文明の相貌

雨の日の大通りの舗道に面したカフェで痛風を抑えるための錠剤をばりばりかみながらビールを飲み続けるGの姿、というようなものが、わしの「文明社会」のひとつの映像になっている。
Gは、わし友人のなかでも特に頭の働きが優秀なひとで医学を専らにしている。
医学、と言っても、なにしろ自分のなかに狂気があることを発見して、高校生当時の知識では、本やネットをどう渉猟しても不治の病で年齢が重なるのと一緒にゆっくりとしかし確実に理性を失う発狂に進むしかない、と「発見」した結果の医学専攻なので精神科医です。

もともと温和な性格のひとで、しかも冗談が巧みで、歩く博物誌と呼びたくなるくらい森羅万象のことごとくをなんでも知っているひとなので、わしは、よくGと、わしらが住んでいた小さな町を散歩した。
ときどきヘンなことがあって、たとえば、ある冬の日わしらはいつものように町を散歩して行き交う友達の誰彼に挨拶したり、冗談に笑い転げたりしながら歩いていたが、ラテン語の木の看板を出している店の前にさしかかると、Gが「ラテン語の看板なんて許せないな」という。
そー?、と意味がわからないのでテキトーに返事をする、わし。
Gは、あっというまに看板の店に歩いて行くと、
「おい、おまえらは、俺がラテン語が出来ないと思って嘲笑しているのか。
ふざけるな、馬鹿野郎!」と怒鳴って表に出ていた商品を載せたテーブルを蹴り倒してしまった。

そーゆーひとです(^^)

ところで、義理叔父の友達にこれとそっくりのひとがいる。あんまり詳しく書きたくないが、ラテン語をドイツ語に変えて、小さな町を下北沢に変えれば、義理叔父の友達が、下北沢のすぐ近くにある大学の教養課程のときに起こした「小さな出来事」と、そっくり瓜二つであると思う。

なんというヘンなことを言う奴だろう、と思うだろうが、わしが「文明」というとき、理屈の表層ではなくて、奥底には、こういうひとたちがいる風景、というものが前提されている。

1918年に欧州の文明はいちど死んだことになっていて、そしてそれは事実だが、その後も文明のかけらは欧州人の生活のあちこちに散らばって、血を流しながら息絶えてゆく、というような形で気息を奄然とさせながら痕跡として生き延びてはいた。
たとえばわしが子供の頃はまだ、かーちゃんの買い物に付き合っていて気分が悪くなって隠しきれなくなると、街のあちこちにあったちゃんとした紅茶をいれてくれるレストランで、ポットから注がれる紅茶にミルクをいれて、爽快な気分を取り戻したりしていた。
紅茶という飲み物は、要するにそういう飲み物で、当時は、まだ紅茶という飲み物に文明の力がこもっていたからです。

あるいは、北へ旅行してヨークというような町へ行くと、夕暮れどき、ラグビーグラウンドを照り渡す濃いオレンジ色の夕陽が息をのむように綺麗で、いかにもいまやどこかへ去っていきかけている文明の名残が挨拶を送っているとでもいうような、さみしい感じがした。

よいわるいというようなことではなくて、ただ避けようもなかった変化として、いまのイギリスは移民の国で、わしが子供の時に去って行く最後の姿を目撃した「伝統的なイギリス」は、もちろんすでに街の通りにはあとかけらもない。

改装を終えたばかりの公園を見渡すペントハウスのなかで開かれた芸能人やマスメディア人の姿がちらほらと見えるパーティや、水曜日や木曜日という不思議なタイミングで開かれる、トレイに載せられたRSVPで始まる、こちらは金輪際芸能人の姿などみかけることはない、入り口で渡されるシャンパンで始まる、ひそひそとした会合のなかにかろうじて生きているだけである。

無神経で有名なおっちゃんが、ある種類の人間が集まる会合で、あからさまなスピーチの途中で「ロンドンが白くなり始めてから」とゆって、会場の男達のなかにおおぴらな笑い声をあげるひとと、それよりも数が少し多い、かすかに眉をしかめた顔とが混在して、一方では女びとのほうは殆どいちように聞こえなかったというような、気まずい表情になるひとが多くて、なにごとによらず観察するのが好きなわしをすっかり喜ばせてしまったことがあったが、このおっちゃんが「白くなり始めてから」というのは、ひところはアジアのひとが目立ったロンドンの街の店員やウエイターやウエイトレスが、東欧とロシアからの移民が爆発的に増加したことによって、都合良く、また白色人種化したことを皮肉としての述べている。

外国からの観光客が好んで行く、ガイドブックに載っているような「由緒正しい」レストランや店で働いているひとは、殆ど東欧人で、たとえば、わしの大好きなチョコレートサンドイッチがあるWという店はマネージャーはニュージーランド人だが、給仕してくれる陽気なひとびとはプラハやワルシャワから来たひとたちである。

あるいはリーゼント通りにある品物のよい服を売っている店のひとつはてきぱきと働く日本のひとたちが気持ちのよい店だが、胸に小さな日本の国旗のバッジをつけていて、
それを「日本語が話せます」という意味にとるのは難しかったので、複雑、というよりは、あんまりおおっぴらに論議をするとそれそのものが抑圧になりそうなことどもについて考えさせられてしまう。

見えないものは、こわい。
人間の言葉による思考というものが感覚器が受容できる刺激におおきく依存しているからで、日本のひとがいまどう考えればよいかとりかかりがつかめなくて、まともな人間ほど困じはてている環境化した放射性物質というようなものは、人間には本来、たしか日本語では「演繹」という訳語になっているはずの「deduction」の力を借りなければ考える事すら出来ない。
本来inductionによらねばならないはずの議論がdeductionによってしか出来ないところに、放射性物質の害についての議論の、たちの悪さがある。

あらっぽいことをいうと「文明の本質」というようなものも同じで、文明の普遍性という、文明というものが必ずもっているはずのものから派生する共通性、とゆって悪ければ共通にもった匂いのようなものは、本来、見えないのである種類の人間がみせる傾向や、もっと言ってしまえば一瞬の表情のなかにしか文明はほんとうの姿を見せないのだとも言える。

日本のひとには、もちろん誰にでもというわけはないが、そーゆー「文明が病気のようにみせる症状」がちゃんと備わっていて、あるいは備わっているひとがいて、むかし文明が日本にもあると思うか、と当の日本のひとに訊かれたことがあったが、そのときはうまく説明できなかったが、
自分の頭のなかでは、考える必要もない、二三人のひとびとが折にふれてみせた、表情のことを思い出せば足りたのだ、ということを書いて、この記事はここまでにしようと考えます。