Daily Archives: May 11, 2008

失われた10年

日本にいれば日本語で書かれたものを読みます。神保町へ行く。アマゾンで買う。 本を読み飽きるとモニと一緒に長野県へ出かけます。 新幹線であることもあればくるまのこともある。 軽井沢にもボロイくるまが置いてあるので新幹線で行けばそれに乗り換える。 日本の土木屋さんはどんどんどんどんすごいスピードで国土を破壊するので、自分で気に入った風景は素早く写真に撮っておかないと、あっというまにマヌケな「リゾート開発」かコンクリ固めになってしまうので、なかなか忙しい。 むかしはハラハラしてこのブログに「ダイジョウブですか」と書いたりしていたが、みなに大きなお世話です、ガイジン死ね、と言われてばかりだったので、もうどうでも良いことになった。考えてみると元々それほど日本という国にいれこんでいるわけではないので、なるほど大きなお世話である。滅びたいと願っているものは滅びさせればよい。 コリントを見よ。   カルタゴを見よ。 東京に帰るのがめんどくさくなったので、モニとわっしは今日は軽井沢に泊まることにした。寒いけど薪がないから散文的であっても今日は近代的暖房システムに頼るしかないのい、とモニと話しながら家に着いたら薪積みのおっちゃんが、わっしらが来ておるのを察知して新しく薪を積んでおいてくれてます。軽井沢のひとはまったく親切である。 日本はインターネットのインフラという点では最高にクールです。 100メートル先をひとが歩いても足音が聞こえそうな森の中の家なのに、むちゃくちゃ速いインターネット接続がある。 テレビは映らないがモニもわっしもテレビは見ないので、そもそも関係がない。 自分のブログを読んであまりの日本語の上手さに陶然としておったらモニに何をしているのか、と訊かれた。 「自分のブログを読んでいたらあまりに面白いのでつい読みふけてしまった」 と言うと、笑い転げられた。 「ガメみたいにうぬぼれの強いコーフクな性格のひとは、ほんとうに見たことがない」ですと。 失礼な。 なつかしい0xFFFFF さんがコメントを付けてくれています。 (どうやって、このブログの再開を探しあてたのでしょう) 日本のひとの知的衰弱を心配してます。 どうして、こういう意見がかき消されてしまうのか? 失われた十年でほんとうに「失われた」のは経済的成長ではありません。 1980年代の終わりに計画されて1994年頃に実際の建設が始まった新しい世界は「IT技術」と「バイオ技術革新」と「金融革命」の三つの柱の上に立っていますが、 日本にはそのどれにもアドバンテージがない。種を明かせば旧経済世界において日本に完全に出し抜かれたアメリカ人の皆さんが、日本をアドバーサリ(adversary)と見なして日本のひとが不得手な三つの分野を足がかりに一発逆転を狙って目論見通り、世界の構造を変更して、まんまと目的をはたしただけのことなので当たり前とも言えますが、それにしても日本の政府も見事に相手の手に嵌ったものです。注文相撲ではないか。 失われた十年でほんとうに日本から失われたのは、将来への知的基盤だと、わっしは思います。 このまま行くとして、だいたい2015年くらいには旧世代産業である自動車産業の陳腐化とともに日本は途方に暮れる事態になりそうである。確実にそうなる。 そうなったとき、 日本は、どこへ行くのだろう? 「自動車産業」どころか、いまだに経済の4割が土木事業に頼っているなんて悪い冗談どころではない。 わっしは目下この問題に拘泥しておって、日本の教育を遡って調べています。 いろいろ発見がある。 昭和40年代までの中学の数学の教科書は文句なく世界一なのに、1990年代の教科書は理解できないくらい混乱したものになっている。 もうひとつ。 「教育の正常化」の切り札、筑波大学が出来る頃から日本の知的レベルは瓦解します。 念入りに計画を立てて文部省が日本の知的水準を徹底的に破壊しはじめます。 前代未聞、というか、他の国にはポルポト政権下のカンボジアと紅衛兵時代の中国にしか例がないような組織的な教育の破壊が行われている。 どうして? と、いうのがわっしの好奇心の対象です。 つくづく不思議な国であって、興味がつきるということはなさそうです。 日本のひとは、おもしろがってばかりはいられないでしょうけど。

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