夜について

モニが眠ってしまったあと、グラシアの、オンボロアパートの広いテラスに出て、遠くに見えるサグラダファミリアを、ぼんやり眺めていた夜のことを思い出していた。

まだ教会は出来上がっていなくて、工期の終わりで、4本の背の高いクレーンが伽藍を取り巻いていた頃のことです。

ふと、「いまが自分の一生の最もよいときなのではないか」という考えが浮かんで、そうか、一生って、もしかしたら、そんなものなのだな、と妙に納得したのをおぼえている。

あのあと、小さいひとびとが生まれて、仕事は奇妙なほどうまくいきはじめて、多分、ふり返れば、英語圏の、例えばオーストラリアならば今年で26年目になるバブル市場に支えられて、パイプラインとうまく平仄があってしまったサーファーのようなものだった、ということになるのだとおもうが、円に換算すれば、初めは数億円という金額を余剰として残すのがやっとだった自分の、いかにもアマチュアじみた経済が、おおきくなって、今度は税金を向こうのルールにしたがって、あちこちの国で、ちゃんと払えているか、仕事に協力してくれているひとたちに十分な支払いができているか、国際会計に滅法強い、BK

https://gamayauber1001.wordpress.com/2009/12/02/bk/

の助けがなければ到底のりきれないようなことになっていった。

余計なことをいうと、税金を考えなければならなくなったと述べると、なにかずるいことをしているのかとおもう人もいるようだが、そうではなくて、税金は、どんなにきちんと払おうとおもっても、解釈の問題に落ち着いて、支払うほうと受け取るほうと、双方が納得するガイドラインで会計処理をしても、なお、解釈によって5年というような期間を遡って税金を、追徴とともに払わなければならないことがありうる。

それではゲームではないか、という人がいたが、そのとおりで、
ここでも、そのゲームを、悪意とともに、というのはつまりループホールを探すようにしてプレイするか、良い人間であろうとしてプレイするかの違いがある。

友達でひとり脱税で捕まったように報道された人がいたが、表の顔は慈善家で、裏では脱税をしていたように報じられた、そのひとは、傷ましいくらい善良な人で、真実は彼の美しい奥さんに理屈にあわない恋心をいだいた歳入局の役人が、指揮して、彼を陥れようとしただけのことだった。

生活は一本調子で上り詰めていくが、感情は別で、そんなことを、木に触らずに述べると神様に怒られてしまうが、なにもかもがうまくいっていても、「そんなものか」という気持がおおきくなって、自分の心と感情の全体を覆ってしまう。
こういうときには恋をすればいちばん良いという人がいるが、最も肝腎なモニが悲しい思いをするに決まっているので、選択肢になるわけもない。

日本語のブログでも、ときどき勘違いをしている人がいて、「あなたは親の財産で食えているからいいでしょうけど」と言ってくる人がいるが、それは読み間違っているので、初めの数億円の塊も、自分のアイデアでつくった。
その経緯はマーク・トゥウエインの小説に出てきそうな成り行きで、ここで書いてみるほどバカなことはないが、もともとは、「おまえはオカネのことはバカなのだから」という憐憫で、不思議な理由で政府が払ってくれるオカネに加えて、というよりもその数層倍を、家族のトラストから年金として支払ってくれるという親族の申し出を断って、若いときには、ラスベガスに数ヶ月滞在して賭博によって食べていこうとして、赤い砂漠の岩の上で死にかけたり、妹からオカネを借りて、投機によって盤若の冨を築こうとして、失敗して、やけになってメキシコにくだって、
なにしろオカネの算段というものが頭から欠けた若者で、一文無しになって、メキシコのような国の人は陽気で親切でも、ビンボな人間には「黙って死ね」というところがあるので、妹が兄の消息がないのに気が付いて、飼い猫がいなくなった飼い主のようなものだというか、方々に手をつくして、国道で暑熱のなかで倒れていたりして、クラゲの干物のようになって暮らしている兄を発見して、母国に連れて帰ったりしていた。

物質面にしぼっても、人間の一生の楽しみはドビンボから始めて、いろいろやってみて、地面にたたきつけられる大失敗をしたりしながら、なんとか立ち上がりなおして、へろへろと、知恵をしぼって、だんだんに冨をつみあげてゆく、その過程が最も楽しいので、友達には結婚のお祝いに邸宅と呼んだ方がよい家を買ってもらって、スターターとして数億円の現金も親から譲られる人がおおいが、しかしそれでは、最も肝腎なところがスキップされてしまって、人生の楽しみの肝腎かなめが台無しになってしまう。

わかっている。
何度も言うように、地獄を通行したことはない。
神様がつれてきたようなモニ

https://gamayauber1001.wordpress.com/2009/01/10/san-francisco/

と結婚したが、モニとヴィレッジのオンボロアパートで暮らし始めたといっても、それはモニがパークアベニューの、玄関を入ると自然と目が天井に向かうような、高い吹き抜けになっている、NYC人の標準に照らしても、気が遠くなるほど壮麗なアパートに帰らなくなったというだけのことで、なにしろモニが好きになったヘンテコな男(←わしのことね)が、「定食屋の食べ物がいちばんおいしい」という考えに取り憑かれてしまっているので、このブログには何度も出てくるLa Taza de Oroを始め、ニューヨークでも、パリでも、東京でも、路地の、うらぶれた料理屋に連れていかれるという新鮮な体験を繰り返すことになったが、モニも、稀代のバカ男を捨ててしまえば、いつでも富貴に支えられた生活に戻ることができた。

それでも、擬似的であっても、ビンボから始めて、日本という異国に移りまでして、モニにとっても自分にとっても、初めての、お手伝いさんがひとりしかいない生活をしたりして、自分達の手で、ままごとのように、生活をつくってきたという実感がある。

オークランドでも、パーネルに買っていた家では手狭になるのがわかっていたので、自分たちで、モニは、運転はわたしがしたいと述べて、二万キロ(!)も走り回って、いまの家を探して、手数料泥棒のような不動産屋の話を我慢して聴いて、自分たちの手で選んだ事務弁護士をたてて、新婚生活の家を買って、いまのところまでやってきた。

こんなことをいうと、腹を抱えて笑う人がいっぱいいそうだが、モニとわしは、ただ他のことを考えずに夫婦で愛しあっていたいというだけで、それ以外のことは考えなくて済む生活をめざして、つくってきた。

モニと、よく話すが、しかしそれがすべて達成されてしまうと、スリルと言えばいいのか、毎日の生活の空気に、切実さがなくなってしまう。
幸福な人間は、つねに不幸である、というが、それは本当で、人間は幸福には倦むように出来ている。

モニとふたりで慈善事業を興したり、もうオカネはこれ以上あっても仕方がないのだけど、世界を認識する方法のひとつとして株の売買を初めて、毎日午後になると「学習会」と称して、キッチンのテーブルに資料を広げて、いくつかの企業の業績やCEOの言動を調べたり、家の三相電源に、でっかいキルンをつないで、ふたりで、きゃあきゃあ言いながらキリンや馬の陶器や磁器をつくってみたり、
ひとりずつの時間をつくって、モニは絵を描いて、わしは外国語の読書や書き物や数学に没頭したり、そんなことばかりしているのは、もう登り詰める山がないことをお互いによく知っているからかもしれないと考えて、寂しくなることがあります。

モニに会えてよかった、と考える第一の理由は、モニが自分の生活の実質で、自分の生活のうち、ここだけは常に輝いているからで、モニ自身と、ひきあわせてくれた神様に感謝しないわけにはいかない。

ただ浜辺に遊びに行くだけのことでも、モニは小さな人々とわしに向かって、形のいい唇に、ひとさし指を立てて、「シィィィー」という。
小さい人達と訝しがってみていると、
「ほら、聴こえるでしょう?」
と言う。

ハウラキガルフは、潜ってみると、帆立貝がカーペットを敷いたように群棲しているが、その貝殻が壊れて、小さな破片になって、波打ち際に寄せて、不思議な楽器になって、旋律を奏でている。
耳を澄ますと、ほんとうに、音楽で、それも絶対に音楽の神様が自分で作曲したとしかおもわれない美しいチューンです。

その話をしたら、ニュージーランド人の友達は「いったい、どっちがキィウィなんだ?」と大笑いしていたが、その通りで、半分はまだ気分がUK人でやさぐれている自称キィウィの夫より、ついこのあいだニュージーランドのパスポートを手にしたばかり

https://gamayauber1001.wordpress.com/2016/05/18/2passports/
「ふたつのパスポート」

の妻のほうが、よっぽどニュージーランドの自然の繊細さを知っている。

モニという人は、そういう人で、一緒に並んで立っていても、見ているものの精細度が、こっちを640×480だとすると、モニは5Kの精細度で見ている。

見えているものが初めから異なっている。

では、モニがある日突然死んでしまったら、どうなるか?

そう考えて、

モニが眠ってしまったあと、グラシアの、オンボロアパートの広いテラスに出て、遠くに見えるサグラダファミリアを、ぼんやり眺めていた夜のことを思い出していた。

あのあと、モニがいなくなってしまったら、どうしよう、という突き上げてくるような気持に打ちのめされてしまって、次の日は朝が早かったのに、マルケス・デ・リスカルのボトルを開けて、二本、空にしてしまった。

もちろん滑稽な行動には違いないが、あの夜の気持が、いまでも自分の基本的な生活感情なので、考えるたびにびっくりしてしまう。

エンゲルスが述べるとおり婚姻制度は、所詮、社会制度にしかすぎないが、それにしても、なんといううまく出来た社会制度だろう。
誠実であろうとすれば、それは誘惑も性欲もつなぎとめる鎖だが、鎖につながれた囚人は、鎖の枷の苦痛を幸福だとしか思わなくなっている。

それで、ははは、わしは、その奴隷的状態でいいと思っています。
わしにとってはモニが世界で、そのほかのことは、どうでもいい。

サグラダファミリアには、あたりまえで、きっと崩壊する日が来るが、わしがモニを思う須臾の気持は、どんな時空でも生き延びていくと考える。

それが、ただの愚かさに過ぎないとしても、神は、須臾と永遠が、等しく、等価に並ぶ宇宙にこそ、住んでいるのだと知っているからです。

Posted in Uncategorized | 2 Comments

戦う日本人への手紙

自分の心のなかに知的な意味において騒擾をうみだせない人間は進歩しない。
きみがつくりあげた均整のとれた住み心地のよい小さな家は、残念なことに、きみを日々愚かにする。
すべてが、ひとつの運動から派生した極めておおくの法則に従って、というのはつまり、多様な軌跡を描きながら、絶え間なく運動しているという宇宙の姿が明らかになってみると、なぜスタティックであることが背徳であるのか説明がつくようになってしまった。

どういうことですか?

きみが立ち止まっていられるとおもっているのは、ただの思い込みで、事物の静止は幻覚でしかない。
静止しているつもりのきみの心の平静は、実は、すさまじい速度で運動している。
ただし、きみが運動に意志的な変更を加えないかぎり、運動は他律的なものにしかすぎなくて、簡単にいえばきみは「なにかにふりまわされている」状態にある。

前にわが友オダキンに説明するためにもちだした例を再びつかうことにすれば、
ユークリッドは、実際に、彼の幾何学によって世界を語り終えたつもりだった。

ドストエフスキーが「カラマーゾフの兄弟」に託した夢は、

Если Бога нет, всё позволено
(神がいなければ、すべては許される)

だったが、われわれの世界から、主にわれわれが使う言語の構造のせいで、神は結局たちさってはくれなかった。

ユークリッドはまさか自分が語り終えた幾何的な世界が、ただひとつのものではなくて、いくつも、存在しうるものだとは思わなかっただろう。

ところが現実の世界のありようは、古代ギリシャ人の審美的な知性にとっては最もありえなかったはずのもので、互いに相反さえする宇宙が、うじゃうじゃと、と形容したくなるような無秩序なありかたで、混在していることを、きみもぼくも、よく知っている。

Frankly speaking, most of Japanese could not understand what you are saying, because they have not experienced several levels of the life and they would not experience them for the whole life. But, after the total degradation of my life, I struggle to live again and I try to realize the true meaning of the life. Your philosophy, knowledge and experience have helped me a lot, and I would like to discuss or, at least, hear what you are thinking. I am also disgusted with Japanese people since long time but there would be a few people, whom it is worth while for you talking with, I hope….

ときみからの手紙には書いてあります。

能楽についてSNSで、ひとりごとにしか過ぎないようなことを述べていたら、大好きな「井筒」が頭のなかでなりだして、急に2018年における現代日本語になど少しも愛情を感じていないことに気が付いて、狼狽して、日本語でものを考えている時間は、ただの時間の浪費ではないかという、切実な、突き上げるような気持ちが起こってきて、
やはり、もう日本語は止すべきではないかとおもわず書いてしまったら、
いくつかのDMと、たくさんのemailと、すごい数のブログ記事へのコメントが来ました。

Twitterのほうはいつものことで、落ち着いてものを考える習慣がないひとたちが、あからさまであったり、自分では工夫して少しは知的にみえる諧謔にしたつもりのものや、冷笑の仕方にまで頭のわるさがにじみでた、たくさんの中傷がでまわっていたが、こっちは、日本語という目下断末魔の苦しみのなかで、全体が死語の体系になりつつある言語の、ますます症状が悪化している持病みたいなもので、自分にとっては上達したつもりでも外国語であることを悪用して、ろくすぽ読みもしないでブロックしてすませてしまった。

くだらないことを言うと、これが外国語を習得するときにささやかではあっても良いところで、なぜか、「目にとびこんでくる」ということは起こらない。
意志的に読みにいかなければ、意味が頭にはいってこない。
だから途中まで見て、読みたくもない、とおもえば読まないですんでしまいます。

あらためて、日本語でやってきて、ここまで一緒にやってきた仲間は、自分を滅ぼそうとする自分の母語の力と戦って、自分を救い出すために、話しかけつづけてくれていたのだと理解しました。

きみがきみの母語である日本語をほうりだして英語で話しかけてくれたのを感謝します。

同時に、英語で説明された瞬間に、やっと、オダキンも哲人どんも、ふざけた「かるみ」のある言葉よりも、遙かに真剣に話をしに来ていたのだと発見しました。

いまごろ、「発見」するのはマヌケだが。

他人の必死懸命な気持ちに鈍感だった理由は見当がつく。

ぼくは地獄を通行した経験がない。
いつかよっぽど性格がわるい日本人がぼくについて「妄想狂」だと述べていて辟易したが、ぼくからすればGame Over(当然、大庭亀夫は、これを逆さまに読んだものですよね)というふざけた匿名で出発したのも、いまだに自分が誰であるかを明かさないのも、ひとつには、自分が生まれて育った環境がふつうなら(笑ってはいけません)誇大妄想狂が口にしそうな環境であったからで、実家はロンドンの中心地にある家は、寝室の数が10+で、まあ現実の範囲内でも、郊外の家は日本の人の「家」の概念にはないおおきさのもので、
そういう恐竜的な家系にありがちな財政的な問題もない両親の息子として生まれて、文字通り溺愛されて育って、ひとよりも何年も早く大学教育を終えて、そうなればどんな人でも、(多分)それを最も心配するはずの「自分は特別だ。おまえらゴミだ」意識もなく拍子抜けするくらい温和な十代の若い衆に育ってきました。
英語の世界では、ぼくは他人のすさまじい嫉妬に取り囲まれて生きてきたので、おなじことを趣味のひとつにしかすぎない日本語世界でまで繰り返したくはなかった。

自分の心のなかに知的な意味において騒擾をうみだせない人間は進歩しない。

ぼくが繰り返していることは、要するに、そういうことで、誰の魂にもあるはずの破壊衝動を呼び起こして、ときどきに、すべてを破壊することを願っている。
ぼくは、そのためのたくさんの道具をもっている。
数学、富、人並み外れて、おおきくて、物理的破壊力のある肉体、
…ここまで話してくれば、研究者のなかでも図抜けて知力にすぐれたきみのことなので気が付いてしまったでしょうけど、日本語も、当初は、その道具のひとつにしかすぎなかった。

見地、という。
観点でもいい。
日本語は考えればすぐ判ることで、
普遍語としてはただひとつの

Если Бога нет, всё позволено

を体現した言語です。

初めは子供のときに基礎が頭に埋め込まれたはずの日本語をうまく「道具」として使って、「神がいない世界」=「すべてが許される世界」が可視である思惟の足場をつくろうと考えた。

そう。
そのとおり。
誤算は、言語は習熟すると「道具」ではありえなくて、悍馬といえばいいのか、意思のない工具であるどころか、力一杯手綱をひきしめても、自分を思いもしなかった、意想外の、とんでもないところに連れていってしまう、巨大な生命力をもった一個の生き物であることを忘れていた。

ぼくの思考は、日本語という病んだ言語の瘴気にひたって、衰弱していったのだとおもう。
日本語という言語に復讐された、というややどぎつい表現でもいいかも知れません。

ただ、日常生活にはまったく日本語が介在しないのは、よかった。
きみにもおぼえがあるとおもいますが、英語やフランス語で話しかけられるたびに、夢からさめた人のように、正気に、あるいは別の種類の狂気にもどってくるのですよね。
ぼくの日常の生活は日本語という夢魔が届かないところにある。

日本語という一個の普遍語の自分の精神に対してもちうる力を過小評価すると破滅的なことになると判ったので、これからは、油断して、映画を観ながら、気楽に日本語twitterのタイムラインに出入りするというようなことはやめるつもり。

そんなことをやっていると、きっと、また日本語の神様に復讐されてしまうでしょう。

言語を道具として使えると考えた浅薄さに加えて、もうひとつの誤算は、きみや哲人どんやオダキンたち日本人の予想を遙かに越えた真剣な人生への態度でした。

哲人どんは、そのくらいは言ってもいいのだとおもうが、旧帝大のどれかの哲学教授を職業とする人で、わざとものすごく曖昧な言い方をすると戦争という異常な状況においての全体と個の関係について優れた考察を残している人です。
アカウント名に竹林の8番目の賢人という軽い名前を使っているので、サロン的な知的な遊びを求めてタイムラインに加わっているのだと思い込んでいたら、とんでもない間違いで、このひとは遙かに真摯深刻な人で、日本人には善意がないのではないかとツイートで述べると、自分の大学の留学生に対して具体的な善意志に基づく行動を起こしてしまうような人で、行動すれば人は必ず傷だらけになるもので、そんなことは百も承知で、言葉と行動をつなげようとするのでぶっくらこいてしまった。

やはり旧帝大の教員として、おなじ大学の教員を「あんたが放射能は安全だと言い切るのはおかしいのではないか」と言葉にして述べる、考えてみれば文字通り「職を賭して」義を立ててしまうオダキンは、言うに及ばず。

先進国のなかでの、民族としての日本人の特徴は、すくなくとも本来は「内省的な傾向が強い」ことだとおもっています。
表現の数が極端に少なくて、表現しうる世界の事象や感情がベラボーに少ない日本語という言語を使っている民族であることを考えると、これはいっそ不思議なくらいな事実で、多分、言葉がいいあらわせない悲嘆に感情や思考が沈んでいく、畳が沈む、能楽のあの沈黙は、そこから来ているのだと思いますが、とても特殊な、といしか言い様がない。

「神がいなければ、すべては許される」

神がいない日本語世界に戻るかどうかは、もうちょっと考えないと判らない。

いま考えているのは、人間の思惟全体からいえば、(不謹慎だが)思考のひとかたまりをテレビ番組に例えるとすれば30秒のテレビコマーシャルにしかすぎないようなtwitterは、メモ書きがわりにして、英語にして、このブログはもともと日本語ドリルなのだから日本語はこちらで書いて、なんだか申し訳なくて、例外はあっても、英語母語人に絡んで「おまえの英語よりおれの英語のほうがうまい」と述べて日本語がわかる英語人たちの失笑を買っていたひとたち(例:@buveryとかいう英語自慢の日本人)の英語も含めて日本の人の英語は一般にヘンテコ(ごみん)なので、英語ではなくて日本語で話しかけてもらうことにして、返事は英語でカンベンしてもらうというのではどうか。

自分勝手な理屈をのべると、日本語は、人間が手持ちの言語のなかではただひとつの「神(あるいは絶対)を内蔵しない普遍語」なので、神を持たなかった世界の思惟を教えてくれて、そう簡単に弊履のように捨て去るわけにはいかないでしょう。

でも言語というものは上達してしまえば、そういうもので、ついつい日本人と一緒に日本社会や日本の政治まで一緒に考え、憤ってしまったりしていたが、こっちはもう手遅れでもあり、くだらない人間が蝟集する話題でもありで、もういっさいやめることになると思います。

心のこもった手紙を送ってくれてありがとう。

いつか、きっと会えるとおもっています。

でわ

Posted in Uncategorized | 10 Comments

日本が国際社会で疎外されるのは、なぜだろう?

日本が、焦眉の年、2050年を越えて生き延びてゆくシナリオは、
もういちど戦争を起こして、またしても徹底的に負けて、破壊されて、新生日本として再出発することになるか、
例えば国会議事堂が物理的に破壊されて、世界中の人間に、均しく、わかりやすい形で戦前の日本が消滅したことを示すか、
多分、ふたつにひとつしかない。

そんなアホらしい、と苦笑する訳知りの、訳知り顔のまま衰退する日本にぶらさがって、寄生してきた日本のおじさんたちの顔が見えるようだが、世の中の、特に国際的な関係や国の後先は、案外と、というよりも例外なく、論理が示す方向に収斂するもので、なぜ論理が自動して、そういう結論にたどりつくのか、これから説明しようとおもう。

むかし、渋谷の大盛堂書店の地下にあったミリタリーグッズの店に、ドイツ人たちが現れるようになって、盛んにナチの旗や制服を買い求めている、という記事が70年代の英語雑誌に報じられている。
80年代までは、報じられていて、90年代には見あたらないので、そのあたりで何かがあったのかも知れないが、しばらくのあいだは、秘かにナチズムを信奉するドイツ人たちの聖地になっていたもののよーです。

当時は、いまと異なって、ドイツから日本にやってくるには、航空券だけで30万円はしたはずで、たいしてオカネがあるともおもえない身なりであったらしいドイツ人たちが、苦労して貯めたオカネで、ひとの話だけを頼りに遙々日本まで旅したのはなぜかというと、知っている人も多いはずで、ドイツではナチの遺品、ナチに関連した商品、あるいはナチを想起させるものに至るまで、東西ドイツともに厳禁されていた。

Strafgesetzbuch section 86aという、この有名な法律は、もともとはコミュニズムとナチズムの双方を禁ずるための法だったが、ドイツ統一前後からは、ほとんど「ナチズム禁止法案」として機能してきた。

ドイツ人の叡知は、この一条の法律を種子に、戦後、しだいにナチズムの否定を自国のアイデンティティとして育てていったことで、ナチズムに対する最も苛烈な糾弾者は、シオニストの国であるイスラエルとドイツ共和国自身だった。

今日、若いドイツ人が外国人にナチについて訊ねられて、自分達にも責任があるかどうかを聞かれた場合、もっとも平均的な返答は、「ナチについては、もちろん知っているが、自分達は、ナチ・ドイツを完全に否定した国家で育ちました。
ナチズムは、いまのドイツにとって敵対的な思想です。
だから、もちろん、わたしには責任があるわけはない。
責任ということなら、ドイツがまたナチ・ドイツにならないように監視する義務がわたしたちにはあるとおもう」
くらいでしょう。

戦後一貫して、ナチとの同一性を、国家として否定してきたドイツは、それでも、長い間、周囲の国の不信の眼にさらされてきて、他人の善への努力に関しては、なにごとにも懐疑的なイギリス人などは、「ぬわあああにテキトーな理屈をこねて、ごまかそうとしてやがんだ、ドイツ人はドイツ人じゃねーか。おれは誤魔化されんぞ」などと述べていたが、ドイツ人たちが真摯にナチズムを糾弾して、ナチ思想を抱くことそのものを犯罪とみなして、あまつさえ、ホロコーストの糾弾を自分達の国家の中心概念におきだしたのを観て、なるほど、いまのドイツは、ナチズムの敵対者なのだ、そーゆーこともあんのね、と納得されていった。
70年かけて、ドイツは、かつてのドイツとは対立的な国であることを証明した。

ユダヤ人は、まだドイツ人を許していない。
普段の生活で、ユダヤの人と話していても、かなりの割合のユダヤ人は、ドイツ人への嫌悪感を、やっと隠して暮らしている、という印象がある。
イギリス人も、ドイツ人は信用できない、という人はたくさんいる。

しかし、それを口にできないのは、ドイツ人たちが国を容器とした文明の問題としてナチとの非連続性を主張しているのに、こちらは、民族の血、というような、別によく考えてみなくても人種偏見とおなじロジックに立っているのはわかりきったことだからで、誰でもレイシストだと誤解されたくはないので、黙っている。

ドイツと対比して考えると、わかりやすいとおもうが、日本と日本人は、ドイツとは逆に、戦後日本は、戦前の大日本帝国の正当な後継者であると主張している。
「われわれは戦争に負けただけであって、それまでの日本を否定されたのは、戦争に負けたという力の論理によっている」と、普通に述べる人が、市井のおっちゃんから首相まで、ふつうに、どころではない、至る所に存在する。

なぜ、どこの国民の目にも異様とうつるほど南京虐殺を否定するかといえば、戦前の日本と戦後の日本は、ひと続きの、同じ国だと自分でも知っているからでしょう。
「おまえがやったことじゃないか」と言われているのだと、感じている。
アメリカに負けて、これまでの日本は間違った思想の国だった、これからは、戦前の日本を否定して、まったく正反対の信条の国を建設する、というのは、陰で舌をだしている、とまでは言わないが、不公正な押しつけであると感じているという偽らざる気持を、おもわずしらず、白状してしまっている。

そーじゃないかなあー、そーゆーことなんちゃうかなあー、と周りが、戦争が終わってからずっと疑惑の目で見ていたのは図星で、経済が繁栄した70年代くらいになると、憲法第九条を改正したいと、でっかい声で、言い出した。
平和憲法を改正したいと述べる主語は誰であるかというと、当然、「戦前から一貫して続いている日本」です。

日本人の意識の上では、戦前から一貫して続いている日本だけが真の日本で、途中で民主主義を誓わされたり、軍隊を捨てさせられたり、東京裁判という「勝者による不公平な裁判」で、報復として同胞の政治家や軍人が処刑されたのを、涙をこらえて我慢したり、だからこそ、戦争をやった当事者ではあっても、日本は加害者ではなく被害者だという驚くべき国民感情のなかで戦後を過ごしてきた。

かつての敵、アメリカと、いまは仲良くなって同盟している、という、会社の同僚との関係や近所づきあい、お友達との機微と、国家間の外交をごっちゃにしてるんちゃうか?と疑いたくなる、ぼんやりした考えのなかで日本人は安全保障を考える習慣をもっているが、そのアメリカといまはお友達の国は、誰であるのかというと、これも戦前から万世一系続いている日本です。

「なんべん謝らせれば気がすむんだ!」と、例えば慰安婦問題において日本の人は述べるが、謝るそばから、「おれが悪いんじゃねーよ。おめーらがあんまりうるせーから謝ってやっただろう!? それなのに、ガタガタゆってんじゃねーよ」という、下品な態度をみんなに見られてしまっていることとは別に、日本が組織的に戦争犯罪を繰り返した大日本帝国とおなじ日本であるかぎり、戦前の日本と連続性をたもった国として、「美しい国」というような恥知らずなお題目を唱える政府を支持しているかぎり、そりゃ、論理的にも感情的にも当然で、国が崩壊するほどの被害にあったアジアの国々が日本を許す日がくるわけがない。

たとえば独日両方と戦ったイギリスの復員兵たちがドイツを許しても日本を許さなかったのは、反省している、反省していないというようなことではなくて、もっと論理的骨格をもった反感、「日本は戦前の日本とおなじ日本ではないか。なぜ、そんな国家の存在が許されているのか」という怒りだった。
戦前の独裁者のなかで、ただひとり指導者として長生きして大往生した昭和天皇が、その意味で「日本の象徴」であったことは、言うまでもありません。

G7が開催されたりするたびに、広告代理店を動員したりして、自分達が大活躍しているように見せかける政府の努力にも関わらず、英語を理解できる人が増えて、インターネットが普及して、情報が日本でも共有されるようになってくると、映像ひとつでもあきらかで、日本だけが、なぜかのけ者にされているのが、日本人にも、やっと感じられるようになってきた。

「あれは安倍が信用されていないのだ」という人が大多数で、部分的には、生まれついてのウソツキというか、自分が口にすることは真実でなければならないのだという責任感にまるで欠けた首相で、その病癖が忌まれているのは真実だが、おおもとは
日本のアイデンティティが戦前の日本と同一であることから来た論理の帰結で、要するにアメリカのデタラメな外交で、沈まぬ巨大空母の基地として便利使いすることを目的に、日本人に戦前の日本を否定するチャンスを与えなかったアメリカ軍を共犯者として、ドイツ・イタリア・日本の三国同盟国のなかで、ただひとつ衣裳だけを着替えて生き延びてきた国として、国の存在そのものが、許されないものとして、世界という昔に較べれば、遙かに緊密な意思の交換をおこなうようになった共同体に住むひとびとの眼に映りはじめている。

そこにもってきて、ゆいいつ戦前の日本を否定するよすがになっていた戦後憲法を否定したいといいだして、ほとぼりがさめたので戦争もやらせてください、できたら核兵器ももちたい、おれに楯突くと、アメリカがだまっちゃいねえぞ、つまりは戦前の日本とロジックがそのままおなじであることを臆面もなく露わにして、しかも、それをヴォーカルに世界中を行脚して述べて来た首相を国民が支持し続けている。

若い中国人たちに「正気をたもっている日本人を助けて日本を解放するべきだ」と述べる人たちがあらわれたり、アメリカ人たちのなかに、「日本との同盟などコストがかさむばかりで、かつての敵といつまでも手を結んでいるのは、どうかとおもう」という声が出てきているのは、つまりは日本が戦前の日本との自己同一性を声高に述べだしたからで、

冒頭にもどると、おなじく論理的な帰結として、国が、経済崩壊にしろ、なににしろ、なんらかの理由で崩壊して、世界中の誰がみても従前とは異なる国として再生されるか、あるいは戦前からの同一性保持の道をこのまま歩いて行って、必然的な結論である戦争を始めて、またぞろアメリカによるか中国によるか、乾坤一擲の勝負に出たロシアによるか、国が焦土と化して、今度こそ誤魔化しでなく、戦前の日本と断絶した新生日本として再出発するか、日本が未来を生き延びてゆく道筋は、ふたつにひとつしかない。

戦争のほうの選択肢は、下手をすると国が消滅するという可能性があるので、願わくは、他国のような民衆の手による革命は全然むりでも、アベノミクスで疲弊した財政が破綻するかどうかして、軍事とは関係がないところで、国がいったん破滅するほうにすすめば、なんとか、日本の人のことだから、あっというまに復活するのではないかと期待しています。

そのときこそ、戦前から21世紀まで続いた、明治日本がデザインしたAncien régimeを、日本人がこぞって否定することを祈って。

Posted in Uncategorized | 10 Comments

ふたたび、汚れた髪について

いつもの駅でおりて、5分も歩けば家に帰り着くのに、駅前のドトールコーヒーに入って、煙草をふかしている。
そのまま、一時間たって、二時間になって、もう店のひとたちが、ちらちらこちらを見だしているのに、たちあがれなくて、泣きだしたい気持になっている。

十二時を過ぎてやっと眠れたのに、午前4時に目が覚めて、そのまま二時間、ベッドから出られないでいる。
どうせ早く目がさめたのなら、Tシャツに裸足のままキッチンに立っていって、コーヒーを淹れて飲もうとおもっているのに、自分でも理解できない理由で、どんなに努力してもベッドから出られないので、苦しくて、訳が判らなくて、涙がでてきて、シーツのあいだで身体を縮めて、泣きじゃくりはじめる。

キッチンのシンクがどうしても片付けられない。
汚れた皿が積み重なって、見るのも嫌で、家事は得意だから、さっさと洗ってしまいたいのに、なんだか見ないでいるふりをしてすませてしまう。

洗濯物もたまって、ゴミ箱もあふれ出していて、鏡をのぞくと、なんだか髪が汚れているような気がする。

自分が人間でなければよかったのに、と、ただ繰り返し考えている。
自分が愛情を持った機械であれば、どんなにか良かっただろう!

知っているかい?
ロンドンやニューヨークのような町には、身体と、ほんの少し魂の位置がずれている種族がいて、ぎこちない歩き方で、急に舗道で立ち止まって泣きだしていたりして、見ていると、ああ、あそこにも自分と同じ種族がいる、とおもう。

自己愛は見苦しい、と、あのひとたちはいうが、自分を愛せる人間が、わたしにはうらやましい、と考える。
どんなに理不尽で、過大な評価で、他の人間から見たら噴飯ものの自己愛でも、自分を愛せるということは、なんて素晴らしいことだろう。

自分を愛せたら、どんなにか、楽だろうな。

わたしはわたしに価値がないような気がするんです。
そうボーイフレンドに、おもいきって言ってみたら、「元気だせよ。きみは無価値な人間なんかじゃない」と言ってくれた。
わたしは、お礼を言ったけど、ほんとうは、あの人が、ただわたしがガールフレンドだというだけの理由で、そう述べたのを知っていた。

わたしは、狡いんです。
ほんとうは、死に物狂いで頑張れば、いくらでもやっていけるのに、狡いから、自分がダメな人間だということにしてなまけている。

わたしは、悪い人間なんです。
ほんとうは、良い事をしようとおもえば、いくらでも出来るのに、道で倒れた人を見てさえ、駈けよっていくことができない。

ただ息切れがしてきて、心臓の鼓動が早くなって、あわてて、早足で、見なかったふりをして歩きさっていく。

地下鉄の改札からは、ひとの波。
表情のない顔の、いちようにくすんだ色の服の、ひとの洪水。
足をすくませて、真っ青になって、たちすくんでいる人。
唇をかみしめて、やっと二三歩前に出て、でも踵を返して、いま降りてきた階段をのぼって、引き返していく人。
ひとりだけ赤いコートなので、こんなに遠くからでも、あの女の人がどこを移動しているか、よくわかる。
あんなに、ゆっくり、急いで追い越してゆく人達に肩で肩を小突かれながら、やっと立っているような足取りで、まるで人生そのものを諦めてしまった人のように、遅い足取りで、地上をめざしてあがいているかのように歩いているひと。

この町では、誰も空をみあげないが、みあげれば、ほんとうは、高いビルのてっぺんに近いところに、もののけたちがいて、地上をみおろして、うずくまって、寂しい眼を見交わせて、時に、うなずきあっているのが見えるだろう。

人間の耳には物理的な可聴周波数の音波しか聞こえないが、もののけたちは、きみの魂の声を聴くことができるのね。

まるで青空の伽藍に反響するような、苦しげな、絶えることのない、押しひしがれたつぶやきを、もののけたちは聴いている。

うつ病に苦しむ人の、意外なほどの数の多さは、たじろがされるのに十分だった。
とてもわがままなので、むかし数学を学んだあと、医学に進んだのは、自分の心を客観的に観察するためで、他人のことなど、念頭にはなかった。
まして医者になろうとおもったことはいちどもない。
医学に志す人は、根っからのやくざものと偏屈者が揃っている数学の世界とは異なって、マジメな人が多くて、そんなことを言ったら、解剖台のうえで眠らされてメスで分解されかねないので、言わなかったが、日本語ならばバレやしない、みんながいったいおまえはなにを考えてんだと訝った、医学を学び始めたことの真相は、要するに、そういうことです。

生物の一般科学誌を読むには、せめて生物学部を卒業して学位をとるくらいの知識はいる。
数学も化学も物理学もおなじことで、よく勘違いしている人がいるが、本なんか何十冊読んだって、どんどん偏見とダメ方法に習熟してしまうだけで、なんにも判るわけはない。
入るのに難しい大学に入学を許されても、バカはバカで、教育がさわれないほど地頭(じあたま)が悪い愚かな人間は、東京大学でもいい、MITでも、ハーバードでもかまわない、キャンパスを歩けば、公園の鳩よりもたくさんいるが、逆に大学にいかないで独学しました、という人でまともな人は、いるのはいるに決まっているが、少なくとも、今までの人生で見たことはない。

そのくらいの理屈は、高校生のときでもわかっていたので、自分の身体と魂について理解するために医学部にいくことに決めたが、それでなにかわかったかというと、見事なくらいなにもわからなかった。
例えば解剖によって、

1 人間といえど機械にしかすぎないこと (材料は代謝によって絶えず更新される有機物だけどね)

2 機械としてもかなり出来がわるい

というようなことが実感されておもしろかったが、医学といえども生物学で、仮説につぐ仮説、また仮説で、
なんだよ、いったいいつになったら仮説の証明は出るんだよと悪態をつきたくなる体(てい)のものだった。

途方に暮れてしまった。

その頃、つきあっていたガールフレンドは、美しい、善良な人で、どんな人間にたいしても、無防備で見ているこちらがはらはらしてしまうくらい親切だったが、そういう神の子供の常で、特に季節の変わり目には、天候が引き金になって、うつ病になるようでした。

どんな瞬間にも凝然と耐えていて、とても痩せた人なのに、身体が重く感じられて、寝返りを打つのもやっとなのが、見ていてつらかった。

山のように本を買ってきて、朝になって、空が明るんで、鳥たちが囀りだすまで夢中になって読んだ。

医学部図書館にでかけて、本屋では手に入らない類の本を、司書の人に積み重ねてもらって、閉館がすぎても読んでいた。

救いたかったわけじゃない。
そんなことが出来るとおもうほど、愚かであったわけでもない。
ただ、自分の最愛のひとが、どんなものによって苦しんでいるのか、知りたかった。
なかがよかった教授に、ほとんど、家庭教師のようにして教わったりしても、やはり、あの人の痛めつけられた心を理解することはできなかった。

言葉にして、どちらかから別れを切り出したわけではなかったが、大学町を去って、遠くに引っ越すことで、やがて、会わなくなっていってしまった。

神様は、そういうことをよくするので、サンフランシスコの町で、その人に偶然であった。
あの町は、縁があんまりない町なので、そのときも、ただ両親の知り合いの画商の女の人を訪ねていっただけのことだった。
ふた晩しか滞在しなかったとおもう。

パウエルの、ユニオンスクエアに面した交差点で、まるで空気のなかから現れたように、突然あらわれた、あのひとが、ぼくの前に立って、
「わたしを軽蔑しているでしょう?」という。

びっくりして、「そんなことがあるわけないじゃないか。どうしたんだい?
サンフランシスコに住んでいるの?」とあわてて答えたが、あの人は、なにも言わずに立ち去っていった。

目の前から、あの人がかき消すようにいなくなって、初めに考えたことは、
髪の毛が少し汚れた感じだったな、ということで、そのことに気が付いて、
とても嫌な感じがしたのをおぼえている。

そのあとにどんなことが起きたか、ここに書く気はしないし、書かなくてもわかりきったことでもある。
知らせを受け取って、空をみつめると、はっきりと見えはしないが、
もののけたちが、中空で、膝を抱えて、地上を眺めているような気がしたんだよ。

数百の、数千のもののけたちが、この世界の、ありとあらゆる痛めつけられた魂のために、泣いているような気がした。
もしかしたら、嗚咽の声さえ、聞こえていたかもしれません。
遠くから叫び声がもれて、その聴き取りにくい、かすかに聞こえる絶叫に、耳をすませていた。
もののけたちが、なにもかもあきらめたように、大気のなかに、かき消えていくのを、無力な気持で眺めていた。

おお、だから、
いつもの駅でおりて、5分も歩けば家に帰り着くのに、駅前のドトールコーヒーに入って、煙草をふかしている。

十二時を過ぎてやっと眠れたのに、午前4時に目が覚めて、そのまま二時間、ベッドから出られないでいる。

気が遠くなるような努力をして、やっと息をしている。

きみは、きみが、どんなに投げやりでもいいから、ひとりではないことを忘れないで、ベッドのなかにいつづけることが、どれほど、きみの仲間にとって大切なことか、わかりますか?
きみが生きていて、それを知って、よすがにして、おもいなおして生きていく仲間たちが、どれほどたくさんいるか、知っていますか?
ただ生きていくことが、どれほどきみとおなじ種族の人間たちを助けることであるか、きみが知ったら、驚くのではないだろうか。

このあいだも言ったけど、いつか会えるとおもっています。

きみが家に帰るクルマのドアをあけて、ふとふり返ると、初めてあうはずなのに、
なんだか、なつかしい人が立っていて、
そのひとは、きっと、「やっと会えたね。ずっと会いたかった」と述べるに違いない。

そのときまで

Posted in Uncategorized | 3 Comments

世界の文様2018 その1

金正恩にとっての最大の決心は習近平に恕(ゆる)しを乞うて、中国に臣従を誓ったことだろう。
ちょうど、日本がアメリカの核の傘の下にあるように、北朝鮮も中国の傘の下に入るのは、習近平と人間的に反りが合わない若い独裁者にとってはおおきな決心だったに違いない。

平昌オリンピックという機会をうまく捉えて、驚天動地の外交をやってのけた文在寅が生みだした流れに乗って、まるで木霊が呼び合うように、金正恩が演じてみせた、「わかりました。それなら、こちらも中国と話をつけて、後見の憂いをなくしましょう」という阿吽の呼吸の外交は見事なものだった。

どちらの指導者も、素晴らしい外交感覚と若々しい機敏さで、目前の、秒読みであった核戦争の危機を避けてみせたのは、世界中の外交雀をどよめかせた。

アメリカとの現状での力学を詳細に解説してみせたのは習近平のはずで、金正恩を通じて、中国の国家機密を含む分析と国家意志は、文在寅にも伝えられたはずである。

この立場と利益がそれぞれ異なる三者の気持ちに通底しているのは、トランプという政治家としてはまったくのアマチュアで、しかも情緒が安定しない感情的になりやすいテレビタレントが大統領になって、わざと混乱を引き起こして、東アジアの混乱を便宜にアメリカの利益を伸長しようとするのを見て、うんざりして、
アジアはアジア人のものでなければならない、と強く感じ始めたことであるのは、見ていて気が付かない人はいないだろう。

具体的な内容がなにも決まらないで、米朝間は、「とにかく仲良くしようね」の、およそ無内容な一歩を踏み出すことになったが、そんなことは日本とアメリカの、頭がぼんやりした指導者たちは別にして、習近平や金正恩、あるいは文在寅にとっても、「多分、そうなるだろう」と判っていたことで、それはそれで十分で、この先に見えている、どの選択肢も、アメリカをうまいこと東アジアの政治的パワーとして、排除してゆく方向に向かっている。

無責任な政治予想屋でもなければ、この先を述べる必要はない。
この先の可能な未来の領域には、中国による台湾併合、統一朝鮮へのゆっくりとした歩み、北朝鮮への投資の流入による経済発展などが確からしいこととしてあるが、混乱を引き起こすことが唯一の方法論であるアメリカの大統領が、内政上の理由から突然北朝鮮か南沙を襲いでもしないかぎり、戦争はなくて、ヘンな言い方だが通常の対立・競合の関係に入ってゆくことになる。

もう少しドラマティックな言い方をしたければ、文在寅は、朝鮮民族にとっては1910年以来、中国にとってはアヘン戦争の時代以来の、外国勢力の容喙につよく左右される東アジアの悲劇が、ようやっと終わりになるドアを開いたわけで、
未来の歴史家は、アジアの真の独立を助けた政治家として、この小柄な人を記憶することになりそうです。

アメリカのFRBに続いて欧州のECBも量的緩和を年内に終了することを決定した。
当然、市場の声は、「いくらなんでも遅すぎる」だったが、適任とは到底いえないマリオドラキですら、到頭、という言い方もできるわけで、これで量的緩和→利上げと向かう市場の潮流は、やっと道筋が目に見えるものになってきた。

これから、おっかなびっくり、数年をかけて公定金利を上げて、立ち上がるのもやっとの贅肉がぶよぶよついた市場を健康体にもどすために世界中が努力していくところだが、中国から大量のアメリカドルが流入しつづけて、しかもその流入先が不動産やなんかの一部資産に偏っている英語社会にとってはたいへんな作業で、例えばニュージーランドでいえばGDPをうわまわるホームローン市場は、金利が3年内に2%もあがってしまえば、たちまち瓦解する。

前にも書いたように、最大都市オークランドでは夫婦がふたりともキャリアを驀進しているような共働き家庭でも、収入の65%がホームローンの支払いに消えて、倉庫係とスーパーマーケットの店員というようなカップルになると、片方の収入の90%以上が家賃に消える。

つまりもう爪先立ちで、ふらふらしながら、めまいに耐えて生活しているようなものなので、ひとによっては新聞誌上のような場所で、金利が1%上昇すれば、それで経済全体が崩壊するだろう、と述べる人もいる。

先週、ニュージーランドは、政府が銀行と共同で、「来年は利上げが始まる年になるから国民は準備したほうがよい」と国民に対して警告をおこなった。
一見、別個に、めいめい判断して警告がなされたようにみえるが、ニュージーランドではいつものことで、混乱を避けるために、連絡をとりあって、国民に準備させようとしたのであることは、ニュージーランド人なら、誰でも知っている。

経済上は、そういう言い方をすれば、世界中の先進国が、いわば慢性成人病を脱して健康体になるための金利の正常化へ向けて体力をつけようと準備しだしているわけで、無論リスクはあるが、避けて通れるわけがない必要なことなので、そうですか、ほんじゃ、がんばるべ、以外には各国の市場が述べられることは少ないようにおもわれる。

えええー、日本が出てこないじゃん。
日本も経済大国じゃないの?
と、いいとしこいて、ほっぺをふくらませた、そこのきみ!
きみは正しいが、日本の政府や中央銀行がなにをやっているのか、みんな、わからないんだよ。
アベノミクスで、「異次元の」量的緩和から出る出口を塞いでしまったのは、2015年くらいにインフレが2%に達して、ゆるやかなインフレ基調になると黒田総裁も安倍首相も「100%」確信していたからで、なにごとも100%はよろしくなくて、ツーストライクから満腔の自信をもって棒球(のはずだった)をフルスイングしたら、盛大に空振りをしてしまった。
ストライクをコールするアンパイアをふり返って、「おまえ、バカじゃねえの?
野球をしらないのかよ。いまのはハーフスイングだろうが」と述べてみたが、アンパイアは「「野球じゃどうかしらんけど、ベースボールじゃ、ああいうのは空振りというのよ。はい、ストラックアウト!」
と言われてしまっている。

あるいは、子供のときから神童であったと同級生が口を揃える黒田総裁が、神の啓示かなんかがあったかなにかして、有り金をルーレットで35-黒に賭けたら、神童の深い洞察を理解しなかった愚かなルーレット台が、7―赤に玉をいれてしまった。

そこから先は、世界中が知っているように、赤に賭けて玉が黒に入れば、傍らにうやうやしく立っている日本国民のポケットに手をつっこんで目の前の株価チップを高く積み上げて、勝った勝った、また勝った、勝たでもいいのに、また勝った、をつづけて、賭博の勝ちを演出しにかかったが、いかんせん、ふと気が付くと、親友の安倍首相と自分とふたりしかテーブルに残っていない。

さびしいね、と話しあっていたら、離れたテーブルから外国人たちがやってきて、
「いつぞやは稼がせてくれて、ありがとう。きみたちの博奕のやりかたは正しいんだよ。でもルーレットでは挽回は難しいから、こっちに来て、一緒にバカラをやらないかい?」と物腰もやわらかく、虎視眈々と、日本に残る有り金を狙っている。

なんだか経済のことばかり長々と書いてしまったので、ほかのこと、ロシアのヨーロッパへの攻勢、中東、社会、軍事、文学、…は、ぜんぜん書き及べないことになってしまったが、まあ、また続きは、よろよろと気が向いたときに書きます。

外交については、一般の人間としては、例えば北朝鮮とアメリカの会談が、アメリカや日本のマスメディアが言うように、まったくの無意味なものなのか実質が伴ったものなのかは、実はイラン政府の反応をみればわかるというように、外交バランスのパワーセンターを注意深く連関させてニュースを見ているだけでも、かなりのことがよく判ります。
インターネットの時代なのでKGB幹部である必要はないのね。
そのうえに、歴史性、例えば、歴史的な対立関係から、ロシアの真の事情をよく知っているのはスウェーデンでありフィンランドで、フィンランドは知っていても黙っている傾向が強いので、スウェーデンが指標としてはわかりやすいが、というような常識が身に備わっていれば、
あの国は、男女を対象とした徴兵制を始めたでしょう?
戦争になったときの具体的な応召方法や避難方法を盛んに啓蒙しはじめている。
スウェーデン人というものを、友達として、ボーイフレンドガールフレンドとしてでも知っていれば、あのひとたちは伊達や酔狂や、成層圏を横切るミサイルの下で頭を抱えてうずくまる剽軽な恐怖心をもつひとびととやなんかとは異なる心性の持ち主が揃っているので、つまり、現実の脅威が迫っていると判断しているから、臨戦態勢に国をもってきている。

もうひとつ、こちらは歴史的に「戦争? 戦争なんて、むかしのもんでしょ?
なに言ってんの? 頭おかしいんじゃない?」と言っていたら、次の年にはもう自分の国の大陸遠征軍がダンケルクというたいしておおきくもない町の浜辺においつめられて、もうちょっとで大虐殺+集団投降の憂き目にあって、そのあとも、文字通り24時間必死に武器と兵器をつくって、アメリカに助けてもらって、やっとこさ国土を占領されないで済んだイギリスという、やはり北海文明圏のマヌケな国があって、
これもロシアのターゲットになっている。

なぜかって、ほら、狼は群れから離れて無防備な鹿を狙うでしょう?
Brexitという、大陸欧州の金融や環境問題における硬直性を嫌うあまり、安全保障を完全に失念した平和ボケ政策を国民投票で決定したイギリスは、トランプで縮んだアメリカの影響力喪失と相俟って、完全に孤立していて、KGB的なロシアの他国への干渉政策に、もってこいのターゲットになっている。
最終的な目標は連合王国の金融機能の支配だが、近年のイギリス人の国民性の変化をみると、案外、これはうまくいってしまうかもしれません。

わかりました。
世界は、どんどん変化するのね。
じゃ、ぼくはどうすればいいの?

ま。
紅茶でもいれて、だめだぞ啜っちゃ、味噌汁じゃないんだから、と自分に言い聞かせながら、とりあえず英語くらいは日本語とおなじ楽ちんさで読みこなせないとどうにもならないので、英語のニュースを、せめて一日に20個くらいは読んでみたらどうでしょう?

テレビをテラスから外に投げ捨てちゃえば、そのくらいの時間は生まれて、お釣りがくるでしょう?
捨てるまえに、下に人が歩いてないかどうか、みないと危ないけど。

でわ

Posted in Uncategorized | Leave a comment

雪が降って

「朝、起きたら、一面の雪景色なんだよ」と、そのひとは述べている。
見渡すかぎり、どこまでも真っ白で、見慣れた野原も、道も、家の前の芝生さえ、どこにも見えなくなっている。

そうしているあいだにも雪が降って、少しずつ積もっていって、ぼくはドアを開けて、泣きそうになる。

目を泣きはらして、スコップがどこかにあったはずだと考えて、ガレージを探し、ウオッシュハウスを探して、やっと見つけ出して、もうきっと今日は、なにもできないな。
とにかく、この雪をすべてどけてしまわなければ、と考える。

ぼくにとっては、鬱病は、そういうものなのさ、と言う。

掘ってみるまで、雪が10センチつもっているのか、膝まであるのか、あるいは腰までもあって、踏み出した途端に身動きもできなくなるのか、それすら判らない。

身体中から力が奪われて、もうなにもしたくない、ベッドのなかで、一日中、泣いていたいとおもうが、そういうわけにもいかないでしょう?

仕事にでかけるのは、もう無理だけれども、とにかく、がんばって、起きて、
この雪を全部どけてしまわなければ。

「でも、雪は、そうしているあいだにも、どんどん降ってくるんだよ!」

そのひとは、そう少し力をこめて、テーブルをこぶしでたたきそうにした。
でも、すぐに握りしめたこぶしをひらいて、じっと見つめている。
とても、気持がやさしいひとだからね。
きっと、そうするだろうと、おもっていました。

HURRY UP PLEASE ITS TIME

ノックのおおきな音とともに、 どんな人間でも浮き足だつような声で、現代社会の「時」は、きみを急かす。

時間です。お早くお願いします。

人間の生命は、ちっとも美しくない。
よく言って滑稽、わるく言えば醜悪。
入れ歯の費用を工面したり、老眼鏡を買いそろえたり、体面にしたがって、家を塗り替えたり、クルマが運転できるうちに最後のクルマになるはずのクルマにレンジローバーを奮発したり、そんなつもりはないのに、人間は、そういう老後の準備のために働いて一生を終わる。

「死亡欄にも載らない一生」という表現があるが、つつましく、精一杯生きて、ただ義理だけで集まった職場の仲間が集まる葬儀で、誰でもなかったひとのように葬られて、3カ月もすれば、きみが存在していたことさえ誰もが忘れてしまう。

人間の一生は残酷で、どんなに頑張ってみても無価値で、生きているときこそ、ちやほやされて、尊敬のまなざしでみる若いひとびとが周りにいて、運がよければ、きみの妻も子供も、あたたかい、感謝の気持ちがこもった光をたたえた目で、きみを見ていることがある。

でも、だから、どうだというのか?

きみが小説家であるとする。
賞をとって、他の文学コミュニティの人間に称賛されたり、けなされたり、時には救いがないと嘲笑されて、それでも書き続けていれば、読者が出来て、ここはいい、あなたの物語が好きです、この登場人物の、この言葉に救われました。
きみの目を楽しませて、それを励みにして、また次の物語にとりかかる。
案外とおおきな名前になって、自分でも少し驚いて、そんなに悪い人生ではなかった、と思い始める。

例として小説家を挙げたが、自分の足跡を生乾きのコンクリートの上に残すような職業ならば、何でも同じだろう。

でも、死んでみたまえ、というのはヘンテコな言い方だが、
死んでしまって、出来るなら、3年たって、地上に戻ってみたまえ、
誰もきみのことなんか、おぼえていないから。

いつかオークランド大学の近くのシェルターを通ったら、まるで晒し者のようにして、無料レーションに行列しているホームレスのひとびとが舗道に延々と列をなしていた。
垢だらけの服や、べったりと汚れた金髪よりも、誰の目にも映って、おおきく印象されるのは、あのひとたちの、「自分は誰にも必要とされていないのさ」と訴えかけるような目だった。

誰にも必要とされない人間の、どこで果てるともしれない長い行列。

でも、あれは、単なる人間の人生の具象化、視覚化にしかすぎないのではないか。
取り替え可能の部品じみている、きみの一生に、誰が興味をもつというのか。

鬱病は、もしかしたら、人間に残った、ゆいいつのこの世界への、正常な反応なのではないか。

言い方を変えれば、きみやぼくに、ほんとうに生きていく価値などあるのか。
そもそも、やってみる価値があるのか。

健康な人間が、おなじく健康な人間にとってさえ、ただの鈍感な愚か者に見えるのは、それが人間の実相だからなのではないか。

うつ病を雪原に例えたその人は、運良く生還して、
「あの雪は、とても静かにふりつもった雪は、美しくて、ただただ見ているぼくを死にたいような気持にさせて、現実にしか見えなかったが、ほんとうは、うつ病がなおってみると、美しさも、恐ろしさも幻影にしかすぎなかったんだよね」と述べていたが、恐ろしい疑問がひとつあって、はてしなく続く雪原こそが現実の世界の姿で、ときに花がさきみだれ、樹木が育ち、昆虫や動物たちが闊歩する世界のほうが、人間の、この世界を価値あるみなそうとする強い気持ちによる幻想なのではないか。

うつ病の人間が苦しみのなかで見ている世界こそが、世界の正しい姿なのではないだろうか?

HURRY UP PLEASE ITS TIME

という言葉を詩人が選んだのは、実は、それが売春宿の主人が客をせかす、決まり文句だったからでした。
この世界の卑小さと滑稽さ、死に向かってせかされてゆく人間たちの姿を、これほどうまく象徴した言語の使い方はない。

われわれは急かされて、十分な時間もないままに押し出され、まるでドアを出ながらシャツをズボンにたくしこんで、ジッパーをしめる男の品のなさで、誰も訪れることもない石板の下に急ぐ。

こんなはずではなかった、と考える。

人間の人生はいったい、なんのためにあるのか?
これは、なにか。
話が違うではないか。

Goodnight Bill. Goodnight Lou. Goodnight May. Goodnight.
Ta ta. Goodnight. Goodnight.

でも、ひとつだけ、聞きたいことがある。
いったい、神は、悪意以外もっていないのか?
善意の、どんな小さなかけらでもいいから、見せてくれないのは、なぜか。

そう考えながら例外なく不本意な死を死んでいく健康な人間よりも、あんがい、うつ病の人のほうが、世界を正しく見ているのかもしれません。

一面の雪景色に、ただ見とれて、そのまま、まどろんで、安らかに息をひきとるように。
風に溺れるひとのように。
苦しみのおわりに。

静かに。

(英詩は、すべて、T. S. EliotのThe Waste Landからの引用です)

Posted in Uncategorized | 2 Comments

死に至る病

遠くに住んでいると、いろいろなことが判らなくなる。
仕事ではロンドンとニューヨークとには、いつも連絡をとっているが、きみが知っているように、それだけのことで、そちらから訪ねてくるのでなければ、友達と会いもしないし、友人たちのゴシップや、夫や、妻や、息子や娘たちに消息を知りもしない。

もっとも、むかしでも、ほら、きみが冗談でhermitというあだなをつけたことがあったでしょう?
あのとおりで、子供のときから、ぼくは、知らない人とスモールトークをしたりするのは大好きだが、自分の来歴を知っている人とは、顔をあわせて話をするのが億劫な気がする。

どうしてだろう?
と自分でもときどき考えます。
以前は、世界が好きになれないからなのではなかろうか、とおもっていたけど、モニとめぐりあって、一緒に生活するようになってからは、そうではないのだとわかって、きっと、きみは大笑いするだろうけど、つまりははにかみ屋で、知っている人と会うことに気後れする、人見知りがひどい人間なのだと判りました。

だからメルボルンとオークランドを、おもいだしたように行ったり来たりするだけの、いまの生活は、とても性にあっている。

こっちの人が聞いたら、怒るだろうけど、
すごい田舎なんだ!
むかしから都会のメルボルンは別として、シドニーもオークランドも、21世紀に変わってからは都会になって、オペラでもコンサートでも、アクセスという要素を考えると、案外に「都市」としての条件を満たしている。
もしかしたら、メルボルンは、あんまり知られていないだけで、どこもかしこも安手のテーマパークじみてきた英語世界では随一の都会かも知れません。
マンハッタンなどは、うるさいことを言うと最後に行ったときはもう、世界中の田舎からやってきて、「都会人」の役割を演じたい人たちと観光客で充満していて、観光客で爆発しそうでも、まだしも観光客と地元人の区別が明瞭なパリやバルセロナとも、また違って、頭のなかの「都会人」を精一杯演じるイナカモンの町で、目もあてられないことになっていた。
そういったことを勘案しても、田舎は田舎で、水曜日の午後に、見晴らしのよいペントハウスで、テレビでよく見る顔や、映画世界の大スター、あるいは高名な小説家やプロデューサー、そこにいる人間の半分のタイトルがミスターやミセスでない、あの軽薄で思慮を欠いた、しかし目もくらむような世界は、ここにはありません。

それでも、もう、この程度の田舎のほうが気持が落ち着いていいかもしれない。

プエルトリコ料理の、例の、La Taza de Oroが観光店化して、その次には、あっというまに68年の歴史を閉じて閉店して、なんだか、ニューヨークに戻る気も失せてしまった。

あれほど好きだった、ぼくの、Rubin Museumに近い思い出がいっぱいつまったアパートも、いまはひとに貸してしまいました。

そういえば、モニさんのパークアヴェニューのアパート、口実をつくって見にいってくれてありがとう。
モニさんの母親は、ああいうひとだが、18世紀美術への強い偏愛があるので、心配していたの。
ご自分が住むことに文句はないけど、あんまり調度や美術品を変えられると嫌だなあ、とモニさんとふたりで笑って話していたので、安心しました。

そういうていたらくなので、Kさんが自殺したニュースも、ツイッタのタイムラインで見たんだよ。
前から、depressionで苦しんでいるのは聞いていたけど、そんなにたいへんだとは知りませんでした。

「そんなにたいへんだとは知りませんでした」とは、きみと違って友達というわけではなかったぼくであっても、なんだか、ずいぶん陳腐で冷淡な言葉だけど。

あっというまに、いろんな憶測がでまわって、どんな友達だか疑わしい、「友達」たちが、根も葉もないことを述べていて、人間という生き物の残酷さ、浮薄、救い難い罪の深さを思いました。
きみとぼくと、共通に知っているひとたちが、怒りをこめて、Kさんは金銭的には成功の絶頂にあって、家族にも友達に愛されていて、ただdepressionという病にまけて、闘病に敗北して死んだだけだ、ほかに理由はないのだ、とSNSを通じて述べているのを読んでいました。

depressionという病には、社会的な特徴もあって、善良で、ただ他の人や社会に対して良かれとおもって暮らしてきたひとたちに取り憑いて、その生命を奪ってしまう、という特徴があるとおもう。

きみとぼくの共通の友人でいえば、CもNも、どんな皮肉な人間でも偽善家とは呼び得ないくらい、無私で、善良なひとびとで、私財をなげうってアフリカのひとびとを助けたり、馴れないマイクロクレジットの金融業を始めて、ぼくのところにまで、なんども教えてくれと訊きに来たりして、ただもう自分達が恵まれた家に生まれついたことを、どうやったら不運に生まれついたひとたちに役立てられるかと考えているような人たちだった。

depressionは、どんなにたくさん真の友達に囲まれているひとたちに対しても、たったひとりの、孤独な戦いを強いる。
いまだに誰にも、ほんとうには判らない理由で取り憑かれてしまうと、その瞬間から神の悪意のターゲットにされたひとびとは、自分が無価値な人間だとしか考えられなくなることや、ひどくなれば、呼吸ひとつするにも巨大な努力を必要とする、あの、人間であることの重力が突然数倍になったような、重たい、抑圧された、なにかがいつものしかかっているような感情と、たったひとりで戦わなければならなくなる。

“the death of K… is a very good reminder that just because someone seems to “have it all” does not mean that they do not fight battles behind closed doors. Always be kind, you never know what people are going through.”

と、twitterで、Megという人が述べている。

ほかにも何百というひとたちが、Kさんの死に関連して、「kindness」ということを述べている。

素晴らしい幸福そうな微笑を、きみやぼくに見せてあうたびに幸福な気持にさせてくれるひとたちが、内心で、どんな苦しみ、というよりも「自分が無価値だと強く思い込む気持」と言ったほうがいいのか、を抱えているかは、誰にもわからない。
想像もつかない。
だから、せめて、他人に接するときにはkindnessを失うな、と、たくさんの声がインターネットの空間に木霊している。

きみは、ぼくが日本語を少し判ることを知っている、数少ない友達のひとりなわけだけど、例えば日本のひとたちは、この点で、無思慮にすぎるかもしれない。
彼らは教育程度は高いのに、まるで教育をまったく受けたことがないひとのように、お互いに対して、悪意に満ちた態度をとるのが習慣になっている。

おもしろいんだよ。

そういう経緯は、例えば、きみがラフマニノフを好きだとするでしょう?
そういうときに、日本語では
「ラフマニノフも情緒的に流れて、通俗であるにしかすぎないところはあるが、やはりメロディは美しい」というふうに言わないといけない。
盛大に、手放しでほめてはいけないんです。
どうやら、きみやぼくが無思慮にやっている、盛大に手放しでなにかを褒めるようなことをやると、日本語文化では、バカだとおもわれるらしいことにあらわれている。

日本の町で、知らない人と目があうと、習慣で、英語人はニッカリ笑うけど、日本人はちょうどカタロニア人やなんかと同じで、にこりともしません。
それどころか「なんだ、こいつ」とばかりに、にらみつけられたりする。

韓国と日本は、ポーランドにつぐ自殺大国として有名だが、理由は、そういう社会の細部、小さな習慣にあるのかもしれません。

実は、(なんで、そんなことを、と訝るきみの苦笑する顔がみえるようだけど)この手紙の下書きを日本語で書いているのだけど、そのせいで、ちょっと頭が日本語のほうに傾いているかな?

Eurithmicsの、きみとぼくが共通して好きな歌に、
I’ve got a lifeというのがあるでしょう?

あの歌のリフレインは

I’ve got a life, though it refuses to shine
I’ve got a life, it ain’t over, it ain’t over
I’ve got a way, it’s the only thing that’s mine
All I’m asking for is tenderness, tenderness

という。

tenderness kindness
それは、どれほど、大事なことだろう!

自殺者数の統計をみているとね、もちろん統計というのは、専門のきみがぼくなんかより百倍もよく知っているとおり、一定の知識がある人間がみるのでなければ、なんの意味もないと言ってもいいていのものなのだけれど、それでも一見してわかるのは、
もし、親切な人間の数を数えるような、そんな統計があれば、世界のなかでも上から数えたほうが早いくらいの、ポーランドや韓国や日本の、心底では、とても親切な国民性のひとびとの国が並んでいるのは、ぼくみたいな人間でもわかるが、考えてみると、こういう国のひとびとは、アングロサクソン式の「見せかけの親切」を嫌って「一見、無愛想だが真情からくる親切」を尊ぶ国の排列そのものです。

いっぽうでは、社会に充満する人間関係のストレスから考えて、どうやって考えても自殺者数のトップに位置しそうな連合王国は、なんだか、ずっと下のほうにある。

なにを意味しているのかは明らかで、「表面の親切さ」が、人間が世界を信頼して暮らしていくには、「一見、無愛想だが真情からくる親切」なんかよりも、ずっと重要なのだよね。

きみは人間が聡明なので「それでは人間が根源的に世界に絶望しているということになるではないか」というだろうけど、多分、それはほんとうに世界の実相なのであるとおもう。

さっきのI’ve got a Lifeにも出てくるでしょう?

Ooh, it’s a cruel place, you never asked to be here
Nobody cares and no one’s gonna help you now, oh no
It’s dog eat dog, the human race
The only thing they’ll do is hate you, hate you

人間を30年もやっていれば、誰にでも心底から納得されることは、
世界は冬のゴミ捨て場のような場所で、dog eat dogな場所であるに過ぎない。
希望などはナイーブな人間だけが持つのでしょう。

だが人間性を信頼している「ふり」をすることは、どれほど重要であることか!

せめても、人と会えば、考えうる限りに親切にして、やさしい言葉をかけて、
余計なことを言わないように心がけて、微笑みを絶やさないでいるようにすることが、きっと、いまの、このはてしのない荒野に似た世界に生きている人間にとっては、特に、大事なことであるのだとおもう。

きみが、ふと思いついて口にした、「あなたは、なんて素敵なひとだろう」というひとことで、自殺をおもいとどまるひともいるかも知れないのだから。

Posted in Uncategorized | 1 Comment