アゴラで

インターネットはアグレッシブな性善説なのだという。
アメリカから遙々やってきて、挨拶と、おお元気かや、のハグもそこそこにいきなり、どうやら話したくて仕方がなかったらしいことをまくしたてはじめる。

だいたい、プライバシーが必要だとか、考えが間違ってるだろ?
邪悪な人間だけがプライバシーを必要とするので、善意をもって暮らしていれば隠すものがある個人なんて、そうそうないはずだ。
インターネットは基本的なデザインがプライバシーを前提としていない。
あんな20世紀的な理屈をもちこまれては、やれることもやれなくなってしまう。
おれはもうジジイやババアの古くさい頭に付き合うのは、うんざりだ。

この人は贅沢な人なので他のまともな旅行客のようにコンベアの前でスーツケースが出てくるのを待つ必要はない。
一緒にわしのクルマまで歩くが、そのあいだもずっと、育ちがよいので口角に泡をためたりはしないが、すごい勢いで話しています。

あんたはMG42か。

グーグルが中国政府に買収される日、という有名な冗談がある。
純粋にマーケティング用のビッグデータだから大丈夫、グーグルにストアレジや検索や、というふうにどんどん頼っていくのは、なんとなくよくないのは判ってるが、便利だし安いからドロップボックスから移行するか、と言っているうちに、よく見てみると朝起きてから夜寝るまで、どこにいてなにをしていて、もっと悪いことには何を考えているかまで全部グーグルに判ってしまうようになって、オンラインで把握された状態になっているところで、グーグルがポンッと中国政府に事業全体を売ってしまう。

でも、普通の人間は中国政府に把握されて困るプライバシーなんてもってないだろう?
と、言う。
あるいは、21世紀の後半は、プライバシーに価値がある0.1%以下の人間と、「その他」に分かれていくだろう。

ラウンドアバウトで左側から進入してくる、おっそろしい運転のインド人風のおばちゃんがいるのでクラクションを鳴らして、あーびっくりした、と述べているあいだも、こちらの動揺には一向にかまわず、インターネットがいかに本来の革命性を発揮できないでいるかを滔滔と述べ立てる。

性善説は長いあいだパッシブな立場に立たされる考えだったが、インターネットによって性悪説を圧倒するちからを持つようになった。

アナーキズムは建設性をもたない政治思想にすぎなかったがインターネットの登場で、国権主義はもちろん、政府そのものを否定しうる道が出来てきた。

高速道路に入ったので、返答する余裕が生まれている。

話は、いつのまにかブロックチェーン理論で変わる社会に寄り道している。

銀行はなくなるのがたしかなわけだけど、他にはどんなものがあるかな、ガメ、きみなら想像力がCGみたいなやつ(←どういう意味だ)だから、クリアなビジョンが頭にあるんでないの?

銀行や不動産会社というものが存在できなくなるのは、まことに祝着の至りだが、ITと組み合わせて個々の人間がブロックチェーン理論による評価の紐付きになるのは、なんとなく滑稽で可笑しい。

日本の人相手にね、そのうち頭の上に偏差値の小旗をつけて歩くようになるのではないかと軽口を利いたことがあるが、あの国とかは、AR的に実現してしまいそうだよね。

ぴんぽーん。

ガメ。
35歳。

年収5円

思想的に素行不良

なんちゃって人の顔をみるたびに、その人の思想傾向や年収や最近起こした主な不祥事および不穏な言動について表示される。

そうするとさ、「前科」みたいな情報というのは、情報量が小さい時代の区分になって、もっと詳細で連続的な評価になるのだろう。
横断歩道でないところを先週は5回渡っているとかね。

ビッグデータを始点とするテクノロジーが発達していくと、かなりあっというまに、そのデータを人間が見るかどうかは問題でなくなってくるわけだよね。

人間の頭脳の処理能力では、いずれにしても処理できない量の大量のデータが個々の人間について瞬間的に、例えば、航空機搭乗券取得の優先順位をつけるために処理されて、あなたはいま乗れます、あなたは来月まで待つべきだ、というふうになってゆくだろう。

AIとデータテクノロジーが結びつくと民主制のようなものは無効になっていくことが予想される。

高速をおりて、オークランド名物のばかばかしさ、都心に直通の高速道路が存在しないのでエプソンの町並を通り抜けるころになると、民主制が情報テクノロジー革命を生き残れるかどうかや、技術革命がパラダイムシフト化したことによって近代哲学が再検討を余儀なくされるだろう予測に話が移行している。

途中では、ある朝、紙の新聞をカフェで広げてみたら自分の父親が労働者の敵として盛大に攻撃されていた、という笑い話をしたりして、ひっきりなしに話をしながら笑いこけたりしているうちにわし家に着いた。

ニュージーランドに主にいて、ときどきメルボルンの家に出向く程度の生活をしばらく送ることにしたのは、子供と朝から晩までべったり一緒にいて、犬さんの父親なみというか、ほっぺたを鼻でくちゅくちゅしたりして、子供がいつも親に抱っこされている日常をおくりたかったからだが、ひとつには揃いも揃って議論が大好きで、ひとの顔をみると議論したがって、見えない尻尾が激しくふられていそうな北半球のお友達に、日常、恐れをなしているからでもある。

自分では、頭の回転がのおんびりなせいもあって、あんまり議論を好んでいるとはおもえないが、どうも向こうから見ると、よっぽど議論をしかけたくなる体質であるらしい。

いまはちょうど世界が音を立てて変化しているときで、しかも加速がついて、ついていけない国や社会、あるいは個人ですら、どんどん後ろに置き去りにしている。
中国に焦点をおいてみると、その遠くに見えている理由が「やがて絶対的に不足する資源」にあることは、はっきりしている。

どういうわけか昔から文明的に最も遠くまで見る能力をもつ中国のエリートたちにとっては、資源が将来において絶対的に不足すること、不足が明らかになってくるにつれて、というのは不足が現実になるだいぶん前の時点で、世界は生存競争の時代に入ること、そのときに西洋人が過小な人口の時代を通じてつくった民主制に基づく自由主義や個人主義は、たわごとに過ぎなくなること、というようなことどもは自明のことに属しているらしい。

そして、まだ若々しい国で国権主義が血が通ったものとして生きている国家である中国の人々は、「近い将来、資源が枯渇したときに死ぬのが中国人であっては困るのだ。われわれには、それを防ぐ義務がある」と、よく口にする。

考えてみれば西洋文明が根源的な価値について挑戦をうけるのは16世紀のオスマン帝国以来のことで、イスラム文明の挑戦と並んで中国文明の挑戦は、例えば日本の西洋文明の模倣による国家社会主義経済の繁栄による脅威とは本質的に異なっている。

天安門事件の頃とは、かなり様子が変わって、最近の若い中国のエリートたちは自由主義の有効性を信じない傾向がある。
もちろん、アメリカのほうが気楽でいいやで、中国政府の期待を裏切ってアメリカに定住してしまう人も多いが、どうも真面目な人ほど西洋の民主主義に懐疑を抱いて、中国人の手で新しい文明価値を生みだすべきだと思い詰めているように見えます。

自由主義側と新全体主義側に共通しているのは「パラダイムシフトとしてのIT革命」だが、だんだん現実のなかで相貌を明らかにしはじめた情報技術革命を見ていると、予測されたよりもより本質的で、人間性の定義のようなものまで変更を迫られかねない、いままでに人間が見たことがない変化を世界に起こそうとしているように見える。

しかも(バイオテクノロジーや核エネルギー技術の歴史をおもいだせば判るが)技術である以上、例えば倫理の側から来る禁止要請などとは無関係に、いわば勝手に手が動いて自己をアップグレードしてしまうので、人間がいままで築き上げてきた認識論を含む哲学は軒並みに無効になっていく可能性がある。

いわば押しまくられて息も絶え絶えな西洋側としては議論が最も必要とされるシチュエーションに陥っているわけで、甲論乙駁、あーでもないこーでもない、若いひとたちも、町のあちこちで議論が展開されて、どこかに開いているはずのドアを探し求めることに明け暮れている。

アゴラでは政治が議論されるようになったときは、もうギリシャ都市国家が滅びる運命は決まってたんだけどね、と皮肉を述べそうなるのを思いとどまって、せめて自分よりも若い人の議論には、耳を傾けて付き合っていかなければ、とおもっています。

Posted in Uncategorized | 1 Comment

インド式と中国式

むかし、日本にいたときにいたずらっけを起こして、義理叔父をそそのかして小さなビジネスゲームをやって遊んだことがある。
義理叔父の会社に出入りしていた会社の社長さんにお願いして、実際の会社の運営をお願いして、輸入ゲームのオンライン販売をやった。

スウェーデンのパッケージゲーム卸会社から$2くらいで仕入れた少し古いゲームを、どんどん送りつけて、オンラインで売ってもらって月の人件費や倉庫代やなんかを支払ったあとの純利益が1500万円/月くらいはあったが、Steamの動向を見ていて、商用サーバーを立ててマジメにオンラインのゲームかストリーミングサービスをしなければならないのが判ってきて、ゲームのビジネスに時間を使う気はしないので、ロシアの企業やフランスの企業からSteamに対抗する事業プランの提案はあったが、乗らないでやめた。

なにしろ、そもそも輸入ゲームのオンライン販売をやろうとおもいたったのが日本に滞在ちゅうに新作のゲームが出ると横須賀基地の売店にあれば、その頃付き合っていた米軍将校のガールフレンドに買って来てもらったが、さもなければ、アメリカや連合王国の友達に頼んで送ってもらうか、切羽詰まると、日本から最も近い販売店があるグアムのモールへ行くかしかなかったので、めんどくさくて、それなら、おっちゃんたちに利益を与えて、ゲームも酒池肉林というのかどうかしらないが、ただでいくらでもゲームを送ってもらえる仕組みをつくろうとおもったという不純な動機だったので、あっさりやめることにした。

ゲーマー族

https://gamayauber1001.wordpress.com/2014/10/09/asperger_gamers/

なので、ビジネスというゲームに勝ったり、スクリーンで増えるクレジットの代わりに銀行の残高で増えるのは嫌いではないが、ナマケモノなので、自分で働かなくてはならない事態になるのだけは、いつも避けることにしている。
ましてゲームのオンラインビジネスなどは、好きな分野のひとつなので、案の定、そうか、それならダウンロードよりもストリーミングにして、権利関係はフランスのあそこがうまいからあそこに頼んで、などとゲーム戦略を頭が自動的に考え始めてしまうので自分でも危なくて仕方がない。

びっくりしているシャチョーのHさんや義理叔父を前に「断固やめる」で押し通してしまった。
その後の展開は、考えたとおり、Steamが伸びて、あれほど繁栄していた「仕入れのウィザード」という「ゲームのやりすぎなんじゃない?」な渾名で呼ばれていたスウェーデンの卸会社はおとうさんになってしまったので、初めは義理叔父が書いていて、あまりに下手なので、何語で書いても名文家の若者が取って代わって書いたこのゲームブログだけを残して、あとは跡形もなくなったが、それがいちばんよかったとおもっている。

ときどき、3人で集まって、このオモチャのようなビジネスを肴にただ酒をおごってもらったが、そのときの報告でいちばん興味をひいたのは、「日本の人はびっくりするほど英語ができない」という報告だった。
ふたりの日本人であるおっちゃんたちも、事前に考えていたよりも日本人がずっと英語が苦手なので、びっくりしてしまったらしい。
詳しいことは煩雑なので避けるが会社へのemailや売り上げの傾向から、日本の人の英語の苦手ぶりは歴然としていて、たとえばDiabloのように完全日本語訳サイトが出来ると、発売からしばらく経ったあとでも、売り上げが爆発的にのびたりしていた。

常連顧客は、だんだんemailをやりとりして判ってくると、なんというか、大学の教師が圧倒的で、それも英語学科や英文学関係の人が多いようでした。

残念なことに、日本はもっか、戦後始まって以来というくらいの不振で、自称は「戦後最高の空前の好景気」だが、姿が傷ましいので誰も記事で触れたがらないくらい、傍目には言っていることのウソがあきらかで、日経225を始めとする、体面をつくろうための、投資ともいえぬ出費はつみあがって、ついに借金1000兆円にとどき、国民ひとりあたりの収入は、たとえば、相変わらず過労死する若者は死屍累々と通り道に横たわっているのに、かつては日本の半分に満たなかったナマケモノ王国ニュージーランドにすら抜き去られて、万年2位の地位から26位にさがって、もうすぐ、かつては日本の3分の1、統計によっては5分の1と言われた韓国にも抜かれるのは確実視されている。

日本のほんとうの不振の原因は、時代が変わってしまって、早足で歩き去っていく世界が、もう日本文明の手が届かないところへ行ってしまったからだろうとおもう。

長く数えれば30年、短いほうで数えても20年、ああいえばこういうの堂々めぐりを繰り返して、なにもしないためならなんでもする、何のためだかよく判らない努力にしがみついてきたのだから当たり前といえば当たり前だが、折角、一時は世界史にもユニークな文化を創り出して、例えば文学でいえば、アメリカ軍が対日戦争の必要に駆られて大量に教育した日本語理解者の情報将校が、余って、そのうちの少なからぬ数の優秀な若い頭脳が日本学者や日本文学翻訳者に転向するという不思議な奇縁に恵まれて、他言語では思いもつかない僥倖に恵まれたのに、この方面でいえば、だいたい80年代を通じての頽廃で自ら命脈を絶ってしまった。

その原因のひとつが英語を理解できないことなのはあきらかで、英語を理解しない社会をつくってしまった結果、英語をベースにした世界の多様性から取り残されてしまった。

中国の人は日本人と異なって英語が達者だというが、こちら側からみると、そうでもなくて、多分、数の比率でいえば英語を多少でも理解する中国人は初歩的な英語を理解する日本人に較べてずっと少ないのではないかとおもいます。

ニュージーランドに移民としてやってくる、いわば「開かれた」考えが多いはずの中国の人たちのコミュニティであってすら「water」という単語がわからない人なんて、びっくりするほどたくさんいる。

水を注文して、水のことだとわからない店に数年ぶりに行ってみると、おや、ひさしぶりですね、なつかしい、と英語がまったく出来なかったのに、見事な英語を話すようになっていて、こちらもすっかり嬉しくなってしまうウェイトレスのような人もいるが、主人は、相変わらず英語はからっきしダメで、中国語で注文したら、にやっと笑って「やるじゃないか」という顔で、いそいそと調理にかかってくれたりするのは、日本人と同じで、特に民族的に日本人よりも英語習得の才能があるわけではない。

日本の人と最も異なるのは、国家が意図して育てた英語のプロとでもいうべき人達が分厚い層をなして存在することで、このひとたちは、きっと、すんごい努力に明け暮れるのでしょう、英語が母語の人間並の英語で、特に英語が出来るひとたちは、つるりんとした出所不明のアクセントだが母語と称してもわからないほどの英語能力を持っている。

いつかBBCで中国と日本の外交官を招いて日中関係の番組をやっていたが、耳に心地よい中国側と対照的に、日本の人のほうは「判らないのはおまえの努力が足らんからだ」と言わんばかりのすさまじい訛りの英語で、日本ファンとしては、
日米開戦の原因の何分の一かは野村吉太郎の箸にも棒にもかからない英語と歯並びだったのに、70年経っても、あんまり変わってないね、と寂しい気持で見つめることになった。

中国のこの行き方は、おもしろくて、国家の利益というような観点からは、海外に出ていく会社員のひとりひとりが、あんまりたいしたことがない「流暢な英語」なんて話してもたいした意味はなくて、英語エリートを育てて、彼らを通じて国家と社会の意志を実現したほうがよい、という中国の伝統的な外交信念から来ている。
さもなくば相手が流暢な中国語をしゃべるべきだ、という考えが表裏一体としてあって、それはどちらの国力が勝るかによる、という中国人の身も蓋もないといえなくもない現実主義が反映していることは言うまでもない。

実際、宗美齢の美しい上流階級のアクセントで話される英語と日本人の横柄で汚い発音の英語との対比が「中国は善玉、日本は悪玉」のイメージづくりに、どれほど役だったかは、枚挙にいとまがないほど逸話があって、ほとんど伝説になっている。

中国は日本同様、国家や社会の利益を優先する全体主義国家なので、それでいい、ということなのでしょう。

インドの人はおしゃべりで、男も女も、一日中、ひっきりなしにしゃべっていて、手が結び目をひとつつくるまでに、世界の創造から始まって破滅の日に至るまでの創世記物語をすべて語り尽くしそうな勢いで話すが、おもしろいのは、ニュージーランドにいるひとたちは、家庭のなかでも英語で、この饒舌、長口舌文化を実行する。

インドの人がやっていると、なんだか自然で普通なことに見えてしまうが、よく考えてみると、大学教育も受けなかった人が、森羅万象、トイレットペーパーのロールの巻き方からブラックホールの画像のおおきさについての驚きまで、ありとあらゆる出来事を外国語である英語で延々とまくしたてるのは、たいへんなことです。

むかしの本を読むと、インド国内で家庭のなかで英語で会話するのは上流家庭だけだと書いてあるが、最近は、映画を観ていると、下層でもなんでも、少なくとも都会では家庭内でも英語で、ところどころヒンドゥー語という家庭が多いようで、オークランドの地元のインドコミュニティFM局を聴いていてもパンジャビ局やタミル局はそうでもないがヒンドゥー局になると、ほとんど英語で、番組内の聴取者からの電話も、英語の人がかなりいる。

ヒンドゥー語とベンガル語のようにお互いに通じないインド語を話す同士ならともかく、ちょっと考えてみて、ヒンドゥー語人同士が、ごくこだわりなく英語で話して、冗談を述べて笑ったりしているのは、日本ではついぞ見かけなかったことで、どうやらインドの人にこっそり事情聴取してみると、インド人が亜大陸のdiversityそのものをアイデンティティと考えていることと関係がありそうでした。

中流以上になると、英語を話せない人は家庭内においてすら少数派で、子供が英語を話せない親を恥ずかしがって他人に会わせないようにする、というのはボリウッド映画にはよく出てくるシチュエーションで、日本の50年代や60年代の映画のなかで田舎の方言しか話さない祖父母を疎んじる孫たちが出ているのと呼応していて、ああ、そういうことなのか、と見てとれる。
English Vinglishの娘も英語を話さない母親を恥じて他人にあわせまいとするが、この映画にはもうひとつ、ベンガル語が母語で、ヒンドゥー語よりも英語でお願いできませんか、と述べる教師が出てきて、インド人が急速に英語化していることの背景をうかがわせる。

実際、インド版のXファクターを見ていると、スター志望の出場者に、話しかけるジャッジ役のスターたちがヒンドゥー語と開催地のタミル語と英語を自在に駆け抜けて使っていたりして、インドにはインドの大陸欧州的な環境があって、そのせいで、言語というものそのものへの認識が日本人や中国人とはおおきく異なっていて、母語も外国語も、いっしょくたに言葉は言葉という、思考の上での風通しのよさが、インド人の外国語習得をおおきく助けているのがわかります。

言語を学問として受け止めると、まず普通はそこでダメで、構文だのなんだのといいだすと、そこから先は言語学者になる以外にはなんの使い途もない外国語分析の病に倒れるしかなくなることになるが、インドの人が、チョー理屈っぽい有名な国民性であるのに、英語の習得にだけは理屈をもちだしてこないのは、つまり長い経験で、そんな考え方にとりつかれると永遠に英語がわからないということをよく知っているからでしょう。

日本の文明のおおきな特徴のひとつは問題と正面から向き合って解決することが苦手で、問題をなかったことにしてしまったり、たいした問題でないと皆でいいあって、どうにもならなくなるまで解決を先にのばしたりすることだが、十年間日本語と付き合っておもったのは、もうそろそろ自分達が英語が出来ないということを認めて、もう少しマジメに英語が出来ないことの重大な結果を考えないと、30年の長きにわたって続けているこの堂々めぐりは終わらないだろう、ということでした。

オンラインの新聞ひとつとっても、英語がわかって英語の記事も読んでいるということと、英語で記事を読む方が日本語の、あの、ほんとうのことを言い回しで必死に誤魔化そうとしているかのような判りにくい文章で書かれた記事よりも楽に読めて、だいたい英語の記事で用を足してますというのでは、まったく反映されて出来る頭のなかの世界が異なる。

本来、聡明であるはずの日本の人を、ここまで愚かにしたのは、つまりは腐った材料でおいしい鮨はつくりようがないのとおなじで、見たところ、世界でも名だたるダメさで、すっかり世界中で有名になってしまったマスメディアの質の悪さのせいでしょう。

SNSで見ていてさえ、政治や経済の問題で、「お笑いタレント」や「テレビ解説者」の名前が頻出するのは日本語世界だけであるのを見ても、そもそも日本の人には窓の外に見えている景色が、実は記者の恣意が描いたペンキ絵にしかすぎないことが判っていないのではないかとおもうことがあります。

天才歌人の寺山修司は「書を捨てよ、町へ出よう」というひどく退屈な本を書いているが、タイトルが好きなので、日本語本棚に残してある。
ほんとうに日本語を捨ててしまう必要はないが、特に若い人は、「母語を捨てよ、町へ出よう」、日本語化される過程で編集される世界ではなくて、現実の、そのままの世界に出てゆくほうが、そのあとの一生がずっと楽であるような気がする。

そのくらいのことは別に外国にでかけなくても出来るはずで、要は、自分の見知らぬものを理解する志をもてばいいだけなのではないだろうか。

気が付いた人もいるはずだが、インド式中国式とふたつ例を挙げたが、この正反対の行き方には、しかし共通した点があって、そう、翻訳などという誤魔化しは過去のものになっている。
川端康成の小説の英語版は英語文学としてすぐれているが、日本語のニュアンスはほとんど残っていない。
言語が違うのだから当たり前だ、と日本の人も当然のように言うが、英語から日本語に訳されたアメリカの政治家の談話は、日本語に訳されたものでも英語でうけとったのと変わらないと、不思議にも信じ込んでいる。

そこから、やりなおさなければ、やはり堂々めぐりは続いて行くのではないでしょうか。

Posted in Uncategorized | 2 Comments

国とは、なにか

ジャシンダ・アーダーンは今日(3月29日)はマオリのクロークを身に付けて現れた。
モスク銃撃を生き延びたムスリム人が、コーランの朗唱をいくつもはさんだスピーチをしたあとだったので、息をしやすく感じたニュージーランド人もおおかっただろう。

ハグリーパークをぎっしり埋めつくして見える聴衆は、でも、ハグリーパークを知っている人なら誰でも判る、どんなに人が集まっても、あの広大な芝生の上では頼りない人間のパッチにしか見えない。

圧倒的で莫大な緑とほんの少しの人間、という構図は、ニュージーランドの原風景で、都会のまんなかの公園でも、やはりおなじことです。

アーダーン首相という人は、びっくりするほど素晴らしい演説をする人で、ボロ負けに決まってると言われた労働党を率いて選挙に臨んで、「ジャシンダって、だれだ?」と言われながら、与党国民党に肉薄する票を集めて、国民党の勝利宣言を横目で見ながら排外的な右翼大物政治家ウィンストン・ピータースと手をにぎって、
国民もマスメディアもあっと言わせる大逆転で権力の座についたことにも、この人の「言葉の力」が大きかった。

誇張しすぎなのではないかという人が現れそうだが、近代の政治家でジャシンダ・アーダーンほど演説の言葉の力によって人を動かせる政治家はウィンストン・チャーチルくらいしか思い浮かばない。

首相に就任したばかりのときは、百戦錬磨のベテラン政治家ウィンストン・ピータースに手のひらの上で踊らされて一年もたないのではないかと危ぶむ人がおおかったが、蓋を開けてみると、マオリのクロークを着て訪問した連合王国からはじまって、まず外交でびっくりするような成果をみせ、今回の多文化主義社会ニュージーランドのコミュニティ間の分裂を生んで不思議がないモスクでの銃乱射事件のあとでの一連の演説は、分裂どころか、ニュージーランド人の結束を強める結果になった。

剛腕というか、すさまじいほどの政治力で、アメリカ人や連合王国人がニュージーランド人に対して、あんな大政治家が小国の首相ではもったいないと失礼なことを述べるところに来ている。

むかし、冬の連合王国を離れて、天国のような夏のクライストチャーチにやってくるたびに「この国は素晴らしい国だが、若すぎてアイデンティティがまだない」と妹と兄とで言い合った。

思い出してみると、まったく可愛げのないガキたちだが、実感でもあった。
子供という生き物はバカなので若さよりも歴史をありがたがる。

なにしろ、そのころのニュージーランド人たちと歴史の話をしていると、ニュージーランドの歴史を話していたのがいつのまにか連合王国の歴史になっていて、いったい自分がイギリス人なのかニュージーランド人なのか、自分でもあんまりはっきりしていない人が多かった。

空間的に遠いだけでなくて、時間の上でもゆっくり過去を進行している南半球のイギリス、という意識だったと思います。

ぼんやり考えると、なんとなく「イギリスの田舎みたいな国」だったニュージーランドが、ところが、ジャシンダ・アーダーンの言葉によって、ほとんど日毎に国としてのアイデンティティをつくってゆくのを同時的に目撃するのは、心地よい楽しい経験であると言わないわけにはいかない。

アーダーン首相の演説の特徴は、感情を隠さず、弱さも隠さずに、そのまま言葉にして述べることで、銃撃直後の演説は特に、ジャシンダ・アーダーンの怒ったときのボディランゲージが全部盛り込まれていて、この人の、身体を震わせるような、「自分たちの仲間」が殺されたことへの、すさまじい怒りが伝わってきて、アーダーン首相を個人のつながりや私的な小さな集まりで知っている人間たちにとっては、怒りの深ささえ、よく判るものだった。

われわれはみな、個人個人が幸福になるために、この国へやってきて根を下ろした。
その幸福の基礎はhumanityでなければならない、とアーダーンは繰り返し述べる。

そんなにビンボ人の福祉にオカネを注ぎ込んだら国民は税金でたいへんなことになると述べる国民党の政治家たちに対しても、移民を制限するべきだ、このままではニュージーランドは我々の国ではなくなってしまうと述べる旧い世代の移民である国民たちに対しても、あるいはイスラムの教えにしたがって寛容社会をつくろうと呼びかけるムスリムのリーダーたちに対しても、計画経済政策を成功させてきた歴史を誇りにする労働党の社会主義リーダたちに対してさえ、ジャシンダ・アーダーンはおなじ言葉humanityを繰り返してきた。

人間を人間として扱うことが国の基礎だ、と強い口調で述べてきた。

安価な住宅の供給、世界的にも五指にはいるオーストラリアに対して高いとは言えない賃金の是正、次々と打ち出す政策は、つまりは
「人間が人間らしく暮らせる社会環境をつくる」という点で一貫している。

友達も自分自身も、ジャシンダとは反対の政治的立場にいる。
これを書いている本人は、もともと「政府なんか、いらん」という立場で、そんなものは最小にしておいて、さっさとブロックチェーンの検証理論とAIによってカバーできることはカバーする新世代の政府をつくったほうがいい、という意見です。

実際、ニュージーランドは他国に遙かに先駆けて、そうなってゆくとおもう。
いまの「国家」のイメージとは凡そ似ても似つかない国になっていくのでないと、第一、おもしろくない。
幸いなことには、ニュージーランドに集まって来ているIT研究者や事業家はAIエキスパートが多いので、例えば、ちょっと理由があって名前はかかないが、Viaductにある聡明な女の人が社長の某会社などは先端的なAIサービスを始めたところです。

生活のレベルでもアバターを使って、AIと音声認識を組み合わせた顧客サポートは、すでに現実化されていて、一部の銀行ではもう始まっているのだったか、始まるところか、話を聴いているときに酔っ払っていたので時期をちゃんとおぼえていないが、コスト削減のためにインドやフィリピンにつなげる電話サポートのようなマヌケなサービスの時代は終わって、顧客がサイト側に用意されたビデオフォンのアイコンをクリックすると、現実の人間と区別がつかない、実際にはAIが生成したサポート担当が顧客の質問を音声認識で聴き取って、AIが返答する。

ニュージーランドという国は、ド田舎時代ですらカラーテレビネットワーク放送が世界でいちばん早かったので判るとおり、変わるとなったら、あっというまにガラッと変わる国なので、図書館やカウンシル、政府のサービスも争っておなじスタイルのサービスになるのは目に見えている。

だから、まあ、つなぎにテキトー政府をはさんで政府なんてなくしていいんじゃない?というのが考えで、ジャシンダ・アーダーンが率いる「強力な政府」は迷惑であるし、経済について、内輪や公的な場での発言を聞くかぎり、この人が首相のあいだは経済は不景気で決まりだな、と他の投資家や会社のCEOたちと、あんまり品がよくない冗談を言ってなぐさめあったりしている。

それでも、一緒にジャシンダ・アーダーンの国民が力をあわせてひとりひとりの国民が幸福な生活を送る国にしよう、
人種差別は相変わらず存在するが、この国では歓迎されない。
あらゆる種類の暴力と差別は歓迎されない。
この国から排除されるべきものだ、とアーダーンが訴えるのを一緒に観ていて、
日頃はオカネの話に夢中のおっちゃんたちが涙を浮かべて聴き入っている。
声を詰まらせながら、「首相は経済政策はアホだが、人間としては、いいな。尊敬に値する」と強がっている。

投資家友達が「まあ、もういいや。ジャシンダのあの古くさい社会主義経済的な考えじゃ何年かオンボロ経済になってビンボになるだろうが、国ができるためのお代だとおもえば仕方がない」と述べていた。

すかさずオーストラリア人の同業者の友達が、「この人、こんなこと言ってるけど、シンガポールとオーストラリアに大金移動させてんだぜ」と言って笑っていたが。

国が個々の国民個人のためにある、というのはニュージーランドでは昔からあたりまえのことでした。
オークランドやウェリントンにいると判らないが、ニュージーランドの背骨は、あくまで農場の国だからです。

1000ヘクタール(300万坪+)を越える土地の農場を持ち、カウンシル、あるいは政府ですら相談しなければ物理的な土地に関わる事業(例:貯水池)がなにも出来ない農場主たちが蟠踞する国では、実感として政府は非力な存在で、農場主たちのほうでは政府や国会議員に対して「なんだかウェリントンやオークランドで議論しているのが好きな連中」くらいの意識しかない。

日本やアメリカ、インドや中国のような国権国家意識が強い国からやってきたひとたちが、なかなか理解できないのは、このニュージーランドの「国家の弱さ」で、ないと不便だから国家をやっていると言わんばかりの政府で、有名な例でいえば正当防衛を保証する法律もないくらいで、法律も不備といいたくなるくらい数が少ない、常識からすれば奇妙な国です。

その「個々人のための国家」という以前から漠然と意識されていた国の性格が、アーダーン首相によって、言語化され、国民ひとりひとりに急速に意識化されている。

そのうち数字になって公表されるとおもうが、ほとんど有無を言わさない形で、ニュージーランド人の賃金は急激に上昇した。

こちらは別に数字を見なくても、ぼやきまくる企業主たちの愚痴を日常的に聴いているので、オーストラリアとおなじか近いレベルまで賃金が上昇してしまっていることは肌でわかる。
むかしのアメリカにおけるグーグルやアップルのように突出してイノベイティブな産業が育つまでは、ただでさえ産業に競争力がないニュージーランドが、国際市場で暫くずるずると敗退していくのは、ほぼ自明のことにおもわれる。

でも、まあ、いいか、というのが感想です。

えええ!なんという無責任なことを言うんだ!
と叫んだ、そこのきみ、きみがそう考えるのはもっともなんだけどね。

30年近く前の、物心ついたときから、ドビンボなニュージーランドを見慣れた人間としては、みなが等しく人間としてあつかわれて、女をものとしてみたり、肌の色が異なる人間を見下したり、宗教が異なる人間を胡散臭いと考えたりする習慣がない社会では、ビンボもまた楽しで、案外楽しくやれるんです。

ロンドンに帰ったときに、銀器店をやっているバックグラウンドが似た友達カップルに「ガメは、なんで、あんな若い国が好きなんだい?」とからかわれたが、まさに歴史がないからで、みんなで毎日のべあったり、暮らしのなかで気が付いたことが、そのまま直截、国づくりに反映されるのが判るからです。

ムスリム人も、クリスチャンも、無神論者も、男も、女も、頑なに社会に溶け込もうとしないようにみえる中・韓・日の東アジア人も、白い人も褐色の人も、
個々の人間が社会から意識されていると感じれば、個人個人がちからをあわせて社会をよりよくしようという善意志が生まれる。

善を実現しようとする意志が顕在化した社会では、自分たちひとりひとりが幸福であるという意識が「国」という形になる。

言葉を変えていえば、ほかにはなんにもなくて、「自然」が大の自慢だったニュージーランドという若い国が「自然と人間」がふたつの自慢の国に生まれ変わるところなのでしょう。

国や社会は、個々の人間を幸福にするために存在すると、どのニュージーランド人も漠然とあたりまえだとおもっていたことが、いま演説の形で、ひとびとの魂に根をおろして、おおきな木に育ち、その一本一本の木が、国家という森林をつくろうとしているところだとおもえば、ちょうどいいかもしれない。

ほんのちょっとだけ映ったジャシンダのマオリクローク姿に目を潤ませるマオリ族の長老たちは、自分たちが南の彼方に見た青い空にたなびく雲が、いま、ニュージーランドの魂になろうとしているのをよく知っている。

ニュージーランドは、先住民を優遇しすぎると隣国のオーストラリアはもちろんアメリカのブッシュ大統領をはじめ、各国の首脳から歴史を通じて抗議と反発を受けてきたが、魂を優遇しすぎると言いに来るひとびとが、どんなタイプの人間かは自明なので、ニュージーランド人が抗議を聞き入れたことはいちどもなかった。

モニがニュージーランドの市民権をとったとき

https://gamayauber1001.wordpress.com/2016/05/18/2passports/

最も暖かい祝辞を述べたのは、最後に壇上にあがったマオリ族の大長老だったが、
その小柄な人は、ごく自然に、ニュージーランドを自分たちの国、客人たちによって繁栄をむかえた自分達のマラエだと感じているようでした。

ジャシンダ・アーダーンについて連合王国の政治評論家が「あの人の隠しもしない弱さこそが強さの秘密なのだ」と述べていたが、まったくその通りだとおもう。

地球上で最も面白いことが起きている国に、たまたま居合わせたことを喜んで

Posted in Uncategorized | 1 Comment

人間であるという難問について

行ってみると幅が3メートルくらいの道路だった。
花屋があったのをおぼえているので、いまでも場所を特定するのは簡単なのではなかろうか。

ビルの4階の窓から通りを隔てた反対側のビルの窓に向かって「奇声を発しながら」コンピュータを投げつけている男がいると警察に通報があったのは、なにしろ夜中で、東京駅のすぐ近くのオフィス街のことなので、たまたま通りかかった通行人か、近くのビルで深夜まで働いていたサラリーマンかなにかだったのでしょう。

「なんだか、でっかい男の人で、大声で叫びながら、コンピュータやモニターを向かいのビルの事務所に向かって投げつけているんですけど、その叫び声が、どうも英語なんですよね」
と述べている。

警官が通報を聞いて4人で急行してみると、なるほど2メートルは優にありそうな大男のガイジンが、いくつもいくつもデスクトップコンピュータを通りを隔てたビルに向かってぶん投げている。

やめなさい、と言っても、ぜんぜん、やめません。
おとなしくお縄につく様子が微塵もないので、4人でわっと取りかかったら、
あっというまに4人とも殴り倒されてしまった。

いったん待避して、本部に応援を要請して、結局40人動員してやっと取り押さえた、とあります。

ニュージーランドのクライストチャーチからセールスにやってきて、供述によると、「こんな社会は人間の社会ではない」とおもったのが理由だという。

どいつもこいつも、マジメで礼儀正しい、規則を守って勤勉に働くクソ野郎ばかりだ、と取調室でどなりまくって、そのまま眠りこけてしまったそうです。

マイケルジャクソンの幼児性愛の実態を被害者の口から洗い浚い詳細なディテールとともに述べたLeaving Neverlandは破壊的なドキュメンタリだった。
最もショックがおおきかったのは、言うまでもない、数多くのアルバムセールスの売り上げ世界記録を支えたマイケルジャクソンのファンたちで、最も一般的な感想は「もうマイケルジャクソンの音楽を(精神的に)聴けなくなってしまった。
それが悲しい」というものでした。

HBOのドキュメンタリが、あちこちでネットのオンライン公開になった、ちょうどその日に、名前を聞いたことがない、なんとかいう名前の日本の俳優がコカインでつかまって、まだ判決が出たわけではないが、警察がつかまえて、本人が「やった」と言ってるんだから科人だろう、という日本の習慣にしたがって、すっかり有罪あつかいになって、その結果、いろいろなドラマに多岐に渉って出ていたらしいのが、どうやら全部、例えばDVDなら回収になるらしい、というニュースがあったようだったが、マイケルジャクソンの場合は、そういうことではなくて、気持の上で隔壁ができてしまって、マイケルジャクソンの声をもう聞けなくなってしまった、という意味です。

去年は巧みな演技で知られるケヴィン・スペイシーが、やはり未成年に対する同性愛で告発されて、主演していたNetflixのドル箱ドラマHouse of Cardsが打ち切りになった。

すでに撮影をほぼ終了していたAll the Money in the Worldは、急遽Christpher Plummerを代役に立てて取り直しをするという離れ業を演じて完成にこぎつけた。

こういう流れは文明の段階が進歩するにつれて、女の人であったり、子供であったりする、より最悪には女の子供であったりすれば、どうなっても文句すら言わせてもらえないような社会が、徐々に、いらいらするほどゆっくり、人間であれば属性がなんであろうが、みなが(考えてみれば、あんまり当たり前で茫然とすることには)平等である、同じ人間であるにしかすぎない、という偏見による乱雑さが解消される方向にすすんでゆく自然の流れにしかすぎない。

発端は、ハリウッドの帝王と言われたプロデューサーHarvey Weinsteinが無数の性的ハラスメント、強姦を含む、権力を背景にした有無をいわせぬ性的な暴君としての行いをAshley JuddやRose McGowanたちが、文字通り職業生命を賭けて告発した、いまでも長くて苦しい女の人達の戦いが続いているMe Too movementでした。

Emma WatsonのHeForShe運動

https://gamayauber1001.wordpress.com/2014/09/23/heforshe/

もそうだが、最近になって女の人達が、アメリカでインドで、これ以上男達の横暴を許さないと強く決意して続々と起ち上がってくる様子には、おもわず「歴史的必然」という古色蒼然とした用語をおもいださせるところがある。

ハリウッドで仕事をするひとたちのなかで、最も素晴らしい姉妹といえば、誰に聞いてもPatriciaとRossannaのArquette姉妹の名前を挙げるだろう。

単純に言って、ふたりともとんでもなく聡明な上に倫理意識が強く、恐れずに正しいと信じたことを、どんな巨大な権力に向かってもはっきりと言葉にして述べるからで、みなが尊敬している。

Rossanna Arquetteが2002年に作ったドキュメンタリSearching for Debra Winger には、もうすでに、Me too運動の萌芽が見えている。
あのとき、すべてを言えなかったことを、やっと言えるようになるまで15年かかったことになる。

では生涯に渉って未成年を含む若い女の人たちに対して強姦を含む性的暴力とハラスメントを繰り返してきた、ほとんど20世紀最悪と言っていい性的predatorだったことが知られるピカソはどうなのか?

メトロポリタンミュージアムはBalthus の絵を取り下げて、D.C.のNational Gallery of ArtはChuck Closeのエクスヒビションをキャンセルしたが、ピカソの絵画は世界中で飾られているのはなぜなのか?

芸術家として優れていることはモンスターであることの免罪符になるのか?

アメリカという国は、よく知られているようにpolitically correctであることに、ほとんど偏執的と言いたくなるくらいに厳密であろうとする国で、欧州人は、よくアメリカ人をさして「さすが狂信的ピューリタンの子孫である」だなどと、たいへん失礼なことまでいう。

宗教や性的平等、人種、年齢、…そういう誰かが傷付く可能性がある事柄に対しては、極めて注意して発言しなければならなくて、おなじ英語国民でもpolitically incorrectな冗談が大好きな連合王国人とは好対照をなしている。

おなじ英語国民であることよりも欧州人であることのほうがおおきく働いているからで、日本で伝えられているMe too関連の海外ニュースは殆どアメリカベースのものなので、見えにくいが、欧州での議論を洩れ聞いたアメリカ人たちは、よく憤激している。

Me too運動に対して、カトリーヌ・ドヌーブたちがアメリカ人たちの耳には性差別擁護としか聞こえない意見を述べたことは、日本でも伝えられたはずです。

欧州人の友達と話していると、自他共に認めるトップエリート層、日本語で書くと嫌味なだけだが、フランスのような国には、厳然として、実体を持つ人間の集団としてエリートというものが存在するので、その意味で書くのだけれども、エリートたちとその他の国民とで意見がきっぱりふたつに分かれているようにも見えて、
庶民層はアメリカ人とほぼ同じ歴史的な流れのなかに立っている。
カトリーヌ・ドヌーブたちが意見を述べたときも、「ああいうのは、一部の旧世代の老人たちの特殊な意見だ」と長い間フランスに住んでいる日本の人達が述べていたが、自分の友達たちと話してみると印象が異なって、アメリカ式のpolitical correctnessで話がすすめば、人間の芸術性あるいは人間性そのものが死んでしまう、という。

極端なひとは「いまの世界は芸術家を排除しようとしていると感じる。俗物支配の世界には我慢できない」と述べて、話していると、どうやら、ピューリタン的な狂気の「俗物」にはEmma Watsonたちも含まれているように見受けられました。

人間を高みに引き上げて、天上の神との対話することさえ可能にする芸術という人間の能力は、疑いもなく人間が持っている能力のなかで最高のものだが、困ったことに、人間が着実に文明をつみあげて出来た社会のなかでは反社会的な性質を持っている。

かつてソビエト時代のロシア人たちは、音楽でも絵画でも文学でも、あふれるような民族的な才能をもった芸術性の高い国民であるのに、反社会とみなされる表現が許されなかったことで、ひどく苦しんだ。
ロシア人たちと話していると、ソビエトが倒れた原因のひとつは、これなのではないかと思うくらいの解決されないフラストレーションだったようでした。

一方では、いくらなんでも炭鉱のカナリアに較べるわけにはいかないが社会が非人間的になってゆくと、真っ先に悲鳴をあげはじめたり、周囲に理解できない奇妙な行動に走り始めるのは、芸術家という種族の特徴で、芸術の才能のない市民の側は、自分達それぞれの正義を求める運動が、のりしろのない、ギシギシと音がしそうな「正しさ」に陥っていないかどうかを感知するひとつの手段として、自分が作品やパフォーマンスを評価するartistたちの反応に注意を払うことはいいことであるし、必要なことでもあるとおもう。

なんだか森のなかの老人のように「宇宙にはいろいろな秘密があるのですよ」と述べてもいい。
笑ってはいかむ。
個人には人間全体に普遍的な正しさはなかなか見えないし、人間に普遍的な正しさ自体も神にとっては玉突き玉の初めのひとつであることもよくある。

禁酒法や宗教裁判を考えたひとびとは、あれをおおまじめに人間が従うべき正義だと考えていたのを忘れてはいけない。
それを逆手にとって正義など相対的なものだと嘯くようなマヌケな人間の凡庸に陥ってはどうにもならないが、芸術という回路を開くことに成功して、いわば宇宙の意志に向かって感受性をもっている人間の叫び声には耳をすまさなければならない。

人間の法で神を裁いてはならない。
文明のルールは、神の意志は裁かなくても神の意志を伝えた人間は人間の法によって裁くことになっているのだけれども。

今日は随分困難なことを一緒に考えることになってしまった。
アラン・シリトーにThe Loneliness of the Long-Distance Runner (邦題:長距離走者の孤独) という小説があるが、社会のなかの人間は、多かれ少なかれ、Smithなのであるとおもっています。

あの走者の孤独が判らない人びとが唱える正しさを恐れることは、案外、人間の社会を守ることにも通じているのかも知れません。

Posted in Uncategorized | 1 Comment

ソーセージロールと日本語

遠くの町に、むかしは商売で栄えた家があって、諸事万端、やりくりに苦しんでいた近隣の家ではうらやましいと考えて、なにが繁盛のコツか知りたいと考えたりしていた。
それが代が変わってみると、外からは窺いしれない、見えない所でおかしくなっていたらしくて、なんだか道端で会って短い会話を交わすだけでも、奇妙なことを言うひとたちになってしまっている。

いまの日本の印象といえば、そんなところだろうか。

気のせいかもしれないし、自分の側が日本への関心が少しずつ薄れてきて、気持の上での距離が遠くなってきたからかもしれない。
自分が理解できていると考えている言語ごとに、その言語のいちばん柔らかい部分が露出していそうなサイトを散歩して遊ぶことが多いが、日本語ではツイッタで、日本語は大事にしてきた外国語のひとつなので、自然友達もおおくて、近所のパブで駄弁るかわりに日本語の友達と駄弁ったりする。

ところが急速に日本語が荒っぽい攻撃的なだけの空疎なものになっていて、いや攻撃的というよりも悲鳴に近いといえばいいのか、投げつけるような言葉と呻くような言葉が交錯して、友達は友達で、こちらに顔が向いているときには、見慣れたやさしい、少しはにかんだようなところがある表情をみせていても、知らない人に向かって話しかけているところを横でみていると、苛立った、拳をふりあげたような言葉を使っている。

悪い、というわけではない。
事態が絶望的であるというときに、当の燃えさかる社会のまんなかにいて、のんびり良い天気に晴れ渡った空の話をしていては、そちらのほうが異常だろう。

ただ、なんだかびっくりした気持になって、言語を通してみせる社会の形相が、どんどん凄まじい歪んだものになっていくので、ちょっと寂しい気持になっているだけです。

午後3時で、火曜日ならちょうど仕事を終えて帰る時間なので、医師の友達と新しく出来た菓子屋でコーヒーでも飲もうと考えて病院を訪問したら、ひと足ちがいで帰宅したあとだった。

仕事先からいっぺん帰宅してしまった人間を呼び出してまで会っても仕方がないので、海へでかけることにする。

「海へでかける」というと、少しあらたまったことをするように聞こえるかも知れないが、北島がくびれたようになっているところに位置するオークランドという町は、やたらたくさん浜辺があるので有名な町で、英語ならtucked inという、隠れたように引っ込んでいて、まるで知っている人だけの秘密のプライベートビーチのような浜辺から、タカプナビーチやミッションベイ、セントヘリオスのような長大な砂浜まで、いまインターネットで見てみたら、
「数が多すぎて、いくつあるかは誰も知らない」と書いてあって笑ってしまったが、文字通り無数にあって、外に出て、なにをするか考えつかないと、とりあえずは海へ出るのが習慣になっている。

おおきな枝振りの楡の木陰にクルマを駐めて、芝生をわたって、砂浜に沿って並んでいるベンチに腰掛けて、毎日、明るい青からエメラルドに近い色へ、くしゃくしゃにしたチョコレートの銀紙のようにまぶしく陽光を照らしているかとおもえば、不機嫌な鈍色に、その日の気分によって色を変える海と、その向こうに低くなだらかに稜線が広がるランギトト島を見ている。

日本や日本人のことを考えるのは、国や人間について考えるための最も適切な方法であると信じる理由がある。

日本語の先生は、繰り返し「日本人を特殊だと考えすぎてはならない」と述べていたが、初めはそうおもっていたはずでも、自分の感想では、ほんとうに、ぶっくらこいてしまうほど特殊で、というよりも他の種族と異なっていて、なにもかも逆さまだと言いたいくらい違うが、だからこそ人間に普遍的な問題を見やすい構造をもっている。

しかも日本語は他言語を母語とする人間の理解を拒絶していると表現したくなるほど難解な言語で、実際、なかに分け入ってみると、日本語によって現代的な宇宙像や人間の思考一般、感情の陰翳を表現できるのは奇蹟的な事情によっていて、例えばカタカナ外来語のように、誤解や曖昧な理解、あるときにはまったくの仮の命名であるような言語上のアタッチメントに取り外し可能な語彙や、まったく内容を理解していなくても、なんとなく判っているような顔をして論議をすすめられる言語の特徴が、皮肉なことに、日本語が疑似的な普遍語であることを助けてきた。

多分、おおくの論者が述べてきたように、日本語が外国語の脚注語として発達してきた歴史を持っているからで、初めは中国の文章を読むために乎古止点を発明し、返り点をつけ、送り仮名をつけて、漢字を読み下し、文章そのものを日本語音に変えることで誕生した日本語は、同じ要領で、西洋語、なかでも英語を、従来からの脚注語としての仕組みに日本人の耳に聞こえた音や学習者が綴りから推測した(現実には存在しない)音を母音の少ない日本語で書き表したことを示すカタカナ語や
-ticをつけることを示す「的」を多用して、気分上の理解を喚起する、フランス的、民主的、という言い方を考案して、なんとか消化してこなそうとした。

明治時代に頼山陽が書いた漢詩を読んで吹き出した中国人たちは、一方で、夏目漱石が書いた漢文を読んで、これを書いたのは中国人に違いないと述べたという。
漢文を外国語として学んだ日本人と日本語化された漢文を本来の漢文と信じて磨いていった日本人が、漢文吸収の当時から居たわけだが、不思議なことに西洋語については、西洋語を西洋語のまま習得する日本人は皆無とは言わないまでも稀な存在になってゆく。

それにはカタカナだけで考えてもメリケンがアメリカンに表記を変えてゆく日本の英語教育が介在して影響しているはずだが、ここでは云々するのをやめておきます。

翻訳や通訳は本質的に便宜だけのもので、落ち着いて考えればあたりまえだが、日本語や韓国語のようなグループの言語を英語やフランス語のグループに「翻訳」するのは不可能作業で、それが可能であると考えるのは人間の歴史文化に対する理解が浅薄なのにしかすぎない。

離れ離れに歴史をつみかさねていった欧州やアジアの地方地方の文化が、ようやく接点をもって、境界を共有して、少しづつお互いの領域を浸潤しはじめたのは、インターネット以後の世界の特徴で、長く見積もっても20年の歴史しかないが、
ここが始まりで、もう百年もすると、あるいは日本語をフランス語に「翻訳」できるようになるかもしれない。
まさか、そんな軽薄な理解をする人がいるとはおもわれないが、いままでも瀬川深とかいう、作家だと名乗る人が、とんでもない、高校生が受験英語のレベルで考えるにも失笑されるような浅薄な理解で見当違いな反論を書いてきたことがあったので、念のために述べておくと、ここでは技術的な誤訳というようなことを述べているのではなくて、最も言語が異なることの影響が小さいはずの名詞であってさえ、例えば、おなじ「左手」であっても、うっすらともともとはカトリシズム経由の邪悪な手のイメージがまとわりついている西洋語や、不浄な印象を刻印されているヒンドゥー語の文脈のなかに置かれていると、日本語の左手とは違う言葉だということを述べている。

きみは笑うかもしれないが、眼の前におかれているスプーンでさえ、英語で見ているスプーンと日本語で見ているスプーンでは違う物体なんです。

互換性がない言語は互換性がない社会を形成する。

翻訳文化は言語を一定のルールと定石にしたがって置換してゆけば他文化を自文化に血肉化できるという、根拠のない、一種の宗教的な信念だが、百年以上に渉って誤解をつみあげてきた結果が、いまの日本の「近代」社会で、それは西洋の側からみると、おおまじめに演じられてきた演劇であって、しかも、近代の初期に国家の発展には寄与しないと明治人たちが判断したintegrityというような単語の多くは初めから省かれている、畸形的な言語に基づいた社会だった。

人間は自分の姿を見ることはできない。
鏡という前後が逆になった自己の映像を観ることはできるが、その「観る」が平たい言葉をつかっていえば曲者で、若い男が鏡のなかに見いだす自分の顔は常に整った容貌で有名な俳優の誰かの影響をうけて現実よりハンサムであるのは、誰もが知っている。
鏡がならぶレストランのトイレで、すぐわきに見慣れない顔をした見知らぬ他人が立っていて、飛び退くような気持で、あらためて観ると、自分の横顔だったという経験をしなかった人はいないだろう。

この頃、到底好きになれない言葉だが「マウントをとる」という言葉が流行っている。
あるいは、昔から「猿山の大将」というでしょう?
猿では例えが悪すぎるが、人間は自分の姿を観ることはできなくても、自分ととても似ているが、異なるものからは自分の姿を読み取ることは出来て、西洋人にとっては、日本人と日本人の社会は自分のことについての省察に最も向いているし、日本人にとっては西洋人の社会は自分たちを省みるのに資すべきものであると思う。

日本社会が西洋の人間にとって最も観察に好適なのは日本の西洋化の努力が古くからのものであることによっている。
ちょっと酷い言い方になるが、もうひとつは、その努力が多くの局面では頓珍漢なものだったことにもよっていると思います。

日本の人自身も気が付いているのではないかとおもうが、日本の西洋化への努力に端を発した歴史のなかで最もうまくいったのは科学で、理由は言うまでもない、例えば物理学は翻訳もなにもしない、もちろん方言はあってお国訛りはあるが、共通語の数学をそのまま使ってやってきたので、母語で物理学をさっさと修得しうるという「翻訳」の良い面だけが発揮されたからでしょう。
翻訳文化に最も感謝すべきなのは科学を学ぶ学生であるのは、日本の人なら、あるいは直観的に誰でも知っていることなのかも知れません。

この十年、日本を見つめてきて、学習することがたくさんあった。
いろいろな偶然が重なって、自分にとっては日本は特別な国です。
就職にも何にも利用しないのに日本語をやってどうするんだ、と昔からときどき聞かれたが、スペインの社会について興味をもてばスペイン語を勉強することから始めるのは、あんまり検討さえしないでひとり決めにしまったぼくのルールで、言語の習得は劇的な要素こそ欠いているが毎日淡々とやっていれば、それ自体が楽しい遊びになってゆくもので、準母語に近付いてくると言語ごとに別の人格のようなものが生じて、複数の言語になじんだものにしか判らない醍醐味がある。
それはおおげさにいえば、認識の数だけ宇宙が存在する事実と呼応している。

今年も日本から招待される用事がいくつもあったが、全部断ってしまった。
旅費から何からみんなだしてくれて、行けば毎晩のように豪華な食事が並ぶ晩餐が饗されるのもわかっていて、行かないのはケチな人間としてはもったいなくもないが、別に日本が嫌いなわけではなくて、最も正直な気持ちを述べれば「めんどくさい」のだと思う。

いまさら言わなくても知ってるよ、と言われそうだが、ぼくはとてもとても怠け者なんです。
特に根拠もなく二十代までは隙さえあれば旅行すべきだと考えて、多い年は、自分でも言っていてもほんとうに聞こえないが40回以上海を越えて旅行に出かけている。
長じては、ひとつの町に数ヶ月住みながら転々としたりしていた。

今度は一箇所にsettle downすべきときなのでもあるでしょう。
しばらくはメルボルンとオークランドとクライストチャーチ、あと今年の冬からはクイーンズタウンも範囲に含めようとおもっているが、うろうろして、暖炉に火をくべながら小さい人や猫さんと、空想の世界や現実の世界の話をしたりして、モニさんとふたりで、楽しい時間をすごすだろう。

この頃は、ちょっと「怖いもの見たさ」みたいになっているけど、ちゃんと日本語にも遊びに来ます。

ステーキ&チーズパイやソーセージロールを頬張りながら、海辺のベンチに腰掛けて、日本のことを考えるんだよ。

あの国。
苛酷で、悪意の暗い海のような社会に、善意といっそ子供じみているような純粋さが、そここに点在して、か細い光の星のように瞬いている国。
理解を拒絶した縦書きの垂直な言語が屹立している、この世界でただひとつの国。

変わった国だけどね。

よい友達がたくさんいるんです。

やっぱり、楽しいもの。

Posted in Uncategorized | 1 Comment

アルカディアへ


ポイント・イングランドに行ったんだ。
公園の前にクルマを駐めて、坂道をあがって、ポイント・イングランドの銘板の前まで歩いていくと、夏の終わりの、爽やかな風が吹いてくる。

真夏でも、どんなに暑くなっても26度くらいで、過ごしやすいオークランドの夏も、もう終わりで、これからしばらくは、最低気温が16度で最高気温が16度だったりする、オークランドのヘンテコな秋がやってくる。

初めてオークランドに来たときのことをおぼえてるよ。
ぼくは多分5つか6つで、雲ひとつない空から空港に近付くと、馬さんたちが放牧されている牧場に囲まれた空港が見えてきて、果樹園に囲まれたクライストチャーチ空港と好一対で、欧州の淀んだ空気になれていた眼には、まるで別の惑星のようだった。

あの頃から、ニュージーランドという、このいなかっぺな国がずっと好きだったんだとおもう。

バブル経済期の西武プリンスホテルの接客マニュアルには客を来館時の車種別に分類してあって、メルセデスのSクラスから始まって、徒歩でやってくる歓迎されないマヌケな客まで、こと細かに対応の仕方の区別が書いてあったそうだが、ニュージーランドもいまは似たような時期で、以前なら考えられないような光景を観るようになった。

接客業なのに相手がアジア人だとまったく相手をしない。
客のほうが挨拶をしているのに、わざと無視する。
見かねて脇から「この人がハローと言っているじゃないか」というと、白々しく初めて気が付いたような顔で応対を始めるのはいいほうで、ひどい人になると「ああ、そうですね」と言って相変わらず素知らぬ顔を決め込んでいる。

窓に貼りだしてある売り家を見て、「おっ、これはいいな」と思って入っていくと、なにしろヒゲヒゲでぶわっと広がった長い髪(←ときどきは束ねてある)にフリップフロップ(ビーチサンダル)にショーツで、自分でプリントした赤いゴジラが正面で火を吐いていて、背中には青い文字ででっかく「大庭亀夫」と書いてあるTシャツなので、こっちをちらっと見て、「あっ、あんた、間借りの人は隣ですよ」とのたまう。

往時のプリンスホテルとおなじことでいなかっぺな社会というものは、そういうもんです。

わしが最愛の国ニュージーランドの変わり果てた姿に涙がでそうになるが、なあーに、オーストラリアのように資源豊富で中国から入ってくるUSダラーでウハウハハウハウな国と異なって、もともと資源も産業も、なあああーんにもない国なので、ちょっと躓けば、いきなり国ごと経済が破滅するに決まっているので、そうそう心配しているわけではありません。

もっかはやばいけどね。

どおりゃ、クリームドーナッツでも買ってくっか、とおもって、家の近くのヴィレッジと名前がつく、うーんとね、日本でいうと小田急線の各駅停車駅の駅前商店街くらいだろうか、のおおきさの商店街へ歩いていって、時計台がある交叉点に立って信号を待っていると、ランチャ、ベントレーコンティネンタル、ポルシェ、フェラーリ、ポルシェポルシェポルシェ、で、見ていて、なにがなしやるせない気持になってしまう。

うんざりする、と言ったほうがいいか。
なにしろ皆さん驕りたかぶった気持なので運転マナーもめちゃくちゃで、先週も、縦列からいきなり飛び出してきたアウディがいて、窓を開けて「危ないじゃないか」と言ったら、そのおばちゃん(40代・白い人・オッカネモチ風)が「あんたが止まればいいだけでしょう」と言いやがった。

言いやがった、表現として、お下品ですね。
でも「言いやがった」といいたくなります。
だって、普通の道路を普通に走ってるだけなんだよ。
そこに方向指示器もつかわないでいきなり鼻面をぶんまわすように突き出して飛び出しておいて「おまえが止まればいいだろう」って、あんたはロンドン人か。

いちどモニさんが、近所に良い家が売りに出ているから様子を観に行かないかと述べるので、おお、いいね、散歩のついでに一緒に行って訪問しよう、と述べてから、目立つといけないから、モニのBMWで行こう、と言った。

自分で言ってからBMWで行けば目立たないとおもう社会って、だいぶんビョーキかもな、とおもって苦笑する気持になった。

わしガキの頃は、ニュージーランド名物は、ドアが一枚だけ、色が違うシビックやカローラだった。

むかしはネルソンにホンダの工場があって、ここでシビックをつくっていたが、日本にはない色があって、明るい黄緑色や黄色のシビックが結構売れていた。
ところがね、ぶつけられたりすると補修のためのドアがないんですよ。

ニュージーランド人は、ぶつけられたり修理の必要があっても新品なんて滅多に使いません。
中古の部品をストックしてあるカーヤードに行く。

つい最近まで、例えばクライストチャーチのレースコースの近くにはミニの中古部品屋があって、あのミニちゅうクルマは年柄年中ドアの窓を開閉するクランクのハンドルが折れるんだけど、折れると、中古屋に行って、クランクハンドルのぼた山から自分の好きなのを採集してくる。
一個1ドル。

ドアぼた山もあって、安いので、色違いのドアをつけたシビックが通りを徘徊することになります。

それがいまはシビックやモリスマイナーがBMWになって、キドニーグリルがついたクルマならば、どこへ行っても匿名仮面なクルマとして通用する。
めだちたくないときは紺色のBMWがいちばんいい。
モニさんのBMW5はグリーンだけど。

簡単に言うといまの英語圏は中国が世界中から吸い上げたオカネが英語都市に還流することによって空前の大繁栄を遂げている。
もちろんグーグルもあればアップルもあるし、エアバスだってあるんだけど、その上に余剰な資金として中国由来のグリーンバックがすさまじい勢いで流入するので、中国の人が好みそうな英語の町は軒並み不動産バブルを引き起こしている。
伝統的に中国移民が多くて、巨大で完結された中国コミュニティを持ったシアトルやサンフランシスコは目もあてられないほど不動産価格も物価も上昇して、日本語でも年収1400万円では貧困層に分類されるとニュースでやっていたのが話題になった。

シンガポールの指導層のおっちゃんたちとペニンシャラホテルで会食したときも、「中国人問題は深刻だ」と、名前も、ダメなわし目には、どっからどう見ても中国の人たちがまじめに眉根にしわを寄せて述べていた。

もっともシアトルでロサンゼルスでメルボルンでオークランドで、「中国人の買い占めのせいで不動産の値段が暴騰して問題だ」というのは、いつもの例でいくと眉唾でなくもなくて、わしが子供のときにいま外務大臣のウインストン・ピータースが「このままではニュージーランドは日本人の洪水にのみ込まれてしまう」という大演説をぶっこいて、支持率1%に満たない泡沫党が30%を越える人気政党になって、ぶっとんだことがあったが、このときもたまたまニュージーランドにいた義理叔父が、日本領事館まで出向いて日本人移民の数を調べたらニュージーランド全土で500人しかいなかった。

いまインターネットで数字をみると500人ではなくて数千人だったはずで、義理叔父がいくらいいかげんだといっても、桁くらいちゃんと見てこいよ、とおもうが、もしかすると南島だけに限った数字か、あるいはパニクっていた日本領事館がそういう数字を義理叔父に伝えたのかもしれません。

だから中国効果は誇張されている可能性はなくはないが、それにしても、不動産価格も物価も(と、ちょっとここまで書いて心配になったので付け加えておくと不動産価格と物価は統計上も経済の性質上も別のものですね)なんだかすさまじい上がりかたで、このあいだ不動産屋が家に来て「11億円くらいで売ってくれないか」と述べて呆れてしまったが、オークランドでもかつては30万ドル(当時の円貨で1500万円、いまだと2200万円くらい)も出せば小さくても一軒家が買えて、ニュージーランドでは大学で知り合ったカップルが卒業して結婚して、まっさきにやることは10年ローンを組んで「初めの家」を買うことだったが、いまは治安があまりよくない地域でも4000万円はするので、家を手にするにも、よく考えたフィナンシャルプランが必要で、オカネのことがよく判らない若いカップルが気楽にテキトーな気持で家を買うというわけにはいかなくなってしまった。

イギリスという国は、そういう国で、若い人でもなんでも、例えば階級が高い家の人間は無茶なオカネの使い方をする国です。
妹は、渋々認めるとまともなほうの人間で散財も嫌うほうの人間に属するが、それでも大学のときに乗っていたくるまは黒のベントレーのコンチネンタルGTというクルマで、わしも嫌いでないスポーツカーだが、日本円で3000万円くらいするクルマだった。
ちょうど流行りだったからで妹の高校の時の同級生の女の友達は猫も杓子も成金もコンチネンタルGTに乗っていた。

一事が万事で、再び述べると、それがイギリスという国で家の経済とは別に、
「自分にちょうどいい生活」という概念があって、自分の地位や環境に相応しいかどうかで生活スタイルが決まる。

しかしオーストラリアやニュージーンラドは、もともとは若いビンボ国で、そういう国ではないので、いわゆる「成金」が充満して、おもいあがりもはなはだしいというか、驕りたかぶった気持が国中に充満していて、いろいろと鬱陶しいことが起きている。

ニュージーランドはもともと日本とおなじでビンボが似合う国です。
ビンボだからといって、引け目を感じたり、卑下しなくてもいい国というか。
国民性などは正反対に近いが、ビンボになると人間が活き活きしてくる点では、とてもよく似ている。

技術のありかたひとつみても、日本は零戦に象徴されるように竹ひご文化といえばいいか、新型の高速艦上戦闘機をつくるのに、千馬力に満たないエンジンで、骨格に手作業で穴を開けて重量を軽くして、人馬一体、ちょうど後年のMX5(ユーノスロードスター)のような、やさしい線で出来たいわばたおやかな技術を結晶させるのは、ビンボで文化のポテンシャルが全開になる社会だからでしょう。

一生懸命やっているのに気の毒な感じもするが、いまの安倍政権が世界のあちこちでバカっぽさをヒソヒソされるのも、多分、政権の中心を担う麻生太郎と安倍晋三というふたりの政治家が、若い時からの名うての遊び人で、努力ということにはまったく縁がない、いわば「反日本文化」的な半生を送ってきたふたりの老人だからではないかとおもうことがある。

世相の、韓国の人を、なんだか必死になって見下そうとしてみたり、ツイッタを開けても名誉白人と呼びたくなるような、「見て!見て!わたくし、白人たちに伍して、大活躍して成功してコガネをためたのよ!!」と窓を開けて叫んでいるような傷ましいと形容したくなる日本人の数の多さも、つまりは本来はビンボになじむ文化スタイルが富裕を前提に出来ている文化に適応しようとして、機能不全を起こしているのだと見える。

なあんにもない小さな部屋で、小さな机に向かって、一杯の極上品の紅茶に、王室御用達のビスケットを並べて、「この机は王侯の匂いがする」とつぶやく幸福には、そこはかとなく日本のビンボの良い匂いがする。

「馥郁たる貧困」などはフランス語ならば言語の矛盾だが、日本語だと案外表現として成り立ちそうです。

わしはいつも日本の人は、経済の崩壊も、貧乏も恐れる必要はないのではないかとおもっている。
イギリス人の文化では貧困はもちこたえることができなくて、かつて惨めさに耐えかねた労働階級のマジメ人たちは、小さな船にほとんど着の身着のままの姿で乗り込んで、地球を半周した二万キロの向こうの小島に未来を託すことにした。
誰かが「そこでは一生懸命に働けば小さくても自分の家が持てて、子供を学校に行かせることができる。なにより、出身が低いからといって誰にもバカにされることがない」と言ったからでした。

わしはクライストチャーチの家にガレージを新築しに来てくれた人が、午後のお茶を出しにいったら、イギリスからやってきたばかりの移民の人だったが、「この国ではマネージャーにミスターをつけないで呼んでいいので驚いた」と述べていた。
ファーストネームでいいんだよ、と述べてから、ジョン、ジョン、となんだか舌で大事なものの名前をいつくしむように転がしてでもいるかのような発音で述べていたのをおぼえている。

そのとき、自分の祖国の階級社会というものが、いかに残酷で罪深いものか学習したのでした。

ビンボでも、皆がちからをあわせて助けあって、どうにかこうにか生きのびる社会へニュージーランドはまた戻ってゆくに違いない。

そうして、なんにも根拠はないのだけど、日本もまた経済の崩壊が誰の目にもあきらかになったとき、いまのインチキな響きのそれではない本来の「美しい国」の相貌を取り戻すのではないかとおもうのです。

そのときは、一緒にビンボしようね。
楽しいとおもうぞ。

Posted in Uncategorized | 2 Comments

十七歳

どう言い逃れをしても、だれかが20歳まで、この腐った世界を生き延びるということは、その人間が、なれきって、欺瞞に対して不感症になってしまっていることの証拠でしかない。

少なくともおれは20歳になってしまう人間を信用しない。

きみが地下鉄の駅の構内で、やにさがった、目つきが気に入らないおやじをぶん殴ると、おまわりがやってくる。
おやじが威丈高なことをいって、おまわりさん、こういうカスがいまの日本を悪くしているんだ、おもいきり厳罰に処してやってください、とかなんとか言っている。

めんどくさいから、このおやじがおれの尻に触ったんですよ、と告げてやると、おまわりは突然ひるんだ顔になって、「まあ、とにかくあなたたちでよく話しあって」という。

「よく話しあって」。
なにを?
見ず知らずのクソおやじとおれがなんの話をすればいいというのだろう。
おれがあくまで、おやじにおれの尻にさわりやがって、訴えてやる、おまえの家庭をめちゃくちゃにしてやるからそう思え、というと、おやじは50代の汚い中年男の顔をくしゃくしゃにして泣きだしやがった。
きみは、わたしがそんなことをしなかったのを知っているじゃないか。
どうして、きみはわたしをそんなにいじめたいんだい?

いじめる?
おれが、おまえみたいな薄汚いおやじを「いじめる」のか?
カンにさわるので、おまえの頭がどうかしちまっただけで、てめえはたしかにおれのケツにさわったじゃねえか、この変態野郎、という。
まったく不愉快なやつ。

朝から、ろくなことがない。

人間には人間同士で通じる言葉などありはしない。
疑うのなら、家に帰って、自分の親が自分をどのていど理解しているかやってみるがいい。
あいつらが知っているのは、きみではない。
ドラマでみたり、結婚してから話しあった子供のことはよく知っているが、それはきみ自身じゃないんだよ。
それは自分の所有ラベルがべったり背中に貼り付けてあるかわいい息子や愛らしい娘で、きみとはなんの関係もない親の願望にしかすぎない。

世界と意志を疎通するのに言葉に頼るのはばかげているだろう。
第一、 おれには世界とコミュニケーションをもつことの意味がわからない。
無意味だろう、そんなこと。
世界がきみを理解して、きみが世界を正しく解釈してやって、それでどうなるというのだろう。

和解するのか?
一日の終わりに、世界ときみはお互いの関係が壊れずに無事だったことを祝うのか?

どうしても世界と意志を通じたければ、ナイフを持って町にでかけるというのはどうか。
誰でもいいから、刺してみればいい。
世界は突然よそよそしい顔を捨てて、きみとのあいだで感情の血液を循環させはじめる。
言葉はお互いをわかりあうためにあるわけじゃない。
言葉はお互いを疎外するためにある。

おれはきみになんか興味がないことを伝えるために言葉を使う。
なぜかって?

きみが生きているからだよ。
おれは生きている人間には興味はない。
もっともらしいことをしゃべって、下卑た眼で、なあ、そうだろう?
きみにもぼくがいうことがわかるだろう?とこちらをうかがう生きた人間が、おれは嫌いなんだよ。

死んだ人間は素晴らしい。
もう死んでしまった人間には、少しも卑屈なところがない。
もう世界になにも求めてはいないからね。
死は人間を高貴にするとはおもわないか。

おれは死体を自分の部屋にひとつ欲しいといつもおもっている。
腐って、耐えられないほどの臭いを放って、ぐずぐずに崩れ落ちる屍。
力なく肘掛けにおかれた手のひらの甲からは、まるで洗ったような白く光る骨が見えている。

死体がそばにあれば、もしかしたら、おれにも世界が愛せるのではないか。

桜木町のバッグ屋で万引きをしようとして失敗したことがある。
財布を、うまく鞄に落とし込んで隠したとおもったが、店主のおやじにみとがめられた。

そいつはね。
警察につきだすとわめきだすかとおもったら、猫なで声で、下手にでた声で、
きみは綺麗だねえ、と言い出すんだよ。

結局、おれは、店の二階の、誰もいない冷房もない部屋で、そのおやじのあれをくわえさせられることになった。
強くかむな。
もう少し舌をひっこめてつかえ。
やさしくしろ。

さんざん注文をつけられて、30分くらいも、顎がいたくなって、あとで感覚がなくなるまでなめさせておいて、最後は髪の毛をつかまれて、頭を前後にゆらせてのどまで突っ込みやがった。

財布をもらった。
終電に近い桜木町の高架のプラットフォームのベンチに腰かけて財布をだしてみたら、なかに新品の1万円札が3枚はいっていた。

おれは泣いた。
あたりまえだろう。
めちゃくちゃに泣いた。

気が付くと、どっかの会社の制服を着たクソババアが、あなた、だいじょうぶ? と顔をのぞきこんでいた。

葉山に行きたい。
おれは葉山に行ったことがないんだよ。
いつか学校をさぼって、図書館でインターネットを観ていたら、いまどきお目にかかれないような、古い、クソ日本語で書かれたブログにでくわした。
いまどきジジイでも使わないような古くさいクソ日本語は、でも、おれには気にいったんだ。

プロフィルをみるとイギリス人だと書いてあったが、そんなのウソに決まってる。
日本語で育たなかった人間が、あんな日本語を書けるわけはない。
けっ、インチキ野郎め、とおもって読んでいたら、引き込まれてしまって、結局、午後のあいだじゅう読んでしまった。
世の中には、じっさい、いろんなヘンな野郎がいるもんだよな。

ところで、そいつが子供のときの日本の思い出として、葉山の、長者ヶ崎や鐙摺の海に迫る山や、その鐙摺の頂のうしろからあらわれる輝かしい白さの積雲のことを書いていて、それから、おれにとっては葉山は頭のなかで聖地のようになってしまった。

切符を買って、横須賀線に行くのでは、おれはきっと、あのインチキ野郎が書いた葉山には着けっこない。
そんな行きかたではダメなんだよ。

もちろんクルマで行ったってダメだし、最近は大学生たちがよくやるように自転車で行ったって、あの葉山には着くわけはない。

おれはボロボロで、もうあんまり生きるちからが残ってない。
もともと20歳になるまで生きているような狡猾で自分にウソをつくのがうまい人間じゃないから、きっとこんな感じになるだろうとはおもってたけど、それにしても、こんなふうに、立つのもやっとな気持になるとはおもわなかった。

頭を毛布がおおっているみたいといえばいいのか。
どんよりと頭のなかが曇っていて、なにもする気が起こらない。
机に向かって、なにかしようとなんとか腰掛けても、自分はなんてダメな人間だろうという気持がこみあげてきて、涙がとまらなくなる。

なにもしたくないし、なにもできないんだよ。

でも葉山にいって、あのインチキ野郎が述べたように、沖にでて、低い山を振り返れば、また生きていけるのではないか。
そうしてみることには、自分が20歳を越えて生きていくためのなにかがあるのではないか。

いつも、そうおもうんだけど。

でも、もう間に合わないかもしれない。
ファミレスの窓際の席に座って、大通りの向こう側をぼんやり観ている。
あの交叉点に立っている人間たちは、なんだって、信号が変わって、通りを渡りだしたあとも、渡り出す前の自分とおなじだと、あんなに自信をもって、疑いもしないで歩いていけるのだろう。

おれは、違う。
おれは通りを渡ることひとつにしても、どこかに行きたいからわたるんじゃないんだ。

サイレーンの声。
誰かがおれを呼んでいるような気がするから通りをわたるんだよ。
おれは、まるで人間のような顔をして、もう20歳をすぎているのに、腐った人間でないふりをして、いつかあの通りをわたるだろう。

でも、ビルの影から射してきた夕陽があたったとたんに、冷たい空気のなかに、ふっと消えてしまうにちがいない。
知ってるんだよ、おれは。
自分がそんなふうに、この世界からいなくなることを。

おれは、そのとき、はじめて自分がやすんじて人間であると感じられるにちがいない。

きみのところにやってきて、そのとき、さよならが言えるかどうかはわからないけれど。

Posted in Uncategorized | 1 Comment