ラナウェイズ、その後
January 15, 2012
「ラナウェイズ」という記事
http://gamayauber1001.wordpress.com/2010/11/28/1669/
を書いた頃は、まだあの奇妙に現実感がない破壊の王のような津波も、福島第一原子力発電所の事故も起きていなかった。
その頃でも日本人の友達たちは、馴染みのラーメン屋や、古本屋の本の匂いに後ろ髪をひかれながら、とにもかくにも、このまま日本にいてもダメだんべ、というので三々五々、あるいは国の税金で留学し、親のすねをくまなくかじりとり、あるいはなけなしの貯金をはたいたりして、みな他の国に移動していった。
そのあいだに、原子炉がスカになる大事故があったり、その事故への政府と社会の反応にがっかりしたり、驚いたりして、結果的には予定より長くいることになったひとが殆どだが、出ていったばかりのときには、3年くらいで日本に戻る予定だったひともいた。
何人かの友達は、このブログ記事とわしツイッタアカウントが直截の関係がある。
ずっと読んでいる人たちが熟知しているよーに、このブログ記事やツイッタには魔法の力があって、ときどき、はてな住民集団や2chのひとが食性がかわって獰猛になったバッタのごとく飛来します。
もしかすると誘蛾灯みたいなものなのかもしれむ。
むかしなつかしい「ガイジン死ね」の波状攻撃から始まって、はなから態度がド失礼なので、相手にしないことにして、ちょっとだけからかったらえらいことになったきんぴらな話や、ニセガイジン攻撃、日本語が下手で見苦しいからやめろ、おまえの下らない日本語なんかチラシの裏に書いておけ、というのがいっぱい来たとおもったら、今度は、わしが一生懸命平易に書きなおした英語が「下手な英作文で見るにたえない」からニセガイジンに違いない、という。
ショーセツカの「白豚○ね」もあったのい(^^)
そういう、いまとなっては懐メロのごとき、集団的悪意の攻撃を見て、いちばん傷ついたのは、わしの現実世界の日本人の友人達でした。
現実世界の日本人友人達、あんまりブログ記事とかで書かないけどね。
(あたりまえだが)結構たくさんいるのよ。
20代からトーダイおじさんたち40代50代。
義理叔父と従兄弟とは、どちらかというと、面白がって、ニセガイジンにされてしまったことなどは、腹を抱えて笑っておる。
従兄弟などは、英語が下手だ、というところでは、すっかりカンドーして、わざわざ翻訳して妹にちくりやがった。
妹は、欣喜雀躍であったが、ここでなぜ「英語が下手」という悪口に親戚中がうけまくるのか、きみにここで言う訳にはいかない、特別の理由があるのです。
大受けに受けてしまった。
かーちゃんにまで、受けた。
ちくそー。
身近に起こった巧妙で狡猾、なんのために磨いたんだか良くわからない修練のたまものの日本人集団イジメ技術の精華をみて、いろいろなひとが、じっと考えていたもののよーでした。
U子ねーさまは美人なのだからロスアンジェルスでも行ってカネモチひっかけて離婚して安泰な人生を送ればいいやんとゆーと、 日本以外にはハラジュクねーんだぞ、ガメ。なんで、わたしがロスアンジェルスみたいな田舎に行かなくちゃなんないのよ、 とゆっていたUが、ガメ、わたしロスアンジェルスに越すからな、近くに来たら遊びにこいよ、と突然電話をかけてきたりした。
なんでえー? ロスアンジェルスには、ハラジュクないぞおー、
とマヌケな声で聞き返すわしに、Uは意外にも涙声で「ガメの、おひとよし!バカ!」とゆって電話を切ったりしていたのでごんした。
そーゆえば、U子は、いつか「ガメは、日本人を、あーゆーヘンタイみたいなのとまるごと一緒くたにするなんて、ひどい」と怒っていたのだった。
いつもハラハラしながら読んでいたのに違いない。
言わないでいただけだったのだ。
わし、鈍感なんだよ。
ごめんね、Uさん。
わしは、はてな住民のみなさんにお礼をゆわねばならない。
皮肉ではない。
あなたがたは、最低でも5人のはらからを救ったのだと思われる。
誰かが「日本」を体現してみせる、というのは大事なことなのだ。
オークランドにずっと住んでいる日本人のレイさん(@wagonthe3rd)というひとが、
わしに、「海外在住日本人ものは人気があるからフォロワー多い」とゆっている。
そうゆわれてみると、気が付かなかったが、どの「海外在住日本人」もたくさんフォロワーがいるので驚いた。
すべりひゆ ( @portulaca01)などは日本人をよそおっているが、わしが前からにらんでいる通り、ほんとうはイタリア人なので、フォロワーが少ないのだな(^^)
定着して、あるいは元から日本語が母語なみに出来るが日本人ちゃいまんねんのひとたち、自分がマドリッドならマドリッドに住んでいるのがふつーだ、と感じているひとたちは、フォロワーの数が少ないもののよーである。
考えてみれば、あたりまえですね。
そういうひとほど、日本のひとと考える事に接点がない。
レイさんのように、意図して日本と自分が住んでいる国の違いをみいだして日本に伝えようとしている場合いがいには、日本のひとがコーフンする、あるいはタメになる話題などないわけです。
そうやって震災のまえに日本を出たひとびとは、わしにお礼を述べてくれることもあった。
ガメのおかげで、助かった、という。
わしは実は全然たすけていないが、お礼をゆわれるのがとても好きなので、お礼のほうは実態とは別に全部うけとって、わしのオモチャ箱にいれてあります。
開けると「ガメのおかげで助かった!」
「ガメは一生の恩人です!」と、いっぱい聞こえてくるので、日頃、妹その他にいじめられてシクシク泣きながら眠りにつくのが習慣のわしの大事な宝箱になっておる。
涙で濡れた毛布のなかからとりだして、箱をあけて暖かい声を聴くと、妹にいじめられて泣き伏した午後がどこかへ行ってしまう。
しあわせである。
余計なことをいうと、わしはガキの頃から「福の神」と呼ばれていて、本人は何もしないが、飴をあげたり、頭をなでなでしたりしていたひとは、みな幸福になる。
逆に、わしを嫌ったりすると、みな不遇非業の人生を生きて死ぬとゆわれておる(^^)
「本人は何もしない」というところに話の力点があるのであって、残りは単なる儀礼であるという学説も行われておるよーだが、邪説であると思います。
フクシマのあとに安全を求めて海外に移住したひとたちは、日本に戻らざるをえなくなったひとも多かった。
義理叔父は派手な街が好きなので、マンハッタンとシドニーに落ち着いたようだが、あのチョーえーかげんな当て推量をするときの確信に満ちた眼差しで
「マンハッタンもシドニーも日本人がすごく増えた」という。
こうなったら、おまえのおばさん(かーちゃんシスターのことね)に頼んで、ショーバイしなくっちゃ。
「ネーティブガイジンでないとわからないビジネス英語の書き方」とかさ、ほら、ボロイ商売いっぱいあるやん。
「日本人向け不動産販売」っちゅうのもいいな。
はっはっは。こーしてはおれん。
ツイッタアカウント開いて、フォロワー増やして、いっぱい海外移住に興味がある日本人だまさなくってわ、
とコーフンしていたが、ゆっただけで飽きたか、あるいはかーちゃんシスターに蹴られたかして、実行には及ばなかったもののよーである。
義理叔父の性格であるからして、間違っても同国人を欺してショーバイするなんて下品でいけないことを考えてしまった、というような内省によって思いとどまったのではないと思われる。
そんなこと、考えるだけでもとんでもないやつだ。
儲かるのかな。
海外在住日本人でもーかるのなら、日本語がへらへら、いや、ぺらぺら凍死家ガイジンならボロイやん。
テレビで、にっかり笑って、
「あなたも海外でキャリアをつみましょう。電話してね」
なんちて。
やってみようかしら。
けけけ。
日本のひとは、たいてい食べ物で挫折する、と聞いていたが、実際はやはり英語であかんくなることのほうが多いよーだ。
わしが観察していると、十年くらい住んでいても、ダメなひとはダメですのい。
家にひきこもって出不精になってしまう人は、やはり英語が理由という。
店やなんかで「気楽にスモールトークをする」というようなことが出来ないのがおおきなことだと悟るのかもしれません。
tattooの職人の(@Ukoh_rain)というひとが、わしのツイッタアカウントに来て不安がっていたが、そーゆー職業のひとは、ふつーに定着する可能性が高いと思われる。
手に職、はやっぱり、つおい。
職人の町フィレンツェで、洋裁店おばちゃんと話していたら、フィレンツェの職人の三分の一は日本のひとだというので驚いてしまったことがあった。
その後、どーもこのひとは日本人ぽいな、という職人さんにあたりをつけて訊いてみたら、「日本では、もう職人を大事に育ててくれる所がないんですよ」という、日本人側からの理由を教えてくれた。
わしは漠然と日本は職人の国、というイメージをもっていたので、どへえ、と思いました。
そーだったのか。
tattooのようなものは、日本はスーパー先進国で、最近は日本式極彩色tattoo
http://www.amazon.com/Tattoo-Japan-Illustrated-John-Harte/dp/393402064X/ref=pd_sim_sbs_b_2
に憧れる若い衆がたくさんいるので、この@Ukoh_rain は「定着」どころかオカネモチになってしまうだろうと思われる。
きっと友達も弟子もたくさん出来て、そういう現実の環境のほうが逆に @Ukoh_rain さんが不安がっている英語能力をつくってしまうでしょう。
わしからみると、条件がそろいすぎていて「ダイジョブに決まってるやん」というひとなのに不安がっているところが、オモロイ感じがしてしまった。
ひとのマジメな不安をおもしろがってはいけないが。
一方では、いわゆる知的な職業、特に人文系の職業についているひとはたいへんなよーで、小説家のような商売は才能さえあればどこに住んでも同じなので、中上健次のむかしから、日本以外の土地に住んで原稿を書いて暮らしているひとは少なくなかったが、研究者というようなことになると、英語が無茶無茶できなければ、当然どーにもならない。
定着もなにもドアが開いてくれないもののよーです。
医者というような商売は、どこにでも行けそうな気がするが、世の中には「将校医者」「ヘータイ医者」という嫌な言葉がありますね。
皮肉にもヘータイ医者は英語さえ出来れば、どこに行ってもなんとかなる。
現に、たとえば「国境のない医師団」に属して、自分の国に三ヶ月だけもどって医者をやっては現地での薬の購入代を稼ぎ、残りはアフガニスタンに帰って難民治療に専念する、という尊敬すべき女びと医師の話を聞いたりする。日本のひとです。
どーゆーわけか、女のひとが多いように見えるが、日本人で、医師であって、地震で30万人を越える数の人が死んだハイチ
http://en.wikipedia.org/wiki/2010_Haiti_earthquake
や、アフリカの奥地で医療にあたっているひと、というのはよく聞くし、
タイランドやオーストラリアで、ふつーに開業医をしている日本のひと、というのもたくさんいる。
ところが「将校医者」は、社会的にエライというようなくだらないことよりも組織と環境がないと仕事がやれないので、返って身動きができないよーだ。
会社員みたい、になってしまうのね。
現にニュージーランドでも台湾の外科の権威おっちゃんが、医師試験から研修まで、ニュージーランドの新米医者と同じコースをとれ、と言われてキレて無職のひととして暮らしている例がある。
あるいは中国の産科の教授がニュージーランドに来て、やはり同じ理由で引退してしまったりする。
専門的研究的な分野では医師のほうが移住定着は難しいよーです。
フクシマの前、「ラナウェイズ」の日本人友人たちから、よく相談されていたころ、わしが言う事は決まっていた。
「行きたい国の移民局のサイトをよく読むこと」
それからしか対策もなにも立たないに決まっている。
この段階で「ひとに訊いて情報を集める」のは、たいへんに危険なことでもあります。
自分がやりたいことに基づいて、行きたい国がきまったら、その国の移民プログラムをよく読んで、どれなら自分が幸福にその国で暮らしていけるか、よく考えてみるのがいいと思う。
職業によってはTOEFLやIELTSで一定の点数を要求する国もあります。
東アジアからの移民に共通した特徴として、「自分が行きたい国のランクをつける」という、わしらのあいだで、よく話題になる習慣がある。
中国のひとなどは「イギリスは高嶺の花、アメリカがいちばんで、次がカナダ、3番目がオーストラリアで4番目がニュージーランド」などとニュージーランド人が聞いたら、一挙に人種差別主義者になりそうなことを言う。
「オックスブリッジを出たイギリス人と結婚するのが夢です」という、オソロシイことを言うひともいます。
そういうひととひさしぶりに会うと、ほんとうにオックスフォード大学を卒業したピーターにーちゃん(仮名)と結婚して乳母車を押していたりすることがあるが、わしなどは思わず、「ピーターくんピーターくん、きみは『オックスフォードを出たイギリス人』28号だったのを知っているかね?」とゆってみたくなったりする。
自分が行く国に偏差値をつけて第一志望第二志望をつくる、というこのアジア人の習慣は、どーも、「国というのは自分で参加してつくるものではなくて、オカミの完成品として存在して、自分に何かを与えてくれるものだ」という不思議な誤解に基づいているもののよーだ。
こーゆーひとが不思議なのは、ではなぜ「イギリス人はニュージーランドに移民するのか」という単純な疑問をもたなかったらしいことで、いちど訊いてみると
「それは下層階級のひとだからでしょう」と言うので、どひゃっ、と思った事があった。
実は、むかし「ニュージーランドに移住して税金を節約しよう」という隠れたベストセラーがあったアメリカ合衆国からはニュージーランドにオカネモチがたくさん移住してきているが、あのひとに理由を尋ねると今度は「きっとみんな犯罪者なのでしょう」と答えるのではあるまいか(^^)
わし自身がニュージーランドにいるのは「英語が下手だからだ」と思っているのかもしれむ(^^)
すごおおおく、あたりまえのことだが、タイランドに住むほうがアメリカに住むよりも、ずっと性にあっているひとがいるのは、「高給」で「安定」した医師になるよりもあんまり売れなくてもマンガを描いて暮らしているほうが、ずっと幸せな人がいるのと同じことである。
義理叔父の友達には、アニメを描いて暮らしたかったのに、親思いの性格が災いして、自分の性格に反して医師になったために自殺するに至った気の毒なひとがいた。
わしなどは、クライストチャーチが好きで、オークランドはクライストチャーチが近いのでまあまあ。なぜここにいるのかというと、モニがクライストチャーチよりもオークランドが好きだから、です。
アメリカのパスポートを一回もってしまうと、そのあと十年間おそろしいことがついてまわるので、カネモチは頼まれてもあんまりアメリカ人はやりたがらない。
自然とスペースが好きで、会社に行ったあとボートやカヤックやヨットで遊びたいひとやなんかにはニュージーランドがいちばん向いている。
オークランドなどにはボート遊びができる浜辺が、地形上、そこいらじゅうにあるからです。
ずっとブログを読んでくれているひとは知っているが、わしは「十全計画」に従って日本に5年間11回の大遠征を行ったほかは、だいたい「冬のクソ天気を避ける」のと「都会と田舎に半年づつ住む」のを方針にして、暮らしている。
わしが育った土地では冬は日本とは違って、強風が吹いて雨が降り続く、チクソーな天気が続くので季節ルールが出来上がったが、この頃は夏が全般に暑くなりすぎるので見直す余地あるよーだ。
都会と田舎については、マンハッタンのように気楽に質の高いオペラやバレエが観られるところでないとつまらないし、馬にも乗れなければ、だあーれもいない草原で寝転がって、あの雲、イギリスみてえー、あっ、あっちのはフランスに似てるぞ、モニ、が出来ないとくだらんので、今年のような特殊寿年を別にすれば、変わらぬ方針として維持されると思われる。
なんだか、いっぱい書いてしまったが、外国に移動して住む、というようなことは、やってみれば判るが、全然特別なことでないので、テキトーにやってもなんとかなるものだと思う。
地位や専門や研究がある場合にはたいへんだが、世の中の99%の「その他おおぜい」にとっては、どこに住んでも本質的には同じよーなものでしょう。
それぞれの国の社会の特徴に応じて、たとえば英語社会の日本のひとは
「日本人を欺すのは日本人だから気を付けろ」というようなことを言うが、そっちのほうは、わしには全然わからない。
なんだか家出しているあいだに、家が火事になってしまったようなことになってしまったが、あの日本人のお友達は、よいことに、みなそれぞれ幸せそうに暮らしている。
ネットの友達も狐茶などはすげーカッチョイイ年賀状を送ってくれたが(まだお礼、言ってねー)、ラナウェイズのひとびとも、写真やそーゆーものを見ると、日本にいたときの一種の「曇り」がすっかりとれてしまった表情をしています。
あのひとたちが十何年かして、たとえば40歳に近くなったころ、日本に戻って日本の再建設に参加する日が、やはり日本の再出発の日になるのだと思う。
もちろん、ああいうひとたちが帰らないほうが、移住先の国にとっては大プラスだが、でも日本のひとは、なんだかいつも帰ってしまいそうな気がする。
そして、それは日本にとっては決定的に良いことだと思うのです。

