わたしという欠落

野原に立っていて、ぼんやりしていると、そうか、おれが空間を占有しているぶんだけ野原は欠けているのだな、と考える。

そう考えながら野原に出来ている、けものみちのような、人間が通った小径をたどっていると、「野原の欠損」が移動していって、一瞬前に移動した空間を、また野原の空気がうめもどしているような、空間の自己充填が察せられて、「人間が存在する」という不可思議のほうへ頭がかたむく。

友達と話していて、2014年に死んだ大好きな詩人Mark Strandの

KEEPING THINGS WHOLE   という詩をおもいだしていた。

In a field
I am the absence
of field
This is
always the case
Wherever I am
I am what is missing

When I walk
I part the air
and always
the air moves in
to fill the spaces
where my body’s been

We all have reasons
for moving.
I move
to keep things whole

完結した世界にぼっこりと生じて、ちょっと余ったような、世界のなかに存在する「自己」というものが、うまく表現されていて、巧みであるとおもう。

大通りを横切るときに、通りの向こう側へほんとうに着くかどうかを疑えないひとは、どこかで自己というものの存在を理解しそこなっているのではないかとおもうことがある。

暴走してきたクルマに勢いよく撥ねられて空高く自分の身体が舞い上がるのもそうだが、実際、通りを渡りきってしまう前に自分の肉体が消滅してしまうかもしれない、という気持が、心のどこかにない人とは、友達になれない気がする。

slackのスペースで年長の友人である哲人どんが

言語を使った複雑な思考のなかで意識される「私自身」とは、習得した言語体系に対する違和感としてくくり出される「余りの部分」と見るのが最もよい。習得した言語体系は、皆に共通の「欲求や事実認識の文化的シナリオ」になっています。その共通の文化的シナリオに違和感を覚えるのが、私自身、ということ。かけがえのない自分という存在は、共通の文化的シナリオで割り切ることができなくて「余り」になってしまう部分なのだ(と私は思います)。

と述べている。

言語がひとつの社会で果たしている役割についてのまっとうな洞察で、
特に日本語社会のような全体の側から個人の側への強制力を強くもった社会で、個人がどのように処していけば個人主義に基づいた人生を歩いて行けるか、おおきなヒントに満ちた意見陳述の一部だが、読んでいるほうは、
「余り」の悲哀ということも考えないわけにはいかない。

趣旨のほうにも反応して、実験科学の知見に基づいてdevil’s advocate的にデカルトの近代自我を仮定しなくても、認識哲学はなりたちうるのだと年長の友人が興味をもたなさそうなことを書いてはみたのだけど、「余り」としての人間の寂しさのほうに、より強い興味を感じていないと言えば、嘘になるだろう。

人間の存在の寂しさは、言語という、まるで洞窟の壁に書かれた「disk」のような表徴の寂しさから来ている。
まだ文字を持たなかったころの人間は、自分の感情をうまくいいあらわしえても、その言い表された言葉は、記憶の空中に消えていくほかはなかった。

自分が、野原のなかでは異物であって、しかも存在しうる時間が短い儚(はかな)い異物であることをつよく知っていた。

普遍語が共通してもっている、あの一種の「寂しさ」は、だから、
人間が自分の存在に対して持っている基本的な感情なのだろう。

では、どうすればいいのか、ということについてMark Strandは解答を示している。

立ち止まれば、停まっているあいだは、肉体は存在していても、きみ自身は消滅している。
歩きだすことによって、きみは、また存在を取り戻す。

言語の寂しさの広大な荒野を横切ってゆくきみの横顔の美しさだけが人間の尊厳を保証しているのだとおもいます。

Posted in Uncategorized | 1 Comment

自分から見た世界、世界から見た自分

ログバーナーの前で
シラズとローストビーフとプロシュートで
際限もなく話している

と書いて送ったら、友達から
「しかし、これを日本語だけで暮らしている人がわかるだろうか? ここで立ち上がろうとしている世界と、日本語の読者が思い浮かべる世界は合致しないのではないか」と返答が来て、あまりにもっともなので、吹き出してしまった。

ひとつひとつの名詞は、知っている、あるいは、調べればわかる。
シラズはブドウの皮成分が多い赤ワインで、スパイスを混ぜることも多くあって、自己主張が強いので赤肉、特にステーキと合うということになっていて、オーストラリアが大生産地なので、欧州に較べればワインがバカみたいに高いニュージーランドやオーストラリアでも比較的割安で、普段飲むのによく使われる。

ローストビーフやプロシュートは、たしかカタカナで日本のスーパーマーケットでも売っているはずです。

この編集者の友達が言いたいことは、そういうことではなくて、
例えばローストビーフは日本では高級品で、高い食べ物だが、イギリスやニュージーランドでは、どこにでもあって、安い食べ物で、
最近は中国市場の巨大化で、ずいぶん高くなったとは云っても、やはり日本でいえばロースハムという不思議な名前のハムがあって、あのくらいの値段のものだとおもえばいいような気がする。

プロシュートとローストビーフは、そもそも食べ物の組み合わせとしてはヘンなのがあきらかで、つまり、このふたりは、ベッドのなかで、いけないことに耽ってお腹がすいたので、ありあわせのものをログバーナーと英語では呼ぶ、日本語では何というのだろう?
反射式薪ストーブ?空気の取り入れ口をおおきくとってあって、前面はガラス張りで、でっかい太い煙突が屋根を突き抜けて通っている、最も一般的な暖房器具の前で、オレンジ色にゆらめく炎を見ながら、いけないことの余韻に浸っている。

余韻の深い水のなかから、やや浮き上がってきて、今度は、髪をおろした横顔を炎の輝きに照らされながら、相手のことを知りたがって質問攻めにしている。

普通な普通な、途方もなく平凡な情景を書いてあって、それがなんだか日本語では頭のなかでイメージのつくりようがないではないか、と言われているので、言われてみれば、まことにそうであるとしか言いようがない。

わたしは、わがままである。
むかし、ブログ記事を指して、影でこそこそ悪口を述べるのが好きなひとたちが、よく考えてみると、なんで他人のブログ記事を「批評」なんてしたがるのか、ヘンテコな人達だが、それはともかく、
「こいつは、わがままで、しかも、わがままであることをなんとも思っていない」、ふてえやつだ、と息巻いていて、日本版のKKKの集会のような趣を呈していたが、たしかにわたしはわがままで、
しかも、それをなんとも思っていないので、その上言葉を重ねると、居直っているわけでなくて、つまりは、彼らはわがままであることが許されない世界に育って暮らしてきたが、わたしが住んでいる世界では、わがままなのが当たり前で、世界が自分をどう思っているかを気にしながら生活しているほうが異常なので、
なんでそんな生き方をしなければいけないのか、怪訝な気持になっている。

あるいは、やはりこのブログ記事で「ニュージーランドではひところに較べるとホンダやトヨタが減ってフォルクスワーゲンがぐっと増えた」と書いたら、他の要件のときに検索していたらネット上になんと自分の記事に対する揶揄が載っていて、
「調べたらニュージーランドでのフォルクスワーゲンの市場占有率は僅か5%で、トヨタはいまでもトップの占有率で問題にならないから、このひとはウソツキである」と書いてある。

ニュージーランドでは、最近まで、フォルクスワーゲンはディーラーシップすら存在しなかったので、おもしろがって、1990年に父親がイギリスからゴルフをニュージーランドに送ったころは、街角に立っていてフォルクスワーゲンを見かけることは皆無だった。

交叉点に立っていると、ドアが一枚だけ青色の、オンボロでヨタヨタしている黄色のカローラがヘロヘロヘロとやってきて赤信号で止まったりしていた頃です。
ホンダのシビックやトヨタのカローラは、ネルソンだかどこかだかに工場があって、いっぱいつくったので、その頃は、70年代につくられたばーちゃんやじーちゃんのカローラやシビックが道路を埋めていた。
残りはなにしろ「ミニの墓場」と言われたくらいで、世界中から集まってきた廃車寸前のミニの、しかもミニ・クーパーなんて高級なモデルではなくて、クラブマンが多かった。

ところが21世紀になって、ロード・オブ・ザ・リングでニュージーランドがポリネシアの、そのまた向こうにある英語国として「発見」されると、世界中のオカネがどっとニュージーランドに向かって流れてきて、思わず知らず、労働時間は先進国中最短のまま、たいした努力もなしにオカネモチになってしまったので、ビッカビカな新車のフォルクスワーゲンが高級住宅地を、マセラティやポルシェ、レンジローバーと一緒に走りまわるようになって、
「フォルクスワーゲン、増えたなあ」というのがパブでのお決まりの話題になっていた。

フォルクスワーゲンがベラボーに増えた、というのは、だから、新移民でなければ、普通の感想で、それを統計の数字を持ち出して、「嘘だ」というのは、こちらから見ると、たいへん日本人ぽい感じがした。

と、そう考えて「ありっ?」と思うのは、この「日本人ぽい」感じはなんだろう、ということで、考えてみると、なにからなにまで、すべて「世間」の方角から見て、自分は世間から見ると、どう見えるか、自分が早稲田大学の法学部卒業で、ブリジストン営業部の主任で年収400万円だが、これは世間では何位にランキングされる人生なのだろうか。

世間のほうにモノサシがあって、それで自分をいろいろに計測するイメージが「日本人」になっているので、ものを見る見方が、いいやわるいということではなくて、わがまま族とは、まるで正反対になっている。

みこすりはん、というわざと平仮名で書くしかないような、お下品な言葉があるが、そういう世間の尺度が観点の基礎をなす社会であると、多分、ちゃんと統計が存在して、127.8回というような数字を見て、青ざめている若い夫もいるのではなかろーか。

は、冗談だが、
余計なことを書くと、インドの男の人にも日本人とおなじところがあるらしくて、大きさの平均値とX(エックス)こすりはんの記事が実際に存在する。

英語社会などは、もともとは極端で、ランギオラニュースという人口が周辺も含めて2万人もいない地域の新聞があって、朝、起きると、エミューが安くなったが、ダメだぞ、あれは、加工工場が南島にはないから投資にならない、とか、ダチョウの卵が儲かると聞いて、一個1万ドルの卵を10個仕入れて、成鳥にまで育ててから、肉も羽根も、むだになるところがなにもないので有名な家畜であるダチョウも、しかし、エミューとおなじで加工工場がニュージーランドに存在しないので身上すって参ったぜ、というような記事を読んで、それで世界についての学習は終わり、という人がたくさんいた。

つまり、自分を中心として同心円上に広がっているのが世界で、例えば日本などは、どっか遙か彼方に転がっているやたらにカネモウケがうまい道徳心のかけらもないひとびとという杜撰な理解で、あとは夏目雅子の西遊記や日曜日の朝のセーラームーンで、
女の人(←三蔵法師が女のひとで尼さんであったと誤解している人がいまだにたくさんいるのは、多分、あのドラマのせいであるとおもわれる)がインドまで歩いていったり、かっこいいアニメもつくるんだよね、ぐらいで、自分はトヨタで通勤しているのに、なんだか未開な国だとおもいこんでいる認識がくもって矛盾している人なども過去にはざらにいた。

ほおーら、人種差別じゃん!
と小躍りして喜んではいけないので、別に人種とは無関係で、インターネットでIT情報革命が起きるまでは
「ニュージーランドって、いったいどこにある国なの?」
くらいは日常茶飯事で、バチェラーディグリーがあるくらいでは「何語を話しているの?」
の質問も普通で、
「ニュージーランド人って、足は何本あるの?」と聞かれたことがないのは不思議であるとおもう。

英語で育った人間って、そういうものなんですよ。
日本の人や中国の人に較べると、興味の対象がぶっくらこいちまうくらい狭くて、自分自身への関心と興味が80%くらいをなしていて、愛する人やなんかが19%、残りの1%で自分の国の社会から世界の情勢や外銀河の動向までの広大な範囲をまかなっている。

除夜の鐘 俺のことならほっといて

という中村伸郎の有名な俳句は、そのまんま西洋文明で育った人間の気持ちを代弁している。

日本語でさんざんあーでもないこーでもないと日本語で出来た友達と話してきたが、いままさに焦眉の急の問題に「どうやって自由社会にたどりつくか」があるが、
わがままじゃないと、ダメなんじゃない?
と2,3年前から言い出したのは要するにそういうことです。

ものを見て考えるときの視線のベクトルが自分から世界へ向かっていることが自由主義社会の大前提で、このベクトルが逆向きになっていて世界から自分に向かっていると、つまりは全体の意志が自分の意志をのっとってしまう天然全体主義になってしまう。

世界中を見渡して、中国の人と日本の人が代表的なこの全体発個人着ベクトルの犠牲者だが、中国の人は元来「公(おおやけ)」の範囲が著しく狭いので知られていて、だいたい二親等の親族くらいまでしか及ばない、という。
この範囲ではお互いを完全に信頼することができて、言葉を違えず、完全に善意だけで事象が処理されてゆく。

しかも公(おおやけ)の外側は、no rubbish文化で、ついこのあいだまでは、博愛とか公正とか、くだらないこと言ってんじゃねえよ、それでどうやって生き延びていくんだよ文化だったので、家から外に出れば戦場で、悪くいえば嘘でも割り込みでもなんでもあり、ルールなんて言ってたら飯が食えんわ、勝てばいいんじゃ、で、それが中国の強靱な個人主義の元をなしている。

「男は家から一歩外に出れば7人の敵がいる」
という黒澤明の「七人の侍」の盗賊の科白みたいな俗諺が日本の本を読むとときどき出てくるが、えっ、たった7人なのか羨ましい、というイギリス人の感想は別にして、封建的な「家」の概念があったころから、日本では「公」もまた存在して、闘争にもちゃんとルールがあったのが窺われるが、

日本人の文明では「絶対」をもたなかったことの結果として世間が「絶対」の代替として機能することになってしまった。

日本の人が、データと統計を偏愛して、「ものごとを客観視しようと努力している」と自分では感じている努力が多くの場合、世間がどう評価しようとしているか見極めている痛々しい努力と同義なのは、そういうことと連関があるのでしょう。

十年以上日本語と付き合って得た結論は、「こんなに言語が異なっていては理解しあうのは不可能」だったが、考えてみればおなじ英語でも、たいして理解しあっているわけではないので、
まあ、そんなものだろう、と考えるしかないが、
世界認識のベクトルだけは、えっこらせと180度向きを変えてやらないと、日本語人は破滅に向かって歩いてゆくだけだ、とおもいます。

Posted in Uncategorized | 2 Comments

死語を愛する

移動式のタイのお寺みたいなものが交叉点の角をまわって現れて、初めてみたとき、これはなんだろう?とおもって訊いてみたら霊柩車だというのでびっくりしたことがあった。
パトカーのデザインも変わっているとおもうが、霊柩車は、秀逸であるとおもう。

パチンコ店の開店とお葬式の花環が色がちがうだけで、ほぼおなじなのもおもしろい。
日本はデザインの感覚が、ほかのどの国とも異なる国で、デザイナーや視覚芸術家がつぎつぎに生まれる下地は、普段の生活にあるのは間違いない。

もうほとんど日本のことはおぼえていない。
人間の記憶は大事なことは忘れて、あんまり意味のない細部を鮮明におぼえているように出来ているものであるらしい。

おぼえているのは奇妙なことばかりで、もともとはイギリスのものだというが、当のイギリスではついぞお目にかかったことがない蒸したたらこのサンドイッチや男や女の人の変わったところがある歩き方をおぼえている。

どこに行っても奇妙なほど低い天井や歩道や店舗のファサードにあるさまざまな意匠の広告の色調をおぼえている。

記憶のなかでは、日本の人の背丈はだんだん高くなってゆくのは、なんどか日本に行くたびに経験したことで、日本の人が聞いたら怒るに決まっているが、なあんとなく欧州人とおなじくらいと記憶のなかで調整されている日本のひとの背は、現実の、例えば鎌倉駅の前に立つと、びっくりするほど低い。

数字で見ると、男の人の平均身長は170cmくらいで、だいたい150cmだった大日本帝国時代に較べれば、多分、主に栄養状態が向上したせいで20cmくらいも伸びたことになっているが、それでも、やはり、ずいぶん背が低い感じがする。

日本と聞いて真っ先におもいだすのは、白い自転車に乗って紺色だったかネズミ色だったかの制服を着たおまわりさんたちで、モニとふたりで、いかにもかわいいので、何枚も写真を撮っている。

日本の治安の良さを象徴するような光景。
おまわりさんが、中国やイタリアの田舎でよく見かけるような自転車に乗って、心なしかアゴをつきだして、低すぎるサドルに乗って、息をつきながら自転車をこいで、どこかへ急行している。

いつだったか自分も自転車に乗っているときに、日本橋で、信号を待っていた歩道で、おまわりさんが横にならんだので、
「どんなときに歩道を走ってもよくて、どんなときはダメか、わからないんだけど、あなた、判りますか?」と聞いたら、
何秒か考え込んで、
「ぼくもわかりません。はっきりしないですよね」
と正直なので日本のおまわりさんが、いっぺんに好きになってしまった。

サンフランシスコのヘルメットをかぶってマウンテンバイクに乗ったおまわりさんは、
「写真、撮ってもいいかい?」
と訊いたら、ちゃんとポーズを決めて、
「かっこいい自転車だよね」と感想を述べたら
「いえーい」と、にっかり笑って、
あれも良いが、日本のひとのはにかみと誠実そうなところも、
やはり出色であるとおもう。

ひところは文字通り日の出の勢いだった中東の航空会社、カタール航空やエミレーツ航空が、乱調で、おまけに戦雲があらわれているので、ニュージーランドから欧州に行くのに、東京がまた選択肢に入るようになった。
この行き方の欠点は、ニュージーランド航空が日本から欧州には飛んでいないことで、ブリティッシュエアかANAになるが、共同運行にしても、例えばシートが、いまはどうかわからないが、フルフラットでなくて、くたびれる。

シンガポール経由が最も座席もサービスもよくて、多分、またシンガポール経由になるのではないか。

遠回りでもよければ最初から最後までニュージーランド航空で行けるメリットがあるロサンゼルス経由があるが、このルートの欠点は、空港が混雑するのと、寄ると、どうしても数日遊んでしまうので、乗り換えに何日もかかるというバカなことになるのが欠点です。

日本は、だから、もう行く機会がストップオーバーでもなさそうな気がする。

ちょうど普段頭のなかに保存されている日本語は、落ち着いた、リズムのよい言語であるのに、インターネットで出会う「生の」日本語は、見るのもうんざりするような醜悪な言語で、嫌でも眼にはいる、十年ずっとつきまとっているトロルたちの日本語などは、「これが人間の言語だろうか?」とおもうくらいひどいが、
それとおなじことで、日本といっても、記憶のなかに保存されている日本のほうが、現実に訪問する日本よりも、だいぶん眉目(みめ)が良いのかも知れません。

日本は衰退した国で、変化がないどころか、あとじさりしている。
21世紀のドアの前でたちすくんでいたかとおもったら、驚いたことに踵を返して、すたすたと20世紀の前半に向かって歩きだしてしまった。

さすがに、いくら「美しい国」に戻すのだと政府が頑張っても、戦前のビンボで喧嘩っぱやい国まで戻るのは無理があったようで、いまはだいたい90年代くらいのところで社会全体が停滞している。

観光で訪問するには停滞した社会は絶好で、だから最後に日本を数日訪問したときも、「この国は楽しいなあ」と心の底からおもった。

銀座のデパ地下や京都の寺町、どこに行けばおもしろいものがあるか判っているので、なおさらだった。

人間ひとつとっても、日本に住んだことがあれば、慣れていて、パッと見て、「あ、このひとは話しかけても大丈夫だな」
「この人はやめたほうがよさそう」と直ぐに判別できるようになる。

外国人に対して表情が開いているひとと、善意悪意というような問題ではなくて、閉じている人がいる。

滞在ではなくて訪問であると、いわば良いところだけをつまみ食いして、デパ地下歩きをしているようなものなので、日本くらい楽しい訪問先は珍しいのではなかろうか。

だから友達がアジアのどこか、上海か香港か、と述べて悩んでいると、東京や京都は、どう?
と、つよく薦める。

インドの映画「The Lunchbox」には駆け落ち先にブータンを
「1ルピーが10ルピーに使える国」として、繰り返し言及されるが、東京も似ていて、「1ドルが2ドルに使える国」なので、
ちょうど昔むかしのシンガポールとおなじことで、質のいいサービスや食べ物がびっくりするほど安いので、それも日本観光の最大の魅力をなしている。

日本を理解するときに、外国人のあいだでは日本語が判る人間と日本語があまり判らない人間のあいだでおおきく分かれる。
日本語がまったく判らないか、表層的にしか理解できない場合は、英語世界の醜さから脱走したい気持も手伝って、日本を「ここではないどこか」とみなしたがる強い傾向がある。

基本的になにもかもがsillyであるアニメの世界に住んでしまいたいという疲れた魂の希望が発揮される。

不幸なことに日本語に対する理解が深まるにつれて日本への失望が頭をもたげてくるようです。

自分はどうだろうか?
と考えると、悪い癖で、日本語に対しても深入りしすぎたのではないかと、この頃、よく感じる。

ひとが薦めてくれるのに従って、本を2冊か3冊だして、そこで終わりにするのがいいのではないか。
あるいは、そのうえに「俊頼髄脳」を英語に訳して、そのくらいで終止符にするのがよいのではないか。

日本はもうすぐ第二院の半数改選で、日本をよくするのだ、とあちこちで議論が沸き起こる短い政治の季節を迎えている。

日本の政治のことは、さっぱり判らないが、日本語の衰退を見れば、想像がつかないことはない。

天人にも五衰があるというが、社会の衰退の初めの徴候は無論言語が美しくなくなることで、日本語はだいたい80年代初頭くらいから衰退が始まって、失礼ではないか、と言われそうだが、いまはこれがかつての表現の美しさで鳴らした日本語か、と驚かれるほど醜い言語に変わり果てた姿をさらしている。

翻訳者と共同で英語で執筆しているのだと事情を説明したほうがよさそうな村上春樹も、日本語で読んでみると、苦痛なくらい表情の冴えない日本語であると感じる。

もちろん、谷崎潤一郎たちの世代と較べて、ということで比較としてフェアではないが。

現代日本人の手でよってたかってボロボロにされた、零落した言語で社会や政治について考えても、ほとんど無意味なことを、いまの段階に至って指摘するのは残酷なだけだろう。

自分に対しても認めざるをえない事実として死語の体系と化した過去の言語を愛していたのだという盛大に時間を浪費した自己の現実の姿に憐れみを感じる。

それならば、まだ外国語の習得に未練を持っているのなら、もうそろそろ、他の言語に軸足を移したいとおもうが、例えば円地文子の日本語を読むと、あるいは透谷の謦咳にふれると、なかなかそうもいかないのです。

Posted in Uncategorized | 2 Comments

Holy Grail

自分が何者であるか、きみに説明する必要を感じない。
これから何をしようとしているか、予告する必要を感じない。

こういうことですよ。
ぼくは、ある朝、午前10時か11時頃、目を覚まして、ドゥーベカバーの上に乗っている猫さんと一緒にのびをして、よれよれのジーンズとTシャツをさっさと身につけて、家の人にもことわらずにガレージのオートマティックドアを、ぐわあああーんと開けて、黒いレンジローバーに乗ってドライブウェイを、ぶうううっーと出てゆく。

ぼくはどこに行くか屋根のうえにサインを出したりしません。
バスじゃないんだよ。
きみとぼくの生活には関係がない。
きみの生活になんかなんの興味もないし、きみがどんな悩みをもっていたって、きみがぼくの友達でないかぎり、どうでもいい。

このブログ記事のゲームブログでなくなった初めの記事には
No longer I care
という言葉がでてきます。
日本語に訳しますか?

もう、どうだっていいのさ。

20歳のころ、ぼくは、この世界をよくしなければ、と考えていた。
世界を自分たちの努力でよりよいものにしなければという考えに取り憑かれていた、と言い直してもいいかもしれない。

若い人間に特有の過剰で愚かな親切心で、この社会へのコミットメントを示すために通りに出て石を投げた、警官たちに取り巻かれた、身体が小さな友達を救い出すために、怒りと筋力にオーバーブーストをかけて、おまわりさんたちを殴る蹴るの暴行に及んで、はははは、ばっちりカメラに収められたりしていた。

祖母はおもしろい人で、孫、つまりぼくや妹に、おまえたちも、いちどくらい政府に抗議して警察につかまっておいで、と述べて、あの例の、といってもきみは知らないわけだけど、あの階級の人特有の、高らかで涼やかな、透明な笑い声をたてたものだった。

ガメや、一人前の男は、一度くらいは留置所でひと晩すごすものですよ。
心配しなくたって、次の日の朝には、おまえの父親やおじいさまが助けに来て、ちゃんと檻から出してくださいます。

ぼくは生まれついて力が強くて、敏捷で、足が疾かったから、いちどもつかまらなかったが、不謹慎なことをいえば、実際、あれはクリケットと同じくらいには面白いスポーツであったとおもいます。

ぼくは説明しない。

ぼくはぼく自身を解説しない。
ぼくはぼく自身の人生を釈明しない。

ぼくの人生はきみのものじゃないからね。

きみの人生?
そんなもの、ぼくの知ったこっちゃないさ。

30歳になると、この世界は、ぼくが手を触れられるものになっていた。
むかしは、テレビのスクリーンの向こう側や新聞の粒子が粗い写真のなかにいるクソジジイやクソババアだったものが、会おうとおもえば会えるクソジジババになって、低いテーブルの向こうで、微笑んで、お行儀良く座っている。

エンジンが付いたスケボーをつくってみたんだよ、乗ってみるかい?
え?道交法?
文句があればおまわりさんか、お節介なじーさんがなにか言ってくるだろうけど、ぼくが住んでいる国には、残念ながら、そういう告げ口おじさんは珍しい。

だいいち、きみは、心配する順番が逆だよ、やりたいことはどんどんやって、それに文句がついてから考えればいいんだよ。

自分がやりたいことをおもいつかなくなることのほうを心配したほうがいいんじゃないの?

鏡を見てごらんよ。
きみは、ほんとうに、そこに立っているの?

誰か見知らぬ人が立っている。

きみはきみなのか。
それとも、きみの社会からの切り抜きなのか。
教科書の読み過ぎで、すっかり退屈でクリシェだらけになった頭をふりしぼってきみは必死で正しい考えにたどりつこうとする。

えーと、ふたつの林檎が一個40円だから2x40=80が正しくて、40x2はダメだよね。

居間では、いましも、きみの父親と母親がノーベル賞を受賞して微笑んでいる医学者の記事の写真を切り抜いて、洋服ダンスの上のきみの写真の横に並べて、うなずきあっている。

せいいっぱい背伸びしても届かないのでキスが出来なくて困っている。
幼なじみだったボーイフレンドと服を脱ぎすててベッドの脇に立って、なあんとなくタンポンくらいだとおもっていたのに初めて実物を見た男性器のでっかさにびびっている。

女のひとのやさしい匂いにすっかり参っている。
スタンドの光に透けて輝く金色の産毛に柄にもない神秘を感じている。

隣の気の毒な独身男が壁をどんどん叩く音に笑い転げながら、朝まで踊り狂っている。

抱き合っている。
夜明けの浜辺で、抱き合って泣いている。

ぼくは説明しない。

ぼくはぼく自身を解説しない。
ぼくはぼく自身の人生を釈明しない。

夕方の凪いだハウラキガルフをpuddle boardで行くように、ぼくはきみの人生を横切っていくだろう。

見つめているきみに気が付いて、手をふっている。
いいところを見せようとしてスピードを出している。

バランスを崩している。

なんとか立ち直って、またパドルをもちなおしている。

きみが見ているうちに、ずっと遠くに行ってしまうかも知れないけど。
でも、ときどききみの横顔をおもいだして、涙ぐんでいるのさ。

もっと光を。

Posted in Uncategorized | Leave a comment

Duh

ネット上を跋扈してアカウントやブログに嫌がらせを繰り返している集団を可視化して、誰が見ても日本のネット世界でどんなことが起きていて、どんなふうに議論が阻害されているのかが判るようにしておこうと考えて、2週間を用意したが、結局、一ヶ月半もかかってしまった。

予期せぬことに主にtwitterで知り合った、このブログの記事が好きなのだというひとたちが起ち上がってくれて、デザイナーもいれば、勤め人も、物理学者も、哲学者もいる、共通項がなにもないひとたちが、てんでばらばらに素手の論理で、随分助けてもらってしまった。

いろいろ学んだことがあって、最もおおきなのは「敵が可視化されれば味方も可視化される」ということだった。
味方、というのが剣呑なら、「真の友」と言い直してもいい。

なんのことはない現実の世界とおなじことでネットの上でも、おもいもかけない人が味方に立ってくれて、自分の低い次元の泥沼に相手を引きずり込むことを得意とするトロルたちから伸びてくる手で服を泥まみれにされながら、毅然と、というのはクリシェで冴えない言葉だが、ほかに適当な言葉も見つからない、毅然とした姿で戦って、突き出される言葉の鉾を、前に出て盾で受け止めてくれる。

全員に了解ができていたことはトロルに反撃すれば、不思議な感受性を持つ日本の社会では自分たちが悪く言われることで、日本の文明においては悪と戦うものも悪なのは、常識なのであることを前もってよく知っていた。

うまく行ったほうではないだろうか。

フォロワー数が半分になることを見込んでいたのに200くらいしか減らなかったのには驚いてしまった。
立ち去る人の理由はわからないし、あんまり興味もないが、7000くらいの減少を予想していたのに200というのは、これはこれで考えなければならないことができたと感じます。

トロルと争っているのだと勘違いする人もいたが、読めばわかる、そういうことではなくて、トロルと同種類の人間であるならともかく、トロルというのはこういうものだと顕在化させて自分の目で見て判断してもらおうとみんな考えているだけであるのは、別にお互いに言葉を交わさなくても一目瞭然で、第一、争っているのなら勝敗があるだろうが、英語でもおなじことだけれども、どちらがどんな人間かというのは使っている言葉や表現をみれば、どんな人間にもあきらかで、それがあきらかでない、未分明な社会だとおもっていれば、初めからトロルの可視化なんてやりはしない。

ともかく、duh、な一ヶ月半が終わってみると、自分で考えるときに使える言語のうち日本語はトロルが嘔きかける汚物を浴びて、ばっちいこと夥しくて使いものにならず、現代詩の言葉や、明治の文語を使って悪魔祓いを必要としている。

おなじ日本語を使って生活もこなさなければならない日本語のお友達たちが心配だが、自分自身は、コンピュータから目を離してしまえば、いきなり悪い夢に似る経験で、生活に使っている母語である英語のほうは、おもしろや、トロルが書いた嘘八百、悪口雑言のアホな恫喝と作り話に満ちた、ようやるよ、日本語を熟読している最中でも、例えば一日の最後のおやすみなさいtweetでも、別に影響を受けることはなくて、いまさらながら、年来の主張である、「母語と後天的に習得した言語とのあいだに本質的な差異はない」を疑わせる材料が自分の手で、またひとつ追加されてしまいました。

日本語社会がトロルの跋扈に対して無力なだけで、トロル自体はどんな言語でもたくさんいる。

理由は、わかりません。

一般に信じられている説は、自分の生活がうまくいかなくてネットのなかで自分の支配欲を実現しようとしているのだろう、とか、現実の生活では何の益もない人間なので、せめてネットの世界で「生産的な」人間を演じているのだとか、いろいろな説があるが、どれも、もっともらしいといえば、もっともらしいけれども、嘘くさいといえば嘘くさくて、なにより前に、ネット時代の、ひとつの社会にとっての有効なsabotage(破壊的な活動)としてのトロルには興味があるが、トロル自体に興味があるわけではないので、こういうことは内藤朝雄のような重戦車知性が専門である「いじめ」とつなげて考究するか、各自、集団トロルの前で、裸尻をみせて、ペンペンと叩いてみせて、けけけ、ばあーかをしてもらって、襲ってもらって実体験して研究の対象とするか、他に任せたほうがいいような気がする。

トロルという存在には万国共通の神の手で額に焼印されたような特徴があって、理解力と創造性に著しく欠けている。

創造者として劣っているというような生やさしいものではなくて、創造性がまるきしのゼロであることを通例としている。

例えば、集団で中傷誹謗をしてはいかんではないか、と述べると、まるで木霊のように、しばらくすると「集団で中傷誹謗するな。やっているのは、おまえのほうではないか」と必ず言い出す。

「ウソツキめ」というと「ウソツキめ」と返ってくる。
ヤッホーをしたくなるほどで、おもしろいほどです。

論法も表現も全部借り物で、この手の人は他の言語でも研究者ならば研究者で、論文はたいてい剽窃を巧くつなぎあわせたもので、その結果、まとまりのある長い論文は書けずに、だいたい「共著」や「論文集」のような形でしか本にまとめられない。

まして、さっきも例にあげた内藤朝雄のように、あるいは、今回は起ち上がってしまって自分でも驚いたのではないかとおもうが通称哲人どん、実の名を田村均というが、その人が書いた「自己犠牲について」のように、初めは、ふんふん、教科書みたいなもんだな、わかりやすい、と心に呟きながら読み進めていくと、第八章目くらいから急激に論理が稠密になって、胸突き八丁とはよく言ったもので、ぜいぜい言いながら読んで、しまいには「やっぱり日本語は難しいわ」と日本語のせいにして投げ出したくなる独創的な視点などは、金輪際もてない。

まあ、いま書いていておもったが、だから朝から晩までトロルやってるんだろうけど。

日本の社会には殆ど興味がなくなってしまって、これは日本の社会がダメになったというようなことではなくて、日本の社会や文化は相変わらず他の社会とは、うんとこさ異なっていておもしろいのだけれども、いかんせん本人が、妹の表現によれば「1000年にひとり」「カリギュラ以来」「ネロも顔負け」という飽きっぽさなので、断続的にでもいままで興味が続いていたほうが奇跡なので、日本語よりはわしのほうに理由がある。

それでも日本語だけは、なにしろ美しい情緒を表現するには最高の言葉で、しかも「遠くのものを結びつける」には最適のいっぽうのはしっこなので、飽きることはないだろうとおもっていたが、あきっぽい人間というのは怖ろしいもので、こっちも興味の持続が怪しくなっていた。

なにしろ大好きな「こわいおはなし」、世界で最も程度が高く洗練されているのではないかとおもわれる怪談本が一冊読めなくて、途中からいつのまにかTeju Coleの評論を読んでしまっている自分を発見する。

もうこれは我が内なる言語としての寿命ではないかと考えて、言語ごとなげだそうとおもっていたら、あな不思議、トロルの薄汚い日本語に読み耽っていたら、わが内なる言語としての日本語は若返って、いまちょっとくたびれているが、またなんだかいくらでも書いたり読んだり出来そうな案配になって新しいセルを買わなくても再生バッテリーで十分なハイブリッドカーなみで、言語の鼓動がまた聞こえるようになってきた。

自分では、え?とおもうくらい不思議な現象だが、これも理由はわかりません。
もしかしてトロルさまさまだったりして、とおもうと、なんだか複雑な気持ちでなくもない。

もうひとつ良かったのは、日本語が飽きるのに先だって飽きていた母語の英語が、新鮮に見えだしたことで、先週、ある人(←日本の人です)に言われて、英語でも、おおむかしのバカタレな若者風の日本語をひきうつすつもりで書いてみたら、書けてしまった。

これはびっくりどころか、おおびっくりで、1000の階乗くらいの巨大なびっくりで、もともとは、静謐で平明な冷たい水の透明な小川のような英語をこころがけていたのに、そこのきみ、何を笑っておる、静聴するよーに、ちゃんと英語でも、わっしはぶっくらこいてしまっただよ、が書けてしまった。

おそるべきことであると思います。

言葉よ、言葉、とあらためて思う。

いままでの言語に関する理論も発見も、ほとんどどっかに行っていまいそうだが、そんなものはまた考えなおして構築しなおせばよい。

日本語というもの、あるいは日本語のユーラシアプレートにもぐりこんだ西洋語の太平洋プレートというべきなのか、そこに生みだされるエネルギーはすごいもので、なるほど言語を習得するというのは、こういうことなのね、と思っているところです。

され、ここまで読めばわかるとおり、これはお友達たちへのメモ書きです。

言い換えると、こんなに長々と書かなくても、
「ほんとうに、ありがとう、みんな」と書けば足りることを、長くお礼を述べて感謝を示したい一心で、文章にしているにすぎない。

あのね。
おなじ母語でも、心からの友達ができるというのは、たいへんなことなんです。
まして外国語においておや。
矢面に立って戦ってくれたお友達たちはもちろん、裏のslackやtwitterのダイレクトメールやemailで、ほんとうはtwitterでやっていたかった文学論や哲学論、社会や政治についての議論を続けてくれたお友達たちに感謝します。

日本人は、すごく変わっている人たちだが、今回、神秘的といいたいくらい感動したのは日本人というひとびとの「無条件な友情の厚さ」でした。
西洋人とは、まるで異なる、と言ってしまってもいいとおもう。

まだ日本語人について知らないことがいっぱいある、と心から考えた。
わしは日本人について、なにも知らないのではないだろうか。

人間は、見知らぬ美しいものを目撃する一瞬のために生きている。
日本の人は、不思議なくらい、そういう一瞬を、しかも何度も見せてくれる。

さっき、トロルのひとびとをちょっと覗いたら
「しかし、それでもガメ・オベールは悪人であることは間違いない」と書いている人がいて、ずるっこけてしまった。
まるで科学に敵対することにしたガリレオ・ガリレイみたいな人である。

それでも、わしは人間が親切なので、ちゃんときみにも別れの言葉をあげます。
英語で我慢してね。

はいはい、わたしは悪人でございますともさ。
あなたがたにとっては、ね。

Duh

Posted in Uncategorized | 4 Comments

ぼく自身からの手紙

若い人間は、ほんの少し宙に浮いている。
足下をみればわかる、1インチか2インチ、どんなに地面から離れていても3インチとまでは離れないが、少しだけ宙に浮いている。

なかには寺院の屋根の階(きざはし)に腰を掛けて、ぼんやりと世界を見渡しているArthur Rimbaudのようなひともいる。

ほら、金子光晴が、素晴らしい日本語に訳しているでしょう?

束縛されて手も足もでない
うつろな青春
こまかい気づかいゆえに、僕は
自分の生涯をふいにした。
ああ、心がただ一すじに打ち込める
そんな時代は、ふたたび来ないものか?

遠くを見渡している人間には、ぼくやきみの、ひとりひとりの顔は見えない。
人間はひとりひとりの人間がみえない遠くから、人間の争いを見ることが、遠くから響き渡ってくる、罵り声や、叫び声、叫喚を聞いているのが好きなんだよ。

ちいさなころ、窓を開けて、
「ごらん、川の向こうでは愚か者たちが騒いでいる。でも川のこちら側に騒ぎがつたわってくることはないだろう」と述べる父親の声に安堵して、きみは、きみのベッドに戻ったものだった。

少し不安になって神に祈ってみる。

地べたにべったり足をつけてしまっているおとなは、きみを不安に陥れる。

こんな時間に電話をかけたら迷惑かもしれない、と考えて、きみは逡巡して、逡巡を始めた午後10時よりも、ずっと事態を悪化させた午後11時になって、きみはずっと歳が上のあのひとに電話する。

元気ですか。

ぼくは元気です。

ちょっと遅くなってしまって失礼かもしれないとおもったんだけど、ひさしぶりに声が聴きたいとおもって。

あの、ほんの一秒の半分くらいの、でも決定的で取り返しがつかない、絶望的な沈黙。
それから、あのひとはいつもよりもずっと落ち着いた、やさしい声で、
まだ起きていたから大丈夫、少しも心配しなくていいのよ、

あなたのことは、いつも聞いている。
学校ではずいぶんうまくやっているのね。
よい噂をたくさん聞いています。

まるで弟のことのように誇らしくおもっています。

ところで、
わたしは暫くウイーンに行くことに決めました。
そこで翻訳の仕事があるんです。

あなたのことを忘れられるわけはない。
ありがとう。

一週間にいちどは絵葉書を書きます。

受話器を置いてから、きみは、なんてバカなことをしたんだろう、と唇をかむ。
あのひとは、ぼくを傷つけないように細心の気をつかって、最後にはおどけた声までだしてみせた。

ぼくはなんという愚か者だろう。
きっと、あの人は、二度と口を利いてはくれないだろう。

口を利いてくれても、よくてよそよそしい友達、悪ければ他人、
もしかしたら電話にも出てくれないかもしれない。

痛み。
どこからきたか理解できず、手の施しようもなく、どうしようもない痛み。

自分は、この痛みのために生きてきた。
この痛みにたどりつくことが人生の目的だったからこそ、20年も生きてこれた。

通りに出て石を投げて 拳をふりあげて 咆哮して
武装したおとなと乱闘する クルマを転覆させて 火をつける

大西洋をわたって
砂でできた岬の突端に腰掛けて
人間が人間を愛する物語をむさぼり読んでいる

突然、涙がとまらなくなって
顔をおおって 哭いている
真っ白な砂が涙で暗い色に変わっていくのをみつめている

なぜ?

ノートにびっしり書き付けられた硬質な論理の言葉といくつかのグラフで神がさしだした手に向かって、指先までのばして届こうとしている。

なぜ、きみはぼくのもとに戻ってきたのだろう?
もう会わないと決めていたはずなのに

なぜ、きみはぼくに会いに来たのだろう

不可視の人として。
夏の照りつける太陽のしたで、賑やかな町で、ひとりだけ氷のように冷たい肌で 青ざめて
痛みとともに

突然、まわりの人びとが振り返る
無遠慮にきみを見つめ始める。

きみはなにもかも見ていて
なにも見ていない

痛みよ

元気ですか。

ぼくは元気です。

ちょっと遅くなってしまって失礼かもしれないとおもったんだけど、ひさしぶりに声が聴きたいとおもって。

だいじなことだったんです。
いいえ、あなたの声を聴くという、そのことが大事でした。

どうしても、今日でなくてはいけなかったんです。
いまでなくてはならなかった。

ぼくはもう二度とこの世界を愛さないだろうから

Posted in Uncategorized | Leave a comment

フェリーの忘れもの

翻訳とはなにか、ということについてTeju Coleが簡潔に述べている。

The English word translation comes from the Middle English, which originates from the Anglo-French translater. That in turn descends from the Latin translatus: trans, across or over, and latus, which is the past participle of ferre, to carry, related to the English word “ferry.” The translator, then, is the ferry operator, carrying meaning from words on that shore to words on this shore.

「翻訳家とは、渡し守なのだ」

日本は国そのものをつくる土台を翻訳におおきく依存してきた。
数学という言語を直截運用する能力を身に付けたほかは、世界への理解をおおきく翻訳に依存してきたとおもいます。

むかし2ちゃんねるという掲示板があって、ここではさまざまな破壊がおこなわれていて、それ自体は旧弊がたくさん残っている日本という社会ではいいことだったとおもうが、あっというまに、詭弁や相手がいうことを編集して、もっともらしく自分の主張が正しく見えるように引用する、といういわば「悪知恵」ばかりが発達して、結果としては、日本の、そもそもマスメディアが機能していない世界で、ゆいいつの希望だったネットメディアを腐敗させる元凶になった掲示板があった。

この掲示板から発生して、新しくビジネスモデルとしてコミュニティモデルを採用した「はてな」という会社のサイトに2ちゃんねるのなかでも詭弁と攻撃性が発達したグループが、このコミュニティに移動します。

日本語にあきてきてしまったので、立ち去る前に、なにかひとつ貢献をしておこうとおもって、なぜ日本語ではネット言論が健全に発達できなかったか、というその仕組みを可視化しておこうと考えた。
その前に、主にtwitterのタイムライン上でintegrityについてのみんなの考察から、日本語にはそもそもintegrityという語彙そのものがないことの発見があって、そのことから出発して、いまの日本を歪めているのは、倫理の欠落であると考えて、そういえば自分には10年しつこくつきまとっているトロルがいたよね、あれを例にすればいい、とおもいついたのでした。

その人物は一方で怪物的な精神を病んだトロルとしてこれと目を付けた「敵」にありとあらゆる汚いやりかたで攻撃をしかけながら、一方では、すました顔で流行の左翼言説の「公約数」を述べて左翼知識人たちにとりいる、といういかにも日本人らしい、といいたくなる芸をみせていた。

そういうことが大好きなひとたちは、「ああ、あのひとね。でも、おもしろいじゃない」くらいで、すぐに名前はわかるでしょう。

その西洋ならばとんでもない、そもそもなにをやっているか判ったとたんに一瞬で言論社会どころか社会そのものから葬られるべき人物も、日本では、「たしかに感心はできないが、でも、いいことを言っているんだからいいんじゃないか」ですむことも知っていた。

若い世代は、考え方が日本人特有の奇妙な偏狭さから自由な人がおおいので、いまは全然だめでも、あとから来る人は、「なるほど、こういう病によって日本は戦争に踏み出し、国を荒野に変えたのか」と判るようにしておこうと考えたのでした。

比較的にうまくいった証拠には、だいたい半分になるだろうと予想していたフォロワー数が200減くらいで終わったので、不正を目にみるとあわてて逃げ出すか不正をおこなっているがわにつく日本語の人のもともとの習性を考えると、浮き彫りにするのに使ったのと同じグループがぼくに対してネットストーキングとハラスメントを始めた10年前と較べると、日本語のネット世界もずいぶん変わったものだなあ、と感心しました。

そのうえ、twitterのダイレクトメールやemail、「載せないでくださいね」という注意とともにくるブログ記事へのコメントの形で、社会的に地位や名前がある人たちからもないひとたちからも、ずいぶん「励ましのお便り」みたいなのがたくさん来て、これについては西洋人が聞けば「そんな、卑怯な」というかもしれないが、日本の社会は倫理というものを置き去りにしてきた特殊な近代の歴史をもっているので、社会がやくざやゴロツキ集団、あるいはイジメ集団に対して、まったく無力で、そもそもそういうことは人間として最低のことだという認識もないので、抗議の声をあげてもいいことはなにもないのがわかっているので、無理もない、というか、あんまり非難する気持も起こらない。

日本の社会が倫理の語彙、たとえばintegrityやcommitmentに訳語を与えなかったのは、そういう語彙が富国強兵に役に立たないだけではなくて、例えば、目の前の棒杭にくくりつけられている中国人を銃剣で突けと命令しているのに、良心などもたれて命令に服従しないようになれば、軍隊、ひいては国家など成り立たない、という判断によっている。

倫理を輸入しないと決めたことの理屈としては、例えば日本では広く知られているらしいThe Crysanthemum and the Sword(「菊と刀」)のなかでRuth Benedictがこう戦後すぐの日本人たちに事情聴取した結果を述べている

The Japanese have always been extremely explicit in denying that virtue consists in fighting evil. As their philosophers and religious teachers have constantly said for centuries such a moral code is alien to Japan. They are loud in proclaiming that this proves the moral superiority of their own people. The Chinese, they say, had to have a moral code which raised jen, just and benevolent behavior, to an absolute standard, by applying which all men and acts could be found wanting if they fell short ‘A moral code was good for the Chinese whose inferior natures required such artificial means of restraint.’ So wrote the great eighteenth-century Shintoist, Motoöri, and modern Buddhist teachers and modern nationalistic leaders have written and spoken on the same theme. Human nature in Japan, they say, is naturally good and to be trusted. It does not need to fight an evil half of itself. It needs to cleanse the windows of its soul and act with appropriateness on every different occasion. If it has allowed itself to become ‘dirty,’ impurities are readily removed and man’s essential goodness shines forth again. Buddhist philosophy has gone farther in Japan than in any other nation in teaching that every man is a potential Buddha and that rules of virtue are not in the sacred writings but in what one uncovers within one’s own enlightened and innocent soul. Why should one distrust what one finds there? No evil is inherent in man’s soul.

日本人はこれまで一貫して 、悪との闘いの中に善があるという考えをきわめて断定的に否定してきた 。そのような倫理規範は日本にとって無縁のものである 。日本の 、学問にたずさわる人々や神仏の道を説く人々は 、何世紀にもわたって絶えずそのように指摘してきた 。彼らは声を大にして 、 「このことから 、日本人が倫理の点で優れていることが分かる 」と唱える 。日本人によれば 、中国人は 、仁 (正義と慈悲に満ちた振る舞い )を絶対的な基準とする道徳律を設けなければならなかった 。すべての人間および行動は 、そのような基準に照らして初めて──その基準に達していなければ──欠陥を露呈するというわけである 。 「道徳律というものは 、漢人にとって望ましいものであった 。というのも漢人は 、性根が劣っているのでそのような人為的な拘束の手段を必要としていたからである 」 。このように述べているのは 、一八世紀の偉大な神道学者 、本居宣長 (一七三〇 ~一八〇一年 )である 。そして 、現代の仏教を説く人々や 、現代の国家主義的な指導者たちも同じテ ーマを繰り返し論じてきた 。彼らに言わせると 、日本では人間性はもともと善であり 、信ずるに足るものである 。人間性は 、その半分を占める悪と闘う必要はない 。する必要があるのは 、心の窓をきれいにしておくことである 。また 、それぞれの異なる場においてしかるべく振る舞うことである 。人間性がやむなく 「汚れた 」状態になったとしても 、汚れは難なく拭い去られる 。そして 、人間の本質的な善がふたたび輝きを放つ 。日本の仏教の教えは 、どこの国の仏教よりも徹底して次のように説く 。人はみな 、いずれ仏になる可能性を秘めている 。道徳は経典の中にあるのではない 。邪念のない 、達観したおのれの心の内を覗けば 、おのずとそこに道徳が見つかる 。心の中に見つかるものを 、どうして疑わなければならないのか 。人間の心にはもともと悪は存在しない──。(角田安正 訳)

意図的に倫理語彙をブロックしていたわけで、今日、日本の人が苦しんでいるのは、つまりは近代の始まりに、日本人が西洋語とその結果である西洋社会の構造を誤解したことによっている。
「社会の役に立つことだけを取り入れる」と固く決めた結果、倫理は向こう岸に置き去りにしておけ、と「渡し守」は申し渡されたのだった。

結果は、悲惨などというものではなくて、なにしろ善悪自体が相対的な世にもデタラメな社会が成立してしまった。

Warren Buffetという読書家の投資がうまいじーちゃんが、どこかの大学の卒業式で、こんなふうに述べている

“Somebody once said that in looking for people to hire, you look for three qualities: integrity, intelligence, and energy. And if you don’t have the first, the other two will kill you. You think about it; it’s true. If you hire somebody without [integrity], you really want them to be dumb and lazy.”

人間を雇うときには、integrity、知力、活力のみっつを見て雇用するが知力と活力があってintegrityがない人間を雇うのは最悪である、とじーちゃんは述べる。

Integrityがない人間は、いっそバカで怠け者でなくては周りは傍迷惑このうえない、と言うのです。

なんだか、ひどいけれども、日本という国を考えると、精力にあふれて、頭がきれて、倫理はかけらもない、ここで描かれた青年をおもい浮かべることがおおくなった。

他の国をさんざん苦しめたあとで、倫理が拠っている「絶対」を信じられなかった日本人は、いまは自傷行為というべきか、自分自身の攻撃性と倫理の欠如によって、自分を痛めつけて苦しんでいるように見えます。

日本語ネットの世界はすさまじい声で咆哮しながら、自分の身体に牙を立てて噛みついている、黒い獣をおもわせる。
凄惨な様相を呈している。

わしは自分の日本語との付き合いの最後に、「やれるだけのことはやった」とエラソーに何度も述べているが、ほんとうにそうかどうか、自信がありません。

あれほど美しい表現をたくさん教えてくれたのだから、日本語にもっと付きあうべきだったかも知れない。

しかし言い訳をすると人間の一生は寿命とおなじというわけではなくて、まともにものが考えられるのはだいたい50年あればいいほうで、たいていは20歳から50歳くらいのもので、30年もない。

もちろん日本語だけやっていたわけではなくて、なにしろ、たとえば日本語ツイッタならば、スペインの映画をみながらゲームを一方ではやっていて、最近ではそのうえにslack crawlもやっているというていたらくで、相も変わらぬテキトーさだが、それにしても、もう10年やっているんだから、そろそろいいだろう、という気持があります。

ブログを閉めると述べたら、「たくさん」と表現したくなる人達から「うちから本を出しませんか」と言ってきて、なにしろありがたいので、このあとは日本語でも本を書いて、ブログのほうはお友達たちに約束した「豪華私家本」、壮麗なilluminated book、は嘘だが、せめて装幀を紙質にだけは商売の出版社ではのぞみえないオカネをつかって、贈答用に製本しようとおもっています。

ブログも、このあとも書くのではなかろうか、というのは、日本語でブログを書くのは良い刺激になる。

この記事はそういう種類のものではないが、なかには日本語でしか出来ない表現を追究して、ええええっ、こんな表現が可能なのか、日本語ってカッコイイ、とケーハクにうっとりしてしまうことも多いので、なんだかやめると自分ひとりしか読まないと仮定してももったいないような気がする。

日本語社会への還元を考えないのに、自分とお友達たちだけのために文章を書くというのは、わがままだが、もとからわがままなので、別にいいだろう、というすごい理屈もあります。

ただ曲もなくおなじスタイルで続けていっても自分でも退屈なだけで、な、な、なんだこれは、という記事が混ざるでしょうけど、まあ、長年の付き合いの誼で我慢してくれるよーに。

でわ

Posted in Uncategorized | 6 Comments