バルセロナの豹女

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地下鉄のベンチシートにKが座っていて、わっしはその前に立ってKと話しておる。

するとKの横に座っているアフリカ系のねーちゃん(わっしが内心、どひゃあー美人と思ったのはKには内緒である)が、ものすごく力強い光のある眼でわっしを見つめています。な、なんだ、なんか怒ってるのか?と思うわっし。思わずねーちゃんを見返してしまいます。一心にわっしを睨んでいたこのねーちゃんがガバッと立ち上がったので、わっしは「きゃあー、ぶっちゃいや」と一瞬思ったな。Kほどではないが立ち上がるとすらっとしていて、まわりのスペイン人のおじちゃんたちよりも軽く頭ひとつ背が高い。

豹の柄のコートに黒いシングルカシミアのジャージーである。

「ここに座りなさい」という。

「ご、ご冗談を、わっしはここでダイジョビです」と事態の意外な展開に間抜けな受け答えをするわっし。

「いいから、わたしは次の駅で降りるから、ここに座りなさい!」

「はい」

わっしがくたへろに疲れた幼児に見えたのか?

それとも、さっきシャワーを浴びたとき浦島太郎みたいに瞬時におじいさんになりはててしまったのか。あっというまにおじーさーん、なんちて。

過激憂国おやじ、ヒムカのおっちゃんの祟りだろうか。

車内のひとたちも、なにがなし、きょとんとしています。

豹ねーちゃんが立ち上がった瞬間ねーちゃんのかっちょいい平手打ちが繰り出されるのを、わっしの周りの少なくとも男3人は期待しておったな。

ところが事態が「カップルの片方(わしのことね)に席を譲る」というまことに意外な終焉を迎えたものだから落胆のあまり小さくためいきをつく奴までおる。

ねーちゃんが降りた駅の次の駅で降りて、大学の裏手にあるレストランに入ります。

席につく前にバーで炭酸入りのサングリアを飲む。

ほのかにジンの匂いがする明るい黄色の、サングリアの妖精のようなサングリアです。

これを飲んでいたら平素よりもいくらか頭がよくなって、ねーちゃんが「睨んでいた」と思ったのはねーちゃんのすさまじい生命力のある眼の光でそう思っただけであって、ねーちゃんは「あー、このひと話しにくそうに話してるなあ。でも、思い切って席を譲るのは恥ずかしいなあ、どーもこいつスペイン語もカタラン語も、わかんねーみたいだし。どうしようかなあ、でも隣の綺麗なねーちゃん聞きにくそうにしてるもんなあ」と、わっしの顔を見ながら思案してたのすな。

もうそれ以上考えていると、ただ自分の駅で降りるために立ったようになってしまって好意が伝わらないから、途中で逡巡を止めて「えいやっ」と立ち上がったのだ。

ねーちゃん、あなたは英語みたいに酷薄な言語を母国語にしている人間には自分のような人間の「ひとに親切にしたいけど、恥ずかしくて、思い切り息をつめて頑張らないと実行に移せない」という自分の気持ちはわからんに違いない、と諦めて駅へ降りたに違いない(なぜなら、わっしは狼狽のあまり「グラシャス」が囁くようなちっさな声になってしまったからな)が、わっしには全然わからないというわけではないのす。

ねーちゃん、あなたは吉野弘というひとの「夕焼け」という詩を知っておるかね。

日本という国へ行くと高田渡という酒の飲み過ぎで死んだブルースシンガが元の詩をちょっと変えて曲をつけて歌っているのだ。

いつものこと

電車は満員

そして いつものこと

若者が坐り

年寄りが 立っていた

うつむいていた娘

年寄りに席をゆずる

礼もいわずに 年寄りは

次の駅で降りた

娘は坐った が

また 別の年寄りが

娘の前に 娘の前に

娘はうつむいた が また

年寄りに席をゆずる

年寄りは礼をいって

次の駅で降りた

娘は坐った

二度あることは三度という通り別の年寄りが

娘の前に

娘の前に

かわいそうに娘

うつむいて うつむいたまま

席をゆずらず

次の駅も

次の駅も

口唇をかみしめ

つらい気持ちで

娘はどこまで

どこまで行くのだろう

口唇をかみしめ

つらい気持ちで

やさしい心に責められながら

美しい夕焼けもみないで

口唇をかみしめ

つらい気持ちで

美しい夕焼けもみないで

豹の柄のコートを着て豹そのもののような眼をしたアフリカ系ねーちゃんは、この詩に出てくる「うつむいた娘」そのままであった。自分の小さな決心を実行してしまうタイミングが世界と歩調が合わなくて、気まずい思いをするところまで同じである。

バーに座ってアホな考えにひたったあげく、もろくも見る見る涙ぐんでしまうオバカなわし。Kがちらっとわっしを眺めて、「ずいぶん綺麗なひとだったわね」

ぎょっ。

「あなたって、どうして、いつもアフリカ人にもてるのかしら」

げげ。

この言葉には表面に含まれている以上の毒があるのす。(わしの素行が悪かったせいだから自業自得だが…わしも自分の過去の日記を製本して坪内逍遙先生のように「旧悪全書」とでも名付けてみるべきか)

「そんなんじゃないんだよ」と、防戦モードにはいる、わっし。

そしたら、一緒に住んでいる人は、にっと微笑って「もちろん、冗談である。充分に理解しておる。あんなひとが、たくさんいると世界はいまとは別の、もっとよいところなのに」ですと。

まるでもう何十年も一緒に過ごしてきた奥さんのようです。

「アフリカ人たちがあなたをいつも好きなのは、あなたがあのひとたちをいつもただの普通の人間として見るからと思う。見られているほうには、自分たちが「人間」でなくて「アフリカ人」として見られていると必ず判るのだと思う。ガメ、えらい」

ほっぺにキスしてもろた。

途方もなく親切だがハニカミ屋のバーテンダーのにーちゃんが、見ないふりをしておる。

時計を見ると午後9時だ。

バルセロナの夜が始まろうとしています。

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