Monthly Archives: January 1970

楽ちん

「おにーちゃん、仕度、できてんの?」 と妹がいう。 週末に牧場へ行くからな。 仕度をせんとならん。 ゴム長とかは向こうにあるが、着替えとかはもっていかないわけにはゆかんであろう。 めんどくちゃい。 モニさんは牧場が好きなので、いまから浮かれてます。 去年は馬に乗っていて、あやうく腰を骨折しかけたのに、もうすっかり忘れておるようだ。 アブナイから乗馬はもうやめれば、とゆったら、かーちゃんや妹にもモニにもさんざんバカにされた。 アホ、とゆわれました。 だって、心配なんだもん。しょーがねーだろ。 クライストチャーチは夏の日射しになった。 エーボン川をボーターが観光客を乗せて舟をおしてゆく。 川辺の道を散歩していると、まるで、いちどもこの町を離れたことがなかったような気がしてきます。 モニがじっと青空を見ている。 ずいぶん忙しい街になった、とわっしの知っている人はみながいうが、わっしはきっと鈍感なのでしょう。やっぱりいまでも同じクライストチャーチだけどなあ、と思う。 日本のひとのブログやなんかにも、ずいぶんクライストチャーチの悪口が出てくる。 特に、日本国籍を捨ててニュージーランドのパスポートを取った人がブログにニュージーランドの人種差別への攻撃が延々と書いていたのを読んだときはショックを受けてしまった。ニュージーランド人って、そんなにひどい人種差別主義者になったのか、とぶっくらこいて悲しかった。でも戻ってきてみると、「人種差別」というような切迫したものとは無関係な相変わらずのんびりした田舎の町です。 どーも、わっしが「人種が同じひとだから差別の存在がわからない」とゆーのでもなさそーです。 あれは、いったいなんだったんだろう。 街のまんなかにゆくと、必ず誰かに会って「おい、ガメ!」と道の反対からデカイ声で呼ぶ。くるまに乗っていてもすれちがったくるまがクラクションを鳴らしてゆきます。 知っている店にゆくと、おばちゃんたちが「まー、ずいぶん長いあいだ見なかったわねえー」と、のおーんびりした言い方でいう。 なんのことはない、日本の田舎やなんかと同じです。 「ニュージーランド第二の都市」なんちゃっておるが、ほんとうは「都市」ってゆうのはちょっと誇大表示なんちゃうか、っちゅう田舎のデカイ村落みたいな町だからな。 木洩れ日の下でモニや妹と、のんびり昼ご飯を食べていると、遠くから近所のガキどもがプールで遊んでいる声がする。 「おにーちゃん、パンツ返してよ!」とかゆーとる。 わっしがむかし妹に対してやっていたのと同じことをやっているやつがおるようだ(^^) ニュージーランドの伝統芸だったんだのい、あれは。 ニュージーランド人は残ったパンとかは裏庭にぶん投げますが、それを食べに鳥たちが立ち寄ってゆく。 この国には「天敵」をやれる動物がいないので、動物までのんびりです。 猫が虎のような顔をして歩いているわけである。 でええええっっかい空が、サングラスを通しても正視できないほど明るく輝いています。 こーゆーところにいると、文明とかは、最小限でいいのい、と思う。 進歩とかもテキトーでええんちゃうか。 きみが眉をひそめて考えている問題は、ほんとうは、考えなくてもよいことなのではないか。 ものごとを考えすぎて訳が分からなくなっているだけだったりして。 ほんとうは、世界はびっくりするくらい単純な場所なのかもしれません。 このイタリア食材スーパーで買ってきたマジはうまいのお。 すっかりよい気持ちになってしまった。 妹もちょっと眠たそうになって、モニとふたりで芝に座っておる。 … Continue reading

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日本

もうすぐ、2009年も終わる。 わっしは直にニュージーランドに戻ってモニや妹やかーちゃんたちとクリスマスを祝うであろう。わっしが大好きなクローブをさしたハムやローストビーフや就中ラムがわっしを待っておる。 クリスマスの前と後には、わっしの故郷と定めた町の、ぶわっかな友達や賢い友達と会うであろう。アイアンサイドタイ(クライストチャーチのタイ料理屋ね)や50 on parkや、 他のレストランで毎晩のようにひとと会うであろう。 今年は、わっしにとっては「日本の年」であった。 あんまし大きい声ではゆいたくないが、わっしは日本が好きになった。 日本人たちは相変わらず頭が悪くて、日本人同士他人を傷つける機会があれば見逃さず徹底的に秘術をつくして傷付け、「責任」を論じて責め付け、針の先ほどのことを棒大に言い立てて「死ね」という。 そーゆー人間の常として、とゆーか、論理的必然として、日本人は自分を大事にすることもしない。 失敗すれば自分を責める。 努力が足りなかった。増長していた。考えが足りなかった。 日本のひとの「お詫びの仕方」を見ていると手首を切るひとのように無惨である。 わっしの国の人間に、実は日本という国では一億人の人間に全部順番が付いているのだ、とゆえば、わが輩(ともがら)はなんというであろう。 ジョーダンだと思って笑うか、真実でないことを願って青ざめるか。 でも、ほんとうなんだね、これが。 日本では人間ひとりひとりに品番が付いていて、あらゆる情報がくっついている。 大学は慶応で高校は灘である。親の学歴はトーダイで、会社は三菱です。 年収は600万円だが嫁さんは聖心です。 じゃあ、だいたい同じ年齢のひとでは5238番、ですかね。 偏差値でゆえば63だかんな、そんなに悪くない、とゆわねばならん。 日本人の会話は、(特に初期状態では)、こーゆー背景と上下の探り合いに費やされるようだ。 「学歴家柄情報」を納めたICカードを身体に埋め込んじゃえばいいのに。 お互いにスキャナを持っていて、初対面の相手に会ったときは、「お見合い情報」みたいな、というか、あるいは、初めて会った猿山の二匹、というか、ピッと情報を伝え合ったほうがはやいよーだ。 そっちのほうが「人間的」だとは思わないか。 連合王国人を見習えばどうか。 連合王国人は相手の品定めをするのに日本人のような面倒くさいもってまわった会話をしない。 30秒でわかる、「アクセントシステム」をとっているからである。 日本人は、政治的には最後の「改革」のチャンスを逃してしまった。 日本というシステムには、どこかに「バネ」を壊してしまう回路があるようだ。 絶対に誰にもジャンプを許さない、根深い引き止める力があるようだ。 わしには、その不可思議なシステムがよく見えて来ません。 それは極めて精巧に出来ていて、少しでも油断すると、その階調にあらゆる風景を溶かし込んでしまう。 今回はその強烈な「抱きしめてひきもどす力」は「小沢一郎」という人間の形をとってあらわれた。 なにもかも「換骨奪胎」してしまった。 日本人が全身であらわした「変革への意志」はただの「政局」に矮小化された。 ひとつには日本のひとには「古いものは、それだけでダメだ」ということが、どーしてもわからないのだな。 オザワって、あのタナカのときのオザワかね? とゆって英語人は絶句する。 そんなバカな。 … Continue reading

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ちょっとAdeu(アデウ)

昨日はお友達が集まって「送別会」を開いてくれた。 豪勢にも貸し切りです。 ワインを2本飲んだ上にMauryがおいしくて飲み過ぎたので、すげえー酔っ払っちった。 わっしは日本の社会はいまでも大嫌い(すまん)だし、日本のひとだって特別に好きではないはずだが、でもなんだかいいな。 文明度が他の民族とは違うやりかたで高いようだ。 エゾシカのステーキとオナガカモを食べた。 すげーうまかっただよ。 お礼に、わっしは歌を歌っただ。 モニさんも歌った。 前にも記事でちょっと書いた 最近モニが好きな「Bitch」だのい。 http://www.youtube.com/watch?v=wdlNS1IPQOc&feature=player_embedded I hate the world today You’re so good to me I know but I can’t change Tried to tell you But you look at me like maybe I’m … Continue reading

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アイ ドント スピーク イングリッシュ、ノー プエド

合衆国側から見た太平洋戦争と日本側から見た太平洋戦争を較べながら読んでいると、ときどき面白いことがある。 両方とも自分の国に都合が悪いことは内緒になっているのは軍人というひとたちの「お互いを庇い合う」強い習性を考えれば当然だが、そーゆーこと以外でも、あっ、そーなんだな、と思うことがあります。 真珠湾に至る戦争前の交渉はおおかた、 「日本の政府が天皇の信認を得て何かを合衆国に約束する」->「軍部がその約束を故意に反故にして新作戦を強行する」->「合衆国が日本政府も天皇も信用できないとますます深く確信する」 という繰り返しですが、それとは異なるところで、ぬわーるほど、そーだったのか、と思うことがいくらもある。 以前に日本と合衆国が開戦するまでの出来事を並べて遊んでいたときに野村吉三郎駐米大使の英語がお粗末を通り越したひどいものであって、合衆国側の交渉者たちが野村大使の 「汚らしい上に何を言っているか全然わからない英語」を忌み嫌っていたことには気が付いておった。いろいろなひとの回想に繰り返し出てくるからです。 ちょっと話しているだけで「気分が悪くなる」ような英語であったという。 ところでもうひとりの「来栖三郎駐アメリカ合衆国特命全権大使」のほうは、わっしは迂闊にも日本側の「妻が合衆国人で英語が堪能な来栖三郎を特に派遣した」という記述を鵜呑みにしていたのでした。 でも、どーも、このひとも英語がうまく話せなかったようだ。 考えてみれば、わっしの知っている日本のひとで奥さんが英語人のひとって、みんな英語よー話しひんもんな。 ウカーツ。ぬかってしもうた。 細かいことはこの記事では省くとして、このふたりと会談することが合衆国側の当事者は生理的に苦痛であったようで、ちょっと驚いてしまいます。 わっしがいまちょっと思い出してみるだけでも「日本人の英語」が大嫌い、ちゅうか生理的に嫌い、というバカタレ友達は10人はおる。 切ないことだが、こういう生理的感覚、というのは自分の意志ではどーもならんもののようで、これら我がユージンどもも、別に日本人に対して含むところがあるわけではないのす。でも、日本のひとの英語発音が嫌なんだすな。 感覚でいうと、紅茶を音を立ててすする人間がいると、背筋がぞわぞわして、横から手を伸ばしてそのカップを叩き落としたくなるひとの気持ちと似ている。 そこまで考えて、特に初めは日本嫌いでもない合衆国側交渉者のなんだか底深い「日本人への嫌悪」が、なあんとなくわかるような気がしました。 一方では蒋介石の中国側は蒋介石自身の妻宋美齢そのひとがウェルズリを卒業した合衆国社交界の花形であって、このひとの親しい友人の名をここでちょっとおもいつくままに挙げてみると、エレノア・ルーズベルト、ハンフリー・ボガード、キャサリン・ヘップバーン、イングリッド・バーグマンという具合であって、これで日本が中国に対して外交上の優位が得られるとしたら、いっそ、そっちのほうが不思議であるとゆわねばならぬ。 合衆国の戦前から1948年までの中華民国に対する一貫した誠実で熱心な支援と共闘の姿勢は、この宋美齢の美しく華やかな性格と巧みな演説によるところが多いのです。 日本のひとはたとえば家電会社Sの社長がカタカナ英語で行った大演説について、 「I社長の演説は内容態度ともに堂々たるもので並み居るアメリカ人たちはみな感心至極であった。わたしもまた英語は発音などは問題でなく、内容こそが肝腎なのだと改めて痛感した」なんちゃっておるが、ウソですよ、そんなの。 自分のハチオンもまずいのがわかっているから自己弁護してみているだけである。 「言語は発音がすべて」っちてもいいくらいである。 ははは。驚いたか。 ガメ・オベールは、なんて嫌なやつなんでしょう。 ちゃいます。ショージキなだけよ。 わっしがプーなのにオカネモチなのは小さな葛籠を選んだからなのを知らないか。 鉄の斧は錆びとったから使わないで捨てちったが。 日本のひとの英語の発音はひでー、と思う。(すまん) ひどすぎです。(すまんすまん) カタカナ発音はまだかわゆくて良いが、「帰国子女」の、あの得体の知れないクサイ英語はあれはいったいなんであるか。 ナニジンの英語なのかね。 米人風になってみたりカナダ人風になったり、突然ニューヨーク風になったり、 なんのこっちゃ薄気味の悪い英語でまくしたてられると、わっしはダッシュで逃げたくなる。 あのすさまじいクサレ英語で帰国子女の「女子アナ」のねーちゃんが、ペラペラヘラヘラペラとハリウッドゲイノージンとかに話しかけているのを見ていると、ほとんどホラー映画である。 えっ? あんたもパチモンの日本語方言をしゃべるやん、って? ぶ、ぶわかもん。あれはマジメな研究の過程なんです。 くやしかったら、わしに研究費くれ。 閑話休題。 わっしはもうダチカンくなって魔物がいっぱい伏したりうろうろしていたりして、役人の世界の痛点から骨格から腐れきり方までなにからなにまで隅々まで知悉していた元スーパー官僚川口順子ですら手を焼いた世界に名だたるドグサレ官庁の外務省なんかは「象徴外交」だけの役割にかえてしまって、「渉外情報省」でも「情報発信省」でも、なんだったら「日本をわかってね省」でもなんでもよろしいから、ふつーの知能があってまともな英語が話せる奴を揃えてあちこちの国に送り込んだほうが良いと思う。 … Continue reading

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疲れた民主主義

アーサー・C・クラークは晩年のインタビューで「自分は50年代くらいから20世紀末までの科学技術的進歩をほぼ正確に見通したがCPUの集積度についてだけは、まさかこれほど進むとは思っても見なかった」とゆっておる。 HAL、でかいもんな。 2001年には、たしかにHAL程度の集積度をもつコンピュータはもっと小さいものになっておった。 人類の歴史をさかのぼっていろいろな時点での「未来への予測」を見るとあたっているものもあれば、大外れに外れているのもあります。 何回か記事にも書いたように、わっしの蒐集対象のひとつは「古い雑誌」ですが、昭和40年頃(雑誌そのものはニュージーランドに送っちったので手元にない。正確な日付がわかりもうさん)の週刊少年サンデーの図解に「40年後の世界」というのがあって、石油が枯渇した「40年後」のその世界では、道路にはふたたび馬車が走っていて、なぜかマッチ売りの少女のような立ち売りの子供が怯えた表情で寒そうにしている(^^) 街灯もガス灯、だったと思います。 空を見上げてもラムジェットはまだ飛んでない、とか、人間は意外にもいまだに化石燃料に依存して暮らしている、とかいろいろと意外な現実があるが、多分、19世紀から20世紀中頃までの人間がいまによみがえったとして最も以外に思うのは民主主義国がいまだに世界のなかで支配的な役割をはたしていて、民主主義が政治形態として採用されたままであることなように思います。 共産主義や国家社会主義はいったいどうなったんだ? と、20世紀初頭くらいに死んだ知性的人間は考えるに違いない。 民主主義のように単純で頼りない政治形態が、どうしていまだに続いているのか? 人間って、そんなにぶわっかたれだったのだろうか。 詩人や科学者は「世界は単純なものだ」という。 特に精神的な「定型」を見いだした芸術家や一見複雑な現象が単純な法則によって説明できそうなことを発見した科学者は、その単純な線で描かれた世界の美しさにうっとりして、それを口にする誘惑に勝てないもののよーです。 民主主義というのは実際には一見単純に見える問題が非常に入り組んだ錯綜した利害関係の上に成り立っているのを委員会なり聴聞会を通じて傍証に傍証を重ねることによって明らかにしてゆく骨の折れる作業の総体のことを言う。 実績もあれば絶大な国民的人気もあった「軍事のプロ中のプロ」ダグラス・マッカーサーが、「ただの取るに足りない戦争屋」であることが明らかになったのは気が遠くなるような調査と準備に立った長い聴聞の結果であった。 「軍事のプロ」というものがいかに思い込みの強いいわば現場のプレーヤーに特化されていて、「国家的利害」というようなことになると無能であるか、少しずつ証明されてゆくのを見て合衆国の国民は、やっと「軍人に国益についての意見を聞くことの愚かさ」を思い出した。 いまの合衆国でのダグラス・マッカーサーへの評価は「民主主義が理解できなかった将軍」です。 逆に品のない間抜け素人だとゆわれたトルーマンは、時間が経つのとともに高く評価されるようになった。 田母神というひとが懸賞論文に応募して航空幕僚長を解任され、その結果航空自衛隊を退職したとき、わっしが最も驚いたのは日本に文民統制が根付いていないことよりも、そこで「傍証された事実」によって田母神というひとの控えめに言っても誤解が多く単純化されすぎた見解が批判的な議論の場がいっさい設けられなかったことでした。 その結果、日本ではあらゆる政治問題について広汎に見られる「まったく異なった事実認識に立って、まったくかみ合わない議論の投げつけあいが行われる」ということになった。 ダグラス・マッカーサーが解任されたときの一連の聴聞会で合衆国人は非常に多くのことを学んだ。軍人は自分の都合が良い事実のみを拾い上げて都合の悪い事実については平然と嘘をつくこと、また、なぜそういうことが軍人においては起きやすいか。 軍人は誤りを認めたがらず、また、自分に対して阿諛追従する人間に極端に弱いこと。 国民が挙げて「軍人」というものの特性を学んで、そのときに学んだことはいまの合衆国の財産の一部になっていると思います。 田母神俊雄というひとの事件は日本のひとが軍事や防衛について考えるよい機会であったが、それが「勝手にものを言い合っておわり」という日本の議論の悪習に陥って終わってしまった。 民主主義的な手続き、すなわち、その人物の過去の行動や発言を調べ上げて、そのひとつずつを民主主義的な手続きに合致していたかどうかを検証する、とうことは、たしかに面倒くさいが、それなしでは、ほんとうは民主主義は成立しない。 民主主義は怠け者には向かない政治システムで、手間がかかるが、構成員、すなわち国民の知的レベルが一定程度以上であれば、かなり手堅く機能する政治システムだと思います。 それを強化する良い機会を見送ってしまった。 日本のひとに能力がないわけでは全然なくて田中角栄事件のときは、まだ、相当にちゃんとやれたのです。 わっしは今回日本にいて、「日本のひとは疲れてきたかなあー」と考えました。 戦争を含めた歴史問題についても、経済問題の解決においても、もう面倒くさいから、こういうことだったことにしとけ、というような投げやりな議論が目立つ。 ここで挙げた田母神俊雄というひとの「日米戦争はルーズベルトによる策略であった」というような主張は、いまの日本社会ではかなり一般的なもののように見えますが、これを友達に話すと、ふきだして大笑いします。 あるひとは、それなら日本の戦後体制は毛沢東の策略だという意見も出てくるべきだ、とゆった。 歴史的な傍証なしなら、どんなふうにでも歴史事実は歪曲できる、という意味です。 南京虐殺や他の戦場での強姦殺人問題でさんざんこづきまわされて、事実を事実として認めるだけの気力が、もういまの日本のひとにはないのかもしれません。 「事実」などには、もう嫌気がさしているのかも知れません。 民主主義という体制はそもそも国民に非常な体力と忍耐力を要求するシステムなので、 ちょっとやばいかなあー、と思います。 こういう疲弊にはユンケル黄帝液は無力だからな。

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ナマケ日記(8)

アフガニスタンは皮肉な役回りの国だ。 ソビエトロシアはここへの侵攻に失敗して没落を決定的にした。 今度はどうやら合衆国に凋落を宣告しそうです。 カルザイの統一政権プランは合衆国にとってはひどい致命傷であった。 そこにあるのはカルザイの「もうあんたらのゆうことなんか聞かん」という意思表示である。 やばいじゃん。 政治的な事件が経済に影響することは滅多にないが、影響を与えるときには必ず致命的である。 歴史のホーソクなんだぞ、これは、と、むかし高校のハゲがゆっておったことがあるのを思い出した。ハゲはあんまり賢くなくて、それがゆえに奥さんとすんげえべっぴんのねーちゃんだった娘に無惨に捨てられたのだったがハゲにも一分の理、という。 あたまよかったのかもしれねーな、あいつ、としみじみ考えました。 このパンチは効く。 どーやらアメリカ・ドルの基軸通貨という座布団はもってゆかれてしまいそうである。 いまはいろいろな国が「強いドル、強いドル」と合唱しているが、最後の悪あがきめいてきたよーです。 ドルの処分にかかった中小国家の中央銀行も散見されるではないか。 うーむ。 ほんとに、やばいじゃん。 わっし、仕事しないといけなくなるのと違うか。 があーん。 (かねもうけしようとおもわなければいいだけだけどね。下品なわしは、つい) **** 日本で言うと、ドルの基軸通貨が、やんぴになると、一瞬日本円になだれこんできちゃうでしょうがね。 そうすっと、2011年1ドル60円に向かって、どんどん円が高くなりもす。 そしたら、たださえ慢性病に苦しんどる日本経済、劇性症状起こして即死やん。 どーも、このごろ日本はタイミング、ちゅうか、起こることの巡り合わせが悪いよーだ。 国にも個人同様「運の悪い時期」ちゅうのがあるねんな。 なんちゅうか家の屋根の葺き替えをして屋根ひっぺがしたら大工が無能でほうっぽらかしになっとる上に台風が来てもうた、ちゅうようなことにならねばよいが、どうも、わっしが日本人なら、いやあああーな感じがするであろう。 でもって取り仕切ってるのが「陰の大統領」小沢先生だすからな。 たまらんな。 おもしろすぎ、いや、ごめん、やばすぎです。 **** とゆって、ひとの心配をしているばやいではない、連合王国もニュージーランドもでーへんじゃん、ともゆえるが、前にも書いたようにわっし個人ははプーなので、特別心配の必要はないんです。 無職の人間を解雇できる奴はおらんからな。 銀行人が電話してくるが、自分のクビを心配して電話してくるだけである(^^) わっしのくらあああーい予想を聞いてびびるのが目的なよーだ。 なんとなく、チビに「こわいおはなし、こわいおはなし!」とせがまれているよーで、 ビミョーな気分だのい。 **** とゆーわけで、日本語で書きたいと思うものを今日の夜になったら書いてみるべ、と思ってます。 もったいつけずに、いま書けよ。 ズツー、なんです。 二日酔いである。また昨日遊んじったからな。 … Continue reading

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ナマケ日記(6)

Stronghold のOnlineゲーム版「Stronghold Kingdoms」はマジで出るよーだ。 いえーい。 公式サイト http://www.strongholdkingdoms.com/ は固まったままだけどな。 いえーい。 もうやめたのかと思ってたぜ。 いえーい。 多分ダウンロード販売かの。 そうするとシャチョーは一円も儲からんが、業態が遅れをとっておるのだからやむをえないよな。 いえーい、いえーい、いえーい。 やっと金融危機のダイレクトな影響がなくなってゲームタイトルの開発が軌道にのりだしたようである。まことに、めでてえっす。 もうすぐBioshock2とかも出るしな、長かったゲーム旱魃が終わりそうです。 わっしのようにゲーム世界で勝利することのほうに現実世界で勝利するより遙かに現実感をもつタイプの人間にとっては、長い暗黒期であった。 おもろいゲームが出ないおかげで、退屈で下品な現実世界にずいぶん長いあいだ逗留してしもうた。 まことにくだらん。 現実世界などモニだけでいーんです。 他はいらん。 (Stronghold kingdomsの動画を載っけておきます。無茶苦茶おもろそう。むふふ) **** 昨日「White Russian」のことを書いていて思いだしたが、「Room Eleven」の「Six White Russians And A Pink Pussycat」はときどき聴くと、いいのい。 わっしはリ・リリース版の追加された「Bitch」が好きなんです。 I’m a bitch, I’m a lover I’m … Continue reading

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文化によって国をなす、ということ

もうすぐ家に帰るところだが、わっしは今回はちょうど良いときに日本にいた。 日本という国は国ごと小沢一郎にまんまと騙されてしまったが、わっしは決してうまくはいかなかったものの日本のひとが勇気をふりしぼって期待もしていない民主党に(あるいは騙されることすら覚悟しながら)投票するのを目撃した。 それはやはりよいことだと思います。 「>私はそんなに賢くもないし、性格も弱いけれど、幸せになりたいです。自分自身を幸せにしたいと思っています。 もちろん生きていくうえでは、苦しいこともたくさんあるでしょうが、それでも楽しく生きていきたいです。」 というJさんの手紙を読んだ。 http://d.hatena.ne.jp/gameover1001/20090609/1244557217 Jさんの手紙などは、日本人であるJさんが書いたこの素晴らしい手紙が読めたというだけで、なんだかもうそれだけでもよい感じがしました。 「幸せになりたい」「自分自身を幸せにしたい」「楽しく生きていきたい」と、ひたむきに、はっきり言葉にしてゆえるのは意外なことに段階がすすんだ文明人だけである。 まだ何の形もなしていないけれど、わっしは日本のひとが生活を変えようとしはじめたことをいまでは知っている。ひとりひとりの日本人が自分の生き方を変えて、あるいは変えようと志して、社会がかわってゆけば国家としての日本などはひとたまりもなく変わってゆくでしょう。それとは逆の国家を変えることによって人間を変える試みはうまくいったことがない。いまの日本の自称右翼はそれがわからないほどバカだが、わっしは自分の日本人の友達たちを観察していると今回のチャンスを逃して、かれこれ数えてみると当初わしが予測したように2040年からの再建というわけにはゆかないが、いつかは日本も再建に向かって動き出しそうである。 Jさんが言うのは謙遜だが、ほんとうに 「賢くもないし、性格も弱いけれど」幸せになりたいわっしは、 「自分自身を幸せにしたい」と思っているので、そろそろこの日本語ツアーを終わりにしたい。 この三か月というものは「日本」が関心の中心であった。 面白かったが疲れちった。 ずっと日本を観察してきたが、わっしの好みだけで勝手な希望を述べると、日本は「文化を生産する国」として将来をつくるのがいちばんよいと思う。 外国人が認めてくれなかっただけで、日本のひとの異常なほどの独自の文化をつくる能力はいまに始まったことではない。 それを疑うひとがいるなら、運慶の木像の筋肉に割り当てられた木片を見てみればよい。 あるいは幅の広い純粋殺人兵器である鎌倉時代の刀の刃の輝きをじっくりと見て見ると良い、と思います。 「マンガ」や「アニメ」は、わっしは日本のひとが期待しているのとは異なって結局は「マイナー文化」として終わると思って(念のためにいうとマイナーだということは「劣っている」というのとは意味が異なる)いますが、このあとには、もっと尖鋭な、もっと思い詰めたいまの現代文明の空を引き裂く稲妻のような文化が起きてくるものだと予想します。 日本のひとがいまこの瞬間は破滅に向かって少しづつ滑っていっている自分たちの国を救い出すために「新しい産業」や「生産性の増大」ということしか考えないのは、実は、わっしから見ると「アングロサクソン病」みたいなことなのかもしれません。 追いつき追い越せでやっていた頃の 日本人の目標は日本人がどんなに認めるのをいやがってもアングロサクソンだったからな。 一方で、日本のひとはアングロサクソンが心から羨ましいとおもっているものを見落としておる。 日本のひとはよくイタリア人をバカにしたようなことを言うが、いっぽうでは自分たちが(はっきりいうが)かつてあれほど憧れた当のアングロサクソンがイタリア人たちに対していかに強い憧れに似た感情をもっているか知らないもののようだ。 だって、向こうの文化のほうがカッチョイイんだもん。 文化というものは、この見栄によって動かされる下品な物質世界にあっても最終の勝利者であって、これにだけは誰にも勝てはしない。 人間が天上を見上げるときに見はるかすことが出来る天窓がこれ以外にはないからです。 他の外国人がどう思うかは知らないが、わっしは日本のいままでの文化は結構はくりょくがあるくらいカッチョイイと思う。 俊頼髄脳が西洋人の口端にのぼらないのは「訳されてないから」というだけの理由である。 江戸川乱歩の「押絵と旅する男」や岡本綺堂の随筆や透谷も同じです。 視覚芸術でもたとえば四谷十三雄やなんかをすごいと思う。 日本が「文化立国」して500年くらいしていまのイタリアのような位置を占めるようになったら、どんなにいいだろう、とわっしは思います。 そっちのほうへ行くとすると、どこもかしこも同じになりつつあるいまの世界では日本のひと特有の心の狭ささえ自分たちの独自性をいかしてゆくうえで助けになってゆくと思う。 クルマに変わる「産業」としての「アニメ立国」などというのはくだらないとわしは思う。アニメの輸出高とクルマの輸出高を較べてみれば、そんなものがいかにかけ声だけの空論かわかります。 長い日本の海岸線を全部すきまなく風力発電の羽根で埋めても全体の消費電力をまかなえないのに、石炭や石油や原子力をやめて風力に切り替えろというひとたちと同じくらい無責任でもある。 文字通りの意味の「桁違い」だからな。 しかし、この現実の世界に国民全員がいきなり背を向けてゲージツにだけ興味をもつ、という国造りは意外と良いかもしれんな、と思う。 少なくとも日本がそっちの方角と行くと決めたときの「世界」のそれによってうける恩恵ははかりしれない。 もっと言い募ると、日本のいまの社会の習慣でそっちの方角で大成するために欠けているものといえば「文化に金を払わない」という経済習慣だけである。 前に、数寄屋橋で、ものすごくうまいテナーサックスを吹いているアフリカ人のにーちゃんを見たときである。 … Continue reading

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転回点

自分の国の人間と話していると、よく「ガメは日本にあますぎる」とゆわれる。 年長の友人ほど、そういう。 このブログをずっと読んでいる人は知っているとおり、わっしには「親日的傾向」なんてゼロなので、見て考えたことをふつーに話しているだけです。 でも「あまいわい」とゆわれる。 わっしが「日本語を理解する」ということは内緒になっているので、わっしの日本についての情報は根本から間違った2次情報であって、「もう少し日本のことに興味をもったほうがいいのではないか」とよくゆわれます。 たとえばいまこうやって日本にいる、ということも知らない友達のほうが多いが、知っているひとは、 義理叔父(日本人)と仲がよいので、日本にたびたびやってきて遊びほうけているのは、そのせいだろう、と思っているようです。 実際にも、わっしはそれほど日本のことを知っているとは言えない。 エヴァンゲリオンよりも世阿弥に興味があるのでは日本に興味があるとはゆえないでしょう。 わっしが興味をもったのはだいたい小説で言えば三島由紀夫、文学全体で言えば岡田輶彦くらいまでの「日本の亡骸」であって、アニメやコスプレというようなものには、まったく興味がない。 もっとも連合王国自体の文化についても、わっしの趣味ははどんどん古くなっているので、21世紀、20、19、…..と逆行していって、とうとうベーオウルフにまでいきついてしまった(^^;) 即時的な現代文化については夢中になるのは、スペイン語圏とインド文化、レバノン、ロシアばかりなので、やはり相性というものが大きく働いているのでしょう。あたりまえだが。 以前には、日本は2025年あたりにどん底を迎えて、2040年くらいから飛躍的に恢復するであろう、と他人に訊かれると話していたが、最近は考えが少し変わって、「復活」は無理かな、と思うようになった。 しかしどのような社会・文明にも「寿命」というものがあるのであって、日本というマイクロ文明が夭折の運命にあるとしても、それはそれで仕方がないのではないかと思います。 日本が世界のなかで「僻地のちょっと面白い国」として生きてゆくか再びメジャープレーヤーとしてやってゆくかの転回点はいつごろくるのかというと、「いま」がそうである。 1)自動車と家電に依存した産業構造が変えられるか EV化が進むと自動車産業はまず間違いなく水平化するでしょう。丁度IBM互換機の「XT」や「AT」「ATX」「PCI」というような公開されたスタンダードが自動車の構成部品群についても出来上がったところで、産業の水平化が急速にすすむに違いない。 日本のひとで、自動車技術に詳しいひとは「それだけでつくれるほど自動車というものは浅くない」と言いますが、そういうひとは「自動車文化」そのものが変わる、という可能性を見落としている。「ドライブフィール」というものに大金を払うひとがカローラが30万円になったときに、どれだけいるか。 自動車産業が水平化したときにトヨタが恐竜化していない、というのは想像するのが難しい。その上、自動車会社というのは一度間違えると真っ逆さまな、衰退のスピードがびっくりするくらい速い、それゆえ個々のCEOの能力が甚大な影響力を持つので有名な産業ですが、いまのトヨタの社長が過去に指揮をとった事業(インターネット事業である)を詳細に調べてみると、どうしようもない、というか、社内の最も優秀な部隊を集めてやったのに、なんじゃこれは、というような愚劣で完全に失敗した事業なので、多分、トヨタは最も難しい時期にこのひとを社長につけたことを長く後悔することになりそうです。 自動車も家電もいまは技術力とデザインがすぐれているほうから価格依存の製品群で勝負しているほうへ並べて東アジアでは「日本-韓国-中国」という構造になっていますが、これが「中国先進地方-中国中進地方-中国後進地方」という構造に塗り替えられてゆくのは普通の展開であると思う。 「中国人はマネしか出来ない」と日本のひとはタカをくくっているようですが、それは考えがあまい。 中国の会社がいまのところ他社の無様なコピーに終始しているのは低価格維持のための薄利大量生産からくるリスク回避のための必然的な戦略で、「盗んだものはタダ」という誰にでもわかりやすい経済事実を適用しているにしか過ぎない。 これは成長期の競争の激しい社会では確かにもっとも賢明な戦略で、現にどれだけコピーしても訴訟などを通じた経営への打撃はほとんど皆無なので中国側から見ると「公認された窃盗」です。リスクはゼロである。 これはまた、ある程度は(中国系アメリカ人の経済アナリストたちが盛んに主張しているほど同じケースだとはわしは思わんが)日本の会社が1970年代までとっていた戦略と同じでもある。 これ以上書くのはめんどくさい(ごめん)なので省くが、日本は、 決定的に遅れている a)金融技術 b)社会制度を含めた広汎なIT社会化 c)バイオテクノロジー の三つの分野で世界の水準に追いつくことに全力をあげねばならないはずです。 ところが、このみっつにおいて日本は「トップを走っている」という途方もない意見のひとまで少なくない数でいるくらいで、1)に至っては、そんなものが必要ないことが「金融危機」で証明された、という、まるで飛行機の墜落を見て、自分たちの社会は飛行機がないことによって文明国よりも優れている、という南米やアフリカの奥地へ行けばいまでも見られなくはない理屈を述べるひとたちまでいる。 「失われた十年」という記事 http://d.hatena.ne.jp/gameover1001/20080511/1210510341 にも書いたとおり、日本はこの十数年でひどいハンディキャップを自らに背負わせてしまった。 「オモロイ田舎の村」の方角を選択しないつもりなら、その「現実から眼をそむける癖」をなおさねばならない。 2) ….と、ここまで書いたら、出かける時間になってしもうた。 (モニとデートだす。うらやましーだろー) 続きは帰ってきてからにします。 コメントのご返信も送れててすんまへん。 … Continue reading

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ナマケ日記(5)

立花隆の「小沢一郎・新闇将軍の研究」が載っていたので文藝春秋を買う。 日本で「自称」でないジャーナリストは珍しいと思うが立花隆は正真正銘のジャーナリストです。わっしは尊敬しておる。 科学音痴だけどな。でも、いーんです。 あの大船あたりで時代遅れの買い物籠を抱えてうろうろしているオバチャンみたいな顔(日本の男の人は、年をとると『おばちゃん顔』になるひとが多いのはなぜでしょう)の偉大なジャーナリストがいなければ、日本はもっとずっとひどい国だったろう、とわしは思います。 「愛国心」というのはフランス人が発明した概念だが、立花隆というひとの書くものを読んでいると、その「愛国心」という言葉を思い出す。 こんなえらいひとが、世の中にはいるのよねえー、と思います。 「ガルガンチュア」は、きっと楽しい酒場だったろう、と考えました。 癌、治ったのだろうか。 **** 航空券の手配を頼みにニュージーランドに電話してみると、いろいろな便がなくなっておる。がーん。 ニュージーランドからサンフランシスコまではエア・ニュージーランドで行くとして、サンフランシスコからニューヨークは、どないすんねん。 まさか国内便を別立てで買うしかないんでは。 世界一周チケットでもよいが、ひとりあたま12000ドルでブーメラン・チケットに較べると5000ドル高い。わし、しわいねん。そんなもん、ようだしひんわ。 ニューヨークは冬がいちばん好きだが、暖かくなってから行くことにすればサンフランシスコからいったんロンドンにヴァージンで戻って、そこからパリへ行く、という手がなくもなし。 カリフォルニアは退屈だが仕事の用事があるのでやむをえない。 スタンフォードのフライズ結構オモロイし。 ひさしぶりに「タッキー王国」ラス・ベガスでも行くかのい。 ロス・アンジェルスから時間をあわせてクルマででかけてラスベガスの、あの雄大な夕陽の光景をモニに見せてあげたい。 **** 好調な経済やお金が人間を幸福にするということはあり得ないが、人間は時々それを再確認しないとこれほど自明に近いことでもわからなくなる。 「経済は人間を幸福にしない」という本が英語世界では売れておるよーだ。 あたりまえすぎて、くだらん。 そういうことをわざわざ本に書こうと思う人間は、もともとはお金で幸福が「ある程度」買える、と思っていたに違いない。 もっともお金が全然ないと人間は不幸である、ということは長い人間の悪徳の積み重ねによって真実に変わってしまった。 幸福は自然状態においても存在するが、不幸は人間がつくりだすものであるようだ。 もっかの世界は、不幸、大量生産中、だものな。 **** けんちん汁、をモニとふたりでつくってみた。 ごま油は韓国のひとたちのホームメイドのものが、最も具合が良い。 う、うみゃい、と思いました。 けんちん汁は「建長寺汁」の訛りだそうだが、むかしの禅宗の坊さんは結構味という点では豪勢なものを食べていたようです。 なにごとによらず歴史性を尊ぶわっしは、「けんちん汁」の縁起にならってキッチンの床に木綿豆腐をぶち投げてぐちゃぐちゃにしたほうがおいしいのではなかろーか、と提案したのですが、モニに否決されてしもうた。 キッチンの床を消毒して、やってみたかったんだけどな。 西洋の料理に較べてアジアの料理は「ベジタリアン・フード」において、最もすぐれている、と思う。 サラダ、とか、食べる気しなくなるもん。たとえばパッションフルーツソースのサラダはうまいが、サウザンアイランドドレッシング、みたいな下品なものをかけて生の野菜を食べるのはほぼ野蛮である。 タミル人たちは、ベジタリアンフードの天才です。 ドサと野菜や豆のカレー。もっと南に行くとドセ。(発音がかわるだけでなくて分厚くもっちりしたものが多くなるようだ) 南インドなら「肉男」(モニさん評)のわっしでも菜食主義者がやれるかもしれません。 日本は、なんちゅうても豆腐料理。 ひろうすに揚げ出し。 … Continue reading

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鳩居堂で、朝食を

「ねえー、まだダメなんですかあ-」 「ダメ」 「だって、おなかすいたよお」 「表面がひかっているあいだはだめです」 「えええええー!だって光んなくなるまで待ってたら、乾いちゃっておいしくないじゃん」 「おだまりなさい。芸術のためです」 「うそおおお。ゲージツとだんちゃんとどっちが大事なんだよお」 「ゲイジュツ」 うー。 料理上手のモニがつくった「新そば」の料理が目の前にあるのに食べさせてもらえん。 この綺麗に整列して「おいしそうのパーティ」をしている料理を、これから絵に描くんだそーだ。ざるに載ったうまそーなそばの周りを、もっとうまそーなフランス風にアレンジされた小鉢料理の親衛隊が固めておる。 真剣かつ深刻に、うまそーです。 でも食べさせてもらえん。 ゲージツなんて傍迷惑なものは、だから嫌いなんじゃ。 モニさんは、この頃、やたらと日本のものに興味を示しておる。 伝統家具のようなものは前から好きだったようだが、最近は、食べ物に興味の対象が拡大された。 精進料理やそばみたいもんが気に入ったようです。 台所にふたりで立って、わっしにレシピを翻訳させる。 ふたりで一緒にダシをつくって、おもいきり失敗して笑い転げたりしてます。 (昆布ととろろ昆布を区別しなかった結果、すごい味になった) 魚を三枚におろせるようになったし、かつらむきも出来る。 モニと一緒に台所に立つのはなかなか命がけ(日本の無茶苦茶切れる包丁をもったまま仏式身振りで話すのは是非やめてもらいたい)だが、一緒に料理するのは楽しいっす。 たとえば、モニとわっしはこの頃「飛竜頭」をつくるのに凝っておる。 あれはあれで、ちゃんとつくるのは、難しいおすえ。 豆腐の水抜きから始まって、にんじん、きくらげ、百合根、と下準備だけでも結構たいへんです。 120度の油で揚げて、揚がった飛竜頭を今度はとろみをつけたスープのなかで煮て出来上がりだが、工程が多くてくそめんどくさい。 でも、ふたりでつくれば愉しいっす。 「そのまま5分煮る」なんちゅうところでは冷蔵庫のドアに貼っついているタイマーをかけて、ふっふっふ、5分キスしてればよいだけです。 モニとわっしは今回の滞在で和食のレパートリーが増えた。 ふたりとも日本料理が好きになった。 茶碗蒸し、とかはすげえ好き。 けんちん汁も好きですだ。 巻き寿司も太巻きをつくる。 「厚焼き卵焼き」はモニとわっしが大好きなお鮨屋さんにつくりかたを教えてもらった。 鶏の竜田揚げも揚げ出し豆腐もうまいのい。 ふたりとも「関西味」のほうが好きなのだそうです。 仲の良い料亭の主人も鮨屋の大将も、そうゆうので、きっとそうなのであろう。 (自分じゃ判り申さぬ) 日本の料理は以前に思ったほど単純ではなくて、難しい。 前には単純でショーユばっかし、と思って悪かった、すまん、和食の諸君、許してくれ給え、と思いました。 … Continue reading

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くびれ世代

1935年にマンハッタンに生まれたひとは滅茶苦茶ラッキーな人生であった。 学校の設備はべービーブーマー用につくられていて、40人用の設備を20人に満たない生徒が使った。 教師たちは吹き荒れた大恐慌の嵐のせいで最も優秀な人間の集団であって、当時の合衆国では「憧れの職業」だった。 日本が始めた戦争は頭上を通過してしまった。 しかも、このひとたちが高校生になるころ合衆国は未曾有の大繁栄を迎えるのです。 社会そのものも、このひとたちが30代を終える頃まではセントラルパークを夜散歩するひとの姿は普通に見られた。 ニューヨークが、いまの再び安全になったニューヨークよりも、もっと安全だった「神話時代」なんです。 ラッキーじゃん。 日本でも、こーゆー世代がいるだろーか、と思って考えてみると、東京に1955年に生まれたひとびとは、やや似ておる。 「くびれ世代」っちゅうんだそーだ。 やっぱりべービーブーマーの後にやってきた。 東京タワーが開業50周年だそうなので、おおざっぱにゆって、このひとたちは東京タワーとともに育ってきた。 「東京タワーがある風景」のなかの人生だった。 歴然とした日本経済の劃期である東京オリンピックが1964年。 ここから、日本の、ロケットが垂直に上昇するような成長が始まります。 団塊の世代が「背広を着るまでの暇つぶしの革命」をやって遊んでいた直後に彼乃至彼女らはやってくる。 1955年から2000年までの日本の歴史を編年的にたどってみると、驚くべし、それは「自分が成長するにしたがって社会が成長し、自分が衰えるにしたがって社会も衰えた」ひとびとの歴史であって、この年に生まれたひとの気持ちに立って想像してみると、 きっと彼等の眼に映る日本という国は、ごく自然に自分の成長や安定とぴったり重なる世界であるに違いない。 日本のロック音楽を初めて意識的につくろうとした細野晴臣や大瀧詠一たちの「はっぴいえんど」が出来るのは1970年解散は1972年です。 1972年には、「くびれ世代」の音楽的なシンボルであるユーミンが歌手としてデビューしてます。 もうひとつの面からいうと、このユーミンの「あの日に帰りたい」がオリコン・ヒットチャートの1位になる1975年からだんだん「演歌」がヒットチャートから姿を消してゆく。文化面では団塊世代の影響が弱まって「くびれ世代」の好みが反映されてくるもののようである。 キョーカショみたいなものでいうと、スーガクの「新教育」がはじまってしまうのが (多分)1973年であって中等教育課程で象徴的なものでいえば複素平面が教科書から消えて行列が登場します。 ここから日本人の数学能力は真っ逆さまにおちてゆく。 数学に関しては「ゆとり教育」よりも、このときの「改革」のほうが大きいように思えます。 「くびれ世代」のイメージは、団塊世代という根本から道徳観念を欠いた「競争屋」である次男に較べて、マヌケでハッピーな三男、ちゅう感じでしょうか。 政治的に重要なのは、この世代が多分最後の「戦後民主主義世代」であって、小さなときに、あの暗い、途方もなく悲しいロボットたちの叙事詩である「鉄腕アトム」を観て育ったに違いないこのひとたちは、日本のそれまでのどの世代よりも「自由と平和と民主主義」の価値を頭脳だけではなく全身で理解しているに違いない。 もうひとつには、この世代は実はいわゆる「学生闘争」が終わった直後の世代であって、 あの、どうやっても言い逃れの出来ない欺瞞と「甘え」に関わらないですんでいることも重要である、と思う。 一方では世代ごとまるごと、まことにユーミン的で、「気分だけ西洋人」なのもこのひとたちの特徴であるよーだ。 学生闘争の最後の線香花火みたいな杜撰な計画による小テロリスト蜂起事件である「あさま山荘事件」は1972年です。 わっしは12月初旬もしくは11月の終わりに予定している日本滞在の終わりまでに残った時間をこの「くびれ世代」のケンキューに使おうと思っていますが、 この世代は、ベンキョーすればするほどオモロイな。 このブログをむかしから読んでくれている人は気がついてくれていると思うが、 わっしは日本語をおぼえて鎌倉時代(平安後期)から出発して、やっとここまで、というのはくびれ世代までやってきた。 ここまででも、無茶苦茶おもしろいものがいっぱいあった。 もう隠しておくことにもあんまり意味がないから、わっしが日本語をベンキョーしはじめたそもそもの理由を述べると、長生きしちってやることがなくなったらわしの母国語である英語で日本の歴史を書こうと思ってるのす。 この世界に、こんなオモロイ「マイクロ文明」はないからな。 わしはマジで巨大図書館がひらけるくらいの日本語の本を買い集めた。 大半は、もう海を渡って、わしの「本の要塞」と友達が嗤う家に閉じ込めてあります。 … Continue reading

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「新世界」へ

歴史のある国はくだらん、というと、日本のひとはびっくりしたような顔をします。 それから、おずおずとした、という感じで「ウソ、でしょ?」という。 ほんとなんだけどね。 わっしは、歴史がない国のほうが、歴史がながああああああい国なんかよりずっと好きなんです。 めんどくさくなくていーじゃん。 歴史が長い国には、ひだひだがいっぱいひだひだしておる。 使う言葉が違うので、ものの2分も話していると相手の背景がわかってしまいます。 日本のひとは長く欧州に住んでいるほど、「この頃は、階級とか、そーゆーのは、さすがに時代遅れなんですよ」なんちゃっておるが、ははは、甘い。 ノ、ノ、ノットーリアス(デュランデュランの曲の節で読むよーに)な、わっしの「隠し母国」は、あったりまえとしても、大陸欧州でも、どっこの国でも相変わらずヒソヒソとひそひそしているのであります。 我が友がら共を見よ。 いまや近親婚を避けるのに苦慮しておるではないか。 観察していると、外国人たちは20年くらい住むと、ようやく理解して愕然とするよーだ。「発見」するのではなくて「理解」するのね。 きみは、ここのひとではないのよ、というひそやかな囁きが聞こえるようになって青ざめる。 うー。 そうやって考えると、欧州ってむちゃくちゃに、やなところだのい。 わっしは好きだけどな。 でも「わっしは好き」とアフリカ人たちに言うと、わっしがこれほど大好きな彼等の笑顔に蔭がさすのです。 わっしの幸福に満ちたパーな顔をじっと見ている。 歴史がある国のくだらなさは、そこに生まれついたものでなければ、絶対わからん。 モニとわっしは、日本の後に欧州某所の家に帰るのはやめちった。 オークランドへ行くのだ。 まだ神様も悪魔もwindwalkerもsleepyheadも、なーんにもいないオークランドで、モニとわっしはロードーするのだ。 新しく買う家に小さな小さな木を買って植えるであろう。 その木は、きっとモニとわっしの新世界への期待のように育つに違いない。 根をはやして、旧世界のばかばかしさを笑ってくれるに違いない。 歴史のない国はノートブックみたいなものなんです。 モニとわっしの国のように立派な文章が書かれているわけじゃない。 無理はないと思うが、小さな声で言うと、アジアのひとは話してみると、なんのために移住してくるのかわからん。 教育は受けられるか。 医療保護は受けられるか。 職はもらえるか。 くれくれ。 くれくれくれくれ。 なんだよ、せっかく移住してきたのに、たったこんだけしかもらえなくてがっかりだぜ。 やりきれない気持ちになることがあるのです。 それを人種差別とよびたきゃ、勝手によべよ。 欧州にはもう出来上がった文章がある。 出来上がった空気が漂っていて、出来上がった哲学が鎮座していて、出来上がった彫刻も出来上がった建築もある。 驚くべし、出来上がった人間までうろうろしている。 でもな、ご立派な文章の解釈はジジイやバーサンや坊さんや日本人にまかす。 … Continue reading

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人生なんか投げちゃえば

ひさしぶりにJさんから手紙が来た。 Jさんは、このブログをずっとむかしから読んでくれている友達である。 http://d.hatena.ne.jp/gameover1001/20090609/1244557217 留学先についての相談だったので、わっしは「留学」というものをしたことがないので相談するのに適切な人間でないことを書いた上で、いくつかの候補地について自分の印象を書いた。 そーゆーときは、わっしはマジメなんです。 なるべく人生が円滑にゆくべく考える。 でも、じゃあ、自分ではそーゆーふーにマジメに考えてリューガクしたりするか、というと、やんねーな。 なぜか。 わっしは自分の人生を計画したりするのが嫌いなんです。 人生の恍惚を感じるのはラスベガスで一文なしになったり、カセドラル広場でやくざに取り囲まれて絶体絶命になったり、MGFで時速X00キロで走れるか賭をして、クルマが宙にうきあがちゃったりしたときである。 じゃあなんで、Jさんに「無茶苦茶しちゃえば」というふうに適切なアドバイスをしないかというと、Jさんが女のひとだからです。 わっしは、舗道のない道で女の子を車道側にして歩くだけで叱責される、というようなヒジョーに性差別を前提とした教育を受けたので、いまでも自分でクルマを運転してパーティに出かければおもむろにモニの側まで歩いて行ってドアを開けます。 大時代だ、とゆってふきだすなかれ。 まことにいまはそうゆうことをするひとはいないが、わっしは、そうしないと落ち着かないのです。 リフトから女のひとをさしおいて降りる、というわけにはいかんのだ。 妹が大学の会誌に原稿を頼まれたときに「兄の、無思慮による一連の愚行とただ運と僥倖によっていまに至るまで転落も破滅もせずに生きながらえているという神秘的な事実について」という文章を書いてもよいか、とゆってきたので、ぶわっかものと却下したことがある。 妹のような秀才にはわからぬことであるが、わっしは「正しいひと」や「賢い人間」が嫌いなんです。 「正義」も「道徳」も嫌いだの。 正しければ正しいほどいやである。 正しいことは、なんてダッサイんでしょう、と考える。 「正しいこと」を言いたてるひとを見ると、うるせーな、と思う。 わっしは自分のあるかないか頼りない知性よりも、つねに自分の五体のほうが好きであった。十分に筋肉がついていて(自分で言うのはなんだが)反射神経抜群の我が雄大な肉体のほうが遙かに好きであった。 わっしにとっての「実在」は、わっしの肉体なんです。 キョーカイのひと、みたいなもんが大学に来ると、「霊性」なんちゃうので、「霊性」だって、けっ、「霊性」かよ、と思ったものであった。 わっしの哲学は筋繊維から生まれるんだよアホ、と考えた。 そのくらい知性に対する敬意にかけた人間なので、わっしは自分の人生を計画したことなんて一度もない。 結婚の申し込みでさえモニのとんでもない無垢の性格を考えれば「無思慮」としかいいいようがない場所でやった。 http://d.hatena.ne.jp/gameover1001/20080213/p1 死ぬとこだったもんな。 Jさんは、一生懸命考えて必死こいて書いたわっしの返信の外に出てはいけないが(危ないからね)、わっしはモニとふたりで、もう1回冒険的、っちゅうか、思いつきだけの人生にもどるでしょう。 結婚してからしばらくは、モニが不幸になってはいかむ、と思って、そればかり考えていたが、一緒に暮らしてみればモニはやはりわしのソウルメイトで、なにも恐れない鎧を着た魂、右手に獅子の旗を高く掲げて馬にまたがるわっしの天使なのです。 一緒に冒険できそーである。 他人には言えない、わっしのほんとうのアドバイスは「人生なんかなげちゃえば」ということのよーである。 したり顔のひとびとのいうことなど聞かないのがいちばんです。 「もうどうなったっていいのさ」、知るけ、と考えるのが、もっともよい。 Jさんにはゆえないけど。

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Cursed

日本語で言えないことは、たくさんある。 たとえば、わっしはさっきまでモニと一緒に夜の森の中を走り回って帰ってきてシャワーを浴びて「I feel great 」と思ったが、それは日本語では言えない感情である。 みなさんがゲームを買う零細商会の名前である「I feel groovy」もそうです。 感情はすべて、どうしようもないくらい違うので、どんなにうまく訳してもひどい誤訳である。 それを翻訳してわかるかもしれない、と思ったところに外国との関係における日本のひとの不幸の半分くらいがあるのかもしれません。 今度、日本にいて、ますます、そう思うようになりました。 ブンガク、なんて、訳しても仕方がなかったのではないか。 訳さない方が良かったのかもしれません。 マンハッタンの荒涼としているのに人間的な街角を日本語で描写するのは無理であることに気がついてため息をつきながら記事そのものを削除したことがあります。 うまく言えないが英語世界の事物を日本語で書くのはきびしい。 日本語が上手になるにつれて、日本語人と英語人が理解し合うなんてのは絶対無理だな、と考えてユーウツになる。 感情そのものが異なるのに、どうやって共感できるというのか。 他の国の人間から見ると日本のひとはひどい自閉症の子供のように見えますが、それは言語のせいであるのをわっしは知っている。 日本のひとは一方で誇り高いので、絶対に認めないが、なあに、ほんとうは英語がようわからんだけなんです。 英語人は「じゃ、そーゆえばいいのに」と軽くゆいますが、それが軽く言えるようになったら日本文化は日本文化でなくなってしまう。 日本人は、むかしは日本人だったなにか、になってしまうでしょう。 「じゃ、そーゆえばいいのに」というのが、すでに西洋価値観の押しつけであることに英語人が気付くわけはない。 日本語が出来ないからです。 こーゆー問題には、いったい解決というものがあるのだろうか。 このブログを読む日本のひとたちが、どの程度気付くものなのかわっしには判りませんが、わっしには、実際には何を書いているのか自分では正確に評価することが出来ない、という苛立ちがあります。 このブログの主語が「わっし」である理由を正確にわかっていたのは、わっしの日本語の先生である従兄弟だけであった。 自分でいろいろに試してみて、結局世界は言語ブロックごとにセグメント化されてゆくだろう、という気がします。 欧州語の世界で言えば、イタリアとスペインとポルトガルで1ブロック。これには南米と中米が含まれる。 ロシア語圏。 ドイツ語とオランダ語とフレミシュで1ブロック。当然フランスとかイタリアの一部やスイスのドイツ語圏が含まれる。 連合王国と合衆国とカナダとオーストラリアとニュージーランドとアイルランド、南アフリカ、や英語圏アフリカ。 きっと近い将来にはインドもこれに参加するでしょう。 フランスとワロン、南洋のいくつかの島。ケベック。 欧州の近くではアラビア語圏とトルコ、アフガニスタン。 フィンランドをのぞく北欧語圏。 言葉は、そーゆー言い方をすれば、なんだか「呪い」のようなものです。 自分が生まれついた言葉から出て行くことは誰にもできはしない。 「翻訳」などは実は徹頭徹尾翻訳者の創作であって、ちょうど猫のちょっとした仕草に人間の意識を投影して理解しているようなものである。 そーゆーことを考えて、わっしは、もう肌寒い「山の家」のテラスの椅子に腰掛けて、 「うー、さびしい」と考えます。 … Continue reading

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反則勝ち社会

東京の日比谷で知り合いになった「日本が趣味」のウエールズ人から日本について考えたことの記事が送られてきて笑ってしまいました。 日本は「反則勝ち」の社会なのであるという。 反則勝ち、とゆっても鋸を押す代わりに引き、玄関のドアすら手前に開く代わりにむこうがわにあく、という万事反対な日本の習慣に従って、反則されたほうが勝つ、のでなくて、「ありとあらゆる世界の無法な人間にとって魅力的なことには」反則したほうが勝つ、というのです。 このひとは、日本人に生まれてこなかったのを残念がるくらい日本が大好きなひとですが、日本人が行列を守らないことやひとを平気で押しのけて自分のやりたいことをやるところにはほとほとうんざりしたようで、そーゆーことの実例をひとくさりしたあとで、日本では「法律を守らない人間が勝つ」ということについて様々な例をあげて説明します。 たとえば、世界で有名な某ファッションデザイン会社のデザイナの例をひく。 この日本人は、駐車違反やスピード違反いろいろとりまぜて「231」(!)枚ものチケットをもらったそうですが、召喚状もなにも頭から無視して一回も一顧だにもしないで30年ヘーキだそうです。 ウエールズ人は2ch研究家(^^;)なので、その次に2ch管理人の例を持ち出します。 わっしは、あんまりよくわかっていなかったが、日本では有名なそうなので、みなさんのほうがよく知っているでしょう。 裁判で有罪が確定しようが民事で敗訴しようが、いっさい無視することによって、日本人というものがいかにバカな社会をつくっていて「タカをくくったものが勝つ」かということを実証したのだそうで、その面において、というのは日本人がいかに不公正に対して寛容かということを証明したことによって2ch管理人は日本社会に貢献した、と書いてある。 仮に彼が言うことがほんとうだとすると、わっしにはちょっと信じられないような破格な事実ですが、さっきからwebを見てまわった限りでは、どーも、ほんとーであるよーだ。 そうすると日本が法治社会だ、などというケーサツやなんかの理屈は一種のバカバカしいジョーダンだとN村さんは嘲笑いつつ実証したわけである。 すげー。 ほんとうのことなのかどうか、これから調べようと思っていますが、この「N村博之」というひとについて書いてあることがほんとうなら、わっしにも大変興味がある。 日本人の「法」についての誠実度の興味深い指標だと考えました。 たとえばN村さんがオーストラリアのひとならば、あれらはそもそも粗暴な人間が多いので、立ち回る行く先々でなぐられる、と思う。 良いことであるわけがないが、社会全体がそーゆー行いをする人間を全身で拒絶するでしょう。 でも日本では英雄なんだのい。 もっというと自分たち自身の社会をバカにしきったジェスチュアを取る人間を「トリックスター」として評価するのは未開文明の特徴だからです。 急いでいいくわえると、わっしは、まさか「日本が未開社会だ」とゆおーとしているのではない。 未開であるはずがないのに、こーゆータイプのトリックスターがもてはやされるとすると、そこには、そういう歪みをうみだした特定の形をした社会心理学的なストレスがなくてはならないからです。 おもしろそーである。 ウエールズ人は国に帰って、この発見に依存して論文を書くのだ、とはりきっていましたが、わっしもベンキョーしてえ。 ここにも日本社会の秘密が見えにくい姿の片鱗を顕しているもののよーだもの。 調べてみんべ。 画像はメキシコで見かけた、韓国人のおっちゃんの一団、右端のおっちゃんの傘が、シブイ、と思います。

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一年、ひとりで旅行してみる

ずっと前に書いたことがあると思いますが、世界一周航空券は日本がいちばん安い。 為替がその頃は日本円が低い方に傾いていたのでいま調べてもまだいちばん安いかどうかはわかりませんが、でも日本で売っている他の「格安航空券」に較べれば遙かに「世界水準」の価格だろうと思います。 日本、航空券が高いからな。 おまけに便が変えられないとか、有効期間が一ヶ月(!)とかいろいろと訳のわからん制限がついているよーだ。 わっしはむかしから一年間有効でない切符は買いまへん。 だって、一年間有効でないと、気が変わったとき困るではないか。 たとえば旅行の途中でトルコの浜辺に寄ったとするでしょう。 海はあくまでも青く、ひとはどこまでも親切である。 やや下品なほうでいうと生活費も安い。 ねーちゃんも美人である。 「じゃっ、四日のつもりだったけど二ヶ月くらいいちゃうべ」と思うのは自然の成り行き、というものである。 きみは航空会社に電話する。 あのー、来週発つはずだったんすけど、さ来月の同じ日でもいいっすか?という。 航空会社のおばちゃんは、いいわよお、というはずである。 ときどき2000円くらい変更料をとられることもあるけどな。 旅行は、きっちり予定してはいかんのですばい。 テキトーがよい。 大きな声ではゆえぬが、わっしがハイグーシャという生物学での配偶を思い出すとほっぺがポッと赤くなるような立場に陥るまでは、ねーちゃんとお尻合い、っちゅうか、お知り合いになるのが旅行のときの重大な楽しみであった。 そーゆーときに明日は発たねばならぬ、とゆーわけにはいかんでしょう。 きみをじっと見つめるねーちゃんの瞳より大切な人生なんて、そんなエラソーな人生がこの宇宙にはあるわけがない。 だからスケジュールはダメです。 テキトーでないと、世の中には楽しみなどなくなる。 わっしが日本の若い衆であると仮定する。 どーするか。 世界一周航空券を買います。 一年オープン。 東へ行き出せば東へ東へゆけばよい。 西へ向かって旅行を始めれば西へ西へゆけばいいのね。 ワーキングホリデービザとかで行ける国をつなぎあわせるのが、もっともふつーでしょう。ウエイターやなんかをやりながらぶらぶらあちこちの国を見て歩く。 わっしの日本人の友達は一週間の予定でロンドンに行って結局骨董屋の店員をしながら四年間もいてしまった。二年目からはパブで知り合った女優志望のねーちゃんと部屋をシェアしていたそーである。 なんかずるずるといちゃって、ははは、とゆってました。 なかなか正しい旅行の態度だと思います。 そのあいだの日本における人生の階梯はどうなるんだ、って? そんな階梯をのぼっては不幸になるからぶちすててしまえばよいのです。 ふらふらと旅行をして見聞きしたもののほうが、よっぽどきみの人生を「安全」にしてくれる、とわしが請け合う。 日本で観察していると、ぜーんぜん医者に向いておらんお医者さんや、泥棒さんのほうが向いていそうな裁判官のおっちゃん、教壇に立って「正しい」ことをゆって暮らしているのが窮屈で窮屈で死にそうなくらい息苦しい気持ちで暮らしている先生、とか、そーゆーひとがたくさんおる。 向かないことをなぜやっているのであるか、と思って、こっそり訊いてみると「安定した職業だと思ったから」とゆいます。 しかし、自分に向いていない職業で苦難にあったりすると自殺しちゃったりして返って不安定なのではないか。 仕事が自分に合わないストレスで頭が悪くなったら、どーする。 もっと切実なストレスの影響が出て来て、カウンセリングやバイアグラの出費がかさんだら、高給取りでもビンボーになってしまうのではないだろうか。 … Continue reading

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旅へ

世の中は、ひどい。 世の中はひどいがわっしは取りあえずここ(どうしようもないほど悲惨な姿になった世界)で暮らしてゆかなくてはならないので、いろいろ仕度や工夫をします。 まずベンキョーした。 机に天使の絵をナイフで刻んだりしながらオバカ教師の気が遠くなるほど退屈な授業を耐え忍んだ。 あちこちの国に出かけていろいろな街や森や砂漠や沼沢を見た。 長じては、訳のわかんねえ言語を読んだり書いたりするようにもなった。 科学をベンキョーした。 おそるべし、わしにはお月様がなぜ地球に落ちてこないのか説明できるのです。 人間の身体をばらしてぶっくらこいたり、ビョーキについてベンキョーした。 サンスーも出来るぞ。5足す6は11である。 限りなく近づくとは、どのくらい近づけばいいの? 23人のひとが一室にいるとすると、そこには、驚くべし、半分を越える確率できみと誕生日が同じひとがひとりいるであろう。 基本的な知識を身につけると、今度は経済的な準備をした。 わっしは中松博士路線を採用した。 将来、一応、おじーちゃんわね、おもいつきで人生をスタートしたのさ、ひゃっひゃっひゃっ、とゆーのが、これからマジメに人生を過ごそうと緊張している孫にとってはいちばん迫力のある人生観だろうという未来を見据えた受け狙いの行動であったが、うまくいっちった。 その後はレーサイ投資家に転身した。 転進、ちゃうで。 あれは日本軍の用語で「敗けて逃げちまったべ」という意味です。 売春を援助交際、誘拐を連れ去り、と言い換える不思議にもバカバカしい文化的習慣と同じ系譜に属する言い換え文化だすな。 そーではない。 転身。 トラバーユ、とむかしの日本人は呼んだもののよーである。 それから、わっしは恋をしていた。 40歳になるまで、そんなことはしねーべな、と思っていたのに20代もまんなかとかで愚かしくも結婚しちった。 アホじゃの。 世の中は、ひどい。 生きる価値がほんとにあるのかどーか、わっしにはわからん。 信じがたいことではあるが、わっしはいつかビョーキになるであろう。 ますます信憑性のないことだが、いつか、わっしは年をすらとるもののよーである。 そんでもって実感できないことであるが、みながいうには、人間は必ず死ぬものだそーだ。 うっそー、と思うが、わっしの科学的知見を総動員した限りでは、人間はほんとにひとり残らず確実に間違いなく死ぬのです。 それに思い至ると、わっしはいつも廊下を思い切り駆けていってモニにキスしにゆきます。 わっしがどれほどモニを愛しているか言いにゆく。 モニは、笑います。 ヘンな奴、という。 でも、わっしは必ず走っていってキスをする。 それ以上のことをすることもあるが、….えへん、そういう品のないことを書くわけにはゆかん。 オトナの世界にはいろいろと秘密があるのです。 東京にはあんまり適切な場所がないが、それでもわっしはモニと一緒に踊りにゆく。 阿波踊りではない。 … Continue reading

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日没のスケッチ

今日はガメちゃん来るっていうから、いいハモいれといたんやで、とおっちゃんはいう。 わっしは魚があんまり好きでなくて梅干しに至ってははっきり嫌いだが、梅肉で食べるハモはどーゆーわけか好きである。 自分でも分析的理由はわからん。 ただ好きなんです。 「ありゃ、ハモの骨切るときって包丁押して使うの?」 「うん。皮残して骨切らなきゃいけないから引くと難しいんっすよね」と若い職人さんがいう。隣りの同僚を見て「なっ?」なんちゃっているところが、はなはだしく日本人っぽくて良い。 おっちゃんは、やりとりをにやにやしながら眺めています。 モニさんは野菜の天ぷらを食べておる。 食べながら、ゆであがったハモがあっというまに、素晴らしいプレゼンテーションの皿にかわってゆくのを興味津々で眺めてます。 「日本の料理って盛りつけが美しいな。一個づつが芸術作品のようだ」とモニがいうのを職人さんたちに訳すわっし。 職人さんたち嬉しそうです。 わっしは冷やの八海山を6合くらい飲んだのでだいぶん良い気持ちである。 モニさんも白ワインをビンの半分くらい飲んで上気しておる。 どうしてもいいたいから書くが、上気すると、ちょっと見ても「ぎゃあ」と思うくらい凄まじい美人である。 美人と結婚する、というのは、ほんまにヘンなことであると思う。 日本の食べ物やさんは、行くたびにいろいろなことを教えてくれるので楽しい。 わしの好きな鮨屋さんでこのあいだは「シンコ」を食べた。 やわらかくて口の中で身も台の飯も、ほろっと壊れます。 カッチョイイ。 この鮨屋さんのお陰でわっしは魚嫌いがだいぶん解消されたわけです。 ネギトロというのは、ネギとトロを使うので「ネギトロ」っちゅうんじゃないというのも、ここのお鮨屋さんで教わった。 肉を「ねぎる」からだそうで、きっと名前の誤解に基づいてネギをいれるようになったんだろう、という。 もともと「かわそば」という皮の下の部分の別名なんだそうです。 知らなかった。 有楽町のガード下の焼き鳥屋さんで焼き鳥を食べます。 地下のコース一万円の焼き鳥よりやっぱりこっちのほうがうめっす。 ビールを日本人のマネをしていっぺんにどばっと飲むと、不思議や日本の味がする。 日本の夏は殺人的に暑い。 無茶苦茶やん。 windwalker くん、君が悪い、反省したまえ、と思います。 歩いて移動するのは一ブロックが限界である。 でも、結構いいな。 明日はタクシーに乗って小川町の「エチオピア」に行くのはどうだろうか、とか、 その前に二キロくらいは泳ぐべな、とか考えていると、楽しくて「夏休み」ちゅう日本語を思い出す。 伊東屋に行って色鉛筆を買うというのはどうだろう。 日本のひとの自己イメージとはだいぶん違ってだいたいの外国人の日本に対するイメージは、「なんだか途方もなくメチャクチャな国」ですが、その「メチャクチャ」という言葉には悪意よりもおかしみのこもった好意のほうがずっと多い。 ヘンなことばかりやっている変わったひとたち。 でもオモシロイんちゃう、といろいろなひとが思ってます。 もうこのブログにも何度も書いたがグウェン・ステファニが世界中を伝道して歩いた「ハラジュクガールズ」はもうすぐ哲学事典に載るであろう。 … Continue reading

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コメントへのご返信です

いっぱいたまっちったので、こっちに書かせてください。 windwalkerさん、antonianさん、 windwalkerくん、この天と地とのあいだには、きみのアダルトビデオでは説明できない下品な業者がいっぱいいるのさ! なんちて、windwalkerさんのコメントが載ると、その語彙を追いかけて怒濤のように頭の悪いポルノ業者のくされロボットコメントがいっぱい来るのよね。 検索語も、「バカ 韓○人 セッ○ス」とか「白人 金○ オ○ニー」なんちゃっていっぱいくる。 あっ、そーゆー語彙を使うなとかってぶーたれているわけではありません。 ただ、こんなクソコメント送ってきやがって、バカというのはほんまに傍迷惑やな、と思ったので、誰かのせーにしなければ、と、 そしたらwindwalkerさん以外、こーゆー「やり場のない」怒りをぶつける相手おらんもんね。 そーゆーわけだから。 windwalkerくん、 反省しなさい。 >日本でキリスト教がまったく流行らん原因 日本でキリスト教が流行らなかった原因は、キリスト教団の特徴である他集団への激しい敵意、徹底的な偽善、現実の地上への軽蔑、ちゅうような体質が日本人には受け入れにくかったからじゃないでしょうか。 半島人たちのように儒教原理主義を梃子に理解する、という回路もなかったし。 わっしは宗旨はあんまり関係ない、と思ってます。 もうひとつ情緒面でいうと、ほら、日本では「洋モノ」は流行らない、というマーケティング上の鉄則があるでしょう。 あれなんちゃうか。 >日本より性犯罪発生率と平均摂取カロリーが少ない 性犯罪発生率の統計は、インチキ、だと思うな。 そーゆーと怒るだろうが。 windwalkerさんがむかし同じことを書いていたのを見て、こういうことの周辺をいろいろ読んでみたり日本に長いこといるひとにインタビューしてみたりしたけど、 どこの国でもたとえば「強姦」というようなことになると泣き寝入りするひとがむかしから多いけど、泣き寝入りがもっとも少ないとされているニュージーランドでは、 社会の常識として性行為を強要された女の子は自動的に警察と病院でインタビューと検査を受けることになっていて、そういう常識が形成されていない日本とは顕在化する率が格段に違いそうです。 日本の警察は常に立件したものは必ず有罪でなくてはならない、という途方もないプレッシャーにさらされているので、あれを続けているうちは他の国と同じ土俵に立っているような顔をされてもねえ、とみなにゆわれるだけだと思う。 司法側も裁判官まで「無罪にした」という理由で左遷されるのが日本の司法なんです。 わっしはいまは評判が悪い「裁判員制度」が結局は日本の警察行政や司法を変えるのではないか、と思って期待してます。 日本で自慰行為が独自の文化になっているのは、宗教とは関係がない。 性行為というのは本来は「肌の触れあい」にもっとも力点があるでしょう? いきつくところまでいきついてしまうのは、その結果だもの。 わっしの、わしにだけは判る「似ている比較辞典」では、日本のひとの食事にとても似ている。 落ち着きがない、というか、そそくさと「要点」だけで終わる、というか、ああいうものは要点と関係のないディテールのほうに重点があるべきものなので、そーゆーことでは、 結局初めから要点に始まってやがて要点に終わる自慰行為のほうが「てっとりばやい」ということになるのは自然の勢いです。 生向委(生活向上委員会のことです)に対する理解を根本から間違えておる、のだな。 もっとも以上はむかし日本人の男の子と付き合っていたがあるオーストラリア人の女の子から「日本人男についての一般概論」として聞き知ったことであって、この女の子の観察が間違っていればそれまでですけど。 連合王国の詩人は「忙しいひとは恋愛をしてはいけない」という。 これはまことに真理であって、現代のひとが忙しくなっていて、もっとも失われたのは肉体的なことを含む「恋愛」なのだと思います。 >南京大虐殺はあったと当時従軍した当事者から聞かされている ルワンダでもどこでも、虐殺が起きた土地の人には実体がわかるわけはない。 外国人の軍隊がいま東京に攻めて来て、抵抗線が破壊されて、大量虐殺と強姦略奪に暴走したとして、それを東京にいながら状況を把握できると思いますか? できる、というひとは混乱に対する最小の想像力もないひとだと思う。 … Continue reading

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