朝令暮改

わっしのアパートは非常に便利なところにある。位置で言うと「ヴィレッジよりのチェルシー」です。セントラルパークより南ならどこでも歩いていける。

わっしがニューヨークででかける場所へはほんの五六歩でつく、わけはないが、二十分も

歩けば着きます。

だから一日に何回も出かけたり帰ってきたりします。

近所のイタリア屋さん(店の中に一歩はいると、イタリア語がかまびすしくてイタリアの食べ物が山積みになっている、イタリアの食べ物ばかりおいてある店)へ行ってピザを食べてダブルエスプレッソを飲む。わっしの好きなLIQUIRBON(リカボン)というバカボンのガールフレンドみたいな名前のイタリア版リコリッシュを買ってアパートに戻ってくると、skypeが間抜けな音で鳴っておる。こんな間抜けな音でskypeをならせるのは世界広しといえどシャチョーしかおらないので、聞いただけでシャチョーからだとわかります(ジョーダンです)。

だいたいシャチョーとわっしの会話というのは、いつもは

「ガメちゃん、○○をやっといてね」

「はぁーい」(天使のような声)

(わっし、なにもしない)

「ガメちゃん、○○、やっといてくれた?」

「あっ忘れてました。すみませーん。すぐ、やっときます」(後半有能会社員ふうの声)

(わっしなにもしない)

(闇の中にひびくスカイプの音)

(すでに夜の巷にふけてクラブでろくでもない遊びにふけっている、わっし)

という極めて簡素なものですが、今晩は多少長く話した。

「もう、一回、やめれ、と言ったんだから、そのままでいいじゃん。そーゆーの、ほら、日本語で朝三暮四というでしょ?わっしもいったんやめるのか、と思った日本語書くのおっくうだし」(あとで考えてみると朝三暮四でなくて朝令暮改、じゃん。シャチョー、気がつかねえんでやんの)

「いや、あれはガメが、これ以上酷いことを言われるのはたまらない、と思って電話したんです。でも考えが変わった」

とゆーことは、もっと酷いことを言われたほうがいいと思ったのか?

「捕鯨のときから、ぼくも成り行きを見ていたけど、こんなことではいけないんだ。

こんなことでは、ぼくの国はほんとうに滅びてしまう」

また、オーゲサなことを言う。

「でも、わっしも自分のショーライのことも考えなけりゃならないし、シャチョーの会社もやめるべきときがきた、と思ってんすけど」と、オッソロシイうそをぶっこくわっし。

自問するがガメくん、きみは「自分の将来を考え」たことが、いままでの人生で一度でもあったのかね?

あるわけねーだろ。

わっしと「ショーライを考える」ことくらい結びつかないものは他にない。

いつものことながら人倫の道をはずれておる。

もの別れに終わった。分かされの道、であるな。鎌倉では「岐れ道」という。

わっしはオーストラリアの牧童が被る帽子をかぶって、夜の街へ行く。

月曜日なのでろくでもないバーしか開いておらん。

ろくでもないバーの一軒にはいって、バーボンを一本の半分飲んだ。

わっしはアパートに帰ると机に向かう。

かーちゃんに手紙を書かねばならん。

「かーちゃん、元気ですか?

わっしは、当然、元気であります。何事も万事うまくいっておる。

ニューヨークのひとはあいかわらずとても親切である。

ブログを通して会う日本のひとも親切なひとばかりで、とーちゃんの国を誇りにおもいます」

わっしはいつも思うのだが、ニュージーランド人は母親への手紙のなかではいつも元気で「何事も万事うまくいって」おる。かーちゃんの知りあいの息子さんで、自殺する晩に拳銃を机の上において、「何事も万事うまくいっておる」と書いたバカムスコまでおった。

どうせ、いつも息災なのであるなら手紙を書くことに意味なんてあるのか?

あるよな、と思い直して手紙を封筒にいれるわっし。

あとでチェルシーマーケットの前の郵便ポストに入れに行こう。

コンピュータを見ると、シャチョーから長い長いながぁーい北陸トンネルのように長いメールが来ておる。考えてみると勤務時間中に書いているではないか。今日は会社メール書くために閉めてたのか?

内容は、ここでいうわけにいかん。

ヒラ社員に自分が国を思う気持ちを綿綿と綴ってどーするんじゃ。

どこまでもマヌケなひとである。

ブログを閉鎖すると決めたあとに、たくさん来たメールのうち、いくつかを選んで送ってくれた。そのなかのひとつだけ引用させてもらうと、たとえば、こんなふうである。(引用させてもらったひと勝手に引用して、すみません)

「リンクされているヒラ社員ブログ(ガメ・オベールさんのブログ)に関しての

感想を述べたいがために、適切でないかもしれませんが

こちらのアドレスにメールを送らせていただきました。

私はガメさんのブログをいままで楽しく読んでいました。

(ここ数か月だけではあるのですが。PC新調を機にスペック要求する

洋ゲーでもと思ってそちらのサイトにたどり着き、結局商品は買わず

ブログの読者にはなりました。すいません。)

一度もコメントしたことのない、沈黙した読者ではありましたが、

さまざまな物事への視点、感覚の違いが興味深く、魅力的でした。

滞在先の海外からのガメさんの更新を読み、

実に楽しそうだと自分もまた不思議に楽しい気分になったこともありました。

ときにはある率直な意見に対して、肯定しながら、

あるいは反対しながら考え込んだこともありました。

更新が楽しみでした。

私は残念でならないのです。

ブログがこのような形で、ガメさんにこのような日本人の姿を見せて、

それで終りになってしまうことが残念で、悲しくてならない。

こういうメールを送るのは、あんなことを思うような人ばかりじゃないんだと、

当然なことを言い訳するようで、躊躇しました。

けれどあの形で最後になってしまうのは申し訳なくてしょうがない。

あんな終わりなのにガメさんにありがとうといわれて、

なにも反応しないのはいやだった。

だから、

ガメさんのブログは興味深くて、そして楽しかった。

今までブログを書いてくれて、ありがとう。」

うー。

うー。

シャチョーはメールアカウントもお名前も外して送ってきたので、どこのひとかわからないが、

なんという心のあたたかさだろう。

わっしの心が摂氏2度くらいだとすると、このひとは楽勝で摂氏20度はあるな。

こんなしょぼいブログのために、こんなメールを…。

日本のひとは、こういうところがすごいのだ。

自分がやさしくしてもらっているからではありません。

ちょっとでも、そう思う人はアメリカのジャパノロジストが書いた「おかわいそうに」という有名な本を読んで見ればよい。

うー、と唸っていたらシャチョーから電話がかかってきた。

脅しにかかるわっし。

「自分で、2chは体制側の思想警察化しつつあるんだと言ってたじゃん。

会社が攻撃されるんじゃねえ?ビジネスなくなるどー」

「なっ、朝三暮四でもなんでもいいから(なんだ、シャチョーも「朝三暮四」だと思ってんじゃん)、恥を忍んで、あっさり、もいっかいブログ始めようよ」

「だって売り上げには全然結びつかないし、これが原因で会社つぶれたら、どーすんの?

妻子がある身でしょーが」

そしたら、シャチョー、ぽそと

「ガメ、おれはな、会社なんかどうなったっていいんだ」と言います。

へっ?

「つぶれたらタクシーの運転手でもなんでもして食っていくよ。もともと働くのを惜しまないだけのイナカモンだからな。シャチョー命令、である。もう一回書け」

へいへい。

こーゆーことをやっていると笑われるとわっしは思うが、ブログを再開いたします。

一応、来年の4月くらいまで。

なんちゅう一貫性のない会社であろう。

これまでは、「このひとって、妄想も出てて、攻撃性もある立派な統合失調症(schizophrenia)だよねえ」と思うコメント(わっしはこのひとは真剣に病院に行ってみたほうがよいと思った。言っても聞かないのがわかっていたから言わなかったが)があっても読む人に物事を考える手がかりになるのではないかと思って残していましたが、どう考えても悪意だけのものはIPだけ拾っておいて、削除します。

あと、いっぺんやめるのか、と思った後遺症で更新にやや自信がありません。スペイン語のブログもはじめちったしな。

ふだんは、コメント欄にご返信を書いているわけですが、今回はそれをやると、やってきたひとがコメント欄に「ガメ・オベール」の名の行列を見て、「このひとはなんでこんなにいっぱいひとりごとを書いてんだ?」と不気味に思う可能性があるので、こっち側でご返事します。

もすさん、

ご返信が遅れてしまいました。恥ずかしいことです。

>日本は敗戦によって、死者を追悼する権利さえも奪われたのです。

わっしも、ひょっとするとそうなのではないか、と考えて、ブログを書きました。

わっしはガダルカナルの上空を飛ぶたびに、戦時中たったひとりで、あの広大な空をたった千馬力の単発機を駆って千キロを越える距離を飛んで戦わなければならなかった若いひとたちの孤独を想います。どんな国も、そういう自国のひとたちのことを憶えているべきだと想う。それはいろいろな名前でやってくる「愛国者」のひとが言いたがるのとは違って自分の父親の国のことだからです。

わっしはずっと自分が半分日本人であることに誇りを持ってきました。

もすさんは、上原良司、

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E5%8E%9F%E8%89%AF%E5%8F%B8

というひとを知っていますか?

わっしは、このひとの「所感」を読んで感動しました。

そこにはどんな国のひとの心を打たずにおれない「愛国心」というもののひとつの究極の姿があるように思います。

jjさん、

>このブログをいつも楽しみにしています。

たかがゲーム屋さんのブログにやさしいお言葉をありがとうございます。

シャチョーがおくってくれたメールの中にjjさんのメール(多分)もありました。

わっしは、ちょっと感傷的な気持ちになった。

お通夜の帰りさん、

> 泣きながら読んだブログが消えていました。

そのまま消えればかっこよかったが復活してしまいました。

わっしはディズニー映画のカリビアン海賊か、と自分でも思いますが、ハンドバッグをふりまわすガールフレンドとシャチョーには勝てないと言われている。

>This Masquerade

「デルタのキチガイおじさん」レオンラッセルの曲ですね。このひとは実物は無茶苦茶かっこいいひとです。わっしはこのひとが自分で歌う「ソングフォーユー」が好きです。

ソウル、がある、と思う。

ゲーム機違いさん、

>2chもねぇ、いい所もあるし悪い所もあるからねえ。

前にも書いたおぼえがありますが、わっしは2chの「敬語のない世界」が好きです。

日本語で議論するには、こういうふうにすればいいのだな、とわかるところがある。

敬語にはよいところがたくさんありますが、議論を阻害するところもあるのだな、と

2chを見て考えた。

ところで、ずっと以前ゲーム機違いさんが言っておった、おじが鯨肉を食べているはずだ、というご指摘ですが、本人は「そーゆーことがあったかもしれんが、たまたま給食に出た日に欠席しとったんと違うか」と言っておりました。言ってはいましたが、顔に「ウソついちゃった」と書いてあった。

わっしが人生において初めて叔父に勝利した瞬間であります。

勝った。むははは。

kasaさん、

>気ままで将来の稼ぎなんて考えずに生きてるバックパッカーのような方だと勝手に想像していたので、まじめに本業なんて言われると戸惑っちゃいますねw

ほんとうですねえ、って自分でいうことではないが。本業って、言ったって、実はHSBCに勤めるエリート行員、だったりするわけはないのであって、日本語が不自由なので「本業」とかいうオーゲサな表現になってしまっただけです。

ブログを読んでいただいているので、説明の必要を認めませんが、要するに生活破滅者の一種なのではないでしょうか。ダメなひと、とも言う。

わっしはバックパッカーではありませんが、特にラテン語系(フランス語イタリア語スペイン語)の国のものすごいお金持ちの家の若い衆には、バックパッキングをする伝統があります。わっしは満員のコーヒー屋でテーブルに合い席してもいいか?と言って、わっしの前に座った女のひとにどーも見覚えがあるなーと考えていて、突然、そのひとがイタリアのトップモデルであることを思い出したことがありました。でぇっかいバックパックを脇において、あっさり「そうよ」と答えるひとを目の前にして「しまった。訊かなきゃよかった。なんちゅうマヌケだ—>わっし」と思って自分の失礼に困惑してしまったことがりあります。後は必死で素知らぬ顔をよそおってコーヒーを飲んでましたが。

金持ちのバカガキバカムスコだけでなくて、そうやって若くて有名な人もバックパックを背負ってでかける。

わっしはコンジョウナシなので、だめですが。

一ファンさん、

>私もいつも興味深く見ております。

ありがとうございます。もとが怠け者なので更新していけるかどうか判りませんが、まっときどき見に来てください。

enderさん、

> まぁ受験が無事終わればですが

わっしがひとつ過去問を教えてあげましょう。センター試験とか共通一次とかいう客観式入試の問題です(あっ、もうおわっちったか)。

国語の問題で「目くじらとはどこのことか」という問題です。

横にでっかい目の絵があって六カ所から選ぶようになっている。

わっしは「目くじら」という言葉を知らなかったので調べていて発見した。

カンドーしました。

なんというよく練られた問題でしょう。

>Lalさん、

あっLalさんだ。いや、わっしはLalさんや他のひとのコメントをおぼえているせいもあって、割と平気です。

>嫌な思いをしながら無理に書き続けたら心が疲れて、日本語が嫌いになってしまうでしょう。

イギリス圏での英語のやりとりというのは言葉のナイフで刺しあうようなものすごさがふつーなので、アメリカのひとなどは越してくるとノイローゼになります。

だから鍛え方が違う。第一わっしはLalさんのように繊細な心の持ち主ではない(どうも「やさしい心」というようなものは、どっかのバーの帽子掛けに忘れてきてしまったようであります。いまでもロンドンかどっかの碌でもないパブの帽子掛けで揺れているのではないか)ので、そんなに心配されなくてもダイジョビです。

でも心配してくれて、ありがとうございます。

誰かに気にかけてもらえるというのは良いもんだすな。

見てた人さん、

>よく解らないですけど記念に書き込みしますね^^

ついでに写真も撮っていかれるとよい。

runtaさん、

>今日またこうしてガメさんの文章を読むことが出来て、とても嬉しいです

こーゆーのも「文章」と呼べるかどうかはわれながらはなはだしく疑問ですが、なんとか杜撰なひとは杜撰なひとなりに日本語で書いていくべ、とまた考えました。

>いつもハラハラドキドキ

わっしはふつーにビルの看板を見上げながら新宿とかを歩いているだけでやくざのおっちゃんに「どん」とぶつかって体当たりをかましてしまうほどスリルに満ちた性格なので、

これからもドキドキしてもらえる可能性はあります(^^;)

>難しい事は解りません

わっしも難しい事はわからんので、ふつーのものの考え方にしがみついていきたいとおもってます。それに小さい声でいうと「難しい事がわかる」ひとには、どーもろくな奴がおらん。

ポエポロ さん、

ほんとうに、ありがとう。

わっしはちょっとなんでこんなボロブログに親切にしてもらえるのか、わからなくなってきました。

わからなくなってきました、はへんですが、そんなにてーしたブログでないだけでなく、いつもみなさんにとってアツイことばかり言っているのに、どうしたことでしょう。

でも、ほんとうにありがとうございます。

すわーて、今日はスーパーチューズデーです。街を歩いているとマスメディアが伝える様子とは違ってオバマ一色に見えます。ニューヨークはヒラリーの選出州なのにな。他の州の様子はどうなのだろう。

今年は、ほとんど今日の結果で大統領が決まると言われている。

やめることになっていたブログをまた始めるのはわっしの感覚ではタイヘンにカッコワルイが、シャチョーの仰せにしたがって、やってみんべ。

ひとつ再開にあたってカッコワルイのを通り越して困るのは、「もうどうせおしめえなんだから」と思って自分のことをいっぱい書いてしまったことですが、ここでまたいきなり削除するのもへんなので、もうやけくそでほぉっておく。

たかがボロイゲーム屋のそのまたヒラ社員のしょぼいブログであります。

たいして気にする必要もない。

でも、いっぺん終了を宣言したブログなんて読む奴がいるのか?

画像は、ミート・パッキング・ディストリクトの壁の巨大な落書き。

グラフィーティであります。すぐになくなる運命の落書きとは言いながら、これはよく描けている。

壁ごと買いたいとわっしは思いました。

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