Monthly Archives: July 2008

インドへの道

日本にいるときは毎日のようにいろいろなひとと会います。 経済人、がいちばん多い。 そーゆーひとと会うと、どうすれば儲かるか、という下品な話題がもっとも多いのは当たり前でも、その次くらいに「日本はどうなるか」という話が多い。 これは日本のひとが気がつかないことではあっても、日本という国に非常に特徴的なことでタクシーの運転手から、料亭のおばちゃんから、寿司屋の職人のおっちゃんまで、みーんな国の行く末を心配しておる。真面目なんです。 みな熱心に新聞を読み、テレビのニュースを見て、国を憂えているのであります。 わっしはたとえばニュージーランドにいるときに国の先行きなんて考えていません。 「我が国はどうなるか」という考えをもたない。 「わしはどのくらい儲かるか」とか、そーゆー志のかけらもないことくらいしか考えることがない。ロンドンのタクシーの運転手とかになると、もうサッカーの試合の結果以外、何も頭にないのではないか。たまに、アフガニスタン情勢などを心配する運転手さんがいると、「あんた、ブックメーカーでタリバン復活とかに賭けたんじゃないだろね」とこっそり考える。 日本にいると、日本語を使うこともあります。(普段は日本のひとが相手でもエーゴ、わっしが日本語を使えるのを知っているのは少数のお友達に限られておる)。日本語を使うときは、そーとー仲の良いお友達で、しかもモニがいないときに限定される。(モニは日本語でわしがひとと話しているとみるみるうちに機嫌が悪くなる) 日本語を使って日本人の友達と話していると、なんとなく微妙に日本人アタマになって、日本のひとのように日本の行く末を心配してしまったりする。 後で苦笑することになるのです。 日本のお友達は日本酒で目の周りが桜色になる頃になると「どうも。この先はチューゴクに押し切られそうです」なんて、言う。 「そーですか?」と、わっし。 「ええ。わたしの息子がわたしの歳になる頃にはめぼしい会社の役員はみんな中国人で日本人は生産現場にいるだけ、ということになりかねないと思えるんです」 「そーですか」と、謂われなくなんとなくションボリした気分になるわっし。 本来母国語で話しているときなら、「役員として優秀なら中国人がトップで、何の不都合がありますか」というところですが、日本語だとそう思わないところがわれながら玄妙である。 中国がやがて日本を経済的に併呑してゆくのは、いまのまま日本が歩んでいけば必然である、とわっしは思います。「いまのまま」というのは、どーゆー意味か、というと、碌な新しい産業の持ち合わせが無く、危機感もなく、目先の利益にとらわれて中国市場に競争で資金を投下しつづけていれば、というような意味になるでしょうか。 通常の予想では2015年あたりから始まるとされている日本の本格的な凋落は要するにいまの日本の産業構造から推定されている。 一方の中国はと云うと経済的には(ここから先は教科書的な復習なので、そんなもの知っているわい、というひとは読まない方がよろし) あ)人口八千万の先進国としての中国 い)人口2億五千万程度の中進国としての中国 う)残りの後進国としての中国 の「三つの中国」にかなり明瞭に分かれていて、これが混交してゆかない(あるいは、混交させられない)ところに中国の悩みがある。 あ)に関しては、そーゆーと日本のひとは怒りそうですが、いまでも日本よりもやや進んだ国と見なしてよさそうです。 すべてにおいて日本を陵駕しつつある。 日本の人が細かいことに拘泥しているうちにダイナミズムに満ちたこの、あ)中国社会は中国政府の思惑すら遙かに超えてえらいスピードで生産性を改良しつつある。 日本に直截関係がありそうなのは。い)の中国で、ここの部分が日本の市場に滲透してくるんでねーかなー、とわっしは思ってます。大連出身の(中国人所有)日本企業幹部が増えるのではなかろうか。 そして、い)中国は、目下、日本の(面白い技術をもった)中小企業買収を計画準備しているのでもあります。 わっしが日本のひとなら、どうするか。 「みんなで世論を盛り上げてインドに投資するのはどうですか?」とわっしは日本のお友達によく訊いてみたものでした。 そうすると事情を知っているひとほど「あそこは、ちょっと」という。 官僚主義がすげーんです。泣けます。 いっこうに話が進捗しない。 プライドが高すぎて話にならない。 ははは。タシカニカニタシ。カニタシ大王。 でもインドにこれでもかこれでもかと投資してゆくほか、というか、やけくそで資金を大量投下してゆく以外に日本が東アジアで一方のパワーセンターとして機能しつづける道があるようには、わっしには思えません。 インドが強大になれば、中国と日本とあわせて三極で安定するのではないか。 日本の政府は「一千万人移民計画」と言いますが、移民を受け入れてそれが機能し出すには大変な労力と時間がかかるのは、どこの国でも証明済みである。 間に合うのか?と、わっしなんかは思ってしまいます。 いやでもなんでも、移民社会の建設そのものはやらざるを得ないでしょう。 … Continue reading

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Jump!

「運動バカ」、であるという。 去年のクリスマスのことであった。 クリスマスというとテーブルを囲んで様々なゲームに時間を費やすのがニュージーランド人の習慣です。 「お互いをひとことで表してみよ」というお題である。 妹がわっしをひとことで表すと、 「運動バカ」という。わっしはなにがなし不愉快であったので 「他には、言いようがねーの?」というと 「運動、という言葉を取ったほうが簡明かつ適切かも」とゆわれた。 バカ、かどうかは猶予を与えるとして、わっしは運動が好きである。 わっしの頭の中には普段「モニ」と「運動」のふたつしか語彙がはいっておらぬとゆってもよい。 もっとも昨日などは「とんかつの政ちゃん」(新潟のとんかつ屋さんです) http://www.masachan.co.jp/masachan/index.html の中入れかつ丼(上にのっかっているでっかいソースかつとは別にご飯とご飯のあいだにもまたかつれつが入っている)が頭の過半を占めておって、しまった、日本を発つ前に行っておくべきであった、と後悔してばかりいたが、こっちは恒常的な状態ではない。 どんな運動が好きかというと ・乗馬  飼い馬は飼い主に似る、という。 わっしの馬はとんでもないねーちゃん(とういうか、もうおばさんだが)であって、むかしから自分が歩くのに飽きると、わっしを背中から振り落とす。 振り落としておいて歯をむきだしてニヤと笑う。こういうと皆ウソだい、馬が笑うもんけ、というが、ほんとうに笑うのだから仕方がない。わっし以外の人間がいるときはすましていて絶対に笑わないので、知っていてやっているのだとわかる。 やなやつである。 わっしはこの性格の悪い馬がいる牧場にいるときには、よく隣の牧場の牧場主の家に酒を飲みに行く。大きな声では言えないが、馬にまたがってゆく。 何故かというと、道路をくるまで行くというと、山をいくつかぐるっと回って行かねばならないが、馬なら細い尾根を伝って山越えできるからです。 くるまだと、いくら酒気帯び運転が合法な国だと言っても、いっぱい飲むと、やはり一晩泊まりになるしな。 普段一緒に散歩に行くときは平気でわっしを振り落とす根性の悪い馬のおばちゃんも、尾根を歩くときは、慎重を極める。 人間でも歩けるかどうかやっとのところを歩いていくのだから、タイトロープ(漢字日本語でなんちゅうか忘れた)を渡るのと同じです。 無事につくと、一挙に機嫌が悪くなる、「アホなことやらせんじゃねーよ」というところでしょうか。 でも、馬は人間よりも偉いのであって帰りは、真っ暗な尾根道を来たときよりも必死で渡っていってくれます。 ・カヤック 最近は日本でも流行っているそーだ。 簡単にいうと水上自転車である。 ペダルの代わりにオールでこぐ。 水面に近く、顔が向いている方角に進むので、ボートとは趣がまったく異なります。 川の急流をくだったりするのは、艇長が短くて「ダンサー」というが、わっしは、ガキガメの頃に、これで川下りをしていて激しく頭を岩に打ち付けたことがある(妹は、現在のわっしのバカぶりを、この事件の直截の結果であると考えているよーです)ので、それ以来、ながーいほそーい巡航型のカヤックしか乗らん。 たとえばネルソンの湾口をカヤックでのんびり横切ってゆくと魚が飛び跳ねて頭上をとんで行くのす。太陽の光で銀色に輝く魚の群れは、どう見てもカヤックを飛び越えて「遊んでいる」のであって、考えてみると、これは学校で習った「知能」の定義と著しく食い違ってます。魚は頭が悪いから遊ばないんじゃなかったっけ? 確かノイローゼになったりするのも蛸までだったような。 ところで日本とは異なってニュージーランドやオーストラリアではカヤックで遊ぶことにひとつ問題がなくもない。 鮫。 ちょっと浜から離れたところをシーカヤックで航行していると鮫に襲われることがある。4隻くらいで航行しているとするといちばん後ろのカヤックが危ねえのす。 後下方の深いところから突然現れてガブとやられる。 わっしは出会ったことはないが、わっしの従兄弟は荷物用に引っ張っていたカヤックを鮫に撃沈された。もうちっとで海のなかにこけて、本人も食べられてしまうところであった。実際、鮫からすると、従兄弟をくおうと思えばいつでも食えたはずであるが、多分、水面まで出て従兄弟の顔を見たところでやめたのである。 まずそうな顔だからな。 … Continue reading

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ブラックジャック

わっしはおよそ一年に二回か三回、賭博場へ行く。 ラスベガスであることもあれば、ロンドン、ブリスベン、メルボルン、シドニイであることもある。 要は「勝ちそう」と思ったときにおもむろに出かけるのです。 http://moa2008.wordpress.com/1969/12/31/%e6%82%aa%e5%be%b3%e3%81%ae%e6%a0%84%e3%81%88/ http://moa2008.wordpress.com/1969/12/31/%e3%83%80%e3%83%96%e3%83%ab%e3%82%a2%e3%83%83%e3%83%97%e3%81%aa%e4%b8%80%e5%a4%9c/ 習慣ですね。ふんでもって、どどーんと負けたり、勝ったりする。 なにしろかっとなりやすい質であるから、ときどき人がテーブルの周りに群がるような賭け方をする。アホです。 わっしはかーちゃんに連れられて行ったパーティで警察の偉いひとに、「なんだか、とんでもない賭をするやつがいるというので隠しビデオを観たら、きみが映っておったぞ。博打はわしもやるが、ほどほどにしたまえよ。なんかあると、わしがきみの母親に怒られるからな、ガッハッハ」といわれたことがある。 そのとき始めてカシノの特別室は警察のカメラがモニタしているものなのだと知ったのでした。 何をやるのかというと種目は定まっておってブラックジャック http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%83%E3%82%AF である。 この博打はプレーヤー側の不利が最も少ないのでユーメイである。 ときどきラスベガスの中小カジノがたったひとりのプレーヤーのせいで一夜でつぶれたことが報道されるが、それは必ず、ブラックジャックでやられる。 いままでの一晩のブラックジャックの勝ちの記録は、確かオーストラリア人のじいちゃんで、50億円弱フォーティシックスミリオンダラーです。 カードカウンティングの問題が発生してからは、6デック以上になった。 それでも絵札を数えられるひとはいるそーです。 これは難しいゲームであって、プレーヤーがみなゲームを十分理解していないと勝ち続けることが出来ない。チューゴクのひとや韓国のひとは自分勝手なひとが多く、17から引いて21になったりして勝つので、一瞬でテーブルを壊してしまいます。 定石を必死で守らないと勝てない、というのがわかっておらぬ。 だからアジア系の顔がテーブルに現れると、静かにテーブルを立って去ってゆくひとが特別室には多くいますが、それは人種差別なのではないのす。 経験に学んでいるだけである。下手とやると金がいくらあっても足りない。 たとえば一回の賭け金の上限が500ドルのテーブルでも3万ドルくらい3時間もあればすれる。通常、上限5000ドルくらいのテーブルでないとブラックジャックのおもしろさは出てこないので、一時間で一千万なんて簡単になくせるわけです。 危なくてアホとはやれん。 鳥獣はねぐらをともにせず。 わっしは賭場の外ではいっさい会いませんが、こーゆーところで仲良くなった風変わりな友達が大勢います。マフィアのおっさん。ギリシア人のレストラン経営者。東欧系不動産王。高級コールガールの元締め(本人もすげー美人)。 皆きっとカシノの外では悪人なのでしょうが、ブラックジャックテーブルという極度の連帯感を必要とする博打のせいで、なんだか「戦友」のような感じになります。 こーゆーことには、ふつーのひとは眉をひそめるのであって、政治の世界では「顔」である大叔父などは「おまえはゴッドファーザーの世界に住むつもりか」などと冷やかす。 「間違ってもおれの顔に泥を塗るようなことをするなよ」というのでしょう。でも、おっちゃん、もうシワシワなんだから泥マッサージしたほうが、しわが取れてえーのんちゃうか。 運が向かないときというものはすごいもので、(凝ったことがあるひとはわかるでしょうが)自分が18ならディーラーは19、20なら21、4枚もひいて21になったのにディーラーはブラックジャック。あっというまに金がなくなる。そーゆーときは、足下が、さあーと冷たくなります。ディーラーの2に対して8をスプリット9と6でスタンド、 ディーラー8、(「えっ?」)、ディーラー、ピクチュア。 テーブルの周りからも、いっせいにため息が もれる。 成功していたレストラン8つ、みな手放さざるを得なくなったひと、顧客から預かっていた金をみなつぎこんで刑務所に行った事務弁護士、あまりの負けのこみかたにピット・マネージャーに「もう帰った方がよいのではないか?」と言われて「たまには、こんなこともあるさ、いつものことだよ」と席を立って行ったトイレでそのまま首を括った牧場主。 わっしが直截に見聞きしただけで、ずいぶんいろいろなひとがおった。 「剥き出しの欲望」を抑えながら、表面を取り繕う、その不思議な雰囲気でカシノは成り立っていたものでしたが、中国勢は趣が違って、テーブルを叩いてくやしがる、勝手も負けても絶叫する、で、なんだかディズニーランドのようなみようでは楽しい雰囲気に最近はどんどん変わってゆきます。 勝っても負けても意地で無表情を作る西洋人たちと、どちらがよいか。 さて、わっしにはわかりかねるようです。

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エマヌエル・スウェーデンボルグの見た地獄

スウェーデンボルグ博士 http://swedenborg.web.infoseek.co.jp/shouden.htm というひとは、まったく面白いおっちゃんである。 イェーテボリにいて500キロ先の大火を目の前で見ているかのように実況放送してみせたり、パウロを地獄で目撃した、といってスウェーデンにいられなくなり無信心者揃いのイギリスでなくては住めなくなったりして有名になったが、もっとも面白いのは「霊界日記」に出てくる地獄の描写である。 エマヌエル・スウェーデンボルグにとっては地獄は神の判定によって突き落とされるところではなく、闘争を好む人間が選択して向かう世界なのであって、わっしの知る限りの「地獄像」のなかでは最も説得力がある。 平和で宥和的な天国よりも、他人を罵倒したり、自分を偉く見せようとしたり、他人を言語によって傷つけ、優越した自分を自己演出したりすることのほうがずっと好きなひとは地獄へゆく。 なんという説得力でしょう。 研究者にもそういうひとはたくさんいるし、日本では2ちゃんねる、というエマヌエル・スウェーデンボルグが描いた「地獄」をそのまま掲示板化したようなサイトがあります。そーゆーことが好きな人は、他人を言葉でいたぶるのが好きなので、それなしでは暮らせん。だから、やっぱり天国か地獄かの二択だとすると、やはり地獄を選ぶだろうな、と自然に理解される。 要するに2ちゃんねるで自慰的な「陰謀」に耽っている人たちは、なんのことはない、死ぬ前から地獄堕ちのひとびとと同じ生活をしているわけである。 なーるほど。 そもそもスウェーデンにいられなくなった原因をつくった「パウロを地獄で見た」 という証言が、多少でもキリスト教を知っていればたいへんにリアルである。 宗教というものは生き延びるためには閉鎖性と他者に対する攻撃性、すなわち党派性が必要なものであって、それゆえパウロはキリスト教では聖人の筆頭になったが、西洋のガキどもはみな、聖書をちょっと囓った段階で「なんで、あんな喧嘩っぱやいおっちゃんが、聖人なんだ?」と不思議に思う。 なんとなく割り切れない。 ローマの歴史を勉強してみると、ローマ人は、神様に関してはまことにのほほんとしていて、異教の神だろうが、異民族の神だろうが、みんな神殿に並べてしまう。 ついでに皇帝も神様にしたりした。 おおらかなものです。 ところが、ユダヤの民の内部新興宗教であったキリスト教は、絶対に他の神の存在を許さない。狭量なひとと寛容なひとの喧嘩というのは、絶対に狭量なひとが勝つ。 ふたりの同じ力量の兵士が戦場で同時に剣をもって向かいあっておる。 さて、どちらが勝つか。 「哀しむ者、勝つ」 と老子は言う。当然ながら、ここで 「哀しむ」 というのは「相手を理解する」 という意味です。 「あたし、哀しいわ」という意味ではない。そういう現代の誤用法は、本来の意味とは逆であって、「あたしにもっと利便を与えんかい」という意味である。 老子は、そういうが、ま、願望ですね、これは。 現実は多分逆であって、相手を考えられない馬鹿のほうが勝つ。 相手にも愛する家族がいるのではないか、彼の死を悲しむ親がいるのではないか、なんて考える人は一瞬のひるみにつけこまれてあえなく斬り殺されるに違いない。 他人のことなんかおかまいなしのひとが世の中にはびこる原因はそういう「バカと下品は必勝する」という、この世の闘争の力学に基づいておる。 だから2ちゃんねるから来たひとは「無視」すべきである、と「さかなや」さんも言っておった。 ここのブログにも、「死ね」「殺してやる」なんてコメントやメールが来ます。 どうやら、外国人を見るとむらむらと変態攻撃欲がわくらしい。 あちこちの掲示板にあることないこと書いて、これがその反日サイトです、と言って リンクを貼りまくる。間抜けそうな人間がやっているブログに狙いをつけて、ガメ・オベールという反日外人がいて許せない、と書く。(いずれもシャチョー調査) そうすると、間抜けブログ主たちが、「あっ、それはきっと平壌のスパイですね」とか書くのだそうで、わっしはシャチョーとふたりで大受けに受けてしまった。 アホか。 そう。スウェーデンボルグの見た地獄というのは、多分、現実の世界だったのではないでしょうか。ある種類の統合失調症のひとが見る被害妄想は、実は世界というものの性格を精確に型抜きしているだけなのではないかと思うことがあります。 このブログにコメントしてくれたひとのなかに「日本では「死ね」というのは英語の「shit」とかと同じで軽い意味です」と教えてくれたひとがいましたが、軽い挨拶で言われたひとのなかには日本語の変化に気がつかないひとがいたようで、その女の高校生は自殺したのでした。 わっしの育った世界では「言葉をもてあそぶ者は滅びる」という。 … Continue reading

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ROE (株主資本利益率)

日本に滞在しているあいだじゅう、いろいろに考えて悩んだが結局日本への投資はやめてしまった。 (ずっとむかしからこのブログを読んでいる人は知っているがわっしはショボイ零細投資家である)プロパティ投資は、やや論外、というか、まず第一に人口が減っている国であるという大きなリスクが前提としてあるのに加えて不動産価値の考え方が根本から異なるので難しい。あと、これは些末なことだが投資目的でない自分が滞在するため家を買うときでも事務弁護士も立てないで行う日本の商習慣はコワイと思った。あれでどうしてトラブルが起きないのか謎である。そーゆーわけで日本での投資は早くから会社と株に興味が集中しておった。 こーゆーことを考えると、わっしの事務所からはドバと資料が送られてくる。 ドバと送られてはくるが、わっしのために仕事をしてくれるひとたちは幸い日本語がちょっとも読めないのでヘーキで書くと、わっしは、そのフェデックスでドバと送られてきた資料を枕にして実は会社四季報を読んでいる。 へ? カイシャシキホー、ですか。あの素人が読む、東洋経済の、あれ? それじゃ、ドシロウトと同じでねーの。 そ。同じなんです。大きな声では言えないし、小さい声で言ってもまだ大きな声で笑われそうだが、わっしは会社について考えるときは、これしかやんねーの。 寝椅子にゴロゴロ転がってSly and The Family Stoneの「Family Affair」とか聴きながら数字をジーと見ているだけです。ゴロゴロ、ジィー。 あんまりジーと動かないので、ときどきモニがつつきに来ます。 指で、つんつんしにくる。 そーすると、わっしはくすぐったいので嫌がってやや体勢を変える。 モニはわっしが生きているのを確認すると満足してまた二階へあがってゆく。 わっしはコアラみたいなものであると思っておるらしい。 で、わっしは思ったのですが、日本の会社って、バランスシート見ながら会社やってるのかいな。いけいけどんどん型っすな。財務的に不思議な会社がおおいようです。 ゲームブログで具体例をいちいち引くのもアホなことかもしんないので、やめときますが、儲かっているときも儲からなくなってからも、一貫してROEがちょっと低すぎるようっす。原因はROIに端的にあらわれておる。 ゲームをやりながら片方の目でこのブログを読んでいるひとたちの便宜のために大胆に翻訳すると日本の会社は「稼いだ金を再投資するのがドヘタ」なのではなかろうか。 もひとつ。90年代のまんなかくらいから一端よくなってきたROEが再び低迷しているのはなぜなんでしょうか。 よー、わからん。 高いROEを支える財務というのは、センソーで言えば輜重補給です。 帝国日本陸軍はこれを軽視しておった。 「日本人は、伝統的に補給を軽視するんです」というひともおる。 そうかもしれません。 そうかもしれないが、じゃ、西洋のひとはみんな補給がちゃんとしておったかというと、そんなことはない。ユーメイなひとでいうとナポレオンは「補給なんてしるかよ」と何度も幕僚に悪態をついている。 で、戦争が弱かったかというと、それどころではない、無茶苦茶強かった。 背負えるだけの食料でインパールまで行ってこい、と言った牟田口中将の日本陸軍はイギリス人の二線級部隊(イギリスはそもそもアジアが近代戦の戦場になると思っていなかったので、開戦時もたとえばブリュースターバッファローを配備しとけ、という日本をなめきった態度で臨んでおった。指揮官からして「バニーちゃん」パーシバルで間に合わせようとしたんだから豪快ですな)にボロ負けというのもアホらしいようなボロ負けを喫しましたが、おんなじ考えなのにシンガポールではボロ勝ちした。 ナポレオンも牟田口銀輪部隊も共通しているのは「スピードの優位」です。 戦後の日本経済と同じっすな。 ずーとずーと遡ってみると、戦前は、日本とアメリカが逆である。 戦前の日本の会社は事業資金中の株主資本の比率が極端にでかかったこともあって、ROEが極めて高い。 経営者が「こんなに株主の目先の利益で圧力ばかりかけられては、長期の経営戦略が立てられなくて、たまったもんじゃない。どうか、日本の株主はアメリカの株主を見倣って長い目で経営をみてほしい」 なんて言っている。 いまと、というか1980年代のアメリカの経営者とまるで逆です。 (ご存知のとおりアメリカやイギリスの会社の最大の問題点は、株主の短期利益の圧力が強すぎて長期経営戦略が立てられず、以前は日本、いまは中国にボロ負けしておる) そもそも役員の構成を見ても、社長は通常筆頭株主であって、他の役員も有力株主が名を連ねている。経営専門家はどこにいるかというと、だいたいにおいて「専務取締役」であって、しかもこのひとも急速に株を買い集めて大株主になることを専心に経営していたもののようです。(むかしの会社役員の報酬は途方もない額だったので、それが出来た) それが、どこでいまのようになったかというと、戦時統制経済を境にしているように見えます。それから、もうひとつ、公職追放というダメ押しがある。 … Continue reading

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日本人もびっくり! シャチョーでもつくれるガメ式カレーライス

日本のカレールウを使ってつくるカレーは多分世界で最も失敗の少ない料理である。 あれを考えたひとはたいへんカシコイ。 わっしはカレーをつくる、と言うときは、ほとんどの場合、買ってきた新鮮なスパイスの種子をすりすりしてつくるのであって、こっちは即興のジャズ演奏のようなものである。うまくいくとびっくりするくらいおいしいが、失敗も多い。 なあーんにもしたくないときは日本のカレーライスなどはつくるのにもってこいであるが、狂牛病がこわくてながいあいだ食べられなかったのだ。 http://moa2008.wordpress.com/2008/05/09/%e3%82%ab%e3%83%ac%e3%83%bc%e3%83%a9%e3%82%a4%e3%82%b9/ それは、日本を出立する直前のある晴れた日のことであった。テラスで、神保町の百円コーナーで買った本を読んでいたらS&Bは食品の安全にずいぶん気を配っていることが説得力のある書き方で書いてあった。 そーか、そーですか、と決然と寝椅子に起き直るわし。 そーゆーことなら、日本を発つ前にモニに日本のカレーを食べさせてやらないと。 そーして、わっしは久しぶりに日本式カレーをつくったのであるが、これが(わっしのつくる料理はすべておいしいが)とおっても、おいしかったのす。 で、そもそもこの「インスタント カレー ルウ」という偉大な発明者である日本のひとと、この美味を分かち合おうと考えました。 夏向きだし。 材料:通常の10皿分…わっしとモニだと6皿分にしかならぬが 豚バラ肉(350グラム乃至400グラム)…..スーパーでなく、お肉屋さんに行って、「カレーにすっから」と言って切ってもらうのがもっともよい、わしは3センチX2センチX1センチくらいに切ってもろた。 タマネギ 大3個 にんじん 中乃至大 一本 新じゃが 8個くらい(好みで増減して良い) オリーブオイル 大さじ4ー6杯 缶トマト 一個 (イタリアものが理想的である。わっしはひと缶99円で買った) 赤ワイン3分の一本 にんにく一個 S&B DINNER CURRY (^^) 大箱(10皿分) 行きまあーす。 準備 1 初心のひとはまず材料を全部キッチンベンチの上に出す これを怠ると不測の事態(焦げる、ひっくり返す)や怪我のもとです。 料理は危険な作業であることを心得るべし。。 2  水原弘の「黒い花びら」を歌いながら、タマネギを薄切り(と言ってもサラダにするように薄くしなくていいのす。適当なざく切りでもよい)にする。 「黒い花びら」が最もよい味が出ると思われるが、この歌を知らないひとは他の歌でもよい。 3  にんじんはピーラーで皮を剥いて、適当な大きさに切ります。 わっしの研究によるとカレーライスの場合は縦長(洋食屋さんとかで付け合わせに出てくるときの形)ライスカレーの場合は輪切り、あるいは半月型である。 4 新じゃがは、よく洗う。皮は剥かない。そのままでよいのす。 皮を剥くと崩れてカレーがごわごわになりもす。 5 にんにくは皮を剥いてクローブ(房?)ごと使う。 … Continue reading

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有楽町のガード下で考えたこと

あと一週間で日本を発つ、というときになってモニ (モニっていったい誰だ?と言うひと、とーぜんですね。知ってるわけがない。 http://moa2008.wordpress.com/1969/12/31/would-you-be-my-wifeplease/ に「K」という名前で出てくるひとです。この頃はまことに愛らしいひとであったが最近はわっしをアゴで使う。アゴの形がかわいいから許すことにしておる) に、「どこか行きたいところがあるかね」と訊くと、「有楽町のガード下に行きたい」という。 えっ、星の流れに身を任せてはいけません、と一瞬思ったが考えてみるとモニがそんな日本の戦後史を知っているわけはありません。有名な「お時さん」の悲痛なラジオ放送などただでさえアジア全般にあんまり関心がないひとが知っているわけがない。 なんのこっちゃ、と思ってよく聞いてみるとガード下の焼鳥屋を何かの雑誌(多分無料英語雑誌のひとつ)で見て、行きたくてたまらなくなったもののようであります。 わっしは、あんまりそーゆー場所には興味がないが、嫁はんの言うことは何によらず実現すべく日夜ショージンしているわっしが、そのくらいの希望を実現しないわけはない。 モニのためならエンヤコラ。 山を下りて愛育病院前の交差点でタクシーを停めて、わっしは有楽町に向かいました。 本来なら方向が逆だが、わっしは相変わらずの気まぐれで回り道をして霞町交差点から根津美術館の坂をあがってもらった。田宮虎彦 の小説に出てくるスラム街「霞町」の址を見たかったからです。もちろんいまは面影もないが、写真集で見ると昭和五十年くらいまでは田宮虎彦が描写したスラム街そのままの長屋が残っていたのがわかります。 表参道の灯籠の前から青山通りに出て右に曲がると渋滞しておる。 わっしはモニに、ほら、あの辺に「ユアーズ」というスーパーがあったのだ、と言います。このあいだ学習したばかりなので言いたくて仕方がなかったのである。「そこは輸入品ばかりがおいてあって、当時の日本人には紀伊国屋スーパーと並んで人気があったのであーる」 「フランスのものも、あったのか?」と、わっしがひけらかす歴史知識にぜーんぜん興味がない(当たり前だが)せいで、ほとんどなんの意味もない質問をするモニ。 そんなこと、知りますか、わっしは昭和50年頃の東京の本を買い集めて知っているだけだもんね、わかるわけがない。 二二六事件のとき「小さん」が反乱軍の士気高揚のためにお笑いを一席ぶたされた三宅坂をあがって、 有楽町に向かう。 わっしは実は「ガード下の焼鳥屋」なんて胡乱なところへ行くのはイヤであったが、頭のてっぺんからつま先まで保守的なわっしの予想を裏切ってこの「有楽町の下の焼鳥屋」は素晴らしいところであった。 ずっとむかし、このブログが始まった頃、ねーちゃんしか眼中になかったわっしがアメリカ人の中尉のねーちゃんと一緒に「有楽町の下の飲み屋」に行くところが出てきますが、(と書いてそのブログへリンクを張ろうと考えて探しだが、な、なんじゃこれは。ごちゃごちゃで何がどこにあるかちょっともわかりひん…片付けねえと)あのときの飲み屋は有楽町の駅側であって、あんまりよくなかった。なんだかレトロを強調しすぎて「そこのガイドブック、わいの店を載せんかい」という露骨な意図が感じられてイヤであった。 今度のは晴海通りの反対側であって、こんなによい所ならもっと早く来ればよかった、と考えました。店先にビール箱が積んであってテーブルの代わりになってます。 たぶんネパールか中国かの出身のにーちゃんが、焼き鳥とビールを持ってくる。 この焼き鳥がおいしかった。 いつかキヨソネさんが連れて行ってくれたコース一万円の焼鳥屋もおいしかったが、なんとなく釈然としなかったのをおぼえてますが、ここのは安くておいしくて「なるほど焼鳥屋というのは、こーゆーものだったんだな」という納得に満ちた気持がしたのであります。 食べながらむかしむかし、なつかしい「けんぞう」さんや「えくれあん」さんに、「あんたは実際の日本人の生活がなにもわかっておらぬ」と批判されたことを思い出しました。 http://moa2008.wordpress.com/1969/12/31/%e3%80%8c%e3%81%91%e3%82%93%e3%81%9e%e3%81%86%e3%80%8d%e3%81%95%e3%82%93%e3%81%ae%e3%82%b3%e3%83%a1%e3%83%b3%e3%83%88/ 隣のビール箱に陣取ったおっさんたちは、ほとんど話さず笑いもせず、しかも妙にきまじめな様子でビールを飲んでいる。店の勘定のやりかたに従ってときどき千円札を交互に台の上に置きながら、「や、どうも」「いえ。とんでもない」としゃっちょこばったやりとりを交わす。西洋人が見ると、どお見てもリラックスしていなくて、妙な具合ですが、よく観察してみると、とても幸せそうであって、しかも仕事の仲間としか見えなかったふたりは、実は高校の同級生のようでした。 きっと、このひとたちの会話は短くて堅苦しい言葉と言葉のあいだの沈黙のなかにあるのでしょう。 店のにーちゃんに「ほっぴー」の飲み方を教わりながら、どーも、わっしの日本生活は焦点がずれておったな、と考えた夜だったのであります。 使ってないものは整理がめんどくさいので目下むかし載っけてた写真をまた使い回ししている画像。今回は イスタンブルのピザ。 奥でおっちゃんが切ってるところが見えますが、これがしゃっしゃかしゃっしゃか早くてかっこいい。 トトンテントトオンテンとすごいスピードで切ってゆく手つきがちょっと日本の職人さんに似てます。

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