ごはんをめぐる冒険ーロンドン篇ー


たとえばきみがタイのプーケのようなところでプールサイドに寝転がっていて、偶々いあわせた、きみが何とはなしに合衆国人だと思い込んでいた見知らぬ英国人のにーちゃんに、「ぼくはロンドンにいたことがあるんだけど、それはそれは飯が不味かった」とゆったとする。
そうすると、英国人にーちゃんは、がばと身を起こして、嬉しげに、揉み手せんばかりの勢いでイギリスの飯がいかに不味いか、そもそも野菜の煮かたひとつとっても途方もないやりかたであって繊維など残らないほどぐつぐつぐつぐつぐつぐつぐつ永遠に煮込んで、それが供されるときにはくったりして野菜の死骸のようなものになっていることなどを熱情を込めて説明してくれるに違いない。

連合王国人は、一般に自分の国の悪口が好きです。
相手が好もしい人間であって知性があると判断した場合には、ごくごく嬉しそうに自国の悪口を言う。
相手がバカモノあるいは退屈な人間であると判断したときには、やんないけど。
バカというものは、こういう話を楽しめないで真に受けてしまうからな。
連合王国の飯が不味いことは連合王国人自身が認めている、とかマジメに言うことになる。
そういうひとは、たとえば日本人であれば「日本の食べ物は世界一おいしいと知っていますか?」と真顔で言う人と同一人であろうと思われる。
化外のひと、というのは、いっそ言葉を使わないでくれれば、どれだけ世の中の改善に資するだろう、と思います。
これを平たくゆえばアホは疲れる、ともゆえるな。
アホちゃいまんねん、パーでんねん。

ではイギリスの飯が美味いかというと、そんなことはねーよ。
不味いです。
それがどういう理由によるかはロンドンのマクドナルドに行ってフィレオフィッシュを頼んでみるとよく判る。
マクドナルドというものは便利なものであって通貨の実勢を見るのにも使えるし、食べ物の思想傾向を比較するにも最適です。
同じメニューでも国によって味が全然違うねん。
フィレオ・フィッシュ。
もともと美味いものとはいいかねるが、こんなに不味い食べ物だったとは知らなかった、ときみは噛みしめる一口ごとにしみじみ考えるであろう。
油はテレピン油のごとき油であって、しかもタラということになっているはずの白身魚は、なんとなく煮くたした石鹸のごとき状態である。
おまけにバンが乾いておる。

料理の腕、というようなものでなくて、思想が誤ってるのよね。
煮る、となると親のカタキのように煮ます。
連合王国人は鶏肉のまな板を別にする家が多いが、これは衛生上の理由によっている。
鶏肉=怖ろしげな黴菌の巣窟、なんでごわす。
だから中が微妙にピンク色であるくらいに調理された鶏肉の焼き物なんて、そんなおぞましいものくえねーよ、と思っている。
鶏肉は火事になるくらい焼いて表面のおこげを楽しむ。
インドネシアの人と考えが同じですね。
バナナの葉でくるんで焼く、向こうの調理のほうがずっとうまいが。

コシノ・ジュンコというデザイナーの女びとが生卵かけご飯を推奨していて、「家にやってくる英国人たちにもたいへん喜ばれました」と書いていたが、彼の女びとをデザイナーとして尊敬している連合王国人たちのひきつりまくった「喜んだ顔」が目に浮かぶようである。
日本の人でゆえば、そーですのー、豚の生の挽肉をご飯にかけて食べる感じ、ですかいの。
卵はバイキン大王ですもん。
そんなもん、生で食べるやつなんかおらん。

留学生とかチューザイさんとかでロンドンに何年か住んだ、という程度のひとびとがロンドンの料理屋でおいしい所に行き当たる、という事はまずないであろうと思われる。
えばって言うことではないが階級社会ですけん。
「階層」というような海草のごときへなへなとした本人の努力次第で上昇してゆけるものと違って「階級」というものは生まれてくるときにいきなりくっついてきて死んだ後でもまだついてまわる、という人間性というものをバカにしくさった要塞のごとき制度です。
連合王国は、で、いまだに「階級社会」なんだよ。
すごい。
いまどき「階級社会」をやってるのは連合王国とインドくらいのもんである。
インドではこそこそやっているが連合王国は大大的、おおっぴらにやっておる。
「上流階級」ちゅうようなもんは死滅しかけているが、まだあります。
現代に恐竜が生き延びているようなものなので、そのうちに政府が正式に保護にのりだすかも知れん。
「おいしいもん」ちゅうようなものは、もともと上流階級の習慣であって中流以下にはそういう習慣がなかった。
ついでに「中流」というのはだいたい30代くらいのイメージでいうと年収が6000万円くらいでだんちゃんはレンジローバーで奥さんはメルセデスのステーションワゴン、ロンドンから電車で30分くらいのところに5ベッドルームの家があります、ちゅう感じの人々です。
階級は直截関係がない。間接には関係あるけど。

で、こーゆー人々は、あんまり外食にいかねっす。
友達夫婦に会うのにひとり100ポンドくらいのレストランでローストしたラムを食べるとか、そーゆー感じだな。
ロンドンには行かずに郊外のクルマを駐められる新しく出来た店に行く。
「なんちゃらガーデン」ちゅうような名前の店です。
こーゆー店ではごくたまに日本人らしき奥さん、というのを見かけることがある。
旦那はコーカシアン、英語風にカタカナ表記すると、コーケイジアンのおっさんです。
だから日本の雑誌とかにも伝わっていると思われるが、わしは知らん。

こういう店は結構うめっす。
ローストやステーキは東京よりうまいと思われる。

なにしろ上流階級が死滅しつつあるので、フランス人の小説とかによく出てくるロンドンの「クラブ」も死滅しつつある。
あの「クラブ」というものは、もともと外食費の節約になるので流行った。
上流階級の生活は、参勤交代並、というべきか、嫌がらせのように金がかかるので、せめて毎夜の食事くらいは節約したかったのだな。
そういう、侘びしくもいやしい理由によって生じたので食べ物はうめーです。
ところが、あの「クラブ」ちゅうのんは「労働党」とかだと居られねーんだよ。
だから、クラブを追ん出ると巷のレストランに行かねばならん。
「なんとかクラブ」と名前が付いているレストランがそれです。

ははは。やっと論旨に辿り着いた。
従ってロンドンでうまいものを食べようと思ったら、「なんちゃらほいクラブ」という名前のレストランに行けば、美味い夕食にありつける確率が高い。
夫婦ふたりで行って400ポンド、とかは取られるが、贅沢をゆってはいけません、ロンドンは収奪をもって尊しとなす都会ですがな。
チェルシーの商店街なぞは街灯やなんかを維持する共益費が300万円とかのオオタワケな金額で、これは一般にビンボ人を閉め出すためだと信ぜられている。
そのうち、年収が1000万円以下の人間には1000万円の居住税を課すのではないかと噂されているほどである。
一日の生活費が5万円以下の生活は無理な都会なのね。
凶暴なことですが、ずっと、そーなんだよね、ロンドン。
シャーロック・ホームズがビンボ生活のストレスでコカイン中毒になるわけである。

とゆーわけで、イギリスの飯が不味いかというと、そんなことはねーのよ。
正解は「飯が高い」のね。
きみがさっき50ポンド、7000円を出して食べたサルディニア料理は、ビンボ飯なのです。だから不味い。
一方でたとえば高級インド料理店に行けば、この世のものとは思われないほどおいしい「コンテンポラリー・インディアン」が食べられるであろう。
美味いぞおおおお。
ワインもおいしいのが揃ってます。
8000ポンドくらいから始まって50ポンドくらいまである、延々と延々と続くワインリストから、うまそーなワインを選んでひと晩の食べ物の愉楽に耽(ひた)るロンドンの夜ほどリラックスするものはない。
かっちょよく制服でパリッと決めたウエイタのおっちゃんと冗談をぶっこきながら、のんびり過ごす時間というものは、他の国にはない。
えばりくさって言うと、ロンドンはやっぱり都会だのお、と思います。
マンハッタンは良い所だが今出来の街なので冗談がいまいちである。
そーゆーことは、やはり食べ物の味に影響しますのい。

世界中、どの街にも、その街の「得意な料理」があるがロンドンではインド料理がそれにあたる。
インド人のシェフ友達によれば連合王国は南アフリカに次いでインド料理がうまい国だそーである。
だから、日本のお友達よ、悪いことは言わぬ。
ロンドンに遊びに行くならインド料理屋に行くがよい。
そのインド料理屋の尻尾に「クラブ」がついていればなおよろしい。
連合王国とゆえど欧州なので、他の欧州の街と同じで、それ以外の「ぶっくらこくくらいおいしいレストラン」は間違っても外国人が発見できるような所にはありません。
ガイドブックにも載ってひん。
載ると肝腎の馴染み客がいっせいに来なくなるからな。
早い話がわしが贔屓のレストランに至っては名前がねーもん。
呼びようが無くて「プリンス」みたいだが、欧州というのは、そーゆー所なんです。
いやあーね、ときみは思うだろうが、
その、「いやあーね」が欧州の本質であって、連合王国ももちろん例外ではないのです。

(画像はラムのカレーでごんす)

記者たちのコキュートス

フケーキ、である。

お麩で出来たケーキのようだが、そーではない。

景気が悪い、のです。

先週、わっしはビスタビレッジという、ロンドンの周りではいっちゃん大きいアウトレットを見に行ってきた。不景気を観察するためです。フェラガモとかアン・フォンテーンとか、そーゆー店が並んでおる。値札をみると、9割引、とかである。

なにしろ普通の店が軒並み5割引から7割引なので、それより安くしないと客が来ないアウトレットは勢い8割引き9割引で売ることになる。

もう少し待てばグッチの鞄くらいならタダで配りそうである。

同じグッチでも太平洋圏のグッチと違って、こっちのはバスク製なのでものがよい、という。

ただなら会社の商標を客に宣伝させて歩くという下品な商売を好むグッチでももらってあげてもよい。

モニはアン・フォンテーンのシャツが好きなので、いくつか買っておった。

わっしは、このあいだ財布を壊したので、財布を買った。

買ってから、その前の日にも財布を買っていたのを思い出したが、ふたつあっても困らないからいーや、という理屈で良いことにした。

買ってから店の名前を見るとBallyであって、でも9割引4000円(^^)

ロンドンのふつーのひとは、しかし、不景気を信じておらない。

そーゆーところが、連合王国人であって、テレビや新聞が毎日てーへんだ、もうだめだ、と報じているのに、「あんなものはマスメディアの誇張に決まっておる」というのが、

圧倒的多数の意見です。

ほんとーは、ほんとーにてーへんなのを、わっしは仕事を通じてよく知っているが、連合王国人がそんなことを信じないのは初めからわかりきったことなので、別に反論なんかせん。

そーですか、と言う。

ロンドンの街角に立っていると、実際、不況なんか、どこのもんじゃい、という感じがします。よく見ると前に書いたように不景気があちらにもこちらにも顔を出しているのですが、ぼんやり見ているぶんには、全然どこにも不景気らしきものは見あたらぬ。

ものすごい数のベントレーが走っておる。

ベントレーはロールスロイスのなかでも運転手が運転するのではなく、持ち主が自分で運転するのを前提につくってあるのでこちらのほうが現代のライフスタイルに合致してます。特にGTの黒が人気がある。

http://www.bentleymotors.com/models/continental_series/continental_gt/exterior/colours/default.aspx

若い女の子やなんかがよく乗ってます。

むかしながらのロールスロイスも、むかしむかしのボンドストリートのように集まってくるような通りがなくなったので町中で目立たなくなっただけで、郊外の家のパーティなどに出かけるといっぱい前庭に蟠踞しておる。

そーゆーのでやってくるおばちゃんは、コワイひとが多い。

見つからないように、そぉーと脇を忍び足で通り抜けようとしておるのに、

「あら、ガメちゃん。あなたはアンテノーラ(祖国を捨てた者が落ちる地獄のことだす)からいつ戻ったの?

そういえば、あなたは相変わらずご自分で運転なさるのね。それは、わたしたちとワインを飲むのがいやだから口実を作るためだというもっぱらの噂だが、ほんとうなの?」

とか抜かす。

うるへー。

ほっとけっちゅーに。

おばちゃんが通り過ぎたあとでモニが笑いながら、ガメ、今度くるときは、わたしがムスタシュを描いて帽子をかぶって制服を着てジェームスをしてあげよう、と言う。

「ジェームス」というのは運転手のことです。

あのなあ。

日本のひとはよく忘れてしまうようですが、連合王国人は(あたりまえだが)要するに欧州人である。文化的には北海文化と大陸文化の混淆です。

身体が大きく荒々しく暴力的である一方でイタリアや他の地中海のやわらかで繊細な文化に常に憧れておる。

欧州人の特徴は「自分」というものを大事にすることです。

結婚でも仕事でも戦争でも平和でも先ずそれが「自分にとってよいかどうか」を考える。

このブログで政治や社会にちょっとでも関係があることを書くと、いつもまるで自分が日本の政府の役人であるかのようなことを言ってくるひとがたくさんいるので、わっしはいつも驚いてしまう。

まるで国民が国家の細胞であるかのように振る舞う。

だんだんオベンキョーを広げて見ると、これが実は中国韓国日本に共通な文化であることが判ってきました。「お上」がある文化である。

三国に共通しているのはお上が愛国心を通してうまく国民を操縦していることとマスメディアがどの国の場合でも(韓国だけは、やや異なってマスメディアに自尊心があるように見えることがあるが)積極的に国民を操縦する装置として権威をもっていることでしょう。

 ender さんが触れていた新幹線受注もそうですが、たとえば最近のニュースでいうと、

中川大臣が会見で妙な受け答えをした、というニュースは、ロンドンではまったく流れなかった。もしかするとどこかでは流れたのかもしれませんが、そんなもの、北極のシロクマが氷の上で足を滑らしたくらいのニュースであったはずです。

誰も知らなかった。

第一、その程度のことを日本の大臣がやらかしたところで、みな(好意的に)、

やっぱり、日本人って、おもろい奴の集まりだな、で終わるに決まってます。

誰も「問題」になんかするわけがない。

ところが一方では、中川大臣がこの問題で辞任に追い込まれたことのほうは大ニュースになりました。一面を飾った。

面食らうような話だったので、大慌てで記事をつくったらしくて日本の記事を翻訳したとおぼしき記事の部分が多くをしめておった。

日本の記事の引用を見ると、どうみてもひどいアル中が大臣になったとしか読めないので自然

連合王国人の感想は、「そんなひどい末期的アルコール中毒の男をなぜ国民が選ぶのか」というものです。

日本人はバカなのではないか。

いーえ、日本のひとがバカなのではない。

日本人をバカっぽくみせたいひとたちがいるだけです。

事実はきっと、わっしの日本の友人がメールで書いてきた通りなのでしょう。

反捕鯨船を撃沈するために秘密の潜水艦をノルウェー海軍から購入したと言われる中川大臣

http://d.hatena.ne.jp/gameover1001/20080314

は、前々から「あいつは飲酒問題で何かやらかすに違いない」というのでマスメディアに狙われていたそーです。中川とーちゃんも大酒飲みで有名だったので、地元では特に「大酒飲み」のイメージがある。

なかなか酒で失敗してくれないので弱っておった。

そこにあの会見なので、「やったあー、ばんじゃーい」と、それがいかに日本の信用を落として、世界中の顰蹙を買ったかを、みなで囃し立てまくった。

全然現実とは異なるわけですが、日本にいるひとには、そんなことわからんもん。

やりホーダイです。

そうすると日本のひとたちも、みなで口を揃えて言われるので、そーか、あいつは国辱大臣なんだな、ということになった。

ほんでもってクビになった。

ところで、こーゆー報道は、いったい何のために、というか、誰のためにあるのでしょう?

存在しない「事実」や「世界の眼」をでっちあげて、このあいだ選んだ大臣があっというまに地位を失うような国に日本を見せかけることが、どれほど日本にとって損失になるか、このひとたちはわかっているのだろうか。

自分たちが仕掛けた受け狙いの報道が大々的に目論見通りに進んで、さそかし鼻高々なことだとは思いますが、その結果、日本のひとひとりひとりがこうむる不利益は、マスメディアの人間ではなく、個々の日本人が払うことになる。

リージェント通りを下りながらタクシーの運転手が、

「なあーに、不景気なんてのは、バカ新聞のでっちあげに決まってまさあ。

お陰でこっちは客が減っちまっていい迷惑だ。昨日もパブで、あのバカ記者どもが乗ってきたら喧嘩ふっかけてやろう、と相談してたんすけどね」と運転手さんが言う。

日本では役人とマスメディアが国を支配していてね、と、言いいかけたが、わっしは口をつぐみます。普通のロンドン人が日本の政治に興味などあるわけがない。

「酔っぱらったのが理由で財務大臣がクビになったヘンな国」くらいの淡い印象があるだけでしょう。あたりまえだが連合王国人は自分の国と欧州にしか興味がない。

わっしは黙って、リージェント通りの紙袋をいっぱいぶらさげたひとの群れを眺めながら、日本の友達の顔を思い浮かべて、日本があの支配構造を変える日が来るだろうか、とちょっとマジメに考えました。

M4_The_Killers_Human

いちどモニにわっしのような完全に頭がいかれた若い男と暮らすのはどんな気持ちか、ゆっくり聞いてみたいと思うことがある。

なにしろ、プーである。

このブログのタイトルではビガーという会社の平社員ということになっているが、ほんとうは、そんなに偉くない。無職。

おまけに日本語でいうと「住所不定」であって、一カ所にいつくということがない。

無職住所不定なのであって戦前の日本社会ならば、それだけで監獄行きである。

今日の風体を報告すると、灰色のスエードの半コートにジーンズ。

コートの下はいきなりシャツであって、頭には帽子をかむっておる。

ステットスンという会社の帽子であって、マンハッタンの年寄りのゲイカップルがやっている古着屋で買った出来てから40年経った新品という複雑な来歴の帽子です。

モニが、よく花を一輪買ってさしてくれる。

今日も小さなすみれの花が挿してあります。

サングラスをかけているが、これは、わっしの眼は遮光性能が悪くてほーんの些細な太陽の光でもまぶしくなるからです。運転するときは必ずかけていないと危ない。

で、定員5人乗りというのは冗談としか思えないドイツ人がつくったクーペに乗って、

M4でハンガーフットという町へ行った。

ロンドン人がよく骨董品を買いに行くところです。

値段がポルトベロ通りの半分くらいである。

飲みさしのワインの瓶にさしておく猟をするおっちゃんが立っているボトル栓が見れば見るほど気に入らなくなってきたので、買い換えたくなってきた。

もうひとつの理由はロンドンから離れて静かな小さな町で午後を過ごしたくなった。

ロンドンから西へ延びるM4をディーゼルとは思えないくらいパワーがあるエンジンをうならせてとばします。

いつもはモニが乗っているときは安全運転だが、今日はモニが「とばしていきなさい」という命令なので、元アマチュア日曜レーサーの腕前を発揮してちょっととばす。

A道路にはいるとラジオをつけます。

わっしの好きなThe Killersの「Human」が流れてくる。

うーん、最高じゃ。

ラスベガス出身なのに連合王国でのほうが、ずっと人気がある不思議なグループの、この歌は連合王国では年柄年中かかっているが、こんなふうな歌詞である。

わっしは、いつ聴いても、

my sign is vital, my hands are cold

and I´m on my knees

looking for the answer

ところで、ぐっとくるな。

I did my best to notice

when the call came down the line

up to the platform of surrender

I was brought but I was kind

and sometimes I get nervous

when I see an open door

Close your eyes, clear your heart

Cut the cord

are we human or are we dancer

my sign is vital, my hands are cold

and I´m on my knees

looking for the answer

are we human or are we dancer

Pay my respects to grace and virtue

send my condolences to good

give my regards to soul and romance

they always did the best they could

and so long to devotion,

you taught me everything I know

wave good bye, wish me well

You gotta let me go

are we human or are we dancer

my sign is vital, my hands are cold

and I´m on my knees

looking for the answer

are we human or are we dancer

Will your system be all right

when you dream of home tonight

there is no message we’re receiving

let me know is your heart still beating

Are we human or are we dancer

my sign is vital, my hands are cold

and I´m on my knees

looking for the answer

You´ve gotta let me know

are we human or are we dancer

my sign is vital, my hands are cold

and I´m on my knees

looking for the answer

are we human

or are we dancer

Are we human or are we dancer

わっしは声に出して歌います。

アーウィヒューマン オアーウィダンサー

モニの緑色の瞳が窓の外の遙かな遠くを見ています。

何回も書いてわるいが、なんちゅう美人でしょう。

何度見ても現実の人間だとは思われぬ。

ほんとうは、この世のひとではないのではないか。

モニとわっしは町の小さな骨董屋で結局いろいろなボトルストッパーを6個買った。

インド料理屋でチキンブナを食べた。

唐突なことをいうと日本の高速道路は乾坤一擲ぜんぶタダにしたほうが、どこかに行くときに寄り道をするひとが増えてすなわち途中の町々に落ちるお金が増えて国全体はかえって繁栄するのではないか。

わっしは生まれついてのケチなので、日本にいるときについぞ「寄り道」ということをしたことがなかった。

鎌倉から名古屋に行くとすると、まあっすぐ東名を駆け上って名古屋に着いてしまう。

「静岡でおりてタミヤ本社に寄ってみるか」とか思わなくはなくても、それによってかかる余計な出費を考えるとやる気がなくなります。

新幹線も途中で降りると高くなる。

高速道路も途中で降りると余計に払わなければならない、とすると、地方の町に「ちょっと寄ってみる」という気持ちになるひとがいるほうが不思議な気がします。

少なくとも西洋で同じことをやれば(西洋人はすべからくケチなので)半分以上の町はゴーストタウンになってしまうでしょう。

考えてみると日本の高速道路ほど不思議な存在はない。

素通りされれば町はさびれるわけで、さびれた町を無理矢理生き延びさせようと思えば税金から交付金を渡すしかない。

わざわざ金を二重取りしてまで国をやせ細させるのはなんのためなのか。

東京という極大な極を肥大させるためにつくった制度なのでしょうか?

わっしには日本のひとの「地方」というアイデアがとてもわかりにくい。

まるで国家が挙げて「地方」というものをあざ笑いたたきのめし首をしめにかかっているように見えます。

それは、いつもこういうことを書くと必ずここにコメントを送ってくる人たちが言うように「それが日本のやりかたなんだから文句をいうな」いうことなのでしょうが、よくないから是正しなさい、と言っているのではなくて、ただ単純に不思議なのです。

だって、誰も得をしない東京100%の新興文化をなんのためにつくるのか?

日本の歴史を眺めていて驚くのは、1960年代くらいまでの地方文化の豊穣さです。

食べ物も違えば話す言葉も違って、わっしから見るとパラダイスのような国である。

文化的にはイタリアのように多様性に満ちた、贅沢な社会だった。

当時の「駅弁」の記事を読むと、わっしはうらやましくて仕方がない。

素焼きのお茶の急須だけが同じで、ほかのものは、ほんの30キロも行けばもう全然異なる食べ物を食べている社会なんて、そんな文字通りの天国がほんとうにありえたのだろうか、と考えます。

日本のひとと話していると地方は東京に較べて劣っているようなことをいう。

日本のように歴史が古い国の地方など相互に較べることなど出来るはずはないのに東京大阪神戸と都市毎に「偏差値」がついているような言い方をする。

せっかく積み上げてきた歴史を安っぽいパチモンの東京に焼き直すなんて、なんちゅうことだんべ、と「軽井沢銀座」とかいう間抜けな「銀座」を発見するたびに思います。

なんてもったいない、と考える。

モニとわっしは料理屋を出るとM4に乗ったり田舎道に出たりしながらロンドンまで帰ってきました。

鎌倉の裏道みたいに細い一車線あるかないかなのに対向車線ということになっている道を通るわっしを見てモニが呆れてます。

ガメは「不便」ということが好きなんだな、と微妙なことをいう。

明日の晩のパーティにふたりで出かければロンドンでの用事はすべて終わりである。

先週前輪が折れたので初めて世界的に有名になったアブロでバルセロナに行くのだ。

あれ、結構良い飛行機なんだけどな。

生産中止になってから、くだらないことで有名になるなんて、まことに不憫です。

でも、まさか同じ機体を使うんじゃねーだろな、と明日ブリティッシュエアに電話せんと。

画像はハンガーフットの町。

The KillersのHumanっていうのは、こんな曲です。

http://www.youtube.com/watch?v=n6r4KT8-VX0

M4_The_Killers_Human

いちどモニにわっしのような完全に頭がいかれた若い男と暮らすのはどんな気持ちか、ゆっくり聞いてみたいと思うことがある。

なにしろ、プーである。

このブログのタイトルではビガーという会社の平社員ということになっているが、ほんとうは、そんなに偉くない。無職。

おまけに日本語でいうと「住所不定」であって、一カ所にいつくということがない。

無職住所不定なのであって戦前の日本社会ならば、それだけで監獄行きである。

今日の風体を報告すると、灰色のスエードの半コートにジーンズ。

コートの下はいきなりシャツであって、頭には帽子をかむっておる。

ステットスンという会社の帽子であって、マンハッタンの年寄りのゲイカップルがやっている古着屋で買った出来てから40年経った新品という複雑な来歴の帽子です。

モニが、よく花を一輪買ってさしてくれる。

今日も小さなすみれの花が挿してあります。

サングラスをかけているが、これは、わっしの眼は遮光性能が悪くてほーんの些細な太陽の光でもまぶしくなるからです。運転するときは必ずかけていないと危ない。

で、定員5人乗りというのは冗談としか思えないドイツ人がつくったクーペに乗って、

M4でハンガーフットという町へ行った。

ロンドン人がよく骨董品を買いに行くところです。

値段がポルトベロ通りの半分くらいである。

飲みさしのワインの瓶にさしておく猟をするおっちゃんが立っているボトル栓が見れば見るほど気に入らなくなってきたので、買い換えたくなってきた。

もうひとつの理由はロンドンから離れて静かな小さな町で午後を過ごしたくなった。

ロンドンから西へ延びるM4をディーゼルとは思えないくらいパワーがあるエンジンをうならせてとばします。

いつもはモニが乗っているときは安全運転だが、今日はモニが「とばしていきなさい」という命令なので、元アマチュア日曜レーサーの腕前を発揮してちょっととばす。

A道路にはいるとラジオをつけます。

わっしの好きなThe Killersの「Human」が流れてくる。

うーん、最高じゃ。

ラスベガス出身なのに連合王国でのほうが、ずっと人気がある不思議なグループの、この歌は連合王国では年柄年中かかっているが、こんなふうな歌詞である。

わっしは、いつ聴いても、

my sign is vital, my hands are cold

and I´m on my knees

looking for the answer

ところで、ぐっとくるな。

I did my best to notice

when the call came down the line

up to the platform of surrender

I was brought but I was kind

and sometimes I get nervous

when I see an open door

Close your eyes, clear your heart

Cut the cord

are we human or are we dancer

my sign is vital, my hands are cold

and I´m on my knees

looking for the answer

are we human or are we dancer

Pay my respects to grace and virtue

send my condolences to good

give my regards to soul and romance

they always did the best they could

and so long to devotion,

you taught me everything I know

wave good bye, wish me well

You gotta let me go

are we human or are we dancer

my sign is vital, my hands are cold

and I´m on my knees

looking for the answer

are we human or are we dancer

Will your system be all right

when you dream of home tonight

there is no message we’re receiving

let me know is your heart still beating

Are we human or are we dancer

my sign is vital, my hands are cold

and I´m on my knees

looking for the answer

You´ve gotta let me know

are we human or are we dancer

my sign is vital, my hands are cold

and I´m on my knees

looking for the answer

are we human

or are we dancer

Are we human or are we dancer

わっしは声に出して歌います。

アーウィヒューマン オアーウィダンサー

モニの緑色の瞳が窓の外の遙かな遠くを見ています。

何回も書いてわるいが、なんちゅう美人でしょう。

何度見ても現実の人間だとは思われぬ。

ほんとうは、この世のひとではないのではないか。

モニとわっしは町の小さな骨董屋で結局いろいろなボトルストッパーを6個買った。

インド料理屋でチキンブナを食べた。

唐突なことをいうと日本の高速道路は乾坤一擲ぜんぶタダにしたほうが、どこかに行くときに寄り道をするひとが増えてすなわち途中の町々に落ちるお金が増えて国全体はかえって繁栄するのではないか。

わっしは生まれついてのケチなので、日本にいるときについぞ「寄り道」ということをしたことがなかった。

鎌倉から名古屋に行くとすると、まあっすぐ東名を駆け上って名古屋に着いてしまう。

「静岡でおりてタミヤ本社に寄ってみるか」とか思わなくはなくても、それによってかかる余計な出費を考えるとやる気がなくなります。

新幹線も途中で降りると高くなる。

高速道路も途中で降りると余計に払わなければならない、とすると、地方の町に「ちょっと寄ってみる」という気持ちになるひとがいるほうが不思議な気がします。

少なくとも西洋で同じことをやれば(西洋人はすべからくケチなので)半分以上の町はゴーストタウンになってしまうでしょう。

考えてみると日本の高速道路ほど不思議な存在はない。

素通りされれば町はさびれるわけで、さびれた町を無理矢理生き延びさせようと思えば税金から交付金を渡すしかない。

わざわざ金を二重取りしてまで国をやせ細させるのはなんのためなのか。

東京という極大な極を肥大させるためにつくった制度なのでしょうか?

わっしには日本のひとの「地方」というアイデアがとてもわかりにくい。

まるで国家が挙げて「地方」というものをあざ笑いたたきのめし首をしめにかかっているように見えます。

それは、いつもこういうことを書くと必ずここにコメントを送ってくる人たちが言うように「それが日本のやりかたなんだから文句をいうな」いうことなのでしょうが、よくないから是正しなさい、と言っているのではなくて、ただ単純に不思議なのです。

だって、誰も得をしない東京100%の新興文化をなんのためにつくるのか?

日本の歴史を眺めていて驚くのは、1960年代くらいまでの地方文化の豊穣さです。

食べ物も違えば話す言葉も違って、わっしから見るとパラダイスのような国である。

文化的にはイタリアのように多様性に満ちた、贅沢な社会だった。

当時の「駅弁」の記事を読むと、わっしはうらやましくて仕方がない。

素焼きのお茶の急須だけが同じで、ほかのものは、ほんの30キロも行けばもう全然異なる食べ物を食べている社会なんて、そんな文字通りの天国がほんとうにありえたのだろうか、と考えます。

日本のひとと話していると地方は東京に較べて劣っているようなことをいう。

日本のように歴史が古い国の地方など相互に較べることなど出来るはずはないのに東京大阪神戸と都市毎に「偏差値」がついているような言い方をする。

せっかく積み上げてきた歴史を安っぽいパチモンの東京に焼き直すなんて、なんちゅうことだんべ、と「軽井沢銀座」とかいう間抜けな「銀座」を発見するたびに思います。

なんてもったいない、と考える。

モニとわっしは料理屋を出るとM4に乗ったり田舎道に出たりしながらロンドンまで帰ってきました。

鎌倉の裏道みたいに細い一車線あるかないかなのに対向車線ということになっている道を通るわっしを見てモニが呆れてます。

ガメは「不便」ということが好きなんだな、と微妙なことをいう。

明日の晩のパーティにふたりで出かければロンドンでの用事はすべて終わりである。

先週前輪が折れたので初めて世界的に有名になったアブロでバルセロナに行くのだ。

あれ、結構良い飛行機なんだけどな。

生産中止になってから、くだらないことで有名になるなんて、まことに不憫です。

でも、まさか同じ機体を使うんじゃねーだろな、と明日ブリティッシュエアに電話せんと。

画像はハンガーフットの町。

The KillersのHumanっていうのは、こんな曲です。

http://www.youtube.com/watch?v=n6r4KT8-VX0

セブンダイアルズを歩きながら考えたこと

ロンドンでしなければならなかった仕事上の相談はほとんど終わったので、そろそろバルセロナに移動したい。

当たり前と言えば当たり前だが、わっしにとってはロンドンは、やっぱり気楽な町です。

学校のときの友達と会って一緒にパブへ出かけたり、

顔なじみの骨董屋たち(むかしはボンド通りに店を構えていたひとたちもいまはロンドン中に散らばってしまっています)や画廊のひとたちと店の奥でコーヒーやシャンパンを飲みながらバカ話にうち興じるのは何ものにも代え難いくらい楽しい。

それでもバブルの後遺症というか、なんでもかんでもバカバカしいくらい高くなってしまった。

知り合いの骨董屋の若い経営者夫婦が嘆きます。

「ガメ、この頃、このあたりで通りの管理費をいくら取るか知っているかね。一週間に500ポンドだぜ」

うっそおー。

わっしは、魂消てしまう。

それでどうやって店を運営していくのか。

「おれたちがいなくなったあとに、どこか大企業の店が出ればいいと思っているのさ。

ほら、あそこ」と向かいの店を指さして、「あの店はうちと同じくらいの大きさだが、週に5800ポンド家賃を払ってる。うちは2300ポンドしか払ってないのにね」

ボンドストリートに、かーちゃんのお伴で骨董店にでかけたむかしが懐かしい。

いまではファッション店ばかりで、骨董店なんて観光客向けのぼったくりの店があるくらいになっちったもんな。

ポルトベロも、へんなふうに変わってしまった。

「穴場狙いの観光客からぼったくる店」のような妙な具合になった。

チャリングクロスも店がひとつまたひとつとなくなってゆく。

でも、まあ、世界中どこでもそーゆーものなのかもしれぬ。

どこも同じになって退屈な店に退屈な客が退屈な品物を買いにくる。

一円でも安く買えれば得意満面で、あそこが安かったと言ってインターネット上で情報の交換をする。

悪いとは言えません。

ただ、わっしたちの考えとは、そーゆー経済行動は全然正反対なだけである。

わっしも天然ケチなのでゲームソフトなんかはとーぜん一番安いところで買うが(^^)

自転車のフレームなんかは先ず手でつくるスタジオのものしか買わん。

銀器やノッカーなんかも機械でつくったものは死んでも買わない。

グラスも口でふいたもの以外は買いたくない。

それも工員が食うや食わずでつくらされる国のものを買うのは嫌です。

そんなことばかり言っていると、まったく同じ品質の同じものを買うのでさえ5倍くらいは出すことになるので、実際買うときに紙幣との別れが悲しくて涙ぐんでしまうが、そーゆー店やその店に並んでいるものをつくっているスタジオやなんかがつぶれて一番困るのは自分なので、仕方がない。

ほら、たとえばサンフランシスコの街角で滅茶苦茶上手なサクソフォン奏者のおっちゃんが自分の好きなチューンをふいていたら、どうしたって歩み寄っていって前に置いてある帽子の中に2ドルくらいは入れたくなるでしょう?そういう衝動は不可抗力なのであって、よい演奏やパフォーマンスにでくわしても一円も出したくならないひとというのは、やはり人間性に崩壊している部分があるのだと思う。

ヘンである。

それと似たところがあるかもしれません。

どーも「アウトレット」のようなところは非情な弱肉強食の臭いがして嫌です。

うまく説明が出来ないのがもどかしいが、それはヘンである。

安いから買う、という一見もっともらしい理屈には、どこか本質的に破壊的なところが隠れているような気がします。

わっしは大好きなセブンダイアルズの通りを歩きながら、ロンドンが合衆国の街のように退廃的で退屈な街になることがあるだろうか、と考えます。

合衆国という国は、ひどい。

どこに行っても同じものを売っていて、どこに行っても同じようなひとたちが同じものを買って、同じようなことをいう。

話していて退屈しないのは、せいぜい新しくやってきた移民のひとたちくらいのものであって、合衆国人の会話、というのはおおむね「ど退屈」としか言いようがないものです。あれをしも「会話」というなら、ですが。

マスプロダクションが会話にまで及んでおる。

ロンドンも、そうなる日がくるだろうか。

どうかなあ、と思って考えてみますが、そこまではいかないのではないか、という感じがします。なぜ、ということを書くのは英語で行うべきことなので、ここではこのくらいにしておきますが、合衆国みたいな国になりはてるには、文化そのものが根底から覆らないとならないような気がするのです。

で、そうやって(文化大革命のように)文化を根こそぎにするには連合王国人は頑固に過ぎるように思える。

モニが「ガメはロンドンにいるときは、とてもやさしい顔をしているな」という。

そーですか。

きみは、自分がパリにいるときに最ものびのびしているのを知っておるかね。

人間の文化とはなんと不自由なものだろう。心や体の隅々が街の空気の匂いや、

細部になじんでいて、そこから自由になるのはほんとうは無理なのかもしれません。

きみとわしが年をとって、いよいよ自分に馴染んだ町にしかいたくなくなったらどうしよう、と考えることがわしにはある。

もう何回も考えたから結論は出てもいるのです。

パリに住むしかない。

でも、そう考えだすまでには、きっとふたりともだいぶん間があるでしょう。

明日はバルセロナに行く支度をしなくては。

バルセロナの、あの粗野と洗練がいりまじった街で、モニのフランス語みたいなカタロニア語と、わっしの文法的に間違いだらけのスペイン語で、カバやパン・アム・トマカや、ヴィノティントを注文して、通りに出ているテーブルでモニと宇宙の仕組みや人生の意味や昏倒して倒れている神

http://d.hatena.ne.jp/gameover1001/20080324/p1

について議論するのだ。

まだ先に進まなければならないのだから。

画像は朝のハイドパークで乗馬の練習にいそしむイギリスガキ。

ここの乗馬学校は良い馬が揃っているので有名です。

食物図鑑 その6 ロンドン編

午後3時。

モニとわっしはモロッコ人のやっているモロカンレストランでワインを飲んでおる。

ものすごくおいしいヴァクラバが肴です。

もうボトルが空になったので、もうすぐアラビアンコーヒーを飲んで席を立つであろう。

「お勘定をお願いします」というと、鈴がいっぱいついた衣装を鳴らしながら勘定書をもってきてくれるはずである。

わっしはニュージーランドが好きだが食べ物だけはロンドンのほうがおいしい。

ビーフやラムはニュージーランドのほうがおいしいけどな。

調理法の洗練度とバラエティという点で、どうしても、負けておる。

マンハッタンも良いが、ロンドンのほうが食べ物はおいしい、と思う。

ロンドンよりも食べ物がおいしいところというと、わっしにはパリくらいしか思いつかぬ。

このブログを日本語で書いているからではなくて東京も食べ物がおいしい街です。

特に海鮮類がおいしい。東京の鮨屋は魚の匂いがせんもんな。

太刀魚の握りを景虎の冷やと一緒に食べたりするのはたまらん。

銀座のわしの大好きな鮨屋に行くと仲良しのおっちゃんが、「とっておき」のヒラメの縁側や「ほんもの」のタコを握ってくれます。

悪い方は、東京のレストランはワインと甘いものが弱い。

せっかく、すげーおいしい食事の終わりに20年くらい前に流行ったデザートが出てくると泣きたくなる。

第一、東京のイタリアンレストランは、何故に、わっしの好きなカントチーニ・コン・ヴィンサントを置かないのであるか。

日本人の仲の良い友達と話していると、「イギリスはすげー良い国だけど、食べ物は….うふふ」とゆーよーな失礼なことを言う。

ロンドンは丁度京都と同じように良いものはなにもかも隠してある街なので、旅行者や留学生やなんかでは、良いところにたどり着かない。

第一、わっしがよく行くレストランは全然ガイドブックやなんかには出ておらん。

(フォートナム・メイスンだけは例外だけどな。わっしは、あの半地下の「ファウンテン・レストラン」で、ぐっとくるスコーンと一緒に紅茶を飲むのが大好きである。

日本のひとがいつもたくさんいるので、きっと行ったことがあるひともいるでしょう)

ロンドンには、おいしい店がたくさんあります。

(こらっ、そこのきみ。笑いをこらえて顔を赤くするなどとは失礼である。ほんとだってば)

中華料理もポーランド料理もおいしい。就中レバノン料理屋やアフリカ料理は世界でも屈指であると思う。

わっしは元連合王国人(主観的には「元」です。なにしろ、いまは「自称ニュージーランド人」だからな)なので、ロンドンのおいしい店は気が遠くなるような数を知っておる。

それを綿綿と書いておると何千ページ書いても終わらないので、今日はインド料理屋に限ります。

なぜインド料理なのか、でしって?

わっしがプーケット島で看護婦さんと一緒に2ヶ月ゴロゴロしていたとき、わっしはスコットランド人(かーちゃんの同郷人です)のおっちゃんと仲良くなった。

おっちゃんは、とてもとてもスコットランド人であって、最後の日は革靴とジャケットという異様な姿でプーケット島のホテルのプールサイドに横になるくらいスコットランド人であった。

「ガメ、きみは、スコットランド人とイングランド人の共通点はなにか知っておるか」と言う。

知りません。なんか共通なことがあっただろうか。

「インド料理さ。あれらもわれわれもインド料理を食べる。どっちの国でも国民食だわな。他には何もない」

インド人の友達に訊くと、インドの国外で最もインド料理がおいしいのは南アフリカであって、連合王国は、その次だそうである。

連合王国人はインド料理屋を偏愛しておる。

他の欧州人は、連合王国人はスパイスの摂りすぎで頭がいかれたのではないか、と疑ってます。そのくらいインド料理が好きなのです。

カレーも、もちろん大好き。

たとえば、これは「野生のイノシシ肉のカレー」である。

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「鱒」のカレー

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もあれば、「鮭」のカレー

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もあります。

これはホタテ貝のカレー。

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伊勢エビのカレーは、結構あちこちのレストランで人気メニューになっておる。

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マトンのカレーなら、たとえば、こんな感じでしょう。

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これが日本のカレーの起源かな?と思うカレーもあります。

インドのひとは、これは「ポリッジ」(お粥)であるという。

千切りのラムがなかにたくさんはいってます。

食べると味はまったく日本のカレーであって、鎌倉の「キャラウエイ」のカレーを、もっと味を強くしておいしくしたような感じである。

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どー考えても、これが日本でいう「ドライカレー」(チャーハンみたいなほうではなくて、ご飯の上に挽肉を炒めたものを載せるほうね)の原型であるな、というのもあります。

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このカレーには本来はラムの腎臓が入りますが、試しにこれをどけてもらうと、日本の「ドライカレー」とまったく同じ味になります。

こっちは「ハイチコーヒー」という名前だったと思いますが、新宿やなんかにある、あの店の「ドライカレー」を、もう一段おいしくしたような深みのある味であった。

あたりまえかも知れないが、ちょっと日本のカレーとは違うでしょう?

レストランの雰囲気も少しく異なる。

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日本でも見るようなカレーはむかし店をひらいて、当時のメニューをそのまま守っているような店にいけば見られます。

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もうひとつ日本と異なるのは南インド料理ベースの店が多いところでしょう。

わっしの大好きな、この料理を日本で見たことがないのも、多分、そのせい。

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このまんなかのライムジュースとスパイスを混ぜてつくったソースを周りの揚げた食べ物の上から注いで食べます。これはインド料理屋のなかでも特に安いチェーンである「マサラゾーン」の名物メニューですが、

ものすごくおいしい。あまりのアイデアの良さと、不意をつかれるような味にボーゼンとしてしまいます。

タンドーリも、もちろん。

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モダンインド料理もあれば伝統的なメニューもある。

西洋料理とフュージョンさせた料理もあれば、まったくのオリジナルを作りだそうとしているインド人シェフもいて、わっしはロンドンのインド料理屋が大好きです。

食後のデザートにも、一生懸命工夫が凝らしてあって、たとえば、この写真の右側のミントの葉をそのままホワイトチョコレートでくるんだチョコは、無茶苦茶おいしかった。

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もちろんハルワやグラムジャンもあります。

わっしはみなさんがロンドンにいらしたら、まずインド料理屋に行くことをお勧めします。

たとえば「Foyles」に行って、レストランガイドを買って出かけてみるとよい。

インド料理屋であるかぎり外れは少ないはずです。

あんまりお金をかけたくなければ、ロンドン中のどこにでもある「マサラゾーン」に行かれるとよい。

それだけでもロンドンのインド料理屋の水準の高さがわかるはずです。

アマヤやオールドライブリのインド料理屋に行くのは、それからでも良い。

あー、余計な記事を書いたもんだから、インド料理が食べたくなってしもうた。

近くのインド料理屋から出前を頼もうかしら。

手に手をとって

ミルピタス

http://d.hatena.ne.jp/gameover1001/20090127/1232997258

の午後、昼食時間には郵便局にながあーい列が出来ます。

モニとわっしはフランスに荷物の箱を送り出すために並んでおった。

4つあるカウンタのうち2つが開いていて、前のひとの用事が終わるたびに

「次のひと」、「はい、次のひと」と呼んでゆく。

合衆国の郵便局は能率が良いので長い列といっても、結構はやく進んでゆきます。

ところが後ろのドアが急に大きく開くと若い女のひとが列のひとをおしのけてツカツカツカと窓口に歩いてゆく。列に重そうな段ボール箱をもって立っていたデカイおっちゃんがびっくりしてます。その窓口ではまだ用事がすんでいない女のひともいたが、おかまいなしに受付のひとに早口で話し始める。

皆が、事態に気がついてびっくりしてこの若い女のひとを見ている。

24歳くらい。地味な服を着た、多分、フィリピンのひとです。

「わたし、仕事が無くなった」と言っておる。

「さっき会社のボスに呼ばれて行ったら、もう明日から来なくて良いと言われた」

よく見ると、顔が真っ青です。

「わたし、もう、どうしたらいいかわからない。子供がふたりいるのよ。貯金だってないし、ジョンも先週クビになったばかりだし」

列に並んでいた皆が、やっとほんとうは何が起こったのか理解できた。

郵便局の女の人は、この解雇された女のひとの友人なのでしょう。

解雇されたショックで、そのまままっすぐクルマを走らせてやってきたのに違いありません。

自分の箱を送ろうとして中断されたアフリカンアメリカンの中年の女の人が、「なんとかなるわよ。明日から、さっそく会社をまわらなくちゃね」と慰めています。

皆が女の人の気が鎮まるまでじっと待っておる。

シリコンバレーではレッドウッドでも同じような光景を見かけた。

ミルピタスのレストランで隣のテーブルのひとが、「実は解雇された」と話しているのを聞いたりもした。

モニとわっしは昨日法廷弁護士の友達夫婦と遊びに出かけましたが、このひとが統括するいくつものシャーにまたがる拠点も6個から4個に減らされるそうで公的機関も民間と変わらないようです。

弁護士でもクビはクビである。

別の「職業政治家」の、気取ったおっちゃんは、「これからは貧しいひとたちもいままでのようなロールスロイスサービスは受けられない。フォードモンデオサービスで我慢してもらわねば」とわっしに言っておったが、その「貧しいひとたち」が聞いたら、いったいいつおれは「ロールスロイスサービス」を受けたのだ、と言って怒るに違いない。

いままでだってモンデオが聞いたら怒るようなサービスだったのに、これからは、死なないですんでいることに感謝しなければならないのではないか。

一日一日とたってゆくたびに職が何百何千と失われ、昨日まで店に食料品を運び込んでいたひとや、その食料を卸す会社で会計をやっていたひと、サラリーマン、運転手、ありとあらゆる階層のひとが家を失い、ゆくところがなくなって道路の脇に立ち、たとえば昨日までの経理社員が

「わたしに仕事をくださいませんか。得意なのは会計ですがなんでもやります」と書いた段ボールをもつことになる。

ネクタイを締めてスーツ姿で冷たい雨に打たれている人もいれば、ジーンズにコートのひともいる。街中のありとあらゆるところに家がない人や職を失ったひとの姿が見えるようになった。

むかしなら移民が真っ先にクビになるところですが、いまの企業は生産性の高さを保持することにしか関心がないので、職を失うのはもともと技能の高さを買われて雇用された移民の方ではなくて、漠然と就職した人間も多いもとからの連合王国人である。

たとえていうと現代の厳しい競争社会では日本に生まれたからといって経済世界では(伝統的な)日本人であることが保証されない世界になりつつあるのが理解できていないひとがいるのです。

職を失ったこういう連合王国人は、「イギリスの仕事はイギリス人に」と大きな声で叫び出します。移民してきたものには、文句を言わないが、外国からひとつのプロジェクトのために外国人労働者をつれてくるのを許していいのか、という議論である。

企業の方は「イギリスの仕事はイギリス人に」「フランスの仕事はフランス人に」なんてあまいことを言っていると自分がつぶれてしまうので民族国籍に関係なく優秀な人間を雇おうとする。

日本は製造業が強い国なので、まだそこまでいってませんが、いづれは日本国のパスポートが実質的に日本人であることを保証してはくれない時代がやはり来るでしょう。

日本の企業や政府もやがて「国民の選別」を始めるに違いない。

「きみは役に立たない」「おまえはこの世界に必要でない」と宣告された人の群れが、職業を紹介する機関や救済機関の前に並ぶときがまた来てしまった。

冷たい雨にずぶぬれになりながら、もう雨に滲んで字も読みにくくなった段ボールを掲げて立っている人の横を、若い背広のにーちゃんが早足で歩いてゆく、行き過ぎてしまってから、ふと足をとめて振り返ると、

「あきらめるなよ!」と怒ったように言う。

そのあとに小さい声で「お願いだから」と付け加えてます。

連合王国人は、そういうことを口にするのが苦手であって、言いたくても必死に我慢するが、にーちゃんは、とうとう我慢が出来なくなったのに違いない。

ひとりで放っておいてもらうのが最も好きな連合王国人たちが手に手をとって歩くときが、また来ました。ばらばらでは到底乗りきれん。

偏屈な「loner」が揃っている連合王国人ですらそうなのだから、世界中、そうでしょう。人間の社会はこういうときのためにあるのだから。

わっしもコーケンしなくては。

日本のイメージ

「ガメ、きみは内緒にしているがほんとうは日本語が出来る、というのは真実なのかね」

と、目の前のおっちゃんが訊いています。目の前に確かにおっちゃんがいるのだが、おっちゃんは揺れておる。みんなもうパーティの終わりでわしがバブリを飲み過ぎて焦点が定まらないのか、おっちゃんがスカッチを飲み過ぎて上体が揺れているのか、よーわからん。おっちゃんはスコットランドヤードの、なかなかエライひとです。

とーちゃんを知っているそうだが、わっしは初対面である。

「ちょっとだけ、すけどね」と、わっし。

「こんにちわ」と「さよなら」を言える程度よりはマシである。

自分の足が大きいか小さいかくらいは言えます。

レストランで鯨定食を注文するくらいも出来ますな、とわっしは言います。

おっちゃん、ほおほおとうなづきながら聴いてますが、突然、

「日本に野生のラクダがいるのには驚いた」と言う。

いませんよ、そんなの、と、わっし。

おっちゃん、色をなして怒ります。

酔っておる。

「だって、おれは自分の目で見たぞ」

そう言うと、後ろの方で灰色のカーディガンを着た地味なおばちゃんと話していた下僚を呼びます。

「アンドリュー、アンドリュー!、おれたちは、ラクダを見たよな、日本で。

えーと、あそこは、なんていったっけ。ベップ、かな。温泉があるところだった」

別府だって、どこだって、そんなものいねーっちゅうのに。

その叫び声を聞きつけてスイス人のおばちゃんが、口を挟みにくる。

このひとは、わっしが子供の時からよく知っているひとです。

「ガメちゃん、あなた見聞がせまああいわよ。わたしはイズというところでクロコダイルの群れを見た。すごかったわよ。あなたはどうしてモニさんを連れていってあげなかったの。野生のワニ、迫力があるんだから」

あの、おばちゃん、まさかそれ、「バナナワニ園」のことじゃないでしょーね。

あれ、野生、ちゃうで。

コンセプトとして、オモロイけどな。

あの企画を立てたひとは、若かりし頃はシュルレアリストであったに違いない。

考えることが現実離れしておる。

でも、日本に野生のワニなんか、おらん、と説明していると、横で聞いていた大学教授のおっちゃんが、

「しかし、きみ、吾輩がこのあいだ読んだ本には、日本のイナバの白ウサギの話にはワニが出てくる、と書いてあったぞ」という。

いえ、あれはむかしの日本語のワニは鮫なんです。

すると周りにいた四五人がいっせいに振り返って

「まあ、どうしてワニが鮫なの?」

「なんでワニが鮫でありうるのかね」と、異口同音に叫びます。

あんたら、なに考えとんねん。

こっちの頭がおかしくなりそうである。

日本のひとは幸せだと思う。

中国人や韓国人の友達と話しているとつくづく、そう思います。

欧州人がアジアの国のなかでは日本にばかり興味を持つのでうらやましいようである。

わっしが知っている20代の友達は、人種国籍の区別無く、みな「日本に一度行ってみたい」という。

嗜好において信じられないくらい保守的なスペインの若い衆でさえ同じです。

なぜか。

「他の場所と違っている」からです。

あの国は、すごおくヘンだ。

その上にマンガがあって、アニメの母である。

地下をリニアモーターカーが驀進しておって、トーキョーの人間はタバコを買いに行くのに地下鉄のリニアモーターカーに乗ってゆく、というではないか。

テレビはみなインターネットを通じて放送されておって、日本人はみな知能が高い、という。

ハラジュクガールズは、みな髪の毛を金色や緑色や紫に染めていって、フレンドリであるというではないか。そんでもって、みな日本人の男に失望しているので外国人の男は誰でも歓迎される、というのはほんとうか。

いや、だからそれはバナナワニ園と同じだっちゅうのに。

わっしは普段どこに行っても日本の話をしませんが、仲の良いサークルの内輪では、わっしが日本に一定の興味をもっているのを知っているひともおる。

それがばれると、いろいろ不思議なことを訊かれます。

windwalker さんやなんかは日本に対する興味というとアニメとマンガと思うようですが、そーでもない。

ロンドンに戻ってみると、ロンドンの友人たちはみな谷崎潤一郎の「陰影礼賛」を読んでおった。このごろ、流行しているのだそうです。

わっしのなかの良い友人のひとりは最近ヤマダトシユキというひとの安曇野の絵を54000ポンドで買った。

パーティの席でも、この頃は谷崎潤一郎や日本の意匠の話が出ることが多くなった。

他の話題でいうと「なぜ日本ではlightscribeが流行らないのか」とか「日本の水時計」とか「島津家と天皇家の関係」とかで盛り上がります。

わっしは日本語が少しは出来るのをひたすら内緒にしながら、「ちょっと嬉しい」

と考えます。

連合王国人もマイクロ文明に対する関心をもちはじめたのだ。

わっしの最近のロンドンにいるときの密かな喜びです。

画像は今日のデイリーエクスプレスの一面ヘッドライン。

「日本の会社に国家事業を発注した結果、(日本人は日本人しか仕事に使わないので)連合王国人の職業機会が大幅に失われたではないか」、という激しい論調の反日本論です。

合衆国でも大陸欧州でも連合王国でもよく取り上げられる問題である。

日本のマスメディアは相変わらずひとことも報道しないが、ま、いつものことです。

日本の利害に関することなど、どーでもよい。

受け狙いの報道にしか関心がない。

日本人側からの反応がないのに欧州人が完全にキレて「日本人のバカヤロー」になるまで、日本のひとはいつもつんぼ桟敷である。

ほんとうは日本のマスメディアが報じないので、知らないだけなんだけどな。

Westfield London

わっしは今日は朝からたいへん機嫌がよい。

なぜかって? モニがいるからです。

昨日はすこぶる機嫌が悪かった。

あまりに機嫌が悪いので近くのワイン屋で売っておった 1996年の

Smith Havt Lafitteをひとりで3本も飲んでしもうた。

バスクのチーズをかじりながら飲んだら、無茶苦茶おいしかったのい。

なぜ機嫌が悪かったかって、一日の初めののっけから妹にモニをとられてしまったからです。ふたりだけで買い物に行きやんの。

モニと妹が家に戻ってみると、わっしは居間から寝室に横断する途中のホールにうつぶせに寝ていたそーである。

妹が「死んでいるのかと思って一瞬喜んだ」とゆっておった。

「おにーちゃんがいないと、わたしとモニさんの人生の最大の荷物がなくなるもん」ですと。

日本のひとはよく軽い気持ちでこーゆー冗談を言いますが英語では笑えない冗談です。

そーゆー不吉なことは口にせん。

まことにジョーシキのない妹です。

常識と良識が合成されて出来ておる兄とは非常に異なる。

モニと妹でふたりで足を持ってホールをひきづって寝室にまで運んだという。

道理で眼がさめたら頬に擦り傷があったわけである。

顔を洗おうと思って鏡を見たらおでこに「ろくでなし!」と書いてあった謎も、猫ちゃんのようなヒゲが描いてあった謎もこれで解けた。わしはまたわっしがあまりに信心が深いのでサクラメンテが生じて額に神の文字が浮かび上がったのかと思っておった。

モニと妹が買い物に行こうと考えても、ふつーはわっしにも「ついてこい」という。

ふたりとも買い物が好きなので買い物袋を持って歩くシェルパというかクーリーというかが必要だからです。

あとふたりが降りるときにタクシーのドアを開けて支えたり、行く手に自動でないドアがあると開けて待っている役ね。

そーゆー大事な役割があるので、ふたりが買い物に行くときには、ちゃんと声がかかる。

しかし、ロンドンでは事情がやや異なる。

なぜかとゆーと、ちょっとでも高級な店では店の人間が全部わっしの役割をやってしまう。通りでタクシーを止めて荷物を運び込むところまで全部やります。

降りると今度はアパートでは「家の人」ホテルでは「ホテルのひと」が全部運び込む。

あんまり買い物袋が増えると「家の人」や「ホテルの人」が取りにゆく。

ロンドンというのは、つくづくお金がなくなりやすく出来ている街なんです。

去年、「Westfield London」というのが出来た。

ウエストフィールドというのはモール会社であって、ニュージーランドやオーストラリアでは、どこにでもいっぱいあります。スーパーマーケットがひとつかふたつあって、あとはどこのモールでもあるヒューゴー・ボスとかベンドンとかカントリーロードとかの店が、ごしゃっと100くらい並んでおる。

オーストラリアの会社ですが、合衆国にもたくさんモールがある。

その会社がつくった巨大というのもバカバカしいくらいでっかいモールが

「Westfield London」

http://uk.westfield.com/london

です。

無茶苦茶大きなモールで、もしかするとロンドンそのものよりも大きいかも知れぬ。

他のウエストフィールドとはコンセプトを変えて、高級風モールにした。

ディオールとかルイビトンとか、うひゃあな店がいっぱいあります。

実はこれはウエストフィールドの新路線であって、シドニーのボンダイジャンクションで始めた。これが大当たりだったので味をしめて「もっと高級ぼったくりの店を増やして、もっと大規模にやれば、もっと儲かるべ」と考えてロンドンにつくったのに違いない。

このモールは、買い物をしても買い物袋を抱えて歩く必要がない。

コンシエージュデスクで申し込むと、ばんばん買いまくっても買ったものは「モールのひと」がコンシエージュにもっていってくれます。実は金額制限があって、あんまり高価なものは、このサービスの対象になりませんが、こういう高価なもののほうは店のひとが持ってきてくれるので、コンシエージュのねーちゃんたちが連絡してもってきてもらう。

ふんでもって買い物袋が山のように集まると、モールのひとたちがゴルフ場にあるような電動カートでウイーンウイーンとタクシーまで運んでタクシーに全部つみこんでくれます。クルマで来た場合は、クルマにつみこんでくれる。

と、ここまで書いたらモニがやってきて「ガメ、買い物に行こう」という。

丁度、ここに書いたウエストフィールドです。

いえーい、ラッキー、と喜ぶわっし。

でかいモールをさんざん歩きまわって疲れもうした。

モニや妹が盛大に食べるのに全然肥らない理由が一緒に買い物に行くとよくわかります。

歩数計をひそかにポケットに忍ばせていたので帰ってから見たら23000歩も歩いておった。どひゃ。

文句を言わずに半日買い物につきあったからガメもオモチャを買ってよいとモニがいう。

そーですか。

いえーい。

わっしはやっと発売になったVAIOのタイプPを買いました。

モニも気に入ったようで、珍しいことに同じタイプPを買った。

わっしのは黒でモニのは赤である。

Foylesで本を山ほど買った。アラビア語やウルドウ、ヒンドゥの辞書も買った。

ゲッティギャラリで写真を買った。

腹が減ったのでフードホールでタンドリのチキンとラムを食べた。

フードホールも、ふつーの、あのくっそまずーい「フードホール食」と違って、ちゃんとしたレストランをいれてある。

そー言えば、普通のウエストフィールドにはどこにもあるマクドナルドやKFCがない。

ロンドンは大不況下にありますが、それでもたくさんひとが買い物をしていて、ボンダイジャンクションに始まったウエストフィールドの高級路線は多分これからあちこちの国で拡大されるのでしょう。

電動カートを運転してくれるにーちゃんと話していたら、ロンドンに出来る二番目のウエストフィールドは更にでかくて、このモールの4倍の大きさだそーである。

のひゃ。

こーゆー傾向が続くと、ロンドンでは買い物に連れてってもらえんことが多くなるのい、と考えました。モニと妹と、ふたりで出かけることが多いに違いない。

ロンドンに戻ってくる回数を減らすにしくはなし。

ひとりじゃ、つまらんもん。

画像は、モールのまんなかのホールで演奏しておるねーちゃんたち。

演奏が上手っちゅうか、マジな腕前なので驚いた。

笑うシャチョーは久しからず

連合王国人の趣味では正義は必ず敗北します。

正しいものは嘲笑されて理不尽に葬られ悪しきものが勝つ。

そうしないと「リアリテがないではないか」と思う。

連合王国人の信念では人生はすべからく苦いものである。

もちろんニュージーランド人も同じです。

「いやあマジメにやってきてよかったよ」と電話の向こうからシャチョーの脳天気な声が聞こえておる。

モニとわっしが昼飯を食っているところだっちゅうのに、いくら「いまちょっと迷惑なんすけど」と遠回りにゆっても「ああ、そうなの」と言いながら一向に構わずに話し続けるところがシャチョーです(^^;)

励ましのお便り、がいっぱい来たそーである。

ついでに励ましのご注文もいっぱい来た。

圧倒的な数だそーだ。

どばっと売り上げが上がったそうであって、シャチョーは「来週は出荷が多くてつかれそうだわ」とかエラソーにゆっておる。昨日までの客不信がウソのようであって、「やっぱり、うちのお客さんはいいなあ」とかゆって浮かれてます。

「高くない」とか「いままで通りがんばってください」とか

「2ちゃんねるのバカなんか相手にしないで、しっかりやってください。あんなひとたちはもともと社会のゴミなんですから」とかゆわれたそうである。

舞い上がっておる。

く、くだらん。

こんなにくだらん結末があっていいのか、とわっしは考えて怒りを感じました。

ここで「善良なものはすべて滅びる」という結末があるから初めてカンドーがあるのではないか。

甘い、こんな結末は金沢の落雁よりも尼祝い(まあ、尼祝い、でしって、ATOKはつくづく剽軽なソフトウエアでしな。甘いわい)。

第一、ifeelgroovy が「一部の心ないバカ客の悪意」によって、ものの見事にぶっつぶれてsteamが今年はIP制限路線で日本マーケット相手に売らなくなって、シャチョーの企業家としての無能さのせいで投げ出された事業をしぶしぶ引き受けたわっしが英語版のダウンロードサイトを日本向けにだけ3倍に設定した価格(サポートで手間がかかりそうですから)で儲けていやいやながらボロ儲けする、という甘美で下品なシナリオはどーなるのだ。

ついでに阿漕な商いでボロ儲けしながら自爆して結局わっしの(と言ってももちろん違うひとがやってるような顔をしてやるんだけどね)会社にみんなでいままでよりも貢ぐしかなくなった「アホ日本ゲーマー社会」を思い切り嘲笑するブログの草稿まで用意してあったのに。

この世には神も仏もないのか。

steamに話が出来る友人を見繕うことまでしてたのに。

あとの日本マーケット相手にこそこそ小売りしている(調べてみるとマーケティング上ほんとうは彼らが売ってはいけないはずのソフトがいっぱいある)アメリカや連合王国の群小小売店なんて締め上げれば一発だし、ホホホ、わしの悪の帝国の完成でねーの、と思ってほくそ笑んでおったのに。

他人を嘲笑しながら小銭を楽して稼ぐ、という甘美な夢がついえてしまったではないか。

許せん。

わしがやって誰がやったかばれて追究されると困るのでモニに頼んで、「悪徳シャチョーを追究するスレ」でも立ててもらおうかしらん。

(あっ、2ちゃんのひとたちってフランス語、読めないか….)

つまらん。

「ガメちゃん、ビジネスって、ほんとうにいいもんだねえ」だって、あんたは

水野晴郎ですか。

そんなにエラソーにすんだったらわしがダウンロードサイトに出資した分早く返せよな。

くそっ、つくづく、つまらん。

こらっ、そこな2ちゃんねるの諸君、もっとがんばらんかい。

折角わっしが、こうして応援しておる。

シャチョーみたいなケーハクな人間を勝利者としてのさばらせていいのか。

シャチョーみたいな零細企業家にバカにされたままでひきさがっていいのかね。

きみらは卑怯と悪意と世の中のありとあらゆる薄汚いやりくちの専門家ではないか。

社会のクズとしてしか才能がないのだから、せめてその分野で大成せんかい。

どうせ始めたのならシャチョーが破滅するまでしっかりがんばらんかい、ボケ。

これだけ賞めてやっているのだから、もうちょっとどうにかして、わっしのボロ儲け計画が復活できるようにしなさい。

なんちて。ジョーダンです、シャチョー、ほんとに冗談だからね。

よかった。

ほんとうに、よかったです。

わしも嬉しい。

ぐすん。