Daily Archives: August 2, 2008

日本人の肖像(2)宮崎繁三郎

ブログを閉鎖しているあいだ、日本との関わりがまるでなかったかというと、そんなことはない。わっしは日本語の本を最低一日一冊は読むことを日課にしているので、日本語は常に頭の中で活動してます。 だいたいテーマを決めて読む。 日本語を学習することの良い点は、日本のひとは言語的にマイノリティであるにも関わらず読書家であって何についても大量の書籍がある。 これが楽しいのす。 「戸籍」なら戸籍について、日本の食肉産業なら食肉産業について、いろいろなひとがたくさん書いている。なかにはものすごく変な本もあって、「日本に来た外国人」について20冊くらい買いためた本を読んでいたとき 「ルーシー事件の真実」(飛鳥新社)という分厚い本を読んだ。 これは基本的に犯人を擁護しようというかなり無理な試みをした本であって、小さな活字で796ページもある。 なんとかして殺された責任の一端はルーシー・ブラックマン本人にある、と言おうとするのにそれが自分で書いている端から論理が崩壊する、という不思議な本であった。 わっしのブログには閉鎖するたびに「どっかへいってしまった」コメントがたくさんある が、ときどきそれが見つかる。バックアップソフトが圧縮してとておいてくれたからです。 そのうちのひとつに、こういうのがあった。 ある日本人 (121.113.224.228) 『先の大戦では、我々日本人はアメリカに負けたのであって、イギリスに負けたとは 誰も思ってないよ。ロイヤル・ネイビーはたいして強くなかったし、ホーカー・ハリケーンやスピット・ファイアーは、ゼロ・ファイターには歯が立たなかったもんね。 何故イギリス人は、あんなに偉そうにしているのかね?』 ふむふむ、とわっしは考えます。これも日本にいると非常によく聞く意見です。 わっしはヒコーキ気違いなので、前半部分は議論したいことがいろいろあるが、この性格がワルソーな「ある日本人」さんとでは嫌である。「イギリスに負けたとは思ってない」という部分については日本の人がそう思っていることは、わざわざイギリス人の集まりに招待されて「イギリスには戦争で勝ったと思っている」と言った某大手企業会長もいたりするくらいで、連合王国人はわりとよく知っている、と思います。 知っているから、日本の人が「前の戦争を悔やんでいる」 と言っても信用しないひとがたくさんいる。心の中では「強いアメリカさえいなきゃ、また同じことをやってやるさ」 と考えているに決まっているからです。 こーゆー絵に描いたような「醜い日本人」が現れると、わっしはまともな日本人を思い出そうと務める。精神の健康のためですね。 「ある日本人」さんが読んでいないに違いない歴史に「インパール作戦」 http://www.kcnet.ne.jp/~kubota/ というのがある。「ある日本人」さん同様「イギリス人になんか負けるはずがない」と考えた牟田口廉也 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%9F%E7%94%B0%E5%8F%A3%E5%BB%89%E4%B9%9F が、大将への出世を焦って英印連合軍に対して起こした作戦であって、「ある日本人」さん並の杜撰な頭でつくられた作戦を発起した結果は、 投入兵力72000人のうち6万人 http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/innparu.htm が戦死乃至戦病死したのす。 インパール作戦について知りたい人は、たとえば、高木俊郎の「インパール」「抗命」「全滅」「戦死」のような簡単なものでもよいから本を読んで見ればよいと思う。 顔がまるごと砲弾ではぎとられた兵隊が命からがら逃げてゆくところや、小便を垂れ流しながら力尽きて死んでゆく兵士たちの話は外国人ですら涙なしには読めないが、ここでは詳しくは触れません。 この作戦の殿軍を務めた宮崎繁三郎というひとは、わっしが尊敬する日本人のひとりです。 半藤一利という編集者が下北沢の小さな店(わっしは日本にいたとき行ってみたが残念ながら場所がわからなかった。むかしの地図の「久松眼科」の近くではないのだろうか?) に訪ねていくと戦争の話をいっさいせず、自分がインパール作戦中常に肩のうえに乗せていた猿を連れて帰れなかったことだけを口にして悔いるところがある。 この宮崎というひとは戦史をよく読んで見ると、すさまじいばかりの戦さ上手であって、 全軍瓦解した戦線にあって、食料も弾薬もなく武器とも呼べないような19世紀的な武器を使いながら、他軍の落伍者までを収容しながら、誇張でも何でもない地獄の戦線を退却してゆきます。 西洋ではまったく知られていないように見えますが、 これほど不利な条件の退却戦を最後まで破綻なく戦った例は戦史を通じて空前絶後である、と言っても良い。 しかも、このひとは戦後、マスメディアからの勧誘や大企業からの顧問就任の懇請も断って、小さな商店の主として死んだといいます。 … Continue reading

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日本人の肖像(4)早川徳次

Sharpのホームページをひらくと、いきなり 「まねされる商品をつくれ」 という早川徳次の声が聞こえてびびります。 「ひとつの製品を開発して、商品として売り出すまでにはいろいろと苦労がある。ところが、それがいいとなると他社もまた同じようなものを売り出す。日本人はまねがうまいと言われ、商業道徳上からこれを非難する人もいる。しかし、私は会社の研究部あたりには「他社がまねするような商品をつくれ」と言うのである。他がまねてくれる商品は需要家が望む良い商品、つまり売れる商品なのである。だから、いつも他がまねてくれるような商品を出すよう心がけていれば、企業は安定して成長していく。まねが競争を生み、技術を上げ、社会の発展になっていく。ただ、先発メーカーは常にあとから追いかけられているわけだから、すぐ次を考えなければならないし、勉強を怠ってはならない。また、一つが良いからといって現状に満足してはならない。元祖だからといってじっと構えておれない。さらにより優れたものを研究することになるわけで、まねされることも、結局は自分のところの発展に役立つと考える。」 と書いてある。 まるで日本の将来を提言しているようで、こういうひとが常に歴史を辿り戻ってみると存在するところが日本のひとのラッキーなところである。 わっしが中国のひとと話すといつも感じることは、彼らには「いま自分たちがやっていることは本当にこれでいいのか。こういうやりかたで大丈夫なのか」と、いつも自信がないことであって、わっしが考えるに、これは結局、「先達」というものがいないからのようです。 寄る辺、というものがないから不安でたまらない。 上の早川徳次の言葉の「他社」を他国と言い換え、「会社」を「自国」と言い換えれば、日本が進むべき道をそのまま言っているように見えます。 第一、なんちゅうカッコイイじいさんでしょう。 現代の「シャープペンシル」の原型は「早川式繰り出し鉛筆」と言って、この早川徳次が発明したものでした。日本では「こんな金属製の鉛筆なんかおかしくて使えるか」というので全然売れなかったがヨーロッパでは大評判でしばらくして合衆国でもバカ売れした。 Yard-O-Ledはいまでも「クラシック」デザインを、「伝統ある当社の誇り」と言って販売しているが、なに、あれはですね、実は当時の早川徳次の「シャープペンシル」に控えめに言っても「そっくり」である。 http://www.gijyutu.com/ooki/tanken/tanken2000/sharp/sharp.htm わっしが大好きな日本の大発明「右からでも左からでも開けられる冷蔵庫」は、こーゆーひとの作った会社だから出来たのである。 あれで、もちっとまともなコンピュータを作ってくれるともっとよいのだが。 (わっしのAMDPCは購入当時から夏になるとノートブックなのに熱暴走します。 キーボードで火傷しそうになったこともあった。これを真似しようとする会社はないと思うぞ—>シャープのひと)

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人間が分別される日

「生態ピラミッド」のなかで最も個体数が少ないのは上位捕食者です。 あたりまえである。ライオンの大群が二三頭のシマウマを追っかけているような草原ではそもそも食物連鎖が成り立たぬ。 ライオンは空きっ腹のへろへろになって死ぬであろう。 五六匹の鰯を無数のマグロが追跡しているのでは、マグロがみなあらになってしまう。 地球の人口は現在66億9159万人である。 http://arkot.com/jinkou/ へんでしょう? とってもへんです。 生態ピラミッドの頂点の本来なら一億くらいしか立っていられない面積に67億という個体数がのっかっておる。 こういう自然の法則に著しく反した状態を「不自然」という。 なぜ、こんな不自然が起きてしまったかというと、人間の前頭葉に「言葉」という影が射して、そのあげく「人間には人権というものがある」と考えるにいたったからです。 なかには、「ちょっとくだらんやつが多すぎるから、減らしちまうべ」と考えたひとはいた。ナチスの宣伝班が1939年に出した本によれば「一見そうは見えないが、虚心坦懐に見ると、疑いもなく金髪で碧眼の」ヒットラー同志などは、そのひとりである。 ドイツ人の心眼はすごい。 あれが金髪碧眼なら、ヒットラーにあこがれるあまり髪型がそっくりになった上智大学名誉教授の渡部昇一先生などはブロンディ、と呼ばれても良いのではないか。 1945年に「あんな猿並の知恵しかないくせに自分が利口だと信じたがる連中は、みんなぶち殺せばよい」と前任者の生ぬるさを批判して、本当に全部ぶっ殺しにかかったカーチス・ルメイという狂信者もおった。このひとが「消しちゃうべ」と考えた対象は日本人です。もう一年くらい戦争をやっておれば、ほんとうに根絶やしになったでしょう。 カーチス・ルメイというひとは狂信者らしくやることが周到であって、深川を爆撃したときは、まず対象地域の外側をナパームで攻撃しておいて住民がまんなかに向かって移動した頃を見計らって渦巻き状にまんなかへ向かってナパーム攻撃をした。 「焼夷弾」などという言葉を使うから、ルメイ将軍の気違いぶりがわかりにくくなる。 あれは「ナパーム爆弾」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%A0%E5%BC%BE といって、一千度以上の高熱で対象を一瞬で焼き尽くし標的周辺の酸素を奪って窒息死させるので現代でもその効果の残虐さで有名な兵器である。 カーチス・ルメイ、知っていますか? この日本人をみな殺しにしようという計画を立てて、もう少しでその計画に成功しかけた将軍は、日本人を大量に虐殺した功績により 勲一等旭日大綬章を授与されて、満足して死んだ。どこの国の政府からかって?もちろん日本政府からです。 変わった政府もあるものです。 アメリカの無差別爆撃の不法を訴えて法廷闘争に論理上勝利し従容として死についた岡田資中将にはブリキの勲章もやらなかったが、ルメイには 感謝の勲章を与えた。深川の掘り割りを火のついた髪の毛を振り乱しながら死んだ6歳の女児や、赤ん坊を抱え込んで文字通り炭になった若い母親のような「極悪な自国民」をたくさん殺してもらったお礼なのだろうか。 閑話休題。 67億、というような個体数になると、 人権を守る、というようなことは、もう無理だ、と考える人がだんだん増えてくるのは当たり前です。 人間の平等などというのは人口が少なかった時代のスウィート・ドリームにしか過ぎない。 これからは役に立たんやつは、要らん、ということになってゆくようである。 移民の受け入れ、というようなことになると、すでにそういう選別は当たり前で、前にも書いたとおり、ニュージーランドなどはデブはニュージーランド市民になれない。 (BMI制限がある) http://d.hatena.ne.jp/gameover1001/20080204/p1 永住ビザも取れません。 デブPという、わっしの友人は自分が老人になる頃には「社会にとって有益な人間にしか市民権の保持を許さない」ということになるのではないかとマジメにおそれておる。 あの怠け者がときどき狂ったようにマジメに働くのは、その恐怖感に因っているようだ、とデブPのやっぱり豊満なかーちゃんがゆっておった。 これを「人口が増えればデブが働く」という諺にしてもよい。 デブPは、たださえ不足すると言われている食べ物を4人分は消費するので、実際、市民の選別がはじまると危ないのではないか、とわっしも思います。 アメリカ人に生まれたからアメリカ人であって、日本人に生まれたから日本人である、ということが保証されるのはいつまで続くだろうか? … Continue reading

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日本人の肖像(3)中村雅楽

雅楽はむろん現実の人ではない。戸板康一の推理小説シリーズの主人公の歌舞伎役者です。わっしはもともと歌舞伎があまり好きではない。 なんだか通俗に流れすぎていて、しまらないような気がする。 わっしは断然能楽のファンであって、日本にいたときはよくこそこそと観に行ったものであった。 でも雅楽を読むと、ああ歌舞伎っちゅうもんもいいものかもな、ちぇっ早とちりして嫌って損した、と思う。 そのくらい魅力のある世界に雅楽は生きています。 中村雅楽の世界には「間の良さ」「品の良さ」がうまく混交されていて、丁度偉大な小津安二郎の映画の世界に似て、「日本」という国がかつてもっていた優雅さと静謐がよくわかるように描かれている。 かつては存在した文化の残照がいろいろな事件や人物を、その文化の文脈で浮かび上がらせる、という点で戸板康一はカズオ・イシグロのようである。 探偵小説としても、古典的な推理小説の文法を守りながら、トリックは斬新であり、あるいはいくつかの古典的推理小説をうまくひねってニヤリとさせられたりで、わっしは、日本の推理小説の最高峰であると思ってます。 歌舞伎座の前を歩くと、雅楽老人がタクシーから降りてきそうな気がする。 はちまき岡田のいすに座っていても、雅楽と竹野がのれんをすっとかきわけて入ってきそうな気がします。 わっしは、念願の「中村雅楽探偵全集」(東京創元社)を手に入れたので、今度、まとめて読んで見た。歌舞伎評論家が本業である、ということが災いしてか、余技としてしか評価されなかった戸板康一の腕の冴え、というか、その完成した美しい世界に5巻の本を読んだ後、しばらく呆然としてしまいました。 「松風の記憶」の最後、死にゆく歌舞伎役者が「松風の音が聞える、いいなあ松風は」 というところがあって、わっしは不覚にも泣いてしもうた。 「松風」という言葉に重層的に反響する意味合いを思えば、この歌舞伎役者の、死にゆくもののはかなさ哀れさというものが胸に迫って、人間の死や生きることの意味合いを思わずにはいられないひと言です。 わっしはガイジンなので雅楽になれないが、是非、大庭亀夫には修行して、いつかは雅楽のような立っているだけで日本の文化が香るひとになってほしい、と思うのであります。

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