変わりゆく英語世界

時がたつにつれて、トランプ大統領の誕生は、少なくとも英語人にとっては「アメリカン・ドリームの死」と受け取られているのが明白になってきた。
ウォール街のゲートキーパー、ヒラリー・クリントンを嫌ってドナルド・トランプに投票した結果がトランプ大統領の誕生なので皮肉だが、政治では、憎悪のあまり反対の主張をもつ候補に投票した結果が、正気を欠いたドアホな選択になるのはよくあることなので、ものごとが生起する仕組みとして、判らなくはない。

連合王国のファラージュなどは、オチョーシモノらしく、やったあ、これで英語圏は続々と白人至上主義になって、もっともらしく経済やインフラストラクチャへの負荷を理由に、他文化圏からの移民しめだしに動くぞと算段して、毎日、あの下卑た大口を開けて笑いころげていたが、あにはからんや、カナダの可愛げのない御曹司トリュドーは軽蔑の色を隠さず、トランプたちが期待した、期待される資質十分のオーストラリアのターンブルも、まったく同調してくれなかった。

個人的にバラク・オバマの友人であって、選挙中から公式の席でもトランプは嫌いだと述べていたニュージーランドのジョン・キーは、もちろんで、ジョン・キーの盟友で、首相をついだビル・イングリッシュも、トランプへの敬意はまったくもっていないのが、歴然としていた。

多分、本人にとっては予想外の孤立のなかで出発したドナルド・トランプの思想的影響力にとどめをさしたのは、意外なことにフランス人たちで、マリールペンをゴミ箱に捨てて、本質的に極めてフランス的なエリートであるエマニュエル・マクロンを選ぶことによって、フランスの誇りを取り戻してみせた。

われわれは、みなフランス人たちに対して自由社会の産みの親としての強い敬意をもっている。
難産で、自由を産み落とした母親自身は生き延びられなかったが、フランスこそが現代の自由主義社会を産みだした国であることは、誰でも知っている。

マクロンの勝利が決まった夜、「よく頑張りましたね」という調子のイギリス人のインタビュアーに「あなたたちに自由主義を教えたのを誰だとおもっているの?
わたしたちフランス人ですよ!」と誇りをこめて、愉快そうに、高らかに述べているおばちゃんのことを、わしは一生忘れないだろう。

ドイツのチャンセラー・メルケルが臆せず堂々と述べてみせたように、ヨーロッパはトランプの頭の悪さと無責任な人格のせいで、安全保障上の危機に瀕している。
ヘビよりも残忍さと狡猾さの点でたちが悪いプーチンの腕を縛り上げていた縄をトランプが、ほいほいと、と形容したくなるような軽薄さで緩めてしまったからで、
トランプにとってはニューヨークのパーティ会場で出来たお友達たちが出身してきた遠い北の寒い国にすぎなくても、欧州にとっては現実の脅威であるロシアに対して、自分たちだけで対峙して身構えなくてはならなくなったが、引き替えに、欧州は再び自由の灯火として世界の人間が仰ぎ見る位置に登ろうとしている。

欧州の文明が、さまざまな文明史家、哲学者、歴史学者、文学者、詩人たちによって死を宣告されたのは1919年のことだった。
グレートウォーを通じて、欧州がそこに至るまで営々と築いてきた文明は、物質的にも精神的にも隅々まで完全に破壊されてしまった。

奇妙だが判りやすい例をとると、戦争の始まり、ピストルの撃ち合いに始まって、すぐにライフル、機関銃とエスカレートしていった空中戦の終わりには、イギリス・フランス兵とドイツ兵は、ほとんど必ず相手の顔を見にもどって、手振りで挨拶して、お互いへの敬意を表してから銘々の基地に帰るのを習慣とした。

1917年になっても、まだ、リヒトホーヘンの第1戦闘航空団は、リヒトホーヘンとフライングサーカスと呼ばれた、わざと目立つように赤や黄、原色の色とりどりの塗装をほどこした戦闘機に乗って、ほとんど「空の騎士団」の趣を呈していた。

しかし、もうこの頃には、地上では、後の第二次世界大戦と較べても、遙かに悲惨な、人間を殺傷するものなら何でもありの、人間の精神の限界を試すような戦闘が繰り広げられていた。

個々の人間の思惟や嗜好、志操の高さなど問題にしない文明という鋼鉄の爪が、人間性そのものを引き裂いて、戦場をのし歩くようになっていた。

やがて空でも、儀礼もなにもわきまえない「勝てばいいじゃん」「空の騎士なんて気取るのはくだらない」のカナダ人たちがやってくると、空中戦も文明から文明への変化に呼応して、無慈悲なものになってゆく。
リヒトホーヘンがカナダ人やオーストラリア人たちが見守るなかで戦死するのは1918年4月21日のことです。

欧州文明が、普遍性を失って、さすらい始めるのは、だいたいこの頃のことで、代わってアメリカが自由社会のチャンピオンの階段を駆け上がってゆく。

アメリカが産みだした文明の特徴は、まず第一に圧倒的な物質的な冨で、日本の人でいえば、山本五十六という、あとでアメリカを相手に真珠湾襲撃という、相手をあっといわせてひと泡ふかせるだけで、戦略的には殆ど無意味な作戦を指揮したひとは、ニューヨークの下町で、ビールを一杯頼めば、見渡すかぎりの食べ物が無料であるのを発見して、「こんな国と戦争をするのは絶対にダメだ」と肝に銘じたという。

このあとも、ほとんどまるまる一世紀のあいだ物質的繁栄を継続することによって、アメリカ人の「豊かさ」によって形成された精神は、国民性になって、それはどういう感じのものであったかというと、まだわしガキの頃は、田舎に行くと残映が残っていて、例えばシャンパンというイリノイの田舎町に行くと、歓迎の宴がひらかれたレストランで、1kgのステーキの固まりがテーブルに並んだめいめいの前に置かれる。もっと異様な感じがしたのは、イギリスならば一枚か二枚、そっと手にするソビエを、女のひとや子供たちも含めて十数枚わしづかみにして、使うことで、おまけに、なにしろオントレーもなにも巨大な量なので、レストラン中の人間が半分も食べられなくて、どうするのかとおもって見ていると、ドギーバッグもなにも頼まずに、ばんばん捨ててしまう。

いまは、もちろん、環境保護運動や、食べ物を大切にしましょう運動で、まったく異なるが、1990年というようなその頃はまだ、田舎にいけば、「アメリカ的気分」というのは、自分が必要とする量の二倍も三倍もモノを獲得して、過剰な物質にひたりきって、しかも価格など考えないで、どんどん手に入れる、というようなのが「アメリカ文明」の気分だったと思います。

一方では、それとまったく対照的な清教徒的な質素さは、カンザスやなんかに集住していた北欧系移民たちが強く保持していたが、アメリカの、はっきり言ってしまえば「醜い冨」は、もともとアメリカ文明の基盤をなすものだった。

そのなんともいえない卑しさに満ちた物質的繁栄の沼地からドナルド・トランプは現れて大統領になった。

よかったのは、トランプの「白い人がいちばん」の、幼稚で、しかし危険な気分がアメリカの外へ広がっていかなかったことで、連合王国は、多分、左側のポピュリストであって、わし友にいみじくも「結婚詐欺師みたいなやつ」と評されて、わしを大笑いさせたコービンに引き摺られる政治的な痴愚化が起きていることをみても、どうやら経済的な繁栄の終わりの始まりに立っていて、これからまた長い国有化とストによって停止する生活活動と、移民に対する敵意を隠匿した居心地がわるくなってゆくコミュニティの坂道を、ゆっくりとおりてゆくに違いない。
もともと人種差別的な傾向が強い社会なので心配されたオーストラリアとニュージーランドは、トランプが、両国の国民が抱いている「醜いアメリカ人」そのままの人格であることが幸いして、返って、反面教師になって、ほんとうは移民をしめだす機運だったのが、「ああなってしまっては、どもならん」で、冷静さを取り戻している。

もっとも、もともとのお国柄がお国柄なので、口にしないだけで「アジア人は死ぬほど嫌い、無条件に嫌い」な人は相変わらず多いのは判り切っているので、これが反移民運動になって爆発すると厄介なので、もっかは、数年というつもりで、主にアジア人の移民を制限することを目的とした厳しい移民資格制限を設けている。

英語圏はどこに行こうとしているのかというと、国家としてのアメリカは暫くどんどんダメになってゆくかもしれないが、多分、90年代の「ブロークンイングリッシュ文化」に始まったマルチカルチュラル社会が飽和に達して、それに対する悲鳴とでもいうような白人至上主義と国境主義の巻き返しが起きて、これから十年二十年という時間をかけて、いまの、まだこなれない多文化社会を定着させて、なんとか消化して、この平衡を保とうとしていくに違いない。

だいたい、普段の会話では、欧州、豪州を問わず、いまくらいの多文化配合でちょうどいい、というひとから、ちょっとアジア移民やアフリカ移民が多いかなあ、でも自分の生活の範囲では気にはならんね、このくらいは多文化社会をめざせばやむをえないだろう、くらいの広がりで、以前に較べると、「もっとどんどん移民をうけいれるべ」という人はいなくなった。
一方では「移民を追い出すちまうべ」というほうは、極右の怒号としては聞こえてくるが、こちらも普段の生活では耳にしません。

クルマの世話をよくお願いする腕のいい整備工のおっちゃんが、「自分のことしか考えないアジア人たちには我慢ならないねえ。あいつら永住ビザがあったってなんだって、犯罪を起こしたりすれば、どんどん追放して国に送り返せるようになってくれないと、不公平だとおもう。そう、おもわんかね、ガメ?」というので、
「2007年から法律が変わって、もうそうなってるみたいよ」と述べると、あらま、っと云うような顔をしていたくらいがゆいいつで、案外と淡々と暮らしています。
肌の色を問題にしていない、というよりも、気にしてない、いないことになっている、という人も少なくはない。

自分自身についていえば、新しい世代の移民が増えて、食べ物がチョーおいしくなって(←こればっかり)、経済は活性化されて、いままで、のおんびりだった欧州系人もシャカシャカと働くようになって、もっと移民にどんどん来てもらえばいいんじゃない?とおもうが、ま、正直に述べて、わしはチョー少数派で、意見を述べるたびに、「また、ガメはあんな無茶苦茶をいう」という反応でしかない。
そーゆー因循旧弊なことでどーする、とおもうが、人間には肌でなじんだ社会というものがあるので、やむをえないといえばやむをえない。

よく、「ガメ、そんなことばかりいうが、きみは90年以前の、あの、人間のぬくもりがあって、やさしい感じのするロンドンがなつかしくはないのか」と言われるが、幸福な子供時代を与えてくれた、みなが気心がしれていて、おとなたちの笑顔にあふれた昔ロンドンはたしかになつかしいが、そんなもん、いまさらグダグダ言ってても、お亡くなりになってしまった社会なんだからしょーがないじゃん、と考える。

日本語なので、こっそり言うと、オークランドやメルボルンでなくて、クライストチャーチを溺愛していたのは、あの街は実に20世紀の終わりまで昔のイギリスのあたたかみを残していたからだけど、英語では、たとえ口が裂けて、「わたし、綺麗?」のおばちゃんになっても、そんなことは言いません。
このあいだ、あのでかいマスクをした女の人は、貞子ちゃんとおなじ映画のキャラクタだとおもっていたら、ツイッタで相手と話がぜんぜんあわなくて、調べてみたら実在の人で、むかし話題になったようだが、それは閑話休題ネタであるとして、
わしは、こっそりクライストチャーチでイギリスのぬくもりを、ずっと後まで堪能したので、もういいのです。

じっと見ていると、ごく自然に吐き気がこみあげてくる、トランプの、これ以上ないほどの醜い顔と表情をみながら、このくらいなら、英語世界も、まだもう4.50年は保つかもな、とひとりごちてみる。

この次にくるのは、多分、「外国語としての英語で築かれた世界」で、その頃にはナイジェリアをはじめとして、世界に広がりはじめたアフリカ文明人が、バントゥに引き継がれて、「アフリカの世紀」がやってきていることだろう。
そうして、その揺籃は欧州であるはずです。

その理由や歴史的な必然性については、また、今度。

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ガメ・オベール人格

くだらないことをおぼえているのねー、と感心することがある。
くだらないこと、と言っては悪いに決まっているが、わしが書くブログは、現実については、ほとんど脚色なしで自分の身に起きたことを書く(そうでなくて、あれだけの量のお話がつくれたら正真正銘の天才である)ので、当然、細部は変えてある。

最近の数年は、ほとんどモニさんと一緒に時間を過ごすので、ときどき、この挿話は、こっちの記事ではモニさんの身に起きたことになっているが、こっちはガメさんの身に起きたことになっていますね、となかよしのお友達が言ってくることがある。
効果覿面、というか、そういう重複記事を書くと、一回に5,6人は来ます。

ふっふっふ、見たな、と考える。

昨日の「死語」
https://gamayauber1001.wordpress.com/2017/06/17/leukemia/

の場合だと、こーゆー、3年前の記事「阿Q外伝」(←「阿Q正伝」のダジャレ)
https://gamayauber1001.wordpress.com/2014/11/05/q/
があって、「こっちだと、モニさんになってますね」と、むかしからのお友達が書いてきた。

長いあいだブログを読んでいる人は、当然、こういう例が無数にあることに気付くが、前から何度も説明してあるように「これは特定を避けるための約束ごとだったな」と判っているので、笑っているだけです。

 

ときどき頭が悪いトロルおっさんたちが鬼の首でも取ったように吹聴して歩くらしいが、バカな人はバカなので、もう相手をしてあげるのも業腹であるし、またあらためて説明するのもめんどくさいというか、第一、むかしは「おまえの家を探し出して門の前に隠しカメラを設置してやる」とか年中いってきていたトロル対策として気を付けるために始めたのに、トロルにトロル対策なんです、と述べてもおとなしく聴いてくれるわけがない。

細部を変える方法がない、例えば自分が出た大学のことなどは、だから初めからいっさい書かないことにしているが、蛇の道は蛇、おそろしいもので、むかしアカデミアの人に図星を言われて、ぶっくらこいてしまったことがある。
このときは、どうも、酔っ払って自分の大学を「コメディアン養成所」と書いたのがまずくて、イッパツでピンと来たものであるらしい。
出身大学に関係があるわけでもない日本の人なので、たいそうぶっくらこいてしまったが、念のためにいっておくと、マジな俳優も輩出してます。
ま。全体の傾向からいうと歴史的には無職者大量養成所ですけど。

いまでは筆名化しているが匿名にしたり、ビミョーにディテールを変えて誤魔化したりしているのは、単にゲームブログの昔から、そうしていて、いまさら違うスタイルにするのがめんどくさいということもあるが、なんだかそうしているうちに日本語のなかに「大庭亀夫またはガメ・オベール」という別人格が出来上がってしまったので、それでいいや、というか、日本語が実人生に干渉しないためには、そっちのほうが都合がよい、という発見をしたせいもあります。
書き出した頃は意識しなかったが、何年も経って、実人生とブログに記録される日本語版自我である大庭亀夫とのあいだに、かなり乖離が生じていなくもないいまになると、なんとなく、現実の可愛げがなくえばっている自分よりも、日本語のブログに記録される、ほんとうの姿であるが、描線が、ややマヌケな自分のほうが自分として好きなのでなくもない。

羞じらいもなくいうと、自分の一生は、物質的にも精神的にもうまくいきすぎていて、五分に一度は木に触ればならないほどで、労働は自分がどうしてもやりたいときにやればよくて、投資の方針が図にあたって、財産は増加する一方になり、リスクの係数がゼロに近付いているのに、勢いというものは怖いもので、ニュージーランドだけで税金を払うのは名前が広く知られてしまうという点で都合がわるくなった。
母親に似て、なんだか妙に生真面目な、この世の生き物だとはおもわれないほど美しい子供がふたりいて、天人にも五衰があるはずなのに、容貌と容姿とが一向に歳をとっていかない不思議な伴侶がいる。

おとなになるというのは、こういうことか、というか、昔すべりひゆたち古い友人に対してよく冗談で述べていた「温厚で成熟したおとな」になって、若い時にはおとなになると退屈なのではないかと思っていたが、まったくそんなことはなくて、朝起きてから、よし今日はこれとこれとこれをやって遊ぶぞと決めて、あるいは、なああああんにもしないぞ、と決めて、夜まで、あっというまに時間が経ってしまう。

日本語で考えたり、書いてみたりすることも遊びの一部に定位置を占めていて、他のことをやりながら、ときどき日本語世界をのぞいて、書き込んでみたり、他人がやっていることを眺めてぼんやりしていたりする。

最近は日本の人への親切心がゼロに近くなって、またしても羞じらいもなく述べると、ここまで来てしまったのは自業自得やん、さんざん人が心配して述べたことを嘲笑しておいて、いまさらなにゆーてんねん、どうでもいいや、とおもう気持ちが抑えられなくなって、おもしろげでなさそうなこと(例:共謀罪)は興味もなくて読みもしなくなったが、文化上のことや、食べ物や、日本語世界独特の、ちょっと壊れたような情緒が視界にはいると、ゆっくり相手をして遊ぶ。
そういうことになると、日本はまだまだ面白い文化をもった国で、へえええー、と思ったり、おおおおーと思ったりで、奇抜で、見ていてなんとなく嬉しくなってしまうようなことがいまでもたくさんあります。

英語のほうの人格はというと、もうほぼ固まりかけて来ていて、育ちがよくて裕福なおっちゃん(←自分で言っている)というか、家事は他人まかせ、仕事はどんどん有能な他人に割り振ってスカイプであれこれ話をしているだけで、ときどき、あちゃあ、なことが起きるが、なにしろ仕事の仲間のひとびとは、極端に頭がきれるひとびとばかりなので、あっというまに解決されて、どうしてこの状態で自分がボスなのか、まあ、帽子みたいなもんかと思ったりして、仕事は仕事で、どんどん成長していく。

そもそも就職したことがないのでCVは書いたことがないが、神様に「自分が得意なことを書きなさい」と言われたら、「うまくいっていることに倦まないこと」と書くのがよいのではないだろうか。

膨大な、と言ってもよいエネルギーと時間とオカネとが、主にモニさんの管理によって、貧しいひとびとや、人生ののっけから運が悪かった子供、クソッタレな人間に飼われてぶち捨てられた犬や猫、というようなものに注ぎ込まれているが、不遜なことをいうと、ときどき、人間の一生って、このていどのものなのか、とおもうことがある。

人間の一生なんてたいしたものではない、たいていの人間にとっては片手間で一生の成功などは達成できる、そんなものに夢中になるのはくだらない人間のやることだというのは家訓のようなものだが、ではどうすればいいか、という苛立ちは、イタリアまで娼婦のあとを遙々追いかけていった先祖のおっちゃんでなくても、わしでも持っている。

ダメな人間に、なぜ彼がダメであるか言って聞かせるのは、無駄というものだが、ダメな世界に、なぜ世界がダメなのか解き明かしてみせるのも、結局はムダな努力なのではないか。

子供の時にはモンテーニュの一生は、なかなか魅力があると考えたが、あるいは気まぐれを起こしてハーレーに見せないままで引き出しにプリンキピアをしまったままのニュートンの一生は良いかもしれない、と考えたが、人間の一生は有限であることによって永遠を憧れすぎるという欠陥を持っている。

永遠をみないことだ、と詩人は述べたが、あれは永遠が眩しいからではなくて、永遠がもつ価値は有限がみせている幻想にしかすぎない、と述べたのだといまさらになって気が付きます。

夢のなかで、霧のなかから忽然と現れた自分自身に「きみはいったいどこへ行くのかね?」と問うと、なぜ判らないのか、という顔で、「過去へ」と言う。
それ以上は問わなかったが、もし問うていれば、夢の中の自分は、未来というものへの深い軽蔑を語って聞かせてくれたのかもしれません。

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死語

自分を説明する、というようなことはしたことがない。
特にまわりが自分のやることを誤解したり理解できなかったりして、大騒ぎして責め立てるようなときがそうで、日本のひとなどは、そういうとき、謝れ、謝れの大合唱になるが、謝る理由がないのに、謝る必要は感じない。
それは何が起きているかが理解できないきみらの問題で、ぼくの問題じゃないよ、もっとしっかり考えてみればどうか、とおもうが、
そんなことを言うとますますたいへんで、日本語世界では、こちらから見ていると「ネットを挙げて」という勢いで非難の大合唱になるのがわかっているので、ほっぽらかしにする。

投げやりにみえるかもしれないが、この方法は案外よくて、説明も弁解もしないので、自分の頭で考えてわかる人しか残らないので、英語でも日本語でも、真の友達だけが残ってゆくという利点があります。

日本語の場合は特徴があって、藤沢のスーパーマーケットでチーズを物色していたら、わしの手をおしのけて自分の手にとってみるおばちゃんがいる。
いちどならず二度三度と押しのけるので、失礼に耐えかねて手を払いのけると、
「ガイジンさんて、こわいわねえ、わたし、手をたたかれたわよ!」と友達に述べている。

雛形というか、こういうことが原型で、再三再四、集団でニセガイジン呼ばわりして、マンガ的なことに、自分ではどうやら「本格的な英語読解法」とでも思い込んでいるらしい、日本の大学受験の便宜につくられた「構文解析」を駆使して、わし英語がインチキであると証明したと触れ回っている人がいる。
このひとなどは、では、対象の現代英語用法を持ち出しては、露骨に受験でこときれてしまった人生の、この人の馬鹿っぷりがわかって気の毒なので言わなかったが、例えば短い表現でもロバート・オッペンハイマーが引用したことで有名になった
“Now I am become Death, the destroyer of worlds” みたいな英語表現は、どう「構文解析」するつもりなのだろうと可笑しかったが、このひとのこそこそとした陰口で、ああ、日本人だなあ、とおもったのは、どうやら敵わないと観念したらしいところで、
「しかし、英語人が相手の英語をくさすようなことを言うことはありえません」と講釈をたれはじめたことで、自分で失礼なことを述べておいて、なんとも言い返せなくなると、相手が失礼なことを述べかけたようなことを言い出すのは日本人の特徴である気がする。

残念なことに、日本の人は、くやしさのあまりだかなんだか、名状しがたいほど卑しい態度を示すことが多くあって、おなじように議論してみる相手の中国人やインド人と較べると、そういう表現をするとまた逆上するのが判っていても、明らかに劣っている。

日本語という言語全体の地盤沈下は、目を覆いたくなるほど、といいたくなることがある。
わしが日本語に興味をもったのは、まず第一には、子供のときの、親切で豁達な日本のおとなたちに囲まれて暮らしたパラダイス体験が理由だが、もし「細雪」や「俊頼髄脳」、芭蕉や北村透谷がなければ、日本語に「子供のときに楽しい思い出をもった国の言葉」以上の興味をもつことはなかっただろう。

過去に偉大な文学をもった言語はいくつもある。
ところどころ偉大な作家を輩出した言語もいくつかある。
でも11世紀初頭というような時代に、長大で、複雑で、入り組んだ、人間の手に負えない人間の心理を表現した小説を生んで、そこからほとんど絶え間なく、現代のいまの瞬間まで普遍性を感じられる文学を生み続けた言語は、数えるほどしか存在しない。

日本語に興味をもった最大の理由はそれで、すぐれた文学を生み出しうる言語は、必ず、その民族の血のなかに分け入っていくだけの価値がある言語だからです。

いっぽうで、ときどき、主にインターネットや新聞メディアのようなものを眺めていて、日本語という言語は寿命がつきたのではないかと思う事がある。
日本語との付き合いは10年になるとおもうが、この10年、日本語世界で語られてきたことは堂々巡りとしか呼びようがない議論で、北に十歩行けば、南に十歩行き、東に八歩行けば、西に八歩もどる。
言い方を変えれば右往左往で、その右往左往を支えているのは、日本語に瘴気としてたちこめる独特の語法で、ただ「日本人は、ゼノフォビックなのではないか」と言えばいいものを、「もちろん、そうでない日本人もいるし、一概に言ってはいけないのは承知しているが、日本人のなかには外国嫌いが、少しいきすぎる人もいるのではないか」としか言えなくなってしまっている。

そういうバカみたいな言い方をしないと「日本人として一緒くたにするのは乱暴すぎる」「ぼくは違う」「暴論であるとおもう」といっせいに不快の表明がロジックの不備追究の形で始まるからで、見ていると、議論全体が、なぜ日本人だというだけで、そんな言い方をされないといけないのか、とか、私は日本人だが韓国人の友達も中国人の友達もいる、そんな言い方は酷いとおもう、というほうに、どんどん流されてゆく。

ほんとうは、「日本人は、ゼノフォビックなのではないか」と問いかける発言者と、その発言を聞く人間の集合全体にとって「もちろん、そうでない日本人もいるし、一概に言ってはいけないのは承知しているが、日本人のなかには外国嫌いが、少しいきすぎる人もいるのではないか」というようなレベルのことは当然のこととして常識として了解されいなければいけないのに、社会としてその常識を欠いているか、あるいは何らかの理由で常識を欠いている「ふり」をするせいで、議論がどんどん低劣なものになってゆく。

めんどくさくなってきたので、自分を例にして結論を急ぐと、なんだか英語が判るふりをして、ニセガイジンと囃し立てつづけてきたはてな人たちが、ニセガイジンと信じたとすれば、ほんとうの理由は、自分でいうのはさすがに、ははは、な感じはなくはないが、もしかすると、こちらが習得した日本語が彼らの目からみて「上手に過ぎる」からではなかろーか。
いっぽうで、実は英語が理解できないので、わし英語の評価ができなくて、英語を母語としない人間が書けるわけがない英語なのは、理解できないのであるとおもわれる。

(はっはっは、言ってしまった)

些末な例をだして話をしてしまったが、日本語全体が世界の現実から切り離されて、どこか、まったく架空な世界へ飛んでいってしまったような実感がある。
言語として、全体が無効であると感じます。

そのことには、自分に引き寄せていうと、どういう理由によって悟ったのか、この頃はトロルおじさんたちは都合が悪くなったらしく「おまえの英語はニセガイジン英語」は慌てて削除して、作戦を変更して、旧来の「反日ガイジン」に戻ったらしいが、日本をちゃんと見つめることなしに、まともな日本語を書けるようになるわけがない「質量のある現実」のほうは、どうでもいいらしい。
「自分は英語が英語人よりも出来る」という宣言だけで、英語が出来ることになって、わし友英語人たちの英語を「たいしたことない」「自分のほうがうまい」と述べるのに日本語でしか言えないことの不思議さを自分で意識すらしないところが、「宣言してしまえば、それが真理」の、いまの日本人の杜撰をあますところなく示していて、そうおもって安倍政権をみれば、なるほど、その手の国民が信任した政権だと、簡単に納得できてしまう。

日本語は現実の重みをまったく欠いた言語になって、放射能が安全だと屁理屈をこねれば、おどろくべし、俄に放射能は安全なものになって、中央銀行が市場にオカネを投下しまくるという「机上の繁栄」が、現実に日本の繁栄だということになってしまう、なんだか文字通りの子供だましの経済繁栄が出現して、いっぽうで、日に日に貧しくなる実際の生活は気のせいだということになってゆく。

ここでは詳述しないが、日本の社会の五衰の根源にあるのは日本語そのものの老衰であるとおもう。
言語が現実から剥離して、言語だけで自己完結する詭弁の世界に陥るという事態は西洋世界では古代ギリシャの末期が知られていて、その結果、古代ギリシャ諸都市はすべて滅びてしまった。
ローマ人たちが子弟にギリシャ語を必須として課しながらギリシャ人の考え方をまねることを厳禁したのは、そのせいでした。

近くは訓詁に凝った清代の中国や韓国がそうで、この二国は結局、当時は現実に密着した言語をもっていた欧州と日本に蚕食されていくことになった。

われわれが日本という社会に見ているのは、実は、「言語が死に瀕した世界」で、そのことは判り切っているが、それをどう当の死語の体系のなかで暮らしているひとびとに伝えればいいかというと、マヌケなことに「途方にくれます」としか言い様がなくて、なんだか曖昧な、ぼんやりした気分になってしまいます。

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ミナの誕生日に

もののけがいる
もののけが いて
よく見ると5センチくらい地面から浮き上がったまま 左足の拇指を、右足の拇指でかきながら
照れくさそうに Grosgrainの店先にたっている

おもいきっておおきな黒いリボンがついた黒い麦わら帽子をふわっとかぶってみる
違うひとになったみたい
と うっとりしている

Grosgrainの店先には
いろんなひとが来るんだよ
ネットの上にある店だから やましい心のひとには みえないんだけど

ひとだけでなく 精霊や動物たちもやってくる
ハイランドキャトルとエミューが 肩を寄せ合って店先を覗き込んでいる

この帽子は素敵だけど
ダメだな
ぼくの頭はちいさすぎる

わたしの頭はおおきすぎるし
角が邪魔でかぶれない

魂と魂がふたつの滝のように流れ込んで
ぶつかりあって きらきらと反射する
水のしずくが
ミナの
途方もなく透明な
不正をにくむ心の陽光のなかでおどっている
どんな画家にも描けない七色に彩られた
虹をつくっている

帽子屋さんなのに
政治に抗議して 駅のまえにひとりで立っているんだって
と 貘がいいにきたのは
もう3年前ではないかしら

貘とぼくは
人間には姿がみえないのをいいことに
ミナの横に立って
シロツメクサの花を編んで たすきにして
一緒に おおごえをはりあげたものだった

よろしく おねがいしまああああーす
この世界を助けてください
この世界は もうすぐ死んでしまいそうなんです
おねがいです
助けて

さて これから貘とふたりで
地獄の閻魔どんの家まで出かけて
6月16日生まれの前田ミナがやってきたら
ここはあなたの来るところではなくて
この炎の道をずっといった
突き当たりにあるエレベーターで
あがっていくと層雲があって 積雲があって
鰯雲をぬけたくらいのところの最上階に
神様達が宴会をしているペントハウスがありますから
まっすぐにそこへおでかけください
と言わせるように念をおさなければ

ミナがこの世に生まれてきたことは
なんていいことだろう

6月16日になると
神様も酔っ払って
ミナの頑固を祝福する

何年も枯れない花を愛でるひとのように

ミナ、@MinaMaeda、 誕生日おめでとう!
いえーい!

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ふたりの車夫

Tank Manという。
天安門事件のときに素手で学生達の虐殺と鎮圧に狩り出された戦車の車列の前に立って、戦車が回避しようと右に操舵すれば右側に動いて立ちはだかり、左に回頭すれば左に歩いてまた立ちはだかる。
戦車が茫然とした様子で停止すると、今度は戦車に飛び乗って、中の戦車兵たちと口論する。飛び降りてきて、また戦車の前にたちはだかる。

この間、終始、ひとりで、手にはなんの武器ももっていずに、武器をもっていないどころか、なんだかぶらりとやってきて、自分の生命など何ともおもわない態度で戦車を止めてしまったような印象の人で、いまだにどこの誰であったかわからず、その後どうなったのか、行方も知れない人です。

一部始終が動画に撮られて、日本のマスメディアだけは、「戦車が広場を離れるときに起きた事で、阻止の意味はなく、あんまり意味がない行動だった」、たいしたことではない、とくさして、いま見たら日本語wikipediaにもそう書いてあって、さすがは日本人と感心してしまったが、英語国民などは単純なので、その「さりげない」と言いたくなるほどの、静かな、でも圧倒的勇気、ケーハクに述べて、桁違いの人間としてのカッコヨサに痺れて、中国人なるひとびとは自分たちが内心バカにしていた自由の価値が判らない野蛮で礼儀知らずな人間の集まりなのではなくて、自由を求め、自由のためなら生命を捨てることも厭わない文明人の集団なのだということを悟ったのでした。
圧政政府と戦う自由主義者としての個々の中国人という、いま西洋人に広く行われているイメージは、この若者の孤立無援の勇気が嚆矢だったのではなかろーか。

後年、いまに至るまでビデオを観ながら「自由が奪われそうになったとき自分にはこれが出来るだろうか」と自問した若い人間は世界中にたくさんいたはずで、ぼくももちろん、緊張した面持ちで、自分の勇気を自分に尋ねて試す息苦しい作業を何度か繰り返すことになった。
人間の勇気って、すごいものだな、と少し突き放して考えたりした。

あるいは、Tears of a Rickshaw Driver というNicholas Kristofが書いたチョー有名な天安門事件レポートがある。

「1989年6月3日、わたしは北京のthe Avenue of Eternal Peaceに立っていた」とクリストフは書きはじめる。
天安門広場のすぐ脇です。

学生達は、もちろん、まだまだ先行きは長いものの、大幅に軟化した政府の態度の変化に喜びを隠せず、警察に感謝の言葉を述べたりして、一緒にいた市民たちとも、やがてくるとおもわれた自由社会の跫音に一緒になって耳を傾けていた。

そこに人民解放軍が突撃してきて、まず一団の学生たちを撃ち殺す。
銃撃されて血まみれになった同級生を救うために、多くの学生が駆け寄ると、また一斉射撃で叫び声をあげながら瀕死の学友の救援に駆け寄る学生たちを容赦なく銃撃する。

呼ばれて駆け付けた救急車にも銃撃を浴びせて救急隊員が負傷する。

一瞬で、文字通り血の海と化した通りに茫然とたちつくすこの特派員は、そのとき、ひとりの、汚いTシャツを着た、がさつな「高校も出ていなさそうな風貌の」人力車夫に気が付きます。

まわりの見るからに教育程度が高く身なりもいい若者達とは対照的な外見のこの車夫は、ところが、人力車の方向をくるりと変えて、兵士たちが擬している銃口の列のすぐ前に出て、傷付いた学生達を自分の人力車に乗せ始めた。
おれを撃てるものなら撃ってみろ、といわんばかりの行動。
誰もが車夫が撃たれて死ぬ姿を思い描いて、目をつぶりかけたとき、
他の車夫たちが、いまだに銃口を向けている殺気だった兵士の群を遠巻きに後退して眺めていた学生たちをかきわけて、傷付き、あるいはすでに生命を失った学生たちの身体を、自転車で引く三輪の台車に次々に並べていった。
引き金を引けずに震えている兵士達の目の前で踵を返して次々に負傷した若者達を車夫たちは運び去っていった。

Nicholas Kristofたち外国人特派員たちは、この彼らが「無教育まるだしで、粗野な」と文中で表現した車夫たちの、桁外れの勇気とヒューマニティにぶったまげてしまう。
そうして、それが「善を信じる魂」だけが演じられる勇気であることに気が付く。

あとで聞くと、居合わせた特派員のおっちゃんのなかには、あまりのことに、いいとしこいて泣き出してしまった記者たちもいたそうで、人間の善意がこれほど強烈なものだと、それまで考えたことはなかった、という。

最近、日本は善意志の存在しない社会だ、とぼくは何度も書くことになった。
慰安婦をめぐる強い悪意に社会全体が支配されているのでなければ起こりえない議論ともいえなさそうな議論や、お家芸というか、強姦を握りつぶす警察に業をにやして、意を決して自分の実名と顔を公開する形で強姦被害者が会見を開いてみると、「けっこう美人じゃん」「どうせ売名でしょう」という声が当たり前のように返ってくる。

「で、それをやるとおれはいくら儲かるの?」というだけが行動原理の基礎をなしているのだとすると、社会のたいていのことに説明がついてしまいそうな日本の社会を眺めていて気が付いたのは、日本の社会には善なる意志が存在しないことで、
妊娠後期に新宿の駅で倒れて失神したまま、30分を放置されていたアメリカ人や、事故で、舗道に倒れていて意識はあるが身体は動かせない状態で「頼むから、誰か手を貸して、わたしを 助けて」と祈っていたら、何十人もの人が知らぬ顔で通り過ぎたあと、やっとひとりの若者が自分のほうに向かって歩いて来て、ああ、ありがたい、これでやっと助かる、と思った瞬間、自分の身体をまたいで歩いてしまった、と後で、この人が日本人の感想を聞かれるたびにひとつ話に話して大笑いしていたようなことは、考えてみて、どうも日本の社会には「善」自体が存在しないからではないかとおもうようになった。
善なる意志が存在すれば起こるはずがない人間性の卑しさを手のひらに載せて相手につきつけて嗤ってみせるようなことが、日本語世界では、毎日のように起きていることに気が付いた。

そのことを日本語で述べてみると、「西洋社会とは異なって日本人は宗教をもたないから、あたりまえなんですよ」という声が最も多くて、あたりまえだから仕方がないんじゃないの?がいかにも日本で困るが、それとは別に、「絶対神の欠落=善の不在」と自分でもむかしは考えた意見をきくたびに、考えたのが、この事件の車夫たちのことでした。

説明がつかないのではないか。
中国にはキリストもマホメットもおらんのやで。

車夫、で思い出した人もいるのではないだろうか。

「一件小事」という有名な魯迅の文章がある。
小説とは到底呼び得ないような短い文章です。
初めて「A Little Incident」という、この文章を英語で読んだときには、名前のさりげなさのせいもあって、意表を衝かれて、おおげさにいえば、なんだか心理的な恐慌状態に陥ってしまった。

短いせいで、視界の端でよく理解できないものを見たような感じで、えっ、いまのはなんだったんだろう、と思って、もう一回読む。
二回、三回と読んで、息が出来ないような気持ちになっていった。

日本語では竹内好の訳で「小さな出来事」として、至る所にテキストがあります。

小さな出来事
http://www.ribenyu.cn/space-68561-do-blog-id-12415.html

魯迅が乗っていた人力車の梶棒に衣服をひっかけて、ゆっくりと老婆が往来に倒れる。
足を止めた車夫を見て魯迅は

「私は、その老婆がけがをしたとは思えなかった。それに、他に見ている者は誰もいない。だから車夫のことを、よけいなことをする奴だと思った。わざわざ自分の方から事件をこしらえ、おまけに私の予定を狂わせてしまうとは。」

と舌打ちをするような気持ちで考える。
気遣う車夫に対して「ころんでけがをした」と述べる老婆に対しては
「私は心に思った。お前さんがゆっくり倒れるところを、この目で見たんだぞ。けがなんかするはずがあるものか。狂言に決まっている。実に憎むべき奴だ。車夫はまた車夫で、よけいなお節介ばかり焼きたがる。好き好んで苦しい目をみたいというなら、よし、どうとも勝手にするがいい」

と苦虫を噛みつぶす。
まるで日本の人を彷彿とさせる正義漢ぶりです。

そのあとに続く文章は有名なものなので、少し長いが纏めて引用します。

「 車夫は、老婆の言うのを聞くと、少しもためらわずに、その腕を支えたままで、一足一足、向こうへ歩き出した。私が怪訝に思って、向こうを見ると、そこには巡査派出所があった。大風の後で、表には誰も立っていない。車夫は老婆を助けながら、その派出所の正面へ向かって歩いていくのであった。 私はこの時突然、一種異様な感じに襲われた。ほこりにまみれた彼の後ろ姿が、急に大きくなった。しかも去るにしたがってますます大きくなり、仰がなければ見えないくらいになった。しかも彼は私にとって、次第に一種の威圧めいたものに変わっていった。そしてついに、毛皮裏の私の上衣の下に隠されている「卑小」を搾り出さんばかりになった。 」

ここで魯迅が見たものは、誰もみていなくて黙っていればわからず、老婆のいうことが客観的には信用できるともいいかねる状況のなかで、「内なる善」と自分の行動を照らし合わせて、魯迅を恐懼させたことには、老婆とともに警察に自首するという破天荒な行動に出た「善なる魂」で、よく知られているとおり、この車夫が行ったことは、この後長く魯迅の心の支えになり、ひいては日本との苦しい壮絶な戦いを経て、自分たちの社会をつくっていった中国人たちの心の支えになってゆく。

そんなマヌケな、と呆れてしまう人も多いとおもうが、神が存在しなければ善も存在しえないという若い大庭亀夫先生の仮説には、真っ向から反証するふたつの人力車夫の例があったわけで、大庭先生は、ときどきワインで酔っ払うと、じゃあ、これ、どうするんだよ、どう考えれば説明がつくとあんたは思っているのかね、と自分に向かって悪態をついている。

取調室の机を調書の束でバンっと叩いて、「証拠はあがってんだよ!」と叫びたくなる。

考えるヒントはあって、神をもたない中国人は、しかし、間柄によって何が真実かが決まるような相対価値で出来た社会を持っていない。
そこには、彼らの先祖が言語を形成するにあたって仮構した「天」があって、「理」が存在する。
西洋社会に較べれば遙かに小さく狭小な「公」を利して、自分と自分の家族の幸福を願う
、自分を幸せにしようとする強烈な欲望がある。
世界は演繹的に説明されうるものだという硬い信念をもっていて、とにかく他人の頭を借りずに自分の頭で考えて観るので無ければダメだ、という中国人は、びっくりするような数で存在する。

いちどは日本語世界に求めた「神が不要な文明」は、実は求め先が間違っていて、中国語世界に求めなければならないものなのかも知れません。

もちっとマジメに中国語をベンキョーしなければ。

日本の社会に悪意ばかりが猖獗して善意が極端に少ないのは、なにかほかのことに理由を求めたほうが思考の筋道がいいのだろう、と考え始めています。

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自分の顔

戦後ドイツ人は自分たちがドイツ人であることのアイデンティティを「自分たちが戦時中にユダヤ人をシステマティックに集団虐殺した民族であること」に置き換えた。
「民族として、戦争中に行ったことを反省している」というようなことではなくて、自分たちが再出発するに当たっての自己定義をホロコーストに求めたのでした。

子供のときに、学校で、さまざまな国の反差別教育のドキュメンタリを観たことがある。
例を挙げると、8歳児のクラスで、ある朝登校してみると、いつもやさしい先生が
「今日から金髪で目が青いお友達は、窓際に固まって座ってもらいます」という。
ええええー、どうしてお友達と一緒に座っちゃいけないの? とびっくりする子供たちに、先生が「金髪で青い目の子供は、そうでない人間よりも劣っているのが判ったからですよ」という。
だから、教科書もおなじものは使いません。
授業も青い目のお友達たちだけ別の内容の授業にします。

自分たちが、なにも期待されず、なにも評価されない、教室のなかのお荷物になったのだと気が付いた金髪碧眼の子供たちは、だんだん元気を失っていって、一日の授業の終わりには目に涙をいっぱいためて、「ぼくだって、がんばればみんなと一緒にやれるのに、先生、ひどい。先生は、どうして、ぼくたちが嫌いなの」と哀しみに打ちひしがれてしまう。

もちろん、放課後に先生は皆に向かって、今日は人種差別を教えるための日だったこと、金髪でも暗色の髪でも、碧眼でも栗色の瞳でもヘーゼル色の目でも、人間は能力もおなじで、平等に機会が与えられないということは差別される側にとって死にたいと思うほどの苦しみであること、を言って聴かせる。

金髪碧眼の子供たちは、ほっとした様子で、でも観ていて子供同士ながら、「トラウマになるんちゃうか」と考えたりした。

一連の番組が紹介した授業のなかでも、最もすさまじかったのがドイツの14歳くらいの子供を対象にした授業で、自分たちの祖父の世代がいかにひどいことを欧州で行ったか、家を追い出され、家畜用の貨車に積み込まれて強制収容所につれていかれて、次々と虐殺されていくユダヤ人たち、しかも銃殺の手間と銃弾コストを節約するためにガス室をつくって「効率よく」殺していったこと、大量の死体がつみあげられた大きな穴、アメリカ軍が進駐してきて強制収容所の地獄絵図を観て驚愕して町の人間が詰め寄られたときに、「知らなかった」と言い逃れようとするドイツ人たちを「おまえは、この町中に立ちこめる屍臭に気が付かないというのか!」と述べてドイツ人たちを怒鳴りつけ、怒りのあまり銃床でウソをついて言い逃れようとした男たちを殴り倒す光景まで、これでもかこれでもかという調子で執拗に、自分たちドイツ人がいかに酷い民族で、どれほど悪魔のような行為を繰り返したかを教師が解説してゆく。

ひとりの女の生徒が耐えかねたように立ち上がって、「わたしがユダヤ人を殺したんじゃないわ! どうして、わたしがこんなものを見せられないといけないの!
不公平よ! こんなのが学校の教育であっていいわけがない!」と叫ぶと、教師が、ではきみはドイツ人ではないのか。過去におこなった犯罪を直視しないで、ドイツ人としての誇りを保っていけるというのか、と、観ていてちょっと怖くなるようなド真剣な怒りの表情で女の生徒がいうことを完膚ないまでに論破してゆく。
女の生徒が泣こうが喚こうがおかまいなしです。

どっひゃあーと思いながら、観ていました。

あるいは、このあいだ反ナチ啓蒙教育の現場を紹介するドキュメンタリを観ていたら、教室のなかには中東人たちも座っていて、インタビュアーが「なぜ白いドイツ人が犯した犯罪であるホロコーストについて、きみたちが学ばないといけないのですか?」と訊ねると、
「ぼくはドイツ人として生きていこうという選択をしたので、ドイツ人であるために必要なことは知っておきたい。ナチのユダヤ人虐殺は、だから、ぼくの問題でもあるんです」と述べて、こちらは、それこそ「蒙を啓かれた」ような気持ちになったりしていた。

アメリカではドナルド・トランプが極く平然と人種差別発言を繰り返している。
このひとは少なくともマンハッタンの社交の世界では誰がどうみたって人種差別主義者で有名な人で、これも白人至上主義的な体質で眉を顰められているアメリカのロシア・東欧コミュニティに入り浸って、「なにも創造はしないが狡く立ち回ってオカネを稼ぐのが上手なアジア人」の脅威や、どうやってこの世界に白人の揺るぎない優位を取り戻すか、茶飲み話にする人間であることは誰でも知っていると思います。

中国の習近平主席と会えば「立派な人物だった」と述べて見せて、安倍首相と会えば「安倍はいいやつだ、一緒にやっていけるだろう」と言ってみたりするのは、いつものその場しのぎで、誰がみても考えている事とは反対のオオウソをぬけぬけとつける、この人の最大の能力の発露である。
心の中では「アジア人? あんなネズミみたいなやつら、油搾り機にかけてぎゅっとしぼってカネを取ったら用はないよ」と思っているのは、別に特別に、あの醜い顔をした老人の心理について調べてみなくても、簡単にわかって、支持者ですらよく知っている事情であるとおもう。

この人種差別主義の権化のようなおっさんが、なぜアメリカの大統領に選ばれてしまったかという事情を考えると、なかなか面白くて、前にも何度か書いたように、ヒットラーの「アーリア人種」とかいう寝言を中心にした優生学的な人種差別主義主張は、実はアメリカが淵源で、ヒットラーはアメリカ人の人種差別理論の見事さにうっとりして、ドイツに輸入して実行したのに過ぎない。

ある物理学者への手紙3
https://gamayauber1001.wordpress.com/2014/06/20/odakin3/

アメリカ人は、ナチドイツを戦争で破壊することによって、自分たちは正義の側に立ち、ナチの敵なのだから人種差別の破壊者という、なんだか子供じみた理屈の「人種差別主義者の敵は反人種差別主義者」の単純な欺瞞を使って「正義の国」の演出に成功したが、ここで考えてみると、面白いことに気が付いて、
ナチを生んだドイツ人たちは、徹底的に自分たちの内なるナチズムを批判して、あまつさえ、反ナチを自分たちのアイデンティティとして戦後に再出発したが、当のヒットラーを感動させて称賛の声をあげさせたアメリカ人自身のほうは、ただのいちども自分たちの手で生みだした優生学的な人種差別主義を、社会として俎上に載せて批判的に検討したことはなかった。
アメリカ人の、気心のしれた白人同士で話している時は、想像を越えて、びっくりするほど人種差別的であるのに、気心が知れない相手や、まして有色人に聞こえることが判っている場では、えええ?とおもうくらいpolitically correctな発言に、恥も外聞もなく、といいたくなるほど徹底的に終始して、こちらが観ていて笑いを噛み殺すのがたいへんなくらいの綺麗事のオオウソを並べ立ててみせる二重性は、結局は、アメリカという国の人種に関しての歴史的な二重性から由来している。

連合王国は連合王国で、ヒットラーが政権にあって、最もぶっくらこいたのはイギリスが仲間になってくれなかったことだった。
イギリス人がドイツ人などより遙かに人種差別主義的であることは、当時の欧州では常識で、そのなかでも差別意識の総本山のようなチャーチルが首相になったので、アーリア人同士、仲良く他の人種をこきつかおうね、と持ちかけたのに、このウインストン・チャーチルという人種に優劣があるなんて当たり前でしょう、な、しかもイギリス人にとってすら鼻つまみの右翼じじいは、ドイツ人への差別意識を剥き出しにして、イギリスがイギリスであることに国運を賭けてしまった。
皮肉ないいかたをすれば、ヒットラーはイギリス人の差別意識の猛烈さを予測できなかった。

ナチ支持者のリンドバーグを熱狂して迎えたイギリス人たちは、ドイツ人がわれわれはイギリス人と兄弟であると述べながら、優越意識を持ち始めていることを敏感に嗅ぎ分けて、激しく抵抗して、そのあとの事情はアメリカと似ているというか、
え?ぼくが人種差別したって、あんた何いってんの?
アレクサンダーグラハムベル?フランシスゴルトンって誰?と言って戦後を過ごすことになる。

ところが批判されなかったものは必ず息を吹き返して社会にもどってくるので、ファラージュの、あの卑しい笑い顔と声は、要するに、その頃の亡霊が蘇った姿なのでしょう。

もちろん日本も、戦争中の国家を挙げての悪魔的な行動を自己批判したことはいちどもなくて、左翼が政府や右翼を攻撃するという、日本人自身の民族的責任という観点からは「ずいぶん都合がいいやりかたを考えたね」とほめてあげたくなるような方法を編み出して、批判はしたもん、ぼくが日本人だからって言われても困るんだよね、という遁走術を考案していまに至っているが、ここで、もうそんなことを述べても仕方がない、という気がする。

ただただ「物事を正面から直視する」ということの難しさを考えて、溜息をついているところです。

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振り返るひと

2050年に、いまの世界を振り返って考える人は、「あの頃の人は、よくも、あんなたいへんな世界に住んでいたものだ」と考えるだろう。
いや、そんなことはない、将来はいまよりももっとたいへんな世界になっているはずで、だから、むかしはよかったと思うのではないかしら、という人がたくさんいるのは知っているが、わしはそうは思わないのだから仕方がない。

人間は、歴史を通じて常に進歩している。
今年よりも来年のほうが進歩しているとは限らないが、20年後のほうがよい世界であるのは、ほぼ確実です。
ここでも、「なぜ確実だなんて言えるんだ!」と頭からリンナイな湯気を立てる人がいそうだが、歴史をみてゆくかぎり、いままでそうだったのだから、これからも、そうなんじゃない?
としか挨拶のしようがない。

冷たいことをいうと、日本の人が特に人間の進歩に関してネガティブな考えに陥りやすいのは、自分で世界を変えようとしたことがないからで、変化は、どっかからやってきて、タナボタに手に入るものであるからで、ちょうど、他国民をこき使って自分は楽をしようとして始めた戦争で、ボロ負けをこいて、もう戦争は嫌だと考えて平和を願ったら神棚から憲法9条が落ちてきました、というような気分でいるからに違いない。
ツイッタでも日本語の人は、相当すぐれてみえる人でも「私には世界に対する責任はありません」然としていて、責任感なしでカッコイイことばかり言ってたらあかんやん、とこっちは考えるが、日本の秀才は自分が秀才であるために秀才であることを目指している存在なようで、社会に対して責任を感じるというようなことはダサイことと認識されているらしい。

おもしろいことに収入のようなものですらそうで、日本の勤め人おっちゃんたちと、有楽町のガード下の焼き鳥屋や、数寄屋橋の割烹のようなとことで話していると、すごくヘンなのは、多分、おっちゃんたちは給料は自分がなにをやって、どんな仕事をやっていても、会社の天井から降ってくるものであると感じられているらしくて、仕事とこれとは関係がない、と言いたげで、他の日本人がうらやむ大学を出て、大時代にいえば「要職」についているいいとしこいたおっちゃんたちにして、そーゆーていたらくなので、まして普通人においておや。

いま、この瞬間の世界は、滅茶苦茶もいいところで、連合王国などは、有史開闢以来のアホの見本というか、政治家のほうはアングロサクソンばっかしだった頃の国民といまの国民がおなじ性向だと考えて、なにによらずどんくさいアングロサクソンの政治的動向を人間打算機を動員して計算して、よおおーし、このくらいひっぱたけば、50センチくらい政治的に移動するだろうとおもって政治的クリケットバットをひっぱりだしてフルスイングで国民投票をやってみると、あにはからんや、国民の政治行動はピューンとすっ飛んでいってしまって、政治的暗喩のつもりだったBrexit投票で、実際にEUから抜け出ることになってしまった。

David Cameronは自分が、当然にも、連合王国の歴史を通じて最も繁栄した時期に政権をもったのに歴史上最悪の首相として名を残すことになったという自覚があるようだが、Theresa Mayに至っては学習機能がないというかなんというか、キャメロンとおなじ過ちを今度は選挙の形で繰り返して、結局は、よく政治的に左右極端を行き来したりして安定しない国について揶揄を目的に使われる「南米化」を連合王国にもたらしている。

連合王国のアングロな白い人びとは、最近、「移民の政治的未成熟」を内輪の愚痴の定番としているが、覆水盆に返らず、連合王国が元の落ち着いた急な政治的変化を嫌う国情に戻ることはないように見えます。

アメリカはアメリカで、ドナルド・トランプのようなズルだけがうまい、無能なbully人間を大統領に選んでしまった。
ヨーロッパを訪問したときに、モンテネグロのマルコビッチを乱暴に押しのけて、顎を突き出して写真におさまった瞬間の動画は、まるでカメラマンがわざとトランプの傲慢を演出したように見えるが、もとからトランプという人を知っているひとたちは、ドナルド・トランプという不動産商売の実態を日本語にわかりやすく意訳すればラブホテルチェーン王とでもいうべき立場の、この品性下劣なおっさんが実際にこういう人間なのをよく知っている。

エスタブリッシュメントに反発するアホなワーキングクラスが投票した結果だということになっているが、現実には「ヒラリーに投票した」と述べているおおくの「平均的アメリカ人」が投票したという観察があちこちに転がっていて、どうもある程度真実らしくおもわれる。

Brexit国民投票のずっと前に、連合王国のEUからの脱退とキャメロンの失脚を予測したわし友達の論拠は面白いもので「イギリス人は繁栄に飽きてしまっているんだよ」と述べていた。
繁栄の頂点にあって、それを当然と受け止めて、ここからどこか違うところに行きたいと願っている国民くらい危険な国民はない、という。
それに、移民たちは70年代と80年代のUKの悲惨は知らないわけだしね。
この同じ人は、メイが無分別に無理矢理すすめた選挙でも、「初めは保守党有利にすすむが、きっと詐欺師のコービンが勝つさ」と皮肉に述べていた。
あの男には結婚詐欺師的な素質があるからね、こういう局面ではコロッとだまされるナイーブな人間がたくさん出るだろう。

現代の世界に住む人間が鈍感に受け止めている危機のなかで、最も吃緊の危険は核戦争で、むかし、日本人がどんなにヒロシマの惨禍を訴えても、現実に核爆弾が落ちてきたことのない英語人たちには、「強力な爆弾」という通常爆弾との質的な違いを認めない反応しか返ってこなくて被爆者たちをがっかりさせたとおり、現実に核兵器が使われるとどんなことが起きるかは、実は、日本人にしか判っていない。
せいぜい「たいへんらしい」くらいのことで、その当の日本人が「福島事故の放射線被害は予測されたほどたいしたことではなかった」と言い出したので、たとえば北朝鮮の金正恩にとっては、無意識的に日本に向かって核ミサイルをぶっ放しやすくなっているという皮肉な結果になっている。
神様が意図して書いたシナリオならば、シェークスピアなみの計算力というか、たいしたものだというほかない。

経済においても、2008年に露見したウォール街人の文字通りの犯罪に対して、アメリカが常にそれのみに頼って国家的な病を逃れてきたはずの「手続きに保障された健全さ」が発揮されなかったことによって、現象としては例えば、富者がますます富んで、貧しい者により貧しくなる選択肢しか選ばせない社会をつくって、しかも富者が無謀な投機を行って失ったオカネは貧しい者達に支払わせて補填するという致命的な構造をつくってしまった。
よく言われるように人口30万人のアイスランドで起きた同様の破綻では、金融人の犯罪性が暴かれて30人だったかの逮捕者が出たのに、それよりも遙かに規模がおおきく悪質で犯罪参加者も多かったウォール街では、たったひとりのトカゲのしっぽにも足りない金融人が逮捕されただけだった。

「金融危機」というと、株式の暴落とおなじで意図とは関係がなく起きる経済事象のように聞こえるが、ウォール街人がやったことは、そんな種類のものではなくて、まったくの犯罪で、それが罰せられなかったのは、CDOと評価会社(例:S&P)の評価システムを組み合わせた巧妙な組織的な詐欺が、結果として完全犯罪を成立させたからにしかすぎない。

日本は金融業界が実質的には財務省の一機関である特殊な国家社会主義経済体制に起因する旧弊な体質であることが、マンガ的に幸いして、英語世界型の「金融危機」が起こらなかったが、アベノミクスが失敗に終わっても、まだ本来必要な政策の実施を忌避しているところをみると、予言してもよい、CDOとおなじような、目新しい経済上の「モデル」をでっちあげて、これからビンボ人からオカネを巻き上げにかかるだろう。
安倍政権は、潜水艦を売りつけたい一心で、見返りに日本人の個人資産にアクセスする権利をオーストラリアの投資会社に与えてしまうという、世界中の投資家をぶっくらこかせる「文字通りの売国なんじゃない?」という品の悪い冗談を言いたくなるような破天荒な大サービスで、特権をオーストラリア人たちに与えてしまったが、多分、この辺りから始まって、日本のビンボ人のカネは、ますます世界にばらまかれているようになっていくだろう。

前にも書いたが、わしは愚かにもロバート・オッペンハイマーが述べた有名な
「Now I am become Death, the destroyer of worlds」という言葉が、将来の核軍縮の努力をこえて、その後におきる核拡散と核軍縮の無効化を見透しての言葉だと気が付かなかった。
それがなぜBhagavad-Gitaなのであるかも、西洋知性人の根強い東洋趣味だ程度にしか思っていなかった。

そうではなくて、「どんなに禁止しても科学者たちは核をつくり、各国政府はあらゆる手をつくして究極の絶対暴力である核兵器を手中にしようとするだろう」という人間性の本質に根ざした破滅的将来への洞察の表明だった。
彼は、世界の破滅を自分が核爆弾を生みだして時点ですでに知っていて、世界中でなんども繰り返し再生されるあの動画を撮った時点では、あらかじめ世界の破滅を「見て」いたのだとおもう。

なぜここにきて、急速に人間の考え方そのものに根ざしたアポカリプスが姿をあらわすことになったかという理由の詮索は、これから色々な人間の手によってなされてゆくのでなければならないが、2017年という素数年が、破滅の顕在化のスタートになって、いわば世界破滅元年になる可能性は常にある。

それでも冒頭に述べたように、人間は結局は破滅の淵から蘇って、世界を改良して、人間として進歩してゆくと信じているのは、こっちのほうはタメイキが聞こえそうなくらい根拠のない信念で、「これまでもなんとかしてきたから」「そうでないと人類が滅びてしまうから」という5歳児でも頼りなさに身もだえしそうな理屈に頼っているのでしかない。

ことさら、言いつのらないだけで、きみもぼくも、ボランティアでアフリカ人たちをひとりでも救う算段をしたり、たいした効果がないと判っていても寄付をしたり、出来る事はなんでもやって、世界を少しでもよくしようと考えて、やってみると、おなじ考えの人はたくさんいて、そういう人々は衆にすぐれた知性や能力を持っている人がほとんどで、そういう毎日の活動の手応えから、やっぱりなんとかなるだろう、と思っているのでもあります。

だから2050年に立っている人は、やはり2017年を振り返って、当時の人は実感はなかったらしいが、ひどい時代で、よくあんな悲惨な時代を生きていられたものだ、と考えているだろうとおもっている。

家の小さなひとが、いいとしこいたおっちゃんとおばちゃんになって、ガメおとーさまたちが奮闘して、世界が終わりにならなくてすんでよかった、と述べてくれる世界に持っていかねば。

おとーさま、その頃は、もうアル中でヘロヘロなのではないかとおもうけど。
ま、うまくいったら、おもいがけず頑張ったとーちゃんのために、朝食につけるシャンパンを奮発してくれたまえ。

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