マグノリアの香り

「鼎」というものを初めて見たのは多分青山の根津美術館だったと思う。
かーちゃんが磁器が好きなので、美術館の所蔵品のなかに高麗の白磁だかなんだかがあって、紀伊國屋スーパーマーケットのグレープジュースかなにかが目当てでついていったものだと思われる。
脚が三本しかない龍の装飾が施された巨大な青銅器は、わしに強い印象を残して、「中国」ということを思い浮かべると暫くは鼎が思い浮かぶほどだった。

だんだんわかってくると「3」という数字が安定の始まりであると考えるのは中国人たちだけの特徴でも、3つあるということは、世間の始まりで、そう思って観察していると、自分と友達が話している時も、ふたりと三人とでは人間の関係そのものが、ちょっと強い言葉をつかっていえば「本質的に」異なるもののよーでした。
ふたりのときは、自分の頭や心のなかで生じているひっそりと育った孤独な言葉を交換しているだけなのに、3人になると「社会」が生じて、政治も生じてくるもののようだった。
たった3人だからといって、あなどってはいけないのであって、驚くべし、付和雷同だって出来るのです。

おまえのブログはオモロイが長すぎるとばかり言われて、メンドクサイので、まんなかを全部端折って話すと、社会というのは、発展の段階、規模、ある場合には目的によって必要な多様性というものが決まっているもののよーである。

魔女狩りというものがなぜ終焉を迎えたかというと、市民社会が到来して「隣の家ではどのような生活が行われているか」が判るようになったからで、なぜ判るようになったかというと、どうもそれは「小説」というもののせいだ、ということになっている。
小説が近代社会にもたらした最大のインパクトは文学性というようなジョーヒンなものよりも、まず、「えっ、そんな生活をしている人がいるのか」という興味であって、小説は第一には他人の生活への覗き窓で、その次には他人の心理・考え方への覗き窓になった。
文学性はその後に続いてでてきたもので、歴史的な順番で言って、決して逆ではありません。

当時の「小説」には、…特にアメリカ新大陸では…「実録もの」が多かったのもそのせいと思われて、実録物なら小説ではないではないか、というのはいまの時代なら至極もっともな意見に聞こえても、エドガー・アラン・ポーの時代のひとは、物語と実録の区別があんまりちゃんとついていなかった。

ほんとうのことと虚構との区別がようやく意識されだしたのは、たとえばポーの有名な
The baloon-Hoax
http://en.wikipedia.org/wiki/The_Balloon-Hoax
事件の頃からで、この少し前に、Great Moon Hoax
http://en.wikipedia.org/wiki/Great_Moon_Hoax
というのがあって、ポーは、「へー、そんなん、有りなんだ」と思ったに違いないが、
もともとモルグ街の殺人も意外な場所にあった盗まれた手紙の物語も実話であると読者に信じさせたかったポーとしては、いま言われているのとは違って、他の小説を書いているときと、たいした区別をつけていなかったのかもしれません。

wikipediaの見出しに「hoax」とついているように、ここから先は事実として書いたらダメなのよ、という気持ちが社会に生まれて、境界線が出来るのもこの頃からのよーです。

小説と銘打つためには、物語の内容が現実でなくても、現実と信じられる諸条件が必要になって、リアリティというようなことが問題になりはじめると、自分の内面がただ単調に拡大して投影されたものでない、いまの意味での「社会」というものが意識されるようになった。

それはひとくちで言えば役割だけでなく、考えや、ある場合には情緒までいろいろな人間に異なるものを分担させるという考えで、右に働く力も左に働く力とじっと押し合えば静的平行が達成されるだろう、というべきか、それまでの上から、というのはたいていの場合は教会や王権から下に向かっていちように押しつける力で達成される平安とは別の種類の、それに較べればずっと複雑な大小さまざま、向きもさまざまなベクトルが平衡して達成される新しいタイプの動的な平安を人間は手にいれたことになる。

なぜそういうことが可能になったかというと、神が死んでくれたからで、フランス革命は無惨に失敗したのに、アメリカ革命が成功したことにはいまよりも当時のほうが明瞭だったアメリカ式の政教分離がうまく働いたからだということに関係があると思われるが、これも説明していると、また「長い」と嫌味を言われるのでやめておく。

なんだか何を書いても英語人の感覚からするとチョー短い文章でも「大長文」と感じるらしい日本語世界では長くなりすぎそうなので、もっとあいだをぶっとばして結論のほうへ急ぐと、日本のひとの「社会」というものへの考え方は、西洋語からの訳語ということになっている「社会」とは、なんだか全然別の概念なのではないだろうか。

なぜこんなことを書き出したかというと、前にブログ記事に書いた早川由起夫への、囂々たる、という表現通りの非難も、あるいは、こっちは何があって何が起きてるのかちゃんと判っているわけではないが、嘘だ捏造だ、そのあとには長たらしくて退屈ないつものチョー嫌味たらしい、「ここまでくるといくら何でも看過できない」「私は、ある程度信じたかったが、さすがにもうあきらめた」という口調の安物の芝居じみた「わたしは温厚だが、彼は酷すぎるのでやむをえない」という述懐を腐れサラリーマン社会みてえ、と思いながら読んだだけだが、上杉隆というひとへの集団攻撃、
あるいはこっちは、わしにとってはずっと身近な感じのするひとである、いいとしこいてから出来たのでまだ小さくて可愛くて仕方がないふたりの子供を守りたい一心でオカミに必死の戦いを挑んでいるファイター内藤朝雄の、ガードをさげてしまった猪突猛進のフットワークのなさにつけこんで、足を棒にからげて転ばせておいて、みなで群がって米搗き棒でバンバン叩く田舎じみたお百姓裁判、あるいは、すっかり血も涙もないウソつきにされてしまった顔ガリレオの惨状というようなことを眺めていると、さてこれは何のためだろう?という気持ちが起きるからである。

自分達に十分理解ができて、頷いてみていられるものだけで出来ている社会は、隣近所としては安逸でいいと思うが、社会とは言わないだろう。
自分にはよくわからん意見や、聞いてると「あたまにくんなあー」という意見がいう人がいても、その自分にとっては受け容れがたいものに対して精神的心理的に距離をとって暮らせるから社会なのである。
社会が一個の教室であるとすれば、態度や仕草で自分を軽んじている、あるいは嫌っているらしい級友がいても、誰彼に憎悪を運搬して分配してまわらなければ放っておくべきであるのは小学生でも知っていることだが、日本の社会にはひょっとしてそれが出来ない仕組みが備わっているのではないか、と思うことがある。

上杉隆も菊池誠もハシゲもノブオもいていい、というかいなければ困るが、「程度の問題」ということがあって、たとえば放射脳だといってbullyingをするひとがいるが、勝手に意見を述べるのは許容できてもbullyingは許容していいわけはない。
でもbullyingかどうかはひとそれぞれの感じ方の問題で、そんなことを言っても仕方がない、というのが日本のひとの一般的な立場に見えるが、それはほんとうではないと思う。
ブリトン人は、そういうときに「常識」というものをもちだしたがる。
なぜそうなのかには立派な理由があって、それは階級社会と密接な関係があるが、そしてそれこそがブリトン人が階級社会をいまだに保持しているおおきな理由のひとつだが、もうここまででもカリフォルニアの宗教学者であるとか釧路の看護師であるとか、頭のいかれたオヤジのぽんぴいであるとか、いろいろな人間が、「長すぎる、ながすぎる!長いよおおおー!」とゆっている声が聞こえてくるようなので、それも端折る。
階級というものをもたない日本では実は常識に頼っていいわけはない理由があるわけだが、そうならそうで「手順」というものを厳格に定めるという対処方法がある。
アメリカ人が採用しているのがこれです。

アメリカ人の「手順方式」は日本の人の感覚とかけ離れているところがあると思われるので、これもチョー長くなるであろう、詳述しないが、要は社会の維持というものはバランスの感覚で、そこに何かがあったときに、それが白であるか黒であるかのみに熱中するのは未開な人間がやることであると普通には理解されている。
わしは日本の社会が未開だと思わないが「罵倒」が芸であったり、みんなで悪口のコーラスをして、「わたしはやさしいんですけどね。わたしはやさしいんですけどね」と言いながら異端者をつるしあげにして皆で言語的なバットで殴りつづけるような日本のネットコミュニティのありかたや、あるいは、早川由起夫の場合のように、「元から札付きの人物だった」というような卑しい手段をつかってまで特定個人を葬り去ろとするような人間がうじゃうじゃいるインターネット世界を持ち、それに対して特に社会として嫌悪を示さないような社会とは、未開ではなくても、自分が知っている「社会」という言葉の翻訳に該当すると思うのは難しい気がする。

ついでに述べると、日本では「ぼくはきみの意見には反対だが、きみがその意見を言う権利は全力をあげて守る」というような精神のありかたが民主主義のありかただというふーなのが人気があるよーだが、由来は西洋のかっこをつけるのが好きなおっちゃんだとしても、そんな殊勝な考えの「西洋人」など、わしは見たことがない。
どちらかといえば、そういう子供じみたヒロイズムは言論の自由とは相容れないもので、
うまくいえないが、ヒロイックな情緒とはかけ離れたところにある。
言論の自由とは要するに嫌いな人間がうろうろすることへの忍耐の別称だからです。

話を元にもどすと魔女狩りで人間を煮えたぎるお湯に放り込んだり、いたぶりすぎてぶち殺したりしていたひとびとは無論自分達が「100%」正しいと信じていた。
100%、というところが大事なので、「だって誰に訊いたって、どんな議論に参加したって、どう考えても彼等は魔女であることは間違いない」と思ったから、無実を訴えて泣きわめく人間をぶち殺せたのだった。
あとになって、「なぜ魔女の存在など信じたのだろう」と誰かが言い出しても誰にもわからなかった。
とぼけていたのではなくて、今度はなぜ、そんな荒唐無稽なことを「100%」信じ込んでしまったかが、どうしても理解できなかった。

魔女裁判が感覚的に判りにくければ、冤罪犯というものは、どの社会でも、たいてい素質があって経験もつんだ優秀な刑事によってつくられるということを考えてもいいかもしれません。「彼は嘘をついている。状況証拠もある。第一、自分がいままで長い刑事生活を通して培った勘として絶対に彼が犯人である」というときに冤罪がうまれる。

社会のなかの異物を自分達の手でていねいに取り除いたあとに残るものは、当然のことながら似たもの同士の「自分達」だけで、そこでいう「社会」とは、なんのことはない肥大して社会と同等の規模に拡大されて投影された自己の別名である。
そうなってしまえば、個人で言えば「UFOから発信されてくる命令」が聞こえているひとと同じことで、社会的な要請による「判断」は、ほとんど根拠のない幻聴に似てくる。
外国人からみると「どうして、そんなことが信じられるのだろう?」と不思議に思うようなことを平然と社会全体で信じられるようになる。

あとは残党狩りというか、まだ微かでも正気が残っている人間を探し出して、ぶちのめし、這いつくばらせ、黙らせて、社会のなかの人間が1人残らず「自分達」になるまで、「異なるもの狩り」を続けてゆく。

わしは残念ながら、日本は最後の第四コーナーを回っちゃったかなあー、と思っている。
社会的なハルシネーションが現象として頻々と見られるようになっているからです。
最近はあんましほんとうのことをゆわないでいくべ、と考えているのもそのせいである。
言っても仕方がない段階に来てしまったと思う。

これまでの経験から、無駄と思うなら、ほんなら黙ってろ、ともっともな恐喝を言いにくるひとがいるに決まっているが、今日、眼が覚めて寝床のなかで枕を背にMacBookAirを開いてeメールを読んだついでに日本語ツイッタを開いたら、わしが大好きな内藤朝雄が留守のあいだに話をしに来ていた。

内藤朝雄というのは、わしに「イジメ学者がいじめられててどーすんだ、だっせー」とか無茶苦茶なことをゆわれながら、素手でしかない両手を水車のようにぶんまわして「放射脳」を笑う群衆のなかに突っ込んでいってしまうイノシシみたいなひとです。
なんべん足をひっかけられて、「知的」なひとびとが俯せに倒れた自分の背中の上でダンスを踊って踏みつけにされても、また起き上がって、ぶんぶん両手をふりまわしながら、ひとりで突っ込んでいってしまう。
アキラさんの同僚の、みなが危ないからやめろと止めても毎週末に 飯舘村に でかけてしまう福島県出身の医者もそうだが、方向がさだまってしまったといっても、諦めないで、というよりも諦めきれないで、といったほうがいいのかもしれないが、遮二無二戦っているひとがいるのを思い出す。

なんだか、まったく黙っていると今日の午後安らかに午寝ができないような気がしてきたので、少しだけ、考えたことを書いておこうと考えました。