言葉という「わたし」について_1

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英語人が溺れかけているときに「Help me!」と言うが「Assist me!」とは言わない、と前に書いた。
あるいは「朝鮮人帰れ!」という文章を見て、書いた人の意図とは反対に「朝鮮」という漢字の美しさに見とれてしまうことがある。

類語辞典というものがあるが、脳髄は絶えず語彙を比較して、無意識的にも無数にある「類語」から最も適切な単語を選択している。

適切な選択?
選択している主体は、なにが選択しているのだろう?
と多少でも頭がまわるひとは疑問に思うに違いない。
そうして考えをめぐらせて、その単語を選択しているのも、また語彙であることを発見してびっくりしてしまうだろう。

このブログでは何度も書いた、エズラ・パウンドの戦後の沈黙のことをよく考える。パウンドはT.S.Eliotが代表作「The Waste Land」を「 IL MIGLIOR FABBRO」という詩人にとっては最高の讃辞とともに捧げたように、きわめて言葉に巧みな詩人だった。
詩において巧みなだけではなく、話す事においても巧みで、どのような種類の会衆でも一瞬で心を奪われたし、どんな女びとでもパウンドが口説くと我を忘れたようになって気が付くとパウンドのベッドの上で裸になっていたという (^^;  

ムッソリーニ政権下のイタリアで、ファシズム礼賛の連続ラジオ放送をおこなって、イタリアファシズムがいかに、それまでの退屈で醜悪で偽善に満ちた民主主義に勝るものかを説いた。

そのパウンドは戦後、「あなたはなぜ沈黙したのか?」と問われて、「言葉には伝達の能力などないからだ」と述べている。
あるいはW.H.Audenが「Love each other or perish」という人口に膾炙した表現を新しいアンソロジーから削ってしまった理由を問われて、「人間がお互いに愛し合うなどということはありえないから」と答えている

http://gamayauber1001.wordpress.com/2012/07/09/love-each-other-or-perish/

パウンドもオーデンも十分に巧みな詩人だったので、言葉の機能のうち「伝達」などは小さい部分にしかすぎない、ということをよく知っていた。
「あなたを愛している」と言って、その言葉だけで言語であらわそうとおもったことが相手に伝わったと思う人は余程鈍感なひとである。
あなたを世界一愛している、とやや修飾をしても、事態はまったく変わらない。
宇宙一、になると逆効果で、そんな100円ショップの棚に並んでいそうな表現をするくらいなら、腕の筋肉がつりそうなくらいおもいきりいっぱいに両腕を伸ばして「こおおおおおおのくらい、愛してる」と述べたほうが、まだ表現としてすぐれていると言うべきである。
(念のために言うと、腕をのばした際に指の先をピンとまっすぐに伸ばしておかないと「たったそれだけしかわたしを愛してないの、推定1.8mくらいの愛情じゃない」とゆわれた場合、「この左手の指の先が示している銀河から右手の指先が示している銀河まで28ギガパーセク(930億光年)あるのであって、わしが示そうと思った純愛はそれよりも大きいという表現なのね」と説明することができなくなります)

ではどうすれば「あなたと会えたことが嬉しい」ということを示せばよいかというと、
たとえば岩田宏は

「おれたちは初対面だが
もしあえなかったらどうしようかと
そればっかり考えていたよ」

と述べているし、岡田隆彦は、
「ラブ・ソングに名をかりて」という詩で史乃さんという名前の恋人に「あんたが好きなのだ」ということをなんとか伝達したいと試みている

http://gamayauber1001.wordpress.com/2012/02/29/日本の古典_その3%E3%80%80岡田隆彦/

こういう表現が、(相手も言語についての修練が出来ている場合には)過不足なく、精確に自分の魂から相手の魂にとどくのは、現実には言葉には、その言葉を一個のニューロン

http://en.wikipedia.org/wiki/Neuron

とするいくつかの結びつきのうち、いくつかのパターンで「定型」を構成する働きがあるからで、簡単な話、
「武蔵野、朝鮮、オルペウス」(吉増剛造)
という文字の形象と音の反響で構成された一行の詩句で伝わるものは、
これ以外の排列と選択では伝わらない。

しかし、この「言語の定型」による方法は、言葉のニューロンの無数の組み合わせのなかから探り出すのが難しすぎる上に、受取手のがわにも同様のニューロンの組み合わせが用意されていなければならないので、廃れることになった。
変わって編み出されたのが、言語の組み合わせニューロンよりも遙かに論理的な、というのは意識して効果をつくりやすい旋律と言葉を組み合わせる方法で、この方法によった「歌」がもっか全盛を極めている。

言葉の本義は無論、伝達よりも、伝達をしたいと考えている意識の主体のほうで、「わたしは腹がへった」というときの「わたし」はなにかというと、その「わたし」と集合的に呼ばれている意識がもつ語彙の総体が「わたし」なのであるとおもわれる。

だから「わたし」はそこにちょうどブラックホールのようにして存在する語彙の集合によって規定されもすれば制限もされる。

いっぽうで語彙を形成している言葉のひとつひとつには歴史上、その言葉を使ってきた人間の集団が考えたことや感じた事が言葉のなかに堆積して澱んでいるだろう。

さっきもちだした例で言えば、その言葉を使う人が半島の住人を軽蔑しているしていないに関わらず「朝鮮」という2文字の組み合わせが、日本人が歴史を通じて育んできた半島の人間への、(百済観音を思い浮かべるのが最もイメージとして判りやすいとおもうが)自分達よりも洗練されて高度であった、しかもたとえば「流線形」を好むというような多くの点で共通した文明への敬意を表している。
英語のKoreaという表現と同じ国であると思うのは難しいことだし、実際、同じ国を指していても「朝鮮」と「コリア」では違う国のことなのである。
それは英語人がもっている無惨なほどのコリアへの無関心を示している。

日本語だけはなぜか「文章が長い」のを嫌う人が多いので、この辺でやめるが、
わしはこれから、このブログをずっと読んできてくれた人たちと一緒に、言葉と人間の関係を考えていこうと思ってます。
ブログ記事とコメント欄と日本語フォーラムとツイッタとメールで、ちょっとずつ考えていきたい。
その過程で日本に固有な問題がおおく日本語に固有な構造からうまれていることや、前の回にちっとだけ書いたように、日本語は常に言葉に耳を傾けているはずの「第三者」が言語上存在しない点で極めて特殊な普遍語であったこと、そうやって日本語と日本社会と日本人の「形」そのものである日本語が片付いたあとでは、英語欧州語へ出ていって、言語全体と人間の意識の関わりから始めて、現実と宇宙との関連について考えられればいいなあーと思っている。

言葉の正体に正対してみつめているあいだは言葉は、われわれ自身に他ならないが、背を向けて目をそらすと、言葉は、たちまち人間にかかった呪いのようなものに姿を変えてしまう。
いまわれわれが目撃している事態は、そうやって招来された呪術的世界だと考えうる。
その場合、言葉の機能のうちの論理的なベクトルだけに注目しても、事態がいっこうに見えてくるわけはないから、と言い直すのでもいいのかも知れません。
もっと言葉の闇のなかにもぐりこんでいかねば、言葉たちが呟いている「聴き取りにくい声」は聞こえず、それが聞こえなければ、言葉などはたかだかイルカたちの複雑な呼び合う声と同じ、伝達のための不完全な道具にしか過ぎなくなってしまうからです。

ほんでわ

(画像は「東京金沢よりも魚がうまいゆいいつの町」Santiago de Compostelaのレストランのスズキのひらき。無茶苦茶うまいので魚があんまり好きでないわしでも泣きたくなります)

ひととひとが

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人間の一生はおもしろいもので、1年2年と経っていくうちに、悪党は悪党同士、狡い人間は狡い人間同士、善良な人間は善良な人間同士、というふうにごく自然に固まってゆく。ビジネスの世界では特に顕著で、悪い経営者は悪い経営者同士で騙しあいをする。悪党はだいたい悪党に裏切られて破滅することが殆どであるのは眺めていて面白いほどである。

ふつうの人間は薄汚い魂の人間と口を利くのがめんどくさいので、なにか言われても相手にしない。
日本語の社会でいえば日本は特殊な社会なので「薄汚い魂の人間」がときに何千人何万人という数になって圧倒的な多数になるのは実験済みだが、それでも事情は同じであるべきだと考える。

そのうちにブログ記事に書いてしまうかもしれないが、自分が嫌いな人間が4,5年経つうちにやたらと事故死や病死をしてしまう考えようによっては怖いひともいるし、これは普通のひとが想像するよりも数が多いが、オカネモチのなかにはヒマツブシに自分の悪口を言った人間の人生を、たいていは思いも寄らない何年も経ったタイミングで、ちょうど猫がネズミをなぶり殺しにするようにずたずたにして「遊ぶ」ひともいる。
しかし、ふつうの人間はそういうヒマなことはしないことになっている。
関わりを避けていくだけなので、付き合いの範囲内に現れるのがまともな人間だけになってゆく。
いまの自分のまわりを見渡すと30歳というような年齢になると、まったく行儀のよい良識人ばかりになってゆくもののよーである。

そうやって現実の生活ではむかしからよく知られた当たり前のことであるし、インターネットの世界でもよく眼をちかづければ薄汚い人間は薄汚い人間だけで語り合い、まともな人間はいつのまにかまともな人間だけの集団をつくってお互いを近い人間として認識しているものであると思う。

切羽詰まったひとは、だいたい親しい友達をだましてオカネをはぎとろうとする。
しばらく会っていない「高校のときの親友」というようなのが標的になりやすいのは万国共通であると思う。
落ち着いて考えてみれば簡単な理屈で、来月生きてゆくにも困る、という状態のひとは、普段付き合いのある周りの人間にはみな現状がばれていて、あのひとにオカネ貸してももどってこないよねー、とみなに思われているので経済上の信用がない。
だから近しいひとで自分の現況に疎いひとをだますことになる。

あるいはビジネスの世界ではいよいよ乾坤一擲、誰かを欺して何十億円か手にして逃げようと考えるひとは、もっとも親しいオカネもち、あるいは自分をもっとも信用してくれた上司、というような人間をだますのは定石である。
これは知らない人間はそうそうオカネについて他人を信用しないという理由によっている。

そうして、神と人間についても、これとよく似た事情がある。

何の気なしに、むかしの友達と連絡しなくなってしまって、どうも怠けているのはよくない、と呟いたら父親に聞きとがめられて「それは違うだろう」と言われたことがある。
「友達というものは変わってゆくものだ」という。
「自分が成長するにつれて、友達は退屈な人間にみえてくるもので、また、そうでなければならない」
やな奴、と思ったが、是でもなく非でもなく、しばらく会わない友達のことを考えると、父親の、いかにもこれまでの一生を社会の選良として過ごしてきたひとらしい言葉を思い出す。

30歳にもなると、避けがたく、他人への関心がなくなる。
なにが起きても腹がたたなくなるかわりに、自分の気持ちのなかに「くだらない人間」に対する底冷えのするような軽蔑の気持ちの層ができてしまっているのを感じて狼狽する。
他人を軽蔑する気持ちの強い人間に囲まれて育ったので、あんまりこういう人間たちの同類にはなりたくない、どんなバカが相手でもちゃんと腹を立てなくてはいけないだろう、と思っていたのに、見事なくらい同類になってしまったのではないか、と疑念が生じる。

モニと小さな人とわしとが幸福ならばそれでよくて、他のことなどどうでもよいと思っているのではなかろうか?
もとより罪悪感をもって考えるような種類のことでないのは当たり前だが、それでも世界に対して冷淡であるというのはすごくカッコワルイことなのではないか?

たとえばハイチやコンゴの悲惨についてモニとわしは大きな関心をもっている。
チベットについても、ふつうの関心以上の気持ちがある。
他人に言うことではないから具体的なことは書かないが、寄付だけではなくてモニとわしとふたりでいろいろな活動にも参加する。
だが結局、人間性への過剰な期待などはとっくのむかしになくしているのではないだろうか。

恋をすると人間は何も手につかなくなる。
一日じゅう、ぼおーとしていて、赤信号で道を渡ろうとして死にかけたりする。
冬の冷たい雨にびっしょり濡れながら両手におおきな花束を抱えて歩いて道行く人にヒソヒソされたり、カウチに天地さかさまに腰掛けた挙げ句に頭を床にしたたかぶつけて涙ぐんでいたりする。

おもいだすと犬さんよりも頭がわるいのが歴然としているので赤面するが、いわば自己批評機能が完全に停止した状態であったその頃を思い出すと、人間が正しい叡知に到達するにはどうしても愚かでなければならないのだと悟る。

人間性の限界は合理的思考によって生まれる。
合理的な精神は確かなものだけを材料にすることによって不十分に小さい集合サイズの十分条件のなかだけで自転してしまうからである。

ある種類の頭のわるいひとは、自分を局外の批評家のようにみなして、「笑える」「微笑ましい」というような言い回しをしたがるが、なぜそういう無効な現実との関わり方を告白し、あまつさえ広く他人の目にさらしてすら恥ずかしくおもわないのかというと、極端に限られたロジックと知識で懸命につくりあげた犬小屋のような自分の侘びしい「合理性の部屋」を自分なりに念入りに点検して、堂々たる知性の城塞のように妄想してしまっているからだろう。

人間の偉大さは普遍的価値基準に照らせば自分で感じている価値の千分の一もないに違いないささやかな理性よりも、自分の口で自分のシッポをくわえて完結させた自家中毒的理性から腕をつかんでつれだしてくれる愚かさのなかにこそある、と何度も書いた。
そこにしか希望はない、とも書いたことがある。
誰でも経験するとおり霧に閉ざされた向こう岸を見ることなしに跳躍するのでなければ人間が人間でありつづけることは出来ないが、跳躍の瞬間、たしかに向こう岸が存在することを保証するものはなにかといえば、それはお互いでしかないのだ、と発見して驚いてしまっているのかも知れません。

言葉のない思惟

人間の愚かさの根源は、自分が死ぬことはわかりきっているのに、そこから逆算して自分の一生をすごせないことにある。
そのうえに30歳の自分にとって17歳の自分はほぼ他人なのだから、50歳の自分にとって30歳の自分も、人間の精神時間の流れ方を考えれば若い自分を振り返ったときのようにアカの他人とまではいかないだろうが、兄弟というか、そのくらいは違う自分であるだろう。
つまり簡便に述べると(言い古されたことになるが)20歳の夏の一日は、その日一日のことで繰り返すことができない。
せっかく睡眠というものがあるのだから、小規模で明日に連続されることが一応保証されている死だということにして、一日をその都度リフレッシュされた一生のように生きられればよいが、人間の意識は疎漏なので、一日一日を稠密な意識で埋め尽くすというわけにはいかないのを、われわれはみな経験的に知っている。

眠っているときの大脳はかなり忙しくて、どうやら記憶の棚の整理をしているらしい。右のものを左、反応した大きさで揃えたり、内容で揃えたり、索引をつけたりで、なかなか忙しいのだという。
ぼくはほとんど夢を視ないが、数少ない夢をてがかりに考えてみると、ある夢においては言葉が介在していないことがあるよーにみえる。
ヘルプ・ミーと言っているのに村人がみんなクマさんになってしまっていて、誰も助けにきてくれない、という怖い夢を視たこともあるから、言語が介在する夢が存在するのはたしかだが、思い出しにくいのに強烈な色彩的印象を残している夢のなかには、「言葉のない世界」に属しているものがあったような気がして仕方がない。
いまは、人間の夢には言語が存在しない動物の夢と言語が介在する人間の夢と両方が存在するということにしてあります。

ところで動物の夢をみる自分がいるということは動物の生を生きている自分が存在するということだろう。
あたりまえではないか、というひとがいるのかもしれないが、全然あたりまえではない。
思惟で存在を保障されている「我」の傍らなり足下なりに、動物の生を生きている「我」がいては近代の「人間」の定義に照らして甚だしく都合がわるいと思われる。

死から逆算させることを拒んでいる生は、この動物としての「我」ではないかと疑うことは、困ったことに理屈にかなっている。

ぼくはよく自分の語彙がとどかない自我(と呼びうるかどうかは判らないが)というものが人間の一生において決定的な役割を果たしているのではないかと狐疑する。
神や悪魔と名乗っているものは、案外とそこに眠っているかもしれないからです。

でも、そうだとすると、人間などは救済の可能性がない存在だということになってしまうが。

語彙と幸福

欧州人はむかしから「幸福とはなにか」という論争が好きで、文学史のようなものですらところどころに「幸福論争」がある。
「幸福」なんていかにも正体が判らない、と考えたからでしょう。

無駄が嫌いなひと、というものがある。
日本の帝国海軍士官は「階段を上り下りするときは必ず手になにかをもって上り下りしろ」と教わるので戦争が終わっても2階建ての家にすむと二階にあがるときには本来二階にあるべきもので一階におかれたものをもってあがる。
ちょっと見渡して二階にもってあがれるものがないと、やりきれないような、運に見捨てられたような、寂寥にとらわれるそーである(^^)

あるいはタクシーの運転手をしていてクルマを止めてお客を降ろしたところで客が乗り込んでくる幸運に遭遇すると一日幸福である、というひとがある。
同じ運転手は路傍で手を挙げているひとを見てクルマを寄せていったのに他のタクシーに客をすいっと掠われると窓を開けて、おもいきり罵る。
ロンドンのタクシーの運転手などはむかしから柄が悪いので有名なので帝国陸軍自慢の速射砲のようにf言葉を連発する。
指をたてたりする。
最近は、アメリカ風に中指だけ立てる運転手も散見されるよーである。

考えてみると、この種類の幸福は「時間の生産性」を基準にしているわけで、「自分の時間がなにもうみだしていない」状態には耐えられない人の幸福感です。
別にそれでわるいことも、なにもない。

幸福の最もよい定義は「一日が質の高い充足で満ちた時間で出来ていること」であると思われる。
だから当然「幸福」はひとによって異なる。

わしは勉強が嫌いな子供ではなかったが、オトナを困らせるために「勉強はなんのためにするのか?」と訊くことはよくあった。
さすがに「将来よい職業につくためだ」というような下品なことを口走るオトナには会ったことはなかったが、「正しい人間になるためだ」という意味のことを言うオトナはいて、子供心に、なんだかそれはヘンな理屈なのではなかろーか、と考えたりした。
わしの「正しさ」への理解では身の回りで最も行動が「正しい」のは犬のJと猫のMとAであって、注意してみていてもMやAが二匹並んで、肩をよせあって、猫族の出エジプトの歴史を勉強したりする姿は見たことがなかったからである。

Aなどはガキわしが冬の夜にこっそり起きて眠りかけたときに考えついた数学のおもいつきが正しいかどうか机の明かりをともして紙に書いてたしかめていると、外側から窓にはりついて虫を懸命につかまえている。
つかまえた虫を端から口にいれて満足げな表情を浮かべたり顔をしかめたりしてる。
Mのほうはテラスの柱の上に座って冷ややかにそれを眺めていたかと思うと、さっさと猫ドアから部屋のなかにはいってカウチでごろんと寝てしまう。
どう見ても幸福に暮らしているので、しかも「正しい」行動で一日を満たしているが、勉強はしているように見えなかった。

夏の北イタリアの湖に面した家で、モニがすやすやと眠っているのを見ながら、テラスに座って、湖を通航する大小の船をぼんやり眺めて、チョーひまをこいているときに、ふと考えたのはベンキョーは、これからあと、ずっと年をとったときでも幸福でいるためなのではなかろーか、ということだった。
チョーひまをこいている、と書いたが、それは早稲田自然文学式客観記述、であって、わしは何もしていないときほど頭のなかでいろいろなことを考えている。
(ほんとよ)
アントシアンのせいで青い、から始まった花についての知識は色彩の定義から始まって、頭の中で「画像」として意識される視覚信号の実体、紫外線が「見える」蜜蜂の世界はどんなふうな色彩で構成されているか、そーゆえば自分でも(物理的意味ではなくて幾何的な意味の)5次元まではなんとか見えるが7次元はどんな姿なのか、巨大蟻が襲撃してくるハリウッド映画があるが外骨格の生き物が大きくなる限界は実際はどのくらいか、その前にあの構造だとデザイン的にゆって食べ物がうまく消化できないのではないか、「15メートル女の襲撃」という有名な映画
http://www.imdb.com/title/tt0051380/
があるが、あの巨大な女びとのニッカーズは誰がいつ作ったのか、それとも穿いてないのかしら、じゃ、いまにも踏みつけられそうになりながら巨大女びとを見上げてる男共が顔をひきつらせていたのは、女びとの身体全体の大きさよりも、…と延々と考えている。
考えているだけで幸福になってしまっては変態だが、ふつーにオベンキョーをすると、ここで変調、というか、自分の意識がぐっと昂揚する方向に考えをもっていくのが容易であって、どうもそのことには「組織だった知識」なりなんなりというオベンキョー世界の産物が関与しているよーな気がする。

幸福は死へ向かって準備する最上の方法で、細胞のすみずみ、魂のあらゆる細部まで幸福にしておくことで人間はいつやってくるかわからない死を、「あんまり相手にしないでよい事象」として感じてゆくもののよーである。

ホールウエイを歩いて小さな人の寝顔を眺めに行ったり、モニが眠っている顔をみていたりするのは、どう表現していいか判らないくらい楽しいことだが、その感情は実は言葉でできている。
猫がモニさんの寝顔をじっと見つめていることもあって、もしかすると猫のことだからほんとうは猫語で構成された感情でうっとりしているのかもしれないが、いまのところの人間の知見では、猫はなにも考えていないので視覚だけで幸福になる、というのは難しいように思われる。
人間は500語くらいから言葉で構成された感情をもつのではないだろうか。
その当然ながら粗野で観念的と呼ぶのも憚られるほど粗放な感情が、10000語を過ぎるころから、ややなめらかな再構成された現実に近いものになってゆく。
そうして(たとえば欧州語ならば)言葉が世界と照応した感情を構成するのは50000語くらいの語彙の集合であると思う。日本語と欧州語を同じ「語彙数」で較べるのは無意味に近いが感覚的に述べて同じ照応を構成できるのは70000語くらいであると感じる。

あるひとが目の粗い麻のような肌をも傷つけそうな一日を送るのに、他のひとが絹のように滑らかな感触の一日を送るのに、彼女もしくは彼がもっている(広義の)語彙数のサイズがおおきく影響するのは、わしにはほぼ自明のことのように思われる。

「退屈」というようなことは語彙が十分に意識をうめきれないから起こる現象で、
単調な繰り返しを強要される場合は別にして、何もしないときに退屈するのは、自分の意識がもちえたキャパシティに語彙のおおきさが届いていないからであるに違いない。

われわれは現実のなかに生きているが、現実とはなにか、というのは昔から人間を狂気に陥れやすい質問である。
そんなことをいっても現実は現実ではないか、というひとは、前にも何回か書いたが、上下が逆に見えるプリズム眼鏡をつけて1ヶ月暮らしてみるだけでもよい。

思考とはなにか、意識とはどんな実体をもっているのか、時間は意識にとってどんな作用をもっているのか、あるいは意識と時間は相補的なものか、というようなことを考えることは人間が自分を「言葉のない状態」に近づける上で有益だと思う。
言葉という観念のベクトルで人間をひきずりまわす怪物に対して、「現実と精細に対応しうるおおきさの語彙」は、人間を言葉の奴隷の状態におくことから守ってくれるのではないかという気がします。

哲学的な午後

なぜ古代ローマ人がつくった建築は堅牢かという建築学生がよく抱く疑問への回答として「堅牢でないものは、もう壊れてしまって残ってないから」という冗談がある。
欧州全土に残るコロセウムや水道橋を毎日見せつけられている現代人のタメイキに似た切実な冗談にしかすぎないが、一分の真理はこめられている。

ノストラダムスという人がむかし話題になったことがある。
日本でも「恐怖の大魔王が降臨する」と信じてオカネを借りまくって自分が恐怖の借金大魔王になってしまったひとがたくさんいたと記録されているが、このノストラダムスなる予言者はなぜ当時まで有名であったかというと「予言したことがことごとくあたった」からだった。
ところが歴史をふりかえってみるとノストラダムスのような予言者はうんざりするくらい多くいて、予言がおおはずしにはずれてしまった人は忘却の淵に沈んでいっただけである。
全部あたったと思えば思えなくもないノストラダムスだけが消去法によって残留したので、予言が全部あたったようにみえた、というのは、なんだか古代ローマの建築についての冗談と話の構造がそっくりです。

歴史を通じて人間はものすごくバカだった。
バカなのはあたりまえで、なにしろこの惑星で神経細胞が集中して意識をもつに至ったのは人間が初めてなのである。
なんでもかんでも初めからやってみなければならなかった人間は、追いかけていた獲物の鹿がさっそうと越えていった崖から崖にとびうつろうとしてこけて死んでしまったり、海の向こうに緑の島があるのを見て、あそこにいければ木の実は独り占めではないかラッキーと考えて沖に泳ぎに出てあえなく溺死したりしていた。
なかには鳥をじっと眺めて、どうすれば空をとべるかわかっちゃったもんね、と考えて、木の葉でおおった枝を両手にもって断崖から飛び降りて死んだ人間もいる。

何万年経っても人間はやっぱりバカだった。
自分で「全能である」と定義した自分に似た神をこさえて崇めているうちに、神を自分がこさえたのをすっかり忘れてしまって「なぜ、神は全能であるか?」と必死に問うたりした。
第一、全能とはなにか?
善とはなにか?
人間はいかにして生きていけばよいのか?

落ち着いて考えてみればわかるが、一生懸命生きてみてから考えるのはやむをえないなりゆきだと言えるが、いかにして生きていけばよいか?と事前に考えることにはせっかく与えられた自分の、いちどしかない一生を虚しい予定によって破壊する以外の意味はなにもない。
「人間はいかにして生きていけばよいか?」というのは、だから、根本的に老人の問いなのである。
黙って考えていればいいのだが、老人というものはヒマなので、つい文字にしてしまう。
すると、うっかり読んで感動してしまう気の毒な若者があらわれる。
だいたいの場合、老人が妄想のなかで誤解した人生を歩くことになります。

長く生きてしまったひと、というのは上に挙げた意味での古代ローマのコロセウムやノストラダムスにしかすぎないが、それが見えないことは、結局は人間をますますバカにしてきた、としかいいようがない気がして、気が滅入ることがある。

ずっとむかしの雑誌記事を眺めていたら静岡のパーマン
http://www.bs-asahi.co.jp/parman/
のヘルメットとマントを買ってもらった小学生が、パーマンの恰好でアパートの窓から飛び出して墜落して死んだ、という記事があったが、
人間ももう、いまのモデルだけでも7万年くらいやっているので、多少「飛べるかな?」と思っても不用意に高いところからとびおりてはいけない、というようなことは遍く知られて、あんまり墜落死するひとはいなくなった。

いなくなった理由のひとつは、人間は飛べないので高い所から飛び出すと死ぬ、という事象が簡単で把握しやすいからで、これが物事の生起から結果までが長い事象になると、いまでも人間は次から次に無謀なことをして死んでいる。

たとえば、両親の無言の期待を感じとって、懸命に勉強している日本人の子供、というようなものを考えると、彼は、自分の将来の一生を豊かにする元になる「ヒマな時間」というものを極力へらそうとするだろう。

田舎の牧場にでかけて馬を眺める、父親と一緒に釣りにでかける、
「ほらね、ここで手元で糸のレイバンサングラスをつくって、向こう側にぐるっと釣り糸をまわすのね。そうやっておいて、5回、いいかい、5回だよ、ぐるぐるぐるとまわして、あとは歯でかんでグッと引っ張れば、ほおら、できあがり」
わしは子供のときノットをつくる糸を「必ず、うしろから」と歌うように言いながら釣り針の後ろから通している友達をみて、へええええ、と思ったことがある。
うしろから、じゃないと魚が釣れる角度にならないんだよ、とこの友達はいったが、わしは前からでも後ろからでもテキトーに糸を通して困ったことはなかった。
オトナになったいまの頭で考えてみると、きっと父と子で、歌うように「必ず、うしろから」と言いながら息子と一緒にノットをつくった父親は、魚が釣れるかどうかよりも、「前からでは息子が指に怪我をする」という心配をしていたのに違いない。

木の上につくられた家のなかで「これがわしらの秘密基地」と考えて、世界を救済する作戦を練る。
裏庭の小川からボートを出して、ゆっくり動くボートに仰向けに寝転がって、まぶしい青空をみる。
プールに飛び込んでしゃにむに泳ぐ。
馬にのって広い公園の、たちこめた朝の霧のなかをかーちゃんや妹と一緒に散歩する。

そういう膨大な「ムダな時間」をふりすてて、彼は勉強するに違いない。
彼は小学校の理科でカエルの解剖をみただけで嘔いたことがあるが、苦労して数学をこなして、医学部へはいる。
生化学の高分子の地図めいた構造式を暗記して、父親のいない教室で釣り糸ならぬ手術に使う糸でさまざまなノットをつくって学習する。

…ほんとうは影のように、外国語で書かれた歴史の本を読んでさえいれば幸福だった「もうひとりの自分」が、ことあるごとにそれと判るように彼の気をひいて、一緒に歩いているのだが、彼は医者になるまで、その「影の自分」に気づきもしなかった。
どうして高校生のときに読んだヘロドトスの「歴史」に、あんなに興奮したのか、自分ではちゃんと気が付かないで終わってしまった。
「歴史ではくえない」と当然のように思っていたからです。

結局、何年たっても慣れない人間の臓器と向かい合いながら、自分の一生が摩滅していって、なくなってしまっていることに、ある日、書斎の椅子に座っていて気が付く。
そうか、おれは、窓から飛び降りてしまったのだな、とやっと思い当たる。

ずっと小さな頃につくった「人間の一生」のイメージがパーマンの衣装にすぎなかったことに気が付くまで60年かかる人間などザラにいる。
そして、もうその頃になれば「影」はどこかに落っことしてしまっていて、いったい、どこまで戻っていけば自分の影に再びあえるのかも判らなくなっているのが普通であると思う。

人間は愚かだが、愚かなままでいるときのほうが叡知にもっとも近付くもののよーである。
わしは人間には実際に「魂」があると思っているが、では肉体のほうはなぜもっているのかというと「世界を感覚するため」だと思っている。
目の前にどんなに美しい花があっても、視覚器がないものには色彩が受容できない。嗅覚器がないものには、匂いがわからない。
花弁にそっと触れて、この柔らかな手触りを言葉に変換すればどんな表現が可能だろうか、と考えることもできない。
風が髪を梳いて、ふっと空気のなかに浮くときの愉快な感覚や、自分が大好きなひとが、そっと自分の身体にふれるときの、もう明日からの世界なんてどうでもいい、と自動的に納得される、あの痺れるような感覚も、魂には縁がない。

肉体をもってこの世界にうまれてくる人間が観念や思想を扱うのが極端に苦手なのは、要するに人間の一生というものの意義が「感覚」にあるからではないだろーか。
記号化された世界を組み合わせて正体を明らかにする能力が人間は生まれながらに退化しているとしか思えないが、それには理由があるのでなければならない、と考える。

この頃、ツイッタやブログ記事で、だんだん自分の生活の実態をばらすことがおおくなって、だらしがないというか、口元がゆるくなってカッコワルイというか、自分で考えても「要するに、もうだいぶん飽きてるんだな」と考えるが、マリーナから船をだして、沖にでて、のんびりモニとふたりで眠っていると、世界自体はどうでもよくはないが、世界について考えることには、いよいよ意味がないのではないかと思えてくる。
どーでもいーや、と思う事がだんだんおおくなるようです。
それよりも海岸の道をただ夢中になって走ったり、ゴルフのスイングが(円弧を描かないように)フラットに振り抜けるために集中したり、テニスが抜群にうまいモニの返したボールが、なんど試合をやっても自分が走りかけた方角と正反対のコートのコーナーに決まるのでボーゼンとしたり、馬さんに正面からむきあって、今度わしを振り落としたら、おまえの来世はロバであろう、とじっくり言い聞かせたり、そーゆーことをやって毎日をすごしていたほうが哲学的であると思われる。
哲学とは頭ではなくて手や足がこの世界に触れてうみだしたものであるべきだからです。

人間は広大な空の下で、ひどくちっぽけな存在にしかすぎないことは、ニュージーランドのような国の原野を、クルマを降りて、しばらく歩いてみれば、どんな人間にもわかる。
物の「おおきさ」というものは、人間の理性が把握しているよりも遙かに重要な意味があって、笑い話のようだがハチドリと象の時間は、だから、無論、まったく異なっている。
では人間に最適な時間はどのようなものか、ということは自然のなかにひとりで歩みいっていかねば、どうしても理解できない。
そういう空間や時間の把握でさえ、絶えず五感で修正することなしには狂気に陥る仕組みになっているところが、人間の難儀な点であると思います。

緑の道


スペインという国は、悪魔の実在が濃厚に感じられる国だというのは、このブログ記事のあちこちに出てくる。
カタロニアでは、まだ、バルセロナのような都会ではそういうことはあまり感じられなくて、ジローナから内陸へはいってゆくような田舎の村へ行かなければ実感されない。
人がたに穿った石棺にぎっちり押し込めるようにして埋葬したあとがある大小のネクロポリスや鬱蒼としたコルクの林をぬけて午飯時の終わりにやっと辿り着くような中世の行商路の途中にある小さな集落のなかには、しかし、カタロニアのようにスペインのなかでも近代的な指向が強い国でも悪魔達が暮らしているのは前にも書いた。

西北へ向かって、赤土の荒涼とした大地のなかに点々と村が散在するレオンや、もっと西へ向かってSantiago de Compostelaがあるガリシアの田舎へ足をのばすと、神がいるのなら悪魔も同じ密度で存在するはずであるという神学上の当然の事実が実感されて、欧州という辺境ではキリスト教はこういうふうに過去の実感を残すにいたったのだ、ということがよく判る。

ガリシアの築地よりも魚がおいしいという点で殆ど世界でただひとつであるとおもわれる市場にでかけて、ちょうど焼き鳥屋に似たつくりの海産物を食べさせるスタンドに腰掛けて白ワインを飲んでいると、隣で魚を頭から噛み砕く、なんとなくいぎたない下位の悪魔が座っていそうである。

大西洋側につくられた、あの円形をしたケルト人たちの不思議な集落
http://gamayauber1001.files.wordpress.com/2011/07/img_9011.jpg
は、ひょっとすると交易よりも悪魔達から自分達の夜を守る為につくった要塞ではないかと思えることすらある。

キリスト教という宗教は他の宗教とおなじく、おおきく言語に依存しているが、たとえばカソリック教会はほぼ完全にロマンス諸語に依存している。
イタリア語やスペイン語、せいぜいフランス語で思考するひとびとのためにある宗教であって、やや「世界宗教」というようなものとは異なるところに、いまの本質的なカソリックの退潮があるだろう。

当然、メキシコの内陸部の村へいくと、そこにもカソリックが存在して、悪魔もまた色濃く偏在して、日常のあちこちで「あっ」と思わせるというか、そうだったのか、と感じさせるところがあるが、英語やいまでは若い世代に至ってキリストを拒絶するに至ったロシア人たちのロシア語世界にはばまれて、キリスト教もまたロマンス諸語が話されない地域ではアメリカ大陸に見られるようにおおきく変質して、ほぼまったく異なる宗教になっている。

宗教というものは、そういうもので、Santiago de Compostelaには市によって雇われた中世の巡礼の姿をしたひとびとが参道を歩いているが、後ろからみていると、ときどきそれがほんとうの巡礼人の姿に変わる。
今日一日の糧のために巡礼の装束をつけることに同意したひととは、明らかに異なる後ろ姿になることがある。

同じように、チョコレート・バーで若い女の客にコーヒーをいれてやりながら冗談をいう気の良い店のおばちゃんに、ふとした弾みでわしが目をやると、悽愴な淫蕩の表情を浮かべて若い女の客の横顔を眺めていて、わしに自分の表情をみられたことに気づくと、憎悪の顔でにらみつける。ところが、一瞬のあとには、元のおばちゃんの顔にもどって、明るい声で、なにごともなかったかのように、あなたはどこから来たの、イギリスですか?と微笑みかけながら注文を訊く。

神というものがどうしても受け容れられないひとは、悪魔をも迷信として退けるが、実際には悪魔は(神と対立するものではなくて)神というものの本質の一部なので、その存在が現実世界の日常のどこかに破綻して姿をみせてしまっていることは、それほど不思議なことではない。
それが信じられないのは、眼の前の金属でつくられた機械が空を飛ぶのだと聞かされて、一笑に付すひとと、とてもよく似ている。

文明というものを理解するには、どうやら中央アジア、それもトルクメニスタンを中心に描いた世界地図が必要であって、アラビア半島をつたってここにやってきた人間たちは、ここから文明の爆発とともに西へ東へと流入していったように思える。
DNAの「解読」は飛ばし読みにすぎなかったが、飛ばした部分も精読する余裕が出来て以来、あの「緑の道」の物語はいよいよのっぴきならないドキュメンタリに変わってきたもののようである。

くだらないことをいうと、カリー料理が国民食になった連合王国人たちは自然の勢いでタンドリ料理も喜んでむさぼり食うようになったが、トルコにでかけるに及んで、自分達がいままで「世界で最もおいしい料理である」と信じていたタンドリ料理が、単純にトルコ料理の田舎料理版にすぎなかったことをしって落胆する。
スパイスの使い方がトルコ人たちのほうが遙かに洗練されていて、誇り高い北インド人のシェフたちとは較べものにならないほどだからです。
あるいは騎乗というような習慣で見ていっても、鎌倉時代の武士の馬具(特に金属製の部分)は、どうみても中央アジアへの憧れが結晶して出来た意匠である。

そういう文明の潮流のようなものに言語をかぶせてみてゆくと、キリスト教というものが文明の大通りの畔のような、ごく近いところにある小さな沼沢に生まれて、そこから文明の大流にとびのったものであることが判る。
キリスト教そのものを形成したのがパウロであって、そのパウロがキリストの思想を多分ギリシャ語であっただろう欧州語で記述したことには本質を描き変えてしまったという点で必然的かつ巨大な意味があったのだと思われる。

今日、英語の世界では伝統的なキリスト教はほぼ死滅してしまった。
その淵源はもちろん英語人がラテン語で思考するのをやめてしまったことにある。
アメリカ人はめったやたらと宗教的だが、どうにもならない原理主義で、あるいは現世での実効性がある奇妙な宗教で、ああいう余白が少ない宗教ができあがってしまうのは、要するにアメリカという文明の「手続き主義」が影響しているのだろう。
人間の罪も良い行いも、アルゴリズムによって処理されて、その結果ピーターに会ったり、おもいがけずサタンの知己を得たりするのだと思うと、新興宗教というものは、そういうものだな、という皮肉な感想をもつだけである。

神がいたり、いなかったりするさまざまな社会をうろうろと歩いて、わしの一生などはあっというまに経ってしまうに違いない。
人間の一生は大事なことを考えるには短すぎるのに、では生命だけを見つめて実直に生きていこうと思うと、それには長すぎる、という不便な特性をもっている。
モニとわしと小さな人は、これからどんな一生を歩いていくのかわからないが、
ここから先の世界は、神の姿がみえない、ちょうどエジプトからアラビア半島に出た現世人類が「緑の道」の南に見た、広大な荒野に似た世界、しかもそれはこれから沃野となるべき世界ですらなくて、刈り入れが終わって、収穫後の祭礼も終わった、厳しい永遠の冬に向かう世界になるだろう。

そしてそれは、文明上の文脈に翻訳して眺め直せば、実は中央アジアに向かって逆流する文明の旅になるはずなのである。

*「緑の道」は、アフリカ大陸から生存を賭けて大移動を始めた現世人類が、それをたどって世界中にちらばっていったと言われる「ひとすじの植生がある細いベルト地帯」のことでがんす

N2O

ひとつの言語は巨大な洗脳装置として機能しうる。
人間が、通常自分が拠っている言語の世界を「閉塞的」と感じないのは、語彙のさまざまな組み合わせによってほぼ無限のヴァリエーションをもった意味を発生させうると感覚しているからであって、「言語の外側」というようなものを直覚しないのはこれが理由になっているようにみえる。

ところが語彙のひとつひとつは意味性、あるいはもう少しわかりやすくするために着眼を狭めると論理性のベクトルをもっているのとはまた別に、歴史的に語彙の内側に堆積した情緒や語感、あるいは繰り返し使われたために生じる陳腐さ、というような「死者の行為と感情」がこもっている。
いわば、その言語が成立していらいの何世代にも及ぶ死者の吐息と
が語彙のひとつひとつにはこもっているのであって、この「死者の思い」の総和は英語のような広汎に用いられている言語でも、それと感覚できるほど有限で閉塞している。

ローマ人がキリスト教を信仰するに至るのにパウロが必要であったのは、わしには明らかに言語的な理由によったと思われる。
キリストが述べたことや行ったことは、いったんすべてパウロの魂に置き換わることによってローマ人の魂に届くものに変換されていった。
いわば(言語的なトランジションの過程では)ひとりぼっちで机に向かうパウロがキリストである夜を繰り返すことによってキリストはローマ人の言語体系のなかに住み着くことができたのである。

英語人のキリスト教信仰が、なんとなくヘンであって、インチキぽいというか、しっくりこない、というか薄ぺらな狂信じみているというか、あの「つくってこさえました」な感じは、聖書が言語的な跳躍に失敗して、中東からローマ世界に飛び移ったときほど、うまく言語体系間の移動がうまくいかなかったからだろう。

ひとつの言語体系のなかにもともと住んでいる神が、他の言語体系から来た神にそっくりいれかわるのには、僥倖と、危険な、自然出産に似た生存を賭けた激痛が伴うので、パウロの事業の真の偉大さは、そういうほぼ無理難題に近いトランスフォーメーションを奔流のような言葉と激烈な憎悪によって押し切ってなしとげてしまったことにあるのかも知れない。

両親がそれぞれ違う言語圏の出身である、というひとは普通に、「ひとつの言語で考え得ることが、他の言語では考えることができない」という事実を知っている。
そこまで明然と自覚的でない場合でも、自分達の寝室での愛情生活はフランス語で子供の養育については英語で話をする、というような夫婦はありふれた存在であると思う(^^)

言語というものは、その言語に依拠して暮らしている人間の住む世界という部屋の大きさ、形、色彩、天井の高さに加えて「窓から見える風景」まで規定している。

日本で最も目に付いた、こういう言語が引き起こす制約についての誤解は、「日本語に翻訳されたフランス語の文章は日本語の文章にしかすぎない」、ということに気が付かないことから生じていることが多かった。
その誤解はひとつの言語がつくっている世界が他の言語でできている世界と(生物学上の意味で)相似ではありえても同じものではありえない、という事実への無理解から来ている。英語とフランス語、イタリア語とスペイン語のように、現実の問題として自動翻訳プログラムでほぼ正確に意味が再現できるような近縁な言語同士ですら、同じ世界が結びの集合をなしているのは全体の半分程度である。
まして北海に面した国の人間が発した言語が日本海に面した国の人間に「かすかで漠然とした類似をもった表現」以外のものに「翻訳」される、というようなことは絶対に起こらない。

うんと簡単にして言ってしまうと、英語でものを考える人間は英語という言語が本来もっている現実主義、暴力性、無神論的な傾向、冷たい暗闇のなかの孤独を思わせる利己的な傾向から逃れられないし、日本語で考える人間は、強い情緒性、お互いの反応にもたれあったような相対主義、神を仰ぎ見ない習慣からくる思考の水平性、というようなことから逃れようがない。

真理から目をそらして、集団が(広い意味で)安堵できる方向にしか論理が進まないことを指して「日本語は頭を悪くする」という議論が明治の初期と1945年の敗戦直後には盛んに行われたが、そこで基準にされている「頭のよしあし」というものが、すでに西洋語のもので、日本語という日本の列島のなかで閉鎖的に形成された価値体系に西洋語の価値判断を突然もってきたところで、もうすでに議論として破綻したものになっていた。

もっと、おどろおどろしい言葉を使いたければ言語というものは、その言語に依拠(主体が言語なしに思考する脳髄のわけはないのだから「言語を使っている」という表現は言葉の矛盾だろう)している人間の集団自体にかかっている「呪い」なのである。

このブログ記事には、5年前に始まった頃から日本という世界の歴史に類を見ないくらい閉鎖的な社会において起きていることの譬えとして宋書の「狂泉」
https://gamayauber1001.wordpress.com/2008/06/02/
を何度も挙げた。
ここに出てくる「狂泉の水」はマスメディアを始めとする日本語に変換されて日本人社会のあいだに伝播される情報と「社会の空気」のつもりだった。

ロシア人はロシア語の狂泉をもち、アメリカ人はアメリカ語の狂泉をもっている。
考えてみれば人間は言語の体系に拠る限りはかならず狂信にとらわれる以外にはないので、この宿命から逃れる方法はないように見える。

もう少しちゃんと説明してから、と考えたこともあったが、もう面倒くさくなったので結論だけ放り出して述べてしまうと、神への信仰はやはり巧緻な無知にしかすぎない。
仮に神を仮定して言語の集合が閉じていることや宇宙を説明することにもういちど成功したとしても、その新たに仮定された神は「信仰」というような行為は否定することになるだろう。
日本語という言語はあらゆる言語のなかで、神という仮定が無知にひたっていたい人間だけがもちうる恩寵であることを明示的に感覚しうるほとんどゆいいつの言語であると思う。それには地を這うような現実主義で文明を構築した中国人たちですら天を仰いだのに、仰ぎみる天の代わりに眼前の清涼な虚無をみつめることにした日本語の成立事情がおおきく関係している。

人間は灰白色の脳髄のあちこちに電気信号を点滅させながら、言語の廻廊をわたって死者たちの思いと面会する。
日本語人は日本語人の死者と、英語人は英語人の死者と面会して、彼等の孤独を言語によって追体験する。
死者の言葉で死者の思いを、自分の感情と錯覚して愉快で闊達な調子で述べている。

人間は完全な孤独には耐えられないように設計されているのに、言語という哀れなほど貧弱な伝達道具しかもたずにここまでやってきた。
孤独ではいられない存在が孤独をつねに強いられて数十年の意識の流れを渉っていかなければならなかったときに、「神」というものがどうしても必要だった。
もうひとつの神の存在理由であった「宇宙を説明するために神が必要だ」というのは、いまでは人間が微笑をもって思い出すことになった教会の詭弁にしかすぎない。

わしはときどき神のいない言語である日本語の宇宙にもどってきて、英語や他の欧州語がみてきた宇宙のことを考える。
そういうときに、最も日本語を習得できたことに感謝しているのだと思います。

 

砕かれた敬神

日本人が無宗教だというのはオオウソである。
葬式仏教だと自嘲するが、あの日本人が無宗教なら
「神様?はっはっは、神様だってさ!友よ、疲れているのか?頭はダイジョーブか?」
なニュージーランド人や連合王国人などはどう呼べばいいか判らなくなる。

もともと日本人の宗教的なアイデンティティを破壊したのは明治政府だった。
明治3年に起こった、廃仏毀釈がそうであると思う。
日本人の信仰の基盤であった仏教寺院はこのとき破壊されたものが多かった。
「仏教寺院の破壊をめざしたものではなく、政府の指示を誤解した民衆が勝手に寺院を破壊してまわっただけである」というが、それは日本の政府が常習する詭弁だろう。
国家の部品となってよろこんではたらくバカタレ国民に「空気」をつくっておいて、残りはバカタレ国民に政府の代行をさせ、「ぼくは、そーゆーつもりじゃなかったもんね」というのは日本政府が歴史を通じてバカのひとつおぼえ(ごめん)のように繰り返し用いてきた手口です。

標的になったのは誤魔化してもらうカネも人縁もない田舎の小寺が多かった
(鹿児島県一県で1616寺、という)が、天理の内山永久寺
http://www.d1.dion.ne.jp/%7Es_minaga/sos_eikyuji.htm
のような巨大な寺院も、このときに更地になってしまった。

理屈は国学の「からごころ排斥大和心礼賛」だったが、実際には当時、新興宗教に近かった近代神道の原理主義的運動の嚆矢と見えなくもない。
そう思って見た場合は、1941年12月8日に宣戦布告した戦争は、この原理主義運動の集大成で、大規模なタリバン・アルカイーダみたいなものなんちゃうか、と考えることも出来るでしょう。

ところで、ここで推奨されるに至った神道は、やがて国家神道に統合されることによって、かえって宗教であるよりは国家のイデオロギーになってしまい、1945年の国家崩壊によって元来の宗教としては一気に消滅してしまう。
そういう表層の記憶によって戦後日本人は「自分達は無宗教なのだ」と考えるに至ったと思われる。

つい最近おおきな地震で破壊された長野県の栄村から津南を通って、起伏の激しい山間の村へはいってゆくと、途中に鬱蒼と茂った密度の高い森がある。
ひとつではなくて、いくつかあります。
どの森にも社があって、神社の体裁をなしているが、どこをみまわしても「○x神社」という名前が掲げられていない。
数段の階段をあがっていっただけで、木々のあいだから精霊が囁きあう声が聞こえてくるような不思議な場所です。

鎮守の森、は、ややケーハクな学問であった国学がイデオロギーとしてでっちあげた新興宗教としての神道とは、まったく別の、言わば自然発生した神道だった。
実はこの言わば「本物」の神道のほうは、1906年に出された神社合祀の勅令によって破壊されてしまう。
特殊な事情があった京都や栄村や十日町のような政治的中心から遠い場所には生き残っているが、日本全国で13万以上、という数の鎮守の森が破壊されてしまった。
これも広く見れば神道タリバンの運動の一環とゆえると思う。

南方熊楠などは、ものごとの本質しか見えないあのひとらしく、猛烈な勢いで反対したが、地方に住む日本人は自分達の宗教心を発現する方法を奪われてしまう。

知性のはたらきのうち最高のものは「盲信への飛躍」であると、わしは思っている。
そういう言い方でわかりにくければ「狂信」と言い直しても、言葉の響きにとまどうひとはいるかもしれないが意味することの本質は同じであると思う。
日本語の機能の不思議さは、この大飛躍に向いていると思われることで、
 「たとい法然上人に賺されまいらせて念仏して地獄に堕ちたりともさらに後悔すべからず候。」というようなことを、あっさりと言ってのけられる言葉というものは、さまざまな言語のなかでも、そうたくさんはない。

日本人は主に神道タリバンであった国家神道によって、自分達の宗教心発現の場を破壊されてきたが、それはもと破壊されるに足りうる強烈で根の深い信仰心があったからである。

社会の病弊の側からオウム真理教を眺めてゆくことが流行っているが、もう一方の観点からは「行き場を失った宗教心がパチモンでもなんでもいいから破壊されていない形のある宗教に向かったのだ」とも言えるだろう。
バカタレなこの「宗教」の性格と引き起こした惨禍のせいで、自然にも、オウム真理教に多少でも宗教の性格を認めるのはタブーになっているよーだが、(怒っちゃダメよ)あれはあれで宗教としての骨格は満たしている。

わしはむかし韓国人は、殆ど何の疑いもなくキリスト教を受け容れる人が多かったのに、日本人はほぼ本能的生理的と呼びたくなるような反発をもつひとが多かった、という日本でのキリスト教布教の歴史に興味をもったことがある。
調べてみる、というほどもなく、事情はすぐに判明して、日本人には宗教心をもつ資質が乏しいからキリスト教が普及しなかったという西洋人側の報告はオオウソであって、実際はすでに高度な宗教心を日本人が形成していたのではいりこめなかったのであると思われる。

それは「絶対」を必要としないばかりか、神の名前さえも必要としない宗教であって、全体の名前すら与えられず、「日本語」として日本人の心を満たしている。
国家権力と結びついて全能の権力を帯びていた神道タリバンたる国家神道がいったん蹉跌をみるや、あっというまに雨散霧消したのも、西洋のサルマネで絶対一神教の体裁をとったからでしょう。

西洋的な視点から見えない日本人の宗教は、まるで異なる角度から見直さなければ可視化されないのではないだろうか。
そうして、その浮きだしのように「日本人の神」が見えて、姿をあらわす角度を発見するには日本語そのものに拘泥しなければだめそーだ、と考えます。

(画像は、ほんちゃん「トルコライス」 無茶苦茶辛い新鮮なトマトのソースをかけて食べます 一口たべるとオイオイ、オイモイと泣きたくなるほどうまいんだぞ、これ。イスタンブルに行くと食べられます)

クリスマスの朝


ひさしぶりにモニとふたりだけで朝食を食べた。
件のブーゲンビリヤが咲き誇る花棚の下のテーブルで郵送分のクリスマスプレゼントをふたりで開けながらのんびり食べました。

ファンテール
http://www.whiteherontours.co.nz/piwakawaka.html
は、ひとなつこい鳥なので、生け垣にじっと隠れているブラックバードなどとは違って、
ごく近くまで寄ってきて、モニとわしをじっと見ている。
きみがニュージーランドへやってきたとして、丘から丘、入り江から入り江へと歩く「トランピング」をするというと、枝から枝へ飛び移りながら、いつまでもついてきて、可愛い声を聴かせてくれるのは、この鳥です。
しっぽの羽根を広げると、扇のようなので「Fantail」というのね。

今年は、わしのわがままでクライストチャーチではなくオークランドでクリスマスを過ごすことにした。
妹は、「なんで、おにーちゃんのために、わたしが、あんな湿気が多いところでクリスマスを過ごさなきゃいけないのよ。フコーヘイだ」とゆっておったが、性格が悪いわりに地震を怖がるので、23日のクライストチャーチ地震のあとでは沈黙しておる(^^)
わしが事をよく知っておる妹なれば、わしのわがままを正当化するために、偉大な法力を乱用して地震を起こしたのかと邪推しそうなものだが、近代知性に毒されておるので、そーゆーコンジョワルが当然うたがいそーなことを疑わないものであるよーだ。
(もちろん、わしは冗談にも地震を起こしたりはしない。そーゆー悪事は神様がやることだとむかしから決まってます)

隣の家の生姜色の毛並みが美しい若い猫がやってきて、わしの足下にじゃれついてモニとわしにクリスマスの祝辞を述べておる。

遠くからクリスマスソングが聞こえている。
わしは、今年も、モニとわしにとっては良い年であって、こうしてまた静かなクリスマスを迎えられたことを神様に感謝している。

いつもは仲が悪いがな。
だいさんきゅだぞ。
神様。

言語は、夏の晴れた日に、高速で青空の高いところを巡航する積雲が地上に映す影に似ている。
自然が脳髄の表面に映し出す影が言語であって、シンボルの形をしたその影をとおして、人間はさまざまなことを考える。

ある人間が物事について考えるというときには、言語も彼女もしくは彼につきそって考えているのであって、よく観察していると、考えている主体も、語彙が含んでいる歴史的な意味や情緒それ自体と、脳髄の表面に射した影としての言語を機能させている個人と、半々である。
人間は言語がさししめしている方向を振り向いてみることは出来るが、その方向の遠くにあるものに目を凝らしてみることは出来ない。
人間を拘束しているものは肉体においては物理の法則だが、精神においては言語に他ならない。
言語は人間の精神の実体であるのと同時に人間の魂の牢獄でもある。
人間はときに世界の相対化を拒否して、絶対に、あるいはそういう言葉のほうが実感をもちやすければ狂信に跳躍することが出来るが、たいていの場合、そうした投企の試みは神の手ですくいとられてしまう。

ところで神にすくいとられた人間の精神の投企とは、人間性の無効化にほかならないだろう。

バネを奪われたゼンマイ仕掛けの人形、二度と箱からとびださないオモチャ。
言語に拘泥することには、そういう罠がつねにある。

遠くで「a king was born today」と歌っているアメリカ人の声がしている。
あれほど東洋的な考えが西洋人の世界に伝播したのは、結局は、西洋語のなかに神が内在していて、そこに「王のなかの王」が容易に屹立しえたからである。

どんな時代でも、西洋世界ではクリスマスは家庭内暴力がいちばん多い日だったし、いまでも、それは変わらない。
それは皮肉な言い方をすれば、本来は混沌でしかないこの世界に、神が過剰に存在してしまうからである。

「ガメ、踊ろうか」とモニがいう。
モニの頬に顔を近づけると、この世界でモニの体だけがもっている、あの良い匂いがします。
ようやく夏らしくなった、乾いた、あたたかいそよ風が吹いてきて、モニの長い髪をとおりぬけてゆく。

神様がいてもいなくても、どーでもいいいわしも、
クリスマスには特別な気持ちになる。

自分ではなくて、言語の世界の外側の、なにごとかが、この世界を祝福しているような気がするのです。

Merry Christmas.

散歩やねん

ポプラの長い影が射しているカンタベリーの道を歩くと、人間が小さな存在であるというしょーもない事実が実感される。
自然と人間の物理的な縮尺比って、こんなんだったんだなあー、とマヌケなことを考えます。
間尺に合わない、と日本語でいうが、こんなだだっぴろい、歩いても歩いてもすすまないようなところにおっぽりだされてしまうと、人間の文明というものの心細さが実感されてしまう。
人間は、長い歴史のあいだ、ずっとたいへんだったんだ、と妙なことを考えます。

カンタベリーの田舎道を歩く、というのは(あたりまえだが)町を歩くというのとは随分勝手が違う。
ちょっと油断していると曲がる角を間違える。
間違えても、もうよく判っている近所であるはずなのに、しばらく気がつかないのは、簡単に言って右も左も後ろも前もパドックで、何の変哲もなくて、区別がつかないからです。
そのうちに、ありー、黒と白の斑でなくて、茶色い牛さんなんていたっけ?
と牛の種類の相違で、いつもと様子が違うことに気がつく。

気がつくと、ですね、そこから10キロくらい余計に歩かないと家に戻れないのですね。
「行き倒れ」という言葉が頭を掠めます。
龍馬は死んでも仰向けのままだった。
木口小平は死んでもラッパを話しませんでした。
三河の侍は、ことごとく敵のほうに頭を向けて討たれていたぞよ。
どれも、ほんとうではないそーだが。

大きな、まったいらな草原に、たったひとりで立っていると、世界がおおきいことよりも自分の存在の小ささが胸に迫ってきて、神がいなかったりすると、ひとりでやってけるわけがねーだろ、という気持ちになります。

カンタベリーというのは、変わった気象で有名な土地柄で、連合王国もところどころ、たとえば丘の上に立つと、立っているところはよく晴れた夏なのに、少し向こうでは雪が降っていて、そのまたもうちょっとむこうかしでは、土砂降りになっている、というようなヘンタイみたいな天気が散見されるが、カンタベリーは、もっとヘンテコな天気がある。

パドックで馬の世話をしていて、ふと上を見ると積雲が手がとどきそうなほど近くまで、というのは低いところに降りてきている。
「積雲が低かったら、層雲でしょーがね。きみは定義というものを知らないのか」ときみは言うであろうし、まことにもっともなご発言でありますが、でも積雲なんです。
あの、夏の空高く、白く輝きながら巡航する、ほれぼれするような美しい雲。
それが、なんだかはしごで届きそうなところに、ぼおおおーんと浮いている。
お手、もめんどうくさいとやらないバカ犬のJが、ぶっくらこいて吠えまくっておる。
馬さんのEも、悲しげに雲をみつめている。
馬は草食動物で顔の両側面に目がついているので「見つめる」ということは出来ないが、
表現上、みつめているのね。

あるいはむかしどっかのなまけものの技師が定規でまっすぐの線をひいてつくったに違いない、どこまでもどこまでもまっすぐでスピードを出しすぎて死んだバカガキどもを記念して立てた白い十字架がいっぱい並んでいるオープンロードをクルマで走っていると、突然、雲につつまれてしまう。
そうすると、きみはまた、地上にあるなら、それは雲でなくて霧というのだぞ、というだろうが、そんなことはわしも判っておる。
しかし、「雲」という質感と量感を備えた霧なので、目撃すれば、みな「雲」と証言したくなる霧なのです。
しかもそれが丁度腰までの高さしかない。

ところがそれが薔薇色の、光に包まれた、どう言えば少しは表現できるのか、この世界にはあるはずがない、と言いたくなるほど美しい色彩の光に満ちた雲であって、そのときは、霧のなかの運転に慣れているワイマカリリ・ドライバーたちも、みな路肩にクルマを駐めて、あるひとは肩をだきあって、うっとり、というよりは呆然と、その、この世界のものとは思われない輝きをみつめていた、というか、もう少し精確にいうと、輝きのなかに包まれてたちつくしていた。
ああいうところに住んでいると、神を信じる、なんて、へっへ、旦那、ぞうさもねえことでごぜーやすよ、という気がします。
十字をきって、思わず、祈っているひともいたが、特にカスタードプリンに祈っているとも思われなかったので、多分、神を感じたのであると思われる。

都会を歩く、というのは、同じうろうろするのでも、田舎道を歩くのとは、形態は似ているが本質的に異なる行為です。
チェルシーのアパートを出て、階段を、どどどどどと、ブローニングM2のような勢いで降りる。
ホールのおばちゃんに、おおおーし、と挨拶して、通りにでます。

チェルシー、といってもわしのアパートはヴィレッジとの境界にあるので、ストランド書店
http://en.wikipedia.org/wiki/Strand_Bookstore
まで、歩いて30分もかからない。
途中、ユニオンスクエアの雑踏のなかを通っていきます。
スクエアでは、もちろん、いろいろなひとびとが、いろいろなことを試みていて、
世界が終わる、という日にはイエス・キリストが十字架に打ち付けられてコーラを飲んでいた
http://gamayauber1001.wordpress.com/2011/05/23/世界が終わった次の日に/
し、福島第一のあとでは、日本の若いひとびとが、細い声をふりしぼって、募金をよびかけたりしていた。

広場の反対側の、B&Nの数少ない生き残りの店にも行くが、わしはたいていはストランドに行きます。
なにしろ神保町を小規模にしてひとつの建物にまとめたような店なので、一時間くらいは飽きないで、探偵にあまりに魅力がないので誰も買わなかったミステリや、たくさんの人に読まれすぎたせいで、読まなくても読んだことがあるような気がしてやはり誰も買わなかった、過去の名作を渉猟して歩くことも可なり。

ストランドを出て、だらだらと東へ移動する。
ミシュランガイドブックでべた褒めされていて、年柄年中大行列が形成されている(行列がないように見えるときでも、本来バーのところに人間がたくさん充満しているよーだ。店内にはいったことがないので判らないが)「一風堂」ラーメンショップの前を通って、ウクライナ人たちが経営しているカフェへ向かう。
http://www.yelp.com/biz/veselka-new-york
(次のリンクはPDFでがす)
http://www.veselka.com/veselka_restaurant_menu.pdf
そこの表に出ているテーブルの前に腰掛けて、Blintzesを食べながら買ったばかりの10ページくらい読むといきなり犯人がわかってしまいそうな推理小説を読むためです。

それから。、ぶらぶらと歩いて行って、たとえばZinc Bar
http://zincbar.com/homepage

でジャズを聴いて帰るだろう。

マンハッタンと並んで散歩に都合がよく出来ている町は、なんとゆっても東京で、一年の大半は気候が暑すぎて歩くと文字通り死亡するが、涼しいときなら、銀座や神保町、青山、というような通りを歩いてうろうろするのが好きでした。

銀座は文盲の人が多いのか、むかしから本屋が少ない街だが、いまはなくなっていても、最近まで旭屋書店、という本屋があって、近くのホテルに泊まると、その本屋まで歩いてでかけて日本語本を渉猟するのが楽しみだった。
道を渡って、天ぷらやにでかけたり、交詢社ビルのてっぺんで中華料理を食べたり、あるいは特派員協会のバーで友達と待ち合わせて、(あのクラブは会員でないと払えないので)死ぬほどおごらせたりした。

ブログに全然書いたことがないことをつけくわえると、そこからお堀端を歩いて麹町にでかけることが多かったが、なんだか、まだ差し障りだか差し込みだかがあるそーなので、東京の散歩のなかでは出色のおもろさであった、ある場所のことがまだ書けない。

歩いて移動できる都会は楽しい。
ロンドンやパリのように、それぞれの事情で、歩いて移動できそうなちっこさなのに、歩いてもあんまり楽しいとは言えない都会や、いくらいったん散歩に出ると10キロは歩かないとおさまりがつかないわしでも、歩いてどこかに行く気がしないロスアンジェルスや、土地の値段があがりすぎて散歩できる街としては大崩壊を遂げたサンフランシスコのような街もあるが、マンハッタンや東京のような、のんびり出来るクラブやレストランがあって、あちこちに本屋や、ギャラリー、わしの特殊な好みからいうとパーツ屋がある街での散歩は人間が発明した娯楽のうちでも、かなり良く出来た娯楽で、数少ないそういう街のうちでもおもろい街だった東京が原始的な技術の運営に失敗して放射能まみれになって、もう誰かが散歩を出来る街でなくなってしまったのは、とても残念なことだと思う。

カタロニアの幹がごつごつしたコルクの林を抜けて、村から村に歩いたり、ポーのような小さな、造作のよい町を歩いたり、むかしのトンブリッジウエルの木の枝が風に揺れるざわめきが聞こえる裏道や、カモメの声が響く、オンダリビアの海岸へ続く石畳の道、あちこち歩いて考えると、人間が考える宇宙の大きさは、「歩いて行ける範囲」がいまだに基礎をなしていて、言葉が間尺にあわないので、ついに数学の言葉でも、感覚がいきつけない「時間も空間も同一の語彙で説明するしかない途方もない大きさ」が把握できない、というところに人間の思考の欠点があるよーだ。

人間が「神」というようなけったいな概念を発明したのは、もともと人間という個体の大きさが生まれ落ちた自然の大きさと釣り合いがとれないほど小さかったことに加えて、その割には採集と狩猟が混淆した移動の感覚をもっていたせいで、小さく縄張りをつくることがなく、長大な距離を歩いて移動できた、という人間の生物としての特徴によっているのかもしれません。
宇宙の大きさ(あるいは極小さ)と人間が宇宙を説明するときにすがらねばならない、成立した当初にはまだずっと小さかった宇宙を神の無限の大きさであると誤認した言葉の大きさへの感覚の違いが引き起こす問題は、通常、人間がまさに縮尺のあわない当の言葉で意識しているより、ずっと深刻であるような気がします。