Daily Archives: September 2, 2008

箱舟に乗るひとびと

9月1日のコメントで 0xFFFFFFFFさんがメディアの話に触れていた http://d.hatena.ne.jp/gameover1001/20080901#c1220350007 ので思わずマジメに返信を書いてしまった。 わっしは日本のひとが「朝.新聞を読んでから一日を始める」 という習慣や「テレビを観ながら夕食を食べる」という習慣を捨ててしまわない限り、この苦境から脱する日は来ない、と思ってます。 だもんで、つい。 日本の外で会う若い日本人と話していていちばんぶっとんでしまうのは、「日本に残っているのは日本から出られなかったひとだけで、出られる人はみな出てしまってますよ。当たり前ではないですか」と言われてしまうことです。そう言い切る人がとても多い。 びっくりします。 そんなことを言う国民というのは他にはジンバブエのひとくらいではないか。 しかもジンバブエのひとは悲しそうな顔で言うが、そう言う日本人青年の顔は晴れ晴れしておる。 たとえばわっしは今日、友達の弁護士Hの事務所で修行をしている日本人青年Dさんと一緒に昼食を食べた。 アホのHがジョギングの途中で川に落っこちて(どうやって?)風邪をひいたのでアホHの代わりにお使いに来てくれたのです。 Dさんは在学中に司法試験に合格してトーダイを出ているのに日本で裁判長とかになってタイム誌の特集にもなった、中国と並んでスペインの宗教裁判の直系子孫であると言われている日本の警察の途方もない取り調べの結果送り込まれてきた冤罪犯の刑罰を確定する喜びにひたったりするのは嫌であった、という変わったひとです。 わっしは、かなり楽しそうだと思うが。ひえー、お代官様許してくだせえー、と泣き叫ぶシャチョーの声を居眠り半分に聴きながら、「反社会的PCゲームを輸入販売した罪により百叩きの上宮刑に処す」なーんちゃって判決言い渡しをするのはとても楽しそうである。 わっしは、ここ数日「とんかつの政ちゃん」 http://www.masachan.co.jp/masachan/index.html の「中入れかつ丼」を食べそこなったたまま日本を離れてしまったことを深い憂愁の気持ちとともに思い出すことが多いので、「日本に戻りたいなあ、と思ったりしませんか?食べ物とか」と訊いてみるが、「それはときどき思いますが、自分の人生と引き替えにするわけにはいきませんから」というきっぱりしたお答えである。 話の途中では「外国人であるあなたにいうことではありませんが、日本はもうダメになった国ですから」と、オーストラリア首相のラッドのようなことを言う。 ラッドと違って中国政府から金をもらっているわけではないので、多分、自分の考えなのでしょう。 いろいろ話してみると、このひとが決して「日本なんてダサイじゃん外国のほうがクールだべ」という軽薄な青年ではなくて、自分の人生を最大限に生きるためにはどうすれば良いか一生懸命に考えて日本を見捨てることにしたのがわかって、わっしはますますショックでした。 「ガメさんもご自分の眼で、あの危機感の無さをご覧になったはずです」 「国民が真剣に危機と向き合えない国に将来があるとお考えですか?」 言うことがいちいちもっともである。 あまつさえ、「ガメさんは日本に多少の文化が残っているからといって日本への見方が甘すぎるのではないですか。ガメさんの日本人の友達はエリートばかりだから、日本の社会の救いようのない現実が見えていないんだと思います」 とゆわれてしもうた。 いえいえ、あなたの知らないところでは何の問題にあっても専門家(少なくとも態度だけは)の2ちゃんねる族及びその亜種のみなさんに「日本人ほど頭がよくないガイジンのあなたにも、こーゆー日本の優れたところが、わかりますか」とか年中言われてんすけど。 自分が多少でも興味をもったことがある国の、しかもその社会では優秀であると思しきひとにこんな話を聞かされるのはなにがなし悲しい感じがするものです。 わっしはミュンヘンの空港で会った日本人青年の話 http://moa2008.wordpress.com/2008/03/22/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E3%81%B2%E3%81%A8/ をしてみたりしたが、曖昧な笑い、という反応が得られただけであった。 わっしのいる場所から眺めていると、一方には、高級役人や財界人のような日本の指導的な地位にいるひとたちが生活のベースを外国に移していたり「将来を考えて」息子さんや娘さんたちを外国に学ばせ就職させる動きをどんどん加速させている、という現実があります。 理屈にもなにもなってませんが、わっしは「これでは日本がかわいそうだ」という考えにもならぬ考えをもつことがあります。 国家としての日本なんかではない。異種文化の容れ物としての日本、と言えばいいのでしょうか、ここまで確かに存在してきた異文化集団としての「日本」も、もう終わりなのだろうか、と考えて、寂しい気持ちになってしまうのです。 動画はCuando Nadie me ve 洗濯物みたいなシーツに貼っつけてある紙の 「Regresa」「Te … Continue reading

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