Xochicalco(ソチカルコ)

ソチカルコ

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%81%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%82%B3

に行った。わっしはruins(本来わっしが自分で定めた表記のルールである「日本でも言葉になっているものは全部 カタカナか日本語」という決まりに従えば「遺跡」でしょうが、ruinには日本語がないのでruinと呼びますね)が好きなので、自分がいるところの近くにあればどうしても行ってしまう。

休日や週末にはまっすぐ行くバスもあるそうだが、平日は直行便がないので、やむをえない、バスでソチカルコに行く道の分岐点まで行って、そこでタクシーを拾っていった。

バス乗り場(停車場っちゅう感じの駅みたいなところです。キオスクみたい売店もある)の滅茶苦茶親切なおっちゃんはこのレストランがあるところで降りるのね、そこから歩いてもいけるし、タクシーも待ってりゃくる、と言う。

でもわっしは、前に真夏のメキシコで「歩ける距離だよ」という一言を信じて炎天下40キロハイウエイを歩いたあげく気絶してぶっ倒れたことがあったので、タクシーに乗った。タクシーなんて、ふんな平社員の分際でゼータクな、というひとがいそうですが、だって25ペソです。250円。運転手のおっちゃんはロカビリー歌手風にもみあげをのばしておって、わっしが乗ったら音楽をローリングストーンズからバディ・ガイに変えてくれたな。シブイ。わっしはタクシーにして、セーカイじゃん、と思いました。

だって、15キロ、後半は上り坂でっせ。どこが「歩ける距離」じゃ。

こんなとこ歩いたら、また行き倒れになるところであった。

それはともかく、話が前後してしまうが、この分岐点「分かされの道」にある料理屋は最高であった。食べ物は滅茶苦茶うまいし給仕のねーちゃんとおばちゃんが途方もなく親切なのです。ソチカルコに行くひと、そこのあなた。直行便なんかですぅーと行かないで、ここに寄ってみられたし。後悔しないから。

わっしはこのミシュランに載ってないのが不思議な料理屋で30ペソ(300円)払ってバッフェのたべほーだいとペプシの昼食を食ったな。観光客まるだしで、おばちゃんとねーちゃんのあいだにはさまって写真を撮ってもらった。カウボーイハットをかぶったおっちゃんたちが、アホ観光客のわっしを見て楽しそうに笑っておる。

なかなか幸せなひとときであった。

タクシーのおっちゃんは、どこまでもバカタレのわっしが渡した100ペソ紙幣3枚をやや緊張した顔で突き返して「これじゃねーよ」と一言。おー、やべぇー、と気がついたわっしが、10ペソ3枚(こっちはコインね。デザインがかっこいいんだお)を渡すとおつりをくれます。「おっちゃん、釣りはいらんからとっとかんかい」というと、ニッと笑って、ありがとう、という。

タクシーを降りると、心なしかパフォーマンスっぽい高速ターンで去っていきました。

前世はローンレンジャーなんか、あんたは。

はいよーシルバー、なんちて。

わっしは緑色のコンクリの建物の前に立っておる。

へんな遺跡だのー、とまだ昨日飲み過ぎた二日酔いが直ってないわし。

博物館があるのであって、そこを見てから遺跡に行った方がよい、という運転手のおっちゃんの無言の意思表示のようでした。

っちゅうか、みんな、そうするのかも。

この博物館はすげぇーところで、どうやったら「ものの形」がこんなふうに独創的につくれるのか理解できないくらい、すごい。ひとも獣も神様も、なんちゅうか、わっしらの見ている世界とは違う世界にすんでいたんだなぁー、ということがよくわかります。

時間が違うということは空間も、そこに住むひとも、同じ惑星でないと思った方がわかりやすいくらい違う、ということがよくわかる。

わっしらは古代の歴史を眼にすると、自分が見知っている現代の事物を通して、意味を見いだし、解釈を加えようとしますが、そんなことはぶわっかたれなことだと、マヤ(注1)の文明を見るとヒジョーによくわかる。

共通のものなんかないのよ。「この部分はわかる」とか、思わせてもらえない。

わっしは、どひゃあと興奮しながら、写真を撮りまくりました。

メキシコの博物館はどこもフラッシュをたかんかったら写真はとりほーだいです。

フラッシュは布やなんか傷むからダメなので、合理的である。

わっしは博物館に行くと退屈で全力疾走で出口に向かうほうですが、この博物館はコーフンした。おもろい。

で、遙か向こうの丘に見えている遺跡には、どうやっていくねん、一応車道を伝っていけばいけそうだが、そんなことをしていたらクルマにひかれてあえなくなってしまいそうではないか、と考えて、かしこくもインフォメーションカウンタのねーちゃんに行き方を訊いてみるわっし(ほんとうは、ねーちゃんが綺麗なので口実をつくって話してみたかっただけだが)。すると、おお、ものは訊ぬるべし、遊歩道があるのであった。

サボテンと木のあいのこ(差別用語だがな)を愛でたりしながら遺跡に向かって歩くわっし。歩いていて気がついたが、この遺跡(といっても当時はひとが住んでいる城塞都市)はいわゆる「縄張り」がよく出来ている。遠くから敵が攻めてきてもそーとー向こうにいるときでも見えるし、水の手も(雨水だが)要領よく分散されていて、どうも生活の便宜よりも戦時のことを考えてつくってあるようです。これは、わっしにはオモロイ発見であった。マヤンは戦争ばっかしておったのだな。わっしがもっていたイメージとはだいぶん違う。

わっしは、当然、オブザーバトリに行った。

暗い洞窟を入り口で待っていてくれた案内のおっちゃんとずんずん歩いてゆくと、

遙か上から一条の光がさしているのだ。

すごい。

マヤンの生活が神と不可分であったことを感じるには、こんな最適な場所はないようです。

沖縄のウタキも神様がそっと触ってくれるという点ですごいが、これもすごい。

「聖なるもの」というものは人間の語彙のそとにあって、それゆえ、人間には考えることができないのだ、ということを感じます。感じないひとはいないと思う。

シーズンオフの平日に、こんなところにくるまを乗り換えてまでくるバカタレはいないようで、わっしはずっと遺跡のなかでひとりであった。あったのは門番のにーちゃんとオブザーバトリのなんだかトトロの時代の日本人学者みたいな風貌の麦わら帽をかぶった、おっちゃんだけ。

おっちゃんにお礼を述べてから、階段をおりたところで座っていると、「沈黙の音」がするのです。強い陽光の下の、沈黙。

わっしは2リットルボトルに残った水を自分に頭からぶっかけながら、ここに来られた幸福を思いました。ラッキーじゃん。

帰りは、どうやって帰ればいいのか、さっぱりわからん(どっかに行くのに下調べなんかする殊勝な人間なわけない。わっしは、「ソチカルコ」という遺跡の名前も、インフォメーションセンターのねーちゃんに訊いて知ったのだ)ので、なんかの事務所で金を計算してたねーちゃんに訊いてみた。ねーちゃんが、わっしの杜撰を極めるスペイン語に閉口しながら教えてくれたことによると、タクシーなんか、ここは通らん。乗り合いバスか乗り合いタクシー(確かに乗り合いタクシーと言ったが、そんなもんあんのか?)しかない、という。どこで乗るの?と訊くと、こんな時期にこないでしょ、と言う。

こないでしょ、って、それじゃ帰れないじゃん。

わっしは、やむを得ない。間抜けなおっさんがくるまで通りかかったらヒッチハイクをするつもりでハイウエイに出た。出たら、タクシーが通りかかったな。奇跡である。

わっしは思わぬ僥倖に欣喜雀躍(な、なんて良い言葉でしょ。いっかい使ってみたかった)したが、かしこいわっしは、それでもちゃんと値切る交渉をする。「30ペソ」「だめだめ25ペソ」。にーちゃんは、あっさり交渉に応じて、あまつさえ腸捻転をおこしそうなかっこうで後ろの席のドアを開けてくれようとします。注意して見なんだのでわからんがメキシコでは乗客を後ろにのせるんかなあー、と考えるわし。ニュージーランドでは助手席に乗るからな。

昼飯を食った料理屋の前で降りると、バスを待ちます。

全然、来ない。待っても待ってもこない。

メキシコの長距離バスにはバス停なんてないので、別に間違ったところに立っているわけではありません。来たら手をあげてとめるのだ。

でも、来ない。

わっしは来ないんなら、コロナでものむべな、と考えて、料理屋のなかにはいるとコロナを注文。おもむろに腰掛けて、おばちゃんにライムをお願いします。(メキシコのひとは、ライムなしでコロナを飲むひとが多いのか?頼まないと出てこない)そしたら、おばちゃんが、ライムを一皿いっぱい切った奴を並べてもってきてくれた。

うーん、こーゆーところがメキシコはいいよなあ。しあわせだ。

と、幸せになっていたら、

バスが行っちゃったやん。なに、そんな慌てることはない、と思って、もう一本コロナを飲んでいたら、またバスが通過してしまった。

結局コロナを8本飲んで、おばちゃんやねーちゃんがバスを止めてくれるまで料理屋でごろごろしていたダメなわたし。

帰りに乗ったバスの運転手のおじちゃんは、とっても感じの良いひとであったが、ほんとうは27ペソの運賃を頼みもせんのに20ペソにまけてくれて、自分のポケットに20ペソいれておった。堂々たるオーリョーだが、メキシコではあたりまえのことです。

給料、気が遠くなるくらい安いからな。おっちゃんが運賃くすねるのも無理なし。

ソチカルコ、よかったな。

また行きてえ。

画像は豪奢を極めたわっしの昼飯。右側の肉団子スープは食べてみると牛肉で狂牛病こわさにニュージーランドとオーストラリアと叔父のおごりのくそ高い銀座のすき焼きや以外では絶対に牛肉をくわないわっしではあるが、うまかったので食ってしまった。

将来脳みそに穴があくのが確定したかも。

注1 英語のふつうの会話ではアステカ(14世紀)でなきゃ「マヤン」と言ってしまう(わっしのバカ友だちとわしだけか)のですが、正確に言うとXochicalcoはマヤンではないんですが。

マヤの強い影響を受けたソチカルコ文明っすかね。

でも、まあ、こっちのひともマヤンと言ってるので、話を簡明にするためにマヤ文明の一部のように書いてあります。ちょっと乱暴すぎるのかもしれんが。

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