Monthly Archives: January 1970

楽ちん

「おにーちゃん、仕度、できてんの?」 と妹がいう。 週末に牧場へ行くからな。 仕度をせんとならん。 ゴム長とかは向こうにあるが、着替えとかはもっていかないわけにはゆかんであろう。 めんどくちゃい。 モニさんは牧場が好きなので、いまから浮かれてます。 去年は馬に乗っていて、あやうく腰を骨折しかけたのに、もうすっかり忘れておるようだ。 アブナイから乗馬はもうやめれば、とゆったら、かーちゃんや妹にもモニにもさんざんバカにされた。 アホ、とゆわれました。 だって、心配なんだもん。しょーがねーだろ。 クライストチャーチは夏の日射しになった。 エーボン川をボーターが観光客を乗せて舟をおしてゆく。 川辺の道を散歩していると、まるで、いちどもこの町を離れたことがなかったような気がしてきます。 モニがじっと青空を見ている。 ずいぶん忙しい街になった、とわっしの知っている人はみながいうが、わっしはきっと鈍感なのでしょう。やっぱりいまでも同じクライストチャーチだけどなあ、と思う。 日本のひとのブログやなんかにも、ずいぶんクライストチャーチの悪口が出てくる。 特に、日本国籍を捨ててニュージーランドのパスポートを取った人がブログにニュージーランドの人種差別への攻撃が延々と書いていたのを読んだときはショックを受けてしまった。ニュージーランド人って、そんなにひどい人種差別主義者になったのか、とぶっくらこいて悲しかった。でも戻ってきてみると、「人種差別」というような切迫したものとは無関係な相変わらずのんびりした田舎の町です。 どーも、わっしが「人種が同じひとだから差別の存在がわからない」とゆーのでもなさそーです。 あれは、いったいなんだったんだろう。 街のまんなかにゆくと、必ず誰かに会って「おい、ガメ!」と道の反対からデカイ声で呼ぶ。くるまに乗っていてもすれちがったくるまがクラクションを鳴らしてゆきます。 知っている店にゆくと、おばちゃんたちが「まー、ずいぶん長いあいだ見なかったわねえー」と、のおーんびりした言い方でいう。 なんのことはない、日本の田舎やなんかと同じです。 「ニュージーランド第二の都市」なんちゃっておるが、ほんとうは「都市」ってゆうのはちょっと誇大表示なんちゃうか、っちゅう田舎のデカイ村落みたいな町だからな。 木洩れ日の下でモニや妹と、のんびり昼ご飯を食べていると、遠くから近所のガキどもがプールで遊んでいる声がする。 「おにーちゃん、パンツ返してよ!」とかゆーとる。 わっしがむかし妹に対してやっていたのと同じことをやっているやつがおるようだ(^^) ニュージーランドの伝統芸だったんだのい、あれは。 ニュージーランド人は残ったパンとかは裏庭にぶん投げますが、それを食べに鳥たちが立ち寄ってゆく。 この国には「天敵」をやれる動物がいないので、動物までのんびりです。 猫が虎のような顔をして歩いているわけである。 でええええっっかい空が、サングラスを通しても正視できないほど明るく輝いています。 こーゆーところにいると、文明とかは、最小限でいいのい、と思う。 進歩とかもテキトーでええんちゃうか。 きみが眉をひそめて考えている問題は、ほんとうは、考えなくてもよいことなのではないか。 ものごとを考えすぎて訳が分からなくなっているだけだったりして。 ほんとうは、世界はびっくりするくらい単純な場所なのかもしれません。 このイタリア食材スーパーで買ってきたマジはうまいのお。 すっかりよい気持ちになってしまった。 妹もちょっと眠たそうになって、モニとふたりで芝に座っておる。 … Continue reading

Posted in Uncategorized | 1 Comment

日本

もうすぐ、2009年も終わる。 わっしは直にニュージーランドに戻ってモニや妹やかーちゃんたちとクリスマスを祝うであろう。わっしが大好きなクローブをさしたハムやローストビーフや就中ラムがわっしを待っておる。 クリスマスの前と後には、わっしの故郷と定めた町の、ぶわっかな友達や賢い友達と会うであろう。アイアンサイドタイ(クライストチャーチのタイ料理屋ね)や50 on parkや、 他のレストランで毎晩のようにひとと会うであろう。 今年は、わっしにとっては「日本の年」であった。 あんまし大きい声ではゆいたくないが、わっしは日本が好きになった。 日本人たちは相変わらず頭が悪くて、日本人同士他人を傷つける機会があれば見逃さず徹底的に秘術をつくして傷付け、「責任」を論じて責め付け、針の先ほどのことを棒大に言い立てて「死ね」という。 そーゆー人間の常として、とゆーか、論理的必然として、日本人は自分を大事にすることもしない。 失敗すれば自分を責める。 努力が足りなかった。増長していた。考えが足りなかった。 日本のひとの「お詫びの仕方」を見ていると手首を切るひとのように無惨である。 わっしの国の人間に、実は日本という国では一億人の人間に全部順番が付いているのだ、とゆえば、わが輩(ともがら)はなんというであろう。 ジョーダンだと思って笑うか、真実でないことを願って青ざめるか。 でも、ほんとうなんだね、これが。 日本では人間ひとりひとりに品番が付いていて、あらゆる情報がくっついている。 大学は慶応で高校は灘である。親の学歴はトーダイで、会社は三菱です。 年収は600万円だが嫁さんは聖心です。 じゃあ、だいたい同じ年齢のひとでは5238番、ですかね。 偏差値でゆえば63だかんな、そんなに悪くない、とゆわねばならん。 日本人の会話は、(特に初期状態では)、こーゆー背景と上下の探り合いに費やされるようだ。 「学歴家柄情報」を納めたICカードを身体に埋め込んじゃえばいいのに。 お互いにスキャナを持っていて、初対面の相手に会ったときは、「お見合い情報」みたいな、というか、あるいは、初めて会った猿山の二匹、というか、ピッと情報を伝え合ったほうがはやいよーだ。 そっちのほうが「人間的」だとは思わないか。 連合王国人を見習えばどうか。 連合王国人は相手の品定めをするのに日本人のような面倒くさいもってまわった会話をしない。 30秒でわかる、「アクセントシステム」をとっているからである。 日本人は、政治的には最後の「改革」のチャンスを逃してしまった。 日本というシステムには、どこかに「バネ」を壊してしまう回路があるようだ。 絶対に誰にもジャンプを許さない、根深い引き止める力があるようだ。 わしには、その不可思議なシステムがよく見えて来ません。 それは極めて精巧に出来ていて、少しでも油断すると、その階調にあらゆる風景を溶かし込んでしまう。 今回はその強烈な「抱きしめてひきもどす力」は「小沢一郎」という人間の形をとってあらわれた。 なにもかも「換骨奪胎」してしまった。 日本人が全身であらわした「変革への意志」はただの「政局」に矮小化された。 ひとつには日本のひとには「古いものは、それだけでダメだ」ということが、どーしてもわからないのだな。 オザワって、あのタナカのときのオザワかね? とゆって英語人は絶句する。 そんなバカな。 … Continue reading

Posted in Uncategorized | 3 Comments

ちょっとAdeu(アデウ)

昨日はお友達が集まって「送別会」を開いてくれた。 豪勢にも貸し切りです。 ワインを2本飲んだ上にMauryがおいしくて飲み過ぎたので、すげえー酔っ払っちった。 わっしは日本の社会はいまでも大嫌い(すまん)だし、日本のひとだって特別に好きではないはずだが、でもなんだかいいな。 文明度が他の民族とは違うやりかたで高いようだ。 エゾシカのステーキとオナガカモを食べた。 すげーうまかっただよ。 お礼に、わっしは歌を歌っただ。 モニさんも歌った。 前にも記事でちょっと書いた 最近モニが好きな「Bitch」だのい。 http://www.youtube.com/watch?v=wdlNS1IPQOc&feature=player_embedded I hate the world today You’re so good to me I know but I can’t change Tried to tell you But you look at me like maybe I’m … Continue reading

Posted in Uncategorized | 1 Comment

アイ ドント スピーク イングリッシュ、ノー プエド

合衆国側から見た太平洋戦争と日本側から見た太平洋戦争を較べながら読んでいると、ときどき面白いことがある。 両方とも自分の国に都合が悪いことは内緒になっているのは軍人というひとたちの「お互いを庇い合う」強い習性を考えれば当然だが、そーゆーこと以外でも、あっ、そーなんだな、と思うことがあります。 真珠湾に至る戦争前の交渉はおおかた、 「日本の政府が天皇の信認を得て何かを合衆国に約束する」->「軍部がその約束を故意に反故にして新作戦を強行する」->「合衆国が日本政府も天皇も信用できないとますます深く確信する」 という繰り返しですが、それとは異なるところで、ぬわーるほど、そーだったのか、と思うことがいくらもある。 以前に日本と合衆国が開戦するまでの出来事を並べて遊んでいたときに野村吉三郎駐米大使の英語がお粗末を通り越したひどいものであって、合衆国側の交渉者たちが野村大使の 「汚らしい上に何を言っているか全然わからない英語」を忌み嫌っていたことには気が付いておった。いろいろなひとの回想に繰り返し出てくるからです。 ちょっと話しているだけで「気分が悪くなる」ような英語であったという。 ところでもうひとりの「来栖三郎駐アメリカ合衆国特命全権大使」のほうは、わっしは迂闊にも日本側の「妻が合衆国人で英語が堪能な来栖三郎を特に派遣した」という記述を鵜呑みにしていたのでした。 でも、どーも、このひとも英語がうまく話せなかったようだ。 考えてみれば、わっしの知っている日本のひとで奥さんが英語人のひとって、みんな英語よー話しひんもんな。 ウカーツ。ぬかってしもうた。 細かいことはこの記事では省くとして、このふたりと会談することが合衆国側の当事者は生理的に苦痛であったようで、ちょっと驚いてしまいます。 わっしがいまちょっと思い出してみるだけでも「日本人の英語」が大嫌い、ちゅうか生理的に嫌い、というバカタレ友達は10人はおる。 切ないことだが、こういう生理的感覚、というのは自分の意志ではどーもならんもののようで、これら我がユージンどもも、別に日本人に対して含むところがあるわけではないのす。でも、日本のひとの英語発音が嫌なんだすな。 感覚でいうと、紅茶を音を立ててすする人間がいると、背筋がぞわぞわして、横から手を伸ばしてそのカップを叩き落としたくなるひとの気持ちと似ている。 そこまで考えて、特に初めは日本嫌いでもない合衆国側交渉者のなんだか底深い「日本人への嫌悪」が、なあんとなくわかるような気がしました。 一方では蒋介石の中国側は蒋介石自身の妻宋美齢そのひとがウェルズリを卒業した合衆国社交界の花形であって、このひとの親しい友人の名をここでちょっとおもいつくままに挙げてみると、エレノア・ルーズベルト、ハンフリー・ボガード、キャサリン・ヘップバーン、イングリッド・バーグマンという具合であって、これで日本が中国に対して外交上の優位が得られるとしたら、いっそ、そっちのほうが不思議であるとゆわねばならぬ。 合衆国の戦前から1948年までの中華民国に対する一貫した誠実で熱心な支援と共闘の姿勢は、この宋美齢の美しく華やかな性格と巧みな演説によるところが多いのです。 日本のひとはたとえば家電会社Sの社長がカタカナ英語で行った大演説について、 「I社長の演説は内容態度ともに堂々たるもので並み居るアメリカ人たちはみな感心至極であった。わたしもまた英語は発音などは問題でなく、内容こそが肝腎なのだと改めて痛感した」なんちゃっておるが、ウソですよ、そんなの。 自分のハチオンもまずいのがわかっているから自己弁護してみているだけである。 「言語は発音がすべて」っちてもいいくらいである。 ははは。驚いたか。 ガメ・オベールは、なんて嫌なやつなんでしょう。 ちゃいます。ショージキなだけよ。 わっしがプーなのにオカネモチなのは小さな葛籠を選んだからなのを知らないか。 鉄の斧は錆びとったから使わないで捨てちったが。 日本のひとの英語の発音はひでー、と思う。(すまん) ひどすぎです。(すまんすまん) カタカナ発音はまだかわゆくて良いが、「帰国子女」の、あの得体の知れないクサイ英語はあれはいったいなんであるか。 ナニジンの英語なのかね。 米人風になってみたりカナダ人風になったり、突然ニューヨーク風になったり、 なんのこっちゃ薄気味の悪い英語でまくしたてられると、わっしはダッシュで逃げたくなる。 あのすさまじいクサレ英語で帰国子女の「女子アナ」のねーちゃんが、ペラペラヘラヘラペラとハリウッドゲイノージンとかに話しかけているのを見ていると、ほとんどホラー映画である。 えっ? あんたもパチモンの日本語方言をしゃべるやん、って? ぶ、ぶわかもん。あれはマジメな研究の過程なんです。 くやしかったら、わしに研究費くれ。 閑話休題。 わっしはもうダチカンくなって魔物がいっぱい伏したりうろうろしていたりして、役人の世界の痛点から骨格から腐れきり方までなにからなにまで隅々まで知悉していた元スーパー官僚川口順子ですら手を焼いた世界に名だたるドグサレ官庁の外務省なんかは「象徴外交」だけの役割にかえてしまって、「渉外情報省」でも「情報発信省」でも、なんだったら「日本をわかってね省」でもなんでもよろしいから、ふつーの知能があってまともな英語が話せる奴を揃えてあちこちの国に送り込んだほうが良いと思う。 … Continue reading

Posted in Uncategorized | Leave a comment

疲れた民主主義

アーサー・C・クラークは晩年のインタビューで「自分は50年代くらいから20世紀末までの科学技術的進歩をほぼ正確に見通したがCPUの集積度についてだけは、まさかこれほど進むとは思っても見なかった」とゆっておる。 HAL、でかいもんな。 2001年には、たしかにHAL程度の集積度をもつコンピュータはもっと小さいものになっておった。 人類の歴史をさかのぼっていろいろな時点での「未来への予測」を見るとあたっているものもあれば、大外れに外れているのもあります。 何回か記事にも書いたように、わっしの蒐集対象のひとつは「古い雑誌」ですが、昭和40年頃(雑誌そのものはニュージーランドに送っちったので手元にない。正確な日付がわかりもうさん)の週刊少年サンデーの図解に「40年後の世界」というのがあって、石油が枯渇した「40年後」のその世界では、道路にはふたたび馬車が走っていて、なぜかマッチ売りの少女のような立ち売りの子供が怯えた表情で寒そうにしている(^^) 街灯もガス灯、だったと思います。 空を見上げてもラムジェットはまだ飛んでない、とか、人間は意外にもいまだに化石燃料に依存して暮らしている、とかいろいろと意外な現実があるが、多分、19世紀から20世紀中頃までの人間がいまによみがえったとして最も以外に思うのは民主主義国がいまだに世界のなかで支配的な役割をはたしていて、民主主義が政治形態として採用されたままであることなように思います。 共産主義や国家社会主義はいったいどうなったんだ? と、20世紀初頭くらいに死んだ知性的人間は考えるに違いない。 民主主義のように単純で頼りない政治形態が、どうしていまだに続いているのか? 人間って、そんなにぶわっかたれだったのだろうか。 詩人や科学者は「世界は単純なものだ」という。 特に精神的な「定型」を見いだした芸術家や一見複雑な現象が単純な法則によって説明できそうなことを発見した科学者は、その単純な線で描かれた世界の美しさにうっとりして、それを口にする誘惑に勝てないもののよーです。 民主主義というのは実際には一見単純に見える問題が非常に入り組んだ錯綜した利害関係の上に成り立っているのを委員会なり聴聞会を通じて傍証に傍証を重ねることによって明らかにしてゆく骨の折れる作業の総体のことを言う。 実績もあれば絶大な国民的人気もあった「軍事のプロ中のプロ」ダグラス・マッカーサーが、「ただの取るに足りない戦争屋」であることが明らかになったのは気が遠くなるような調査と準備に立った長い聴聞の結果であった。 「軍事のプロ」というものがいかに思い込みの強いいわば現場のプレーヤーに特化されていて、「国家的利害」というようなことになると無能であるか、少しずつ証明されてゆくのを見て合衆国の国民は、やっと「軍人に国益についての意見を聞くことの愚かさ」を思い出した。 いまの合衆国でのダグラス・マッカーサーへの評価は「民主主義が理解できなかった将軍」です。 逆に品のない間抜け素人だとゆわれたトルーマンは、時間が経つのとともに高く評価されるようになった。 田母神というひとが懸賞論文に応募して航空幕僚長を解任され、その結果航空自衛隊を退職したとき、わっしが最も驚いたのは日本に文民統制が根付いていないことよりも、そこで「傍証された事実」によって田母神というひとの控えめに言っても誤解が多く単純化されすぎた見解が批判的な議論の場がいっさい設けられなかったことでした。 その結果、日本ではあらゆる政治問題について広汎に見られる「まったく異なった事実認識に立って、まったくかみ合わない議論の投げつけあいが行われる」ということになった。 ダグラス・マッカーサーが解任されたときの一連の聴聞会で合衆国人は非常に多くのことを学んだ。軍人は自分の都合が良い事実のみを拾い上げて都合の悪い事実については平然と嘘をつくこと、また、なぜそういうことが軍人においては起きやすいか。 軍人は誤りを認めたがらず、また、自分に対して阿諛追従する人間に極端に弱いこと。 国民が挙げて「軍人」というものの特性を学んで、そのときに学んだことはいまの合衆国の財産の一部になっていると思います。 田母神俊雄というひとの事件は日本のひとが軍事や防衛について考えるよい機会であったが、それが「勝手にものを言い合っておわり」という日本の議論の悪習に陥って終わってしまった。 民主主義的な手続き、すなわち、その人物の過去の行動や発言を調べ上げて、そのひとつずつを民主主義的な手続きに合致していたかどうかを検証する、とうことは、たしかに面倒くさいが、それなしでは、ほんとうは民主主義は成立しない。 民主主義は怠け者には向かない政治システムで、手間がかかるが、構成員、すなわち国民の知的レベルが一定程度以上であれば、かなり手堅く機能する政治システムだと思います。 それを強化する良い機会を見送ってしまった。 日本のひとに能力がないわけでは全然なくて田中角栄事件のときは、まだ、相当にちゃんとやれたのです。 わっしは今回日本にいて、「日本のひとは疲れてきたかなあー」と考えました。 戦争を含めた歴史問題についても、経済問題の解決においても、もう面倒くさいから、こういうことだったことにしとけ、というような投げやりな議論が目立つ。 ここで挙げた田母神俊雄というひとの「日米戦争はルーズベルトによる策略であった」というような主張は、いまの日本社会ではかなり一般的なもののように見えますが、これを友達に話すと、ふきだして大笑いします。 あるひとは、それなら日本の戦後体制は毛沢東の策略だという意見も出てくるべきだ、とゆった。 歴史的な傍証なしなら、どんなふうにでも歴史事実は歪曲できる、という意味です。 南京虐殺や他の戦場での強姦殺人問題でさんざんこづきまわされて、事実を事実として認めるだけの気力が、もういまの日本のひとにはないのかもしれません。 「事実」などには、もう嫌気がさしているのかも知れません。 民主主義という体制はそもそも国民に非常な体力と忍耐力を要求するシステムなので、 ちょっとやばいかなあー、と思います。 こういう疲弊にはユンケル黄帝液は無力だからな。

Posted in Uncategorized | Leave a comment

ナマケ日記(8)

アフガニスタンは皮肉な役回りの国だ。 ソビエトロシアはここへの侵攻に失敗して没落を決定的にした。 今度はどうやら合衆国に凋落を宣告しそうです。 カルザイの統一政権プランは合衆国にとってはひどい致命傷であった。 そこにあるのはカルザイの「もうあんたらのゆうことなんか聞かん」という意思表示である。 やばいじゃん。 政治的な事件が経済に影響することは滅多にないが、影響を与えるときには必ず致命的である。 歴史のホーソクなんだぞ、これは、と、むかし高校のハゲがゆっておったことがあるのを思い出した。ハゲはあんまり賢くなくて、それがゆえに奥さんとすんげえべっぴんのねーちゃんだった娘に無惨に捨てられたのだったがハゲにも一分の理、という。 あたまよかったのかもしれねーな、あいつ、としみじみ考えました。 このパンチは効く。 どーやらアメリカ・ドルの基軸通貨という座布団はもってゆかれてしまいそうである。 いまはいろいろな国が「強いドル、強いドル」と合唱しているが、最後の悪あがきめいてきたよーです。 ドルの処分にかかった中小国家の中央銀行も散見されるではないか。 うーむ。 ほんとに、やばいじゃん。 わっし、仕事しないといけなくなるのと違うか。 があーん。 (かねもうけしようとおもわなければいいだけだけどね。下品なわしは、つい) **** 日本で言うと、ドルの基軸通貨が、やんぴになると、一瞬日本円になだれこんできちゃうでしょうがね。 そうすっと、2011年1ドル60円に向かって、どんどん円が高くなりもす。 そしたら、たださえ慢性病に苦しんどる日本経済、劇性症状起こして即死やん。 どーも、このごろ日本はタイミング、ちゅうか、起こることの巡り合わせが悪いよーだ。 国にも個人同様「運の悪い時期」ちゅうのがあるねんな。 なんちゅうか家の屋根の葺き替えをして屋根ひっぺがしたら大工が無能でほうっぽらかしになっとる上に台風が来てもうた、ちゅうようなことにならねばよいが、どうも、わっしが日本人なら、いやあああーな感じがするであろう。 でもって取り仕切ってるのが「陰の大統領」小沢先生だすからな。 たまらんな。 おもしろすぎ、いや、ごめん、やばすぎです。 **** とゆって、ひとの心配をしているばやいではない、連合王国もニュージーランドもでーへんじゃん、ともゆえるが、前にも書いたようにわっし個人ははプーなので、特別心配の必要はないんです。 無職の人間を解雇できる奴はおらんからな。 銀行人が電話してくるが、自分のクビを心配して電話してくるだけである(^^) わっしのくらあああーい予想を聞いてびびるのが目的なよーだ。 なんとなく、チビに「こわいおはなし、こわいおはなし!」とせがまれているよーで、 ビミョーな気分だのい。 **** とゆーわけで、日本語で書きたいと思うものを今日の夜になったら書いてみるべ、と思ってます。 もったいつけずに、いま書けよ。 ズツー、なんです。 二日酔いである。また昨日遊んじったからな。 … Continue reading

Posted in Uncategorized | 1 Comment

ナマケ日記(6)

Stronghold のOnlineゲーム版「Stronghold Kingdoms」はマジで出るよーだ。 いえーい。 公式サイト http://www.strongholdkingdoms.com/ は固まったままだけどな。 いえーい。 もうやめたのかと思ってたぜ。 いえーい。 多分ダウンロード販売かの。 そうするとシャチョーは一円も儲からんが、業態が遅れをとっておるのだからやむをえないよな。 いえーい、いえーい、いえーい。 やっと金融危機のダイレクトな影響がなくなってゲームタイトルの開発が軌道にのりだしたようである。まことに、めでてえっす。 もうすぐBioshock2とかも出るしな、長かったゲーム旱魃が終わりそうです。 わっしのようにゲーム世界で勝利することのほうに現実世界で勝利するより遙かに現実感をもつタイプの人間にとっては、長い暗黒期であった。 おもろいゲームが出ないおかげで、退屈で下品な現実世界にずいぶん長いあいだ逗留してしもうた。 まことにくだらん。 現実世界などモニだけでいーんです。 他はいらん。 (Stronghold kingdomsの動画を載っけておきます。無茶苦茶おもろそう。むふふ) **** 昨日「White Russian」のことを書いていて思いだしたが、「Room Eleven」の「Six White Russians And A Pink Pussycat」はときどき聴くと、いいのい。 わっしはリ・リリース版の追加された「Bitch」が好きなんです。 I’m a bitch, I’m a lover I’m … Continue reading

Posted in Uncategorized | 1 Comment