日本が国際社会で疎外されるのは、なぜだろう?

日本が、焦眉の年、2050年を越えて生き延びてゆくシナリオは、
もういちど戦争を起こして、またしても徹底的に負けて、破壊されて、新生日本として再出発することになるか、
例えば国会議事堂が物理的に破壊されて、世界中の人間に、均しく、わかりやすい形で戦前の日本が消滅したことを示すか、
多分、ふたつにひとつしかない。

そんなアホらしい、と苦笑する訳知りの、訳知り顔のまま衰退する日本にぶらさがって、寄生してきた日本のおじさんたちの顔が見えるようだが、世の中の、特に国際的な関係や国の後先は、案外と、というよりも例外なく、論理が示す方向に収斂するもので、なぜ論理が自動して、そういう結論にたどりつくのか、これから説明しようとおもう。

むかし、渋谷の大盛堂書店の地下にあったミリタリーグッズの店に、ドイツ人たちが現れるようになって、盛んにナチの旗や制服を買い求めている、という記事が70年代の英語雑誌に報じられている。
80年代までは、報じられていて、90年代には見あたらないので、そのあたりで何かがあったのかも知れないが、しばらくのあいだは、秘かにナチズムを信奉するドイツ人たちの聖地になっていたもののよーです。

当時は、いまと異なって、ドイツから日本にやってくるには、航空券だけで30万円はしたはずで、たいしてオカネがあるともおもえない身なりであったらしいドイツ人たちが、苦労して貯めたオカネで、ひとの話だけを頼りに遙々日本まで旅したのはなぜかというと、知っている人も多いはずで、ドイツではナチの遺品、ナチに関連した商品、あるいはナチを想起させるものに至るまで、東西ドイツともに厳禁されていた。

Strafgesetzbuch section 86aという、この有名な法律は、もともとはコミュニズムとナチズムの双方を禁ずるための法だったが、ドイツ統一前後からは、ほとんど「ナチズム禁止法案」として機能してきた。

ドイツ人の叡知は、この一条の法律を種子に、戦後、しだいにナチズムの否定を自国のアイデンティティとして育てていったことで、ナチズムに対する最も苛烈な糾弾者は、シオニストの国であるイスラエルとドイツ共和国自身だった。

今日、若いドイツ人が外国人にナチについて訊ねられて、自分達にも責任があるかどうかを聞かれた場合、もっとも平均的な返答は、「ナチについては、もちろん知っているが、自分達は、ナチ・ドイツを完全に否定した国家で育ちました。
ナチズムは、いまのドイツにとって敵対的な思想です。
だから、もちろん、わたしには責任があるわけはない。
責任ということなら、ドイツがまたナチ・ドイツにならないように監視する義務がわたしたちにはあるとおもう」
くらいでしょう。

戦後一貫して、ナチとの同一性を、国家として否定してきたドイツは、それでも、長い間、周囲の国の不信の眼にさらされてきて、他人の善への努力に関しては、なにごとにも懐疑的なイギリス人などは、「ぬわあああにテキトーな理屈をこねて、ごまかそうとしてやがんだ、ドイツ人はドイツ人じゃねーか。おれは誤魔化されんぞ」などと述べていたが、ドイツ人たちが真摯にナチズムを糾弾して、ナチ思想を抱くことそのものを犯罪とみなして、あまつさえ、ホロコーストの糾弾を自分達の国家の中心概念におきだしたのを観て、なるほど、いまのドイツは、ナチズムの敵対者なのだ、そーゆーこともあんのね、と納得されていった。
70年かけて、ドイツは、かつてのドイツとは対立的な国であることを証明した。

ユダヤ人は、まだドイツ人を許していない。
普段の生活で、ユダヤの人と話していても、かなりの割合のユダヤ人は、ドイツ人への嫌悪感を、やっと隠して暮らしている、という印象がある。
イギリス人も、ドイツ人は信用できない、という人はたくさんいる。

しかし、それを口にできないのは、ドイツ人たちが国を容器とした文明の問題としてナチとの非連続性を主張しているのに、こちらは、民族の血、というような、別によく考えてみなくても人種偏見とおなじロジックに立っているのはわかりきったことだからで、誰でもレイシストだと誤解されたくはないので、黙っている。

ドイツと対比して考えると、わかりやすいとおもうが、日本と日本人は、ドイツとは逆に、戦後日本は、戦前の大日本帝国の正当な後継者であると主張している。
「われわれは戦争に負けただけであって、それまでの日本を否定されたのは、戦争に負けたという力の論理によっている」と、普通に述べる人が、市井のおっちゃんから首相まで、ふつうに、どころではない、至る所に存在する。

なぜ、どこの国民の目にも異様とうつるほど南京虐殺を否定するかといえば、戦前の日本と戦後の日本は、ひと続きの、同じ国だと自分でも知っているからでしょう。
「おまえがやったことじゃないか」と言われているのだと、感じている。
アメリカに負けて、これまでの日本は間違った思想の国だった、これからは、戦前の日本を否定して、まったく正反対の信条の国を建設する、というのは、陰で舌をだしている、とまでは言わないが、不公正な押しつけであると感じているという偽らざる気持を、おもわずしらず、白状してしまっている。

そーじゃないかなあー、そーゆーことなんちゃうかなあー、と周りが、戦争が終わってからずっと疑惑の目で見ていたのは図星で、経済が繁栄した70年代くらいになると、憲法第九条を改正したいと、でっかい声で、言い出した。
平和憲法を改正したいと述べる主語は誰であるかというと、当然、「戦前から一貫して続いている日本」です。

日本人の意識の上では、戦前から一貫して続いている日本だけが真の日本で、途中で民主主義を誓わされたり、軍隊を捨てさせられたり、東京裁判という「勝者による不公平な裁判」で、報復として同胞の政治家や軍人が処刑されたのを、涙をこらえて我慢したり、だからこそ、戦争をやった当事者ではあっても、日本は加害者ではなく被害者だという驚くべき国民感情のなかで戦後を過ごしてきた。

かつての敵、アメリカと、いまは仲良くなって同盟している、という、会社の同僚との関係や近所づきあい、お友達との機微と、国家間の外交をごっちゃにしてるんちゃうか?と疑いたくなる、ぼんやりした考えのなかで日本人は安全保障を考える習慣をもっているが、そのアメリカといまはお友達の国は、誰であるのかというと、これも戦前から万世一系続いている日本です。

「なんべん謝らせれば気がすむんだ!」と、例えば慰安婦問題において日本の人は述べるが、謝るそばから、「おれが悪いんじゃねーよ。おめーらがあんまりうるせーから謝ってやっただろう!? それなのに、ガタガタゆってんじゃねーよ」という、下品な態度をみんなに見られてしまっていることとは別に、日本が組織的に戦争犯罪を繰り返した大日本帝国とおなじ日本であるかぎり、戦前の日本と連続性をたもった国として、「美しい国」というような恥知らずなお題目を唱える政府を支持しているかぎり、そりゃ、論理的にも感情的にも当然で、国が崩壊するほどの被害にあったアジアの国々が日本を許す日がくるわけがない。

たとえば独日両方と戦ったイギリスの復員兵たちがドイツを許しても日本を許さなかったのは、反省している、反省していないというようなことではなくて、もっと論理的骨格をもった反感、「日本は戦前の日本とおなじ日本ではないか。なぜ、そんな国家の存在が許されているのか」という怒りだった。
戦前の独裁者のなかで、ただひとり指導者として長生きして大往生した昭和天皇が、その意味で「日本の象徴」であったことは、言うまでもありません。

G7が開催されたりするたびに、広告代理店を動員したりして、自分達が大活躍しているように見せかける政府の努力にも関わらず、英語を理解できる人が増えて、インターネットが普及して、情報が日本でも共有されるようになってくると、映像ひとつでもあきらかで、日本だけが、なぜかのけ者にされているのが、日本人にも、やっと感じられるようになってきた。

「あれは安倍が信用されていないのだ」という人が大多数で、部分的には、生まれついてのウソツキというか、自分が口にすることは真実でなければならないのだという責任感にまるで欠けた首相で、その病癖が忌まれているのは真実だが、おおもとは
日本のアイデンティティが戦前の日本と同一であることから来た論理の帰結で、要するにアメリカのデタラメな外交で、沈まぬ巨大空母の基地として便利使いすることを目的に、日本人に戦前の日本を否定するチャンスを与えなかったアメリカ軍を共犯者として、ドイツ・イタリア・日本の三国同盟国のなかで、ただひとつ衣裳だけを着替えて生き延びてきた国として、国の存在そのものが、許されないものとして、世界という昔に較べれば、遙かに緊密な意思の交換をおこなうようになった共同体に住むひとびとの眼に映りはじめている。

そこにもってきて、ゆいいつ戦前の日本を否定するよすがになっていた戦後憲法を否定したいといいだして、ほとぼりがさめたので戦争もやらせてください、できたら核兵器ももちたい、おれに楯突くと、アメリカがだまっちゃいねえぞ、つまりは戦前の日本とロジックがそのままおなじであることを臆面もなく露わにして、しかも、それをヴォーカルに世界中を行脚して述べて来た首相を国民が支持し続けている。

若い中国人たちに「正気をたもっている日本人を助けて日本を解放するべきだ」と述べる人たちがあらわれたり、アメリカ人たちのなかに、「日本との同盟などコストがかさむばかりで、かつての敵といつまでも手を結んでいるのは、どうかとおもう」という声が出てきているのは、つまりは日本が戦前の日本との自己同一性を声高に述べだしたからで、

冒頭にもどると、おなじく論理的な帰結として、国が、経済崩壊にしろ、なににしろ、なんらかの理由で崩壊して、世界中の誰がみても従前とは異なる国として再生されるか、あるいは戦前からの同一性保持の道をこのまま歩いて行って、必然的な結論である戦争を始めて、またぞろアメリカによるか中国によるか、乾坤一擲の勝負に出たロシアによるか、国が焦土と化して、今度こそ誤魔化しでなく、戦前の日本と断絶した新生日本として再出発するか、日本が未来を生き延びてゆく道筋は、ふたつにひとつしかない。

戦争のほうの選択肢は、下手をすると国が消滅するという可能性があるので、願わくは、他国のような民衆の手による革命は全然むりでも、アベノミクスで疲弊した財政が破綻するかどうかして、軍事とは関係がないところで、国がいったん破滅するほうにすすめば、なんとか、日本の人のことだから、あっというまに復活するのではないかと期待しています。

そのときこそ、戦前から21世紀まで続いた、明治日本がデザインしたAncien régimeを、日本人がこぞって否定することを祈って。

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ふたたび、汚れた髪について

いつもの駅でおりて、5分も歩けば家に帰り着くのに、駅前のドトールコーヒーに入って、煙草をふかしている。
そのまま、一時間たって、二時間になって、もう店のひとたちが、ちらちらこちらを見だしているのに、たちあがれなくて、泣きだしたい気持になっている。

十二時を過ぎてやっと眠れたのに、午前4時に目が覚めて、そのまま二時間、ベッドから出られないでいる。
どうせ早く目がさめたのなら、Tシャツに裸足のままキッチンに立っていって、コーヒーを淹れて飲もうとおもっているのに、自分でも理解できない理由で、どんなに努力してもベッドから出られないので、苦しくて、訳が判らなくて、涙がでてきて、シーツのあいだで身体を縮めて、泣きじゃくりはじめる。

キッチンのシンクがどうしても片付けられない。
汚れた皿が積み重なって、見るのも嫌で、家事は得意だから、さっさと洗ってしまいたいのに、なんだか見ないでいるふりをしてすませてしまう。

洗濯物もたまって、ゴミ箱もあふれ出していて、鏡をのぞくと、なんだか髪が汚れているような気がする。

自分が人間でなければよかったのに、と、ただ繰り返し考えている。
自分が愛情を持った機械であれば、どんなにか良かっただろう!

知っているかい?
ロンドンやニューヨークのような町には、身体と、ほんの少し魂の位置がずれている種族がいて、ぎこちない歩き方で、急に舗道で立ち止まって泣きだしていたりして、見ていると、ああ、あそこにも自分と同じ種族がいる、とおもう。

自己愛は見苦しい、と、あのひとたちはいうが、自分を愛せる人間が、わたしにはうらやましい、と考える。
どんなに理不尽で、過大な評価で、他の人間から見たら噴飯ものの自己愛でも、自分を愛せるということは、なんて素晴らしいことだろう。

自分を愛せたら、どんなにか、楽だろうな。

わたしはわたしに価値がないような気がするんです。
そうボーイフレンドに、おもいきって言ってみたら、「元気だせよ。きみは無価値な人間なんかじゃない」と言ってくれた。
わたしは、お礼を言ったけど、ほんとうは、あの人が、ただわたしがガールフレンドだというだけの理由で、そう述べたのを知っていた。

わたしは、狡いんです。
ほんとうは、死に物狂いで頑張れば、いくらでもやっていけるのに、狡いから、自分がダメな人間だということにしてなまけている。

わたしは、悪い人間なんです。
ほんとうは、良い事をしようとおもえば、いくらでも出来るのに、道で倒れた人を見てさえ、駈けよっていくことができない。

ただ息切れがしてきて、心臓の鼓動が早くなって、あわてて、早足で、見なかったふりをして歩きさっていく。

地下鉄の改札からは、ひとの波。
表情のない顔の、いちようにくすんだ色の服の、ひとの洪水。
足をすくませて、真っ青になって、たちすくんでいる人。
唇をかみしめて、やっと二三歩前に出て、でも踵を返して、いま降りてきた階段をのぼって、引き返していく人。
ひとりだけ赤いコートなので、こんなに遠くからでも、あの女の人がどこを移動しているか、よくわかる。
あんなに、ゆっくり、急いで追い越してゆく人達に肩で肩を小突かれながら、やっと立っているような足取りで、まるで人生そのものを諦めてしまった人のように、遅い足取りで、地上をめざしてあがいているかのように歩いているひと。

この町では、誰も空をみあげないが、みあげれば、ほんとうは、高いビルのてっぺんに近いところに、もののけたちがいて、地上をみおろして、うずくまって、寂しい眼を見交わせて、時に、うなずきあっているのが見えるだろう。

人間の耳には物理的な可聴周波数の音波しか聞こえないが、もののけたちは、きみの魂の声を聴くことができるのね。

まるで青空の伽藍に反響するような、苦しげな、絶えることのない、押しひしがれたつぶやきを、もののけたちは聴いている。

うつ病に苦しむ人の、意外なほどの数の多さは、たじろがされるのに十分だった。
とてもわがままなので、むかし数学を学んだあと、医学に進んだのは、自分の心を客観的に観察するためで、他人のことなど、念頭にはなかった。
まして医者になろうとおもったことはいちどもない。
医学に志す人は、根っからのやくざものと偏屈者が揃っている数学の世界とは異なって、マジメな人が多くて、そんなことを言ったら、解剖台のうえで眠らされてメスで分解されかねないので、言わなかったが、日本語ならばバレやしない、みんながいったいおまえはなにを考えてんだと訝った、医学を学び始めたことの真相は、要するに、そういうことです。

生物の一般科学誌を読むには、せめて生物学部を卒業して学位をとるくらいの知識はいる。
数学も化学も物理学もおなじことで、よく勘違いしている人がいるが、本なんか何十冊読んだって、どんどん偏見とダメ方法に習熟してしまうだけで、なんにも判るわけはない。
入るのに難しい大学に入学を許されても、バカはバカで、教育がさわれないほど地頭(じあたま)が悪い愚かな人間は、東京大学でもいい、MITでも、ハーバードでもかまわない、キャンパスを歩けば、公園の鳩よりもたくさんいるが、逆に大学にいかないで独学しました、という人でまともな人は、いるのはいるに決まっているが、少なくとも、今までの人生で見たことはない。

そのくらいの理屈は、高校生のときでもわかっていたので、自分の身体と魂について理解するために医学部にいくことに決めたが、それでなにかわかったかというと、見事なくらいなにもわからなかった。
例えば解剖によって、

1 人間といえど機械にしかすぎないこと (材料は代謝によって絶えず更新される有機物だけどね)

2 機械としてもかなり出来がわるい

というようなことが実感されておもしろかったが、医学といえども生物学で、仮説につぐ仮説、また仮説で、
なんだよ、いったいいつになったら仮説の証明は出るんだよと悪態をつきたくなる体(てい)のものだった。

途方に暮れてしまった。

その頃、つきあっていたガールフレンドは、美しい、善良な人で、どんな人間にたいしても、無防備で見ているこちらがはらはらしてしまうくらい親切だったが、そういう神の子供の常で、特に季節の変わり目には、天候が引き金になって、うつ病になるようでした。

どんな瞬間にも凝然と耐えていて、とても痩せた人なのに、身体が重く感じられて、寝返りを打つのもやっとなのが、見ていてつらかった。

山のように本を買ってきて、朝になって、空が明るんで、鳥たちが囀りだすまで夢中になって読んだ。

医学部図書館にでかけて、本屋では手に入らない類の本を、司書の人に積み重ねてもらって、閉館がすぎても読んでいた。

救いたかったわけじゃない。
そんなことが出来るとおもうほど、愚かであったわけでもない。
ただ、自分の最愛のひとが、どんなものによって苦しんでいるのか、知りたかった。
なかがよかった教授に、ほとんど、家庭教師のようにして教わったりしても、やはり、あの人の痛めつけられた心を理解することはできなかった。

言葉にして、どちらかから別れを切り出したわけではなかったが、大学町を去って、遠くに引っ越すことで、やがて、会わなくなっていってしまった。

神様は、そういうことをよくするので、サンフランシスコの町で、その人に偶然であった。
あの町は、縁があんまりない町なので、そのときも、ただ両親の知り合いの画商の女の人を訪ねていっただけのことだった。
ふた晩しか滞在しなかったとおもう。

パウエルの、ユニオンスクエアに面した交差点で、まるで空気のなかから現れたように、突然あらわれた、あのひとが、ぼくの前に立って、
「わたしを軽蔑しているでしょう?」という。

びっくりして、「そんなことがあるわけないじゃないか。どうしたんだい?
サンフランシスコに住んでいるの?」とあわてて答えたが、あの人は、なにも言わずに立ち去っていった。

目の前から、あの人がかき消すようにいなくなって、初めに考えたことは、
髪の毛が少し汚れた感じだったな、ということで、そのことに気が付いて、
とても嫌な感じがしたのをおぼえている。

そのあとにどんなことが起きたか、ここに書く気はしないし、書かなくてもわかりきったことでもある。
知らせを受け取って、空をみつめると、はっきりと見えはしないが、
もののけたちが、中空で、膝を抱えて、地上を眺めているような気がしたんだよ。

数百の、数千のもののけたちが、この世界の、ありとあらゆる痛めつけられた魂のために、泣いているような気がした。
もしかしたら、嗚咽の声さえ、聞こえていたかもしれません。
遠くから叫び声がもれて、その聴き取りにくい、かすかに聞こえる絶叫に、耳をすませていた。
もののけたちが、なにもかもあきらめたように、大気のなかに、かき消えていくのを、無力な気持で眺めていた。

おお、だから、
いつもの駅でおりて、5分も歩けば家に帰り着くのに、駅前のドトールコーヒーに入って、煙草をふかしている。

十二時を過ぎてやっと眠れたのに、午前4時に目が覚めて、そのまま二時間、ベッドから出られないでいる。

気が遠くなるような努力をして、やっと息をしている。

きみは、きみが、どんなに投げやりでもいいから、ひとりではないことを忘れないで、ベッドのなかにいつづけることが、どれほど、きみの仲間にとって大切なことか、わかりますか?
きみが生きていて、それを知って、よすがにして、おもいなおして生きていく仲間たちが、どれほどたくさんいるか、知っていますか?
ただ生きていくことが、どれほどきみとおなじ種族の人間たちを助けることであるか、きみが知ったら、驚くのではないだろうか。

このあいだも言ったけど、いつか会えるとおもっています。

きみが家に帰るクルマのドアをあけて、ふとふり返ると、初めてあうはずなのに、
なんだか、なつかしい人が立っていて、
そのひとは、きっと、「やっと会えたね。ずっと会いたかった」と述べるに違いない。

そのときまで

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世界の文様2018 その1

金正恩にとっての最大の決心は習近平に恕(ゆる)しを乞うて、中国に臣従を誓ったことだろう。
ちょうど、日本がアメリカの核の傘の下にあるように、北朝鮮も中国の傘の下に入るのは、習近平と人間的に反りが合わない若い独裁者にとってはおおきな決心だったに違いない。

平昌オリンピックという機会をうまく捉えて、驚天動地の外交をやってのけた文在寅が生みだした流れに乗って、まるで木霊が呼び合うように、金正恩が演じてみせた、「わかりました。それなら、こちらも中国と話をつけて、後見の憂いをなくしましょう」という阿吽の呼吸の外交は見事なものだった。

どちらの指導者も、素晴らしい外交感覚と若々しい機敏さで、目前の、秒読みであった核戦争の危機を避けてみせたのは、世界中の外交雀をどよめかせた。

アメリカとの現状での力学を詳細に解説してみせたのは習近平のはずで、金正恩を通じて、中国の国家機密を含む分析と国家意志は、文在寅にも伝えられたはずである。

この立場と利益がそれぞれ異なる三者の気持ちに通底しているのは、トランプという政治家としてはまったくのアマチュアで、しかも情緒が安定しない感情的になりやすいテレビタレントが大統領になって、わざと混乱を引き起こして、東アジアの混乱を便宜にアメリカの利益を伸長しようとするのを見て、うんざりして、
アジアはアジア人のものでなければならない、と強く感じ始めたことであるのは、見ていて気が付かない人はいないだろう。

具体的な内容がなにも決まらないで、米朝間は、「とにかく仲良くしようね」の、およそ無内容な一歩を踏み出すことになったが、そんなことは日本とアメリカの、頭がぼんやりした指導者たちは別にして、習近平や金正恩、あるいは文在寅にとっても、「多分、そうなるだろう」と判っていたことで、それはそれで十分で、この先に見えている、どの選択肢も、アメリカをうまいこと東アジアの政治的パワーとして、排除してゆく方向に向かっている。

無責任な政治予想屋でもなければ、この先を述べる必要はない。
この先の可能な未来の領域には、中国による台湾併合、統一朝鮮へのゆっくりとした歩み、北朝鮮への投資の流入による経済発展などが確からしいこととしてあるが、混乱を引き起こすことが唯一の方法論であるアメリカの大統領が、内政上の理由から突然北朝鮮か南沙を襲いでもしないかぎり、戦争はなくて、ヘンな言い方だが通常の対立・競合の関係に入ってゆくことになる。

もう少しドラマティックな言い方をしたければ、文在寅は、朝鮮民族にとっては1910年以来、中国にとってはアヘン戦争の時代以来の、外国勢力の容喙につよく左右される東アジアの悲劇が、ようやっと終わりになるドアを開いたわけで、
未来の歴史家は、アジアの真の独立を助けた政治家として、この小柄な人を記憶することになりそうです。

アメリカのFRBに続いて欧州のECBも量的緩和を年内に終了することを決定した。
当然、市場の声は、「いくらなんでも遅すぎる」だったが、適任とは到底いえないマリオドラキですら、到頭、という言い方もできるわけで、これで量的緩和→利上げと向かう市場の潮流は、やっと道筋が目に見えるものになってきた。

これから、おっかなびっくり、数年をかけて公定金利を上げて、立ち上がるのもやっとの贅肉がぶよぶよついた市場を健康体にもどすために世界中が努力していくところだが、中国から大量のアメリカドルが流入しつづけて、しかもその流入先が不動産やなんかの一部資産に偏っている英語社会にとってはたいへんな作業で、例えばニュージーランドでいえばGDPをうわまわるホームローン市場は、金利が3年内に2%もあがってしまえば、たちまち瓦解する。

前にも書いたように、最大都市オークランドでは夫婦がふたりともキャリアを驀進しているような共働き家庭でも、収入の65%がホームローンの支払いに消えて、倉庫係とスーパーマーケットの店員というようなカップルになると、片方の収入の90%以上が家賃に消える。

つまりもう爪先立ちで、ふらふらしながら、めまいに耐えて生活しているようなものなので、ひとによっては新聞誌上のような場所で、金利が1%上昇すれば、それで経済全体が崩壊するだろう、と述べる人もいる。

先週、ニュージーランドは、政府が銀行と共同で、「来年は利上げが始まる年になるから国民は準備したほうがよい」と国民に対して警告をおこなった。
一見、別個に、めいめい判断して警告がなされたようにみえるが、ニュージーランドではいつものことで、混乱を避けるために、連絡をとりあって、国民に準備させようとしたのであることは、ニュージーランド人なら、誰でも知っている。

経済上は、そういう言い方をすれば、世界中の先進国が、いわば慢性成人病を脱して健康体になるための金利の正常化へ向けて体力をつけようと準備しだしているわけで、無論リスクはあるが、避けて通れるわけがない必要なことなので、そうですか、ほんじゃ、がんばるべ、以外には各国の市場が述べられることは少ないようにおもわれる。

えええー、日本が出てこないじゃん。
日本も経済大国じゃないの?
と、いいとしこいて、ほっぺをふくらませた、そこのきみ!
きみは正しいが、日本の政府や中央銀行がなにをやっているのか、みんな、わからないんだよ。
アベノミクスで、「異次元の」量的緩和から出る出口を塞いでしまったのは、2015年くらいにインフレが2%に達して、ゆるやかなインフレ基調になると黒田総裁も安倍首相も「100%」確信していたからで、なにごとも100%はよろしくなくて、ツーストライクから満腔の自信をもって棒球(のはずだった)をフルスイングしたら、盛大に空振りをしてしまった。
ストライクをコールするアンパイアをふり返って、「おまえ、バカじゃねえの?
野球をしらないのかよ。いまのはハーフスイングだろうが」と述べてみたが、アンパイアは「「野球じゃどうかしらんけど、ベースボールじゃ、ああいうのは空振りというのよ。はい、ストラックアウト!」
と言われてしまっている。

あるいは、子供のときから神童であったと同級生が口を揃える黒田総裁が、神の啓示かなんかがあったかなにかして、有り金をルーレットで35-黒に賭けたら、神童の深い洞察を理解しなかった愚かなルーレット台が、7―赤に玉をいれてしまった。

そこから先は、世界中が知っているように、赤に賭けて玉が黒に入れば、傍らにうやうやしく立っている日本国民のポケットに手をつっこんで目の前の株価チップを高く積み上げて、勝った勝った、また勝った、勝たでもいいのに、また勝った、をつづけて、賭博の勝ちを演出しにかかったが、いかんせん、ふと気が付くと、親友の安倍首相と自分とふたりしかテーブルに残っていない。

さびしいね、と話しあっていたら、離れたテーブルから外国人たちがやってきて、
「いつぞやは稼がせてくれて、ありがとう。きみたちの博奕のやりかたは正しいんだよ。でもルーレットでは挽回は難しいから、こっちに来て、一緒にバカラをやらないかい?」と物腰もやわらかく、虎視眈々と、日本に残る有り金を狙っている。

なんだか経済のことばかり長々と書いてしまったので、ほかのこと、ロシアのヨーロッパへの攻勢、中東、社会、軍事、文学、…は、ぜんぜん書き及べないことになってしまったが、まあ、また続きは、よろよろと気が向いたときに書きます。

外交については、一般の人間としては、例えば北朝鮮とアメリカの会談が、アメリカや日本のマスメディアが言うように、まったくの無意味なものなのか実質が伴ったものなのかは、実はイラン政府の反応をみればわかるというように、外交バランスのパワーセンターを注意深く連関させてニュースを見ているだけでも、かなりのことがよく判ります。
インターネットの時代なのでKGB幹部である必要はないのね。
そのうえに、歴史性、例えば、歴史的な対立関係から、ロシアの真の事情をよく知っているのはスウェーデンでありフィンランドで、フィンランドは知っていても黙っている傾向が強いので、スウェーデンが指標としてはわかりやすいが、というような常識が身に備わっていれば、
あの国は、男女を対象とした徴兵制を始めたでしょう?
戦争になったときの具体的な応召方法や避難方法を盛んに啓蒙しはじめている。
スウェーデン人というものを、友達として、ボーイフレンドガールフレンドとしてでも知っていれば、あのひとたちは伊達や酔狂や、成層圏を横切るミサイルの下で頭を抱えてうずくまる剽軽な恐怖心をもつひとびととやなんかとは異なる心性の持ち主が揃っているので、つまり、現実の脅威が迫っていると判断しているから、臨戦態勢に国をもってきている。

もうひとつ、こちらは歴史的に「戦争? 戦争なんて、むかしのもんでしょ?
なに言ってんの? 頭おかしいんじゃない?」と言っていたら、次の年にはもう自分の国の大陸遠征軍がダンケルクというたいしておおきくもない町の浜辺においつめられて、もうちょっとで大虐殺+集団投降の憂き目にあって、そのあとも、文字通り24時間必死に武器と兵器をつくって、アメリカに助けてもらって、やっとこさ国土を占領されないで済んだイギリスという、やはり北海文明圏のマヌケな国があって、
これもロシアのターゲットになっている。

なぜかって、ほら、狼は群れから離れて無防備な鹿を狙うでしょう?
Brexitという、大陸欧州の金融や環境問題における硬直性を嫌うあまり、安全保障を完全に失念した平和ボケ政策を国民投票で決定したイギリスは、トランプで縮んだアメリカの影響力喪失と相俟って、完全に孤立していて、KGB的なロシアの他国への干渉政策に、もってこいのターゲットになっている。
最終的な目標は連合王国の金融機能の支配だが、近年のイギリス人の国民性の変化をみると、案外、これはうまくいってしまうかもしれません。

わかりました。
世界は、どんどん変化するのね。
じゃ、ぼくはどうすればいいの?

ま。
紅茶でもいれて、だめだぞ啜っちゃ、味噌汁じゃないんだから、と自分に言い聞かせながら、とりあえず英語くらいは日本語とおなじ楽ちんさで読みこなせないとどうにもならないので、英語のニュースを、せめて一日に20個くらいは読んでみたらどうでしょう?

テレビをテラスから外に投げ捨てちゃえば、そのくらいの時間は生まれて、お釣りがくるでしょう?
捨てるまえに、下に人が歩いてないかどうか、みないと危ないけど。

でわ

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雪が降って

「朝、起きたら、一面の雪景色なんだよ」と、そのひとは述べている。
見渡すかぎり、どこまでも真っ白で、見慣れた野原も、道も、家の前の芝生さえ、どこにも見えなくなっている。

そうしているあいだにも雪が降って、少しずつ積もっていって、ぼくはドアを開けて、泣きそうになる。

目を泣きはらして、スコップがどこかにあったはずだと考えて、ガレージを探し、ウオッシュハウスを探して、やっと見つけ出して、もうきっと今日は、なにもできないな。
とにかく、この雪をすべてどけてしまわなければ、と考える。

ぼくにとっては、鬱病は、そういうものなのさ、と言う。

掘ってみるまで、雪が10センチつもっているのか、膝まであるのか、あるいは腰までもあって、踏み出した途端に身動きもできなくなるのか、それすら判らない。

身体中から力が奪われて、もうなにもしたくない、ベッドのなかで、一日中、泣いていたいとおもうが、そういうわけにもいかないでしょう?

仕事にでかけるのは、もう無理だけれども、とにかく、がんばって、起きて、
この雪を全部どけてしまわなければ。

「でも、雪は、そうしているあいだにも、どんどん降ってくるんだよ!」

そのひとは、そう少し力をこめて、テーブルをこぶしでたたきそうにした。
でも、すぐに握りしめたこぶしをひらいて、じっと見つめている。
とても、気持がやさしいひとだからね。
きっと、そうするだろうと、おもっていました。

HURRY UP PLEASE ITS TIME

ノックのおおきな音とともに、 どんな人間でも浮き足だつような声で、現代社会の「時」は、きみを急かす。

時間です。お早くお願いします。

人間の生命は、ちっとも美しくない。
よく言って滑稽、わるく言えば醜悪。
入れ歯の費用を工面したり、老眼鏡を買いそろえたり、体面にしたがって、家を塗り替えたり、クルマが運転できるうちに最後のクルマになるはずのクルマにレンジローバーを奮発したり、そんなつもりはないのに、人間は、そういう老後の準備のために働いて一生を終わる。

「死亡欄にも載らない一生」という表現があるが、つつましく、精一杯生きて、ただ義理だけで集まった職場の仲間が集まる葬儀で、誰でもなかったひとのように葬られて、3カ月もすれば、きみが存在していたことさえ誰もが忘れてしまう。

人間の一生は残酷で、どんなに頑張ってみても無価値で、生きているときこそ、ちやほやされて、尊敬のまなざしでみる若いひとびとが周りにいて、運がよければ、きみの妻も子供も、あたたかい、感謝の気持ちがこもった光をたたえた目で、きみを見ていることがある。

でも、だから、どうだというのか?

きみが小説家であるとする。
賞をとって、他の文学コミュニティの人間に称賛されたり、けなされたり、時には救いがないと嘲笑されて、それでも書き続けていれば、読者が出来て、ここはいい、あなたの物語が好きです、この登場人物の、この言葉に救われました。
きみの目を楽しませて、それを励みにして、また次の物語にとりかかる。
案外とおおきな名前になって、自分でも少し驚いて、そんなに悪い人生ではなかった、と思い始める。

例として小説家を挙げたが、自分の足跡を生乾きのコンクリートの上に残すような職業ならば、何でも同じだろう。

でも、死んでみたまえ、というのはヘンテコな言い方だが、
死んでしまって、出来るなら、3年たって、地上に戻ってみたまえ、
誰もきみのことなんか、おぼえていないから。

いつかオークランド大学の近くのシェルターを通ったら、まるで晒し者のようにして、無料レーションに行列しているホームレスのひとびとが舗道に延々と列をなしていた。
垢だらけの服や、べったりと汚れた金髪よりも、誰の目にも映って、おおきく印象されるのは、あのひとたちの、「自分は誰にも必要とされていないのさ」と訴えかけるような目だった。

誰にも必要とされない人間の、どこで果てるともしれない長い行列。

でも、あれは、単なる人間の人生の具象化、視覚化にしかすぎないのではないか。
取り替え可能の部品じみている、きみの一生に、誰が興味をもつというのか。

鬱病は、もしかしたら、人間に残った、ゆいいつのこの世界への、正常な反応なのではないか。

言い方を変えれば、きみやぼくに、ほんとうに生きていく価値などあるのか。
そもそも、やってみる価値があるのか。

健康な人間が、おなじく健康な人間にとってさえ、ただの鈍感な愚か者に見えるのは、それが人間の実相だからなのではないか。

うつ病を雪原に例えたその人は、運良く生還して、
「あの雪は、とても静かにふりつもった雪は、美しくて、ただただ見ているぼくを死にたいような気持にさせて、現実にしか見えなかったが、ほんとうは、うつ病がなおってみると、美しさも、恐ろしさも幻影にしかすぎなかったんだよね」と述べていたが、恐ろしい疑問がひとつあって、はてしなく続く雪原こそが現実の世界の姿で、ときに花がさきみだれ、樹木が育ち、昆虫や動物たちが闊歩する世界のほうが、人間の、この世界を価値あるみなそうとする強い気持ちによる幻想なのではないか。

うつ病の人間が苦しみのなかで見ている世界こそが、世界の正しい姿なのではないだろうか?

HURRY UP PLEASE ITS TIME

という言葉を詩人が選んだのは、実は、それが売春宿の主人が客をせかす、決まり文句だったからでした。
この世界の卑小さと滑稽さ、死に向かってせかされてゆく人間たちの姿を、これほどうまく象徴した言語の使い方はない。

われわれは急かされて、十分な時間もないままに押し出され、まるでドアを出ながらシャツをズボンにたくしこんで、ジッパーをしめる男の品のなさで、誰も訪れることもない石板の下に急ぐ。

こんなはずではなかった、と考える。

人間の人生はいったい、なんのためにあるのか?
これは、なにか。
話が違うではないか。

Goodnight Bill. Goodnight Lou. Goodnight May. Goodnight.
Ta ta. Goodnight. Goodnight.

でも、ひとつだけ、聞きたいことがある。
いったい、神は、悪意以外もっていないのか?
善意の、どんな小さなかけらでもいいから、見せてくれないのは、なぜか。

そう考えながら例外なく不本意な死を死んでいく健康な人間よりも、あんがい、うつ病の人のほうが、世界を正しく見ているのかもしれません。

一面の雪景色に、ただ見とれて、そのまま、まどろんで、安らかに息をひきとるように。
風に溺れるひとのように。
苦しみのおわりに。

静かに。

(英詩は、すべて、T. S. EliotのThe Waste Landからの引用です)

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死に至る病

遠くに住んでいると、いろいろなことが判らなくなる。
仕事ではロンドンとニューヨークとには、いつも連絡をとっているが、きみが知っているように、それだけのことで、そちらから訪ねてくるのでなければ、友達と会いもしないし、友人たちのゴシップや、夫や、妻や、息子や娘たちに消息を知りもしない。

もっとも、むかしでも、ほら、きみが冗談でhermitというあだなをつけたことがあったでしょう?
あのとおりで、子供のときから、ぼくは、知らない人とスモールトークをしたりするのは大好きだが、自分の来歴を知っている人とは、顔をあわせて話をするのが億劫な気がする。

どうしてだろう?
と自分でもときどき考えます。
以前は、世界が好きになれないからなのではなかろうか、とおもっていたけど、モニとめぐりあって、一緒に生活するようになってからは、そうではないのだとわかって、きっと、きみは大笑いするだろうけど、つまりははにかみ屋で、知っている人と会うことに気後れする、人見知りがひどい人間なのだと判りました。

だからメルボルンとオークランドを、おもいだしたように行ったり来たりするだけの、いまの生活は、とても性にあっている。

こっちの人が聞いたら、怒るだろうけど、
すごい田舎なんだ!
むかしから都会のメルボルンは別として、シドニーもオークランドも、21世紀に変わってからは都会になって、オペラでもコンサートでも、アクセスという要素を考えると、案外に「都市」としての条件を満たしている。
もしかしたら、メルボルンは、あんまり知られていないだけで、どこもかしこも安手のテーマパークじみてきた英語世界では随一の都会かも知れません。
マンハッタンなどは、うるさいことを言うと最後に行ったときはもう、世界中の田舎からやってきて、「都会人」の役割を演じたい人たちと観光客で充満していて、観光客で爆発しそうでも、まだしも観光客と地元人の区別が明瞭なパリやバルセロナとも、また違って、頭のなかの「都会人」を精一杯演じるイナカモンの町で、目もあてられないことになっていた。
そういったことを勘案しても、田舎は田舎で、水曜日の午後に、見晴らしのよいペントハウスで、テレビでよく見る顔や、映画世界の大スター、あるいは高名な小説家やプロデューサー、そこにいる人間の半分のタイトルがミスターやミセスでない、あの軽薄で思慮を欠いた、しかし目もくらむような世界は、ここにはありません。

それでも、もう、この程度の田舎のほうが気持が落ち着いていいかもしれない。

プエルトリコ料理の、例の、La Taza de Oroが観光店化して、その次には、あっというまに68年の歴史を閉じて閉店して、なんだか、ニューヨークに戻る気も失せてしまった。

あれほど好きだった、ぼくの、Rubin Museumに近い思い出がいっぱいつまったアパートも、いまはひとに貸してしまいました。

そういえば、モニさんのパークアヴェニューのアパート、口実をつくって見にいってくれてありがとう。
モニさんの母親は、ああいうひとだが、18世紀美術への強い偏愛があるので、心配していたの。
ご自分が住むことに文句はないけど、あんまり調度や美術品を変えられると嫌だなあ、とモニさんとふたりで笑って話していたので、安心しました。

そういうていたらくなので、Kさんが自殺したニュースも、ツイッタのタイムラインで見たんだよ。
前から、depressionで苦しんでいるのは聞いていたけど、そんなにたいへんだとは知りませんでした。

「そんなにたいへんだとは知りませんでした」とは、きみと違って友達というわけではなかったぼくであっても、なんだか、ずいぶん陳腐で冷淡な言葉だけど。

あっというまに、いろんな憶測がでまわって、どんな友達だか疑わしい、「友達」たちが、根も葉もないことを述べていて、人間という生き物の残酷さ、浮薄、救い難い罪の深さを思いました。
きみとぼくと、共通に知っているひとたちが、怒りをこめて、Kさんは金銭的には成功の絶頂にあって、家族にも友達に愛されていて、ただdepressionという病にまけて、闘病に敗北して死んだだけだ、ほかに理由はないのだ、とSNSを通じて述べているのを読んでいました。

depressionという病には、社会的な特徴もあって、善良で、ただ他の人や社会に対して良かれとおもって暮らしてきたひとたちに取り憑いて、その生命を奪ってしまう、という特徴があるとおもう。

きみとぼくの共通の友人でいえば、CもNも、どんな皮肉な人間でも偽善家とは呼び得ないくらい、無私で、善良なひとびとで、私財をなげうってアフリカのひとびとを助けたり、馴れないマイクロクレジットの金融業を始めて、ぼくのところにまで、なんども教えてくれと訊きに来たりして、ただもう自分達が恵まれた家に生まれついたことを、どうやったら不運に生まれついたひとたちに役立てられるかと考えているような人たちだった。

depressionは、どんなにたくさん真の友達に囲まれているひとたちに対しても、たったひとりの、孤独な戦いを強いる。
いまだに誰にも、ほんとうには判らない理由で取り憑かれてしまうと、その瞬間から神の悪意のターゲットにされたひとびとは、自分が無価値な人間だとしか考えられなくなることや、ひどくなれば、呼吸ひとつするにも巨大な努力を必要とする、あの、人間であることの重力が突然数倍になったような、重たい、抑圧された、なにかがいつものしかかっているような感情と、たったひとりで戦わなければならなくなる。

“the death of K… is a very good reminder that just because someone seems to “have it all” does not mean that they do not fight battles behind closed doors. Always be kind, you never know what people are going through.”

と、twitterで、Megという人が述べている。

ほかにも何百というひとたちが、Kさんの死に関連して、「kindness」ということを述べている。

素晴らしい幸福そうな微笑を、きみやぼくに見せてあうたびに幸福な気持にさせてくれるひとたちが、内心で、どんな苦しみ、というよりも「自分が無価値だと強く思い込む気持」と言ったほうがいいのか、を抱えているかは、誰にもわからない。
想像もつかない。
だから、せめて、他人に接するときにはkindnessを失うな、と、たくさんの声がインターネットの空間に木霊している。

きみは、ぼくが日本語を少し判ることを知っている、数少ない友達のひとりなわけだけど、例えば日本のひとたちは、この点で、無思慮にすぎるかもしれない。
彼らは教育程度は高いのに、まるで教育をまったく受けたことがないひとのように、お互いに対して、悪意に満ちた態度をとるのが習慣になっている。

おもしろいんだよ。

そういう経緯は、例えば、きみがラフマニノフを好きだとするでしょう?
そういうときに、日本語では
「ラフマニノフも情緒的に流れて、通俗であるにしかすぎないところはあるが、やはりメロディは美しい」というふうに言わないといけない。
盛大に、手放しでほめてはいけないんです。
どうやら、きみやぼくが無思慮にやっている、盛大に手放しでなにかを褒めるようなことをやると、日本語文化では、バカだとおもわれるらしいことにあらわれている。

日本の町で、知らない人と目があうと、習慣で、英語人はニッカリ笑うけど、日本人はちょうどカタロニア人やなんかと同じで、にこりともしません。
それどころか「なんだ、こいつ」とばかりに、にらみつけられたりする。

韓国と日本は、ポーランドにつぐ自殺大国として有名だが、理由は、そういう社会の細部、小さな習慣にあるのかもしれません。

実は、(なんで、そんなことを、と訝るきみの苦笑する顔がみえるようだけど)この手紙の下書きを日本語で書いているのだけど、そのせいで、ちょっと頭が日本語のほうに傾いているかな?

Eurithmicsの、きみとぼくが共通して好きな歌に、
I’ve got a lifeというのがあるでしょう?

あの歌のリフレインは

I’ve got a life, though it refuses to shine
I’ve got a life, it ain’t over, it ain’t over
I’ve got a way, it’s the only thing that’s mine
All I’m asking for is tenderness, tenderness

という。

tenderness kindness
それは、どれほど、大事なことだろう!

自殺者数の統計をみているとね、もちろん統計というのは、専門のきみがぼくなんかより百倍もよく知っているとおり、一定の知識がある人間がみるのでなければ、なんの意味もないと言ってもいいていのものなのだけれど、それでも一見してわかるのは、
もし、親切な人間の数を数えるような、そんな統計があれば、世界のなかでも上から数えたほうが早いくらいの、ポーランドや韓国や日本の、心底では、とても親切な国民性のひとびとの国が並んでいるのは、ぼくみたいな人間でもわかるが、考えてみると、こういう国のひとびとは、アングロサクソン式の「見せかけの親切」を嫌って「一見、無愛想だが真情からくる親切」を尊ぶ国の排列そのものです。

いっぽうでは、社会に充満する人間関係のストレスから考えて、どうやって考えても自殺者数のトップに位置しそうな連合王国は、なんだか、ずっと下のほうにある。

なにを意味しているのかは明らかで、「表面の親切さ」が、人間が世界を信頼して暮らしていくには、「一見、無愛想だが真情からくる親切」なんかよりも、ずっと重要なのだよね。

きみは人間が聡明なので「それでは人間が根源的に世界に絶望しているということになるではないか」というだろうけど、多分、それはほんとうに世界の実相なのであるとおもう。

さっきのI’ve got a Lifeにも出てくるでしょう?

Ooh, it’s a cruel place, you never asked to be here
Nobody cares and no one’s gonna help you now, oh no
It’s dog eat dog, the human race
The only thing they’ll do is hate you, hate you

人間を30年もやっていれば、誰にでも心底から納得されることは、
世界は冬のゴミ捨て場のような場所で、dog eat dogな場所であるに過ぎない。
希望などはナイーブな人間だけが持つのでしょう。

だが人間性を信頼している「ふり」をすることは、どれほど重要であることか!

せめても、人と会えば、考えうる限りに親切にして、やさしい言葉をかけて、
余計なことを言わないように心がけて、微笑みを絶やさないでいるようにすることが、きっと、いまの、このはてしのない荒野に似た世界に生きている人間にとっては、特に、大事なことであるのだとおもう。

きみが、ふと思いついて口にした、「あなたは、なんて素敵なひとだろう」というひとことで、自殺をおもいとどまるひともいるかも知れないのだから。

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首相の産休

聞く耳をもたない、という。

耳なし芳一という甲冑武者の亡霊に耳をもぎとられてしまう、怖いお話も日本にはあるが、この場合は、ほんとうに耳がないわけではなくて、理解を拒絶する特殊な能力を有する脳髄のほうの話をしているようでした。

ジャシンダ・アーダーンは、ほんとうは首相になるはずではなかった。
選挙前は、経済政策に巧みで、いまのニュージーランドの繁栄の枠組みをつくったジョン・キーの後継者、ビル・イングリッシュが次政権でも首相を継ぐ予定で、ニュージーランド人は、当時の与党国民党支持者も、ジャシンダ・アーダーンを擁立して果敢に勝ち目がまったくない選挙(と、当時はみながおもっていた)に臨んだ労働党側も、「ま、次はビル・イングリッシュだろうな」と考えていた。

今年56歳になるジョン・キーが、成功の頂点で突然首相も政治家もやめることを宣言したのは、ニュージーランドのマスメディアにもいろいろな理由が書いてあるにはあるが、周囲の人はみな真相を知っていて、奥さんに怒られたからだった。
「いいとしこいて、首相業なんかにうつつをぬかしていていいのか。家族をもっと大事にして、家族と一緒に過ごす気がないんですか?
もうビジネスマンとしても政治家としても十分成功したのだから、いいじゃないの」と、バーンサイドという名前の、「南半球最大」という訴求力があるんだかないんだかよくわからないキャッチフレーズで有名な大規模校の高校で出会った、英語でいうhigh school sweetheartの奥さんに、「ちょっと、そこに座りなさい」をされた結果、考えて、女房のほうがただしいようだと決心した。

ビル・イングリッシュという人は、アスペルガー人で、コミュニケーションが大の苦手な人です。
アカウンティングに明るくて、そういう観点からの数字の扱いには滅法強いひとだが、なにしろ2017年の総選挙の、ただでさえ楽勝ムードが漂って、危ない選挙になっていたのに、「このままいけば、国民党の楽勝でしょう」と述べてしまうほどの政治性に欠けた人なので、わしなどは、選挙前から、「もしかしたら、これは、あかんな」と考えていた。

アーダーン首相が誕生して、おもしろかったので、もともとは日本の京都人で、いや京都の日本人か、どっちだかよくわからないが、ともかく、京都の「ええとこの嬢ちゃん」で、高校生の頃からかれこれ30年だかニュージーランドにいて、いまは日本人を廃業してニュージーランド人になっている晩秋 @debut_printemps とふたりで、ツイッタで、「ジャシンダあー、邪心だ、ひょええええー、ジャッシンダー」と言ってよろこんでいたら、ニュージーランドに住んでいるらしい、知らない日本名物おっかない人に、「一国の首相をファーストネームで呼ぶなんて、他国の首相に失礼ではないか。ちゃんとアーダーン首相と呼ばないのは女性差別であって許されないとおもう」と叱責されて、ほんとは、ビザ持ちらしい、あんさんが他国人で、晩秋とおいらはニュージーランド人でっせ、と考えたが、めんどくさいので、邪心だー、をやめて、あーだあーん、と日本語では呼ぶことになっている。

ついでにいうと、ニュージーランド人は「われらの首相」という気持があるので、ふつーにジャシンダと言います。

ちょっとだけ、なんでジャシンダ・アーダーン首相が誕生してしまったか説明すると、選挙が終わって、ビル・イングリッシュが勝利宣言をだして、組閣していた頃、ジャシンダ・アーダーンは、極右政党のニュージーランド・ファーストと手を組んで、政権をぶんどってしまう、という奇想天外な政治工作に乗り出していた。

ニュージーランド・ファーストは、「ニュージーランドがいちばん」「ニュージーランドが最優先」の、マヌケな政党名でわかるとおり、排外政党で、James F.のような嫌味な人間には「義和団か、おまえらは」とからかわれたりしている政党です。
主張だけ聞いていると神風連か義和団のようだが、現実の党員は、ヘロヘロになったじーちゃんやばーちゃんが多い政党で、もともとスカな政党だったのが、1990年代に「このままでは日本人の洪水になってしまう」という、なんだかヘンな弾劾演説で急速に党勢が伸びて、一瞬は第一党になる、という離れ業で表舞台に立った。
党首は、いまとおんなじウィンストン・ピータースで、この人は初期には自分の父親がマオリであることをうまく利用して、「トゥルーキーウィ」、純正ニュージーランド人、つまり、アジア系やポリネシア系のパチモンニュージーランド人とは違って、白人かマオリ人だけがニュージーランド人だと述べて、「それって、人種差別なんじゃないの?」と言われると、「わたしの顔を見ろ、半分は有色人ではないか。有色人の人種差別者なんて、そんなバカバカしい言いがかりをよくおもいつくな」と述べて、KKKもびっくり、な白人至上主義的言動を受け狙いで繰り返していた。

ヘレン・クラークが首相になった選挙で、当然、自党が第一党になるとおもっていたウィンストンは、「首相になったら、あーする、こーする」とマスメディア相手にはしゃいでいたが、「あのおっさんに任せると経済がやばいな」と見抜いていた国民の人間打算機的な投票行動によって、第一党どころか第二党にすらなれなかった。

ニュージーランドはドイツと並んでMMP, Mixed-member propotional representation、いま日本語を調べてみたら小選挙区比例代表併用制、漢字が11個も並んでいて、いつも「ひえええー、ガメのブログは漢字がおおすぎて国語辞書をひいてもわかりひん」と不平を述べている着物の着付けがチョー上手な舞台女優、佐野みかげ @mikagehime が読んだら失神しそうな訳語がついている選挙システムで、個々の議員と政党の両方に投票する、ややこしいシステムをとっている。

https://en.wikipedia.org/wiki/Mixed-member_proportional_representation

このややこしい、ナチ末期の決戦兵器、ハイブリッド超重戦車マウスみたいな複雑な選挙システムがどういうもので、どう機能するかは、wikipediaでも読んでもらうことにして、まんなかを端折って、結論だけを述べると、伝統的な選挙制度なら泡沫で終わる政党が議席をとってしまう。

早い話が、地元選挙区でも愛想をつかされて落選したウインストン・ピータース率いるNZ Firstは議席ゼロのはずなのが9議席獲得してしまった。

ニュージーランドの議会定数は120だが、「はっはっは、楽勝じゃん」と述べていたビル・イングリッシュ率いる国民党は、ふたをあけてみると56議席で、過半数に及ばず、前回の32議席からいくつ減らすか、もしかして20議席切っちゃったりするんじゃない?の、低迷していたはずの労働党は党首が一挙に若返ってしかも女の人になるとアフターバーナーが点火された46議席の大健闘で、ニュージーランド名物「戦略的投票」の冴えが見える選挙だった、はずだったのだが、子供のときから労働党の政治スクールで鍛えてきたジャシンダは、びっくりするように素早く動いて、暢気に勝利宣言をする国民党を横目に、あっというまに極右政党と連合を決めてしまった。
ここに至って、ジャシンダの政治工作によって46+9=55議席と、過半数61議席をとれなかったナショナルに近付いた労働党は、14議席から8議席に墜落した、凋落に歯止めをかけたいグリーンパーティから、confidence and supply agreement、一味だとおもわれるのは嫌だが、いいよ、賛成してやるよ、という約束をとりつけて、46+9+8=63>過半数を成して、世界中、ぶっくらこいてしまった政権樹立をなしとげてしまう。

意地が悪い連合王国の新聞などは「NZの民主制の死」と述べて書き立て、他国の政治を常に誤解するくせがあるアメリカの新聞のなかには、「NZ極右政権の成立」などと書いていたのもあった。

ジャシンダ・アーダーンが首相になってのおおかたの感想は、
「これで経済ブームは終わりだべ」で、前方を注意している投資家やビジネスマンは、来年初頭くらいからの不景気を見越している。
理由が理由なので、オーストラリアの今年で公式に世界最長の26年目の好景気はつづいていくはずで、ニュージーランド名物のオーストラリアへの国民の大移動がまたぞろ起きるだろうことは、相当鈍感な人間にも想像がつく。
財政や経済に明るいビル・イングリッシュと異なって、演説を聴いていても、「こら、あかんわ」な経済への観察や発想が多いジャシンダ・アーダーンは、政争に勝つ名人ではあっても経済をとりしきるのは多分無理だろうと皆が考えている。

現に、「政権発足から1年は増税も税制の変更も行わない」と、きっぱりと述べていたのに、もう今月からガソリン税を増やして1リットルあたり11¢が上乗せされている。
ただでさえ世界最高価格の部類に属するニュージーランドはレギュラーで1リットル2ドル20¢というようなオオバカタレなガソリン価格になって、さっそく経済の重荷になっている。

イギリス人やアメリカ人が心配してくれている政局の極右化のほうは、また「アジア人出て行け」が始まって、アジア系の人はたまらないだろうが、白いほうは、「ウインストンをまじめに受け取るやつなんていないさ」で、1990年代のむかしは、これはたいへん危険な態度だったが、いまやジジになって、ジャシンダが産休に入るあいだは、彼の悲願である「ニュージーランド首相」なので、舞い上がって、「閣僚諸君、おれは厳しいから覚悟しておけよ」などと述べて、閣僚たちの失笑を買っていたりするところを見ても、もうクラウン化していて、案の定、本人が首相になる前のポール(ニュージーランドでは年柄年中やっている政党・政治家支持率調査)では、次の選挙では、今度こそは掛け値なし議席ゼロで、パニクっていた。
党内では、「もうウィンストンでは無理だから追い出しちまうべ」という動きもあるようです、というよりも、追い出す動きが公然化している。

良いほうは、1980年生まれの女の人であるジャシンダ・アーダーンが首相になったことで、ニュージーランドの国としての対外イメージは、少なくとも西洋世界においては格段によくなった。
6月は今年から公式にプライドマンスで、LGBTのひとびとと一緒に行進する写真や、オバマ夫妻と意気投合して話し込む様子が、毎週のように伝えられて、世界じゅうに、ニュージーランドという物怖じしない小国の、いわば「気分」をうまく伝えている。

排外主義、超保守主義、カネモチ優先主義ほぼ一色に染まりつつあるいまの世界に真っ向から挑戦するジャシンダの多文化主義、進歩主義、ビンボ人優先主義は、力のあるひとびとには眉をひそめられているが、いまの世界で力をもたない、ビンボ人や、少数派には、力いっぱいの、と表現したいくらい熱烈な拍手で迎えられている。

実際、今年に入ってから3人、首相になったジャシンダの行動と発言を見て、ニュージーランドにやってきたという若い移民に会った。
オーストラリアと連合王国とアメリカ、それぞれ、自分たちが初めに移住した国に失望して、少しは希望が残っていそうなニュージーランドにやってきた人達でした。

今週から、首相は出産準備に入る。
自宅から指示を出すと述べている。
出産後は6週間の完全産休を予定している。

https://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2018_0604.html?utm_int=news_contents_tokushu_004

もちろん、どこの国にも、うっせえおっちゃんはいるもので、ジャシンダが妊娠を公表したとき、ひとり、「これは国民の信託への裏切りである」という論説を書いたおっちゃんがいたが、わし自身も、わし友も、アホらしいと思って笑い話で終わってしまった。

ジョン・キーの国民党政権は成功裡にニュージーランドを運営してきたが、なにしろ9年も続いて、次の4年も国民党政権だとすると13年の長期にわたって国民党の政権が続くことになったわけで、そうすると、どうなるか、国民は長い国民党政権への反動で、「カネモチの味方」ナショナル(国民党)への過剰な反発が起きれば、トランプ政権のような破壊を目的とした極右政権が出来上がりかねない。
あるいは、ジェレミー・コービンのような、ポピュリズムの手法を取り入れた組合社会主義者が選出されて、stagnantな政治・経済の状況が再び生まれてしまえば、そこで選挙政治で出来ることは袋小路に入ってしまう。

オーストラリアとニュージーランドは、両国とも、国民が政治が苦手なので有名な国で、わし連合王国友でも「あんな国でMMPなんかやるから、ああなる」と述べる人はたくさんいるが、ここのところオークランドとメルボルンに本拠を移転して、近所のパブで、地元の友達や顔なじみと黒ビールをちびちびやりながら話したりする習慣をもつわしとしては、やや違う感想がある。

ニュージーランド人は、不思議な国民で、頭の半分では、いつもビンボに郷愁を感じているような、ビンボがいいな、とおもっているところがある。
微かでも、そうおもっていない人は、とっくの昔にオーストラリアやアメリカに移住してしまっている、ということもあります。

ニュージーランドのスタイルは、オカネモチになることじゃないんだ、という、こちらは口にも出される強い気持ちもある。
自然があって、食べ物があって、たくさん時間があれば、もうそれでなにもいらないじゃないか、というキーウィに共通した心情は、何世代も通じて「あの国に行くと楽しいが収入は5分の1になる」と言われながら、実入りの激減を覚悟して、家族とともに楽しく暮らすことをめざして連合王国から遙々やってきた、たくさんの人によってつくられてきた。

政治みたいな正体のないことにうつつをぬかしていないで、もっと家族と一緒に時間をすごすべきだ、と奥さんに説教されて首相をやめたジョン・キーや、首相一年目でいきなり産休に入って、無責任だと非難したイギリスの女の評論家に「あんたの知ったこっちゃない。あなたがたの国イギリスとわたしたちの国では、価値観がまるで異なるし、第一、妊娠しているのはわたしで、あなたが妊娠しているわけではない、ほっとけ」と真っ向から反論して国民に拍手喝采されたジャシンダは、ニュージーランド人にとっては、とてもニュージーランド的な首相で、国の価値観をうまく体現していると受け止められている。

とりわけて、今回の「首相の産休」は、世界で最も早く婦人参政権を実現したことをおおきな誇りにしているニュージーランドの女の人たちにとっては、もうひとつのエポックメイキングな出来事と受け止められている。

聞く耳をもたない、という。

日本にいたとき、曾野綾子さんの、おっかない発言があったりして、

女だてらに
https://gamayauber1001.wordpress.com/2009/12/24/genderequal/
くらいを皮切りに、

BK
https://gamayauber1001.wordpress.com/2009/12/02/bk/

A Girl Can Do Anything
https://gamayauber1001.wordpress.com/2015/12/20/a-girl-can-do-anything/
と、ほんの少しでも日本の女のひとたちの側に立てればとおもって、いくつか記事を書いたが、反応は、ぶっくらこいちまっただよ、と言われるべきもので、
ニューヨークで通訳会社を経営しているという人の「男に性差別の問題について言われたくない」に始まって、キン〇マ蹴りとかなんとか、おもしろそうな運動をしている女の人には、「男で性差別に反対て言われても」「この人が人種差別主義者なのは当然だとおもっている」と陰口を利かれて、とどめには、なんだかよく判らない「フェミニスト集団」には、畸形性という単語だけに反応したのでしょう、まるで反対の意味の文の単語だけを取り上げて「女に対して畸形なんて差別語を使うとは、なんということか」というので、ツイッタに集団で駈け込まれて、ツイッタ社の日本支社は、最近は「文脈をみている」と言い訳しているが、当時は、まったく単語しか見ていないオバカ検閲で、朝、起きてみたら
「該当ツイートを削除しないとアカウントを凍結します」
というemailが来ていて、問い合わせたら、件の「フェミニスト団体」が集団で申し入れていたのだった。

それやこれやで、日本のフェミニスト運動は、毛沢東並の自力更生主義で、理屈が難しいので、話をはじめていた英語人との連携のお話も含めて関わり合いになるのはいっさいやめてしまったが、正直にいうと、
わしにとっては性差別は、ちょうど人種差別が有色人側の問題ではまったくなくて、100%オバカ白人側の問題であるのとおなじことで、全面的に男の側の問題で、この日本人の女の人たちの揶揄や非難攻撃の趣旨とは丁度反対で、ほんとうは、女の側で出来ることなんて、なにもないのではなかろうか?といまでも考えている。
わしは、かーちゃんの教育と、ばっりばりのフェミニストである妹の影響なのか、それとももともとは、本当は女に生まれついているのか、フェミニスト原理主義者と呼ばれて、おめーは喧嘩売ってんのかと相手の男たちと大喧嘩したりする女の友達が多くて、年柄年中、ラウンジで「ガメは、足のあいだにへんなものがついてさえいなければ、ほんとにいいやつなんだけど。
ねえ、ガメ、そんなの取っちゃえば?」と言われて、ガハハハハと笑う笑い声に囲まれて憮然としていたりするが、まあ、そういう付き合いも、英語圏というか西洋圏にだけ限定して、わからないことには触らないことにしていまに至っている。

当然、そのなかにはジャシンダ・アーダーンの個人的な友人である人達も何人かいて、話を聴いていても、やっぱり経済への考えはダメだが、政治的な敏捷さは天性であるらしくて、多分、在任中にニュージーランドは男女同権の上でも、おおきく飛躍しそうだと感じます。

ま、しばらくビンボだろうけど、この世界のなかに一国くらい、容赦のない繁栄よりも人間でいられるビンボを目指す国があっても良いのではなかろーか。
赤ちゃん、健康に生まれてくればいいな。

いまから、そのときに備えて、極上のシャンパンをセラーから出して冷蔵庫にいれておかなければ。

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デーセテーシタレトルオメン

若かった義理叔父とかーちゃんシスターが、紆余曲折の、さんざんすったもんだ、曲がりくねった迷路のような道を歩いて、ついにエッチをするのだと一大決心をして、ふたりで半分ずつだしあって、いまはもうなくなった赤坂プリンスホテルの部屋について、窓の外をみると、素晴らしい東京の夜景がひろがっていて、義理叔父は、

Situated on a hill, this room commands a fine view!

と述べた。
次の瞬間おきたことは、義理叔父にとっては一生わすれられないことで、普段は、荒っぽいようなふりをして、とても礼儀正しいかーちゃんシスターは、大笑いして、息をするのも苦しそうなほど笑い転げた。

「なんで、そんなこと言ったの?」と、わし。
「ギャグですか?」と従兄弟、すなわち義理叔父の息子。

憮然とした顔で、切り出した義理叔父によると、義理叔父の時代には、駿台予備校という主に受験に失敗した高校生の敗者復活戦を支援することを目的とした学校があって、その学校の出版部が「基本英文700選」という丸暗記用のフレーズブックをだしていた。

その257番に、

Situated on a hill, his house commands a fine view.

という例文があって、バカバカしいことに、この700の古代英語文を律儀に全部おぼえていた義理叔父は、「英借文」をして、his houseのところだけをthis roomに替えて、ロマンチックな夜を盛り上げようとしてカッコヨク述べたつもりだったのでした。

次の朝、かーちゃんシスターは、いまではもう滅多に見なくなった人間の背丈ほどもあるバックパックを背負って、成田空港へのシャトルバスに乗り込んでいく。
まだこの時点では、義理叔父は、かーちゃんシスターが実は、イギリスでも有名な上流家庭に生まれて育った人で、家系には綺羅星のように高名な軍人や学者や文人が並んでいることを知らないし、かーちゃんシスターが、このヘンテコリンな日本人をどれほど愛していて、当時のひとが聞いたらびっくりしてしまうような決意を心のうちに秘めてヒースローへ飛ぶ飛行機に乗り込んで行ったことも知りません。

いつかオーストラリアのアデレードに住む帽子デザイナーのミナが、ずいぶん気に入ってくれた小泉八雲と奥さんのセツさんの話を書いたことがある。
長いけど、引用する。

『きみは、いま松江にいるそうで、正直に「うらやましいなあ」と思う。
ぼくは京都の日本海側から松江あたりまでの日本海側にあこがれがあって、柳田国男が生まれた町や、志賀直哉の短編で描かれた町、浜坂という小さな美しい浜辺のある村や、そういう場所をうろうろしてみたことがある。
松江にも行きたかったが、そのときは神戸でひとと待ち合わせをしていたので行けなかった。

ラフカディオ・ハーンという、変わり者で片眼、小男のギリシャ系イギリス人は、たいそうラッキーな奴で、その人生の後半に小泉セツという素晴らしい女びととめぐりあう。
小泉セツが英語をおぼえようとして使った手書きの英単語帳がいまでも残っているが、「アエアンナタハングレ」(I am not hungry)というような言葉を見ると、そのまま、画像を見つめて、その場を動きたくなくなるような気持ちになってしまう。
英語を話さない小泉セツと自分で発明したような風変わりな日本語しか話さなかったラフカディオ・ハーンは、しかし、「ヘルンさん言葉」とふたりで呼んで笑ったという、ふたりのあいだだけの日本語で会話を重ねながら、幸福な結婚生活を送る。

「破られた約束」のようなラフカディオ・ハーンの傑作は、今昔物語や雨月物語からの再話ではなくて、どれも小泉セツが「ヘルンさん語」でラフカディオ・ハーンに語ってきかせた松江の物語だった。
西洋人がいまでも持っている「美しい、神秘の日本」というイメージはハーンがこしらえたもので、そのもとは松江の風景のなかで生きて死んだひとびとの物語だった。

ある日、「自分にもっと学があれば、あなたの書き物の助けになったのに」とセツが述べると、ハーンはセツの手をとって自分の著作が並ぶ本棚の前に行き、
「だれのおかげで生まれましたの本ですか?」と「ヘルンさん語」で語りかけた。
一緒についてきたふたりの息子一雄に向かって、「この本、皆あなたの良きママさんのおかげで生まれましたの本です。なんぼう良きママさん。世界でいちばん良きママさんです」と言った。

ハーンが好きなものは、「西、夕焼、夏、海、遊泳、芭蕉、杉、淋しい墓地、虫、怪談、浦島、蓬莱」であったという。

「(明治)三十七年九月十九日の午後三時頃」、セツに「あなたお悪いのですか」と尋ねられたハーンは「私、新しい病気を得ました」と答える。
「新しい病、どんなですか」
「心の病です」
心の病、とは心臓病という意味です。

死の数日前、ハーンはセツに
「昨夜大層珍しい夢を見ました」
「大層遠い、遠い旅をしました。今ここにこうして煙草をふかしています。旅をしたのが本当ですか、夢の世の中」
「西洋でもない、日本でもない、珍しい所でした」という。

ハーンはそうして、五十四歳で死んでしまうが、きっと死の時にも松江の美しい風景を思い浮かべていたに違いない。

ぼくは松江の小さな家で、セツと肩を並べて、セツが「ヘルンさん語」で語りかける「破られた約束」の物語を、「ママさんの話は、とてもこわい」と述べながら、悪い視力のせいで丈の高い机に顔をくっつけるようにして原稿を書いていったハーンを思い浮かべる。
セツとハーンのまわりを出雲に集まった帰り途の八百万の神さまたちがぐるりと囲んで、小さな外国人と、ぴんと背筋をのばして座る武家の娘が、ふたりで紡ぎ出してゆく美しい物語を、人間には聞こえない声で称賛の嘆息をもらしながら、どきどきしながら聞き入っていただろう。』

断片的に残っているセツさんの発言を拾っていくと、アイルランド人であるハーンは気が付かなかったようだが、セツさんは、自分がどれほど幸福な結婚をしたか、知っていたような気配がある。
セツさんという、このすぐれた知性を持った、士族の娘は、求められるままに極端に目が悪い小男のアイルランド人に松江の、まるで土地に根付いた樹木でできた森林であるかのような数々の物語を話してきかせたが、ハーンという夫が、
「手をとって自分の著作が並ぶ本棚の前に行き、
「だれのおかげで生まれましたの本ですか?」と「ヘルンさん語」で語りかけた。
一緒についてきたふたりの息子一雄に向かって、「この本、皆あなたの良きママさんのおかげで生まれましたの本です。なんぼう良きママさん。世界でいちばん良きママさんです」と述べられる男であることを目を瞠るような気持で、幸福のなかで、眺めていたもののようです』

例えばカリフォルニアに行けばたくさんいる、
母語が異なっていて、お互いにほとんど意思の疎通ができないカップルが昔は嫌だった。

意思の疎通も覚束ないのに結婚して、一緒に住んでいるのが不潔な感じがして、嫌悪感を隠すのに苦労した。

その考えが変わったのは、ラフカディオ・ハーンと、取り分けセツさんのおかげであるとおもう。

松江の小泉八雲記念館には、セツさんがつくったノートが残っている。

カタカナで、

シレーペー と書いて、ひらがなで「ねむたい」と書いてある。
sleepyのことで、耳に聞こえたとおりの発音で、セツが一生懸命書き綴った単語帳は、ぼくに、自分の理解がいかにケーハクだったか教えてくれるのに十分だった。

いまならば言語に熟達するのは、相互理解の半分でしかないと、簡単にわかっている。
わかっている、というよりも「あたりまえではないか」と思う。

逆にある種の「英語が達者な」外国人、例えば日本人への自分の違和感が、うまく説明できるようになった。
きびしい言い方をすると、ある種類の英語が上手な日本人は、英語人を演じているだけで、ひとの英語を聞いているにも、自分がどこかで出会ってカッコイイとおもった英語人であり、話す話し方も内容ですら、その「憧れの英語人」のコピーにしかすぎない。

セツさんは違った。

セツさんは英語人になりたかったわけではなくて、ただ夫のハーンが言うことを理解したかった。
理解して、できれば、自分の意思も伝えて、自分がどれほどハーンを愛しているか、伝えたかっただけに見えます。

人間の言語は、自分が生活する空間にある事物を認識するためにはよく出来ているが、お互い同士の意思を通じあうには、まったく向いていない。
ある人に向かって発した言葉が、ダイレクトに受け止められて、理解される、ということは、観察していればわかるが、起きていない。

なにかを言われると、自分の頭のなかのセツノートのようなフレーズブックを参照して、「ああ、これだ。この人が言っているのはこういうことだ」と同じ意味のことを発見して、聴き取っているだけです。

人間がお互いに深く理解しあえるのは、多分、何年もおなじベッドで眠り、お互いを受け入れあって、他人であるパートナーを理解するという大事業に乗り出すことを固く決意した女や男だけであるとおもう。

言語というオンボロな道具を使って、なんとか判りあおうとする。
いま「道具」と書いたが、前々からなんども述べているように、言語は道具化すれば死んでしまうことになっていて、ところが伝達に用いる言語は、紛うかたなく「道具」で、自分の意識の構築という人間が人間である所以であるものをつくるときに言語が果たす役割とは根底から違ってしまっていて、多分、それが人間は言語による伝達が苦手な理由なのかもしれません。

上の引用で、現実にセツさんが述べたのは「自分がせめて女学校をでていれば、あなたの助けになったのに」ということだった。
ハーンはもともと上流社会の蛮性を知っているひとだったので、なんとも思っていないどころか、くだらない付き合いがなくなっていいと思っていたようだが、セツさんのほうは、有色人と結婚したハーンを敬遠して、日本の外国人上流社会がRSVPと記された招待状をハーンには寄越さなかったことを、自分のせいと気に病んでいたようでした。

いつも自分のせいでハーンが辛い思いをしているのではないかというのがセツさんの気持で、セツさんの書いたものには、端々に、ハーンは自分と結婚したことによって、普通の人生が送れなかったのではないかという気持が滲んでいる。

「わたしにもう少し学があれば」と述べたセツさんにハーンが述べた言葉は、「ヘルンさん語」のカタカナになって残っています。

ユオ、アーラ、デー、セテーシタ、レトル、オメン、エン、デー、ホーラ、ワラーダ。

普通の英語に書き写せば、
You are the sweetest little woman in the whole world.
なんだけど、

ユオ、アーラ、デー、セテーシタ、レトル、オメン、エン、デー、ホーラ、ワラーダ。

なんという美しい英語だろう。

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