メルボルン

バオ、という。
饅頭のことだよね。
でも台湾の人たちがやっている、その店では「バオ」と呼ぶ。
台湾ソーセージと豚肉と、キャベツのバオ。
オーストラリアやニュージーランドのアジアレストランでは、いちばん普通に置いてあるカリフォルニア製のチリソースがカウンタに並んでいて、大学生も大学の教師も、観光客の家族も肩を並べて、はふはふ言いながら食べている。

はふはふはふ!
一口食べるとニッコリして、
二口食べると幸せになる。

はふはふはふ。
はふはふはふはふ!!

メルボルンの街は、いつも、なんだか東京に雰囲気が似ていて、Flindersを歩いていると、なんだか新宿を歩いているみたいだ。
CBDのトラムがただになってから、メルボルンはますます歩きやすい街になった。
ぼくが買った家はトゥラックという所にあるけど、ほんとうは、少し後悔している。
フイッツロイのほうが良かったのではないかしら。
例のジェントリフィケーションがすすんで、フイッツロイもプラスティックになってゆくけど、人間はまだまだ昔のままで、装身具店先では猫が、ぐっすり眠っている。

雨、降らないね。
青空を見上げて、天気予報、相変わらずあたらないね、とモニとふたりで、ふざけていたら、
天罰覿面、突然豪雨が降ってきて、通りは洪水で、ふたりとも、屋根の下から屋根の下へ、跳ぶようにして横切るだけでずぶ濡れで、子供の頃に返ったみたいに、意味もなく大笑いして、モニさんは、濡れた髪をゴムで束ねるのだけど、うなじが出て、モニさんがいつも「チョンマゲ」と呼んでいる髪の毛がお団子が頭の上にちょこんと載るとチョーセクシーで、まっすぐに見てはいけないみたいな妖しい雰囲気になる。

神様は、ときどき退屈すると、気まぐれに、モニさんのような、息をのむ美しい人間をつくりだす。
モニさんと言えど、もちろん時が経てば老いて、死んでしまうのだけど、まるで砂浜の砂で「永遠の城」をつくってみせるガキンチョのように、須臾の美をつくって、すましている。

驟雨。
滝のような雨。
流れ落ちる水。

街に突然たちこめる水の匂い

メルボルンの街は、東アジアの人がたくさん住んでいる、たいへんアジア的な街だが、ハッピーアワーのバーには白い人ばかりなのはなぜだろう?

「アジアの人はマジメだから、午後4時からお酒を飲んだりしないのよ」とモニさんがマジメな顔で述べている。
午前10時からカバで酔っ払っているぼくは、厳粛な表情で頷いている。

「このIt Ain’t Meは良い曲だが、Selena Gomezはいちどは手にした魂を、また落っことしてしまった」と述べているが、要するにただ酔っ払っているだけなのは、付き合いがすっかり長くなったモニさんは、ちゃんとお見通しです。

(ユーレカの栄光を思い出せ!という落書きがあって、モニさんは写真に撮っている)

珍しくモニさんが中華料理を食べたいというので
鼎泰豊(ディンタイフォン)に寄って、皮蛋豆腐と小籠包を食べた。
「この頃、あちこちに支店を出すんだね。横浜にもオレンジカウンティにもあった」と述べると、
「経営者が変わったんです!
味は落ちてないですか?」
と店の人が嬉しそうに応えている。
言わなかったが、オレンジカウンティでは延々と行列が出来ていたが、オーストラリア人は中華料理の舌が肥えていて、世界中の鼎泰豊のなかでもメルボルンはいちばん空いている。
行列が出来ているのを見たことがなくて、メルボルン人の友達に小籠包を食べに行こうというと決まって「上海ストリートカフェ」を薦めていたのをおぼえている。
鼎泰豊?

チェーン店じゃないか。
ファミレスみたいものさ。
ガメらしくない。

午後には、またNed Kellyのデスマスクを、ステートライブリに見に行った。
オーストラリア人の切実は、日本人の切実と対極にあって、
オーストラリア人たちは自分達が自分達であるためには、違法であることを厭わない。

そうして、それは、なんて素晴らしいことだろう。

ここには新しい世界がある。
ぼくは自分自身が白い人なので、白い人間たちの、ひそやかな中東人やアジア人たちへの呪詛や、自分達の社会が自分達のものでなくなってしまう恐怖感も知っているが、そんなものは、もう20年もすれば姿を消すだろう。

あまり日本語では話されないようだが、最もよく出来た移民排斥の論理は、政治的な未熟な国からやってきた移民たちが、政治的な未熟な国らしく、急進的な進歩主義にとびついてみたり、頭でっかちな政治意識にしがみついて、振り幅のおおきな政治状況をつくってしまうという理屈に根ざしていて、イギリスならばコービン、アメリカならばバーニーへの支持するアジア人たちを見て、鼻を鳴らしている。

でも、それは白い人たちだけで出来た社会の理屈を踏襲していて、アジア人たちが自分たちから学ぶべきだという傲慢であるにしかすぎない。

民主制は西洋人の発明だが、もう寿命がつきている。
ぼく自身は民主制の信奉者で、自由主義者だが、民主制も自由主義も21世紀では一種の政治的な死語だろう。
簡単に言えば民主制は爆発的に増えてしまった人口を養えない。
自由主義は、見果てぬ我が儘にしか過ぎなくなってゆくだろう。

リソースが人口より過剰だった時代のルールは、人口に十分でないリソースの時代にあわせて変わってゆくだろう。

違う言葉でいえば、自由主義の時代は終わりを迎えつつあるのだとおもう。

自由主義者は、いまの世界では、絶対的に少数者だしね。

Flinders Street 駅の前の交差点で、舗道を塞いで、中国人観光客のグループがカメラ/スマホを構えている。
苛立った白い、ふとっちょの若い男が「おまえら、好い加減にしろよな!」と悪態をついている。

中国観光客のひとびとは英語がわからないもののようで、完全にシカトして写真を撮り続けています。

なにがなし象徴的な光景。

メルボルンの白い人には、びっくりするほどアジア人ヘイターが多いが、多分、それは、集団としてアジア文明に寛容であろうとする努力の結果であると、ぼくは思っている。

アジアをアフリカに置き換えれば、この世界が、生き延びていく可能性が
ある唯一の道をメルボルンは見いだそうとしているのでしょう。

せめて、二週間に一回は、この街に来なければ。

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シェイクスピア

“From this day to the ending of the world,
But we in it shall be remembered-
We few, we happy few, we band of brothers;
For he to-day that sheds his blood with me
Shall be my brother; be he ne’er so vile,
This day shall gentle his condition;
And gentlemen in England now-a-bed
Shall think themselves accurs’d they were not here,
And hold their manhoods cheap whiles any speaks
That fought with us upon Saint Crispin’s day.”

シェイクスピアを観に行く楽しみは、日本で言えば、伝えられる江戸時代の歌舞伎を観に行く楽しみに似ている。
オセロのような悲劇でも、では荘重に悲壮に物語が進行していくのかというと、そんなことはなくて、途中で観客を笑わせるちょっとしたアドリブや仕草の演出が入って、観客のほうも笑ったり、しんみりしたりしながら、一夜の非日常を体験する。

喜劇はシェイクスピアの真骨頂で、観客も役者のうちで、舞台と客席とのあいだで掛け合いをしながら進んでゆく。

大好きなTwelfth Night, or What you willやMuch Ado About Nothingなどは、子供のときから、あの浮き浮きした、劇場全体の空気が軽くなるような雰囲気が好きで、ロンドンで、シドニーで、ニューヨークで、なんど観にでかけたことだろう。

おとなになってからは、バーで買ったワインを片手に、チーズボードのチーズやサラミやハムと突つきながら、3時間の、あっというまのひとときを過ごして、今日の俳優は上手だった、
おまけに歌のうまさときたら!
とコーフンしながら、ホロ酔いで、口まねをしてヘンリー5世の戦いの前の長い独白をふざけて述べると、いつもはお下品な、タクシーの運転手も唱和して、遺産が豊富な言語の世界にうまれるということは、なんという幸福なことだろうと考える。

もっか英語人たちを暴騰する土地価格や上昇する生活費で悩ませているバブル経済にもよいところはあって、みるみるうちに道路がよくなって、病院や学校が目に見えて改善されて、住宅街は毎年変化がそれとわかるほど綺麗になってゆく。
税金を払っているほうも、例えばオークランドなら市役所側が、レイツと呼ぶ、日本で言えば固定資産税について3.5%案、2.5%案、2%案と呈示して、
2%なら現状維持が精一杯で、2.5%あれば以前からの$15Mの留保金とあわせて、懸案の解決をすることは出来る。
3.5%ならばサイクリンロードや遊歩道、スポーツフィールド、さまざまな、言わば「贅沢」が出来ると提案するのに対して、あーでもないこーでもない、いまは社会ごと儲かっているのだから2%ということはないが、3.5%だとレイツが年に3万ドルを超えることになってたまらないので、2.5%ならどうですか?
と返答したりしている。

そうやって、皆で税金の使い途をわいわい考えながら、一方で、Pop-up Globe Theater

http://www.popupglobe.co.nz

のようなものが出来てくるところも英語社会で、日本でいえば、70年代?の黒テント、赤テントだろうか、ただし演し物はロンドンに倣って、すべてシェイクスピアで、去年オークランドのまんなかにロンドンのグローブシアターの1分の1縮尺の劇場をぶち建てて興行をしてみたら、主宰者側がぶっくらこくような数の観客が集まって、味をしめて、今年からは定例にするつもりになっているもののよーでした。

今年からはリミュエラの家から近いEllislie のレースコースに建物をつくるようになったので、ぼくはゼルダをやるのに忙しくて行かないが、家のひとたちは7時頃になると、そそくさとクルマに乗って出かけてゆく。
クルマだと5分か、そんなものなので、むかしの江戸や東京の人たちが毎日通っていたと本には書いてある銭湯にでかける気楽さで、なんだか毎日通っているよーでした。

「今年の建物は出来が悪くて通路がボヨボヨしてる」
「そりゃ、あんたが太ったのさ」
と相変わらずのアホな冗談を述べあいながら、それでも、ずいぶん楽しい時間を過ごしているようで、ガメも行こう、だってシェイクスピア大好きでしょう?と誘ってくれるので、初日には顔をだしたが、千秋楽にもちょっと出かけようかなあ−、その頃はメルボルンからもう戻っているかしら、と考えたりしている。

秋は楽しくて、行く先々でワインを飲み過ぎる危険に満ちてはいても、毎日遊びに行くのに忙しい季節で、やっと猛暑の夏が終わりそうなシドニーやメルボルンもあわせて、あれもこれも行きたくて、こんなに苦労するのなら式神を使う方法を習った講座とは別に、分身の術の講座もとっておけばよかった、と後悔する。

閑話休題

Henry Vは、分類すれば「史劇」で、日本ならば司馬遼太郎の「坂の上の雲」かなんか、そんなところなのかもしれないが、十分に通俗的でありながら、長セリフを聴いているとやっぱり感動して涙ぐんでしまうという点で、シェイクスピアの力量が実感される戯曲です。

最近、ビッグデータの研究者たちが「他の演し物はともかくHenry VIだけは語彙や表現方法の解析からシェークスピアの作品でないことを証明した」と発表して、ずいぶん話題になったヘンリー6世3部作に描かれたイングランド王のとーちゃんの物語で、かーちゃんのキャサリン・オブ・ヴァロワとヘンリー5世の都会の上流社会人然とした洗練された若い女の人と、立ち上がると血煙の匂いがしそうな、イングランドという田舎国出身の闘争に明け暮れる荒っぽい青年とのなれそめが描かれている。
シェークスピアは恋の楽しさや儚さを描くことに天才的な表現力があった作家だが、遺憾なく才能が発揮されて、武骨な若者と、我が儘だが典雅なフランス王女の、ふたりのやりとりに大笑いしながら、観る人はみな、人間に生まれたことの楽しさ、いちどしかない人生の尊さを考えて、明日からもっと意識をはっきりもって生きなければ、と決心する。

シェークスピアの歴史上の最大の功績は17世紀のイギリス人たちに人生の楽しさ美しさ、かけがえのない尊さを教えたことで、多分、このいまだに正体がよく判らない、生前から俳優として成功して富裕だった演劇人がいなければ、もともと全体主義的な英雄主義に酔いやすい体質のイギリス人が、いまのような個人主義をもつことはなかっただろう。
シェークスピアの言葉の浮遊力は、たいへんなもので、浮き立った、あでやかで、音楽的な、繊細な感情に満ちた華やかな表現は、いままでに生きて死んだ自分たちの祖先が、言葉のひとつひとつにこめた、自分たちの生活を愛おしむ気持ち、死んでゆく自分が、子供たちや孫達に「おまえたちも、しっかり人生を楽しむのだぞ」と告げているような、豊かな時間の記憶を、余すところなく、俳優たちの声帯に力を借りて、客席の観衆たちに注ぎ込む。

3時間の劇場での時間が、観衆の言葉を目に見えてゆたかにするありさまは、非現実的なほどで、日本でも、やはり舞台と客席のあいだに掛け合いが存在したという歌舞伎というものはこういうものだったのではないかなあーと、よく考えた。
かーちゃんのお伴で二三回銀座の歌舞伎座にでかけたことがあるだけだが、英語ヘッドフォンを付けていたからだけではなくて、いまでは掛け合いも存在しないようで、正直に述べて、なかなか日本の人は信じてくれないが、子供のときから熱狂的に好きだった能楽と較べて退屈で、江戸時代も皆が観客席で舞台のうえの歌舞伎を「鑑賞」してしまうような演劇であったとは、歌舞伎にいれこみすぎて身上つぶした逸話の数の多さを考えても、ちょっと考えられない。

もともと、観客が権力者ひとりであることすら多かったという、客席との交流を拒絶する芸術である能楽が、いまも強烈な幽玄の美を保っているのに較べて、歌舞伎の凋落あるいは変化は、さびしいことであるような気がしなくもない。

映画のつまらなさは、観客と演じる側をスクリーンが遮断しているからで、
いつだったかロンドンで、あきらかにシェークスピアをよく知っている人であるのに、劇を観ているうちにオセローを陥れたイアーゴーに対する嫌悪が抑えられなくなって、イアーゴーが捕らえられて引き回されるシーンで、「いけえー、吊せえ!ぶち殺せ!!」と客席から絶叫して、静まり返るべき緊張のシーンであるのに劇場じゅうを大爆笑に包ませることになってしまったおばちゃんがいたが、舞台は、そういうことを含めて、人間性というものに、常に肉薄する。

人間が人間を演じて、その言葉と演技に客席から声援を送りながら手に汗をにぎり、あるいは大笑いしながら涙をぬぐっているほうも、どんどん人間に返ってゆくシェークスピア演劇の舞台は、英語という言語が衰弱するたびに、エネルギーを補給し、英語人たちに、自分達がどこから来て、どんな人間だったかを思い出させてくれる。

ひとりの天才が、一個の民族全体になしえたことを考えると、なんだか途方もない気持ちになります。

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ありふれた光景

ときどきミサイルが落ちてくる生活、というものを送った初めての国民はイギリス人で、1944年、成層圏から超音速で落ちてくるV2ロケット、Vergeltungswaffe 2は、戦争が終わるまでに1400発を数えた。

文字通りの晴天の霹靂であることもあって、では悪い冗談だが、それまでのパルスジェットを推進力とするV1に較べて、諦めが先に立つ、というか、「頻繁に起こる天災」というような感じだったようです。
V1は巡航ミサイルであるよりも無人飛行機で、迎撃に飛び立ったスピットファイアの熟練したパイロットたちは、幅寄せをしていって、翼をflipして、というのはつまり、ピンッと跳ねて、姿勢を崩させることによって、撃墜したりしていた。

V2のほうは、突然青空から落下してきて、建物が破壊されて、そのあとから、それが悪夢ではなくて現実であることをひとびとに思い知らせるかのように轟音が轟く、という人間の感覚とは順逆がアベコベな事象で、返って非現実な感覚をロンドン人に起こしたようでした。

近くにはスカッドミサイルという例がある。
1980年から8年間に及んだイラン=イラク戦争では、双方の手にソビエトロシアが外貨獲得のために大量に輸出したスカッドBを元にしたミサイルがあって、
イラクからは520発、イラン側からは177発のミサイルが発射されている。
年長のイラン人の友達に訊くと、拡大版V2というか、損害は決して小さくはなくて、瓦礫のしたで息絶える友人や、家に帰ってみると、かつて家であったところは廃墟で、家族全員が死亡していた、というような話を教えてくれます。

2017年になって北朝鮮がぶっ放した4発のミサイルは、スカッドの最終型であるスカッドDよりも遙かに洗練されていて、アメリカ人たちを驚かせた。
北朝鮮軍ミサイルパフォーマンスの最も重要な点は、4発のミサイルを、綺麗に80km間隔で落としてみせたことで、これは北朝鮮が制御技術を飛躍的に発展させて、ピンポイントで目標を攻撃できるようになったことを意味している。

過去には例えば赤坂の官邸をある日突然破壊するためには、官邸をターゲットとして少なくとも10発くらいはぶっ放さないと当たりそうもなかったが、いまは一発で必中する。
やる気になれば首相暗殺の目的にも使える。

パトリオットがあるじゃないか!という、パトリオットな人もいそうだが、パトリオットはいまのPAC-3であっても、迎撃爆破ポイントが地上に近すぎて、角度高く打ち上げられて目標の直上から地表めがけて突進してくるミサイルを撃ち落とすのは、出来なくはないが苦手なんです。

その欠陥をカバーするために開発されたのがTHAADシステムで、このシステムは中距離以上を飛来して、垂直に目標に向かって超音速で突進してくるタイプのバリスティックミサイルを粉砕するために特化されている。
近距離ミサイル迎撃が得意なPAC-3と一緒にセットで使ってね、ということでしょう。

中国の主張は、もっともな点もなくはなくて、1セット900億円近くもするTHAADを韓国に配備するのはおかしいではないか、ということに尽きている。
北朝鮮が韓国を攻撃するために使う予定の近距離ミサイルを迎撃するのに中距離以上に特化されたTHAADが必要であるわけはない、目的は言い訳と異なるのではないか。

多分、中国の言い分のほうが正しいので本来防衛システムであるTHAADにはアグレッシブな情報収集としての機能が備わっていて、別に特別な軍事知識がなくても、THAADを韓国に配備する理由が、人民解放軍の動きを即時的網羅的に把握する以外の目的があるわけはない。

金正恩は、安倍政権がトランプ政権に尻尾をふるように「仰ることは何でもやります」の、プライドもなにもかなぐり捨てた、これからは国家の独立性なんて、むかしみたいな駄々はこねませんから、という態度に出たのを見て、深刻な衝撃を受けたという。
のらりくらりと、平和憲法を盾に、面従腹背、アメリカの言うことを一向に聞かなかった歴代政権とは打ってかわって、進んでアメリカの走狗となることを表明した安倍政権は、金正恩の立場に立ってみれば、これまでにない脅威だった。

こっちを詳しく敷衍的に説明していると長くなってしまうので端折るが、経緯で、中国が不快感の表明として実行した北朝鮮からの石炭購入の停止という、ちょうど戦争前の日本でいえばルーズベルト政権の日本への屑鉄輸出の禁止くらいの段階にあたる経済制裁で痛い思いをしていることと相俟って、金正恩のフラストレーションの原因になっていた。

傍で見ていて不思議なのは、なぜアメリカがそこまで北朝鮮を追いつめる必要があるのか、ということで、オバマ政権と打って変わって、トランプの政権は殆ど戦争を起こしたがっているかのように振る舞って、金正恩を追いつめている。
1941年に日本が太平洋戦争に踏み切った理由を考えれば判るが、忍耐の限度を試されるような締め付けにあえば、余程の外交能力に長けた指導者でもなければ勝算がなくても「ひとあばれして活路を見いだすしかない」と思い詰めるはずで、北朝鮮は、いままさに窮鼠で、猫だろうが虎だろうが、噛むときには噛みつくしかないと思い定めているのが容易に見てとれる。
事態が急展開を迎えたのは、案外、ホワイトハウスのなかの戦争を必要と感じる勢力の意向が強く働いた結果なのでしょう。

驚くべきことに相談もなく金正男を殺すという重大なメッセージを受け取った中国は、もう自分たちは事態をコントロールする意志をもたなくなった、ここに至ったのは何の目的なのかも判然としない米日韓枢軸体制を表明したおまえらの責任なのだから、あとは勝手にやればいい、と投げ出してしまっている。
考えてみると、いまの局面で中国が事態の収拾に乗り出すことには、相手がトランプでは恩に着せることも出来なくて、外交上のメリットがなにもないので、当たり前といえば当たり前です、

これまでの数次のミサイル発射テストとは異なって、各国が、現実のミサイル攻撃の予行演習だと受け取っているのは、つまりは外交の必然が赴くところ、今回は高高度ミサイル迎撃システムであるTHAAD配備が完了する前に北朝鮮が日本に向かってミサイル攻撃を開始することが最も自然であるからで、多分、去年、Stars and Stripesが不用意に使ったのが初めの日本攻撃の「rehearsal」という言葉で頻用されだしたのを見ても、各国とも、あるいはどのマスメディアも「日本が戦場化されてゆくのは避けられない」と看做しだしているのがよく判ります。

70年間平和が続くという世界の歴史にも珍しい日本の人には異常な事態でも、考えてみると、ときどきミサイルが降ってくる日常というのは、いわば「ありふれた光景」であるにすぎない。
1974年のエジプトのイスラエルへのミサイル攻撃に始まって、ソビエトロシアの2000発を越えるアフガニスタンへのミサイル攻撃、イラクのサウジアラビアへのミサイル発射、2015年にはイエメンすらサウジアラビアに対してミサイル攻撃を試みている。

かつては平和憲法をうまく利用して、国是ですから、を盾に戦争を回避してきた日本が「普通の国になりたい」という願望をもった、当然の帰結といえなくもない。

どうでもいい、というか、余計なことを書くと、北朝鮮の伝統的な戦争戦略は二重の構造で出来ていて、祖父の代からの伝統兵器におおきく依存した対韓戦略と、ロングレンジ化した現代の戦争に即した対日戦略の二本柱で出来ている。

対韓戦略の中核は数百単位の多連装ロケット砲と重砲群で、北朝鮮との国境に近いというソウルの地理的な特異性に由来して、重砲群のいっせい射撃によって対韓戦が開始されるのは、ほぼ自明とされている。
韓国系人の友達に訊くと、「ソウル人は、みな判っているよ。ほら、デング熱はタイのひとたちは、生活に伴うリスクだから、というでしょう?日本人たちは地震が来ると知っていても東京に住んでいるじゃない?
あれと同じで、起きたら起きたでしょうがないと思っているのさ」ということだった。

ミサイル技術が向上したようなので、今回の4発のミサイル発射の翌日、ひさしぶりにCSISをはじめ東アジアに強いという定評があるシンクタンクや研究機関の公表されたレポートを読み漁っていて、なにしろ誰でもアクセス出来るように公表されているくらいで存在そのものが内緒な文書とは異なってびっくりするような新しい話は書かれていないが、革めて総攬すると、北朝鮮の軍備が意外なくらい洗練化されていて、しかも実戦的であることに驚いてしまった。
ケーハクなことをいうと、やる気あんじゃん、な感じでした。

いきなりそこまでトットと事態が進展するとは考えにくいが、北朝鮮が全面戦争を覚悟した場合には、特殊部隊の比重がおおきいという北朝鮮軍に特徴的な性格がある。
例の日本人拉致は、この特殊部隊スクールの卒業試験で、日本海の海岸に日本側に発見されずに上陸した証拠として日本人を誘拐できれば無事卒業認定というシステムであったようです。
この特殊部隊は、しかし誘拐を目的としているわけでは、もちろんなくて、破壊工作部隊で、目標は日本海側のインフラ施設、たとえば原子力発電所であると一般に信じられている。

その上にTHAADが機能し始めると無力化される中距離ミサイル群があって、北朝鮮からみれば残念なことに、日本に対して実効性のある兵器は、このふたつに限定されそうです。

北朝鮮のミサイル群には長所があって、発射台が移動性と隠匿性にすぐれているので、空爆で一挙に粉砕するということは出来なくて、イタチごっこというか、長期間、だらだらとミサイル戦が続くことになりかねない。
各国とも北朝鮮が6月の終わりまでに一挙に勝負をかけてくるのではないかと考える人が多いのは、だから、THAADの7月配備を睨んでのことでしょう。

なにが起きても冷静であることが無上の誇りである日本の人の国民性で、日本社会は平静を保っているが、今回のミサイル発射がいままでとは異なる意味をもっていて、国際社会のほうでも、もう熱がさめて、次の事象待ちになっているが、色めき立ったのは、つまり、いままで平和だった日本が「東アジア戦域」に含まれたのが明らかになったことで、70年ぶりに、日本は戦争に巻き込まれることが確定的になった。
どの程度エスカレートするのか、慢性的な戦域化か、短期なのか、戦争であるかぎりは、どこの国の、どんなに優秀な情報機関でも判らないことで、無責任な予想屋でもないかぎり、なにも言えるはずはないが、各国政府や投資家から「戦域」とみなされることのほうは確定したように見えます。
大規模で決定的な戦乱が起きない限り問題が根底的に解決されない形が出来上がってしまったからで、戦争というものは、日本の理屈家たちが考えるのと異なって、誰にも何にも利益がないときにこそ起こるという歴史上の厳然たる事実が、また証明されることになってしまった。

ゆいいつ止め男たる力量をもつ中国の、しかも東アジア外交の専門家である外務大臣が「米日韓合同演習とTHAADをいますぐ中止すれば中国には北朝鮮を止める努力をする用意がある」と述べているのは、要するに、「アメリカと日本が悪いんじゃ、おれは、もう知らん」と述べているのと同じことで、中国の動きを観察していると、これから渾沌にはいってゆく朝鮮半島をめぐる情勢にあわせて柔軟に国益を追求しようとする期待と、東シナ海での緊張に事態を利用する思惑との、ふたつで戦略を立てようとしているのが判る。
トランプ政権のアマチュアぶりを見てとって、中国支配の時代の到来を早めるチャンスだと考えているのが露骨になってきている。

今日はいい天気だなあー、と思って空を見上げているとピカッと光る点がみえて、次の瞬間、小さなきのこ雲があがる日常というのは人類が1944年以来、日常の光景に付加した、奇妙な光景です。
日本は望みどおり「普通の国」になって、それに伴って、ふたつの大洋で隔てられた大国がある北米以外では、「普通」な「ありふれた光景」を持つことになった。

あのなつかしい、戦争が身近な日常に、また戻ったのだと思います。

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ハッピー

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日本語では、なんというのだろうと思ってオンライン辞書を調べたら「洗面台」と書いてある。
洗面台の縁を散歩する人はいないので、多分、日本語が存在しないのでしょう。
英語でbasinと呼ぶ、海と隘路で連絡したチョーでっかい池のような地形で、家からでかけるとホブソンベイという内陸に引っ込んだ湾口の次に近いウォーターフロントなので、ときどきモニとでかける。

この辺りの家は、水に面した家はどこの家も船着き場を持っていて、カヤックやローイングボートで水に出て、のんびり午寝が出来たりするので、悪くはない。

一周3kmくらいのボードウォークがあって、全部まわるのはめんどくさいので、たいてい、風光のよい、半分だけを歩いて、くるりんと方向を変えて戻って来ます。
ベンチや、誰もいない、緑でぎっしり埋まった公園や、遊歩道がやたらいっぱいあるのがオークランドのよいところで、世界でいちばんビーチが多い町であるとかなんとか、海辺だらけで、気が向けばテキトーに海にとびこんで泳げたりするところも気に入っていなくもない。

2ドル50セントのソーセージロールを買って、水辺のベンチに腰掛けて、モニと半分こして食べる。
お店のひとがサービスでつけてくれたケチャップをかけながら、ハインツのケチャップがいいかウォッティのトマトソースのほうがおいしいかについて議論する。

いつか日本語ウィキペディアを眺めていたら、トマトソースはニュージーランド特産の酢が入ってないケチャップだと書いてあって笑ってしまったが、種明かしはもっと簡単で、ケチャップのことをもともとニュージーランドではトマトソースと呼ぶ。
それもtomatoが日本語の「トマト」と発音が似ているので、初めて日本に行ったとき、面白いなあーと思ったのをおぼえている。
なんとなく親近感が湧いてくるような気がした。

やさしい、おだやかな風がふいてきて、もうすぐ秋だなあ、と考える。
今年は夏が短かった。
こうやってモニさんの横顔を眺めていて、ふと気が付くと目尻に皺がある、という日がいつかは来るだろうか。
もしかしたら、このひとは、永遠にいまのままなのではないかしら。

世界でいちばん青が深いのだという、見つめていると吸い込まれていきそうな青空を眺めたり、ときどきマレットが跳躍する水面を見ていたりして、あのシドニーの25ドルのソーセージロールはおいしかったが、価格は新記録だった。
ソーセージロールって云えば、この頃はカレーライスロール見ないよね。
そう?
ガメが気が付かないだけで、このあいだのMt Wellingtonのハンバーガー屋のフィッシュアンドチップスメニューには書いてあった。
でもイギリス人は、あんなおいしくないものを食べるなんて信じられない。
いったい、きみたちの先祖はどういう味覚をしておったのかね、とモニさんは男の口調をまねて、屈託なく笑っている。

料理は、論理的な民族のものだからね。
論理に興味がない民族は、料理にも関心がない。
ルネ・デカルトは、どんな夕食を食べていたのだろう?

モニさんと出会ってから、毎日毎日話していて、まして結婚してからは、のべつまくなし、朝も昼も夜も話していて、こんなことばかりやっていては飽きるのではないかと考えたことがあったが、モニさんと話すことの楽しさは無尽蔵で、いまだに飽きたことがない。

人間の幸福ってなんだろう?
なんて質問したら、どこかの哲人が、目の前に煙とともにドロロロンと現れて説教されそうな気がするが、それにしても、人間の幸福とはなにか。
人間は、どうやったら幸福になってゆけるのか。

オカネがあれば幸福だという人はいないだろう。
恋人といれば幸福だということは考えられる。
でも、ならばなぜ、恋人はいつかは去ってゆくものなのだろう?
裏切り、swear、テーブルを叩いて怒りのなかで苦しむのはなぜか。
やっと生き延びた恋が死によって引き裂かれる残酷は誰が考えたのか。

人間の恋する心は肉体の欲望が観念に投射した幻影なのではないか。
愛情は、覆いがたい欠落感の裏返しにすぎないのではないか。

夢のなかには褐色のローブを着た人が必ず現れて
「人間の子よ、永遠を願ってはいけない。
一年よりも、一ヶ月を、一週よりも一日を、一時間よりも一瞬を願うのでなければ、きみは幸福ではいられない」と述べる。

わしは寝ぼけて、そーゆーことを説教したいのなら、人間の意識の時間の計測装置を、もう少し、ちゃんとつくってくれよ、と悪態をついている。
せめて雨の水滴の一滴一滴を悠々と避けて飛ぶ蚊の意識の精細を人間がもっていれば、どれほどよかったか。

自分を幸福にする集中力を欠いた人間は好きになれない。
生活は投げやりに放り出したままで、したり顔で政治や社会の話をしている人間がいちばん嫌であるとおもう。

ところが自分を幸福にする一瞬をつくることは誰にでも出来ても、自分が幸福である状態を持続させるのは難しい。
自己の意識から見えにくい秘密が網の目のようにたくさんあるからで、どんな場合でも、「宇宙を支配する絶望感」に苦しんでいたはずの詩人が、夜更かしをやめて、早寝早起きをして、毎朝ジョギングをするようになったら幸福になってしまったというような散文的でバカバカしい解決はありうる。

短期間ならば、月に15万円だった収入が20万円になったら幸福になった、ということすらありうる。
どうやら人間の心には、さまざまな(生物学でいう)限定要因があって、その最後の限定要因をとりのぞく作業が幸福になるためには必須にみえる。
人間はバランスが肝腎と昔から賢人たちが述べることの具体的な内容は、要するにそういうことであるらしい。

仕事なり研究なりで忙しい人間は、幸福か幸福でないか以前の段階で、ゲーマー的な速度のベクトルのなかにいて、夢中になるということは快感ではあっても幸福とは相反している。
幸福は有り余る時間からしか生まれないのは、ルネッサンス以来、文人も哲学者も、繰り返し繰り返し述べてきたことで、世界の生産性が現代のように増大するまでは幸福はおろか不幸ですら上流階級の贅沢にしかすぎなかったのは、そのせいである。
忙しい人間は、人間をめざしているだけで、まだ人間には至っていない段階でしかないだろう。

I’m happy

と突然モニさんが述べている。
わし頭を両手でおさえてキスをする。
わしも、と応えるが、どうも自分の心を観察すると、こっちはタワケらしく、よーするにモニさんが幸福ならばわしも幸福、という子供じみた幸福感であるような気がしなくもない。

ホブソンベイの線路は、まるで湖のなかに敷設されているようで、夕暮れどき、電車が湖面を横切ってゆくと、千と千尋の神隠しに出てくる幽冥な電車のようであることは前にも書いた。
ニュージーランドのような国にいると、幸福には膨大な物理的スペースが必要なことや、人間の意識の流れの自然の速度は、現代人が感覚として仮定しているよりも、実は、もっとずっとゆっくりしたもので、現代の人間は、いわば生まれてからずっと「急かされている」のだということが自然にわかってくる。

人間は自分自身を欺くのが得意で、社会の形で、関係の形で、個人の意識の形で、本来の固有時間や、棄損されない自然な情緒を、さまざまな手であざむこうとする。

その個人の固有の時間や意識をつかまえようと伸びてくる無数の手を、するりと抜けて自分の幸福のなかへ入ってゆけるのは、ただ言葉という魔法によっていて、
言葉の変調は、人間という生き物が、いかに壊れやすくて、メインテナンスが難しい生き物なのかもいつも教えている。

わしが言語に時間と労力を割いて、例えば外国語の習得にさえこだわるのは、一に、そのせいであるのだと思っています。

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いま、アメリカで起きていること

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予想通り中西部人に多い「うん、ぼくはトランプに投票したよ」という友達と、あれから、少しずつ話してみると、驚いたことにというか、やっぱりというか、トランプ本人は大嫌いだという人が多かった。

じゃ、なぜトランプにしたの?
ヒラリーが嫌いだから?
と訊ねると、もう、したり顔で綺麗事を述べて、politically correctな言い草にしがみついて、その実、自分達はもとを正せば汚いカネで別荘を買ったりするやつらにはうんざりだからだよ、という。

慌てて付け足しておくと、ここで述べる「トランプに投票した友達」というのは、トランプ支持の中核だとマスメディアが述べている「プアホワイト」というわけではなくて、思いつくままに並べれば、戦闘機のデザイナー、軍需会社の広告を扱っている広告代理店会社の社長、インターネットプロバイダの役員、というようなひとびとで、アメリカの社会のなかでは、どちらかといえば富裕な層に属するひとたちです。

話していて面白いのはトランプに投票したわりに、トランプ個人を大統領に適格だと考えている人は、ひとりもいなくて、会話のなかでも
マヌケ、頭がわるいわりに自惚れが強いおっさん、吐き気がするような顔の豚、
すごい表現で、なんのことはない、リベラルのひとびとがトランプを罵倒する言葉が、いっそ上品におもえてくる体のものでした。

ひとり、スカイプでのっけからトランプの、よく出来たお面をかぶって出て来た友達がいたが、「メラニアは、こんな顔のおっさんと、よくまあ毎日暮らせるもんだよな。こんなのがのしかかってきて、顔が目の前にアップになるんじゃたまらないから、あの底辺から自分の容姿だけを頼りにのしあがってきた女は、夜は目をつぶっているに違いない」と下品なことを述べて、大笑いしていた。

意外におもったのは、トランプが大統領になった第一の理由はマケインだろう、と述べた人が複数いたことで、遠くから眺めていて、共和党のなかではマケインにぼんやりした好意を持っていたぼくは、へえ、と考えた。

だって、あのおっさんは口先だけだろう。
なんだかもっともらしいことを言って、なにもやらないじゃないか。
ヒラリーみたいにウォール街の貯金箱が大統領候補になったようなやつがしゃしゃりでてくるのも、ああいうタカ派共和党議員が、なんにも正面切った批判をできなくて、女のくせにナマイキだと言っているとしか聞こえないタワゴトを並べてきたからさ。
わかっているかい?
オバマの、見てくれだけで、国のカネを食い尽くすような政策を正面から批判したのは、グロいエロおやじのトランプだけなんだぜ。
オバマのインチキなところだけを煮詰めたようなバーニーじゃ、なおさらダメだしね。

アメリカはひたすら多様な自由主義に向かう潮流に乗っていて、だからトランプのような桁外れのタワケを大統領に選んでも4年間の恥を忍べば、そのあとは何とかなる、という理屈も共通している。

戦争は?
と訊くと、もうそういう時代じゃない、仮に戦争を始めても、アメリカが傷付く事態にはならないだろう。
ウクライナ人たちには申し訳ないことになるかもしれない。
韓国と日本の人達も惨禍に遭う可能性がないとはいえない。
でも、彼らはわれわれの犠牲で70年以上も平和を楽しんできたわけだからね。

あ、いや、そうか朝鮮戦争があったね… でも、あれは本来は同じ民族の啀み合いだろう?
国がなくなってしまうところだったのをアメリカが救済したわけだから。

バノンがホワイトハウスのなかで権力争いに勝てば、おおきな戦争になるかもしれないが、可能性は低い。
ヒラリーのような戦争屋が大統領になった場合よりも、トランプのほうが、確率の問題として大規模な戦争になる可能性はずっと低いのは、きみも知っているはずじゃないか。

戦争の可能性を過小評価しているんじゃない?
と訊くと、しばらく考えて、バノンのNSC入りは驚いた、とだけ述べた。

これはまた異なる友達だが、Brexitとおなじで、自分達の内輪の都合での政治的な戦略投票の意図とは別に、有色人種のひとびとはえらいめにあっているよね、と言うと、それはまあ、そうだけど、と口を濁したあとで、
こっちはそれどころじゃないわけだから、というようなことをモゴモゴ言っている。

ガメは、自分の文化に誇りを持っていないのかい?
と反問する。
誇りを持っているかどうかはわからないけど、自分の文化はそれは好きだよね、と応えている。
スピットファイアのエンジンの音は遙か彼方の雲の上で鳴っていてもわかるよ、と言うと、失礼にもけたたましく笑って、ガメらしいヘンな例だな、と言ってから、
でもそれって、おれでもわかるぞ、あのエンジンはP51とおなじだからな、などと言っている。
エンジンは同じだが、ほんとうは少し違う音なんだけどね、と心の片隅でつぶやいている、ぼく。

移民なんて、いらないよ、
と、次の瞬間、あっさりと、でもきっぱりと言ったのには驚いてしまった。
移民の経済への貢献、市場に占める地位のおおきさ、アメリカ経済はほとんど次から次へと新しい世代の移民が流入してくることによって成り立っているのを熟知しているはずの人だからです。

欧州の移民まではよかったが、アジアとラテン諸国は間違いだった、という。
そりゃまた露骨に人種差別的な意見だね、と嫌な顔をすると、

ほら、きみたちはそうやって!
と語気を強める。
なにかというと人種差別だ、性差別だといって正当な意見を黙らせようとする。
問題を見ようともしないじゃないか。
きみの国だっておなじだろう?

オカネ欲しさに移民を受けいれた結果、あいつらは増長して、おれたちの共同体を壊してしまった。
きみがロンドンに戻ろうとしないのは、かつての、思いやりに満ちて、みなで共生していたロンドンがもうどこにもなくなってしまったからじゃないのかい?

リベラルなんて、口にしないだけで、どいつもこいつも人種差別意識の固まりなのは、きみもぼくも知っているじゃないか!
あいつらは公には「どんな人種も平等だ」と言うくせに、腹のなかでは、
「そう言っておかないと問題を直視しなければいけなくなるからな」と考えている。
お題目人間で、真剣に現実と対決しようと思わない人間の集まりなんだよ。
流行りの ” I don’t see color” なんて、おれには虫酸が走るだけだね。
おれには黒い人間は黒くみえるし、黄色い人間は黄色くみえるよ。
だって、それが現実なんだから。

きみ自身、ほら、いつかツイッタで、オウムのように白人リベラルの口まねをする日本人に会って驚いた、と言ってたじゃないか。
彼らは、そうだよ。
おれたちが機会を与えてやったのをいいことに、社会に入り込んできて、汚いカネの稼ぎ方をするウォール街やなんかで、politically correctであることが知性的であるとかなんとか勘違いをして、頭のいかれたオウムみたいに白人リベラルのお題目を口にすることがアメリカ人になったことだとおもっていやがる。

おれたちは社会全体が暖かい家族のようだった、おれたちの文明社会に戻したいとおもっているだけさ。

だいたい、まとめると、トランプは出鱈目で信用ができない男だが、ヒラリーを選べばアメリカはそこで綺麗事だけの国になって終わってしまう、(ここで面白いのは、オバマがまだ紛争まっさかりのイラクで演説して、「イラクの紛争は、われわれの努力で平和裡に解決した」と述べて居並ぶ海兵隊員たちを茫然とさせたことを例として引用した人がふたりいた)だから、トランプがどれほど腐った選択肢でもヒラリーよりはマシだったのだ、ということであるらしい。
トランプが二期目も大統領であると考える友達はひとりもいなかった。

いろいろに言い方を工夫しているが、人種に関しては、つまるところは「他人種なんかいらないから出て行ってもらって結構だ」ということらしくて、話していて、トランプの出鱈目さの結果、アメリカが分裂の危機に直面した場合、十中八九、他人種への攻撃に問題を転嫁するだろう、と思われた。
その場合、アフリカンアメリカンとは共存して、アジア人とメキシコ・中南米諸国人を社会から叩き出すほうに動くだろう。
こういうひとびとの本音は「自分達の社会が存続の危機にさらされているときに、他の種類の人間のことなんか構っていられるか」ということであるらしい。

南カリフォルニアはハワイと並んでトランプの排外主義の影響が最も少ない地域だが、去年のサンクスギビングに、白人とメキシコ人が多い地区にいて、トランプは話題としてタブーの趣で、まるで存在しないかのようにひとびとは振る舞っていた。
選挙の話は家族や親しい友人間だけで話しあわれて、見知らぬ人間と話題にしたり、あるいは隣のテーブルの人間に聴かれるのすら危険な話題になっていた。

ぼくにとっては「内輪」である彼ら友人たちの話し方と、去年、トランプ当選が決まった直後のオレンジカウンティで観察したこととを比較して、考えてみて、ここからの4年間が、いかにアメリカ合衆国という国にとって、危険で、重要な4年になるか、ずいぶんスリルがあるとおもう。

普段なら、アメリカで起きることには、いちいち興味をもたないほうで、訊かれても「アメリカのことなんか、外国だもん、知らん」と応えるのを常とする。
いつか日系人で「アメリカのことは自分達アメリカ人が決める。外国人であるおまえが口だしをするな」とすごむおっさんに会って笑ってしまったことがあったが、
哀れではあっても、トランプなどはnuclear football
https://en.wikipedia.org/wiki/Nuclear_football
を握っているだけでも、アメリカだけの問題とは到底言えないだろう。

友達がいみじくも口にしたように、いまやアメリカ人以外の国民であることは、その意味においては「選挙権がないアメリカ人」なので、意見くらいは言わせてもらわねば困る気がする。

前に記事に書いたスティーブバノンについて、日本語では知らないが、英語圏では、あの後、盛んに記事にされるようになった。

バノンという厄災
https://gamayauber1001.wordpress.com/2017/02/01/steve_bannon/

最近、見えないところで、盛んに得意の陰にこもった権力闘争を繰り広げているらしいが、ぼく自身は、バノンがホワイトハウスを制圧してしまわないかぎり、トランプがヒラリーに代表される「行き詰まったエスタブリッシュメントのアメリカ」を4年間で破壊して、世界の失笑を買うような国に成り下がったあとで、少しはまともな人間が大統領になって、なんとかなるのではなかろうか、と考えている。
どの国も、日本以外は、おなじことを考えてトランプ政権からは明瞭に距離を置いている。
日本はアメリカと一心同体であることを世界に表明したつもりであるのかもしれないが、残念なことには、安倍政権が飛びついて抱きついてしまったのはアメリカ社会にとっては保守にとってすら、ヒラリーが象徴する腐敗したエスタブリッシュメントを破壊するために拾い上げた「使い捨て大統領」のトランプであって、アメリカ自体ではないことを、なんだかよく判らないほど外交音痴の日本の政府以外は暗黙の了解事項として共通に認識している。

4年間、保つだろうか?
そのあいだ、アメリカも世界も、どんどんメチャクチャになっていくだろう。
しかし波乱自体は、たとえばビジネスマンや投資家にとってはチャンスの連続で、大枠が壊れなければ、経済的には常に歓迎される性格のものです。
ヒラリーのように既得権益のゲートキーパーが大統領になる場合よりは遙かにマシだという立場はありうる。
市場で敗退したのに国民の税金を注ぎ込んでベイルアウトさせるという、自ら資本主義の最も基本的なルールを枉げた所業のあとでは、なおさらウォール街には弁解の余地はない。
彼らは貪欲な経済の破壊者としての側面を肥大化させすぎている。

ここからは社会の強度試験で、それもアメリカ一国に限らず、その社会がどの程度自由主義を堅持しているか試されていくことになる。

「イギリスやアメリカが、これほど不安定な政治状況になったのは、もともと政治というものに対する理解力がなくてジェレミー・コービンやナイジェル・ファラージュ、バーニー・サンダースやドナルド・トランプのようなポピュリストの述べる安っぽくて大衆受け狙いな理想に飛びつく傾向がある第三世界からの移民が増えたせいである」という皮肉な味の論文を読みながら、では、オーストラリアやニュージーランド、日本や韓国というような国は、それぞれに想定されるケースで、どうなっていくだろう、と世界地図をみながら、ぼんやり考えているところです。

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英語を学んで世界へ出て行こうとしている友達に

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ある日、ぼくは劇場の椅子に腰掛けて、シェークスピアのコメディを観ていた。
観ていた、といっても、その日の出し物を観るのは、もうその月だけで3回目で、セリフも、工夫された演出も、暗誦(そら)で言えるようになっていて、ステージのうえに釘付けになっているべき眼は、テーブルに運ばれてきたワインとオードブルの盛り合わせと、それがシェークスピアコメディのいちばんの楽しみの、観客と俳優たちの掛け合いのほうにばかり気をとられていたのだけど。

観客席を眺めていると、シェークスピアが初演された16世紀の終わりから、タイムトラベルでやってきたような髭とヘアスタイルのおっちゃんや、でっぷり太って、なんだか不思議の国のアリスの女王のようなおばちゃん、そうかとおもうと、盛装して、三階席で身を乗り出している、びっくりするように美しい、身なりの良い若い女の人、平場の立ち見席で楽しそうに笑い転げている3人の、大学生だろうか、ジーンズ姿の若い女たち… 社会のさまざまな階層の人が、さまざまな装いで観劇していて、シェークスピアの時代から一向に変わらないこの雰囲気が、つまり劇場まるごとがシェークスピアの世界なのだと判ります。

シェークスピア劇には、子供の時からのたくさんの思い出があって、俳優に抱きかかえられてステージに立たされて、突然劇中人物として扱われてしまったり、長じては、ワイングラスの手をすべらせて、ちょうど出番だった俳優さんの頭からワインをぶっかけてしまったこともあった。
機嫌のよい日で、われながら冴えた相の手をいれて、大声で叫んで、それが劇場中にあまりに受けてしまったので、俳優たちに、「これ、そこの若者、われわれから劇を盗んではダメではないか」と本人たちも大笑いしながら言われたりした。

気がおけない、という言葉があるが、シェークスピアのコメディの最もよい点は、観客と舞台とが一心同体になって、機知のあるやりとりをしながら物語が進んでいくところで、ニューヨークで観たときには、舞台と客席が分離していて、ただの「歴史的見世物」じみて、観客席と舞台がグルなのはイギリスだけのことかと思っていたら、ニュージーランドでも、ロンドンと変わらない雰囲気で、なるほど、われわれが共有している文化の何事かが、この雰囲気をつくるんだなあ、と考えたりする。

言葉の話をしようと思っていたんだよ。
そんな言い方はひどい、ときみは言うだろうけど、英語人たちに較べて、日本語の人は、あんまり言葉のやりとりを楽しんでいないんじゃないか、と考えることが、日本にいるときにはよくあった。

もちろん、例えば、いまはなくなった銀座のビル地下の「山形屋」のような居酒屋で、畳の席に座って、どういうことなのか、安居酒屋であるのに他の居酒屋に較べて人品が圧倒的に良い人が多い、八百万の神様たちがこっそり地下に集まって宴会をしているような、隣客のひとびとと、訊かれて、イギリスの話や、わたしは庄内の出身なんですけどね、と述べる女の人が方言を実演してくれたりして、あの和気藹々の雰囲気を、もちろんぼくも知っている。
そういうときの日本の人たちは、ごく自然に親切で、朗らかで、楽しい人達だが、それが、おなじ郷土料理でも、でっかい茶碗蒸しが楽しみでよく出かけた長崎料理の「吉宗」では、もう、しゃっちょこばった、見慣れた日本人スタイルになっている。

そういう場所も、どこも隣のテーブルが、ぎょっとするくらいに近いのに、まるで不可視な衝立や架空な距離があるようにして、みな隣は眼中にないように振る舞っている。

その違いはどこからくるのだろう?

あるいは、シドニーの街で、モニさんに「まあ、なんて素敵なドレスでしょう?
どこで買ったの?」と話しかけてくる見知らぬ人がいる。
あるいは交差点で眼があって、にっこり笑って、「今日は、いい天気だな、兄弟」と話しかけてくる若い男がいる。
みなが言葉を使おうと手ぐすねひいている感じの社会が英語社会で、ずいぶん違うなあーと思わないわけにはいかない。

どうせ日本は特殊ですから、とむくれるきみの顔が見えるような気がするが、そうじゃないんだよ。

バルセロナの目抜き通り、日本でいえば銀座の晴海通りになるだろうか、パッサージュ・ド・グラシアで、チョーかっこいいドレスのアフリカ系の若い女の人がいて、イギリス人の観光客然としたおばちゃんが、
「あなたの、その素晴らしいドレス、どこで買ったの?」と聞いている。

ところが、訊かれた女の人はそっぽを向くようにして歩いていってしまう。
イギリス人のおばちゃんは、聞こえなかったと思ったよりは、無視されるという(英語世界なら)普通では考えられない反応にあって、気が動転したのでしょう、追いすがるようにして、もういちど同じ質問を繰り返したら、今度は立ち止まって睨み付けられていた。

しかも悪いことに、その次の瞬間、そのアフリカ系人の友人であるらしい地元のカタルーニャ人の若い女の人と偶然出会って、いかにも愛情にあふれたハグを交わしている。

タパスバーの外に出したテーブルで眺めていたぼくは、ここに働いている心理的メカニズムは日本人とおなじものであるよーだ、と独りごちている。

実際、バルセロナ人のひととひととの距離の取り方は、とてもとても日本人と似ていて、英語人には理解して納得するのが難しくても、日本の人には何の苦労もなく理解できそうなタイプのものです。

それが社会の、どんな機微によるのか、ぼくには判らないけど。

英語という言語は、ドイツ語やフランス語との関連などよりも、なによりも北海文明の言語で、英語人の強烈な仲間意識は、ヴァイキングに典型的な北海人の同族意識に根を持っている。
英語では見知らぬ人間同士のあいだでスモールトークが他の言語よりも頻々と起こるのは、多分、そういう歴史的な社会の性格があるからで、人種差別的な考えの持ち主のおっちゃんが、特定の、言語的にウマがあう中国系人と親友同士であったりするのは、英語に限ったことではないといっても、やはり英語世界に多い事例であるような気がします。

緊密な結び付きを持つ集団は、当然、他に対して閉鎖的な集団でもあって、Brexitやトランプで明らかになった白い人々の相変わらずの閉鎖性は、要するに言語の性格から来ているんじゃないの?と思うことがよくある。

このブログ記事に何度も出てくるように、いまの世界語としての英語は「外国語としての英語」で、体系や機能はおなじでも、北米語であったりUK語であったりするわけではないのは、英語人自身がいちばんよく知っている。

日本人も含めて、英語を身に付けていく人達がいちばん最後にぶつかる壁は、「外国語としての英語」と「母語英語」のあいだに立ちはだかる超えがたい壁で、この「壁」の嫌らしさは、たとえアクセントがまったくおなじでも、同族の両親ゆずりの英語でなければすぐにばれて、拒絶の反応が待っている。
いっぽうではニュージーランド人と連合王国人なのに、お互いのアクセントをいとおしくおもって同族としてふるまっている。
どんなに美しい英語でも、このレベルでは頑として認めなくて、英語人は陰口が大好きだが、「あいつの英語はいったいどこの英語なんだ。正体不明で気味が悪い」というような、いかにもな嫌らしい言葉を、例えばイングランドで生まれ育って、アメリカに長く暮らした人に向かって述べることは、とてもよくある。

現代の「定義がてんでんばらばら」と言いたくなる人種差別は、連合王国ならばトランプの奥さんのような東欧人も差別の対象で、オーストラリアやニュージーランドならばアフリカンアメリカンはダイジョブだがアジア人とミドルイースタンは差別される。アメリカに至っては「白ければなんでもOK」の杜撰さで、じゃあ、浅黒い肌のイタリア人はなんでいいの?とからかいたくなるが、人種という現代科学がすでに遺伝要素として否定しさった概念を無理矢理信じようというのだから、結論が白痴じみているのは当たり前でも、なんだか出鱈目なのは、やはり言語がおおきく絡んでいるからだと思います。

よく観察してみると、メラニアよりもイヴァンカのほうが風当たりが弱いのは、英語のアクセントと関連していると思えなくもない。

ぼくは、人種差別はやっぱりなくなるだろうと思っている。
いま世界を覆い尽くす勢いに見える人種差別の潮流は、あとで振り返ってみると、世界の哲学的な進歩についていけなくなった人間たちの最後の抵抗ということになるのではないかしら。

日本人のきみが、ようやっと勇気をだして日本の外へ出て行こうとしているときに、ファラージュやトランプのような愚か者が喝采を博して、ぼくのところにまで
「おまえは日本を出たほうがいいと言ったが、人種差別の世界になったじゃないか、ざまーみろ」という、なんというか、大幅にピンボケで、アンポンタンとしか呼びようがない人たちが来たが、現状は、「人種差別の考えにとらわれたひとたちが口にだしてもいい時代になったと考えて、いままで言わなかったことを言葉にして異人種にぶつけはじめた」ところで、ぼくがきみなら、バカな人間と口を利く手間が省けて返って好都合だとおもうだろう。

ぼくが子供の頃は、シェークスピア劇は、観客席をみると悲劇にだけアジアの人の姿があって、喜劇は全部白い人だったんだよ。
それがいつのまにか、中国系人のにーちゃんが立ち見席で、ステージに肘をついて、俳優に踏まれそうになったりしている。
その後ろで、やっぱり中国系の若いカップルがステージにむかって笑い転げている。
貴賓客用のボックスで、インドの裕福そうなカップルが満足げにステージを見下ろしている。

ごく正統的なシェークスピアのコメディの大団円で、みなが16世紀メッシーナの衣裳を着たまま、ポリネシアのダンスを踊り狂ったり、パーティの夜会のシーンでボリウッドダンスをみなで熱狂的に踊って劇場が盛り上がったりするのも、ふつうのことになってきた。

日本語ツイッタで、両親とも日本人なのに、真っ白な時代のスコットランドを懐かしんで、いまの多文化社会のスコットランドを疎む人に会ったことがあったが、ぼくはチョー飽きっぽい性格なので、白人ばっかりの英語社会は、もういいや、と思っている。
つまんないよ。

あの頃は、いま考えるとお笑いで、おいしいカレーを食べに島の西の端っこになるペンザンスまで行ったことまであった。
それ以上おいしいカレーを食べたければ、シンガポールに行くくらいしか手がなかった。
おとなたちはアジア人やジャマイカ系人の悪口ばかり言っていて、ネガティブ人間の共同体のような、世にもアホい姿をさらしていた。

ぼくは英語社会がそこにもどってゆくとは、まったく思っていない。
人間は、結局は、楽しいことが好きだからね。

きみらしく、慎重に、ビザが出るまでニュージーランドに来ることを黙っていたんだね。
日本ではトーダイだが、ニュージーランド人も流石にいまはトーダイの名前くらいは知っていても、知識のなかで判っているていどで、この国に来てしまえば、きみもただの、これから空中ブランコから空中ブランコへ跳び移って、虚空の闇のなかへ、自分の筋力と反射神経だけを頼りに跳躍していこうとしているひとりの青年にしかすぎない。

でも特権のない若い時代を経験するのは、とてもとてもいいことだと、擬似的なものにしかすぎなかったけど、誰もぼくの背景をしらない皿洗い場で、皿をジャグリングして遊んでいてシェフに怒鳴られていたりしたぼくは、よく知っているつもりです。

きみのは、どんな冒険になるだろう?
楽しみにしています。

でわ

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Jさんへの手紙3

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ほんとうは仲が良いもの同士で冗談を言い合いたいだけだったのを憶えているのは、もうjosicoはんくらいのものではないだろうか。

このブログは元元は零細なゲーム通販サイトの右端の隅っこに載っているゲーム・ブログで、オンラインeコマースの実験をやってみたかった義理叔父が、知っている人にお願いして開いた通販サイトが、あまりに索漠としていて非人間的に冷たいので、まず自分で書いてみて、うまくいかないので、外国語の天才をたくさん生みだした母親側の家系につらなって、日本語を含めた外国語が人並み外れて堪能ということになっていたぼくに、「練習代わりにやってみない?」と言い出したのが始まりだった。

義理叔父とシャチョーは輸入ゲームの通販サイトをやってみて、英語が少しはわかるふりをしている人が多いだけで、日本人がおもったよりもずっと英語が出来ないのを見てびっくりしたのだそうです。

あのころ純益はどのくらいあがっているの?と聞いたら、月に600万円から1500万円という答えで、あまりに少ないので、なんだか笑ってしまった。
どこから仕入れているのかと思ったらロサンジェルスやロンドンで、日本の人らしく、あんまり頓珍漢なので、ヒマなときにネットで調べたり電話をかけてまわったりして、スウェーデンの卸屋を教えてあげたら、特に少し古いゲームは一桁安かったとかで、義理叔父とシャチョーに感謝されたのをおぼえている。

いま、頑張って思い出そうと思ってたのだけど、もううまく思い出せないんだよ。
もしかしたら、一番初めの記事が、あの奇妙なゲームサイトの右上に現れたのは10年前ではないだろうか。

違うかな?

いまは「長すぎて読めない」という人が多いのでワードの3ページに収まるように書いているけど、ワードの1ページの半分を書くのにほぼ一週間かかっていたのをおぼえている。
テキトー、えーかげんを他人に対しては求めるのに、自分はなんでも完璧でないと嫌だという嫌な性格のぼくは、一行書くのにもネットで検索して用例を調べて、おなじ用法がないと日本語教科書や辞書にあたって、アケオメで始まる、たった数行のブログを書くのに、まるまる一日かけて、途方もない時間を注ぎ込んだりしていた。

josicoはんは、仕事の用事で、英語のゲームを買う必要に迫られて、サイトを探してたどりついたのだったとおもう。
そのうちに、ほんのときどき更新されるだけの、チョーいいかげんなブログがトップページにおかれているのに気が付いて、読者として、コメントをくれるようになった。

初めの頃は「日本人は、そこまでひどくない! いくらなんでもあんまりな言い方だとおもう!!」と瞬間湯沸かし器のjosicoはんらしく、よく怒っていたが、そのうちにウマがあって、仲良くなった。

ほら、emailでだったか、josicoはんがバルセロナへ行って、ぼくが初めてバルセロナに住んだときの、アパートへの坂道を歩いていくところがあったでしょう?
地下鉄の駅をおりて、地上に出て、緑のなんちゃらな名前のレストランや、やたらとおいしい蜂蜜を塗ったクロワッサンとカフェ・コン・レチェを出すベーカリーをすぎて、多分バルセロナでいちばんおいしいハモンを切り出してくれる肉屋を通り過ぎると、病院の手前に右側に曲がる上り坂があって、そこを上がっていった右手にグラシアでもあんまり治安がいいとは言えない側にある、ぼくのピソ、日本語で言えばアパートがある。

josicoはんは、なんとブログ記事だけを頼りに、あのアパートを探し当てて、あのちょびひげを生やして、頭がつるりんと禿げた、無暗矢鱈に親切なおっちゃんから、ハモンイベリコを買って、おお、ブログの通りじゃないか、と感想を述べてくれて、ぼくを驚かせた。
あの頃から、ネットと現実世界とを問わず、大親友のひとりに、josicoはんを数え始めたのだと思います。

あのアパートは、実はいまも持っていて、いま考えると大笑いしてしまうが、英語圏の人間の浅はかさで、英語圏市場と同様にペントハウスが中層階よりも高いのだと誤解していて、6階の、遠くにサグラダファミリアがみえるテラスがあるアパートで、まだ付き合いだしてからそんなに経っていなかったモニとふたりで、あの親切ハゲおっちゃんからハモンを買って、滅法うまいベーカリーからパンを買って、パンコントマテ、カタルーニャの言葉でいえばバンアムトマカをつくって、テラスに出したテーブルで食べたりしていた。

その頃のことを考えると、josicoはんもモニもぼくも、子供のように若くて、失敗ばかりしていて、他人の言葉に傷付いたり、うまくいかないことが続いて椅子を蹴飛ばしてみたり、いらいらしたり、寂しいと思ったりして、世界には自分と意思が通じる人間はそんなにはたくさんいないこと、友達になりうる人間の数はとても少ないことを学んできたのだと思います。

Casa Gracia、だっけ?
ディアグノルを渡って地下鉄のグラシア駅の行く途中にあるホテルの近くにタコ焼き屋を出そうか?と話していたことがあったでしょう?
Josicoはんが、日本のマネジメントに馴染めなくて、というよりも湯沸かし器のスイッチが入って、もう日本に住んでいられないと考えて、外国に移住してゲームデザイナーとしての一生をやり直すのだというものすごい決心をして、考えてみると日本語しか判らないので、これでは移住は無理だよねと考えて、ふたりで相談して、取りあえず連合王国のブライトンの語学校に行った、あれは、2008年のことなのだっけ?
もう随分むかしのことで、ちゃんとおぼえていないのだけれど、josicoはんがゲーム業界からは足を洗ってタコ焼き屋をやりたいと言い始めて、現実の世界では投資家同士の関係のjosicoファンになっていた義理叔父と、「Josicoはんなら、もう仕方がないだろう」ということで、いざとなったらjosicoはんの人間を見て、どうせダイジョブに決まっているから、あんたとぼくと半分半分で出資して、josicoはんはそんなのは嫌だろうけど、チェーン化を前提にしてタコ焼き屋を支援したらどうかと話がついていた。

あのとき義理叔父は、なんだか日本へ出張(でば)って、銀だこチェーンやなんかに行って見て、「これなら勝てる」とかなんとか、チョーシのいいことを言っていたの。

ところがjosicoはんは、うまく採用されて、いまはアマゾンの開発部門として買収された会社に入って、ゲームデザイナーとして復活して、あのときは言わなかったけど、義理叔父はかーちゃんシスターと一緒にわざわざやってきて、祝杯を挙げたんだよ。
4人で、不安そうだったjosicoはんが就職して、またゲームの世界の人になったことを、思い切り祝福したのだった。
おおきい声では言えないが、あの地区ではたしか禁止の打ち上げ花火まで上げたのね。
ぼくたちはみんな勇敢なjosicoはんが、とてもとても好きだった。

ぼくが、いつまで経っても、何年でもつきまとう、はてなに蟠踞すると自称するおっさんトロルたちや、ときどき明滅的に現れる、こちらは万国共通の、自分の生活がうまくいかなくて人生の失敗者となって、そのフラストレーションをぶつけにくるらしいネットストーカーたちに、ときどきうんざりしながら、日本語をやめないで来たのは、やっぱりjosicoはんがいたからだとおもう。
日本語用法上は「josicoはんたち」とか「josicoはんをはじめとする」とか言うべきなのは判っているが、そんなのは、ぼくが育った社会ではウソなので、ほんとうのことをそのまま述べるべきで、josicoはんがいたからいままで日本語に対して興味を失わないですんだんだよね。
そういう事情のことは、もっと後景にある、源俊頼が好きであるとか、北村透谷が好きであるとかとは、ちょっと別のことです。

josicoはんは職業人である以上、この仕事をクビになったらどーするんだ、と不安に思うことがあるとおもう。
ぼくは投資家おっちゃんやおばちゃんたちからは、ガメはオカネをコンサーバティブなほうにどんどん逃がすから狡い、と羨ましがられていて、投資家なのに借金がないというヘンな暮らしだけど、人間の運命はヨットみたいなもので、順風満帆のときはスルスルと水面を滑っていて他人がうらやんでも、嵐がいつくるかは、ほんとうは誰にもわからない。
ぼくも、これで大丈夫だと考えたことはいちどもありません。

これから先、どうなっていくか、お互いに判らないけど、ずっと友達でいようね。
ブログがなんだか公(オーヤケー)な感じになってしまって、裃を着て、口をすぼめて政治の話やなんかしそうで、自分でもうんざりだけど、josicoはんの目があるのが判っている限り、日本語でも正気でいられるのではなかろーか。

この頃、あんまりゲームの話しないけど、ちゃんと一日に一時間はゲームをやって、マウスを机にむかってバンバンしすぎて、バラバラにぶち壊してしまったり、後からしつこくついてくる敵機をマヌーバーでふりきろうとしてPCジョイスティックを、ぶち折るくらいには夢中になって遊んでいます。

VRが面白いので、VR専用につくった部屋でPS4も多くなったけど、やっぱりSE30以来のことで、机の前に座って、PCでゲームをやるのが、アットホームちゅうか、リラックスした感じがする。

ファイアフライ・スタジオがStrongholdシリーズを、クルセーダーやクルセーダーエクストリームも含めてsteam向けに作り直したので、全部買って、誰がみてもひと目でサッカーのフーリガンがモデルだと判る「おれたちゃ、メースマン!」や
スティーブ・バノンたちの白人至上主義者を思い起こさずにはいられない、重装騎士の、「鎧が重いぜ」と不平を言いながら頭上から熱した油をぶちかけられたり、矢を浴びたりしながら、ガッチャンガッチャン突撃して、なんでもかんでもぶち殺してしまう声を響かせたりしながら、毎日を暮らしています。

josicoはんは、どんなゲームをやっているだろう?
Civ6?

また会おうね。

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