を全部駆逐しようとする市庁の陰謀であるに違いない、とマジメに噂されているロンドンでコンテンポラリー・インディアンを食べても、あんなに取らん、というくらいの料金をヘーキでとります。
その上にチップまで徴収する。
わしがインド菓子が好きだと看てとると、親切に色つきの精細な地図を描いてくれたりするので、ついチップをはずんでしまうが、ああいう習慣は是非あらためてもらいたい。
暗い褐色の美しい肌に青い目、というカッチョイイねーちゃんであったが、しかし、そうであってもオカネはオカネなのでチップを渡しすぎると、じわじわと悔恨がこみあげてくる。
モニさんが静かにわしの横顔を眺めていたりすると、まことにプレッシャーでもある。
だがしかし。
たとえばオレンジカウンティは、大クルマ社会なので、クルマ社会らしく、カッチョイイ町並み、というようなものは皆無である。
皆無だが、クルマ社会というものは、そーゆーものであって、だんだん何回もそこに行くに従って、どこになにがあるかわかってくると住みやすい町の常として、よい店が点在しているのがわかってきます。
モニとわしが気に入りのワイン屋は、世界中のワインが盛大にならんでいて、欧州以外で、こんなに良いワインが揃っているところは珍しい、と感じる。
マンハッタンでも滅多にないような品揃えです。
スペインの古いスタイルでつくっているトーラスの赤ワインが、ここにもあるが、どういう理由によるのかバルセロナで買うより安い。
モニとわしはカリフォルニアではジンファンデルをよく飲むが、こんなにうみゃいジンファンデルがあるにょか、というくらいおいしいジンファンデルが40ドルくらいで買えてしまう。
うーむ、と思います。
わしは真冬にモニとふたりで歩いて楽しい街以外には住みたくないので、カリフォルニアに住む、というわけにはいかないが、会議が終わっていそいで行ってみたら丁度夕日が沈むところであったひさしぶりに訪問したサンタモニカの海岸や、おいしそーなエチオピア料理店があるリトルエチオピア、とゆーよーなものを見ていると、南カリフォルニアでも一ヶ月くらいいてもいーかなー、と思う事がある。
並んでいる家が高級住宅地でも妙に安っぽいとか、大通りがいかになんでもサインだらけで醜悪である、とか、わしが好みにあわないことが多すぎるので、多分いざとなったら二の足を踏み三の足がこけて、やっぱし用事だけでそそくさと帰ろう、という事になるであろうが、半人半猫のインターネットで知り合った心のやさしい宗教学者の友達の影響もあったりして、わしはむかしに比べると遙かにロスアンジェルスとオレンジカウンティが好きなよーだ。
ギリシャ人やアフリカ人、中東人やインド人たちが住んでいる地区を中心に、用事がないときにまた来てみっぺかなあー、と今回は初めて考えました。
小さい声でいうと、わしは成長したのではあるまいか(^^)
カリフォルニアを、これほど好意的に考える日がくると考えたことがなかったので、ちょっと不思議な感じがします。
ノーマッド日記_1
March 29, 2011

いっぱい眠りこけていて、朝ご飯に起こされた。
フルーツとヨーグルトとスクランブルエッグとコーヒー。
飛行機はもうすぐロスアンジェルスに着くよーだ。
オークランドとカリフォルニアはほんとうは20時間、時間が違うが、人間の身体はバカなので4時間違うのだと感じる。
「4時間早いだけ」と感じるのでオークランドからサンフランシスコやロスアンジェルスへの旅は楽である。
席について、シャンパンを飲んでいると夕飯をおばちゃんたちがもってきてくれて、ヴィラマリアを飲みながらフィレステーキを食べる。
食べ終わったら、椅子がへっくりかえってベッドになるから、ぐわああああ、と眠ります。
あとLAXに着くという頃になると朝ご飯が出る。
わしは夢のなかで豚さんとお話ししていたら、コーヒーをもってきたおばちゃんに起こされた。
ニュージーランド航空の座席はヴァージンのフルベッドを採用してからとても良くなった。今年からは、その改良型でんねん。
ディスプレイが高解像度になってタッチスクリーンになった。
マットレスが熱くなってドゥーベイも、よいものになった。
このブログをずっと読んでくれている人たちには信じがたいことだろーが、カリフォルニアは仕事なんです。
わしはプーさんなので本来仕事はしないが、エジプトとカルタゴで反乱が起きたと思ったら、それはあっというまに中東と北アフリカ中に飛び火してガダフィは吠え、サウディアラビアは金がありあまっている軍隊をバーレーンに差し向ける、という騒ぎになったので、中東人たちを集めて会合をもたねばならなくなった。
わしは、ひきこもりなので、ビデオ会議のほうがよいが中東人たちはリアリティを尊ぶので、現実に顔をあわせないと調子がでないもののよーでした。
わしの仲間の中東人たちはロンドンとロスアンジェルスにかたまっている。
だからロスアンジェルス。
ほんとうは、ニューヨークに帰る途中にちょっと寄って遊んでゆくだけのつもりだった(オークランドからニューヨークへの直行便てないからな)のに、仕事になってしまった。
仕事、嫌いなのに。
と、ここまではヒコーキのなかで書いた。
朝ご飯を食べてもまだ二時間あるのに用意されている映画でおもろいのは「キングズスピーチ」と「ブラックスワン」だけであって、両方ともオークランドの映画館で観ていたので観るものがなかったからです。
LAXのパスポートコントロールはダイ意外なことにスムースを極めるものであって、並ばなかった。
普通はここはバッカみたいに混む空港で、それがために、わしはLAXは極力避けて、ニュージーランドからやってくるときにはオレンジ郡に用事があるときでもサンフランシスコを目指してやってきて、そこからちんちんたらたらとクルマで南下するのを常としたが、今回は、多分空港にいちばんのりの便なのがよかったのでしょう。
のおんびり歩いていったにも関わらず、パスポートコントロールには行列はなく、
スーツケースもバゲジクレームに着いたときにはすでにモニとわしを待っている、というタイミングのよさでカンドーしました。
出口から出てみると、巨大を極める雄大な肉体のアフリカアメリカ人と凶悪な顔を並べて周りのひとびとをびびらせまくっている中東人がいたが、しかもアフリカアメリカ人はわしめがけて歩いてきて、まるで襲いかかってくるよーに見えてまわりの人は息をのんでいたが、…はっはっは、このひとらは、わしのダチでんねん。
「よく来たな、ガメ」という。
あんたのふざけたツラを観るのは何年ぶりだろう。
おっさん、相変わらず言葉がわるいやん。
二年前とちょっとも進歩してへんやん。
南カリフォルニアのフリーウェイは相変わらずマヌケなくらい広々としていて、車線が多すぎるので駐車場がそのまま何マイルも続いているように見える。
東海岸と違ってゆったりととってある車線のなかでは、レンジローバーでも小さく見えます。
なかみがボロイので買うのは嫌だが、つくづくGMとクライズラーのばかでかい図体しか似合わない道ですのい。
モニがカリフォルニアの度汚い空や低いスカイライン、ブッシュのなかの集落のように点在するデザインが極端に悪い建物を眺めながらニコニコしておる。
困難だった日本遠征が終わって、ニュージーランドで、でっとりしてのんびり遊んでばかりいる毎日も終わった。
祝祭が移動するモニとわしの移動生活がまた始まったのだ。
水の映像
March 13, 2011
CNNで見た内陸に向かって速やかに広がるツナミの映像が頭から去ってくれないので、嫌気がさして、
CBDのシビックシアターにThe Manganiyar seduction
http://www.roystenabel.com/manganiyar.html
を観に行った。
あの殆ど滑らかにすらみえる水の広がり、やすやすと内陸をめざして広がってゆく水の広がりの下で何百あるいは何千という人間が自然の力で殺されてしまったのだ。
レポーターの声も泣いていたが、観ている人はみなあまりのことにショックを受けて押し黙ったままだった。
ツイッタでクライストチャーチの地震を観て、「災害など、もともと観る側にとっては、ただの楽しむためのショーである」とわざわざ言いに来た日本人がいたが、ああいう人にとっては、破壊がこれほど大がかりになれば、ますます興奮させられるショーだったのかもしれないが。
日本にいて日本語が出来ない友人たちのためにフォーラムの一部を開放した。
日本語情報をチェックしてメールでの質問に答える。
医者の友人達が加わり、地震の専門家の友人が加わり、…というふうに、あっというまに、いつもは悪態をつくのが専門の友人達が、あまり馴染みのない名前の(わしの)友人達の質問に答えている。
あっというまに知識ということに関しては無限にパーであるわしなどは不要になってしまう。
電話がかかってくれば、それに応える。
しかし、電話のほうは、もともと大した危険のなかった東京の友人が多かった。
たいへんだった、たいへんだった、と言いながら、よく訊いてみると電車がなくなったのをよいことに、そのヘンの浮浪者のおっちゃんや名も知らぬ女や男の会社員たちと酒盛りをしていたのであって、「たいへん」なのは二日酔いの頭痛らしかったりした。
言葉が出来ない国での災害は、ひどい孤立感に悩まされる。
お腹に子供がいるイギリス人の女の友達は、東京にいるが、風向きが変わっても大丈夫か、という。
むろん原子力発電所の事故のことを訊いているのだろう。
当座は30キロ以上離れていればとりあえずは大丈夫と思う、と答えたが、未来の母親としては何百キロ離れても、ほんとうは不安だろう。
実際、しばらく考えているようすだったが、「交通渋滞がひどいが南にいけるだけいってみる」と言っていた。
そういうことがあったあとで、モニとふたりで The Manganiyar seductionに行った。
The Manganiyar seductionは、北インド、Jaisalmar, Barmer, それにJodhpurがあるTharの砂漠地帯のムスリムたちのビッグバンドが演じるパフォーマンスで、
その中休みなし90分の、パワフルで圧倒的な演奏は楽しいものだった。
誰でも知っているとおり、北インドの人々は中東や近東、トルコや、最近ではアフリカの人々ととも音楽世界を共有しているが、
西洋の音楽とはまったく異なるが素晴らしい構成力、機知、太古の文明がもっていた感情に現代人を力ずくで引き込む力において、畏怖すべきものがあると思う。
なんの脈絡もないことだが、The Manganiyar seductionの砂漠のにおいのする音楽に身を任せているあいだじゅう、わしはニュージーランドと日本の地震のことを考えていた。
しかし、今度はそれは頭にこびりついて離れない、いわば慢性のべっとりとした残酷性として思い浮かべられていたのではなくて、音楽によって、脳細胞の別の領域から喚起された、別の方角からやってきた悲哀として思い出されたもののようでした。
あの巨大な津波、
あれほどの圧倒的な暴力は神がもし存在するものならば、神の「意志」によって起こされたものでなければならないが、現代人であるわれわれはすでに神には「復讐」や「懲罰」という感情をもつ能力が欠落しているのを知っている。
言語というものを調べていってだんだんに判ることは、旧約や新約を書いた言語の構造では神が成り立たない、ということにつきている。
無限、ということについてちゃんと考えられない言語に神が関わりをもつとは到底かんがえられないからです。
同様に思惟の自立性ということにおいては人間の一個一個が宇宙と等価であるのでなければ、神の事業はうまくいかないが、そのひとりひとりの人間をあっさり殺戮してしまう暴力の棍棒をもっている事には、神の側に盲目な暴力をもつ必然性があるのでなければならない。
それはあくまで無慈悲、あくまで残酷を極める意志だが、人間の側からつくられた言葉の事情を修正して考えれば、当然であるともいえる。
人間のほうから見て、神というものがいかに自然そのものに近い馬鹿者としてしか扱いがたいか、というそれだけの事である。
The Manganiyar seductionのアンコールは、43人のバンドのなかでただひとりのヒンズーの奏者のために、みなが奏でるヒンズーの曲だった。
Slumdog Millionaire
http://www.imdb.com/title/tt1010048/
の冒頭に、ムスリム達がヒンズーの集落を集団で襲撃して、殴られた主人公の母親が絶命するところがあるが、インドの国内での二宗教の抗争は深刻きわまりない。
ところが、音楽を仲介にして、いわば思考を暫時停止することによって、The Manganiyar seductionの面々は、ただひとりのヒンズー音楽家を労り、28人が「カーン」という名前のムスリム達を引き連れて合衆国に入国し、「敵対する神の国」を旅行することの困難を笑い飛ばしてきた。
それが人間の側にとっては、どれほど重要なことであるか。
あるいは、開演の前に、モニとわしは劇場のバーでワインを飲んでいたが、
中年夫婦がくれば、わしはわしらのテーブルの席をさして「Help yourself! 」ともちろん言う。
夫婦が、ちょっと迷って、はにかんだように礼を言いながらテーブルの向かい側にかければ、わしらは、天気の話やインドの話をする。
劇場の美しいインド的装飾の話もします。
いままでも、ずっと見てきたように、神にとっては人間の思弁や叡知よりも、そういう無意味な親切や偽善と言われればひとたまりもないかもしれない思いやりのほうが、ずっと「こたえる」に違いない。
神が人間の愚かさによって混乱させられる一瞬なのだと思います。
ひまなし たそがれ
March 8, 2011

クライストチャーチとオークランドを往復しているうえに、中東がボロくなったので客人の数が増えて、忙しくなってしまった。
「ガメが忙しいなんて、言葉の矛盾だな」とゆってモニは笑うが、そう気楽なことをゆわれても一週間に二回も、しかも一日に4時間、とか仕事をすると気が遠くなる。
わしは労働みたいに下品なものには向いておらぬのだ。
自然、ワインを飲みながら仕事をする。
昼から、ずううううっと、ワインを飲みながら仕事をするので夕方になると、もう酔っぱらっておる。
そーゆー暮らしを続けていると「ありっ?これはフランスとかの基準に照らしてもアル中なんちゃうか」と思う(アメリカ基準ではゆうまでもなく立派なアル中ですね)ので、好きなワインをやめて素面で仕事をする日まで出てきてしまいます。
たいへんなんです。
もともと一年に3回くらいしか仕事をしないやつに、週に二回も仕事をさせるとどうなるかというと、著しく機嫌が悪くなります。
育ちがよいので他人を怒鳴りつけたりはしないが、ときどきいちばん速いコンピュータに電源をいれて、オンラインゲームに乗り込んで、あんまり強くもない相手をなぶり殺しにしたりする。
そういうときのゲームの勝ち方に容赦がないので、しみじみと、わしの前世は猫であったに違いなし、と思います。
むかし、わしがチョー可愛がっていた猫は小鳥をみつけると、まずおもむろに両目をつぶしておいて、それから思い切りいたぶって、飽きてしまうまで存分に残虐の限りをつくすのを午後の愉しみにしていた。
猫というものが「言葉」というようなものを持ち合わせなくて、神さまと同じくらい純粋だからでしょう。
目もあてられないような殺し方をする。
なんの話をしようとしていたんだっけ?
おー、そうだ。
しかし、そうこうしているうちにシンガポール人達がおっとり刀で駆けつけて中国人たちの面倒を見てくれたり、ロシア人達がピザをとりそこねてマヌケにもタイで座礁したりしているあいだに、事態は進捗して、あと2週間もすれば。また毎日プーが出来るだろう、というところまで解決した。
相変わらずひとびとの期待に反して運がよいわしは、クライストチャーチの凍死物件すら無傷であって(タッチウッド)、人々の手伝いをするためだけにクライストチャーチに出かけるだけ(たっちうっど)、友人達の手を握りしめたり、肩に手をまわすだけが仕事だが(Touch wood! Touch wood! Touch wood!) それももう終わりに近づいている。
前にも書いたように町が復興するには15年がとこは必要で、当面はクライストチャーチの人口は一割くらいが減って、国全体のGDPも5%から7%くらい低下すると言われているが、しかし、ニュージーランドというのは苦難が生じるとたちまち助け合って結束が強くなる、という貧乏人根性にみちみちた国なので、案外あっというまに「New Normal」(クライストチャーチ復興の合い言葉)に到達できるようにも思います。
わし自身は、そういうわけであるから、あとは自分の仕事のひとびとに任せて、来週もう一回クライストチャーチも出かけたら、予定通り、6ヶ月の大遠征に出かけることにした。
大遠征、ちゅうても、もう日本は遠征地、ちゃいまんねん。
5年間、11回に及んだ日本遠征は、いかにも身内の評判が悪かった。
わしはごく少数の人間を除いては英語しかちゃんとできひんことになっているので、
(ほら、脳がない鷹は爪を磨く、というではないか)
「言葉も出来ない国に何をしに行っていたんだ」とか「あんな変態趣味で旅行先を決めるのではモニさんがかわいそうだ」とか、甚だしきに至っては
「ガメはくだらん遠征にうつつをぬかすくらいアホなんだからモニさんは是非すぐ離婚して残りの世界の男たちに希望の扉を再び開かなくては」とかいう言語道断なバカタレまでいるそうだが、
なにゆーてんねん。
思わず、かっとなってしまった。
しかしたわけた遠征をしていて2年間の長きに亘ってマンハッタンにも欧州にも戻らないあいだに、いかにも事情がわからなくてたわけてきたので、戻らないわけにはいかむ。
そー。
すなわち、わしは、むかし取った杵柄、いやじゃ有馬の水天宮、あの懐かしいマンハッタンと欧州に戻ることになったのだ。
結局、今年はニュージーランドに4ヶ月半しかいないことになってもた。あとで二週間くらい戻ってくるが、半年はいるべ、という計画が狂ってしまった。
でも、いちばん良い季節にいられたし、もって瞑すべし(ははは、「 もって瞑すべし」使ってしまった。かっこいい)であると思う。
4ヶ月半の滞在だと他の国でゼーキン払えるし…あっ…
そーゆーわけで、わしは、何かよーかの九日十日(念の為にいうと七日八日九日十日、という駄洒落である)と呟きながら暦を繰っては、マンハッタンの古い友達に手紙を書いたり、欧州のむかし懐かしいフランス婆の宿に電話をいれたり、モニとふたりで、きゃっきゃっ、と喜びながら、欧州横断ドライブ計画を立てたりして喜んでおる。
もうすぐjosicoはんが、かっちょいい内緒でひそひそバカたれな会話が楽しめるフォーラムをおったててくれるよーだが、お友達諸君、それまでは、ブログであうべな。
ツイッタは日本語ではいっぱい書けるから疲れるし、わしの日本語頭は話が辛気くさくなるのでいかむ。
どーも、明治文学(明治大学の文学、という意味ではありません)で日本語を構築したのが拙かったようだ。
このあいだ暇つぶしにつくった「日本語ツイッタ年齢測定ソフトウエア」で自分のツイッタを測定してみたら「84歳」であった。
ぬははは。
もっとも英語のほうは「187歳」とかだったから、ソフトのアルゴリズムが杜撰なだけ、とゆえなくもないが。
ともかくかくともとかもくもとかく。
またブログにすがって日本語能力を維持しなければ。
近況なんだぞ、これ。
でわ。



