Daily Archives: July 29, 2008

インドへの道

日本にいるときは毎日のようにいろいろなひとと会います。 経済人、がいちばん多い。 そーゆーひとと会うと、どうすれば儲かるか、という下品な話題がもっとも多いのは当たり前でも、その次くらいに「日本はどうなるか」という話が多い。 これは日本のひとが気がつかないことではあっても、日本という国に非常に特徴的なことでタクシーの運転手から、料亭のおばちゃんから、寿司屋の職人のおっちゃんまで、みーんな国の行く末を心配しておる。真面目なんです。 みな熱心に新聞を読み、テレビのニュースを見て、国を憂えているのであります。 わっしはたとえばニュージーランドにいるときに国の先行きなんて考えていません。 「我が国はどうなるか」という考えをもたない。 「わしはどのくらい儲かるか」とか、そーゆー志のかけらもないことくらいしか考えることがない。ロンドンのタクシーの運転手とかになると、もうサッカーの試合の結果以外、何も頭にないのではないか。たまに、アフガニスタン情勢などを心配する運転手さんがいると、「あんた、ブックメーカーでタリバン復活とかに賭けたんじゃないだろね」とこっそり考える。 日本にいると、日本語を使うこともあります。(普段は日本のひとが相手でもエーゴ、わっしが日本語を使えるのを知っているのは少数のお友達に限られておる)。日本語を使うときは、そーとー仲の良いお友達で、しかもモニがいないときに限定される。(モニは日本語でわしがひとと話しているとみるみるうちに機嫌が悪くなる) 日本語を使って日本人の友達と話していると、なんとなく微妙に日本人アタマになって、日本のひとのように日本の行く末を心配してしまったりする。 後で苦笑することになるのです。 日本のお友達は日本酒で目の周りが桜色になる頃になると「どうも。この先はチューゴクに押し切られそうです」なんて、言う。 「そーですか?」と、わっし。 「ええ。わたしの息子がわたしの歳になる頃にはめぼしい会社の役員はみんな中国人で日本人は生産現場にいるだけ、ということになりかねないと思えるんです」 「そーですか」と、謂われなくなんとなくションボリした気分になるわっし。 本来母国語で話しているときなら、「役員として優秀なら中国人がトップで、何の不都合がありますか」というところですが、日本語だとそう思わないところがわれながら玄妙である。 中国がやがて日本を経済的に併呑してゆくのは、いまのまま日本が歩んでいけば必然である、とわっしは思います。「いまのまま」というのは、どーゆー意味か、というと、碌な新しい産業の持ち合わせが無く、危機感もなく、目先の利益にとらわれて中国市場に競争で資金を投下しつづけていれば、というような意味になるでしょうか。 通常の予想では2015年あたりから始まるとされている日本の本格的な凋落は要するにいまの日本の産業構造から推定されている。 一方の中国はと云うと経済的には(ここから先は教科書的な復習なので、そんなもの知っているわい、というひとは読まない方がよろし) あ)人口八千万の先進国としての中国 い)人口2億五千万程度の中進国としての中国 う)残りの後進国としての中国 の「三つの中国」にかなり明瞭に分かれていて、これが混交してゆかない(あるいは、混交させられない)ところに中国の悩みがある。 あ)に関しては、そーゆーと日本のひとは怒りそうですが、いまでも日本よりもやや進んだ国と見なしてよさそうです。 すべてにおいて日本を陵駕しつつある。 日本の人が細かいことに拘泥しているうちにダイナミズムに満ちたこの、あ)中国社会は中国政府の思惑すら遙かに超えてえらいスピードで生産性を改良しつつある。 日本に直截関係がありそうなのは。い)の中国で、ここの部分が日本の市場に滲透してくるんでねーかなー、とわっしは思ってます。大連出身の(中国人所有)日本企業幹部が増えるのではなかろうか。 そして、い)中国は、目下、日本の(面白い技術をもった)中小企業買収を計画準備しているのでもあります。 わっしが日本のひとなら、どうするか。 「みんなで世論を盛り上げてインドに投資するのはどうですか?」とわっしは日本のお友達によく訊いてみたものでした。 そうすると事情を知っているひとほど「あそこは、ちょっと」という。 官僚主義がすげーんです。泣けます。 いっこうに話が進捗しない。 プライドが高すぎて話にならない。 ははは。タシカニカニタシ。カニタシ大王。 でもインドにこれでもかこれでもかと投資してゆくほか、というか、やけくそで資金を大量投下してゆく以外に日本が東アジアで一方のパワーセンターとして機能しつづける道があるようには、わっしには思えません。 インドが強大になれば、中国と日本とあわせて三極で安定するのではないか。 日本の政府は「一千万人移民計画」と言いますが、移民を受け入れてそれが機能し出すには大変な労力と時間がかかるのは、どこの国でも証明済みである。 間に合うのか?と、わっしなんかは思ってしまいます。 いやでもなんでも、移民社会の建設そのものはやらざるを得ないでしょう。 … Continue reading

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