Daily Archives: May 16, 2008

結婚生活

結婚してから発見したことの一つに皿洗いの難しさがある。 なんでシンクの下に最新式シュワッチな皿洗い機があるのにわっしは手で皿を洗うのか、というと皿洗い機で洗うとモニがこっそり後で手で洗い直しているのを発見したからである。 ちゃんと汚れが取れてない、んだそうです。 ニュージーランドなら、そのくらいのことは誰も気にせんけどな。 問題発言その1 この家には一週間に一回オソージのおばちゃんが来ます 問題発言その2 この家にはほぼ毎日「スーパー家政婦」のヨシワラさんが来ます はっはっは。これで明日からもうこのブログ読みに来るやついねーぜ。 問題発言その1及びその2が主張しているがごとき環境にありながら、しかしわっしは台所へ向かう。 なぜにあなたはシンクに行くの シンクの前がそんなにいいの 「チェリッシュ」って変な歌だな、あれ。あの頃の日本のひとって、ほんとに変な歌が好きだすな。 浅川マキはわっしもしびれるが。 「前科者のクリスマス」は名曲であると思う。 だってお手伝いのおばちゃんがくるからって、なんでも初めからビッカビカのほうが、カッチョイイでしょ。 「まあ、なあんてよく出来たごふーふでしょ。若いのに」 第一、「スーパー家政婦」のヨシワラさんはフランス語と英語が堪能であって、わっしとモニをおだてるのが上手である。 おだてられるとシンガポールのテラスから突きだした物干し竿(地上30階であった) にもぶらさがるわっしの性格などは、とおの昔に見抜かれておる。 だからわっしは夜になると眠いのを必死にこらえて部屋を片付けてまわり洗濯機をエンジンの音ごおごおと征く加藤戦闘隊の隼のようにまわし、皿を洗いにシンクに向かって突撃するのだ。 でもな、告白すると、わっしが磨いても磨いてもワイングラスが綺麗にならない。 ピンクフロイドのAnother Brick In The Wall(part1) が終わってGoodbye Cruel Worldになって、二回目のIn The Flesh?なのに、まだピカピカになりまへん。 それなのにモニがやると、摩訶不思議、あっというまに買ったばかりのように綺麗になってしまう。 皿洗い機が洗ってわっしが手洗いしてモニが魔法にかけたワイングラスのステムをわっしは手に持っています。 これは銀座で一本1800円で買ったスペインのビノティントであって、このくらいのワインであれば別にコップで飲めば良さそうなものであってしかもそれで十分だが気は心という。 今日の夕飯はかーちゃんが送ってきてくれたニュージーランドの仔牛肉をミラノ風にわっしが料理したカツレツであって、それにモニがつくった天上の味のオニオンスープ、わっし手作りのパッションフルーツのドレッシングがかかったサラダである。モニはわっしの天才と言うより他に仕方がない料理の腕前にノックアウトであって、長いすに斜め横になって結婚生活の幸福をしみじみ噛みしめておる。 わはははは。勝った。ざまーみろ。 なにに勝ったのかよくわからんが。 独身のお友達にこっそり教えてあげるが、結婚ほど面白いものは世の中にない。 きみと一緒に住む女のひとは瞬く間に「女のひと」 ではなく「妻」というものになって、きみの宇宙に変更を加える。結婚しちゃえば人生なんか簡単です。 要するに人生の全目標は奥さんが「自分が世界でいちばん幸福」であると思ってもらうことに変わってしまうのであって、ほかのことはどーでもよろしい。 … Continue reading

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3万ドルの入場券

アメリカのお友達と話していると「年収3万ドル」がよく出てくる。 「ここを、こーゆーふうにしてしまうと年収3万ドル以下の層がアメリカ式民主主義の手続きを信用しなくなってしまう可能性がある」 「ヒラリーは他の支持グループはすべて失ってしまったが、まだ年収3万ドル以下の最貧層白人の支持はもっている」 っちゅうような具合です。 これがUK人のお友達だと「年収2万ポンド」である。 感覚的に合衆国人は年収3万ドル(約310万円)UK人は年収2万ポンド(400万円)を「生計維持最低収入」だと思っている。 金額の違いは単純に生活費の反映です。 それ以下は「大貧民」っちゅうわけで、なんとなく話を聞いていると人間扱いをされていなくて「社会の不安要素」 みたいな言われ方である。 一方で社会をのぼってゆく梯子をなんらかの形でもっている(トップテン校のMBAであるとか評価上位5校ロースクールだとか医者だとか…アメリカはすげーガチガチの学歴社会なのでだいたい学歴がらみだす)アメリカ人のお友達の人生計画を聞いていると「30代前半で年収60万ドル」が一応のゴールです。 UK人は、こっちはアメリカ人よりも低いところが、なんとなく国民性が出ていておかしい。15万ポンドくらいが目標のようです。 バルセロナのひとは話してみると年2万ユーロなければ、ともかく生きていかれない、という。アメリカ人と同じくらい。 丁度若い大卒のカップルがしゃかりきになって共稼ぎしてだいたい24000ユーロくらいなので、結構たいへんである。アメリカのひとより収入がかなり低いのに生活費が同じくらいかかるからです。 おおげさに言うと世界はふたつに分離しつつある。 年収3万ドル以下のひととそれ以上のひと。 統計をよく目をこらして見ると、3万ドル以下の世帯の収入は殆どの(平均所得が増大している)国で毎年毎年下がっていってしまっています。インターネット上にいくらでも数字は転がっているのでご自分で見てみられるとよい。びっくりするから。 可処分所得に至ってはかなりガッタンと下がってます。 わっしが考えるにアメリカのひとや(いまや日本人よりも「所得で手にいれられるもの」を考えるとひとりひとりは裕福になった)中国の都市部のひと、あるいはバブル景気のロンドンのひとが投資や投機に走るのは実感として「マジメに働いてもムダ」と感じているのではないかと思う。 資本主義は最近は牙むき出しであって遠慮というものがない。 共産主義の幻想がさめてなくなってしまったので、共産主義登場以前の弱肉強食が戻ってきてしまった。 この頃あちこち旅していると「チェ・ゲバラ」がものすごい人気商品になっているのが実感できますが、その後ろにはもっと深刻な理由が隠れていそうです。 違う見方をすると社会主義を政治思想性抜きの「制度」としてとりこんでしまった「EU」という高い壁のなかにある国々と、それ以外の国では全然別の道を歩き始めた、とも言えます。 中国などは典型的で共産主義国家でかつ全体主義であるのに国を経済的には3つに分割して「先進国部分一億二千万人」に弱肉強食理論を導入して生き延びようとしている。 横光利一は「日本は人民戦線主義の国である」と書いてます。 政治的発言として攻撃されましたが、横光利一ですもの、政治的発言ではなくて、小説家の直感でしょう。ゴルバチョフが日本こそは共産主義者がつくりたかった国だ、と言った、というのも有名です。日本の人は勝ち負けがくっきりするのがもともと嫌いなのではないか。 自分だけいいもの食うなんてひどいじゃないか。 おれにも寄越せよ。 しかし平等社会の宿痾である官僚腐敗から日本も逃れられなかった。 1998年に始まる国家経営の破綻は、もう日本に平等社会の夢を見させてくれそうもない。 何日か前のブログで述べたような理由で、この後に起こる(あるいはいま起き始めている)ことは年収が現在300万円以下の層の急速な貧困化だと思いますが、日本という国が、そこから生起するに決まっている諸問題をどうやって乗り切ろうとしているのか、わっしには興味がある。 日本のお友達の話を聞いていると、インフレに乗じて社会保障費を削る、とか、消費税を最終的に15%あたりまでひきあげて税収を増やす、とか、いろいろ考えているようですが、もう後5年くらいしか残っていない「なんとかやれる」時期のあいだに、ほんとうにそんな国家的大転回が可能なのか。 どうするのかと思ってたらいきなり「実質全部繰り延べ」にした1998年に大増債した国債の額を眺めながら、わっしは「自分がお役人ならどうするか」 と考えてみます。 なにしろ5年以内に国民一人あたり600万円づつは政府がすっちゃったぶんを否が応でもおっかぶせなければならないので、たいへんです。 たとえばシャチョーのお家なら、あそこは家族4人なので、あの吝いシャチョーに2400万円、どうやっても払わせないと国が立ち行かない。 基本線はあくまでインフレによって収奪するほかない。 うーん、どうするかな。 マスメデイアを動かして「北欧ブーム」を起こす。イケアの家具くらいから始めるのがよさそうです。突然流行ったABBAに続いて、今度はAce of Baseでもドラマの主題歌に使ってもらうか。 … Continue reading

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