静かな場所

日本語には、どこかしら静かなところがある。
あるいは静かさを希求するところがあるとおもう。

夏の、葉山の、山肌を縫う裏道を歩いて、濃い青色の空の下を、ときどき顔をのぞかせる海を見ながら、そこまで行けばもう横須賀に入る、長者ヶ崎に向かう。

セミの声があたりに満ちて、ひたすら暑いが、そういう日の午後には必ず起ち上がって、にょきにょきと成層圏に届く、純白に輝く入道雲をみあげながら、ああ自分は、このために日本語を学んだのだ、と考える。

「西洋人はセミの声の良さを理解できない」と何度も言われたが、セミがただうるさいだけなのは単純に日本語が判らないからではないだろうか。

アブラゼミでは、さすがに願いさげだが、奇妙だとおもわれるかもしれないが、オークランドのセミは、からだが小さいせいだろうか、とてもやさしい声で鳴いて、あたり一面がセミの声で覆われると、一面の雪景色と効果はおなじなのだと述べればわかりやすいかどうか、沈黙があらわれて、音がない場所よりも静かになる。

この世界での日本語という言語の存在は、それに似ている。

近代日本語で最も美しい日本語を書いたのは西脇順三郎だろう。
西脇の日本語の美しさは、西脇の頭のなかでは日本語は外国語として仮構されていたからであるのは、一目瞭然、と言いたくなるくらい明瞭であるとおもう。

あの愉快な、諧謔に満ちた活発な知性をもっていた詩人は、言語学者でもあって、大事なことを述べると、西脇順三郎は、言語学者の自分と詩人の自己を別々の独立した存在だと見做していた。

いちど日本人で言語学者の人と、一緒にお茶を飲んでいて、西脇順三郎の話になって、「禮記」や「穣歌」はいいですよね、と述べたら、感心した顔をして、「おや、西脇先生は、詩も書いておられたのですか」と言うので、びっくりしてしまったことがあった。

学者バカ、という乱暴な言葉があるが、この人はほんとうに西脇順三郎が詩人であることを知らないもののようでした。

詩を書いていらしたのは知らなかったが、あの方は言語学では、たいへんな人なのです。

カツシカやシバマタから、オイモイ!と悲哀の声をあげながら、プロヴァンスへアンドロメダへ大股で歩き渉って、短頭の哀しみから長頭形の悲しみへ、次第に透明になってゆく日本語を、詩人は楽しんだ。

「透明でこの静かなポセイドンのような
この百姓は鳶色の神からうまれた
いまは山国にあるアンズの国への
旅を考えているそこで牧人たちを
集めて夏期大学を開こうと
考えていたのであった
西国人の心についてかれの笛のような思想を
東方人に語ることを考えていた
ところでかれは存在するものと
存在しないものを象徴する男だ
大地のようにだまりこんでいる天人だ
彼自身啓示的な一つの石だ」

長い散歩には心の昂揚という効果があるが、西脇は、柴又の堤を歩いて、目黒からメグロに歩いて、ヘオルテの祭りを通り過ぎて、アサガヤからテーレウーに至るころには、西脇先生の足は少しく宙に浮いて、よく見ると地面よりも2インチくらい上のところを歩いている。

初期には

「シムボルはさびしい
言葉はシムボルだ」

と説明をこころみていたが、年齢をかさねて説明的な表現は、最も説明の目論見から遠いと悟ったのでしょう、シンボルのさびしさを音で表現するようになってゆく。

すべての言語が沈黙をめざしているかといえば、そんなことはなくて、例えば英語やドイツ語は永遠をめざしている。

絶対を指向し、永遠をめざす言語群と、相対の精霊のあいだを縫って、歩き続けて、沈黙に至る日本語には、翻訳という作業を拒絶する、おおきな懸隔がある。

懸隔、というより、異なる地平にあるのだといったほうが実情に近いかもしれません。

西脇順三郎は日本におけるシュルレアリズムの紹介者なのだ、といろいろな本に書いてあるが、本人は、シュルレアリズムよりも言語の美にたどりつくことのほうに、ずっとおおきな興味を持っていたでしょう。
現実と角突き合うシュルレアリズムよりも、遠くのものをむすびつけた瞬間、ときに、激しく火花をあげる、その美しさのほうにずっと強烈に惹かれていた。

シュルレアリストである生々しさと衝迫には耐えられない人であったように見えます。

母語であるはずの日本語を「薔薇色の脳髄」のなかで、無理矢理外国語とみなしたのも、母語のままの日本語では言語の美として具合がわるかったからではないだろうか。

日本人が死という沈黙にむかって労働して、やがて、どこか、静かな場所に自分の身を横たえて息をひきとるために生きているように見えることには言語的な理由がある。

日本にいるときでさえ普段の会話に用いられることは殆どなくて、ただ読むために魂が乗り込む乗り物としてあった趣で、いまは、まったく会話には使われない言語であるせいかもしれないが、日本語は、自分にとっては沈黙を眼前に呼び寄せるための言語で、日本語で考えていると、いつも、彼岸から此岸を眺めているような、奇妙な気分に捕らわれる。

塵埃が地面におりて、どんな小さな可視の粒子もなくなった冷たい冬の大気に、光が射すようにして日本語の表現があらわれてくる。

静かになって、空が静まり、地が静まって、あれほど耳をすませた、遠くからの幽かな叫び声、精霊たちがささやきあう、聴き取りにくい声も、もうそこでは聞こえなくなっている。

ぼくは、どこへ行くだろう。

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いつもの朝に

怒りんぼベーカリー、という。

主人らしい女の人が、いつも不機嫌な顔で、およそ朝のベーカリー向きでない厳しい態度を保持しているからで、特に店の名前がGrumpy Bakeryというわけではありません。

キューバン・サンドイッチが滅法うまいので、ときどき買って、店でトーストしてもらって、浜辺で食べます。
コーヒーは、このあたりにはおいしいコーヒーを淹れてくれる店がないので、自分たちで淹れていく。

セントヘリオスのようなおおきな有名なビーチにいくこともあるが、まるで神様が宝石を隠しておいたような、内緒の、小さな美しい砂浜に行くことがおおい。

モニさんは小さなひとびとと貝殻を拾いながら波打ち際を歩いている。

モニさんの夫は、なんだか難しげな顔をしてソーラーパネルとコントローラーの数値をにらんでいます。

(PV って、なんだっけ? なんでoffなんだ?)

時々は、にらんでいるうちに寝ちゃったりしていて、庭で転がっているあんまり賢くない仔犬とあんまり変わらないが、今日は、ちゃんと目を開けて数字を見ている。

12ボルトでパネル一枚の一時間発電量が1Ahだから、240ボルトだとして、えーと、と数学をベンキョーしたはずなのに相変わらず数字に弱い頭を軋ませながら回転させている。

ウィーンウィーン、ガリガリガリ、ギギ。

そこに中央アジア人ふうの顔をした数人のひとびとが、影のように、滑るようにあらわれて、小さな浜辺の、そのまた隅っこの、小さな木陰に、ちいさなちいさなピクニックマットを敷いて紅茶とパンを並べている。

一瞬、モニもわしもいないような素振りで、小さな砂浜での朝食というチョーいいグッドアイデアを始めかかるが、気が変わって、こっちを見ています。

目と目があう。

わしは、ほぼ自動的にニカッと笑う。
向こうの数人の首領であるらしい若者もニカッと笑い返している。

改めてみると、家族連れで、男の若者がひとり、作法どおりヒジャブをかぶった若い女の人がふたり、母親然としたひとがいて、合計4人。

天気の話をする。

このパン食べませんか?

いや、わしたちは、さっきベーカリーででっかいサンドイッチを買って食べたからいりません。

パンミュアの町にあるイラン/トルコ・ベーカリーを知っていますか?
このパン、そこで買ったパンで、とてもおいしいんだけど、一家4人には少しおおい。

ああ。
最近、支店をすぐそばに開いた店でしょう?
パンに関してはマヌケな白いひとびとも、あのベーカリーは知っていて
あそこには、よくパンを買いに行きます。

おいしいよね。
特に、トルコ風に舟の形をした、みっちりしたやつ。

ひととおり、所定の手続きの会話が終わると、

アフガニスタンから来ました、という。

難民の人です。

アフガニスタンの食べ物の話をする。
アフガニスタンの気候の話をする。

アフガニスタンの歴史の話を、ちょっとだけする。
アフガニスタンの言葉の話をする。

イギリスの話をする。
案外、長々とウエールズの話をする。

通りに人が歩いていないクライストチャーチの話になる。
オークランドでも人がいなくて寂しい。
どうして、この国には人間というものが少ないのだろう。

さあ、人間にとっては人間が天敵だからではないかしら。

東京がいままで見た町でいちばん人が多い。
人間の洪水!

慣れないと、ちょっと怖い。

ええ、わしは日本にいたことがあるんです。

(日本といえば)
中村哲という人を知っていますか?
アフガニスタンで死んで、大統領が棺を担いでいましたね、
と述べてみたが、4人とも知らなかった。
話の終わりで家族の首領格であるらしい男の若者が、そういえば聴いたことがあるような気もする、と考えながら述べていた。

灌漑をした人だったかな?

そう、その人ですね、多分。

「目立たないこと」に熟練した、その一家の物腰や、ステルスな佇まいのことを、ユーウツな気持で考える。

わしは何を言うべきで、何を言うべきでないか。
わしは、どんな表情をしているべきなのか。

理由ですか?

だって、

わしには、いったい、なにごとかを述べる権利があるのか?

榴弾が半分を吹き飛ばした黒板と爆弾で壁が崩れた教室で勉強したこともなく、広大な溺死の海を決死でただサイズがおおきいだけのゴムボートで渡ったこともない人間を、現代の世界で、自分を人類とみなすことは果たして可能なのか。

若いアフガニスタン人は、わしのドローンに目を止めて、それ、ドローンですか?と訊く。

ええ、そうですよ。

若い一家の首領は、かねて興味があったらしく、いくらなのか、カメラの解像度はどのくらいか、gimbalはどのくらい有効か、たてつづけに訊く。

憶えてる限りの数字を答えます。
価格を、クリスマスセールならなんとかしてくれそうな、精一杯の低い数字で述べると、ひどくがっかりした顔をしていた。

飛ばしてみますか?
だいじょうぶ、初めてでも、壊しやしないさ。

しばらく、飛ばしたい誘惑と戦っているのが見てとれたが、結局は「いえ、やめておきます」と述べて、もうすぐ、母親の学校が始まるから、と述べてたちあがる。

不思議なくらい目立たない例の立ち居振る舞いで、さっさと片付けて、起ち上がると、すっと立ち去って、… とおもったら、母親が急に歩いて戻ってきて、モニとわしにでっかいハグをしていった。

ぎゅっ。

そのおもいがけないくらい強い力で、力いっぱい抱きしめられた感覚が正午をすぎても残って居ました。

世界は美しい場所で、楽しい場所である、とわしは何度も書いた。
わしは、その意見を変えようとはおもわない。

もしここが美しい場所でないならば、生まれたばかりの赤ん坊を飢饉で失った母親はなにを目指して海を渡ればいいのか。

もし、世界が楽しい場所でないのならば、アメリカ軍の機銃掃射で妹と父親を殺されたアフタニスタンの若い「一家の首領」は、どんな光を頼りに家族を率いて南の海の果てをめざせばいいのだろう。

このデタラメな世界を「美しい」などという人間は愚か者であるという人には言わせておけばいい。

きみの言葉は、この世界が存在することを当然と考えていすぎるとおもう。

この世界が存在することが信じられないひとびとにきみは会ったことがありますか?

爆発と血を流すひとびと以外を絵に描くことを知らない子供たちにきみは向き合ったことがあるか。

きみの知性なんて、どうでもいい。
この世界には希望が必要なんです。

わしはすべての悲観を拒絶する。

もうこの世界には、ほんの少ししか希望が残ってはいないのだから。

(画像はドローンで撮った、わし出没地域。まんなか、ちょっと左がセントヘリオスビーチでおます)

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では、どうすればいいのだろう? 3

ひさしぶりに日本語twitter世界をのぞきに行ったら、ぶっくらこいてしまった。

なにしろ悪意と攻撃性がこれでもかこれでもかこれでもかあああーと渦巻いていて、それを上手に隠してまともな人間を装ったり、他人を中傷するアカウントを別に複数つくって、全身全霊をこめた秘術をつくしためちゃくちゃな中傷誹謗を繰り返しておいて、本人の実名アカウントは、素知らぬ顔で、背伸びした肩書きにあわせた正常人を装っている。

言語世界として醜悪を極めていて、あんまりびっくりしたので、これもひさしぶりに日本語でツイートを並べてみたが、糞便に交われば糞塗れになるという (←言いません)
なんだか折角身に付けた日本語の品位が低下して、神様のQCにひっかかって弾かれてしまいそうな気がしてきたので、英語フォーラムで少し遊んでもどって、さっさと消してしまった。

ついでなので述べると、日本語世界の現下の下品さは果てしがないというか、ツイートを消すと「ほら、都合が悪いから消した」という。
呪詛と悪罵が飛び交うタイムラインから立ち去ると「逃げた」という。

なんのことはない、いかに自分達の品性が下劣か告白しているだけのことで、絵を描いていて、ヘンテコな線をひいてしまえば、パンのかけらを手にとってゴシゴシ消します。

それすら見咎める言葉を書き連ねば気がすまなくなるくらい日本語は救いのない幼稚な攻撃性に満ちた醜い言語になりはてている。

日本語はself-depreciationで遊べない言語で、うっかり英語あたまで、そんなことをした日には、それみたことか、おまえはやっぱりバカだ、自分でも判ってるじゃないか、と嵩にかかって嘲笑する人が必ず現れる。

結果は、どうなるかというと、日本語版イソップ物語の、自分をおおきく見せようとして、空気を吸い込んで爆発してしまう蟇蛙そのまま、アルバイトなのに正社員を名乗るのとおなじことで、パートタイムの大学教師が大学教員のあるべき姿を教授たちに説教して、病院勤務の医師が医学研究者を名乗って、威張っていることで端的にわかるように自分をおおきくおおきく見せるコンピティションが存在して、傍でみていると滑稽なことこのうえないが、なに、本人たちは50代、60代という年齢になって、いいとしこいて、おおまじめに「詐欺でつかまらないんだから悪いわけはない」と言わんばかりの愚行を続けている。

日本の人には、良い評判がある。

「おもしろい人達だ」というのが最も多い良い感想で、
自分の人生の余白にマンガを描いてみたり、そのマンガを少しずつ形を変えて、退屈な授業のあいだじゅう描きつづけて、パラパラと動かしてみると、あな不思議、まるで生きているように、アドビのフラッシュは2020年にプレイヤーの配布を終了するそうだが、日本にはフラッシュよりも遙か前に、「大学ノート」という、考えてみれば哀切な感じがしなくもない名前の、アナログ・ソフトウエアが存在して、その大学ノートの余白から、リボンの騎士やトトロが生まれて来た。

食べ物にも、工夫された、一見はヘンテコだが、食べてみるととんでもなくおいしいものがたくさんあって、酢を混ぜた御飯をてのひらのなかで、ふんわり固めて、その上に切った魚片を載せる、というただそれだけに見える食べ物が、実はひどく難しい調理技術の積み重ねで出来ていることが判るようになってくると、なるほど文明の思想が異なるということは、ものごとを眺める視点がまるで異なることなのだと納得される。

鮨、むずかしいんだよ、あれ。
二年しか続かなかった「外国人向け鮨のつくりかた教室」というものがあって、参加して、トロが握れるようになって、すっかり有頂天で、
鮨の世界では有名な先生の職人さんに「ガメちゃんね、お願いだから、鮨を握るのをおれに教わったというのだけはやめてね」と耳元で囁かれた本人が言うのだから間違いはない。

日本の人には悪い評判もある。

平気で嘘をつく。
あまりにあっさりとためらいもなく嘘をつくので、うっかりすると、話の後先が判っているのに言っていることを信じてしまいそうになるくらい上手に嘘をつきます。
国民的な芸であるとおもう。

他人や他国を貶める目的であることが多いようで、「そういう人間はどの社会にもいる」というレベルではなくて、国民性と看做されていて、捕鯨問題や韓国・中国・東南アジア人を瞞してあるいは力ずくで掠ってきては生きたラブドールとして酷使した性奴隷問題、外交にまで及んでいて、もっとも、最近は「日本人の嘘」はすっかり有名になったので、首相が福島事故は「アンダーコントロール」だと見え透いた嘘を述べていても、誰も腹もたてなくて、未決箱既決箱と並んだ「日本のひとがいうこと箱」にあっさりいれられてしまったりしていて、逆に、日本の人は、自分達が嘘つきだとあんなに簡単に判定されて怒らないのは、やっぱり定評はほんとうだからなんだろう、と若い人に納得されたりしていた。

裃を来て、肩で風を切って歩くようなスタイルが好きで、なんだか世界中で出来損ないのナチSS将校みたいな振る舞いに及んでいる。

日系企業で働いた人は、ほとんど例外なく、退職したあとで、「日本人の豚野郎ぶり」について憤懣をぶちまける。

近所のおっちゃんなどは、20年間、日本人たちに立ち交じって生き延びるために本人がおもってもいない日本人や日本の美点について、心にないお世辞を述べて人格が崩壊したと述べていたが、面白がって、それって、自分が悪いんじゃないの?
というようなことを口にすると、頭からビールをぶちかけられそうなほど怒る。

「きみは日本人の陰険さを知らんのだ」という。

知りませんよ。
知らなくてよかった。

ほんとうは、ちょっとだけ日本と日本人のことを知っている。
日本語を勉強してみたからね、というようなことをいうと、ややこしいことになりそうなので、教えてあげないけど。

日本はどうなるだろう?
と、ときどき思う。

お友達たちが考えるように「心配している」わけではありません。
母国でもなんでもない国を「心配」するのは人間の気持ちとして難しい気がする。
心配、では誇張表現になりそうです。

言語を身に付けるということは、少なくとも上達してくれば、その言語の社会と関わりが出来るということで、英語にはcommitmentという適切な語彙が存在する。

関わりが生まれれば、最低限なにごとか述べなくてはならなくて、良い悪いではない、言語の習得はcommitmentを果たして初めて完結する。

自分で考えても言い訳にすぎないかもしれないが、この十年間で、言わなければならない、と思い定めたことは激しく反発されながらひとつずつ述べて、日本語を習得したことから来る恩恵(例:北村透谷の文章、鮎川信夫の詩)に対するお礼は述べたことになっている。

日本語ってね、おもしろいんだよ。
ボートでいうと、感情の風で帆走するヨットに似ている。
タッキングが最も高い技術を要するところまで、酷似している。
ちゃんと帆を操れば、おもった場所へ、例えば風が逆向きに吹いていてもいけるが、操帆がへたであると、風がつれていきたいほうへいきたいほうへとつれていかれて、最後は、とんでもないところへながされていってしまう。

日本語のすさまじい現在の惨状にも関わらず、やはり日本語を身に付けてよかったと思っています。

日本の社会そのものについては、さて、どうなるのか。
このブログの過去記事を遡るとアベノミクスは失敗に終わるだろうというアベノミクス開始時の記事に始まって、経済財政について、当時、投資家たちが当然の常識として共有していた日本の経済財政政策への認識がたくさん記されている。

競馬の予想屋みたいなおっちゃんやおばちゃんもたくさんいる「経済学者」とは異なってトンチンカンなことを考えればいきなり破産なので、あたりまえといえばあたりまえだが、当時の投資家たちがいかに日本の人とは反対の予測を立て、結果としては正しかったか、お下品にも安倍政権の何がやりたいのか不明な硬直した経済政策につけいって大金を稼いでいったかがいま読むとよくわかります。

ここで、いまさら、くどくど具体的な内容を述べてもしかたがないだろう。

もっとも日本の未来を支配しそうなのは、みなで話しあった「倫理の欠落」という現実で、富国強兵の明治時代以来、「役に立たない」という理由で故意に置き去りにされた社会的倫理概念を示す単語(例:integrity)の段階で、すでに日本が倫理を捨て去ったことの、最初期の段階でのデザインの歪みが、ここに来て、おおきく日本にダメージを与えている。

「お花畑」とは、自白的な言葉を、よく考えついたもので、理想を揶揄の対象にしか考えられないところまで落ちてきた社会としての幼稚さ/愚かさを、どの時点で直視して、焦眉の解決すべき問題として取り組むか、あるいは取り組めないでおわるのか、まず緊喫の問題はそれで、安倍首相と政権をいくら非難しても、なにも変わらないのは、論理のうえから述べて、保証されている。
結果としては、ただの政治ごっこの空騒ぎで終わるでしょう。
通常、政治色の空騒ぎが終わると、そのあとは以前の状態よりも、またいちだん酷い状態が現出する。

香港人や光州人が生命を賭して戦った「自由」という言葉では不十分な人間性の核をなすなにごとかを回復するための戦いとは、表層にとどまっている点で、まったく質的に異なっている。

見ていると、こういうことにもちゃんと商売と売名(は、ちょっと言葉がきついか)に長けた人がいて、2019年版の糸井重里というか、マーケティングの勘が冴えて、若い女のひとのアバターをイメージの焦点につかったりして、どんどん稼いでいる人もいて、特に嫌な気持ちでなくて、こういう人の「マーケット勘」というものは鮮やかなものだ、と感心する。
同時に、ひとつの社会の本質というものがいかに変わりがたいかを考えさせる。

もう日本には、昨晩の体験でSNSもこりごりだし、関わる方法がこの自閉的なブログ記事を自分と友達たちに向かって書く以外になくなってしまったが、高みの見物ではなくて、低みの見物、低いところにおりて、ときどきノートに目撃したことを書き留める人のようにして、ローアングルで記録していくのがよさそうな気がします。

あ。結論、書くの忘れてる。なははは。

社会の健康のためには前回に述べたように日本語を公の場で使うことをやめてしまうのが最もよいが、それが事情によって出来なければ、感情から生まれた恣意に引きずられることを極力避けた日本語を使うことを習慣とするのが良い。

二葉亭四迷に帰れば、というか、写実日本語に作り直してゆくのが良いのではなかろーか。

「敵認定」だの「カルト」だの「信者」だのと他言語人なら小学生でもみっともないと考えて使わないような、自分の便器から取り出した糞便を他人に投げつける猿なみの表現を、いいとしこいたおとなが使っているのでは、どうしようもない。
言語の真実性など保ちようがない。

観念の高みや言語の品位などは言うに及ばず。

憶測や印象は自分が正しいと考えた方法で実証してみせた「事実」とは異なるという、事物を認識するときの初歩の心得がないから自分が見たことがない人間は「母語でない言語でこんなに上手な表現が出来るわけがない」と鄙びた人生から生まれた類推で、無知をまるだしにして恥ずかしいような狭い了見を若い人たちの目の前でおおっぴらにぶらぶらさせて陳列に及ぶ。

言葉は意識して務めなければ、どんどん現実から乖離して話者の集団を狂気に導くのだという人類の単純な歴史も知らないのでは、しかも外界から遮断されたマイナー言語社会であることを考えれば、正気を保ちうると考える方がどうかしている。

言語の扱いをぞんざいにした社会は必ず言語に復讐されるが、日本語社会は、いま、その日本語からの復讐のまっただなかにいるようにみえます。

社会ごとズタズタにされて瘴気に満ちた「言論」のなかで、酸素不足になってのたうちまわっている。

言葉をおぼえた瞬間から人間が償えない罪を背負ったことひとつを見ても判る。
言語は、ほおっておけばたちまちのうちに腐り始める自分の肉体なんです。

きみが見ている世界は日本語そのものでしょう?
日本語で英語人が見ている世界を見ることが出来ないのは翻訳文化について述べたときに説明したとおもう。

日本という、風変わりな別世界を大切にしたいと思っている人間は世界中にいまでもたくさんいて、
ぼくもそのひとりです。

その世界を大切にして欲しい。

言葉を大事にしない社会には、この地上から退場を迫られる結末しかないことを、もっと真剣に考えて欲しいと願ってます。

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日本という精霊

ふり返ってみると、日本語が自分ではかなりうまく書けるようになったと考えて、どんどん文章を書いて、ますますいろいろなことについて書けるようになっていって、楽しくて、有頂天で、はてなの集団トロルに襲いかかられて、すっかりうんざりして、幻滅して日本を離れるまでの2年くらいが、いちばん楽しかった。

すべてのよいことには終わりがある。
日本との蜜月の終わりは、たしか2010年、だったのではないかとおもう。

英語世界にあきあきしていたぼくは、子供のときにパラダイスだと思い定めて、毎日毎日が楽しくてしかたがなかった日本にやってきて、まるで故郷に帰ってきたように感じていた。

わかってくると、日本にも日本の人自体にも、さまざまな問題があるのは、当然と言えば当然で、世界にあるいろんな国のひとつ、という印象になっていったが、一方では、夏に鐙摺の山の後ろに聳え立つ巨大な積乱雲や、新潟の鎮守の森、軽井沢の発地のホタル、セミの声でさえ、日本語的な受け止め方が出来るようになっていって、日本語という歴史的な意識が、風土とすれあってできる陰翳といえばいいのか、おなじものであっても日本語を媒介にすると異なってみえる様々なものの「見え方」に惹かれて、楽しめるようになっていった。

最盛期は、ではいくらなんでも言い方としてヘンだが、頭のなかではぴったりくるので臆せず使うと、最盛期は、赤地に「氷」と書かれた、かき氷のサインが風に揺れているのさえ、美しいと感じたりしたものだった。

日本には、どことなく「私的」なところがある。

光も、山も、流れ落ちる水でさえ、私(わたくし)の気持のありかたによって、見え方が異なるところがある。

セミの声を例にあげれば、日本語を媒介しなければ騒音にしかすぎないが、芭蕉の句を挙げるまでもない、むかしの映画に出てくる麦わら帽子の少年や、夏の陽射しのなかで、空を仰ぐ1945年・夏の広島の人たちの映像が、その騒音に情緒を吹きこんで、透明な意味をもつ「声」に変えてゆく。

何度も、しかも一回に数ヶ月という長さで滞在したので、次第に、風景を対象として眺める位置から、風景のなかに入って、溶け込む位置に変わって、日本をとばぐちに世界と和解しているような気持になっていった。

いつまでも、そうして「日本」のなかでたゆたっているわけにいかないのは判っていたが、もうすこし、もうすこし、という気持で、毎年のように日本を訪問したものだった。

「国」というものは不思議な制度で、イタリアから国境を越えてフランスに入ると、まったく異なる世界に変わる。
南仏にはいる国境には、ちょうど国境近くに、イタリア側にもフランス側にも日本でいうサービスエリアがあって、なにかの拍子に両方にはいったことがあったが、言語だけではなくて、人の様子がもう異なっていて、食べ物もパンもサンドイッチに挟まっているものも、つくりかたも異なっていて、その際立った対照をおもしろがったことがある。

スペインとフランスの国境は、ピレネーの側は、ちょうどフランスからイタリアに入るようにポーから出て、バスクのオンダビリアで、がらりと変わるが、地中海側は、案外となだらかな変わりかたで、こじつけて、カタルーニャという土地は、やはり強烈な独自の文化を持っているからだろうか、と考えてみたりする。

フランス側にも、フランコの内戦を逃れて移住した、たしか50万人を越えるカタロニア人が住んでいるからです。

国は、どの国も、びっくりするほどお互いに異なっている。

まして、本来ボスポラス海峡からガンジス川までが定義だったアジアの、そのまた東に広がる漠然と「中国の世界」と意識される東方アジアの、さらにその東に位置する極東アジアにある日本などは、室町くらいまでは、臓器や性器の位置まで異なると主張する人間がいたほどの別世界だったわけで、現代でも、それは本質的にかわらなくて、びっくりするほど異なっているどころか、まったく異質な世界で、だからこそ日本は魅力に富んだ国だった。

「都会は都会で、どこもおなじだ」と両親が述べていたことがあったが、ある程度は真実で、日本でもやはり田舎がいちばん楽しかった。

子供のときから日本のおおきな町ではもっとも気に入っていた奈良は中国をお手本につくったといっても、奈良は奈良で、日本でしかありえない町で、いまはどうなのか、むかしは柵もなにもなくて、国宝だという興福寺の五重塔の階の下に座って、夜更かしの鹿たちと一緒に、皓皓と輝く、いたずらっ気をだして岡田隆彦の表現を借りれば臨月のようなお月さま、満月を眺めてうっとりとしていられた。

鎮守の森が好きで、よく知られているように、南方熊楠の激しい反対運動にも関わらず、明治の政府は、鎮守の森を全国で破壊してしまったが、京都は政府の命令などどこ吹く風と受け流して、その京都に憧れをもっていた地方では、どこも内緒で鎮守の森をいかしておいた。

そのひとつの松之山に入る途中の鎮守の森は、むかしの日本の静寂をそのまま保存していて、名前もなにもない社に向かって、長い急峻な階段をのぼってゆくと、古代の神々がそのまま、そこに立って会合をもっているかのような杉の巨木が聳えている。

みあげると、まるで杉の木たちのほうでも、こちらを見下ろしているようで、日本には神がいないのではなくて、神がいらなかったのではないかとおもえてくる。

自然のなかに、すでに畏怖がはいりこんでいたからです。

日本は、ひとことでいえば霊の国で、霊的な大気が満ちていて、死者が必ず立ち寄って、そこから恐山に向かうという立山をみあげていると、なるほど日本は、こういう国なのだ、とわかってもいないのに、わかったような気持にさせられたものだった。

日本は信じがたいほど下卑たところと、これも信じがたいほど崇高な部分がないまぜになった国で、士農工商の士と商であるとか、日本の長い孤独な歴史であるとか、これまでにもさまざまな説明がなされてきたが、どの説明も肯綮にあたるものはない。

日本は、ただ、不思議で名付けようがなく、表現する言葉もないありかたで日本で、ただただ美しく、ただただ醜く、いままでも、これからも、日本でありつづけていくのでしょう。

いちどモニと寺泊を日没に通りかかったら、日本海の鈍色の海の、水平線に夕陽が沈むところで、その、日常とは到底おもわれない美しさに、びっくりしてしまったことがあった。

海で、水平線なのだから、世界の、西側に海がある、ほかの土地の、例えばカリフォルニアのカーメルから見える夕陽と同じ様子でありそうなものなのに、まるで、異なる惑星にやってきたようで、血が通って、言葉で世界を意識しているとでもいうような、その夕陽の、人間的な赤光(しゃっこう)に息をのんだ。

ときどき、日本は日本語であるよりも、そのほかのなにごとかによって日本なのではないかと疑うことがある。

きみが聴いたら、ふきだしてしまうような理由で、ここには書くわけにはいかない。

ほんとうは、いまは、すっかり、そう信じているのだけれども。

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では、どうすればいいのだろう? 2

英語に限らず、他言語のネットをぶらぶらして歩いてから日本語インターネットにくると、情報量が圧倒的に少ないので驚く。
理由を考えると、多分、小さくいえば明治以来の翻訳文化、おおきく時間の幅をとれば、そもそも日本語がそのためにデザインされて発生した中国大陸の文化を翻訳する文化が、IT革命(どうもかっこわるいね、この言葉)によって、文字通り桁違いに増えた情報量に追いつけなくなってしまったのでしょう。

英語人(アメリカ出身)と話していて、肝腎の日本人からはなぜミン・ジン・リーのパチンコの感想が出てこないのか、あいつらは文盲なのか、とひどいことをいうので、いやいやいや、そうでなくてね、まだ日本語版翻訳が出来ていないそうで、出ていないのよ、と述べたら、なんだかボーゼンとしていた。

オリジナル英語版出版から3年近く経っても正に自国の本質的な歴史に触れたベストセラー物語の翻訳が出ないって、そんなバカな、という。

いや日本語でツイートして、「出ないね」と書いたら、直截日本の出版社の人からツイートのご挨拶があって、「たいへんな良書なので慎重に訳しています。どうか、ご理解の上で、お待ちください」ってさ、とおぼえているかぎり、ツイートの内容をそのまま述べたら、今度は、爆笑していた。

爆笑の意味は、気の毒なので、ここには書きたくない。

去年だったか、たまたま聴いていたBBCのインタビューでは、作者のミン・ジン・リーさんは、もっとずっと早く出る、もうすぐの「いつ」を具体的に述べて、予告していたので、ずいぶん遅れていて、本人もびっくりしているのかもしれません。

インタビューで述べていた時期がとっくに過ぎても出ないので本人に尋ねてみたら、延びて2019年の秋になったらしい、と応えていたが、その「秋」も、もう過ぎてしまった。

他の本でいえば、世界中で、と言っていい規模で話題になって、例えばISISの問題についての学生たちのパネルディスカッションに顔をだすと、Home Fireがよく下敷きに使われるが、いつだったか、どこが日本語訳を出しているんだろうね、とおもって、ネット上で検索してみると、なんと、日本語訳がない。

本棚の本の背表紙を見ながら、Teju Cole、Mark Strand…. と日本の人が好みそうな本を選んで見ていっても、Teju Coleの、件の日系文学批評家のミチコ・カクタニが引退前の去り際の振り返りざまの機関銃射撃のようにしてNYTにボロクソにこきおろして書いていったOpen Cityが新潮社から2000円(英語版の、ほぼ2倍)という、どえりゃあ価格で出ているくらいで、なんと、日本の人ふうにいえば「現代世界を考えるために読んでおかねばならない」ほかの本はいっさい日本語訳がでていなくて、ぶっくらこきました。

念のためにいうと、「読んでおかねばならない本」なんて、世の中に存在しないんだけどね。

万事スローな紙の単行本の出版の世界で、2017年のベストセラー、しかも日本の人が評判を聞きつけて、インターネットの至るところで、「いまかいまか」と待ち焦がれていて、アメリカ在住の女の人が、「日本人必読」というようにして新聞にも書いていたらしい本が3年近くたって、まだ出ていないことは象徴的であるかもしれなくて、そのうえさらに、政治や外交の分野で、あきらかに選択したうえで握りつぶされるニュースもたくさんあるように見受けられます。

英語社会で若いひとびとと話すときにProject Semicolonといえば、自殺の衝動と戦おうという運動を指していると、誰でも知っている。

観察していると、街角で、そっとセミコロンのタトゥーを見せて、なにごとかを見知らぬ人に囁いている人がいる。

https://gamayauber1001.wordpress.com/2015/07/23/project-semicolon/

ところが、日本の若い人には、さっぱり通じないので、困ったことがある。

例えば日本語ではゴシック文学の概念そのものが欠落していて、ゴシック? 建築ですか? ああ、ドラキュラって、あのおばけの、怪奇小説ですよね、ゲゲゲの鬼太郎ってアニメご存知ですか? あれ、すごく面白いんですよ、タハッ、なトンチンカンな会話になってしまうのは、また別の問題で、風土の違いでゴシックみたいな、いわば悪天候文学は日本のように雨が空からしか降ってこない国では判りようがないので、情報量とは関連がないが、ポップミュージックになると、音楽が好きな40代後半くらいの人なのでKylie Minogueとか好きかなあ、とおもって話してみると、ああ、ガメさんって、オルターナティブ・ファンなんですね、という反応で、えええっ?になるくらいずれている。

海外の事情というようなことになると、アメリカ合衆国に20年住んでいるというような人が、日本語の「アメリカ生活ガイドブック」に書いてありそうなことを述べていたり、いつかは、ファラージュが台頭する直前のころに「連合王国では人種差別がまた擡頭している」とツイッタで述べたら、30年ロンドンに住んでいる、イギリス人と結婚して20年ロンドンに住んでいるというひとたちに、「いったい、いつのイギリスの話をしているんですか? いまのイギリスには人種差別なんて、まったくありません」と相当侮蔑的に冷笑されたりしていた。

中国系のロンドン大学助教授の女の人だか女の人の母親だかが騎馬警官にツバを吐きかけられて、「てめえの国に帰れ、この黄色い豚めが」と言われたとかなんとかな事件があった数ヶ月前のことなので、どうやったら、そんなに街角のあちこちで当時の連合王国でみながヒソヒソしていた話題を知らないで暮らすということが出来たのだろう、とおもうが、疑うと、これも、たとえば英語で暮らしている人であっても「翻訳文化的な観点から相手の国の社会を見ている」のではないか、とおもうことがある。

つまり、おもいきって、どおんと端折って言ってしまうと、日本の人が自分で見てわかっているとおもっているのは、単なる妄想に近いもので、現実の世界は、まったく異なる様相で、立っている位置と、日本国内にいる場合には日本語化される段階で、極端に少なくなっている情報量とで、いわば映画の書割のようなものを見ているだけではないか。

日本は骨の髄から翻訳文化で出来た国で、たとえば近代日本語の建設者のひとりである二葉亭四迷は、ツルゲーネフの小説の翻訳語として、あのいまでも普通に読める日本語をつくった。

「睫毛はうるんでいて、旁々の頬にもまた蒼さめた唇へかけて、涙の伝った痕が夕日にはえて、アリアリと見えた。総じて首つきが愛らしく、鼻がすこし大く円すぎたが、それすらさのみ眼障りにはならなかッたほどで。とり分け自分の気に入ッたはその面ざし、まことに柔和でしとやかで、とり繕ろッた気色は微塵もなく、さも憂わしそうで、そしてまたあどけなく途方に暮れた趣きもあッた」

なんちゃっている日本語は、エヘン、上級日本語学習者として述べると、いまのブログやなんかの日本語よりずっと読みやすいくらいで、なにも変えないのが大好きな日本の人の面目躍如、そのころ、こう書くと戯作っぽくなりすぎだし、漢語が多いとこちこちだしと、ぶつぶつ考えて、透谷や二葉亭四迷が、「ありゃさっ」と一朝にしてつくった文章が、そのまんま近代日本語になってしまった感があります。

もともとは漢文の読み下し語として発達した日本語は、なにしろ本来の機能が他国の文化の模倣と消化なので、あんまり自分の考えをもつのには向いていない、と、多分、そんな失礼なことを言うやつはイギリス人に決まっているような気がするが、誰かが述べていたが、中国の「新漢語」の語彙を豊富に持ち、古代以来の漢籍に通じていて、そのうえで、専門研究者として、たしかウイリアム・クレイグだかに直に教わって、英文学にも通じていた夏目漱石は、日本人が西洋の考え方を日本語で考えられるように、思考の要請にしたがって、どんどん語彙をつくっていった。

なにしろ日本語世界なので、いやいやいや、それはきみが間違っておる、夏目漱石はそもそも簡単を単簡とオイニー(匂い)でケーサ(酒)しただけで、造語は鴎外のほうが多かったんですとかなんとか、トリビアがゲームでない悲しさ、あさっての方角の路地につれこまれて、ねちねちと説教されそうになるが、じゃ、漱石「たち」ならいいの?
漱石たちが、つくった「無意識」「価値」「新陳代謝」「討論」「健康」「抑圧」は、いまも、日本語が西洋のパラレルワールドをつくるのに役立っている。

大学でパートタイム教師として「哲学」の授業をもっている自称哲学者(現実の学歴はフランス語科で4年制の学部を卒業はしたらしい)と、その「サイト狩り」グループがネットの鼻面を引きずり回してきたことは前回も述べた。
日本のネットがネトウヨとネトサヨが信じがたいような低い議論(というよりも罵り合い)のレベルで拮抗して、堂々巡りを続けて低いところを胸まで泥につかりながら低廻するおおきな原因になった人達です。

特権をちらつかせるような気がするからでしょう、そういう類のことを口にすることそのものが大嫌いなオダキン @odakin が、珍しくも、この自称「研究者」の、在日コリアンを好きなように罵って、本職の哲学教授には、もういっかい哲学を勉強して出直してこいと言わんばかりの態度をとる「はてな左翼」のスターだと自他ともに認める人の傲慢に、たまりかねて、いかにも言いたくなかったことを吐き出すように「あんなのインチキで、大学教員とはいわない。非常勤講師は大学教員ではありません。おれはあんなのと一緒くたにされたくない」(註)と怒っていたが、不満老人を収容した老人ホームみたいなコミュニティのバカ仲間を集めて、また自分の身に起きた例をあげると「ガメ・オベールは白人をコーカシアンというから英語がわからないニセガイジンだ」と大騒ぎするので閉口したことがあったが、じゃ、あんたはなんでわし母国を「イギリス」というのかね、わし国は、そんな名前じゃねーよ、というか、日本語では白色人種は小金井良精の昔からコーカシアンと呼ぶことになっていて、日本語でも「白人」「黒人」には差別的な色彩がついてきたので、わしガキの頃は、普通に誰でも、White、Blackと呼んでいたのが、最近は、特にアメリカのアフリカ系人から「Blackと呼ばれると嫌な気がする」と言われるようになって、差別の定義は差別される側が差別とおもうかどうかなので、Caucasianと呼ぶことになってきて、それに対応した日本語を択びたいが、良精先生から始まって、軍部や学界で引き継がれたコーカシアンがよいだろうと考えて択んだら、なぜかこのひとの頭の中ではカタカナ外国語はすべて英語由来で、あれはコーケージアンだ、知らないのか、と大騒ぎされる。

そんなこと、言うのもあほらしい、知らないわけないが、あまりにバカなので相手にしないでいたら、「ほおら、なんにも言えないじゃないかおまえ」で数年間大騒ぎできるくらいバカな人間の集まりなので、いま思い出しても不愉快だが、日本の人は、ごみんだけど、日本人の言語の理解力なんてその程度で、コーケージアンという、人間の言葉の響きがしないカタカナ語とCaucasianがおなじ言葉だとおもえるくらい言語的な痴呆であるのは、よく得心されました。
翻訳文化という不自然な姿勢を強いられた文明の末路を眼前に見た気がした。

ついでに補遺をホイホイと述べておくと、このはてな人たちに関してはツイッタ上では「バカには答えない」とかで、悪業がばれて、ばれてしまった自分たちの都合が悪いことにはいっさいほおっかむりして相手を侮辱するだけしてあとは「なかったことにして、知識人ふうに、おすまししてとぼける」スタイルなので、あまりのことに業を煮やして、脅しあげられて、精神的なショックから仕事をやめざるをえなくなった人や毎日自殺することばかり考えるようになった人や、色々な人が別個に訴訟を起こす準備をしているようだが、なにしろ人権に関しては定評がある日本の社会と法律なので、うまくいくのかどうか。

いったいどういう精神の構造になっているのか、一方では「韓国人『慰安婦』問題」や「徴用工」問題で講演会を開いたり本を出したりしてコガネを稼ぎながら、自分の私的感情むきだしのツイッタでは在日コリアンや若い女の人であると見てとると、頭からバカにしきった態度で、ほれ住所と名前を教えろ、おまえらはカルトの信者集団だろう、すさまじい下卑た日本語で襲いかかるので、言われた方は見るのも嫌になってしまう。
自分を嘘で固めた人間は進退窮まると他人を嘘つき呼ばわりする、というとおり、自分のほうが悪いと否応なく思い知らされると、相手への誰彼に見境なく述べる愚かな人間の、くやしまぎれの芸のないひとつおぼえで「お前が噓つきだ」「お前らは嘘つきカルトだ」を連呼しだす。
おっちゃんたち側からの一方的なハラスメントに終始するだけなので、さんざん言葉の棍棒で殴られ蹴られの目に遭った側が、他に手段もなく、余儀なく法に訴える決心を強いられたのは自然ななりゆきだが、訴訟は時間もエネルギーも大量に消費するので、たいへんだろう。

日本語ネットから、うんざりして、まともな論客が多く去ってしまったのと(特にリベラル系の)良質なサイトが日本語では育たなかったのは、このグループの可視化されなかった破壊活動のせいだったのを目撃してきたので、やや長い説明を繰り返すことになったが、このグループがネット上から消えれば日本語ネットにも、もしかしたら希望はあるのかも知れない。
英語だけでもふつうに理解出来る社会になれば自然と、ちょうどあの時代の魔女裁判・異端審問という狂気が小説という想像力によって描かれた他者というリファレンスを獲得することで消滅したように消滅することを考えれば、少なくとも新聞資本のマスメディアよりはネットの方が健康を取り戻すのに近い位置にあるのかも知れません。

バカなおっさんたちの話をしていたら、話が落ちてしまった。

翻訳という機能は、翻訳の対象を選ぶところで、まず、取捨選択がおこなわれる。
Home Fireが翻訳されないのは、わからなくはなくて、本は出版というビジネスである以上、マーケティングがなされて、ISIS やなんかの「イスラム原理主義」が切迫した日常の問題でない、早い話が、「ファラフェル」と述べても、ハラヘル、腹が減るの?なにそれ?と言われそうなくらいミドルイーストから文明的な距離が遠い日本では、そんなもの出しても売れませんぜ、旦那、ということがあるのだと理解される。

次に編集機能が一緒についてくる。
いよいよ翻訳する段になっても、ソフトウエア翻訳の質の違いをみれば容易にわかるが、言語的な距離が遠すぎて、七転八倒することになる。
日本の人は、多分、そう言われて教育されるのでしょう、極端に意訳を嫌うが、しかし、英語を日本語へ逐語訳すると、実際には、日本語の体をなさなくなって、「これじゃあ、英語のまま読んだほうがわかりやすくて早いんじゃないの?」ということになる。

その背景には、ものの考え方や生活習慣が違いすぎる、という現実があるのは言うまでもない。

スタンリー・キューブリックの「Eyes Wide Shut」には、主人公のNicole Kidmanが夫の前で小用を足して、目の前で紙でふくところが出てきて、これを「どうしようもない倦怠期になった夫婦関係の象徴」として力説している日本人の映画批評家の人がいて、けけけけけ、と品悪く考えたことがある。

ことほどさように、バスルームのドアの向こう側の生活は、他言語人には判りにくいので、パートナーの前で紙をつかうなんて、ナンバー2は、まさか目の前でふかないが(ただし、フランス人同士のゲイのカップルでナンバー2も目の前でやっても平気だよ、という人に会ったことはある)ナンバー1は、話しながら目の前でふく、なんちゅう人は普通に、どこにでもころがっている。

チョー余計なことを書くと、いま書いていて気が付いたが、逆に男のほうは目の前で立って小用を足す、って、やらないんじゃないかしら。
おもわず座って用をすませて、ガールフレンドに「えええっ?おとこって、おしっこのあとに紙で拭かないの?きったねえー」とか言われそうです。

もっと面白かったのは、子供のときに鎌倉ケーブルTVで、スコットランドの当時の人気シリーズ「タガート」を見ていたら、番組のおわりで、ものものしくも、解説の人が出てきて、わし自身の日本語は半分くらいしかわからない頃だったが、義理叔父の解説によると、その解説の人は、「なぜタガートたちがおなじ警察署のなかなのにいつも大喧嘩をしているのか」について、スコットランドの民族と宗教の複雑な背景について述べていたそうで、なにしろ態度のわるいガキだったわしは、大笑いしてしまった。

だって、あれ、喧嘩してるわけじゃないんだもん。
スコットランド人って、ああいう話し方なんです。
おっそろしいことをズバズバと言い合うのが好きである。
普通の会話が、日本の人には啀み合いの大喧嘩に見えたのであることを悟って、こんなにおもしろいことはない、どうやってもスコットランド人の友達に聞かせなければ、と考えた。

翻訳は、たとえば英語と日本語の距離がある場合には、実際には不可能作業であるとおもう。
それをなんとか、どうにかこうにか、日本語にして読めるものにしていく翻訳家の人達の腕前はすごいが、でも、本質的には「すべての翻訳は誤訳である」という。

この言葉は、欧州語間の翻訳について言われた言葉なので、まして、欧州語と日本語のあいだにおいておや。

さらにさらに、そのうえに。

英語なら英語を日本語に翻訳するという作業はいまのところは、人力の手作業に依存していて、以前のように「前翻訳」「後翻訳」というようなアホな作業が必要な段階ではなくなったといっても、技術マニュアルやニュース記事のようなものはともかく、まだまだ20年くらいは、日本語と欧州語のあいだではうまく変換できそうもない。

すべての手作業のご多分にもれず、作業としてこなせる量はどんなに頑張っても、いまのIT時代の、わしガキの頃に較べると毎日の処理する量が軽く10倍は超える情報量についていけないのではなかろーか。

人間のほうが英語なら英語を準母語並に取得するほうが遙かに楽なので、こちらは世代が変わればそうなっていくのかも知れません。
現に英語国で見ている限りは、むかしは香港系人を除いて、日本の人と大差なかった中国の人や韓国の人、台湾の人達は、見違えるように普通に英語を話し、書き、英語で考えて暮らすようになっている。

だんだん日本の人たち自身が意識するようになってきたように、日本の集団狂気の最大の原因は、「日本人が見ている世界」がひんまがって、現実の世界と乖離してしまっていることがおおきな原因のひとつです。
特に、この十数年では、社会の批評軸というべきものが、枉がって、正しいものと正しくないもの、価値が高いものと価値が低いもの、という事象や人物への価値判断そのものの機能が停止してしまっている。

いまの奈落へのフリー・フォールが、まずマスメディアの頽廃から始まったことを考えると、日本語の枠のなかで「ひんまがった」批評軸をまっすぐになおすのはたいへんな作業で、そんなことをやっていては、もう一世紀くらいは簡単に経ってしまうでしょう。

だから、せめて、シンガポールの程度にでも英語を生活へ、社会へ、思考へと導入していくしかないが、なんども言ってわるいが「なにもしないためならなんでもする」日本社会が、はたして、シンガポール人が達成したことを達成しうるかどうか。

日本社会の、最初の試練になるとおもいます。

反歌

アジアの他の国の若い世代を見ていると、いまは、たいして苦労もしないで英語を習得して「日本人がなぜあんなに長い間ものすごい努力を続けても英語がまるでダメなのかわからない」と笑っているので、外国語の習得は言語との向かいあいかたにおおきく影響されることを考えれば、社会全体の思い込みのせいでえらい苦労をしていたことを不可思議におもう若い世代が日本でも案外に早い時期に現れて「おとうさんやおかあさんの世代は、英語を必死に勉強してたらしいよ」とみんなで笑って話すときがくるのではないだろーか。

案外早い時期に「英語が普通に話せる日本人」と、それ以前の「さまざまな理論を編み出して懸命に努力しても英語が身につかなかった世代の日本人」に世代的にふたつに分離していくのかも知れません。

註)オダキンが、非常勤講師の友達たちのことを考えて、気にして、世の悪意と悪徳を一身に煮詰めたような、記事に挙げた人物が、大学という世界に疎い世間の錯覚を期待して「非常勤講師」の呼称を悪用した、特に悪質な、限定条件下のことであることをコメントを寄せて書いている。

ほんとうは読む方は、そのくらいは判っているが、オダキンの名誉のために、註をつけておきまする。

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Nothing else matters

小さなひとたちやモニとみんなで実験してみるためのソーラーパネルがやってきたので、みんなで浮き浮きしながら包装を解いていた。

1m x 1.5mくらい。
小さなひとたちがDHLのデリバリのおっちゃんから受け取って、真剣な面持ちで、そおっとそおっと、モニさんに手伝ってもらいながら、ふたりでテラスまで運んできた。
いや人間の手助けが好きな猫のRも、やはり真剣な面持ちで一緒に持ってきたので、3人と一匹か。

それとも、猫さんも人間扱いして4人と呼ばないとpolitically incorrect だろうか。

知ってるかい?

太陽光での発電のキーはコントローラーであって、これにはMPPTとPWMの2方式があるのであーる。

簡単にいえばMPPTのほうが現代のたいていの用途には向いている。

過剰電圧を電流に変えるという曲芸もできます。

https://aasolar.co.nz/MPPT%20VS%20PWM.html

トランピングやピクニック用の、例の、リュックサックの背に展開する式の折りたたみポータブルソーラーパネルには、ちいさああああい字で「パワーパックを充電して、パックを媒介して携帯電話等は充電してください」と書いてあるが、そうしないとiPhoneやなんかを直かにパネルのUSB出力端子につなぐと、電池を傷めて、悪くすると電話を壊してしまう。

最近、油断するとすぐにふさふさと生えてくる細くて密生したヒゲがのびて顔が半分ひげに埋まっていたりして、ややむさくるしくなってきたおとーさんはエラソーに講釈しているが、なああーに、とーちゃんの顔を立てて真剣な顔をして、六つの燃えるような緑の色の目で見つめて、頷きながら聴いていても、ほんとうは、そんなことはとっくに学んでいるのです。

初夏の光のなかで、輝く芝生の上で、ソーラーパネルをたてかけるスタンドを自作したり、途中で、BGMにかけていた音楽にあわせて3人で踊り出したりしているのを見ながら、なんて幸福な午後だろう、と考える。

この生活は100%、モニさんのデザインによるもので、モニと会わなければ、この生活と巡り会うことは出来なかった。

ゲームというものが大好きで、ゲーム理論はおろか、この世のありとあらゆるゲームの理論を身に付けていて、ゲームを始めれば、人間であることもいっさい忘れて、ただゲーマーとしてゲームに勝つことに夢中になってしまうぼくは、出会ったころは、モニみたいな人間が存在することの不思議さに打たれて、今度は、そっちのほうに夢中になってしまった。

波打ち際で美しいチューンをつくる貝殻の破片たちが奏でる音楽を聴くことや、冬が終わって少しずつ少しずつ割れてゆく湖の氷のびっくりするような美しい音楽を教えてくれたのもモニだった。

人間にとっては良い配偶者/パートナーに巡りあうことは決定的な意味を持っている。

その機微を「戦友」に譬えるひともいるし、プラトンのように、integrityの「失われた片方」と述べる人もいるが、実態に最も近いのは、自分が立っているのが地上ではなくて宇宙なのだということを唐突に認識させてくれる神様の息吹のようなものだとおもう。

人間は、各々が、しばらくのあいだ、この世界に射して揺らめいている陽炎に酷似するが、その陽炎は神がうらやむ、物理的な感覚器をもっていて、この世界に触れて、感覚して、身体の芯から痺れてゆくような官能や、深い水の底から激しい光が射す水面へ一気に息をつめて駆け上る悦楽を知っている。

人間は、だから、あんまりたいしたことがないのに、自分ではすぐれていると自惚れている叡知や、世界をうまく関連付けて説明してみせていると妄想している知性よりも、愚かさによってこそ存在することに意義を持っている。

なんのことかわからないって?

明日、通りにでて、R&Bにあわせて踊ってごらんよ。
自分の肉体がどれほど躍動において美しくて、魂も追いついていけないほどであることがわかるから。

このつぎ恋人にあったら、世界を説明しようとする彼女/彼の唇をやさしく手のひらでおさえて、そっと口づけして、抱きしめて、いつでももどかしい、あのぎくしゃくしたやりかたで、おおいそぎで服をぬいで、感覚の爆発に向かって一緒に飛んでいく、自分達の肉体が、そのたびに新しくなって、世界などどうでもよくなっていく、小さな死を死ぬこと。

恋人がきみの目を見つめて、

It hurts to love you

と言う。

でも、それでもあなたを愛していて、だからこそ生きていけるのだ、と述べている。

人間は、だから、あんまりたいしたことがないのに、自分ではすぐれていると自惚れている叡知や、世界をうまく関連付けて説明してみせていると妄想している知性よりも、愚かさによってこそ存在することに意義を持っている。

光に包まれているのさ。

愚かさによって

小さなひとたちやモニとみんなで実験してみるためのソーラーパネルがやってきたので、みんなで浮き浮きしながら包装を解いていた。

そうして、たったそれだけの瞬間なのに、「至福」という言葉をおもいだしていた。
光に包まれた時刻なのだと考えていた。

明るい場所に来ていた。

愚かさによって

愚かさによって

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では、どうすればいいのだろう? 1

何度も書いたが、子供のとき、日本に住んだ記憶は楽しいものばかりで、わしの日本に対するhaloが射している薔薇色のイメージの根幹をなしている。

やたら親切な店員さんたちがいるデパ地下や伊東屋やキデイランド、天賞堂のような店が大好きだったせいもあるが、なにしろ、もともと甘やかされて育って、ちやほやされるのが大好きな性分で、いちど女の高校生のひとびとに取り囲まれて、「わあああー、かわいいいいー」という嬌声とともに、おれはチワワか、それともチャウチャウ犬か、というあつかいで、なでられたり、さわられたり、怖かったことがあったが、それは例外ちゅうの例外で、おおむね適切な手段によって甘やかされていて、ニシムラも千疋屋も、おごってもらうには、ごく早くから、どのパフェが最もおいしいかメニューなどなくても注文できて、メニューを見て考えるふりをするのがたいへんだった。

書いていて、ぜんぜん関係ないことをおもいだしたが、日本のメニューは写真がついているところが秀逸であるとおもう。
のみならず、入り口のショーケースに、むかしはワックスで、いまはなにが材料だったか、忘れてしまったが、ほんものにそっくりのサンプルがずらっと並んでいたりする。

いつか高坂のサービスエリアのレストランだったか、おっちゃんが、憤懣やるかたない表情で、いかにも、こんな不正が許されてはいかんのだ、という瞋恚のほむろがみなぎった目で、表のサンプルよりもとんかつがちいさい、と怒鳴りまくっていて、店員さんが、軽蔑を必死に押し隠した顔で、
表のものはサンプルで御座いまして、と陳弁している。

それからしばらくして、おなじ食堂に寄ったら、「サンプルは実際の商品と異なる場合があります」と書いてあったから、きっと、ああいうおっちゃんはひきもきらず、自分が人生で認めてもらえなかった鬱憤や理不尽な上司にいびられる日常の憤懣をとんかつのおおきさや、御飯の盛を材料にレストランの修正主義を非難しにくるのだとおもうが、どうも、最近は、日本のことをおもいだすと、「おっちゃんたちが、ろくでもないのだな、あの国は」と考えることが多くなったので、薔薇の話を書いていても、おっちゃんのすだれはげとものほしげな目が浮かんでしまう。

すまんx2

なんの話だっけ?

おお、そうだ。

子供のころは、そうやって、薔薇色の、これは「しょうび」と読むのであってバラとは読みませんと日本語の先生が述べていたが、そういうことはどうでもいい、毎日が楽しくて、失神してしまいそうな、もうひとつだけ全然関係のないことを唐突に書くとマグマ大使の妻役のひとは、應蘭芳というもともとはイギリス人として生まれた人で、満州国籍に変わって、最後は日本国籍になった人だが、蒐集した古雑誌を読んで調べて見ると、当時はエッチをするたびに失神に至る「失神女優」というのが売り文句の人で、黄金でできた巨大なロケット人間とエッチして失神して暮らすなんて、SFポルノファンの夢の生活を実地に生きていた人であるようにおもわれるが、ともかく子供のころは楽しくて楽しくて、毎日浮き浮きして暮らしていたが、それでも子供心にも、「この国は、最後には亡びるのではないか」と考えていた。

おとなたちが日本の実業家のおっちゃんを家に連れてきたときに、一緒に、なにを見ていたのだったか、プロジェクターで映像を観ていて、みなが大笑いするところで実業おっちゃんも笑っているのだが、日本のひとには判りにくいはずのところで、さも楽しそうに笑うので、おとなたちのひとりが、不思議におもって、好奇心に駆られて、「いまの、どこが可笑しいかわかったのですか?」と訊ねたのに対して、困惑したように「いいえ」と答えている。

一事が万事で、日本のひとは、付和雷同で、仲間第一で、自分の判断などは、せいぜい食べ物の好みくらいでしかしないように観察されたからでした。

どうも、ヘンな国だな、と考えた。

当然のことながら議論などは、まったく存在しない国で、後年、もういちど確認にもどるつもりもあって日本に「5年間11回の十全外人日本遠征」と称する滞在を繰り返すころになると、どうやら日本という国は、アメリカに押しつけられた民主社会がまったく身の丈にあわなくて、表面は民主制で運営しているように見せかけているが、その実は国民ひとりひとりが個人の自由さえ望んでいない、まるで天然に生成されたような全体主義社会であることが判っていった。

だから他人事だとおもって聴いていると、聴きすごしてしまいそうな、猛烈に奇妙なことがたくさんあって、たとえば「民主的な社会では、参加者のひとりひとりが十分に納得するまで徹底的に話しあうことが重要です」と、いいとしこいたおとながマジメな顔で述べている。

なんだか、こうやって書いていても、えっ?それが民主主義じゃないんですか?」と言う人がいそうで、怖い気がする。

全員が納得することを前提にするのは、過半数が決めたことを真理とみなすのと同質の誤りなのは言うまでもない。

いずれも「絶対」が欠落していることに原因するが、それは次の回の話題にします。

全員が納得するまで話しあう、というアイデアのいかがわしさは、「そんなことは現実には起きないから」で、少なくとも民主制の前提になっている社会の成員が個々にまったく異なる個性や人格をもった「個人」である社会では、全員が納得してしまうのは、全員が狂気にとらわれたときであるのは論理的に当然だとおもわれる。

では、狂気をめざして夜を徹して「議論」するのが民主制の基礎になりうるだろうか?

それは、どちらかといえば全体主義社会をめざしているのに過ぎないのではないか?

「いじめ」は、どんな社会にも存在するが、日本の場合は、おとなが徒党を組んでいじめを楽しむ点で、特殊であるとおもう。

おとな同士のいじめは、英語社会ならば、無視か、男性から女性に対する性差別か、たとえば白い人からアジア人への人種差別と決まっている。

日本の場合は、異常なくらい強い加虐性が社会に充満していて、ほとんど、やむにやまれないような趣で、生意気であるとか、ひとりだけ幸福そうにしやがって、とか、外国人のくせに、とか、なにごとか自分達と異なる「個人」を発見すると、わっと群がるように加虐性を発揮して、しかも、なにしろ子供のときからスキルを磨いているので、ほとんど芸術的なでっちあげや嘘中傷の腕の冴えをみせる。

他人の例を出すと気の毒なので自分の例をだすと、たとえばこのブログのごく初期に捕鯨がいかに、当のクジラのみならず日本人全体の将来にとって有害であるかシリーズで記事を書いたら、はてなと2chの、と言ってもいま考えてみると、おなじひとたちなのかもしれないが、ひとびとがわっと寄ってきて、この記事を英訳してみせろという。

バルセロナのアパートに滞在していた頃の話だから、2008年かな? カバやハモンの楽しみを中断して単純に善意で英語に訳してやったら、おそるべし、いつのまにか「こんな英語は、日本人が和文を英訳しただけの下手な英作文だ」と「はてな」というコミュニティの内部で喧伝して、だって自分達で和文を英訳してみろというのだから和文英訳なのだから、魚拓という、議論よりも釣果をめざす、いかにもないやらしい薄気味の悪い名前をつけたハードコピーにとって、それだけが英語記事であるようないいふらしかたをする。

はっきり述べて、この「おまえは英語ができない」トロルおじさんたちは、いままでも散々わし友のうち英語を母語とするひとたちが彼らに直截述べてきたとおり「英語が母語かどうか」という考えへの執着自体が英語人が持たない発想で、多分密接に人種差別意識と結びついた日本人に独特のものだが、しかも自分達のほうこそ、まったく英語が判らないひとたちで、英語の記事なんて見せるだけ受験英語というのか、極めて特殊な英語を題材としてパズルの定石を縦横に駆使してみせる技術を大学受験のときに身に付けたらしくて、トンチンカンで噴飯ものの「構文解析」をやってみせて、もっともらしく母語人の英語をくさす材料にされるだけなので、まあ、「魚拓」もあまさずとってあることだろうし、うんざりなので全部削除したが、もともとのトロルたちの集団攻撃で嫌気がさしたせいで(トロルたちが現実には英語がまったく読めないのが判っているいっぽうで、当時の日本語友だちの大半は職業柄、英語が理解できる人がおおかったので)訳すというのではなくて、英語で書き直した捕鯨記事だけは、ひとつだけ残してあるのは、10年経っても、まだしつこく英語がただの英作文にすぎないと中傷を続けているからで、匿名のままつきあっていきたい英語+日本語の英語が理解出来る若いバイリンガル友たちにある種の日本人の中身のない傲慢と失礼を理解してもらうために「見ればわかるのに」という気持も、まるでないとはいえない。

Wailing about whaling

https://gamayauber1001.wordpress.com/2008/06/05/wailing-about-whaling/

2chから「はてな」、はてなからtwitterと移動してきた、このトロルたちは、どうやら、はてなidをもつ少数のおなじひとたちで、twitterではひとりでいくつものアカウントを使い分けて、彼らの言葉をそのままつかうと社会における「勢力」をつくろうとしているもののようでした。

安倍政権は、外国人投資家にとってはオカネをばらまいてくれるのはいいが、ちょっと外国人たちが日本に関心を抱いて瞥見するだけで、一目瞭然、ぶっくらこいてしまうほど無能な政権で、それどころか、日本の基礎である、例えば個人の預金であるとか年金、向こう50年は特に「役に立つ」心配が皆無の学問(例:カミオカンデ)、自衛のための軍備の整合性、あらゆる日本を日本たらしめていた体系、社会の建築基礎を破壊して、それはそれは箸にも棒にもかからない政権ではあるが、
ではそれが日本の本質的な問題かというと、そんなことはなくて、「結局は安倍政権を長期化させた国民の体質」のほうに問題があるのは、誰にでもわかる。

都合がわるいことはいっさい存在しないことにして目に入れないのが日本の伝統でもあって、それが社会全体の習い性であるのは、たとえば政治の右も左も関係がなくて、一緒にみてきたとおり、「慰安婦」問題の糾弾者たちは、現実には匿名アカウントで在日コリアンを嘲り、徹底的にバカにして、
被害をうけたほうは、剥き出しのモラルの欠如と、さらに悪いことには、自分達在日コリアンを最も低劣で卑怯なやりかたで苦しめて、実際に体調を壊して仕事をやめざるをえなくなったり、起きてから寝るまで、一日中自殺を考えている、とわしなどに書き送ってきたりするところまで追いつめた本人たちが、いっぽうでは、「慰安婦」問題でコガネ稼ぎをして、品の悪いいいかたをすれば飯の種にも足蹴にする石ころにも在日コリアンは使えて二度おいしい、と言わんばかりにせせら笑っているのをtwitterなどで眼前に見ているのに、平然とそういう人間たちを支持している日本人全体に対する怒りで、声が震えているのがわかるようなツイートを繰り返している。

前にも在特会デモのことで書いたが、差別が始まった当初の年は、「あれは一部の日本人で、わたしは彼らとは異なるので文句を言われても困ります」で澄ましていられても、それが年を経ても変わらないのは、日本人全体の責任であるとおもう。

こういう社会の素顔にあたる部分は、露見しても、世界の人間に伝播するのは十年以上はかかって、タイムラグがあるのが普通だが、いまではもう日本の人といえば、ああいう人間達の集まりだから、と内心でみんなが考えるようになったのは、不正を見過ごすことが不正者に加担することであるという、誰にでも明瞭な事実を知らないふりをしてきたことのconsequenceで、
品性の悪さや嘘、集団加虐的な体質というような日本人に一般的な特徴は、たとえば自分の身の回りでいえば日本をふりだしにすることが多いフィリピン系のナースたちの口から、ことあるごとに洩れて、血液検査や健康チェックで病院に行ったりするたびに、スモールトークの最中や、あとで、「日本」という単語が出てくるたびに、一緒になって聴かされることになっている。

わしが日本語を身に付けようとおもったときでも、高校で日本語を選択したひとやなんか、あるいは日本から移住してきたり留学してきた日本の人たち自身の口から「日本人とは関わりにならないほうがいい」と言われたが、あれから十数年経って、不幸なことに、いよいよ社会のすべての階層に日本人の気取り屋の加虐集団イメージは定着したように見えます。

日本の人は、やや異なる考え方をするように見えるが、普通は、国と人間を分けて考えることは定着した考えであるというか、欧州人などは、もともと国と人間をだぶらせてみるのはドイツのような特殊な国が対象のときに限られている。
日本はもともと国としては大層評判が悪い国で、日本からの観光客がどっとやってきていた、わしガキの頃でも、「日本のような国はないほうがよい」と述べる人は、案外と、わしが尊敬しているタイプの大人に多かった。

ところが最近は、日本という国とは別のタイプの悪評が日本人ひとりひとりに対して定着している。

あんまり仔細に書くと書いているほうも楽しくないので、簡単にいえば、リベラル人がトランプに対してもっているイメージと、個々の日本人に対するイメージは、多くの点で酷似している。

ひとことでいえば、チョー嫌な言葉になってしまうが、うすっぺらさで、日本のなかでは安倍政権が全部わるいことになっているが、外から見ていると、帝国陸軍にすべてをおっかぶせて、最大の責任者であるはずの天皇をはじめ、日本人全員が被害者であることになって、陸軍の戦死したり処刑された将軍たちを口を極めて罵ることによって、あな不思議、日本人はなんの罪もなくて、ついでに戦前日本の最大の権力者である昭和天皇まで「実は平和主義者だったのにお気の毒な」ということになった。

いまもおなじで国内で「慰安婦」問題を糾弾してみせれば、本来の罪科は忘れて、自分はあっさり正義の闘士になりおおせたうえに、生活のためのオカネも稼げる、頭の弱いひとびとからは「先生」と呼んでもらう、年来の夢もはたせる、ということであるようでした。

日本の社会のおおきな特徴は、ならずものの集団に対して抵抗力がなく、ゴロツキがあばれだすと、たとえそれが少数の、社会的には眉をひそめられるだけの、あるいは軽蔑を買うだけの人間の集団であっても、下は愚かな支持者を巧言で取り込み、上は権威とおぼしきものに取り入って潜り込むことによって、ゴロツキたちが、なんなく社会全体の鼻面をひきまわす。

立つ視点をほんの少し変えてみると、明治維新と呼ばれるものそのものが、紛う方なきサンプルで、革命は起こしえなくてもクーデタは起きやすい体質の社会で、日本では実際、実効性がある政治的な力は、みな冗談のような過程を経てうまれてくることが多かった。

広くみれば全体主義文化とはそういうものだと言いうるし、狭くみれば日本人が日本人自身の口を塞ぐためにつくった巧妙な社会、というよりも「世間」の仕組みが、またしても日本を破滅に駆りたてだしたのだとも言えるでしょう。

実は「軍部」という枠の中で戦前にもまったくおなじ構造が働いて日本は誰に聞いても僥倖なしに勝てる見込みを持っていなかった戦争へ、レミングよろしく、勇ましく行進していったのでした。

以前にはtwitterでやっていたことだが、「いやがらせを続けて、相手をうんざりさせることによってアカウントやサイトを閉じさせることが社会的正義だ。自分だけでなくて大学教員たるものは、みなやるべきだ」とおおまじめに述べるひとたちが2ch、はてな、とやってきてtwitterの日本語コミュニティを牛耳るようになってきたので、integrity の欠落の発見くらいから始まって、皆ですすめていた議論は、彼らの悪意で破壊されてしまった。

そして前にも述べたように、「言論人」が頭からバカにしていて、ゴロツキたちが憧れる「まともな研究者」であるひとなどは、彼らならず者をさしてチ○カスという、わざと下卑た表現で呼んで最大の侮蔑を表明していたが、そうこうしているうちに彼らは箔付けをおこなってネット上の言論などは日本語では存在できないことが約束されてしまっている。

slackでは盛んに議論が続いているが、構造がそもそも内輪のワークグループ用に出来ているので、議論を深めることは出来ても、少しでも世論の形成に寄与する、ということは出来ないはずです。

ジャーナリズムと呼びうる精神を持ったマスメディアを持たない日本語世界でネット言論もゴロツキが支配するようになって、普通に個々の生活を送っている人達がたまりかねて結束して立ち向かえば自称はリベラルであったひとたちまでが「カルト集団」「信者」と言い出して、言論の端緒をつかんだひとびとの芽を、なんだか慌ててつぶしにかる。

自分達だけが「良識のある進歩的文化人で一般の人々は相変わらず自分の意見を言わない羊でいてくれなければ困る」という都合が丸見えでよそ者としては見ていて恥ずかしくなるが、もうここまで来てしまっては、どうにもならないのかも知れません。

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