Chet Baker

日本はジャズ王国である。

ニューヨークでジャズプレイヤーのひとたちと話していると、東京の話が良く出て来ます。

 わしが「東京にいったことある」と言うと、あそこに行ったか、ここには行ったか、

浅草の大黒の天丼はうめーぞ、というひとまである。

「もし日本という国が無かったらジャズなんて、とっくに無くなっているのさ」という。

「だからジャズ屋はみんな日本人が大好き」

わしも日本のひとのジャズ好きにはいつもびっくりします。

ジャズが生まれた国である合衆国よりも遙かに盛んである。

わしはフレンチジャズが最も好きですが、しかし、フランス人はジャズにそんなに金を払ってこなかった。お世辞にもジャズが盛んとはいえないでしょう。

日本では意外なところにジャズがあって、たとえば忌野清志郎のバックバンドのテナーサックスは、誰がどっからどう聞いてもジャズのサックスであって、しかも「正確無比」なリズムと音程のものすごく日本っぽいジャズです。

「生活向上委員会」略してセイコーイがやっているのだろうか。

わしには日本の友達に教わったジャズプレーヤーがいっぱいある。

なかでもChet Bakerは日本の友達に教わらなければ、いまでも知らないままだったでしょう。

西洋では受けないタイプ、だものな。

特にボーカルは受けないであろう。

でも、わしはこのひとのボーカルが大好きです。

モニはこのひとの声が嫌いなので、モニが眠っているときしか聴かれないが、夜更け、モニが寝静まると、わっしは自分の部屋でこっそり聴きます。

ベタでも、わしはMy Funny Valentineが好きである。

なんだか「希望」というもののかけらもないような声と歌い方であって、しかも肉体があるのかないかも判然としない。

ここで聞こえてくるのは徹頭徹尾「刹那」というものしか求めなかった魂の声で、他人の眼、まして忠告や親切心など拒絶している。

ジャズから「アフリカ」を全部はぎとってしまうと、きっとこうなるだろう、という声であり演奏です。

しかも、その虚無のなんという甘美さでしょう。

こんな奇妙な倒錯した考え方もないものですが、わしは、このChet Baker版のMy Funny Valentineを聴くたびに、ほんとうに日本人って、わしが本で読んできたような国民性なのだろうか、

勤勉でめげずに頑張る国民性なんてのは、みんな他人に向けた顔で、本当は底なしの絶望と虚無のなかに住んでいるのではないだろうか、と考えることがある。

日本人はこの世界をまるごと「仮の世界」とみなしていて、この世のことをみな諦めてしまっているのかもしれません。

もうどうだっていいのさ、という日本人のつぶやきは、普通に考えるよりも思想の根が深いものなのだではなかろうか。

でも、そうだとすると、それはまるきり原始仏教の門から歩き出していまに至った思想というべきであって、困ったことにそうやって考えたほうが「悪人正機」のような日本に特異な思想は考えやすいようです。

そーゆーわけで「葬式仏教」と日本のひとが自ら嘲笑うのと異なって、日本のひとはほんとうにほんとうの仏教徒なのではないか、と疑うことがあるのです。

もともとの国民性が仏教世界にあまりに近すぎてかえって自分でまったく気が付かない、というようなことも世の中にはあるのだろうか?

Chet Bakerを聴くと、いつも、そんなことを考えます。

忌野清志郎

清志郎が死んだ日に書いて2時間くらいここにあったブログの記事を見て、「どうして消してしまったのですか。結構良い記事で好きだったのに」とゆってきてくれたひとがあったが、なんで削除してしまったかは自分でもわかりません。

夜中の、しかもたった二時間で60人くらいのひとがめざとく見つけてやってきたのがなんとなく嫌だったのかもしれません。

第一、記事どんなんだったかなあー、と思ってキャッシュを見てみたが、他の記事を上書きしたのでキャッシュも残っておらない。

忌野清志郎は多分コードを3つくらいしか知らなかったでしょう。

でもいい曲を書いた。

わっしはマイナー進行の曲が嫌いなので、その点でも好きでした。

日本の忌野清志郎と同じ世代の音楽でマイナー進行の曲を意識して嫌っていそうだったのは井上陽水と忌野清志郎、くらいだと思います。

意識して、「日本人の心に迫る」チューンを避けていたのではないか、と想像します。

わっしが割と真剣に好きな日本の歌手は高田渡と忌野清志郎と浅川マキと3人くらいしかいないが、もう、そのうちふたり死んでしまったわけです。

くだらないことをいうと歌詞を聴いていると、「お酒を飲むとすぐ顔が真っ赤になる」「胸焼けがする」「喉がかすれる」というところがよく出てくるので、清志郎を知らなかっシャチョーにRCサクセションの説明をしたときに「ああいうひとは、喉頭癌になりやすいってゆう」と言ったのをおぼえています。

その一ヶ月後に、喉頭癌に罹った、というニュースが流れたのでした。

去年、左腸骨へ転移したと聞いたときには、わっしは、どういうか、我慢できないような気がして、夜中にひとりで大酒を飲んでしまった。

知識のある人間のいやらしさで、「あっ、もうダメだな」と思ったからです。

ウイスキーをコップで飲んでいるうちに外の景色が液状化してぐしゃぐしゃになった。

わっしが初めて清志郎を聴いたのはかーちゃんシスターと義理叔父のクリスマスプレゼントでした。RCサクセションから清志郎のCDとレコードが全部はいっているかーちゃんシスターが手作りのラックをもらった。

いつもはおちゃらけたおっちゃんである義理叔父が、妙にマジメな顔で

「あのね。おれは、ガメみたいなひとが日本語に興味をもってくれて嬉しいんだよ。

おれたちを助けてくれよ」とゆったので、吹き出してしまった。

義理叔父はそーゆー義理甥の不誠実な態度を見て少し寂しそうな顔をしておった。

それから暫くは家の隅にほっぽったままでした。

いちばん初めに聴いたのは「甲州街道はもう秋なのさ」だったな。

もっているCDはみんな聞き飽きたような気がしたので日本語の歌でも聴いてみんべ、ともって出かけたクルマのなかでした。

カンタベリのバカみたいにまっすぐなオープンロードを走りながら「シングルマン」を聴いた。

びっくりしました。

これでほんまに日本のバンドかいな、と思いました。

家にかえって他のアルバムも聴いてみた。

「トランジスタラジオ」はどっからどう聴いてもバックは完全でしかも正確なジャズであって、それが「日本語」と違和感なくチューンをなしているのです。

その夏、メルボルンにいるあいだじゅう、わっしは、「楽しい夕べに」と「初期のRCサクセッション」を聴いておった。

「もっとおちついて」と「九月になったのに」に痺れました。

ヤラ川のほとりを歩きながら、「この世は金さ」を鼻歌に歌いながら歩いていて、聞きつけたおばちゃんやおじちゃんにヘンな顔をされたりした。

「甲州街道はもう秋なのさ」は、こんな歌詞です。

たばこをくわえながら 車を走らせる

甲州街道はもう秋なのさ

ハンドルにぎりながら ぼく半分夢の中

甲州街道はもう秋なのさ

もう こんなに遠くまで、まるで昨日のことのように

甲州街道はもう秋なのさ

ぼく まっぴらだ

もうまっぴらだ

これからは来ないでくれないか

ぼくもうまっぴらだよ

うそばっかり

うそばっかり

うそばっかり

うそばっかり

ハンドルにぎりながら ぼく半分夢の中

甲州街道はもう秋なのさ

どこかで車を止めて、朝までおやすみさ

甲州街道はもう

わっしは「日本のひとにもソウル、あるやん」とあたりまえのことを考えた。

実は、それが北村透谷から少しも先にゆかなかったわしの現代日本文化への興味をもった初めだったのです。

鎌倉で義理叔父が持っていた清志郎の出演番組の録画ビデオを観ていたら、

「趣味はなんですか? お家にいるときはどんなことをされているんでしょう」というアナウンサーに

「自分が出ている番組のビデオを観てます」

と清志郎は答えておった。

あまりのことにシーンとしてしまったスタジオを取りなすように

「かっこいいなあー、と思って」と清志郎がいうと、清志郎よりも30歳くらい若いタレントたちが苦笑します。

わっしはそのとき清志郎はなんてカッチョイイおやじだろうと考えました。

清志郎、雲の上にひじをついて自分の出演した番組のビデオ観てるかなあ。

マイケル・ジャクソンの死

WBGO

http://www.wbgo.org/

はニューアーク・ベースのジャズFMだが、わっしはこのFMを世界中どこにいてもインターネットを通して聴いています。かっちょいいジャズばかりで、アホな曲をかけないところがたいへんよい。

そのWBGOが今日は一日マイケル・ジャクソンの曲ばかりかけています。ジャズ専門なのに、今日は、マイケル・ジャクソン以外の音楽など、この世界には存在しないかのようにふるまっておる。

DJのおっちゃんが、「マイケル・ジャクソンのスリラーが出たとき、ぼくは5歳だったけどアルバムが出た次の日にはもう歌えた」と威張っておった(^^;)

ニュージーランドの91FMも全部マイケル・ジャクソンです。

洗濯物を干したり、通勤の途中でFMから流れ続けるマイケルの歌を聴きながら涙ぐんでいるニュージーランド人たちの顔が思い浮かぶようである。

世界中のひとが、40年以上もひとを楽しい気持ちにすることに熱中してきた風変わりなポップ・スターを、そうやって思い出している。

モニがラウンジいっぱいに何百というローソクを点して何事か神様に祈ってます。

いま20代から40代のひとで子供の時にマイケル・ジャクソンの「スリラー」やミック・ジャガーの「スタートミーアップ」の振り付けをマネしてふざけたことのないひとなんて、この世の中にいないでしょう。

パーティでもどこでも、「マイケル」は、まるで招かれた友達か、滅茶苦茶ラッキーな近所のおっちゃんのような扱われかたで、いつも高校生たちの話題にのぼるひとであった。

いつも格好良かった。

その自分を極限までポップな状態においておきたいと思う努力を指さして笑い転げるひとたちに最後まで苦しめられたが、実は、それはなんのためらいもなく笑い転げる残酷さを服でも着るようにあっさりと身につけたひとたちの側の問題であって、マイケル自身がそんなことに悩まされる必要はなかったのでした。

人間の病的な悪意は、このひとを追い詰めるだけ追い詰めてしまった。

「救急車が着いたときはもう呼吸が止まっていたんですって」

モニの声がちょっと震えています。

わっしも、マイケル・ジャクソンが「BAD」を出した頃からの痛ましさを思い出して、ふつーな声で返事を出来る自信がなかったので黙っていた。

死んだポップの王様は、雲の上からいまごろになって自分の音楽に耳を傾ける世界中のひとを眺めながら、「もう誰もぼくを訴えられやしない」

「音楽を聴いてぼくがいないことを考えてみることしかできないんだ」と

可笑しいような、不思議な気持ちに打たれているところかも知れません。

Gala Evora

Gala Evora の歌声は暖かい日の乾燥してさらさらと肌の上を触れてゆく心地の良いそよ風のようです。

欧州人の自然を恋しいと思う気持ちは合衆国人の「自然に帰るのが正義なのだ」とでも言うようなガアガア声の「悪い声」の主張とは違う。

もっと自然な気持ちです。

理由は簡単、というか、普段集住している街が徹底的に石で出来ている人工の王国なのでときどき小さな子供が母親を恋しく思うようにして田舎に出かけて自然のなかにいたくなるのだと思う。

Gala Evoraは、そーゆー意味の欧州的な自然回帰の感じがとてもよく出ている、と思います。

Concha Buikaのようにこっちの観念のレベルをあげていって、魂のrevがあがったところで、えいやっと聴き始めるような歌手とは違う。

テラスにひななぼっこしながらcavaを飲んでいるときやなんかにモニが料理をしながらかけているGala Evoraが聞こえてくるっちゅうようなときにいちばん良い。

声の日ざしが音楽という水面(みずも)に浮かんで揺れているようです。

モニがつくってくれたカルソッツとポテタスブラバスの上に目玉焼きを砕いて載せてそれに小さく切ったハモンを散らしたお昼ご飯を食べながら、Arnaiz のリゼルバをいれた革袋をちゅぅーとしぼりだして飲みます。

練習を重ねてついにカタロニア人並にこのワイン飲み必殺技を使えるようになった。

遠くからカタロニア人たちがテラスで話す低い太い声が石の壁を伝わって響いてきます。

おおげさに「完璧な午後」と呼ぶのでもよい。

Gala Evoraは、そーゆーときに相応しい歌声であると思います。

画像はMontserratのベネディクト修道院、Santa Maria de Montserratの遙かな高みから下界を眺め下ろす少女の彫刻。

十五世紀のものであるのに表情が意外なほど現代的である。

踵鳴る

日本にいるときにもっと音楽を調べてみればよかった。

コメント欄にときどきやってくるsleepyhead さんが教えてくれたeastern youthの「踵鳴る」を聴いていて、そう思った。わっしの日本語能力では何を言っているのかほとんどわからないが、それでもぐっと来ます。スタイルはもちろん違うが歌の思想として岡林信康の「見るまえに跳べ」と似ている。それはたとえばスペインのGala Evoraの「agua y luz」のような静かな音楽ともきっと呼応しているのであって、まるでみなが世界について突然考え始めた、とでもいうような60年代の世界にも似ているのです。

そういうと怒る人がいっぱいいるだろうが、日本のひとがこんなすごい音楽を作るかも知れぬと思ったことはなかった。

なにしろわっしが自分で好きな日本の音楽で最も最近のものは「スチャダラパー」の「今夜はブギーパック」であって、わしの頭のなかではそこから後には「日本の音楽」というものは存在しなかった。

わっしは、もともとどういう音楽の嗜好をもっているかというと、(そういうことが可能ならば)全部の音楽の領域のなかでいちばん好きな音楽をあげろ、と言われれば多分、ラフマニノフのいくつかの曲をあげると思う。

「えっ?」と思う人がいるに違いないが、わっしの趣味とはそういうものであって、絵画でも、どれかひとつ、と訊かれるとフランシス・ベーコンを捨ててモローの「化粧」をあげかねない。「本然的な力」がないものが好きなんです。

新聞やなんかを眺めていて、無条件に出かけてゆく音楽パフォーマンスは「Tosca」です。どんなへぼがやっているのでも一応万が一ということがあるので見に行く。

パーティの夜、酔って家に帰ってきてモニが先に寝てしまうと、わっしはラウンジでボリュームをいっぱいにあげてVissi d’arteを聴くであろう。

Vissi d’arte, vissi d’amore,

non feci mai male ad anima viva!

Con man furtiva

quante miserie conobbi aiutai.

Sempre con fè sincera

la mia preghiera

ai santi tabernacoli salì.

Sempre con fè sincera

diedi fiori agl’altar.

Nell’ora del dolore

perchè, perchè, Signore,

perchè me ne rimuneri così?

という例のあれです。

モダン・ミュージック(^^)と言うことになると、なにしろ最近はスペイン語人の暗い鬱屈した情熱の世界に興味があるのでスペイン語の曲ばかりである。カトリーナとかが好きです。後はConcha Buikaとかが好きなのであって、たとえば昨日もBuikaのNina De Fuego限定版を買ってきて中を開けたらブイカの自分で自分を撮った(ブイカは写真を撮るのが好きなので有名である)ヌード写真がいっぱい載っていてなかでも自分の性器に指を突っ込んでいる写真を見て打ちのめされた気持ちになった。

クルマを運転するときやなんかの曲も殆ど全部スペイン語圏の曲で

Miguel BoseとかNina Pastoriとか。

インドのFaanaやなんかも好きですが、東アジアの曲はほとんど聴かなかった。

ずっとむかしは「甲州街道はもう秋なのさ」とか「九月になったのに」や「もっとおちついて」っちゅうようなRCサクセションの曲やザ・テンプターズも聴いていたのでしたが、この頃は聴かなくなっていたので日本の音楽はまったく聴いていなかったようなものでした。

windwalkerさんは合衆国の人間がJ-Popに狂っているようなことを言うが、わっしはそうは思わん。わっしがたとえばユニオンスクエアのバージンレコードで見たことがある日本の音楽は坂本龍一くらいのものであって、あとはオキナワン・ミュージックくらいです。だから油断しておったのだな。

そのくらい「踵鳴る」は驚きでした。

sleepyheadさん、ありがとう。

画像は観光客向けに一杯5ユーロ(!)というすさまじい値段で生ジュースを売っているジュース屋の壁の装飾。店の前に立ってモニとふたりで近くの売店で買った水を飲んでいたら、「そんなところで飲んでないでなかで飲みなよ。お客さんいないから、かまわないから」と言う。

なかなか気立ての良いひとたちがやっているのです。

ジュースは高いから飲む気がせんけどな(^^;)

日本再訪_3_音、音楽

日本にいる「ガイジン」がみな口を揃えて言いたがることなので、日本のひとももうさぞかし聞き飽きたことだとは思うが、日本はやはり「うるさい国」です。

日本にいるときにわっしがよく出かける有楽町から銀座などは「騒音地獄」であって、あまりのもの凄さにモニは笑いだしてしまったりしておった。

駅の高架の上から聞こえてくる「まもなく電車が来ます。白線の内側までお下がりください」 到着の音楽。ビーク、ビクビク、ビックカメラ。

あのなあ、と思う。それとも日本のひとはわしらに聞こえる波長が聞こえていないのであって、あのビイークビックビックビックカメラ、みたいなものはサブリミナル広告のような効果を果たしているのでしょうか。

蝉は自然界の騒音王だが、あのすさまじい音であるのに違う種同士では聞こえていない。

そういうことかしら。

なぜか。

わっしは途方もなくオタクなガイジンなので、有楽町のビックカメラにもよく行きます。

しこうして、このオタクガイジンの行動を観察していると、妙なことに気づきます。

およそ30分くらいを限度として、ふらふらと建物から出てくる。

やや疲れた顔をして国際センターの周りをぐるっとまわって歩いておる。

そのまま丸の内方面に去るのかと思いきや、意外や、またビックカメラにはいってゆきます。それを繰り返しておる。

海女のひとたちと同じですね。

騒音に必死に耐えて買い物をする。

でも30分が限度なのです。

日本のひとほど根性がないのでそれ以上の時間は耐えられん。

あの店はすごい。

どこかの頭の壊れた作曲家がつくった歌をパチモンの幼児のような奇妙な声の歌手が歌っている「ビックカメラ」の名前を連呼するだけの不愉快を音声化したような歌がガンガン鳴り響いている上に、拡声器をもったにいちゃんやおっちゃんが品定めばかりで金を使わないガイジンを寄せ付けないために要所要所に立って、ほとんど何を言っているのかわからん言葉をがなっておる。

店員さんたちはたいへん優秀な上に親切な店であって、その点では世界一だとわっしは思いますが役員や社長はよほどの馬鹿なのでしょう。

あの程度の経営の知恵しかない会社が勝ち進んでしまうのも日本という国のおもしろいところです。

多分、日本の大規模店というのは売るほうよりも仕入れのほうに知恵が必要な何らかの事情があるのでしょう。そうでなければ説明がつかない。

わっしのように日本が好きなヘンな外国人でも東京にいると疲労が早いのは、人の数もあるが、どちらかというと「騒音」、取り分け「音楽」のせいであるようです。

わっしはこうやって悪態をつくくらいですが、モニは結局東京ではほとんど出かけなくなってしまった。拡声器から流れてくる音楽を装った騒音のせいで「気分が悪くなるから」

です。

あるスーパーマーケットに行ったときのこと、ふたりで売り場の棚を見て歩いていたら「おにーく、にっく、肉」という客に対する嫌がらせを目的につくった曲が安物のラジカセから大音響で流れておった。モニは、すっと歩いてゆくとパチと切ってしまいます。

呆気にとられてモニを見つめる店長風のおっちゃん、しかめつらをつくって耳に両手をあてて、いやいやをするモニ。

おっちゃんもつられて両耳に手をあてて、うんうんしておる。

笑ってしまいました。

あるいは軽井沢のいちばん大きなスーパーマーケットである「T」で背広の見回りに来たえらいひとらしき「T」の社員をつかまえて、客のおっちゃんが「きみ、なんだ。このくだらん売りだしの放送は。こんなうるさいだけのもの、恥ずかしいとおもわんのか。即刻、やめたまえ」と言ってます。

日本のひとにも、騒音が嫌いなひともいるのを発見して、わっしは驚いた。

正直にいって、わっしは、このひとを見かけるまで日本のひとはみんな極端に聴覚が鈍感なのだと思ってました。

騒音とは別に、わっしは今回は「日本の音楽」を採集しようと思う気持ちもあった。

たとえば日本にいて、タイの音楽をインターネットで収集しようと思うと判りますが、これは案外とその国にいかないとできないのです。

結果は、あんまし芳しいものでなかった。

こういうと笑われてしまいますが、宇多田ヒカル、くらい。

古い音楽のほうがよいものが多いようです。

高田渡はいいなあ、と思った。誰かがやる気になったら、どこの国にもっていってもきっと評判がよいと思います。まさかブリットニースピアーズを聴く人が聴きはしないが。

浅川マキ、というひとはパリのクラブで聴いたことがありましたが、CDを買って聴いてみてもやはり素晴らしい。

とこうやって書いていて、くだらないことを思い出してしまいました。

日本では多分宇多田ヒカル以来(違うのかな)「バイリンガル」であることを前面に出してプロモーションをすることが多いようですが、あれはどの程度ほんとうなのだろう。

たとえば倉木麻衣、というひとについて書かれたものを読むと、やはり英語世界出身のひとであるように書かれていますが、わっしにはちょっと信じられないのす。

倉木麻衣というひとが英語で話しているのを聞いて、っちゅうようなことではなくて、

だって名前が「マイ・クラッキー」で、これは英語では「わたしのオケツ」(下品でごめん)。

英語を理解するひとが、この名前で歌手になろうとするのは、ちょっとありえないような気がします。

日本の音楽を調べているときに不思議に思ったのは60年代の音楽のほうがわっしにはわかりやすい音楽が並んでいることでした。

NHKの「夢であいましょう」というのは有名な「上を向いて歩こう」(合衆国では「スキヤキソング」という合衆国人の知能程度がもろに顕れたバカまるだしの名前で知られてます)が生まれた番組ですが、ここで歌われていたとおぼしき中村八大のつくった歌はみなダサイところのない良い音楽です。

同じ頃、わっしも好きなクレージーキャッツと「モスラ」のなかで綺麗なハーモニーのマレーシア語の歌(あの歌の歌詞を意味がないでっちあげの歌詞だと思っているひとがいるようですが、あのモスラー、ヤ、モスラーって、ちゃんとしたマレー語なんす)を聴かせてくれるザ・ピーナッツ(ちょっと、この名前はヘンだが)がレギュラー出演していた、

「牛乳シャボン玉ホリデー」なんて、結構かっちょいい曲が並んでいます。

水原弘の「黒い花びら」は、いまではわっしの鼻歌ナンバーのひとつである。

ずぅーと、見ていくと、だいたい1975年前後から、わっしには理解不能の音楽に変わってゆくようです。なにが良いのかちょっともわからん。

あとやたらとマイナー進行の曲が多いすな。メジャー進行で人気歌手になったのは井上陽水、というひとくらいのように見えます。

日本の文化のなかで、わっしから最も距離が遠いのは音楽であるようでした。

そーゆーことと、わっしには日本の街は騒音の塊であると感じられるのとは関係がありそうです。

そう言えばいつか「東方神起」というグループのプロモーションをヤフー動画かなにかで見たときに、びっくりした(見てて恥ずかしくなるくらいリズム感がなくて下手なひとが踊る盆踊りみたい)のでブログに書いたら「あれは韓国人だ」と怒られてしまったが、

成田空港の到着ロビーには液晶もしくはプラズマの大画面があって、そこで「和製ラップ」

をやっておる。アメリカ人のバカガキどもが、よく画面を指さしてゲラゲラ笑い転げておる。なんという失礼なバカガイジン、とわっしも思いますが、でも、あのラップ、かっこわるい。

ほんとうに見た目だけの稚拙な物まねで、わっしの好きな長野の農家のばあちゃんの口癖を使うと「NHKののど自慢でもでも鐘ひとつなんでねえの」と思います。

ラップは、アフリカン・アメリカンたちがエルビス・プレスリーやミック・ジャガーのような白人たちが自分たちの文化をへーぜんとまるごとサルマネコピーして自分たちが作り出したような顔をするのにうんざりして、自分たちのコミュニティの外の人間がサルマネをしてもバカにしか見えないようなスタイルをつくりあげた、という面があるのです。

だからアフリカン・アメリカン以外には難しいところがある音楽であることがわかってない。わっしはあんまり好きでないが、白いラッパー、エミネム、というひとの才能がどこにあるか、多分、わからないのでしょう。

あんなに無邪気にマネをして、それで「ラッパー」になったつもりのところが、その無邪気さが日本のひとらしい、ということになるのでしょうか。

わっしの iPodには二曲、日本の曲がはいってます。

ひとつは浅川マキの「ちっちゃな時から」。もうひとつは、高田渡の「私の青空」

「私の青空」は元歌はアメリカの曲で、高田渡というひとはエノケンが歌ったものをとりあげたようですが、すべての「My Blue Heaven」のなかで、高田渡のものが最もよい。

このひとが歌うと、聴いているほうには「狭いながらも 楽しい我が家」とこの男が歌っている「暖かい家庭」が多分浮浪者にしか過ぎないこの男の夢にしか過ぎないこと、自分のうらぶれた一生にもう何の希望もないこと、小さな暖かい家庭が自分にもし持てたらどんなにかよかったろう、と思う男の気持ちまで手に取るようにわかってしまう。

シャッフルされた殆どがスペイン語やフランス語の曲であるわっしのiPodのなかから突然聞こえてくる切ない声に、わっしの眼はいつも潤んでしまうのです。

El Corazon

「おぎんとこぎんという姉妹がいた」

「おぎんが姉でこぎんが妹。継母はこの姉妹が嫌いでことあるごとに辛くあたった」

おぎん、こぎん、という名前がそもそもエキゾチックであって、モニは息もつかない感じで眼をまるくして聞いています。 な、なんて綺麗な瞳でしょう。

暖かい緑色で、それ自体生き物のようで、すいこまれてしまいそうである。

け、けっこんして、えがった。

オホン。

でも話を途中ではしょって肉体的欲望に負けて、いちゃいちゃするわけにはいかむ。

国際結婚というのは途方もなく離婚率が高いのだ。

お互いの文化を熟知する努力を怠るわけにはいかないのです。

「おぎんがしくじったので継母はおぎんを橋桁にくくりつけて、そしてそのまま出かけてしまった。ところが大雨が降った。川の水かさが増えてきた」

こぎんが橋の欄干から身を乗り出して大きな声でおぎんに訊きます。

「ねえちゃん、だいじょぶ?水は、どのへんにきた?」

「腹まで」

「ねえちゃん、いま水どこまで来た?」

「乳まで」

「ねえちゃん、水、どこ?」

「アゴまで来た」

「ねえちゃん、いまは水、、どこ?」

「ねえちゃん? ねえちゃん!」

おぎんの返事は、もうなかった。

この物語は、ここで終わっておる。

モニは、怒ってます。それでは物語の体をなしておらぬ、という。

あまい。あまあーい。そーゆー考えは、連合王国人にとっては「銘菓ひよこ」の黄餡よりあまいのだ、妻よ。

麻布十番のなにわ屋の鯛焼きより甘い。

明治屋の缶詰宇治金時より、もっと甘い。

人生の現実はシブイのである。

ほんとうは全然天津産でない「天津甘栗」の渋皮よりもっとシブイ。

これは金沢版「おぎんこぎん」民話であって秋田のものとは甚だしく異なってます。

たいへんイギリス式な民話であって、わしはイギリス人のメンタリティを日本のひとに説明するときに愛用しておる。

連合王国人の先祖は金沢のひとなのではなかろうか。

わっしが生まれて初めて観た戦争映画は第二次大戦中の英国の空挺隊についてのものであった。バカなのに頭が良いとうぬぼれている参謀のせいでグライダで降下した部隊は強力な二枚のドイツ軍戦線の丁度中間に降りてしまう。

狼狽した参謀は「戻ってこい」と言い出します。

空挺部隊一大隊はなんとかして隠密裡に戻ろうとしますが、そううまくゆくわけがない。

ひとり死にふたり死にして、犬死に犬死を重ね、最後のひとりが「ダーン」撃たれて死ぬ。

はっはっは。驚くべし。この「娯楽大作」は、ここでお終い。

カタルシスがないことおびただしい。

でも現実とはかくのごときものである、友よ、というのがこの監督の立場なのすな。

連合王国人はすべからく初期設定が「おぎんこぎん」なのです。

わっしが他文化に興味をもつのは、そのせいなのではないか、と「偉大なサラディン」について一生懸命話してくれたアラブの友人を見送った後で考えました。

幻想というものが、人間には必要なのに、わっしが生まれついた文化は、それを与えてくれぬ。厳しすぎるかーちゃんみたいである。

いま、わしは、Arno Eliasの「El Corazon」


D

を聴きながらこれを書いているが、

歌詞を聴いていると、文化というのは所によって、かくも、はなはだしく異なる。

何度も述べたようにわしは「翻訳」というものが大嫌いである。ムダであって有害でよいことはなにもない。

でも、ワインを飲んで酔っぱらってきたので、たまには訳してみよっと。

訳してこうやって眺めてみると、スペインの歌って、藤圭子(宇多田ヒカルかーちゃん)の演歌と全然かわらん。

アングロサクソンには、かけらもない発想です。

スペイン語が出来るひとびとよ、間違ってたら教えてね。

まずスペイン語で、こんなふうに歌っているのだと思う。

Para que vas a olvidar

Tu tenido tanto temo

Para que vas a olvidar

Si solo quiero tu amor

Es el alma que me dice

Que me dice que te siga

Quiero dar,

Darte todo todo todo todo

tu perdon

Pero se de amar, corazon

Yo si se mi amar

Si se mi amor

Corazon, corazon

Quiero dar mi perdon

Se mi amor

Para que vas a salir

Entiendeme yo, Te amo

Y luchar por una vida que vale la pena

Eso es amor

Entiendelo mi amor

Y yo tengo perdon, yo te tengo perdon

Yo tengo mus que son

Yo te tengo amor…

Te quiero dar, todo que tu queras

Se mi amor, corason…

Se de amar

Eres mi, eres mi corason

Eres mi corazon

Yo te quiero dar amor

Etiendelo

Quiero dar mi perdon

Se mi amor…

Es el alma que me dice

Que me dice que te siga

Es el alma que me dice

Que me dice que te siga

以下は、ガメ訳である。

なぜ、わたしを忘れなければならないの?

あなたは、ただ恐れにひしがれているだけ

なぜ、わたしを忘れなければならないの?

わたしはただ愛して欲しいだけなのに

魂がわたしに告げる

あなたについてゆけ、と言う

わたしはあなたに何もかもあげたいのに

何もかも許したいのに

わたしは「愛」というものを知っている

ひとを愛する、ということがどういうことかをもう知っている

知っているのです 愛しいひとよ

わたしはあなたを初めから許している

わかっているの あなた

(それなのに)

どうして あなたは わたしから離れようとするの?

わたしを理解して欲しい

あなたを愛しています

この世に生きるに値するものがあるとすれば

それは愛以外にはないのに

わかって欲しい 愛しいひとよ

どんなことも わたしは許せるのだから どんなことでも

わたしは あらかじめ あなたを許しているのに

愛という言葉以上にあなたに惹かれる

あなたに惹きつけられる

あなたが望むものは なにもかもあなたにあげる

愛してください わたしの心のひと

わたしは愛を知っている

そして、あなたは わたしの心そのものなのです

あなたが わたしの心である

わたしの愛をうけとってください

わたしの愛をわかってください

なにもかも捧げるから

恋人になって

魂がわたしに告げる

あなたについてゆけ、という

魂がわたしに そう告げる

こうやって日本語に訳してみると、うーむ、つくづく身も蓋もない歌詞である。

ド演歌。

もしかして日本のド演歌ってスペインから来たのか?

言われてみれば「ぴんからトリオ」のおっちゃんたちのギターの持ち方ってフラメンコギターと似てるしなあ。

流行り歌

流行り歌は厳密には音楽とは言えぬ。感動が伴わなければ意味の伝達が出来ないという人間の言葉の欠点をtuneによって補おうとする試みなのであると思う。

話し言葉で「遙々来たぜ 函館へ」と言われても「あっ、そーですか」と思われてしまうが、それがでっかい鼻腔をふくらませて、あの勢いで歌われると、「おー、函館に遙々来ちゃったんですね 波ざっぱーん」な感じがするのです。

音楽というものは偉大なものである。

わっしが生まれてからいままでに聴いた流行り歌で、もっとも好きなのはMiguel Boseというひとの

「Olvidame Tu」という曲です。特にIvete Sangaloとデゥエットで歌っているバージョンが素晴らしい。

http://fr.youtube.com/watch?v=j3xzXXxrKvU&feature=related&locale=fr_FR&persist_locale=1

前奏のポニャポニャポーンは南欧趣味というものであって、ややダサイのすが、後はパーペキではないか。

出だしの、

Todas nuestras tardes son

Bajo estrellas escondidas

Luces que mi corazon se pensaria

Desnudarme como soy

Siendo asi como la arena

というところがすでに、まるで西田佐知子のようである。

カッチョイイ。

発音の上でもブラジルのスーパースターIvete Sangaloが超超セクシーな声で

Desnudarme como soy と呟くと、背中がゾワゾワしてしまう。

意味の上でも、

Olvidame tu que yo no puedo,

Dejar de quererte, por mucho que intente,

No puedo….Olvidame tu.

というところや、

Sentiremos tal vez frio, si no existe poesia,

En tus ojos, tu boca, tu sabia que es mia, mia.

というところには、英語の歌や日本語の歌が久しく失った「ストレートさ」があって、わっしは聴くたびに涙が出てきます。

日本の歌では、わっしは「悲しくてやりきれない」が良い。

わっしは、この歌を周防正行の「Sumo Do, Sumo Don’t」で初めて聴いたのでした。

この世のものとは思われないほど美しい里山(どなたか、あの撮影は何処だったか知らないでしょうか?)を横切ってローカル線列車が走ってゆき、そのバックにザ・フォーク・クルセダーズ

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B6%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AB%E3%82%BB%E3%83%80%E3%83%BC%E3%82%BA

の「悲しくてやりきれない」が流れます。

素晴らしかった。

日本の文化はカッコイイ、と思った。

しかも、その歌詞が「賢しらなことを言いたがる退屈な悪意の人たち」という西洋一般の「日本人」のイメージとはたいそう違ったのす。

胸にしみる 空の輝き

  今日も遠く眺め 涙を流す

  悲しくて 悲しくて

  とてもやりきれない

  この やるせない モヤモヤを

  誰かに 告げようか

白い雲は 流れ流れて

  今日も夢はもつれ わびしく揺れる

  悲しくて 悲しくて

  とてもやりきれない

  この 限りない 空しさの

  救いは ないだろうか

深い森の 緑に抱かれ

  今日も風の歌に しみじみ嘆く

  悲しくて 悲しくて

  とてもやりきれない

  この 燃えたぎる 苦しさは

  明日も 続くのか

このサトーハチローというひとの書いた歌詞は、まるでそのままフラメンコである。

皮肉屋に対してまるで無防備であって、しかも、そーゆー「悪い賢さ」を一瞬で蹴散らす「ストレートな情熱」がある。

これをOLVIDAME TUの、

Todas nuestras tardes son

Bajo estrellas escondidas

Luces que mi corazon se pensaria

Desnudarme como soy

Siendo asi como la arena

Que resbala en tu querer por donde pueda

Darte para retenerte

Recelar si me miras

Con tus ojos, tu boca, tu sabia que es mia, mia.

Responde a mi nombre si te lo susurran,

Arranca de todo mi piel que es tan tuya,

Que arda mi cuerpo si no estas conmigo amor.

Olvidame tu que yo no puedo,

No voy a entender amor, sin ti.

Olvidame tu que yo no puedo,

Dejar de quererte, por mucho que intente,

No puedo….Olvidame tu.

Que bonito cuando el sol, derramo sobre nosotros,

Esa luz que se apago y que se perdia.

Si tu quieres quiero yo, palpitar de otra manera,

Que nos lleve sin timon, lo que nos queda.

Sentiremos tal vez frio, si no existe poesia,

En tus ojos, tu boca, tu sabia que es mia, mia.

Y el tiempo nos pasa casi inadvertido,

Golpea con fuerza lo tuyo y lo mio,

Que pena anorarlo y dejarlo, venido amor.

Olvidame tu que yo no puedo,

No voy a entender amor, sin ti.

Olvidame tu que yo no puedo,

Dejar de quererte, por mucho que intente,

No puedo….Olvidame tu.

Olvidame tu que yo no puedo,

No voy a entender amor, sin ti.

Olvidame tu que yo no puedo,

Dejar de quererte, por mucho que intente,

No puedo….Olvidame tu.

という歌詞と並べてみると、

その共通点に驚きます。

わっしの興味が、ときどき思い出したように日本文化に帰ってきて、しばらく遊んで帰るのは、多分、こういう日本文化の意外なストレートさに理由が

あるのだと思います。

Concha Buika

Concha Buikaは今世紀最大の歌手である。

なんちて。

今世紀、まだいっぱい残ってるから、「こっそりいれれば番茶も玉露になる」といって売り出した「味の素」(ほんまでっせ。大正3年の味の素の広告である) みたいだが、でもBukaはやっぱりすごい歌手である。

男で言えばリチャード・ボナかの。

初めの歌い出しだけで涙が出てきてしまう。

シャチョーに、ボナの話をしたら「あっ、そーゆー歌手、いるよねえ。美空ひばり、とか」 と言っておった。

わっしは水原弘や西田佐知子は聴いたことがあって好きでもあるが美空ひばりは聴いたことがないので判らんが、そーなのか?

Buikaは、アフリカン・スパニッシュの代表的な歌手であって、フラメンコとJazzから出発してわしらの誰も知らないところへ辿り着きつつある。

発声法は、聴けば判る。


D

フラメンコのひとのものです。

すごい声である。

わっしはIvete Sangaloが大好き。

Quando a Chuva Passarの歌詞の意味が知りたくてポルトガル語のベンキョーをしてしまったではないか。

Nina Pastoriも好きである。

そうダサクでもいい。岡部駄作(「世界の駄っ作機」、というわしの座右の書を書いたひとです)でいいから、わしは「タマシイ」がない音楽は嫌いなのだ。

わしの尊敬するフランス人のワイン醸造家は「オーストラリアのワインは素晴らしい、ニュージーランドのワインに至っては、その上に繊細であって、非の打ちようがない。でもな、おれは、あんなものは絶対に認めない。ソウルがない、どこにソウルがあるのか。アメリカ人もオーストラリア人もニュージーランド人も「ワインの魂」というものを理解しておらぬ」とBBCで言っておったが、そう言われると悔しくても、ほんとうなのだから仕方がない。

フランスのワインやイタリア・スペインのワインには厳然としてある「理屈にあわない陰影」が、ニュージーランドのワインにはないのだす。

理詰めでワインをつくったので天罰がくだったのかもしれぬ。

ひとの声がメインの曲では、Ivete Sangaloの低音にはブラジルのひとの「声の魂」がこもっておる。 Nina Pastoriのシブイ声にも「フラメンコの魂」がこもっておる。

でもBuikaの声の魂は違うところから来るもののようです。

そんなこと、隠してもしようがない。

フラメンコには通常、黒人のダンサーは登場しません。

わしは特に人種差別だといって騒ごうとは思わん。

フラメンコというのは、日本で言えば「猿楽」のようなものであって、民族のいちばん狭くて肉薄した体感に根ざしているのす。

だからたとえば同じ白人でもアングロサクソンも、お断りなのである。

Buikaは本来あるべき空間よりも狭い部屋にうまれた。

Buikaは、その牢獄から声が聞こえてくる。

牢獄にいるのに、魂は空につながっているのす。


D

わしは思う。

BuikaのLa falsa monedaを聴いて泣かないひとなんて、この世界にいるのだろうか。

New Afro spanish generationを聴いて胸がいっぱいにならないひとがいるだろうか。

わっしはBukaを聴くと、ただもう「すげー」と思います。

「すげー」と考えて暫くボーゼンとした後に、この文化的には絞りかすみたいに見えなくもない現代世界にも新しい耕地があるのを知って、すっかり嬉しくなるのであります。

このクワッチョイイ音楽を観よ。

ロックンロール

sleepyheadさん、わっしがこの頃よく聴いている音楽はJaafar です。

なんちゃって、いきなりこれでは読んでいる人は、なんのこっちゃさっぱりわからねーではないか。

最近ブログ記事を読む人への配慮がまたいちだん足りなくなっているのではないか。

でもJaafarの新しいアルバムはたいへん良い。ロンドンのミドルイースタンたちの街のカフェでさらさらした夏の太陽にあたりながらあの強いコーヒーを飲んでいるようです。

Lathe biosas、と言う。

日本語なら、顕れずに生きよ、かのい。いまインターネットで見ると、隠れて生きよ、ちゅうんだな。エピクロスというひとは日本語で「享楽主義者」と言うが、「静楽主義者」とか「らくちん静謐主義者」というほうがほんとうは正しい。

歴史を通じて神様を信じないので有名な連合王国人がおおむね生きる指針にしてきた哲学の元を形成したひとです。

のんびりして、静かなのが好きなわっしにはJaafarのような音楽が向いておる。

Gala Evoraもよいがスペイン語が聞こえてくるようになると、ちょっと鬱陶しい。

言葉というものは、 「らくちん静謐主義者」用音楽にとっては邪魔なものです。

レイジーボーイの上でごろごろしながら禅境にひたれるとゆわれておる、わっしの発明した只管打聴にならぬではないか。

姿勢からゆったら只管打臥か。

禅境に至るためにはうつぶせのほうが、やっぱりいいのかしら。

わっしのiPodにはJaafarばかりでなくサリフ・ケイタ、Concha Buika、ラフマニノフ、

ブリジット・フォンテーヌ、アルノ・エリアス、コンテンポラリー・アラビアンっちゅうようなこのブログ記事でなんども触れた音楽が9Gくらいはいっていますが、

実は、わっしの育った国では「あたりまえじゃん」なのでブログには書いてない一群の曲もはいってます。

ロックンロール、ですがな。

ロックンロールは英語圏ではいわば「伝統芸能」なので、きみがチャールズ川あたりの大学に行ったとして、誰かが『クラッシックでいくべ」とゆっても、えー、いいとしこいてモーツアルトかよ、だっせえー、と思ってはならぬ。

ケンブリッジという小さな町のあのあたりでは、「ザ・クラシックス」と言えば、もーちろん、モータウンのことです。

わっしの大学ではロックンロールのことであった。

この曲はロックンロールで、こーゆーのはロックンロールとは言わぬ、とうるさいことをいいたがるひとは、たとえばアリス・クーパーみたいな音の作り方が正統的ロックン・ロールであって、ジョニー・ウインターはブルースだろ、というが、

ロックンロールの定義はもっと簡単で「ストレート」であること、と思う。

「引き技」というものがないのです。

くやしい、という表現でも、ちくしょう、ばかやろう、やってられねーぜ、とストレートで押しまくるのがロックンロールである。

チューンも同じ。

素晴らしいことに日本でも人気があるそうなので、みなさんも知っておられるはずである。

この頃のロックンロール・バンドでは、エバネッセンス(Evanescence)が良い。

Amy Lee 、カッチョイイ。

なにがカッチョイイかというと、「ものの感じ方」がロックなところがよい。

同じロックンローラーでもPinkの「家族の肖像」のように怒鳴りあいを繰り返したあげく別れてゆく両親に対して子供が「せめて、みかけだけでもいいから幸せな家族になりたい」

「そのためなら、わたし、なんでもする。もっと良い子になる。夜はきちんとベッドに行くし、夕食のときにミルクを間違って倒したりしないから」

っちゅうな、運転しているときに聴いたりするにはまことに危険(あの曲を涙なしに聴けるひとをみたことがない)な曲のリアリティを獲得したりは出来ていないが、

でも、いいのです。

素面のときに電話してこいよな、とか、あんたみたいなインチキ男はうんざりだわ、

とかブルース風なショーモナイ歌詞ばっかりであるが、しかしブルースとそこも同じであって、バカタレ男(ブルースの場合はたいてい女だが)への怒りが勢い余って、なんだかよくわからんが自分を抑圧しているとしか思えぬ社会への怒りのファイアーボールになっておる。

大きく言えば、これも紛れもなくシンメトリックな美しさや保たれた小さなバランスにはなんの価値をも見いださない正統的な現代文化のひとつなのです。

動画はAmy Leeの「Everybody’s Fool」

合衆国と日本というふたつの国の社会全体を覆うビョーキな「ぶりっこ」をうまく表現してる。

リフトのなかのふたりのバカ女どもが合衆国の女たちの残酷さの雰囲気をよく出しておる。


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