Monthly Archives: May 2008

エウクレイデスの見つけた神

わっしが人生で初めて夢中になったものはユークリッドの平面幾何学でした。 ……いや、その前にも隣に越してきたいま思い出しても暖かで透明な感じがする明るい緑色の眼をした目の覚めるような金髪のすげー可愛い女の子とか、もっと遡れば、ほぼ溺愛に近い友愛を感じていたテディベアの「P」とか、 いろいろ夢中になったものは あったわけだが、平面幾何ほどノックアウトなものにあったのは、確かにあれが初めてだった、と思います。 5つの公理があって、そこからひとつづつ定理を証明していって、全世界を証明してゆく。わっしにこれを紹介したのはかーちゃんであって、授業中に教室の窓から見えている木に飛びつこうとして届かず、あえなく墜落して病院に担ぎ込まれたりしておったバカな息子の落ち着きのなさを心配して買ってきたもののようでした。 かーちゃんと台所の緑色の朝食用のテーブル(すごく小さい)をはさんで向き合って本を読み始めた頃は、この新手の罰にうんざりしたものでしたが、どうしたことか、直ぐに虜になってしまった。 だんだんだんだん進んでくると、ひとりでに証明への着想が湧いてきて問題が「自然解決」 するような妙な具合になります。とびきり高級になってくると、ご存知のひとも多いと思いますが「補助線」を引かないと解決しません。 。その補助線たるや、「ここに引くしかないから引くさ」と言うしか言いようのない決定の仕方で引かれます。全然、論理的でない。 わっしは12歳の神秘主義者となって次から次に定理を証明していったものでした。 終いには一日食事するのを面倒くさがって熱中したりしていたので、奨めた当人のかーちゃんがパニクッておった。 いまこうやって思い出していると、あの頃一瞬賢くなって、後は際限もなくバカになりつづけていまに至っているのが非常なリアリティでわかってボーゼンとしますが、わっしは、あの頃いちばん神様の近くにいたのではないかと思います。 科学をベンキョーするひとは、みな気づくことのようですが、この世界はどうもわずかに歪んだ同心円のようないくつかの「世界」で出来ている。 古代ギリシア人やヘレニズムの哲学者たちが発見した宇宙は極めて整合性があって簡潔で単純です。それは真理がすなわち美であると言ってもよいくらいに目がくらむほど美しい、しかも力強い強靱な線で描かれた世界である。 ユークリッドのようなひとが「こうしてわたしは世界を語り終えた。Q.E.D.」 と書くと、その美しい世界を疑うのは非常に難しい。 ところが、天人にも五衰があるという。時間が経つにつれて、ほーんのわずか、同じ位置から見ていては到底気がつかないようなところに不都合が生じてしまう。 その不都合が全員共通の認識になる頃には、もうそれまで馥郁として存在していた神は死んでしまう。 これは通常ぼんやり認識されているより大変な問題なのです。 たとえばユークリッドの幾何学を初めから自力で証明しながら最後まで読む程度の最も初歩的な努力しか行わなくても、「神は絶対に存在する」ということは、否も応もなくわかってしまう。 「どうして、そんなことが言えるのか」なんて言わないよーに。 わかるから、わかる。 科学を勉強するひとがたいていの場合科学オタクになって人生を擦るに至る最大の理由だと思いますが、説明は誰にもできっこないけどわかるのです。 「神はいない」ことにして、自分が延々と勉強してきたことがこの世界にそういう様式で存在しているとすると、そっちのほうがよっぽどオカルトである。 神は存在して、しかもそれが一人格にまとまった神でないとすると、非常に不安なことになる。 皮肉ではない。 生物の世界は「自然選択」が働いているのであって、だから社会も「最適者生存」なのであるとのんびり信じて何百万人という餓死者が出ても平穏な気持でいられる人間というのは科学的ではなくても幸せではある。 もっと極端にいうと太陽が地球のまわりを回っていると教わって、それをあっさり信じられるひとというのも同じです。そーゆーひとは、「太陽の周りを地球がまわっているというコピペのソースを教えろ」と言われると、「あらゆる権威のある本にみなそう書いてあるではないか、もっとベンキョーしろ、バーカ」という。 ニコラウス・コペルニクスが地動説を唱えたときには、「あらゆる権威のある本」には、みな「太陽が動いている」と書いてあった、という単純な事実を忘れているのです。 小さい子供、というのは、半分ノイローゼになって暮らしてます。 世界の大半が闇であって、まわりで何が起こっているか一向に理解できず、ただこづき回されるように暮らしているのだから当たり前である。 翻って考えると21世紀の人間も同じようなものです。 ユークリッドが見詰めていた。あるいはピタゴラスが見知っていた 「単純で勁烈な神様」が死んでしまったので、われわれはまた闇の世界に戻ってしまった。 論理的に明瞭なことですが「言葉で説明できる神はすでに神ではない」ので単純な論理の組み立てで失地を回復できるわけがない。 結局、ユークリッドが神を見たような発見の仕方、言わば「科学の芸術的側面」によるほか神を見ることは出来ないのですが、それが出来なくなってひさしいので目下人間は苦しんでいるのだとも言えそーです。 それとも人間は自分が発明した言語(数式その他含む)の限界にもう逢着したのかも知れませんが。

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青年は荒野をめざす

「人生を計画する」くらい無駄なことはない、とわっしは思います。 むかしむかしイングランドのトンブリッジウエルという町でテレビを見ておったら日本の灘中学、というところの受験リポートをやっておった。 名前は「なんでもない中学」というお笑いのような名前ですが、マジな学校なのであります。わっしの日本のお友達にも何人かこの学校を出たひとがいる。 マイクを向けられて「将来、何になるんですか?」と訊かれた受験生が「トーダイの法学部に行って財務省にニューショーします」 と答えたので、わっしは椅子からずっこけたな。 なんという気の毒なガキであろう。 人生のスタートにおいてすでに人生についての誤ったイメージをバカ親に埋め込まれておる。 地図の上から見ても歴史的にも「ひねちゃった北ヨーロッパ」な連合王国には、仲の悪い3兄弟「スコットランド、イングランド、ウエールズ」が肩を突き合わせて並んでいますが、この三つの殆どなんの共通点もない3国にもふたつ共通点がある。 ひとつは「インド料理のテイクアウェイが好きである」ことで、もうひとつは 「一回戦必敗」の文化を墨守していることである。 イングランドのラグビー校という学校ではラグビーと呼ぶ球技をむかしは丸いサッカーボールでやっておった。 ある日、校庭でフォーメーションも美しく球の動きを賢く予測して流れるように動くガキ共を見ながら校長が言ったな。 「あのボール、紡錘形にすべ」 「なぜでしょう?」 「ああいう丸い素直な形のボールを使うと、生徒諸君が人生も予測できるもののように考えて教育上よろしくない」 これが「ラグビー」という競技の始まりであって、イングランド人の「人生」への考え方が良く出てます。 わっしのかーちゃんは、「自分の人生を予測してはならぬ」 とわっしと妹によく説教したものであった。 「恐れてはならぬ。実際の人生ではおまえが考えるほど悪いことは起こらぬ。 夢見てはならぬ。実際の人生ではおまえが考えるほど良いことは起こらぬ」 というのが、かーちゃんの二本立ての人生についての教えであった。 もうひとつ、「自分の人生を準備してはならぬ。その代わりに何が起こっても耐えられるだけの自己をつくればよい」と言う。 わっしらは第一回戦は必ず敗北するのだ。 第二次世界大戦における一回戦のボロ負けを見よ。 欧州大陸ではダンケルクまで押しまくられて命からがら逃げ帰り、 太平洋ではシンガポール島の西北からと決まってる日本軍に対して東北を守備するという大間抜けぶりで開戦いきなり降伏する始末。 とにかくおもいきり殴られてからトレーニングの内容を考えようとする癖は永遠に直らん。 でも、わっしは自分が育ったこの文化が好きなのであります。 いかにもバカっぽくて、わっしの性分に合っておる。 「まっ、やってみりゃいいじゃん」といういい加減さが好きなのす。 喩えて言うと22歳には大学学部を卒業していなければならない人生ほど惨めな人生はない。タイマーで測られた人生なんて、ぺやんぐソース焼きそばみたいな人生ではないか。 ちーん、享年78歳です、ごしゅーしょーさまでしたあ、いっちょあがり、ではないか。 元ザ・フォーク・クルセダーズも歌っておる。 「青年は荒野をめざす」 きみが大学生なら明日大学をやめてしまうのが一番よい。 きみがサラリーマンなら明日会社をやめてしまうのがいちばんよい。 きみが医者なら明日病院をやめてしまうのがいちばんよい。 きみが大学の研究者なら尚のこと即刻職を辞すべきである。 きみが父親なら仏陀のように家を捨ててみるというのはどうか。 きみが母親であってさえわっしは子供を捨てて旅に出ることを勧めようとするかもしれぬ。 … Continue reading

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食物図鑑 その4 マンハッタン篇

日本人は一日ひとりあたり10グラムから20グラムの調味料保存料や着色料を摂取しているそうですが、日本のひとの「繊細な味」好みを考えると、そりゃまあそうでしょう、とわっしは思います。 よく考えてみると一年に一回どんぶり飯3杯分の保存料をかきこんでいるのと同じとも言えて、それを想像すると気持ち悪いっすけど。 自分で料理するときには、まさか調味料を使いませんが、 わっしは化学調味料はヘーキ。ときどき油断しすぎて頭の後ろが痛くなったり、舌が痺れたりしますが、だいたいにおいてキャパシティが大きい。 ニュージーランド人にしては珍しい。 わっしの嫁はんや妹やかーちゃんは全然ダメで、だからこのひとたちはニューヨークで外食、ということになると、はなはだしく行くところがセーゲンされる。 他人の3倍くらいお勘定を払うことになる。 そう。マンハッタン島は化学調味料を道路凍結防止剤にも使うのでないか、というくらい味の素な島なのである。 なんにでもかんにでも調味料がはいってます。 大手チェーンに行くとコーヒーにまで調味料を使っている。 多分、日本のひとが「繊細な味」や「深みのある色」の食べ物にこだわるせいで食品添加物をばんばん食べるのと同じでマンハッタンのひとも「都会の味」を求めるからだとわっしは思う。 わっしは添加物だけでつくったおにぎりを食べてもダイジョーブ、な丈夫な体質ですが、食べないにこしたことはないので、調味料を使わない店に行きます。 いくらわっしが「調味料舌バカ」でも使っているかどうかくらいはわかるからな。 だから以下に出てくる料理屋さんも「あんまり調味料を使わないところ」に限られます。 そーすると、すごく数が少ない。 どこへ行くか? マンハッタンでいっちゃんおいしいのはアフリカ料理屋さん。 たとえばわっしの好きなエチオピア料理であります。 エチオピアのチキンシチュー、シチューと言っても味はカレーです。 それを幽かに酸味のあるエチオピアのパンで食べる。 東京のエチオピアのひとに訊くと、町田市においしいエチオピアブレッドをつくるパン屋さんがあるそうで、そこに頼んで送ってもらえ、というとったな。 マンハッタンはタイ料理もうまいっす。 タイ料理なので当然のように化学調味料がはいってはいますが、ちょっとしか使わないですますだけの料理センスがあるところも多い。 ヤムウンセンとエビのサテ 中華街もある。 巨大で、年々膨張し続けてます。 むかしリトルイタリアだったところに出来た新しい中華街は福健省のひとたちが最近つくったもので、むかしからあるほうは広東のひと中心だそーだ。 下は以前このブログにも書いた、ニューヨークっこなら誰でも知ってる焼き餃子の店。 餃子一皿一ドルです。すごい。 サンラータン(酸辛湯)も一ドル。 この「5個一ドル」の餃子はしかし「ニューヨーク版ミシュラン」のようなアホが読む本とされている(ミシュランのポリシイは元は「くるまで行ける郊外店」なので都会にそれを適用すると自動的に成金様ご案内になってしまう、という)本を除いては、ほとんどあらゆるレストランガイドに「マンハッタンで一番おいしい餃子屋」として出ています。 (考えてみるとミシュランがまともでも餃子屋は紹介しないが….今日は土曜日だからデタラメな文章を特に許可する) ところがあまりに店がしょぼいので観光客はおそれて近寄らぬ。 わっしはガイドブック片手に「まさか、これじゃないよねえ」と言い合っている観光客を二度も見たことがあります。 なかなか良い店である。 インド料理屋はクイーンズのジャクソンハイツに行けばともかくマンハッタン島ではインド料理屋街はあるものの調味料バリバリで、あんまりおいしくない。 ベジタリアン専門のインド料理屋なら二軒ほど、すごくおいしい店があるが。 一軒はメルボルンのウィーラーズヒルにある「パラダイス」と料理が似てます。 南インド料理。 下のようにプレゼンテーションもたいへんよろしい。 … Continue reading

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結婚生活

結婚してから発見したことの一つに皿洗いの難しさがある。 なんでシンクの下に最新式シュワッチな皿洗い機があるのにわっしは手で皿を洗うのか、というと皿洗い機で洗うとモニがこっそり後で手で洗い直しているのを発見したからである。 ちゃんと汚れが取れてない、んだそうです。 ニュージーランドなら、そのくらいのことは誰も気にせんけどな。 問題発言その1 この家には一週間に一回オソージのおばちゃんが来ます 問題発言その2 この家にはほぼ毎日「スーパー家政婦」のヨシワラさんが来ます はっはっは。これで明日からもうこのブログ読みに来るやついねーぜ。 問題発言その1及びその2が主張しているがごとき環境にありながら、しかしわっしは台所へ向かう。 なぜにあなたはシンクに行くの シンクの前がそんなにいいの 「チェリッシュ」って変な歌だな、あれ。あの頃の日本のひとって、ほんとに変な歌が好きだすな。 浅川マキはわっしもしびれるが。 「前科者のクリスマス」は名曲であると思う。 だってお手伝いのおばちゃんがくるからって、なんでも初めからビッカビカのほうが、カッチョイイでしょ。 「まあ、なあんてよく出来たごふーふでしょ。若いのに」 第一、「スーパー家政婦」のヨシワラさんはフランス語と英語が堪能であって、わっしとモニをおだてるのが上手である。 おだてられるとシンガポールのテラスから突きだした物干し竿(地上30階であった) にもぶらさがるわっしの性格などは、とおの昔に見抜かれておる。 だからわっしは夜になると眠いのを必死にこらえて部屋を片付けてまわり洗濯機をエンジンの音ごおごおと征く加藤戦闘隊の隼のようにまわし、皿を洗いにシンクに向かって突撃するのだ。 でもな、告白すると、わっしが磨いても磨いてもワイングラスが綺麗にならない。 ピンクフロイドのAnother Brick In The Wall(part1) が終わってGoodbye Cruel Worldになって、二回目のIn The Flesh?なのに、まだピカピカになりまへん。 それなのにモニがやると、摩訶不思議、あっというまに買ったばかりのように綺麗になってしまう。 皿洗い機が洗ってわっしが手洗いしてモニが魔法にかけたワイングラスのステムをわっしは手に持っています。 これは銀座で一本1800円で買ったスペインのビノティントであって、このくらいのワインであれば別にコップで飲めば良さそうなものであってしかもそれで十分だが気は心という。 今日の夕飯はかーちゃんが送ってきてくれたニュージーランドの仔牛肉をミラノ風にわっしが料理したカツレツであって、それにモニがつくった天上の味のオニオンスープ、わっし手作りのパッションフルーツのドレッシングがかかったサラダである。モニはわっしの天才と言うより他に仕方がない料理の腕前にノックアウトであって、長いすに斜め横になって結婚生活の幸福をしみじみ噛みしめておる。 わはははは。勝った。ざまーみろ。 なにに勝ったのかよくわからんが。 独身のお友達にこっそり教えてあげるが、結婚ほど面白いものは世の中にない。 きみと一緒に住む女のひとは瞬く間に「女のひと」 ではなく「妻」というものになって、きみの宇宙に変更を加える。結婚しちゃえば人生なんか簡単です。 要するに人生の全目標は奥さんが「自分が世界でいちばん幸福」であると思ってもらうことに変わってしまうのであって、ほかのことはどーでもよろしい。 … Continue reading

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3万ドルの入場券

アメリカのお友達と話していると「年収3万ドル」がよく出てくる。 「ここを、こーゆーふうにしてしまうと年収3万ドル以下の層がアメリカ式民主主義の手続きを信用しなくなってしまう可能性がある」 「ヒラリーは他の支持グループはすべて失ってしまったが、まだ年収3万ドル以下の最貧層白人の支持はもっている」 っちゅうような具合です。 これがUK人のお友達だと「年収2万ポンド」である。 感覚的に合衆国人は年収3万ドル(約310万円)UK人は年収2万ポンド(400万円)を「生計維持最低収入」だと思っている。 金額の違いは単純に生活費の反映です。 それ以下は「大貧民」っちゅうわけで、なんとなく話を聞いていると人間扱いをされていなくて「社会の不安要素」 みたいな言われ方である。 一方で社会をのぼってゆく梯子をなんらかの形でもっている(トップテン校のMBAであるとか評価上位5校ロースクールだとか医者だとか…アメリカはすげーガチガチの学歴社会なのでだいたい学歴がらみだす)アメリカ人のお友達の人生計画を聞いていると「30代前半で年収60万ドル」が一応のゴールです。 UK人は、こっちはアメリカ人よりも低いところが、なんとなく国民性が出ていておかしい。15万ポンドくらいが目標のようです。 バルセロナのひとは話してみると年2万ユーロなければ、ともかく生きていかれない、という。アメリカ人と同じくらい。 丁度若い大卒のカップルがしゃかりきになって共稼ぎしてだいたい24000ユーロくらいなので、結構たいへんである。アメリカのひとより収入がかなり低いのに生活費が同じくらいかかるからです。 おおげさに言うと世界はふたつに分離しつつある。 年収3万ドル以下のひととそれ以上のひと。 統計をよく目をこらして見ると、3万ドル以下の世帯の収入は殆どの(平均所得が増大している)国で毎年毎年下がっていってしまっています。インターネット上にいくらでも数字は転がっているのでご自分で見てみられるとよい。びっくりするから。 可処分所得に至ってはかなりガッタンと下がってます。 わっしが考えるにアメリカのひとや(いまや日本人よりも「所得で手にいれられるもの」を考えるとひとりひとりは裕福になった)中国の都市部のひと、あるいはバブル景気のロンドンのひとが投資や投機に走るのは実感として「マジメに働いてもムダ」と感じているのではないかと思う。 資本主義は最近は牙むき出しであって遠慮というものがない。 共産主義の幻想がさめてなくなってしまったので、共産主義登場以前の弱肉強食が戻ってきてしまった。 この頃あちこち旅していると「チェ・ゲバラ」がものすごい人気商品になっているのが実感できますが、その後ろにはもっと深刻な理由が隠れていそうです。 違う見方をすると社会主義を政治思想性抜きの「制度」としてとりこんでしまった「EU」という高い壁のなかにある国々と、それ以外の国では全然別の道を歩き始めた、とも言えます。 中国などは典型的で共産主義国家でかつ全体主義であるのに国を経済的には3つに分割して「先進国部分一億二千万人」に弱肉強食理論を導入して生き延びようとしている。 横光利一は「日本は人民戦線主義の国である」と書いてます。 政治的発言として攻撃されましたが、横光利一ですもの、政治的発言ではなくて、小説家の直感でしょう。ゴルバチョフが日本こそは共産主義者がつくりたかった国だ、と言った、というのも有名です。日本の人は勝ち負けがくっきりするのがもともと嫌いなのではないか。 自分だけいいもの食うなんてひどいじゃないか。 おれにも寄越せよ。 しかし平等社会の宿痾である官僚腐敗から日本も逃れられなかった。 1998年に始まる国家経営の破綻は、もう日本に平等社会の夢を見させてくれそうもない。 何日か前のブログで述べたような理由で、この後に起こる(あるいはいま起き始めている)ことは年収が現在300万円以下の層の急速な貧困化だと思いますが、日本という国が、そこから生起するに決まっている諸問題をどうやって乗り切ろうとしているのか、わっしには興味がある。 日本のお友達の話を聞いていると、インフレに乗じて社会保障費を削る、とか、消費税を最終的に15%あたりまでひきあげて税収を増やす、とか、いろいろ考えているようですが、もう後5年くらいしか残っていない「なんとかやれる」時期のあいだに、ほんとうにそんな国家的大転回が可能なのか。 どうするのかと思ってたらいきなり「実質全部繰り延べ」にした1998年に大増債した国債の額を眺めながら、わっしは「自分がお役人ならどうするか」 と考えてみます。 なにしろ5年以内に国民一人あたり600万円づつは政府がすっちゃったぶんを否が応でもおっかぶせなければならないので、たいへんです。 たとえばシャチョーのお家なら、あそこは家族4人なので、あの吝いシャチョーに2400万円、どうやっても払わせないと国が立ち行かない。 基本線はあくまでインフレによって収奪するほかない。 うーん、どうするかな。 マスメデイアを動かして「北欧ブーム」を起こす。イケアの家具くらいから始めるのがよさそうです。突然流行ったABBAに続いて、今度はAce of Baseでもドラマの主題歌に使ってもらうか。 … Continue reading

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日本語学習者の秘かな愉しみ

わっしは珍しくオベンキョーしておる。 どーゆー教材を使っているかというと、ある日わっしの部屋に流れている日本語はたとえばこうである。 「AとBはCまで行ってた。俺もカンパさせられた」 な、なんじゃこりゃ、とわっしはローバイします。 意味が全然わかんねーじゃん。 「俺もカンパさせられた」は問題なくわかる。 でも、AとBはCまで行ってた、ってなんでしょ? それとカンパの相関性が不分明である。 実際これは難問で意味を発見するまでクローした。 Cが「妊娠に至る行為」のことだなんて、辞書にもインターネットにもどっこにも書いてねーぞ。 だから「カンパ」すんのね。 なんちゅう腐れガキどもでしょう。 (そーすると、このあいだ神保町の古本屋で見た技術評論社の「初めてのC」ってデート本だったのか。なんてお下品で露骨なタイトルでしょう) 正直言って、なんで日本語を学習するんだか、よーわからん。 日本語はベンキョーしても将来のキャリアのために全然ならなくて(日本の会社は外国人は上級管理職にしない。日本語クラスは中国語クラスに変わりつつある….)スワヒリ語のほうがまだ費用対効果が高いので有名な外国語だが、わっしの場合は、日本にいるときですら日本語を話さないオオタワケなので、ますますなんのために学習しているんだかわかりません。 もっともわっしはむかしむかし14歳のときに「500年以内に実用の役に立つような学問はいっさいやらん」と決めたので、役に立たないことを学ぶのは大好きです。 なかには確率微分方程式みたいにビミョーなものもあるが、あれは面白いからそれでいーんです。 役に立ててしまった奴のほうが悪い。 そう言えば数論でAT&Tの収益拡大に貢献したバカもおったな。 たのしけりゃいいんじゃ、という立場に立てば日本にいて日本語をベンキョーするくらいおもろいことはない、ともいえる。 たとえば、わっしの机の上にはいま昭和45年11月発売「PocketパンチOh!」がのっておる。 表紙は辺見えみりのかーちゃんです。辺見マリ。 グラビアはえみりかーちゃんの大竹省二先生撮影セミヌードだす。 こーゆーことを言うと怒られるがいつものごとく怒られそーなことをヘーキで言うと、どーして、こんなに写真がヘタなひとが「大家」(オーヤではない。張本さん、あれは、オーカ。あっ、いやタイカ、です。ややこしいな) 扱いであったのかよくわからぬが、とても威張ってます。雑誌の後半ではこのカメラマンおっちゃんは「若者向け人生相談」 までやっていて「ガイジン女と一夜を過ごすなら人種差別が少ないラテン系が狙い目です」 とゆーよーな、オソロシイことが書いてある。 きゃあー、ねらっちゃいやん。 この辺見えみりのかーちゃんへのインタビューでは記者が「処女ですか?」とか、すさまじいことを訊いてます。 質問が全編セクハラである。 その他にも「純情キーセンにHな質問、韓国美人アプローチ法」なんという特集があって、会社帰りの電車で「夕刊フジ」のエッチな記事に見入っている 初老のバーコードのおっちゃんは、いまに始まったことではない、実は若いときからずっと同じ感覚で暮らしてきたに過ぎないことが非常によくわかります。 二十歳にしてすでに加齢臭がしておった。 いまのにーちゃん日本人たちのほうが百倍マシである。 パワーはないけど心はニシキ。 あるいは「週刊朝日」 昭和42年11月26日号。 帝国ホテルの犬丸徹三社長が「アメリカの名建築家ライト氏が心血をそそいで設計した作品」 である帝国ホテル旧館をタリアセン幹部建築家を始めアメリカ・日本の建築家たちの反対を押し切って「地上26階の高層ビル」に建て替えるのを決めた囲み記事がある。 「日本ではあまり評価されていないが海外では近代建築の夜明けを告げる記念碑として有名」と書いてあって、書き方からして「海外では有名らしい」という程度にしか知られていなかったのがわかります。 … Continue reading

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食物図鑑 その3 バルセロナ篇

わっしがバルセロナという町が好きなのにはいろいろな理由がある。 1 安い食べ物がうまい(高い食べ物もうまいが) 2 安いワインがうまい(高いワインはもっと悶絶するほどおいしいが) 3  朝から 通りのテーブルに腰掛けてカバ(スペイン産シャンパン)を飲んでいても誰も動揺しない(それどころか同じことをしているひとがたくさんいる。自堕落なわっしはとてもコーフクである) 4 人間がやたらと親切である(しかし普段は素知らぬ顔をしておる) 豹女すら存在する。 http://d.hatena.ne.jp/gamayauber/20080226/p1 「なんだか食べ物と飲み物のことばかりですね。」 そりゃそうです。わっしが愁いに満ちた顔で何事か考え込んでいるときには、昼飯に何を食べるか考えているのだというのは、わっしの友人知己親族ならばあまねく知っていることである。それ以上難しいことを考える習慣をわっしはもっておらぬ。 難しいことを考えるとお肌の健康にも悪いという。 むかしは、これに加えて、というか、このふたつの重要課題の上位に「ハクイねーちゃん」というのがあったが、血迷って若い身空でオットになってしまったので、そっち方面に関心をもつと多分三角木馬の上にまたがらされた上に水責めにあって最後は逆さ磔で頭から燃やされると思う。モニと妹とかーちゃんの三人がかりで何のためらいもなくそーするでしょう。きっと。 だからおとなしく朝からオハラショースケさんみたいにカバを飲むのです。 やけ起こしてるんだろうか。 今回のブログは画像がやたら多いので画像が多いのが嫌いな人は今回はパスにして読まないか画像を表示させないようにして読むのがよろしいっす。 自分がバルセロナでだいたい一日で食べるものを並べたらこうなった。 (ただし写真そのものは複数の日にまだがってるが) こんなに食うのかと自分で呆れました。 「食習慣が環境にやさしくない」とか言われてそのうちグリーンピースに処刑されるのと違うか。 バルセロナのよいところは、「タパス」(小皿料理) という思想が町中に行き渡っていることです。朝(といってもたいてい午前11時だけどね)起きると、ふらふらと坂を下りて近くのベーカリーで下のごとき朝食を摂ります。 カタロニア語はスペイン語よりももっとわからんので、残念ながらこのベーカリーのおばちゃんたちと話すのはもっぱらカタコトのスペイン語である。 モニはほとんどフランス語にしか聞こえないカタロニア語である。 それから公園がずっとつながったようにしか見えない大通りを歩いてゆるゆると下町に降りてゆく。 すると辻辻にバールがあります。 カバを頼んでおもむろにメニューを開くと、そこにはありとあらゆるタパスが並んでいて、 まるで生まれて初めて絵本を開いた若葉ちゃん(金子光晴のお孫さんです)のような気持になる。 「絵本をひらくと、海がひらける。若葉にはまだ、海がわからない。 若葉よ。来年になったら海へゆかう。海はおもちゃでいっぱいだ。 うつくしくてこはれやすい、ガラスでできたその海は きらきらとして、搖られながら、風琴のやうにうたってゐる。」 なんちて。 みんな小さな皿に載って出てくる。 これはサーディンとトマトのサラダ これが小エビのガーリック炒め オリーブオイルで揚げたポテトチップの海胆ソースとカタランソースかけ チックピーとほうれん草の炒めもの … Continue reading

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