Monthly Archives: April 2008

日本昔話

「フジサワさん」、というひとなのである。 「フジサワさん」は定年退職して悠々自適、である。 賢い息子に恵まれて、息子の嫁も貞淑な良妻である。 春の日、縁側に腰掛けて「フジサワさん」 は思うのだ。自分の人生はまことに満足のゆくものであった。 そんなに瞠目すべきものではなかったにしろ、まずまず他人よりも出世栄達に恵まれた。そのうえ、ひとがやるほどのことはみなやった楽しい人生であった。 そのとき「ほんとうにそうか?」という悪魔の声がしたのすな。 ほんとうに、やり残したことはないか。 ある。 男色というものを経験したことがないのは残念である。 大きな声では言えないが女色なら人後に落ちるものでない。 妻女に打ち明けたことがないだけであって、謹厳な外見からは考えられぬほど様々な経験を積んだのだ。 しかし、男衆を相手にしたことだけはない。 うららかな春の日、「フジサワさん」は考えれば考えるほど、それが残念である。 ああいったものは、どんな気持がするものであろう。 ここから先がわっしがこの「フジサワ老人」を好きになった由縁であって、この老人は物好きにも、というか実証主義者ぶりを発揮して、というべきか、下町に出かけて、なんと男根の張り型を買ってくるのです。 もちろんわざわざ顔の知られていない遠い下町まで足を伸ばしたのだ。 隠居椅子のある縁側にもどって「フジサワさん」は、息子の嫁や妻がいないことを呼ばわって確認します。 そして、おもむろに張り型をとりだす。 縁側の床に立てて、下着を脱ぐとソロソロと腰を張り型に向かって下ろしてゆきます。 ところが、好事魔多し、なにしろ年をとって足腰がやや弱っているので、いきなり、どすんと尻餅をついてしまう。張り型はブワっとざっくりいきなり根元まで入り込んで(下品でごめん)、その痛いこと、表現のしようもなし、「ぎゃああああああ」とあまりの苦痛に絶叫します。 いないと思った息子の嫁も妻も息子もあまつさえ姪御どもまでがわらわらと集まって、駆け寄ってくる。「おじいいさま、だいじょうぶですか」「父上、どうなされました」 一瞬の後、なにが起こったか悟ったひとびとに「フジサワさん」は大笑いされたそうです。 死んだ後まで語り継がれたそうであって、その証拠に、この藤沢某という旗本の話は「耳袋」という江戸時代の聞き書き集に載っておる。 東京は今日はまるで初夏のような一日です。モニとわっしはアパートのテラスで昨日銀座で買ってきたCava(東京にも、ちゃんとあるのだ)を飲みながらくつろいでおった。モニが日本の文化のセージュクドについて質問するので、わっしはいろいろな例をあげて説明します。眼を近づけると、結構おもろい。たとえば、といって「駿台雑話」と「耳袋」のなかから記憶に残っている話をします。で、ここまで話したら、モニ がビョーキのひとのように笑い出して、止まらなくなってしまった。 いくら説明しても、わっしがデッチアゲタはなしだと思っているようだが、ディテールは、なにしろ何年も前に読んだ本なので変わってしまっているかも知れないが、ほんとうに江戸時代に書かれた「耳袋」という本に載っている話である。 前にも、同じようなことを話したことがあるのをおぼえていますが、わっしは、ですね。 こーゆー話をもっていることこそ、日本のひとは自慢すべきであると思う。 なぜ、この話が外国語に翻訳されないか。 わっしは不思議に思います。 翻訳されれば、「日本」という国の評判は20ポイントくらいアップすると思うが。 わっしは、今日は結局どこにも出かけなかった。 知り合いの自転車屋さんに電話して、モニのぶんのブロンプトンを取ってもらった。 インターネットでハモン・イベリコを購入した。 アマゾンからCanon PowerShot TX1 とEosの交換レンズを買いました。 朝はワッフルと炒めたフルーツの朝食をモニのためにつくった。自家製ホイップクリーム付きである。 … Continue reading

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夫になってしまった。

夫になってしまった。 オットー1世、なんちて。 こうやって人間はだんだん退屈な「幸福な人生」の沼沢にわけいってゆくのです。 神聖ローマ帝国の建設でも志さなければやってられないわけである。 そんな気楽なことばかり言っっているとバチがあたるか。 Touch wood! ジョーダンというのは言ってみるものであって新婚旅行の行き先を聞かれるたびに「アタミ、アタミ」と連呼していたらほんとうになってしまった。 アタミではないが日本です。 このあいだかーちゃんに「もう日本の土を踏むことはないと思います」と書いたばかりである。これからしばらく舗装道以外を歩くと母親にウソをつく不徳義な息子になってしまう。 東京はコンクリ固めの街だからまず親不孝の心配はないが。 一応大義名分はある。ずっと前にブログにちょっとだけ書いた「キヨソネさん」がショータイしてくれたのです。正確には「キヨソネさんが仕事をしているところ」が招待してくれたのであるが、わっしのような「無用の人」に突然キヨソネさんが仕事をしているところのようなユーメイ団体が突然注目するわけはないので、やはりキヨソネさんが呼んだのだと思うほかなし。 ケンキューイン、だが、義務がなにもない。 ラッキー。 どうもわっしのブログ記事「憎悪の王国、日本」をキヨソネさんが読んだ結果であるらしいが、キヨソネさんの秘書のおばちゃんに訊いてもちゃんと教えてくれないので、ほんとうの理由は、わからん。ちゃんと現実の日本を見なさい、ということなんでしょうか。 うーむ。 うーむ、と思ったのは一瞬です。 なにしろシンコンのひとなどというのはバカなものである。 ハシがころがっただけで笑い死にするかも知れぬ。 難しいことを考えるのは20秒くらいが限界である。 キヨソネさんの秘書のひとがさしまわしてくれるというお迎えのクルマを断って、モニとわっしは「宅配カウンタ」に行きます。 「これは、なんだ?」とモニ。 「スーツケースをここに預けると明日の朝には着くんだもんね」と説明するわっし。 モニは、眼を丸くしておる。 このひとはむかしちょこっと旅行者として日本に来たことがあるだけなので日本という国の奥深さを知らないのだ。 ねははは。このくらいで驚いてはいかむ。 この国にはモニが見たこともなくて「きゃあー」と驚くようなことが他にもたくさんあるのだ。フランス人の哲学はアングロサクソンよりは広汎だが、それでもフランス人の哲学では説明できないことが、この国にはたくさんあるのだ。たとえば軽井沢というところに行くと「コーヒー哲学」とか「ラーメン哲学」とか、哲学があちこちに転がっているが、共通しているのは化学調味料だけである。 してみると哲学というのは味の素のことです。 AGF。なんとなく哲学用語のようではありますね。 生物用語のほうが、ありそうか。 手ぶらでネックスに乗ります。ホームでスイス人の夫婦に「トーキョーに行くネックスはここでいいと思うか?」と訊かれる。「ここで大丈夫です」と、わっし。 向こうから列車が来るが、それが折り返すんですね、ここで。 奥さんはコーフンしておって、「日本はたいへん変わった国だ」などと言っておる。 良い意味です。 でも、まだ飛行機から降りて30分も経ってないのに「変わった国だ」って、なんて気が早いひとでしょう。何が「変わって」いたのか訊きたかったが、めんどくさいのでやめた。 川島正次郎と友納武人が不明朗の限りを尽くしてでっちあげた「新東京国際空港」はぜんぜん東京ではない遙か彼方にあるへんな空港だが、ネックスに乗れば直ぐに銀座についてしまう。むかしよく出かけたレストランにはいってゆくと、おばちゃんが「おや、この頃見かけなかったわねえ」と言います。葉山に住んでいるカッチョイイウエイタのDさんもまだここで働いていて、にっこり笑って「お久しぶりです」と言う。 まるでずっと東京にいたようで、家に帰ってきたようです。 モニもわっしもちょっと疲れているが、シャンパンで乾杯します。 あーだこーだとくだらない話をしながら3時間くらいレストランにいてタクシーに乗ってアパートへ行った。 管理のひとが電話で「まっくらではお寂しいでしょうから灯りをつけておきました」と言っていたとおり、アパートには灯りが灯っています。 … Continue reading

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