Daily Archives: August 17, 2008

新しい世界へようこそ

クライストチャーチのCBD(4アヴェニューの内側)に入る入り口には駐車場の表示があります。日本みたいにカラーのかっこいいLEDではなくてむかしながらの電光掲示(^^;)、でも駐車場ごとにあと何台駐車できるかが表示されていて、その数字が刻々と変わってゆく。日本のハイテクでカラフルでかっちょいい「空」と「満」表示だけの駐車場表示よりも、わっしはこのダサイ台数表示のほうが好きです。 だってこれからどっかに駐車せんとならんわっしにとって必要な情報量が多いもん。 で。駐車場よりも目的の場所に近いパーキングメータにクルマを駐めることにすると、ここでは、これは日本にも有る、クレジットカードをスワイプして払う方式のパーキングメータであったりします。 わっしはミーハーなので、もうこの駐車するときの便宜のような些細なことでも「世の中は便利になったのう」と思う。 単純なひとというのは、どこでも幸福になりやすいのです。 退屈な番組を我慢してテレビの前でじっと座っている根性がないので、わっしはテレビを観ませんが、一週間すればiPodでどの番組でも観られるので、(観られない国もあるが)そーゆー国にいればアーカイブとしてのテレビ番組は観ることがあります。名うてのオバカメディアであるテレビの番組であっても、自分のほうで途中をとばしたり逆に繰り返して観たりすることが出来る映像アーカイブとしてならまったく無価値とは言えない。 ATMは、わっしがものごころついた頃からずっと24時間稼働ですが、たとえばマンハッタンならコマーシャルバンクは24時間窓口が開いておる。 長いあいだ言われ続けた「カスタマー・ファースト」がだんだん結実しつつある。 どこをどう改良したのか、この頃はバルセロナの電車ですら定時きっかりにくるのであって、スペインなのに地下鉄などは山手線並、というか、ホームに「次の電車が到着するまであと何分」という表示があって、それが刻々変わります。 すごい。 ボストンですら、2本の地下鉄がダンゴになってやってきていた、わっしのガキンチョ時代が遠い夢のようです。 細かいことばかりあげましたが、たとえば金融に科学的な合理性(確率変数を含む数学など)が導入されてリスクとリターンが考えやすい形になったり、意志決定や事業プランの提案が水平型になって働いている人間から見て透明な形に変化したり、小さな会社であっても100億円以下の投資決定であれば社員の提案から最速即日で決定がくだされるように「稟議」 が進歩したり、という変化は、わっしからすると、よいことばかりで、 「なんちゅう良い世の中じゃろ」と思います。 面倒くさいことが減って、何事も見通しが良くなった。 あたりまえですが、上のような、零細な社会的存在であるわっしが享受している世の中の文法そのものの変化を「IT革命」と呼びます。 極端な言い方をするとハードウエアやソフトウエアとしてのコンピュータは契機ではあったにしてもIT革命そのものとは、あんまり関係がない。 日本では30代40代のカシコゲなおっちゃんのなかに「ITは日本に向かない」「ITは終わった」というひとが何人もおった。 「クリエイティブにはITは何も産み出さなかったんだよね」という。 たとえば日本の新聞・テレビの世界のお友達には、そーゆーひとが多かった。 そーゆーひとは、実は、このブログを読んでいたりするので、書きにくいが、 わっしは「ほんとっすかあ?」と思います。 ウソでい。 明治時代にあっても電鍵と電線はなにもクリエイティブには産み出しませんでした。 文豪になった機関車もいなかった。 しかし電信ネットワークや鉄道や議会というものは世界を一変させたのであって、その反映として新しい芸術が生まれ、たとえばシュルレアリストたちのような新しいオプティミズムが可能になった。 「IT革命」というのは、如何にも名前としてケーハクなので、そういう言語感受性がある頭のよいひとほど、IT革命というものを小さく捉えてしまいます。 しかし実際にはIT革命は名前の途方もない下品さにも関わらず世界を新しい枠組みで再構築してしまったので、終わりようにも終わりようがない。 「IT革命」というのは現実になったいまの新しい世界そのものなので、それが「終わった」ら世界そのものが停止して終わってしまいます。 わっしは、「ITは終わった」っちゅうような意見を聞くと内心「うっせえなあー」と思う(ゴメン)。IT以前のウザウザした個人のことなんかあんまし考えてくれない世界が古くさくて嫌いだからです。 日本はこの新しい枠組みに社会をつくりかえることにいまのところ失敗していますが、 なあーに、ほら、19世紀には260年の遅れをいっきに取り返したじゃないすか。 マネの達人である。 いまに、あっというまにマネしまくって他の社会よりも遙かに完璧なやりかたで社会全体のありようを変えてしまう、と、わっしは思ってます。 電線の下を通ると身が汚れると言って避けて通った神風連のようなひとは必ずいるので、一波乱なしではすまないでしょうが、日本が好むと好まざるとに関わらずひとつの文化集団として生き残りたければ必ず成し遂げなければならないこの革命を成し遂げたとき、わっしはまた日本に遊びに行って「IT革命・日本バージョン」を楽しもうと思ってます。

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