日本人の肖像(2)宮崎繁三郎

ブログを閉鎖しているあいだ、日本との関わりがまるでなかったかというと、そんなことはない。わっしは日本語の本を最低一日一冊は読むことを日課にしているので、日本語は常に頭の中で活動してます。

だいたいテーマを決めて読む。

日本語を学習することの良い点は、日本のひとは言語的にマイノリティであるにも関わらず読書家であって何についても大量の書籍がある。

これが楽しいのす。

「戸籍」なら戸籍について、日本の食肉産業なら食肉産業について、いろいろなひとがたくさん書いている。なかにはものすごく変な本もあって、「日本に来た外国人」について20冊くらい買いためた本を読んでいたとき

「ルーシー事件の真実」(飛鳥新社)という分厚い本を読んだ。

これは基本的に犯人を擁護しようというかなり無理な試みをした本であって、小さな活字で796ページもある。

なんとかして殺された責任の一端はルーシー・ブラックマン本人にある、と言おうとするのにそれが自分で書いている端から論理が崩壊する、という不思議な本であった。

わっしのブログには閉鎖するたびに「どっかへいってしまった」コメントがたくさんある

が、ときどきそれが見つかる。バックアップソフトが圧縮してとておいてくれたからです。

そのうちのひとつに、こういうのがあった。

ある日本人 (121.113.224.228)

『先の大戦では、我々日本人はアメリカに負けたのであって、イギリスに負けたとは

誰も思ってないよ。ロイヤル・ネイビーはたいして強くなかったし、ホーカー・ハリケーンやスピット・ファイアーは、ゼロ・ファイターには歯が立たなかったもんね。

何故イギリス人は、あんなに偉そうにしているのかね?』

ふむふむ、とわっしは考えます。これも日本にいると非常によく聞く意見です。

わっしはヒコーキ気違いなので、前半部分は議論したいことがいろいろあるが、この性格がワルソーな「ある日本人」さんとでは嫌である。「イギリスに負けたとは思ってない」という部分については日本の人がそう思っていることは、わざわざイギリス人の集まりに招待されて「イギリスには戦争で勝ったと思っている」と言った某大手企業会長もいたりするくらいで、連合王国人はわりとよく知っている、と思います。

知っているから、日本の人が「前の戦争を悔やんでいる」 と言っても信用しないひとがたくさんいる。心の中では「強いアメリカさえいなきゃ、また同じことをやってやるさ」 と考えているに決まっているからです。

こーゆー絵に描いたような「醜い日本人」が現れると、わっしはまともな日本人を思い出そうと務める。精神の健康のためですね。

「ある日本人」さんが読んでいないに違いない歴史に「インパール作戦」

http://www.kcnet.ne.jp/~kubota/

というのがある。「ある日本人」さん同様「イギリス人になんか負けるはずがない」と考えた牟田口廉也

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%9F%E7%94%B0%E5%8F%A3%E5%BB%89%E4%B9%9F

が、大将への出世を焦って英印連合軍に対して起こした作戦であって、「ある日本人」さん並の杜撰な頭でつくられた作戦を発起した結果は、 投入兵力72000人のうち6万人

http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/innparu.htm

が戦死乃至戦病死したのす。

インパール作戦について知りたい人は、たとえば、高木俊郎の「インパール」「抗命」「全滅」「戦死」のような簡単なものでもよいから本を読んで見ればよいと思う。

顔がまるごと砲弾ではぎとられた兵隊が命からがら逃げてゆくところや、小便を垂れ流しながら力尽きて死んでゆく兵士たちの話は外国人ですら涙なしには読めないが、ここでは詳しくは触れません。

この作戦の殿軍を務めた宮崎繁三郎というひとは、わっしが尊敬する日本人のひとりです。

半藤一利という編集者が下北沢の小さな店(わっしは日本にいたとき行ってみたが残念ながら場所がわからなかった。むかしの地図の「久松眼科」の近くではないのだろうか?) に訪ねていくと戦争の話をいっさいせず、自分がインパール作戦中常に肩のうえに乗せていた猿を連れて帰れなかったことだけを口にして悔いるところがある。

この宮崎というひとは戦史をよく読んで見ると、すさまじいばかりの戦さ上手であって、 全軍瓦解した戦線にあって、食料も弾薬もなく武器とも呼べないような19世紀的な武器を使いながら、他軍の落伍者までを収容しながら、誇張でも何でもない地獄の戦線を退却してゆきます。

西洋ではまったく知られていないように見えますが、 これほど不利な条件の退却戦を最後まで破綻なく戦った例は戦史を通じて空前絶後である、と言っても良い。

しかも、このひとは戦後、マスメディアからの勧誘や大企業からの顧問就任の懇請も断って、小さな商店の主として死んだといいます。

わっしは「豪傑」という日本語を見ると、いつもこのひとのことを思い出します。

「日本人」という言葉を使うときには、いつもこのひとの冴えない田舎のおっさん然としたカッチョワルイ風貌が頭のどこかにある。

このひとは軍人であって、その凄味は残念ながら軍事知識がないと理解できません。

軍事知識のようなものは、職業軍人か、わっしのようなオタクくらいしか興味を持たないものであって、したがってあんまりこーゆーところで云々できませんが、それでもわっしが自分が尊敬する日本の人について書くいちばんはじめに、このひとについて触れたかった。

わっしの「日本がこのままだめになってゆくわけではないはずだ」という議論の支えになっている冴えないおっちゃんなのであります。

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