優雅と手続き

June 1, 2012

アメリカ合衆国の刑事裁判においては、訴訟・公判維持手続きが完全であることが求められる。
容疑者を逮捕するときの権利の告知から始まって、一連の訴追の手続きは厳格に決まっていて、少しの疎漏も許されないことになっている。
その手続きに照らして、その一段階でも定められた通りのやりかたで行われていない場合には、ミストライアル、裁判そのものが無効になって容疑者は「自由な人」として歩き去っていくことができる。
よくある例だと、検察側が被告側に提示すべき証拠を検証に十分な時間を与えて提示していなかった場合などは、すべて訴訟無効で、ただちに検察は敗北する。
「十分な時間」があっても、そもそも弁護側の「弁護プラン」におおきな変更を強いられる場合には、ただそれだけで公判そのものが棄却されることもある。

アメリカ合衆国という国のおおきな特徴は「手続き」の国であることで、社会生活上重要なことにはすべて厳密に定められた「手続き」があって、わかりきったステップであっても省略するということを許さない。
社会的にはもともとが考え方も「常識」も異なる移民が集合して出来た国だからでしょう。
ある人にとっては「わかりきったこと」でも他のエスニックグループにとってはわかりきったことではないので、そうやって万人が英語で検証できる「ステップ群」をつくってきたのだと思われる。

大学で生活したことがあるひとは知っているのではないかと考えるが、アメリカ人の教師(あるいは研究者でも)には明然とした傾向があって、初めは、「なんで、あんなド簡単なこと言ってんだ?」というような説明から始める。
そんなもん、小学生でも知ってるんちゃうか、なんちゅうアホなおっさんや、と思って油断していると、龍が天に昇る勢いで一気呵成に斬新なアイデアのところまで駆け上ってしまう。
ありっ?ありっ?と思っている間に、あっというまに置いていかれます。

これも(頭が悪くなければ)すべてゼロから手順を解説して過程を明るみに出しておくことによって「思考の形」を示そうというアメリカ手続き人風の親切心で、他人の親切で我が身の愚かさを知る、というが、そのとおりのことが学問の世界でまで起きるのは、やはり背景にはアメリカ人の「手続き主義」があるからだと思われる。

現代の世界で手続き主義が最も発達して社会のアイデンティティにまでなっているのは、そーゆーわけでアメリカ合衆国だが、この考えがもともとどこから来たかというとフランスです。
来歴は、多分、政治思想と法思想を伝わってアメリカ大陸の渡来したのだと思料される。

なんだかもともとはダサイ技術と考えて遠ざけてきた原子力の話も疲れてきたので、途中を大幅に端折ると、原子力発電所の安全を支えるおおきな思想が厳格な「手続き主義」であるのは、「点火は出来るが消火の方法はまだおもいついてない」という、考えてみるとなんとなくバカバカしい技術であるという本質にも拠っているが、この技術が発生して成熟したのがアメリカ合衆国とフランスという「ふたつの手続き主義の国」であるという文化的背景もあると思う。

誰でも知っているとおり、技術というものは科学よりも更におおきく文化に影響・制約されるもので、ある社会から生まれる技術は社会を移す鏡とゆってもよいくらい、その社会の文化の影響を受けている。
おもいついた例をそのまま挙げると、日本が初めに世界に名前を知られた「技術」は兵器で、「零式戦闘機」という軽戦闘機だったが、煩雑なのでひとつひとつの技法の説明は避けたいが、工作にチョー手間のかかる沈頭鋲、骨格の弱さ、攻撃力本位、防護装甲板の欠落、なによりも(そこまでに完成された技術であった)1000馬力級エンジンの洗練させかたの芸の細かさに較べた大出力エンジンを作るさいの手際の悪さ、というふうに並べてゆくと、まるで「日本」という文明そのものの性格を列挙しているよーである。

一方で、この戦闘機の特徴は「名人芸的な端折り」に特徴がある技術でもあって、翼のしなりへの考え方や、全体の剛性、あるいは増槽タンクの繋ぎ目などに、そーゆーことが現れている。あるいは本来は殆ど禁忌に近い「桁への穴開け」というような軽量化への詰め方も含めてもいいかもしれません。

日本の技術を眺めていて思うのは「勘」や「経験」の民族集団的な鋭さに依存した技術に特徴があることで、おおきく個人の技倆と能力に依存している。
日本の工業製品が工業製品というよりは工芸に近い精緻を感じさせる所以であると思います。

1999年9月30日に起きた東海村JCO臨界事故について日本語wikiは、こんなふうに説明している。
「JCOは燃料加工の工程において、国の管理規定に沿った正規マニュアルではなく「裏マニュアル」を運用していた。一例をあげると、原料であるウラン化合物の粉末を溶解する工程では正規マニュアルでは「溶解塔」という装置を使用するという手順だったが、裏マニュアルではステンレス製バケツを用いた手順に改変されていた。事故当日はこの裏マニュアルをも改悪した手順で作業がなされていた。具体的には、最終工程である製品の均質化作業で、臨界状態に至らないよう形状制限がなされた容器(貯塔)を使用するところを、作業の効率化を図るため、別の、背丈が低く内径の広い、冷却水のジャケットに包まれた容器(沈殿槽)に変更していた。
その結果、濃縮度18.8%の硝酸ウラニル水溶液を不当に大量に貯蔵した容器の周りにある冷却水が中性子の反射材となって溶液が臨界状態となり、中性子線等の放射線が大量に放射された。」

わしはときどき、日本という文明を維持している社会が、この事故を防ぐことは不可能だったのではないか、という奇妙な思いにとらわれることがあります。
この事件について書かれたもののなかで、いま簡単に発見できるものを見てみると、
「杜撰なのであきれた」「こんないいかげんなことがあっていいものだろうか」というような意見が多いが、わしは日本遠征中のことを思い出すと、日本の人はこういう手順をとばしたり、うまく違う手順にすり替えて作業を効率化するということに才能があった。
まっすぐ行って右に行くところを、さっ、と斜め右に行って他人よりも効率的に目的を達成する、というようなことに特技があったと思う。

うまく言えないが、そういう文化的な能力のありかたと、JOC臨界事故のように一見杜撰を極める事故とのあいだには強い関連があるのではなかろうか。
それが単なる無知を極めた杜撰にみえるのは事実を伝える角度にもともと偏向が加わっているのかもしれない。

すっとむかし日本人の友達に「最も非日本的な知性は誰だと思うか?」と訊かれて、あんまり考えもなしに「フォン・ノイマン」と答えたことがあったが、いま考えてみると、要するに漠然とそういうことを考えていたのかもしれません。

日本のひとは洋服も似合うと思うが、着物を着ているときには、自然な輝き、というか、もうこっちのほうはまったくうまく書けないが、着ているものと体や挙措とのあいだに何の疎隔もない感じがする。それは日本の外であってすらそうで、わしは秋のサンフランシスコで、いかにも古い西海岸風の広い通りの、アメリカ人たちが行き交う舗道を、なんだかこの世のものでない「気高い」という言葉を使いたくなる様子で、すっすっと歩いてゆく着物の女のひとに見とれてしまったことがある。

技術などというものは、服装どころではなく社会の文化に密着したものなので、原子力発電のような、力で自分にはわからないものをねじ伏せる武骨無理矢理で洗練とはほど遠いダッサイ技術は、日本人の典雅で軽やかな「かるみ」を旨とする技術文化と、まったく相容れないのではないか、と思う事があるのです。

我思う我

April 11, 2012

日本の原発事故あるいは原発議論を眺めていて不思議に思ったことのひとつは、自分が正しいと感じていることが「絶対に正しい」と思えるひとというのが、こんなにたくさんいるのか、ということだった。
自分では「放射性物質なんてあぶねーに決まってんじゃん」と思って、それ以上考える必要を認めない、というか、もしかすると事故が起きている福島から1万キロ離れたところで考えているので、もともと切迫感に欠けているからかもしれないが、低被曝量ならずっと放射能を浴びててもダイジョーブだ、と考えるひとがいるのか、へえええー、えっ、このひと科学者なのか、どひゃあー、という程度のことでそれ以上は興味がなかった。
だから確実とは到底言いかねるのに「いまくらいの放射能ならダイジョビだ」と言い切るひとびとをあげつらおうと言うのではない。
ちょっと異なることを言おうとしている。

「目の前に見えているものがほんとうに存在するか」というのは、人間にとってはずっと大きな問題だった。
また、ヘンなことを言う、という声が聞こえてくる。
眼前に見えているのだったら、あるに決まっているではないか。
ガメと話していると、マジで頭がおかしくなってくる。
風紀紊乱という言葉があるが、きみの場合は知性紊乱の罪、というものがあるのではなかろうか。

前にも述べたがコンスタンティヌス帝はMaxentiusとの戦いの前夜に空に燃える十字架を見たという。
Lactantiusは夢であったとゆって、

Constantine was directed in a dream to cause the heavenly sign to be delineated on the shields of his soldiers, and so to proceed to battle. He did as he had been commanded, and he marked on their shields the letter X, with a perpendicular line drawn through it and turned round thus at the top (P), being the cipher of CHRISTOS. Having this sign, his troops stood to arms.

と書いているがEusebiusは

He said that about noon, when the day was already beginning to decline, he saw with his own eyes the trophy of a cross of light in the heavens, above the sun, and bearing the inscription, CONQUER BY THIS. At this sight he himself was struck with amazement, and his whole army also, which followed him on this expedition, and witnessed the miracle. …

と述べていて、あれはほんとーはどっちなんですかとわしが一般的に信用していなかったオトナ族ながら碩学でなんでも知っていたので愛好していた自分の学校で教鞭をとるハゲに訊いたときには彼は躊躇せずに後者であるとゆった。

夢である、というLactantiusの説は、疑い深いわりに理屈さえ立てば手もなく納得する性癖がある凡庸な知性のひとびとを納得させるための虚しい合理化であっただろう、という。

その頃はただでさえ「空を駈ける巨大な黒い馬」を視たり、中空に聖母マリアの大船観音みたいなデカイ御姿が現れたり、人間はいろいろなものを視て暮らしていたのであって、いまの後知恵で集団ヒステリーであるとか、社会が停滞すると集団幻覚がなんちゃらであるとかいろいろな理屈をくっつけて安心しているが、当時のひとにとっては見たものは見たとしか言いようがない事で、ずっと後になって、それを何故みたのか詮索するひとたちが
「頭がおかしかったんちゃう」と言い出しても困るだろう。

あるいは目の前に幽霊が明然とあらわれてしまった場合、自分はどうすればよいか、ということをよく考える。
世の中には頭はたしからしいのに幽霊を明瞭にみてしまう人がたくさんいるからで、連合王国は生きている人間より幽霊の人口のほうが多いので有名だが、新しい国でも、アメリカ合衆国のゲチスバーグ、というような幽霊が皆勤なので観光の対象になっているような場所を挙げなくても、幽霊は頼んでないひとの前にも現れてしまうもののよーだった。

日本では八甲田山という場所がもっとも間違いなく幽霊に会える場所として知られていて、幽霊に会えるのはいいが、会ってサインをもらえるようなフレンドリーなひとびと、というか魂々(タマタマ、ではない。タマシイタマシイと読みます)ではないので、軍靴の音を響かせてどこまでも追いかけてくる、とか、ほんでもって余りに怖いので気絶すると意識がもどったときに、ぐるっと取り囲んで生者への嫉妬と憎悪に燃えた眼で睨んでいるという話であったので怪力と乱神は触られねば祟らないという、
出かけるのをやめたりしたものでした。

またあるいは鎌倉と逗子の市境にあった曼荼羅堂の墓地に腰掛けて名越の切り通しのほうに向いて絵を描いていると中世の武士が肩越しに後ろから覗き込んでいるという。
鎌倉は地名の由来が神武天皇がアイヌ人を五万人ここでぶち殺して「なっはっは。屍の倉じゃ」と勝ち誇った「かばくら」が語源になったという説があるくらいで、数多の争乱、死体の上に建っているような町なので、その他にも簡易裁判所から消防署にかけてあった松林のあいだを喊声をあげながら駆け回る武者や佐助の山を駆け上る武士たち、腹切りやぐらのまわりを蒼惶として歩き回る髪を乱した落ち武者、霊魂が成仏しないで徘徊する目撃談が山のようにある町だった。

目の前に幽霊に出られてしまうと科学をゆいいつ「確からしい」考えの拠り所としてきたわしとしてはたいへんに困ったことになって、眼前の自分の目では現実としか思えないことを理性では否定しなければならないことになる。

一箇月ベッドに縛り付けて拘禁しておくとたいていの人間は幻聴を聴くようになる。
通常の生活においても長いあいだ入院生活を送るひとは、次第に医師たちや看護師が自分の悪口を言うのを「聞」いたりする。

そういうことでなくても、わしも小さいときから、低いが明瞭な声で「あっ」というような声を一瞬「聴く」ことがある。
かーちゃんと一緒ならば、「いま、なにか言いましたか?」と訊くと、かーちゃんは、いいえ、なにも言いませんよ、おかしな子だこと、とゆって可笑しそうに笑う。
別にわしが気が触れているわけではなくて(というのは単に自分についての希望的確信にすぎないという可能性もあるわけだが)、注意していれば誰にもあることです。

では、もっとおおがかりに自分が毎朝起きてはいってゆく毎日の生活が、まったくの幻覚で、そばでやさしい目をしてわしを眺めて珈琲を差し出しているモニも、チョーちびな新しい家族も、「要塞じみている」とわしが自嘲する家も、くるまがひっきりなしに通ってゆく街の大通りも、向こうになだらかな柔らかい線を見せて横たわっているランギトトの島も、この世界そのものがすべて幻なのではないか、と考えれば、そういう可能性がなくもなくて、現実などは「こころごころ」であると述べた三島由紀夫が遺書の代わりに残した物語りの、悲劇のヒロインの言葉を思い起こさせる。

人間は100%正しいと信じている直覚や認識に容易に裏切られる。
科学の世界で生活する人がよく見舞われる、その裏切りが起きたときの呆気にとられるような感じは、言葉では表現しがたいものである。
上下が逆に見える眼鏡(たとえばプリズム)を装着して一箇月も生活すれば、初めは床の障碍物を乗り越えるために頭をさげて足をしたたかぶつけ、鴨居をさけるために足をあげてデコをいやというほどぶつけたりするが、すぐになれて、ひょいひょいと避けて歩けるようになる。
ところが、上下逆に見えるデバイスを外してみると、足下の箱をまたごうとして頭をひょいと下げて脛をいやというほどぶつけて、ぶち
転び、地下鉄の低いドアを避けようとして足をあげて頭をしたたか打ちつけることになる。

行った実験の意識についての直観的ないし伝統的な考えを遙かに裏切る結果によって素人科学愛好家にも人気があるBenjamin Libet
http://en.wikipedia.org/wiki/Benjamin_Libet
がBereitschaftspotential
http://en.wikipedia.org/wiki/Bereitschaftspotential
について観察したことは、実際には、われわれが意識すなわち「自己」として認識しているものが、17世紀の大陸欧州人たちが安んじて腰掛けていられる、と考えていたものとは異なる相貌をもっていることの可能性を示している。

正しさとはなにか?という古典的な問題が単に対象への判断のみならず、判断の主体である自己にさえ及んでいることを考えると、日本のある種類の科学者たちが放射性物質がどの程度健康に影響をもたらすかについて示した、「お気楽」としか言いようのない態度は、二重の意味で不思議なものであったと考えました。

本のゆくえ

February 26, 2012

かっこわるい部屋が嫌いなので、むかしから本はわしの生活の大敵だった。
数学の本ならば、(良い本であれば)それでひと夏らくにつぶれるくらい効率的だが、困ったことにわしは推理小説や怪奇小説も好きなのである。
翻訳なんて読んじゃダメよ、とあんだけブログ記事やツイッタで言ってるのだから翻訳は読まないが、と続くとわが友ナスどんなどは信じていたよーだが、それはわしのチョーえーかげんな性格のほうを忘れているからで、めんどくさいとヘーゼンと翻訳を読む。
ドイツ語のものを英語で読むくらいは自分でも許せる感じがしなくもないが、中国語を英語で読んだりする。
いけないのではないかと思うが、いけなくてもいいや、ということになっておる。

日本にいったときにはメンドクサイのでロシアの怪奇小説アンソロジーを日本語で買って読んだりしたこともある。
なんだかすごくヘンだったが、奇妙でねじけた面白さがあって病みつきになってもいいな、と思ったりした。
そーゆー極端ないいかげんさが災いして、どこにいってもおよそ「わしの家」と名がつくところには「洪水」と呼びたくなるほどの数の本が並んでいる。

わしの住んでいる家にはライブリがふたつあるが、一個はわしが寝室を改造してつくったもので本棚を自分で作って壁につくりつけた。
それ以上長いと板がクルマにはいらないという、わしっぽい理由で2.6mの高さでつくってある。板の幅は本が3列でラクショーで並べられるくらいにとってある。
棚上棚を架す、というべきか、上に本棚を継ぎ足すための木材も買ってあるが、まだ作ってはない。
いかにもライブリぽい感じの本棚ではつまらんと思って白色で塗ったら、遊びにきた妹にものすごくバカにされた。
救いを求めて日本語ツイッタで書いたら、今度はすべりひゆというむかしからのお友達に
バカにされた。
近所のおっちゃんに散歩の途中で出会ったので、本棚を白で塗ったら、バカにされた、女びとはものをはっきり言うからかなわぬ、と述べたら、頷いて聞いていたおっちゃんが「しかしライブリの本棚が白はひどいね」と、今度はしみじみとバカにされました。

悪趣味で退屈で誰にも愛されない巨大な白い本棚があるライブリは、わし専用なので、ライブリなのにベッドがおいてある。
ヘンなの、ときみは思うだろうが、どうせ白い本棚が壁一面を占めているヘンなライブリだから、ヘンでいいのです。
リムのベッドに寝転がって枕を高くして、というと日本語では違う意味になってしまうが、枕をふたつ重ねて肩を首のうしろにおいて、ずらっと並んだ本の背表紙を観ていると、なーんとなく崩れてきた石版で学者が死んだりしていたらしいくさび形文字時代の図書館のことを思い出す。
本を紙でつくる世の中になってからも落ちてきた本の角に頭をぶつけて死んだ歴史家くらいは、いそうである。

紙の本は、市場での位置、というのは、取りも直さず人間の生活のなかでの位置を変えつつある。
読書人口が減ったというが英語世界で眺めている限りでは本を買う人が減っただけで読書人口が減った、というわけでもなさそうに見えます。

日本では「大学生なら読んでおくべき本」や「ビジネスマンなら読まねばならない本」というようなベキ・ネバ本があったというが、そんな戦陣訓みたいな読み方をされる本のほうは気の毒なことであった、と思う。
本が売れなくなった理由のひとつは、「読んでおくべき本」よりも、やりたい遊び、のほうが大事であると目が覚めたせいもあるだろう。

ツイッタで、このひとはいいなあ、面白いなあ、とか、尊敬しちゃうなあ、と思う人の「フォロワー数」をみると、だいたい200くらいです。
1000くらいになると言葉使いが観客用になってきて、怪しくなる。
わしが見た範囲で言うとgameover1001などという人は、フォロワー数が1000人を越える頃から、ときどき演説をするようになって、見ていてアホみてー、と思うことがある。
一般に日本語ツイッタではフォロワーが1000を越えると言う事が「公論」になってしまって、くだらねーという感じがすることが少なくないよーだ。

世間を流通してまわって消費されているわけではない、自分の頭で丁寧につくった他人の考えを理解できるためには、その考えを以前に自前でもったことがある(考えたことがある)ひとだけであるという。
まったく自分にとっては新奇な、思いもよらなかった考え方に遭遇した場合は通常自分にとって既知のもっとも近そうな考えによって代替的に「理解」されるが、ほんとうはちっとも判ってない、というのがふつーであるよーだ。

多分すぐれた日本語の作家が書いたものを考えや情緒の原型のまま理解できているのも、そのくらいの数の読者だろう、と想像はつく。
1000、に届くのは難しいよーな気がする。

20000、というようなフォロワー数があるのは、無償でエンターテイメントを提供しているよーな人のアカウントで、たくさんのひとの公約数をめざしている点で、あるいは期せずして公約数に位置してしまっている点で、テレビのようなものであるよーにみえる。

これが英語世界になると、10万以上のフォロワー数のひとは(フォロワー数がおおきくなりやすい)実名に限らず仮名でもごろごろいるが、ツイッタの140文字制限がもたらす英語ツイッタと日本語ツイッタの性格の差のせいであろうと思われる。
本で言えばジョーク集、みたいな人が多いのね。
いまみると472万人のフォロワーがいるデミ・ムーア( https://twitter.com/#!/mrskutcher )のように、殆ど自分ひとりでE!チャンネル
http://au.eonline.com/

をやっているよーな人もいます。

考えてみると本もツイッタも情報量や情報を切り取るやりかたが違うだけで、本質において同じようなものだ、とみることも出来るだろーか。
iBooksのようなソフトウエアが出て、仮想的に、むかしの言い方で言うデスクトップパブリッシングが誰にでも簡単にやれるようになったので、発行部数300くらいを目指すような不思議な出版世界があらわれてくるかもしれません。
実際ツイッタで知り合ったビオトープガーデンの泉さんは、iBooksを見てすぐ考えたことは「テキストブックをどんどん作ろうということだった」とゆっておった。

英語世界ではインターネットの接続が高速化したばかりで、グーグルがインデックスサイトとして地歩を固めた当初は紙出版人は「雑誌はダメだが単行本はなんとか生き延びそうだ」と言い合った。
しかし、そう言っていられたのは2000年から数えてせいぜい10年であって、去年マンハッタンのパーティであった出版人のおっちゃんは、「飛び出す絵本」
http://playonwords.com/blog/2010/06/06/super-pop-up-picture-book-of-peter-pan/

で一発あてるしかねーな、とやけくそなジョーダンを言う。
投資家向けの期末報告を動画ですませる会社が多くなった。
動画とは別に文書もついてはくるが、数字も含めて動画を見ればすむようにしている会社のほうが優秀な会社が多いように見える。
一般向けの経済レポートのようなものでも動画のほうが普通になってきた。
http://www.imd.org/research/publications/wcy/World-Competitiveness-Yearbook-Results/#/wcy-2010-rankings/

第一の理由は現代の生活は忙しすぎて時間の絶対量が足りないからで、いちどきに大量の情報を送るとなると動画のほうが活字よりも単位時間の情報量が絶対的に多い。
第二は英語の普及。
大量の情報の翻訳、という手間がなくなった。

ツイッタでも、ちっとだけ述べたが、たとえば「日本の歴史についてベンキョーしてみるべ」と思っても、本を買う、という人は少なくなった。
概説にあたるところは、動画のほうが判りやすいし二時間もあればたいていのことは概観できるので、DVDのほうが簡単です。
福島第一原子力発電所事故の経過についてお温習いしようと考えたわしは、広島に落とされた原爆についてもお温習いしておくべ、と考えた。
本はメンドクサイのでBBCかなんかでドキュメンタリがあるべ、と思ってさがしたらやっぱりありました。

http://www.amazon.com/BBC-History-World-War-Hiroshima/dp/B000F4RH8Y

DVDだと12ドル(960円)なのでたっけええー、と思うかも知れないが、この右下をよく見るとアマゾンのプライムストリーミングで見ると、タダであるのが判る。
肥田医師や絹子ラスキー、エノラゲイ機長のポール・ティベッツもインタビューされて出てくる、このドキュメンタリがあまりに面白かったので、「ヒロシマ」というブログ記事を書いてしまったが
http://gamayauber1001.wordpress.com/2012/01/25/ヒロシマ/

比較的質の高い情報がコンパクトな時間(2時間)で、ジムで運動しながら、ケチンボなわしにとって重要なことにはしかも無料で手に入る、ということにあらためてカンドーしてしまった。

オモロイと思うのは、むかしから「陰謀説」というのは人気があって「JFK暗殺の謎」のようなものは60年代から無数にあるが、この分野はほとんどそのまま動画に引っ越してしまった。
あるいは本にたくさんのオカネを払う習慣がないひとたちに「陰謀説」は支持される傾向があるのかもしれません。

紙本の行く末が儚くなりそーなもうひとつの理由はコストで、
もうだいぶん長くなってしまったので、いちいち例を挙げることはしないが、ちょっと読者数が少ない分野の本になると、日本では2500円くらいの本がキンドルでは800円くらいである。
自分の購買行動を考えても、最近、紙で買うのは詩集を別にすればデジタルではまだ商売にならないらしいオベンキョーの本ばかりで、いまこれを書いているときに最も最近読んだ本というと今日の朝読んだ Nassim Nicholas Taleb のThe Black Swanだが(^^)
いまみると、わしが読んだキンドル版は800円だが、Audio CD 2900 円 Hardcover1500 円で、日本語版は3780円です。

紙の本はなくなりはしないが、どんどん特殊な存在になってゆくだろう。
自分のことを考えると、わしは詩集は紙の本のほうが好きなよーだ。
あとは、のおおおおんびり読みたい本、ホメロスやプルタルコスやカエサルの書いたものは、紙のほうが気分がよろしい。
庭の木陰にでかけていって、太陽に照らされて一面輝くばかりの芝(ちょっと伸びすぎてはいるが)を見やりながら、盾を二列に並べて、そのあいだに身を潜ませながら両側から襲ってくるゲルマン人たちと激闘する古代ローマ兵たちの物語を読むには、どうしても紙のほうが良いようだ。
書籍がデジタル化されるにつれて紙の本はますます値上がりしていくだろうが、ジジイになる頃には、ぬわあに、羊皮紙に較べりゃ安いもんだぜ、と痩せ我慢をして、一冊6万円とかの本を、不機嫌を極める顔でチェックアウトの店員に差し出しているかもしれない。
そのときには、本がまたむかしの「モノとしての本」の伝統を取り戻して、息をのむような美しい革装に、ペーパーナイフでいちまいいちまい新しいページを切り開いてゆく、えもいわれない紙の良い匂いがするあの一瞬を再現してくれればいいなあ、と思うだけです。

飛行機が飛ばなくなる日は必ず来る。
石油がなくなるから飛ばなくなるのだが、その日でも燃料は空港のタンクにちゃんとあるだろう。

…なぞなぞみたいですのい。

管制官の給料がでなくなれば、飛行機は飛ばない。
パスポートコントロールの係官がいなくなれば国際線は飛ばしても意味がなくなってしまう。
あるいは航空会社が離着陸料を払えなくなる。

燃料に使う石油が枯渇するまえに飛行機は飛ばなくなるが、理由はだいたい、そんなことだろう。

福島第一原子力発電所事故のあとの議論を眺めながら考えたのは、人間は未来のことを考えるのが途方もなく下手である、ということだった。

80年前に農場主が「土壌」というのと2012年の農場主が「土壌」というのでは、同じ言葉を使っているが違うものをさしている。
たとえて言えば「スポンジ」かなあ、と言う。
滋養もなにもない土、使いつくして大地の滋味を搾り取りつくした以前には土壌だったなにか。

窒素・リン酸・カリウム、と言う。
カルシウムもマグネシウムも必要だろう。
問題は、というか、ここで考えようとしているのは有機無機を問わずこの肥料が野菜なり穀物なりの食料になるためには、大量の石油を消費していることで、そのうちには石油のお題にしたチョー退屈な記事を書くだろうが、印象として現代の農業は石油化学工業である。

石油はエネルギーとしてよりも、人間の現代文明の支配的な要素として重大な意味をもっている。
ちょっと調べてみれば判るが、石油が(枯渇ではなく)足りなくなると、人間の生活などあっというまに停止してしまう。

産地でつくられた野菜は畑につみあげられてただ腐ってゆき、70年代にそれで日本社会がパニックに陥ったようにトイレットペーパーはスーパーマーケットの棚から消えてしまう。

石油の価格が倍になるくらいでも、生活は不安定になるのだから、これから予想される5倍、10倍、というようなフェーズでは、どういうことになるか、わしみたいにチョー暢気な人間にも予想がつく。

原子力が石油の代替として求められる頃には、石油の原価が高くなりすぎていて、いまの現代社会はそもそも成り立たなくなっているのでエネルギーだけが代替されても無意味なのである。

トーダイおじさんのひとりはむかしむかし20代の係長として鉱業課という部署にいた。
経産省。
若かりし頃のおっちゃんがいた頃は通産省とゆった。
石油の備蓄をやれと言われて石油のベンキョーをしたら、どう考えても備蓄タンクなんかでどうにかなる不足量ではないので、「将来世界的に原油が不足する」というレポートを出したら上司に怒られた。
石油なんてものはな、探せばあるんだ、バカ、そんなことは堯舜の世から定まっておる、とゆわれたそーです。

ふりかえってみると、その頃はほんとうだったんだよねえー、とトーダイおっちゃんはいまは薄くなった髪の毛をいとおしそうに掌でなでつけながら言う。
でも、いまは、ほらこれだから、と鉛筆で描いてみせたのは、わしら全員が頭を悩ませている、件の曲線です。

http://coachingtohappiness.com/wp-content/uploads/2010/09/world-population-graph.jpg

去年、日本語ツイッタを見ていたら、「人口は食料が減れば減少に向かうんだから、食糧危機なんか起こるわけがない。食糧危機なんか考えるバカの気が知れない」と書いている「日本的秀才」のパチモンのようなひとがいてRTつきまくりでうけていたが、ちょうどその頃日本でも何度も繰り返し報道されているソマリアという一国だけで一日2500人が餓死している現実
http://www.asahi.com/international/update/0729/TKY201107290690.html
を、こうもあっさりと無視できる鈍感さというものはたいしたものである、と思う。

実際、人口増加曲線も2050年くらいを境にS字曲線に形を変えてゆくのでなければならないが、グラフがようやく単調な増加からフラットなplateauになる頃にはだいたい90億人から95億人くらいのところにある計算で、毎日大量の餓死者を出しているアフリカ諸国からお腹が空いてもいないのにホールチキンをレストランで頼んで、ほぼまるごとゴミにしてしまうティーンエージャーがおおぜいいるアメリカまで、いまの世界の貧富のバラエティの、そのままの構成で2050年も暮らしていると仮定すると、実は地球がまるまるもう一個あっても資源が足りない。

plateauという言葉を使ったので思い出したが、いま(2012年)のような世界の状態を英語ではbumpy plateauちゅうような呼び方をするひともいる。
どういう表現かというと、原油が1バレル200ドルになると買い手が減るので100ドルに下がる。
あるいは相場によっては100ドルをさえ下回る。
原油の価格が上がれば製品の価格があがり、それでは商売にならないので、製造が中止されて、市場が冷たくなり、需要が減って原油が売れなくなる。
そうすると原油価格がさがる。
しかし、いまの石油依存症とでもいうべき世界の骨格が形成された、というのは個人の側から言い直すと、平均よりもやや高いくらいの年収があれば人間らしい生活が出来る世界が形成された頃のWTI価格は、そもそも1バレル3ドル近辺だった。
それが1973年に1バレル5ドル超に引き上げられて世界は大パニックに陥り、1974年に11.65ドルに上がることによって産業と社会の構造そのものが変化を強いられることになった。
日本が、この時期の「新しい、石油が高い社会」に適応できたゆいいつの国だったために空前の繁栄を遂げたのは(当の国の国民なのだから、あたりまえだが)日本でもよく知られていると思います。

しかし、その当時は、「原油が(1バレル)500ドルになる」という見通しはなかった。

ここであんまりくだくだしく述べる気はしないが、石油にはおおざっぱに言って「エネルギー、工業製品の原料、食料生産」の3つの大きな現代人の生活への寄与がある。
ここでいう工業製品はぼんやり考えるより、広がりが大きくて乗用車用のタイヤ一個で30リットル内外の石油を消費する「石油おばけ」みたいなタイヤのような製品から建材まで多岐に渉っている。

エネルギーは、ときどきぶっとんじっても放射能くらいダイジョーブだ、ということに無理矢理いいくるめることにして原子力でもなんでもかまわない、なんとか代替の方法を探すとして、もっとも困るのは多分食料で、値段がいまの5倍程度になっただけでも先進国ですら困窮するひとが続出するだろう。

ロンドンにいるときは自分でスーパーマーケットに行ったりしないので判らないが、かーちゃんと一緒に買い物に行く楽しみがあったニュージーランドでは、スーパーで買い物をするというのがよほど嬉しかったのであろう、ガキなのに価格をおぼえているものがある。
わしがガキンチョの頃(80年代)のニュージーランドでは缶入りのツナ(キハダマグロ)はチョー安い食べ物で確か高級品のトライデントのやつで3個で2ドル(130円)だったと記憶するが、いまは一個で3ドル(200円)もする。
つまり5倍もするので、ニュージーランドのインフレーションが3%前後で推移しているのを考えると、一個70円以下でなければならないが、これは石油だけでなくもうひとつの資源キハダマグロそのものが激減・高騰したからで、食料については、チョーあたりまえだが、われわれが依存している石油という資源とは別に大型魚類に典型的なように食料資源それ自体の減少は石油よりもさらに数層倍はやい、という問題があります。

ここまで書いてきた憂鬱な問題、しかし、もうすぐ到来すると判っている問題を考えると、気分のもちようによっては、いっそ小惑星がぶつかるなり、温暖化が昂進して蒸し焼きになるなり、あるいはゴジラが大量発生して世界中廃墟になるなりして無茶苦茶なカタストロフがやってきたほうがマシであると思うひとがいそうであって、現実にすぐそこで待ち構えているものは、あっさり人間を破滅させてくれるような慈悲深い破滅ではなくて、ひとりひとりが過酷なサバイバルを強いられる世界なのであると思われる。

具体的には石油がゼロになるのではなくて、ガソリン1リットルが1000円になる、というような破滅の訪れ方で、白菜ひと束が3000円(これは実際70年代の終わりに日本で起きたことがあるそーだ)、パンが一斤で4000円、というふうになっていって、ひとりひとりの家計をしめあげてゆく。
そうやってbumpy plateauをだんだん荒っぽくなる価格の上下を繰り返しながら、経済的な大破局が2050年までのどこかで起きるだろう、とたとえば中国人たちは「当然だ」と思っているので、2002年には隠れ蓑をつくってニュージーランドでも農場を買い漁り、つい昨日、判決が出て合計8000ヘクタールの農場の売買契約が差し止めになり、それでも、
「われわれは必ず戻ってきて農場を買い占めるだろう」という声明をだしたりしているのは、要するに中国人が古代からの得意技で未来への想像力に基づいて今日の行動を決定する才能に恵まれているからである。

そのまま世界が破滅する、と言うひともいるが、わしはそう考えたことはない。
人間はカシコイので、また技術的なブレークスルーを繰り返していまの石油依存症文明とは別種の安定的な文明をつくりだすに決まっておる。
こういうと「出典がないじゃないか」「それが事実だと示す教科書はどこにあるんだ」というひとがいっぱいいるところが日本語はメンドクサイが、出典は、ですね、
2万年前の一枚の剥離石器で、その前、50万年にわたってオオボケをこいたまま、木の実を拾ったり、木の枝でつくった銛でサカナを突っついて逃げられたりしていてバカまるだしだった同じ現生人類が、突然、陸続と効率的な食料の獲得方法を発明しだしたのは、温暖気候依存症でオオボケをこいていたある年まったく雨が降らなくなって地表が乾きまくり、あまつさえ移動していった先で気温が無茶苦茶に下がりだして氷が地表を覆ったからだった。
そのとき、絶体絶命の危機に陥った人間たちは、それ以前の50万年をあわせたよりも、数千倍の速度でリープする技術文明の爆発的進歩をなしとげた。

われわれが、いま、舵がこわれた船の乗客のようにして突き進んでいるのは、人間を絶滅させる大破滅ではなくて、だから、次の安定的な文明が確立されるまでの繰り返し起こるはずの過渡期の混乱で、そこには貧しい者達の暴力的蜂起があり、残り少ない資源をめぐっての古くさい領土奪取型の戦争があり、時計の針を巻き戻したような強者の、弱者への、厚顔な、理屈などなにもない支配がある。

ツイッタでキャンプ場のクマの話をしたら、わしが古い友達のすべりひゆが「やだなあー」と書いていたが、そのとおり、「やだなあー」な文明の時期に、多分、もう、2025年くらいからはいってゆくのだと思います。

ジャクニクキョーショクに戻っちゃうんだって。
やだなあー。

ヒロシマ

January 25, 2012

2005 年に製作されたBBCの「ヒロシマ」
http://en.wikipedia.org/wiki/Hiroshima:_BBC_History_of_World_War_II
は、恐ろしい番組だった。
描写がリアルすぎて、夢に出てきそうです。
なかでも、一家がそろって朝食を食べているときに原爆が爆発して家が瓦礫と化してしまう家族の話は、爆風で両親が家屋の外に吹き飛ばされ、子供だけが崩壊した家の下敷きに
なってしまう。
意識をとりもどして家屋のほうへ這い戻った母親に瓦礫の下の子供が「おかあさん、助けて、はやく助けて」と叫ぶ。
母親は瓦礫をどけようと必死になるが炎があたり一面から襲ってくる。
「息が出来ない。おかあさん、熱い。はやく出して。おかあさん 足が痛い」
「おかあさん、足が燃えてる 足が燃えてる。熱い。助けて、行かないで、おかあさん、行かないで。足が痛い」
結局、母親は、あきらめて、炎のなかを、昏倒した夫をひきずって川へ逃げてゆく。
どうして一緒に焼け死んであげられなかったのだろうという悔恨のなかで戦後の長い時間を生きてゆきます。

書いてしまうと、怖さがぬけおちてしまうが、わしはこんなに恐ろしいドキュメンタリを初めてみました。

戦後カナダ人の配偶者をもったせいでカナダに移住し、被爆者健康手帳をもらうために訪問した日本で海外に在住するヒロシマ被爆者にはがんとして手当を払おうとしない日本政府の冷淡な態度に衝撃を受けて、人前で話をすることに最後まで抵抗を感じながらそれでも「ヒロシマ」を講演しつづけた絹子ラスキーや、急病の子供の往診で夜中に揺り起こされて爆心地から6キロ離れた村まででかけていたせいで助かった、福島第一事故後ヒロシマを経験した医師として発言している肥田舜太郞も証言者として出てきます。

この番組のなかで最も恐ろしいシーンは、多分、海軍の艦船でおおぜいの若い士官たちと談笑しながら食事を摂っていた合衆国大統領ハリー・トルーマンが「ヒロシマ原爆投下成功」の電報をうけとって、「諸君、広島は一瞬で破壊された」と立ち上がって読み上げると、部屋いっぱいの若い士官たちが歓声を挙げ、抱き合って喜びあうところで、36万人の広島市人口のうち14万人を殺したウラニウム235の爆発とそれが引き起こした殺戮の報告を聞いて、みなが底抜けの歓喜に包まれてしまう。

集団的サディズムはそれによって引き起こされたより大きな集団的サディズムによって復讐される、というのは、歴史の常識であって、それをよく知っていたから、ローマ人たちは、完膚無きまでに破壊したカルタゴの瓦礫をどけて更地にして、その上に耕作ができないように大量の塩をまいて、カルタゴ人がどんなにあがいても復讐できないようにした。

トルーマンと若い海軍士官たちが「サディスト集団」日本人の大殺戮の成功を祝っているころ、16歳の志願看護婦絹子ラスキーは、動かなくなった下半身をひきずって、匍匐して病院の階段にたどりつく、そこで幸運にも知り合いの医師の手術で体中に埋め込まれてしまった大小のガラスの破片を取り除いてもらうと、立ち上がれない身体のまま這って(とすら言えない腕でにじりすすむやりかたで)駅へ行く。
そこで「隣の駅からでなければ電車は出ない」と聞かされると、この驚くべきひとは、数キロ離れた次の駅まで線路上を腕だけで匍匐していきます。
「ときどき気絶してしまうんです」と絹子ラスキーは言っている。
意識が戻って空をみると、青い明るい空が見えたり、真っ暗な空が見えたり、そのときどきで違う空が見えた。
何度も気絶しながら、線路のあいだをはって、隣の駅まで行きました。

そうやって這いながら、絹子ラスキーは親の家にたどりつく。
6ヶ月、病床につくが、両親の必死の看病で、恢復していきます。

原爆を投下したエノラ・ゲイの機長Paul Tibbets
http://en.wikipedia.org/wiki/Paul_Tibbets
は、大佐でありながらこの重大なミッションを自分の手で行うべく機長として飛ぶことを志願した。
死ぬまで自分が命令を遂行したことによって、たくさんの日本人とアメリカ人の生命を救ったことに誇りをもっていました。
原爆投下の決定をくだしたスタッフルームの最後の生き残りだった中尉も、「ヒロシマの責任は最終通告をうけいれなかった日本人にある」と明快に述べている。
日本では違うニュアンスになっているのにわしは気が付いたが、アメリカ側では、アメリカの最後通告が日本軍の解体を条件にして日本全体の解体を述べていなかったことをもって、「アメリカが日本側の勇戦で瓦解寸前になり弱気になっている」と誤解した傲慢に原爆投下の直接の責任を求めるのが普通の解釈になっている。

だから、やむをえず、原爆を投下した。

このBBCの番組のなかで、この見解に異議を唱えるのは肥田舜太郞医師ただひとりで、柔和な眼で微笑しながら、「アメリカは人体実験のために原爆を落としたんです。われわれには戦闘能力などもうないのは明らかだったことをアメリカは知っていたはずです。アメリカは原爆が人体に対して放射性物質がどういう影響をもつか、どうしても知りたかった。だから、広島に爆弾を落としたんですよ」と臆することなく述べている。

いま日本語wikiを見ると、
「広島に検査だけして治療はしない病院(原爆傷害調査委員会:ABCC)がつくられるとの噂から、依頼を受けて、治療もするようにと厚生大臣や連合国軍総司令部と交渉。結局断られ、理不尽な占領軍の傲慢さに憤って、アメリカの無法と闘うため占領権力に真正面から立ち向っていた日本共産党に入ろう、と決心し入党した」
と書いてあります。

若い医師だった肥田舜太郞は、村からキノコ雲を見て広島市内に自転車で急ぐ途中、
「真っ黒焦げに炭化した人間の形をしたもの」が自分に向かって歩いてくるのを目撃した瞬間から、66年という長い時間を放射線被害と格闘する人生を生きてきたことになる。

記録フィルムのなかで、もうひとつ示唆的なのは、関係する人間がみな緊張に包まれて、しかも離陸滑走中の爆発をおそれて飛行中の空中で最終組み立てを行うという慎重さで行われた緊迫した広島への原爆投下に較べて長崎への投下は緊張感がなくなっていたことが判ることで、プルトニウム239爆弾である「ファットマン」に、みなが笑いながら日本人に対する落書をするところがフィルムに残っている。
京都や東京に原爆を落としていって、日本全体を更地にするのだろう、と憶測していた爆撃隊員たちの、原爆投下が早くもルーティン化した、やや気楽な気持ちが見てとれる。
長崎の原爆投下は実は失敗で、目標から3キロも外れたところに投下してしまうが、この失敗の理由には伝えられる天候だけが理由ではなくて、他の理由もありそうです。

実は、わしは広島や長崎の原爆投下に興味をもったことはなかった。
理由というようなことはなくて、なんとなく、興味をひかれたことがなかっただけです。
iTunesで、なんかオモロソーなテレビ番組をダウンロードしてみてみるべと考えて、あんまり面白そうなものがないので、前後編にわかれたこのビデオをダウンロードしただけでした。

しかし、一度見始めると最後まで釘付けになってしまった。
いまさらなにを、といわれるだろうが、核分裂の力を解放してしまったときの破壊力のすさまじさは人間の感覚が想像する「破壊」というものの概念を遙かに越えている。

爆発の半径500メートルでは、あるひとは階段に影だけを残して肉体の全組織が蒸発してしまい。
ほとんどのひとは一瞬で炭化して人間の形をした炭になってしまう。
丘陵を隔てた6キロ離れた村にいた肥田医師も、爆風で家の反対側まで吹き飛ばされた、と証言しています。

よく知られているように、広島に落とされた原子爆弾は、50キログラムのウラニウム235を使った原始的なもので、いま世界中にばらまかれつつある核兵器とは世代も破壊力も桁が異なっている。

もっと切迫した問題である福島第一原子力発電所の事故と向き合っている日本のひとびととは違って、英語世界では、フクシマへの日本政府と日本社会の反応がもたらしたふたつの事柄への危惧が小さなサークルのなかでひそひそと話し合われている。
ひとつは、「日本人が事故後もたいしたことがなかった、と言っているのだから、原子力をこれまでと同じにチョー危険であると見なすのはやめて、汚くないエネルギーとしてもっと推進したらどうか」というひとびとが力をもちつつあることであり、もうひとつは、更に深刻で、日本人がつくった「放射線被曝の新基準」が仮に認められるとすると核兵器使用の心理的な障壁がなくなって、タブーではなくなってしまう。
いままでは核兵器を使用することは、そのまま(放射線被曝の二次被害によって)人類の終わりと意識されていたのが、そうでもないのだということになると核兵器を使用する大統領なら大統領の個人の決心の閾値が低くなってしまう。
ただの破壊力のおおきな通常兵器だというように意識されてしまえば、少なくとも局地的な核兵器の使用は実際に頻発してゆくかもしれません。

もともと核分裂反応による発電は技術として筋がわるいのは常識なので、1番目の危惧は、たいしたインパクトをもてずに終わりそうだが、2番目のほうは、結局は人類全体を滅ぼすことになるかもしれない。
地球上の核兵器管理全体が歴史上はじめて、というレベルで緩くなってしまっている現状では、もう案外と切迫した問題になってしまっているのかもしれません。

ちょうど、(特に増殖炉において)きわめて原子力発電の現状が危険な状態であるのを知りながら、それを放置していた自分達の「慣れ」による無責任が、今度は核兵器において追究されることになるのだろうか。

考えると、ユーウツな気分になります。

あすこそ仏滅

November 7, 2011

食料自給、というような話のもっともマヌケなところは、カロリーで話をするにしろ収穫量で話すにしろ、そもそもいま自分達が食べているものが「食料」なのかどーかということがほんとうは曖昧なところである、と思う。
また、きみはヘンなことをいう。
前から、頭がおかしいと思ってました。
やっぱり…

しかし、基本的なお温習いをしてみると、たとえばマクドナルドのチキンナゲットは半分以上がとうもろこしで出来ている。(註)
http://www.alnyethelawyerguy.com/al_nye_the_lawyer_guy/2007/03/so_what_really_.html

DNA解析をしたものを見ると、ケチャップにも、コカコーラにも、100%オレンジジュースにも、全粒粉パンにも、なんでんかんでんとうもろこしがはいっているのであって、なぜそんなにもろこしこぞりてになるのかというと、最近になって登場した特殊なトウモロコシが安いからです。
日本のひとが、よくアメリカとかでぶっくらこいている無茶苦茶に安い食べ物は、そうやって出来上がる。
ひどいじゃんって?
だって、ふつーに考えて、まともな食べ物があんな値段のわけねーじゃん。
夢をみてはいけません。
夢をみるのは寝ているときだけにしな、と梅宮辰夫扮する日活な殺し屋は言うのだった。

現代の農業では1エーカー(1230坪)から200ブッシェル(5トン)のとうもろこしが出来る。とゆーことは、小さな農場でも一年に500トンのトウモロコシを出荷するということになります。
アメリカの田舎に行って興味をもったひとは知っているかもしれないが、しかし、このトウモロコシはそのまま食べられるわけではない。
まずくて食えねっす。
そーゆー目的で合成されたとうもろこしではないのね。
たとえば、これを酸やなんかで化学処理してコーンスターチにする。
シロップにする。
無茶苦茶甘いだけで人間が「甘味」と感じられるタイプの甘みではないが、いろいろな添加物をこれでもかこれでもかと混ぜると、結果としては砂糖風な甘みになる。
いわゆる「清涼」飲料水にごちゃまんとはいっているのはこれでごんす。

あるいは、これを牛さんに食べてもらう。
えっ? だって牛はとうもろこし食べないでしょう?
草とかほーしゃのーで有名になった稲藁とか食べてるんじゃねーの?
ときみは言うであろう。
ピンポーン、なんだけどね。
でも無理矢理食べさせれば食べるのよ。
ほら、狂牛病のときは牛骨粉、なんちゃって、共食いまでさせたやん。
無理からに迫れば、なんでも食べます。
ただ、トウモロコシを食べさせると牛は胃のビョーキになって、あっというまに死んでしまうので、お薬をドラム缶で餌のなかにぶちまけながら、とうもろこしを食べてもらう。

わしはグラスフェッドとゆって、草の匂いがする、一口食べると牧場が忽然と口蓋のなかに出現するようなステーキが好きだが、日本のひとは、観察していると、これを激しく嫌います。
グレインフェッドの方が好きである。
あんまり「肉のにおい」がしないやつね。
吉野屋で使っているアメリカ牛肉とかが、そーです。
あれは、牛の身体を使ってとうもろこしを牛肉に変換したものだとみることができるよーだ。
草のにおいがしない、品の良いお味。
でも、あの牛肉になる、ビョーキを牛にしたよーな気の毒な牛さんが、自分達の糞尿の泥沼にたっているところを見ると、結構ゲロゲロだぜ。
死んでも牛丼なんかくわん、と思ってしまう。
レストランのメニューの「グレインフェッド」を、ごしごし消して「コーンフェッド」と書き直したくなります。

基本的なお温習いは、そんなところでいいわけだが、ここで問題なのは、この「食料の王様」というか、いまの食料供給をおおもとのところで支えているのが遺伝子組み換えによるとうもろこしであることで、だから1エーカーで200ブッシェルも穫れんのね、あれは。

えっ?
遺伝子なんか組み替えちゃって、ダイジョーブなのか?
と君は言うであろう。
わかんねーよ、そんなこと。
でもまだ頭からとうもろこしが生えてきちゃったりした人は見たことがないから、そうそう過激な影響はないものだと思われる。
早死にくらいはするかもしれないが。

でも遺伝子組み換え作物て、実態を知れば、食料、というイメージではありませんのい。
ハイテク工業製品です。
いまの人間活動のカロリー源ちゅうか食べ物が工業製品だというのは示唆的である。
ソイレントグリーン、なのかしら。
似てるよね。
話の本質が。

そーゆーわけで、「食料自給率」とゆーよーな、食べ物がまだふつーの栽培によっていた頃の陳腐化した概念なんかもちだしたって、なんの話をしたことにもならないんだす。
意味ないのよ。
そんなの。

では、「食の安全をわれらに!」なんちゃって、がんばればよいかとゆーと、
そーわ、いかのしおから。
70億人もいるんだから。人間て。
明日から、どうやって食えばいーのだ。
そーか、遺伝子組み換えを禁じると明日からコカコーラが一本300円になって困るな、とかゆってる場合ではありません。
それよかビンボ人は食えなくて死んでしまう。

(註)ツイッタにも書いたが、いちばん初めに書いてあった「100%ビーフパテ」の話はちゃんと書いていると超大論文になってしまう、そのうえ初出は他の産業の肉の割合とハンバーガーの着色料・合成アミノ酸・MSG・香料の話とも混同しておった。間違えちった。ややこしい話なので、有名なチキンナゲットのほうに代えて書き直してある。パテは、そのうちに(食肉産業について書くときに)書きなおそうと思います。パブリッシュした瞬間に転載してくれたらしいtumblrから来てくれた人たちごめんね。すまんすまん。

大陸欧州では「水を買う」のは、ふつーのことです。
街をふらふら歩いている時でも、ちょっとバールによって水を買う。
別にバールでなくても、どこにでもここにでも水は売られている。
わしはシュワシュワな発泡水が好きなので、イタリアならば「(アクア)フリザンテ」
スペインならば「アグアコンガス」とゆって水を買う。
おフランスなら、ウガズーズ、ですのい。
レストランではシュワシュワでないほうを頼む事が多いが、これは、たいていのレストランでは定食についてくる水が発泡水は300ミリリットルなのに、発泡しないほうは1リットルである、という、わしに固有な吝嗇によっている。

水道の水もコンジョがあれば飲めるところもあるが、水を飲むくらいで根性を発揮していると根性が腸内で爆発して下痢をしたりしてしまうので、やっぱりふつーは瓶にはいっている水を飲む。

オーストラリアでは政府から援助を受けた研究者たちが、マジメに人間をまとめてカナダに移転させる研究をしている。5人、とかではなくて、一千万人、です。
水が足りなくなりそー、だからですね。
もともとオーストラリアに住んでいるアボリジニのひとびとは欧州人よりは賢いので、「水に従って生きる」ことを知っていた。
神秘的な水を探す能力、というようなこともあるが、オーストラリアという大陸は図体はでかくても、そんなに人は住めないのだ、と熟知していました。
水がないから、です。

実際、オーストラリアにいると、あのでっかい陸のかたまりの、ほおおおーんのへりっこのところだけに人間が住めるのは、コアラより鈍感な人でも判る。
ちょっと中にゆくと、乾いて、まっ赤ですけん。
ずっとずっとずっと赤い砂漠で、ニュージーランドからシンガポールにでかけるときなど、赤い砂漠がみえはじめて「おっ、オーストラリアだ、寝るべ寝るべ」と思って、ぐーぐーと寝て、いやあ、よく寝たなあ、二日分くらい寝ちった、と思って窓のブラインドを開けて見ると、まだ赤い砂漠が続いている。
うーむ、火星みたいなやつ、とおもわずつぶやいてしまう。

中国人友達によると、中国は水不足はもっとひどい、という。
それに川の水とか汚染されてんだよ、と朗らかな調子で述べます。
魚とか、よくあんなところで生きてるのいるよ。
ほとんど死んでるけどね。
なかにはガッツで生きているのもいるの。
どんな環境でも根性があれば生きていける。
見習わなくっちゃ、と思うね。

National Geographicの「水特集号」なんかを読むと、水に関しては、世界は、もう滅茶苦茶、という言葉がぴったりで、荒野化が進んで何マイルも甕をもって水を運びに行くアフリカの主婦たちや、遙々コロラドリバーからポンプでくみあげた水をひっぱって必死に水不足との戦いを繰り広げる町全体が禿げ山ちゅうかハゲ町なカリフォルニアのサルトンシティ、読んでいるともうすぐ「米」ちゅうような大量に水を使う作物は禁止にせんといかんくなるんちゃうか、と思うことがある。
そーゆえばカリフォルニアでは90年代には、そーゆー議論があったはずです。
どーなったんだろう?

オーストラリアのクイーンズランドでは、大干魃と洪水が交代でやってくるというオモロイ気候が続いている。
家の改造ということになると、まことに不熱心で親戚中から「なまけもの亭主」と非難されている大叔父のメルボルンの家でさえ、ついに天水タンクを装備してます。

件のトーダイおじさんたちのひとりの持論は「将来、ちゅーごくのひとは水を求めて日本に大挙して押し寄せるであろう。そのときこそ、日本は移民の国として生まれ変わるのだ」であって、酔っ払うたんびにゆっているが、案外、それもほんとうなのかもしれません。

食料と水だけでも立派にフィナールの音楽がなりひびいておるのに、その上にエネルギーだという。
わしはずっとフクシマダイイチの事故に興味があったので、クルードオイルで1バーレル50ドルが最下線として定着すれば、原子力発電みたいにウランがへそで水をわかすよーなちゃんちゃらおかしい技術を使わなくてもなんとかなるわい、とタカをくくっているが、
すると、
「でも今度は年々あらっぽくなる天候っちゅう問題があんだよ」と気象学者のお友達がゆってきます。
二酸化炭素の温暖化でっせ、だんな、へっへっへ、と揉み手をして助成金を稼いでいる間に、ちょっとやばすぎになってきた。
いまさら、ほんとのことゆえんし、明日教会にいって懺悔してちゃらにしねーと、とゆっておる。

ロンドンのライブリに置きっぱなしなので手元にはないが、1964年だかの1冊40円の少年サンデーには「40年後の世界」という図解グラビアページがあって、たしか宇宙人みたいなヘンタイな服を着たひとびとがビクトリア朝スタイルの馬車に乗っている「未来予想図」が載っておった。
石油がなくなるから、という理由でんねん。

化石燃料というのは大昔から、もうなくなる、もうなくなる、とゆわれながら、政府の実務当事者は「探せばある」という後ろ盾になる理論がなにもない必勝の信念で、実際、それですませてきた、というこわい歴史のある資源でユーメイです。
だから、やっぱ、ダイジョブなんちゃう?
石炭を液化してしのぐべ、なんとかなるだろう、と思うが、天候はなんだかぐらぐらしていて、ぬわるほど罪深い気象学者がいうごとく「荒っぽく」なっている。
天気の神様に遊ばれているよーで、なんとなく不愉快な天気であると感じる。

それにそれに欧州のクソケーザイ! 
その上、経済政策より保険改革を先にやってもうた経済感覚ゼロのオバマおやじ、
と、だんだん考えていると、いま28歳だから、余命寿命がえーとえーと、と考えていると、あー、こっから先の生存努力がメンドクセエと思います。

人の一生は重き荷物におしつぶされて行き倒れになるがごとし、という徳川家康の名言を思い出す。

なんてつらい人生だろう。
(タメイキ)

…..表題は、ツイッタにつきあってくれる人達はみな知っているよーに、わしの大好きな岩田宏の詩句です。
わしの座右の銘である。

画像はニュージーランドの西海岸。あれー、みおぼえがあるな、と思ったきみは、5年前からブログを読んでいる事になります(^^) ぶっとんじった写真の一枚なのね。

でわ


子供のときは、いろいろなことを考える。
わしは、15歳の頃は、神様というのは数学的な存在だと思っていた。
確率空間を歪ませたり、あるひとつの属性のあるもの、という言い方であまりに判りにくければたとえば素数は分布の仕方が均等ではなくて存在に偏りがあるが、そういう素数なら素数というような特徴をもったものを、恣意的に偏差をもたせて存在させているように見えたからです。
特に「確率空間を歪ませる」というのは、どこの国の、どのような神について書かれた本にも出てくるので、「絶対そうだな」と思っていた。

いまは思っていないか、というとそーでもない。
PCやXBOXやPS3のゲームとか、ギターの練習とか、最近こりまくっているシルクスクリーンプリントを作ることとか、なにしろ遊ぶのにいつも忙しいので、神様のほうはどうでもよくなってうっちゃっているだけです。
でも神様自体をどーでもいいや、と思っているわけではないので、神様、誤解しないでね。
おもいがけず死んで仕舞った場合には、そこのところ、ひとつ、どーぞよろしく

災害について、天罰、なんちて人間がむかしは戦いたりしたような頃は、地球の変動期にあたっていることが多かった。
たとえば日本の歴史をぼつぼつと勉強しはじめた頃、誰でもすぐに気がつくことにわしも気がついたのであって、義経が走り込んで、最後には、死ぬまで童貞であった弁慶をおったたせたまま果ててしまったという藤原王国は金だけでなく米も豊富に取れたというが、地図を見ると、すげー北にある「王国」であって、寒さの夏におろおろ歩いていた農業技師宮沢賢治が住んでいたところよりもずっと寒い土地にある。
600年の長きにわたって自分達の主要な食物の品種をだんだん改悪するマヌケな民族はいないから、これはいったいどうなってるんだ、と思って本やウエブをうろうろしてみると、太陽の活動が弱まるにしたがって、戦国期からだんだん日本は寒くなっていって、江戸時代にも、無茶苦茶寒かった。
太陽は日本に所属しているわけではないので、当然、世界中が寒くて、山容がかっこいいので日本にいるときには、わしが大好きな山であった(わしはいまでも浅間山のほうが富士山よか百倍くらいかっこいいと思っておる)浅間山がぶっとんだ天明の頃は、欧州でも滅茶さむだったので、穀物がとれず、パンが暴騰したので頭に来たパリの女達は激高して、男達をしたがえてバスティーユを襲い、終いには鋤やなんかに衛兵どもの生首をさして、ヴェルサイユ宮殿に行進することになります。
太陽の気まぐれで首をちょん切られてしまった衛兵は哀れである。

いま日本やニュージーランドで起きている地震は、どうも太平洋プレートが西北に向かって動いているのではないか、と話によく出てくる。
ひっぱられている側で小さな地震が起きて、押されている側で巨大な地震が起きる。
クライストチャーチは2つの地震の、特に二度目の2月の地震でCBDが壊滅してしまったが、あれは地震としては意外なくらい小さな地震で、それなのに震央が丁度クライストチャーチの真下で浅かったのと、この2度目の地震よりも大きかった初めの地震で大半の建物が大きなダメージを受けていたところに、いわばダメ押しのひと突きだったので、ひとたまりもなく壊れてしまった。
地震のエネルギーとしては、たいへん小さいものです。
地球全体で見れば、一箇月のあいだに何回も起きている程度のものである。

しかし、本来地震がないはずのブリスベンで起きた地震とあわせて考えてみると、わしのような地震のどしろーとにも、プレートが移動することによって側面がひきつれて起きているように見える。

ただし、この「見える」というのは科学の世界では有名な陥穽で、ノーベル平和賞を受けるきっかけになった「不都合な真実」のなかでアル・ゴアが大気中の二酸化炭素の増減を描いたグラフを地球の気温の変化のグラフと重ね合わせて、「ほーらね」をすると、観ているほうは「おおおおー」なんちゃっておるが、そんなもん、なんの気休めにもならない、というか、グラフがぴったり重なることは「ではもしかすると二酸化炭素と地球の気温の上昇に関係があるのではないか」と考えることの出発点にはなっても、傍証になるわけはないのは、高校の科学同好会のガキでも知っている理屈であると思う。
あんなんで満場の人間をうならせようとするなんて、ひどい奴だ。

というわけで、なにしろ地震学者などは予算がもらえない科学の筆頭のひとつなので、いろいろゆって騒ぎたいのはやまやま、実際、日本とかはすごくやばいに違いないと確信してもいるので、もっと言いたいが言えないのです。

でもそれにしても、プレートが西北に動いている、という考えは、たくさんのことを説明しているようには見える。
仮にそうだとすると、普通の感覚をしていれば、あといくつ地震があるところに原発があるか勘定してみたくなるのは理がおもむくところで、浜岡原発とかは、とめるだけでなくて是が非でもたたまないとやっぱしやばいのではなかろーか。

「母なる地球」というが、地球は「神のご意志」でも「確率分布の歪み」でも、もっとくだらない偶然でもかまわないが、表面で有機体が形成され、あるいは宇宙のどこかかからふってきて、やがて自律的な系をもち、GADV仮説があっていてもちがくても、生命が生じて、やがて意識をもつに至った生命の体系を育んだがその一方で、あたりまえだが、歴然と宇宙の一部です。

たとえばシドニーからシンガポールに飛ぶと、初めは延々と続く、火星の表面じみた赤い荒れ地の無限におもえる広がりがあり、やがてインドネシアの上空に至ると、水蒸気が液滴化して出来た壮大な積乱雲の列柱が見えてくる。
それは地球というようなやさしげな名前よりも「太陽系第三惑星」という名前のほうがふさわしい光景であって、あらためて地球上に働く力は、大気層オゾン層を超えて、バンアレン帯の向こうの宇宙と直接つながっているのだと実感する。

人間の感覚の勝手で、そう思うだけで、宇宙というのは「夢がある」というような言葉がふさわしい場所ではなくて、人間が地表での生活に用いている語彙を適用すれば、極めて暴力的な、一瞬で生命を奪う破滅の力に満ちた、死の世界である。
強烈な宇宙線に満たされ、太陽の光があたれば焼き尽くされ、光のない部分では何者の生存も許さない低温がある。

地球のイメージというのは、おおはばに端折ってイメージ化すると、要するに外側の宇宙の理屈に直接つながっている惑星体としての地球と、それが位置する巨大な宇宙という死の世界のあいだに、わずかな大気の層があって、それをとりまく薄いバンアレン帯があって、その二重なかぼそい環境のなかで人間はかろうじて生存の空間をみいだしている。

母なる地球、どころか、地球そのものは、宇宙の力に属しているので、ひとふるい、ぶるっと身体を震わすと、人間などはあっというまに絶滅してしまう。
しかも、人類が死滅するには、ハリウッド映画のように劇的な隕石の衝突や、はっはっは、オゾン層がなくなっちったぜ、な、電子レンジ的な死を迎える破滅の必要すらなくて、たとえば地球を覆っている雲の雲量の総和はどの時点をとっても多分一定だが、これが1%増えれば寒冷化が極端にすすんで人間の生存は許されなくなり、1%低下すれば干ばつが続発して住めなくなる。
ほーんのちっと地球の気が変わっただけで、われわれはあえない最後を遂げることになるものだと思われる。

「核の力」が直感的にスパイキーでイガイガした観じがするのは、それがバンアレン帯の向こうの「宇宙」に直接つらなる力だからでしょう。
死の世界に属した力を、人間は取り出せるようになってしまった。
取り出せるようにはなったが、(内緒だけど)、消す方法は知らないのです。
うまく弱火にしておくだけでも、ぐじゃぐじゃな巨大システムをつくって、いわば屋上に屋を架した、ごまかしにごまかしを重ねた装置をつくってやっとの制御である。

ツイッタでも書いたが、原子力に自分たちの社会の未来を託そうというひとびとは、たとえば原子力発電の熱効率が、半世紀を経てもなお30%内外をうろうろしていることの意味を、どう思っているのだろう?
なぜ、そうなるか、考えてみたことがないのではないだろうか。

いま「原子力を推進すべきだ」「いや、反対だ」と口角泡をためて述べているひとたちは、当然初歩の量子力学くらいは、遠い学生の頃、勉強しただろうが、数式のなかの、あの人間の直感とは全然相容れない量子のふるまいをどう思って眺めただろう。

わしは人間はまだ、いまくらいの知識レベルでは、人間の直感になじみがある有機体由来のエネルギーにしがみついていたほうが良いと思っています。
核のエネルギーをコントロールできるようになるのは、遙かに先のことで、それは核融合の形をとって具体化されるはずのものだと思う。
いまの原始的というのもおろかしい程度の人間の知識で、うまく飼い慣らされてくれるほど、宇宙の荒々しい死の力は御しやすいものではない。
しかも原子力という「火」が人間にはまだ消せない「火」であって、それどころか、遅延化させる、というのはいわば「弱い火」にすることすら、小手先のくるしまぎれの一連の制御しかできないという事実を、いったん事故が起これば被害を被る社会の構成員ひとりひとりが認識できていない、いわばまだ未開な世界でエネルギーの柱として採用するというのは冒険主義的で、無責任であると思う。

フクシマダイイチの事故以来、「核エネルギーの利用」なる考えが、「利用」どころではなくて、あの原子炉というものが実は、宇宙の、人間の手には到底おえない圧倒的な死の力の地上への入り口であることが、実感されてきた。
バンアレン帯が遮ってきた力を、人間の浅薄で投機的な自己の科学知識への過信が原子炉という形で自分達の生活の場へ導きいれてしまった。
60年代のフランス知識人たちくらいを最後にして核の力が人間の生活に及ぼす影響は検討されなくなっていたが、いまはまた原子力についての議論が活発になったことは、
(そういう言い方がふさわしいかどうかは判らないが)フクシマダイイチが、世界にもたらした良い影響のひとつだと思います。

これから、次の段階でわしらが目指せねばならないことは、世界中でへんてこな徳利から水蒸気をふきあげている「宇宙の死の力へ通じている穴」をふさいでいくことだと思っています。

(画像は上高地だずら。なつかすい。T国ホテルのテラスの階段に腰掛けて、暗くなるまで天使の絵を描いたのを思い出します)

プロメテウスの火

April 17, 2011

五十年、というような先のことまで考えれば人間のエネルギーは核融合に求めるしかないのは、ほぼ自明である。
こう言うと色を為す人がいるのに決まっているが、地熱も風力も核分裂も、いま人間が過渡的に頼っているエネルギーの獲得手段はいずれも化石燃料のオーダーにすら達しないほどのエネルギーしか調達できる見込みがない。
「それならば省エネルギーの世界を達成すればよい」というのも一見もっともな意見だがたとえば50年後に「エネルギー」というとき、そのエネルギーの行き先の大きな部分が食料生産であることを考えると、エネルギーの節約もごくごく補助的な役割しかはたせないのは明らかであると思う。

核融合反応からエネルギーを取り出して人間が利用するには、おおきく分けてふたつの方法がある。
DD反応やDT反応、というようなことを言おうとしているのではない。
ふたつの反応、とは、人間が自力で地上に核融合を実現する、つまり手製の人工太陽をつくるか、すでに空をみあげれば存在する「神様がつくった核融合炉」太陽を利用するか、ということを言っている。

主に葉緑体の働きを通じて太陽エネルギーを利用する一方で人間は歴史を通じて太陽に苦しめられてきたが、それでも犬さんの「お手」に毛が生えた程度の文明で(ときどきは破滅したが)なんとか焼きつくされて滅ぼされることを免れてきたのはなんといっても神の融合炉から地上までの長大な距離と地球を毛布のようにくるむ濃密な大気のせいである。

太陽からエネルギーを直截とりだすとなると、今度は、この遙かな距離が問題なので、たとえば軌道上に複数のエネルギー中継衛星をおいて地表に向かってレーザーで搬送するという研究をすすめているグループもあるが、もっと現実の発電に近いプロジェクトならオーストラリアのように国土の大半が不毛の荒野である広大な国ではSolar Fieldを築いてそこで発電するプロジェクトが進められている。
いま進んでいるのは、たしかフランスのアレバ社の技術で40メガワット級だがオーストラリアは国柄を反映して、かなり進んだ太陽熱技術を自前でも持っている。
アモルファスにかわる太陽電池の技術ももっているはずだが、どのくらい実用化に近づいているのか。最後に話を聞いたのが2006年で、そのときは「あいつの技術はオモロイんだよ」という程度だった。
いま、どのくらい進んでいるものなのか、またメルボルンに行ったときにでも訊かないと判らない。

義理叔父が若いころには、まだ通産省の鉱業課というようなところで、エネルギー政策を担当させられた若い上級職が「あのおー、このまま行くと40年くらいで石油ってなくなっちゃうみたいなんですけど、大丈夫なんですかね?」と訊くと、上司に「ばあーか。石油は探せばでてくる、というのは世界の常識なんじゃ、そんなくだらない心配してねーで、さっさと備蓄の計画をつくらんかい」と怒られていたそうである。
一方で原子力課の担当になるのは命がけで、なにしろ、原子力発電所をつくる土地にでかけて公聴会を開くたびに反対派が顔をめがけて灰皿を投げつけてくる。
義理叔父の軽井沢の夏の家に遊びに来ていた友達が「あれってさあー、なれると肩も動かさないで顔だけで、ひょいっ、ひょいっと避けられるようになるんだけど、一回徹夜明けで右だとおもってんのに左に顔がうごいちゃってもろにデコにあたっちゃってさ。血みどろになって、投げたやつも狼狽してだぜ。ははははは」と力なく笑っておった。
あまりに精神的にきついので原子力課のあとは、もんのすごく楽な部署に配置されて2年間休暇みたいな勤務だったのが常識であったという。

エネルギーに興味があるひとならイロハにあたることだろうが、いまの核分裂反応を遅滞化してエネルギーをとりだすやりかたはエネルギー資源的にも「急場しのぎ」以上の意味はない。原料に出来るウラニウム自体、化石燃料ほども資源としてもたないからで、化石燃料に代わる「次世代エネルギー」だと思っているひとは誰もいないだろう。
フクシマ事故で「当座のエネルギー需要」ですらすさまじい量の中国以外は、いっせいに「やーめた、やめた」になりつつある理由のひとつは、核分裂発電技術がいわば単なる「中継ぎ」にしか過ぎない、という大きな理由がある。
もともと人類のエネルギー需要をせおって立てる、というほどの力量はない技術なのである。

こういうと絶対に怒って怒鳴り込んでくる人がいるので書いていてもユーウツだが風力や地熱などは気休めにしか過ぎない。
風力で日本のエネルギーを全部まかなおうと思えば、(計算してないからわからないが)多分、日本の海岸線に全部風力発電機をくまなくおったてても追いつかないのではないかと思われる。
もうひとつ風力発電というのは、どの国においても汚職の温床になりやすい、という政治的に扱いにくい特徴をもっている。
住基システムのような集中型ネットワークシステムや風力発電のようなエコ発電は、政治の腐敗面では、往事のダムや道路建設と同じ役割を果たしている。
発注受注の公正の監視が難しいので、民主主義国家では危険な事業である、という側面がある。

悲観的なひとびとは核融合炉の耐壁ひとつとっても、「もう人間の知力ではあかんのちゃうか」という。
材料工学も磁場についての知識も、あれもダメこれもダメの状態で、海の波やマグマの熱や風も頼みにして原油の相場をにらんで、ごまかしごまかしを重ねてきたが、これまでのように技術的ブレークスルーがタイミングよくでてきてくれないので「人間は頭が悪い」という科学教育を受けた人間が等しく実感する問題が、より明瞭な形で意識されるようになってきた。
こうなったら技術的特異点、なかでもニューロネットワークを持つ「強い」人工知能をまつしかないと「えっ、このひともなのか」と思う巨大な知性の持ち主まで信じるに至っているのは、この科学全体を覆う「閉塞感」のせいだと思います。

現代では食料問題はそのままエネルギーの問題だが、
北アフリカの政治的動乱はアフリカ内部から「食料が十分に供給できない」という問題が先進国側に向かって波及してきた、その先端だと見ることもできる。
中国の内陸部の、それがゆえに中国政府が対外的な強面を強いられているという地方政府を尖端とする暴動圧力も同じことなのかもしれません。

手のひらで燃えさかりかけた火をもっとも残酷な形で吹き消されたプロメテウスはヘラクレスの手によって解放された、と人間の過去には未来の記憶が記述されているが、そのヘラクレスが来るとされている2023年まで生きていて、ほんとうに彼がやってくるのか、あるいはそれもホーキングたちの虚しい夢にすぎないのか、仮にそれが訪れたとして、そのときには「知的優越」という自然界でわれわれが親しんだ地位から転落したあと、どのような思想がありうるのか、
炎が壁に映すゆらめく影のようなこの世界に、もう少しいてもよさそうだ、と思います。

画像は春の陽気に浮かれてビルの屋上に駆け上がり日本のみなさんに「がんばれ、ニッポン!」と呼びかける大庭亀夫先生。推定身長3メートル20くらい、と思われる。

仮想現実の側から見ると現実世界には不便なことがいっぱいある。

たとえば本を読んでいて、あっ、このひとがこうしていることには前のところに伏線があったのだったな、と思い出しても、それが具体的にはどんな科白だったか思い出せないと、わっしは「思い出せない」ということがもう嫌なのでそこに戻って確認しようとする。

ところが戻っても戻ってもその科白が出てこないとだんだん不愉快になってくる。

なんでこの(紙の)本には全文検索がついておらんのだ、と腹が立ちます。

あるいは調べ物をしながら資料をつくっていると部屋がだんだん散乱した本で汚くなってきて蒐集がつかない「本の洪水」状態になる。

日本語の場合、なにしろ半分バカ(母国語でないのでちゃんと読めない)な上に仕事とは関係がない本ばかりなのでそういう状態には至らないが、ときどき必殺速読モードさえ発動して読みまくる「仕事関係エーゴの本」の場合はレファレンスを含めると何十冊ということになるので文字通り洪水になる。

そうすると「本の整列ボタン」とかがなんでこの部屋にはねーんだ、と、ぶーたれます。

いま、こーゆー例は話の方向を示すために単純なものを挙げた。

もうちょっと話の本質に近いほうを考えると「貨幣」とかはくだらんから早く止めて欲しい、と思う。三つ叉やコウゾをつかってなかばは美術品(意匠は除く)のような日本の紙幣が美しいのは認めるが、しかしそれでも本質的には石貨をしょって歩いたり貝貨を首にまいて歩いたりしているのと同じことなので、なんでこんな原始人みたいなことやらなあかんねん、とレジで現金を払うたびに思います。

もともとシンボルとしての役割しか持たないものを価値ありげにもっともらしく飾る、というのは未開なひとの発想である。

ジェニュイン(テキトーな日本語が咄嗟に浮かばんのでヘンなカタカナですまん。「純正性」、かの?)かどうか認証が出来ればただの数字でいーんじゃん、こんなの、と考えて憮然とする。わっしの無様にふくらんじったジーンズのポケットをどうしてくれる。

メルボルンの小さい空港のそばにあるクソアウトレットで700円もしたデザイナーズ・ジーンズなのに台無しではないか。

現実世界というのは肉体の受容器に基づいた「感覚を受容する装置」であるところはカッチョイイが、他のことになると時代遅れもいいところです。機能も不細工でしかない。一日に一度はトイレにこもって「おっきいほお」、あるいは我が国語でゆえば「プーちゃん」をしたりしなければいけなかったりするのは、ほぼ滑稽とゆってもよいくらいの不様さであって、現代程度の文明でも肉体があって便利なことよりも不便なことのほうが多い、と思います。

人間の意識の主体である脳も、おどろくべし、肉体の器官なので、それが実感されないのは実感している「本人」が実は脳だからである。

意識とゆえど肉体なので、そのことによってどういうことが起こるかというと、肉体の掟にしたがって訓練がされないとなにも出来ん。

言葉なら、まず初めに「くまちゃんは やまに いきました」 から始まって、かーちゃんやとーちゃんのカッチョイイ声で毎晩「ご本」を読んでもらわんことには、だちかんのだ。 それから話し言葉で書かれた本を読み、自国の詩を大量に暗記し、そこから遡ってホメロスの叙事詩やなんかのクソイリアスとか、わっしが堂々たる赤点を取ってつかわしたクソオデュッセイアとかを読んで初めて普通に「英語」というものが判るようになる。

えー、そんなことしなくても英語なんかわかるよ、という英語国民もいるだろうが、そのひとは嘘つきです。嘘つきでなければ、ほんとうは英語がわからんのに違いない。

それがピンとこなければ日本語でいうと、現代詩が頭にはいってないとほんとうは困るが百歩ゆずっても近代詩(朔太郎でも啄木でも賢治でも、なんでもよろし)が読めなかったら、まずすぎるであろう。

このへんの発達段階で「詩は、ひとそれぞれに解釈がありますから」とかゆう国語の教師にあたるとアウトですね。詩に個人によってそれぞれ解釈があったら二次方程式にだって10個くらいは解がありそうである。

観察していると、そこから「平家物語」とか、「あかねさす紫草野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る」とか、そういうものをいっぱいうろうろしないと、日本のひともまともな日本語理解力は出来ないもののようです。

長くなるので一挙に省くが、絵もおなじだび。音楽も同じ。

訓練がいるのです。

ところで脳は器質的なものなので、やはりそこに制約がある。

音楽なら音楽という形式のなかでも「訓練しやすい方角」というものがあって、それに発達の仕方があるていど規定される。

例がないとわかりにくいな。

音楽に国境はない、というが、あれはウソです。

もうちっと正確にいうと「国境」はないが「言語境」があるよーだ。

毎年春節の頃になると中国政府がクソ大金をばらまいて大中国ウィークを世界中で行う。

「南京虐殺を知ってください」とか「われわれがいかに日本人に酷い目にあったか映画見てね」とか毎年やります。

そーゆーときに入場無料の「オペラ」とかもやりますが、あの音階は完全に中国語の発音によって規制されているように聞こえる。

現実世界が脳が器官であったり訓練で機能したりするのに較べて仮想世界のほうは技術の制約で世界が歪んでます。

たとえば仮想世界は無臭である。

旅順要塞のロシア人守備兵はぶち殺してもぶち殺しても突撃してくる機関銃というものを理解できなかった司令官のクソ命令で死ににくる日本人の兵隊の死体が何メートルも積み上がって、しかもまたその腐った屍体のずぶずぶな背中に足を取られながら突撃してくる兵隊がまたその上で腐るのでタオルを口と鼻のまわりに巻いて戦った。

すさまじい屍臭で息が出来なかったからです。

でもゲーセンで何人ぶち殺してもにおってくるのはカウンタのコーヒーだけである。

架空なねーちゃんと遊べる「ラブプラス」に高校生くらいの女の子が好む香水をふりかけて遊ぶ人々についての血湧き肉躍るニュースが出ていたが、ついでに画面の中でねーちゃんが立っているところをつんつんすると「ぽよん」としたりもしないので、もどかしいもののようだ。

そのもどかしさがどこから出てくるかというと仮想世界とは名ばかりで「ラブプラス」のようなソフトは実は現実世界の代替品にしか過ぎないからでしょう。

永六輔というひとの旅から旅の巡業生活の日々でゆいいつの楽しみは綺麗なねーちゃんがテレビに出てくると、そのねーちゃんの唇のあたりにチ○チンをなすりつけることだったそうだが、ありようとしてはラブプラスもセカンドライフも本質的には夜中にテレビの画面にチンチ○をなすりつけているおじちゃんと同じであって、現実世界の延長を不完全な形で仮想現実側に印象しているにしかすぎない。

これから起こることは「仮想現実側へのリアリティの移行」だとわっしは思っていますが、

ごくごく原始的な形では、それはもう起こり始めている。

築地本願寺にグーグルマップのピンが現れたり

http://sankei.jp.msn.com/economy/it/090804/its0908040909000-n1.htm

セカイカメラを埋め尽くした「姉ヶ崎..」のエアタグを現実の看板に置き換えたり

http://akiba-pc.watch.impress.co.jp/blog/archives/2009/09/sekaicamera.html

という感覚はごく始原的とはゆってもやはり仮想世界が実体をもちはじめることへの第一歩だと思います。

ますます長くなってきたので、さっきよりももっとおもいきって途中をぶっとばすと、

仮想世界が仮想世界の論理に従って自己の世界を再構築し始めると、「政府」とかは甚だしく邪魔であるのが予想できる。マスメディアみたいに仮想世界が段階として原始的ないまの時点で、もうマヌケな姿をさらしてしまっているシステムはもちろんだが政府のようなものもレガシイになってゆくと思われる。

世界が全部中国になって結果として政府はなくなる、という政府のなくなりかたも考えられなくはないが、それよりも仮想世界の成長のほうが速いに決まっているので、逆に中国のような「国権国家」はITリタラシイを伸ばす必要と国権国家としての伸長との矛盾に苦しんで七転八倒することになるでしょう。

もうひとつ、もっとも破壊されるのはキャピタリズムであって、レガシイ化した秩序からみると仮想世界出身のビジネスモデルは常にものすごくアナーキーである。

金融でいま起きていること、すなわち、実体経済の数倍の規模で金融が自由呼吸していることを規制しようとする動きは既定のものになっていますが、あんなものが有効に働くと思っている人はよほどおめでたいひとである、と思う。

金融工学をもとにした金融理論は微分方程式から出発して第一章を歩いているところであって、あれは当然、ことの性質上仮想世界側から現実世界を眺めるシステムになるはずです。わっしはご幼少のみぎり台北の市場で頭を切り取られた蛇がのたうちまわるのを見て一晩ご臨終になりかけたことがあるそうだ(おぼえておらん)が、そののたうちまわる胴体だけの蛇に似た目下の金融市場に、金融以外の実体経済も似てくるに決まっておる。

「上位互換のコンピュータを設計するコンピュータ」や「上位互換のロボットを設計するロボット」は、いま知っている理屈だけでも可能性が保証されている。

そのへんまでたどりつくと仮想世界の生産性は一気にあがって、しかも人間の伝統的なものの考え方の制約がゼロに近づく。

しかし、そこへたどり着く前にも世界は仮想世界の可能性のほうに賭けて努力を傾注してゆくのは明らかです。19世紀の産業革命と同じことで、こういうことに「良い悪い」という議論は有効でない。

現代の教科書ではやや嘲笑的に語られる「ラッダイト運動」は思想としては正しかったのだと、わっしはいまでも思ってます。バイロン卿の主張は正当であったしロバート・ライシュですらいろいろなひとが嘲笑するほど愚かな意見を述べたわけではない。

だが主張が正当であることと議論が有効であるかどうかは自ずから別であるとゆわねばならん。

たとえば「著作権」というものはなくなるだろう、とわっしは予想しています。

それもそんなに遠くない時期になくなる、と考える。

なぜそう思っているか、というのはまた別の時にこのブログでも書くと思うが、いまは止めておきます。

(ここまででも相当長いからね)

コピーライト、というのは古いビジネスモデルになってしまった。

いまはどこの国でも小説家や作曲者や、ありとあらゆる種類のクリエーターが「コピーライトの世界」を守るために立ち上がって、たとえばグーグルのような会社を正面に置いて戦っていますが、残念ながら、あれは非望の戦いで終わるであろう。

基本的には解決策は著作権にかわるビジネスプランを組み立てる以外にはないと思います。

わっし自身は仮想世界の圧倒的な生産性が好きです。

なにしろ遊んで暮らしたいだけのタワケだからな。

しかし、うざったらしい実体につきまとわれないですむ、というのはたいへんに気持ちがよい。

伝統的な現実世界なんちゅうのは、わっしが病気のように好きなスポーツと森林や流れる透明な水のような自然と、当然ではあるがいちゃいちゃもんもんと、そういうものにだけ集約されると、たいへんよい、と心から思います。

アンドリュー・ワイルズが「すべての(無限個の)楕円曲線は(そのひとつひとつが)モジュラーである」谷山・志村予想

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B0%B7%E5%B1%B1%E3%83%BB%E5%BF%97%E6%9D%91%E3%81%AE%E5%AE%9A%E7%90%86

を証明することによって同時に フェルマーの大定理を証明することになったのは、1993年のことでした。

ワイルズは小さな群をひとつづつ検証するというガロアの思想に従って、この20世紀数学の総集編に見えなくもない証明を書いた。

まるで島宇宙から島宇宙を旅する(チェホフの)黒衣の僧のように、この偉大な旅人はラングランズ・プログラムの初めの1ページを開いたのでした。

わっしはここしばらく忙しくて脳が腐りそうだったので数学の本ばかり読んでいた。

忙しい時の習慣なんです。

数学は脳を健康にする、とわしはマジメに思う。

バルセロナの西の丘の上にはミロ美術館があります。

わしは美術狂いだが美術館は好かん。

なんとなく動物園みたいっちゅうか、不自然な場所な感じがするからです。

その日はモニが、どーしてもミロを見に行きたいというので借りもんのディーゼルBMW X3を引っ張り出して渋渋見に行った。

玄関のところまで行ったらフランス人のバカガキどもが群がっていたので、やべー帰るべ、と考えた。

でもわしの表情を素早く見てとってモニがバカガキ高校生の元締めの教師にわしらの邪魔をしないと約束させたので、やむをえずわしは美術館に入ったのでした。

とてもカタロニア的なミロの絵に見入っているモニを置いてひとりでふらふらと奥に歩いていったわっしは、日本式な数え方でいうと畳十畳くらいのカンバスに一本の線を描いただけのふたつの作品が向かい合っている部屋に迷い込んだのでした。

それはミロが感性で見いだした確固とした空間の「定型」であって、わっしは「こうやってみると、あのカタロニア人のおっさんはまことに恐いひとであった」 と改めて思いなした。

われわれはみな巨大な暗闇のなかで途方にくれて立っているだけだが、ときどき谷山豊(とよ)のようなひとが現れて「見よ! 万物は確かに照応しているのだ。 あの遙か彼方の島宇宙を見てみたまえ。あそこにはきみとまったく一対一に対応した謎が輝いているではないか」 と言う。

まったく同じ理屈に立ってミロは真っ白で広大な面に画然たるふたつの宇宙を見いだす。

わっしはときどき思うがたとえばシンクロニシティのようなものでさえ、やはりこの宇宙には存在するのです。

そうでなければ、どうして楕円方程式とフェルマーの大定理との関連がゲルハルト・フライに見えただろう。

フェルマーの大定理が「20世紀最大のクイズ」に終わらなかったのは、結局は、そうやってこの宇宙に「定型」が存在して、人間がただその全体像を見いだせないで途方に暮れているからでしょう。

日本語ではわしにはうまく言えないが、谷山・志村予想が架けた巨大な宇宙から宇宙への橋は、「人間の存在」ということについての、わっしの希望の源泉である。

そこでは「神」の存在が保証されているからです。

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