どら息子たち

オサマ・ビン・ラディンとブッシュ大統領には似ているところがたくさんある。

神の戦士のように振る舞いたがるオサマと、ひとりでいるときの表情があまりにマヌケ風なのでブッシュ嫌いのレイトナイトショーのデイヴィッド・レターマン(David Letterman)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%AC%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3

に執拗にからかわれるブッシュとでは見た目は全然異なるが、実は、このふたつの家は、「石油」という共通のキーワードを通じて付き合いが深い家である。

ブッシュの父親はあちこちの石油会社の顧問に就任していて、息子の代わりに息子の政策によって産み出された利益を回収する役割だが、この父親 (ジョージ・H・W・ブッシュ)はオサマ・ビン・ラディンの父親と同じ投資会社の役員会を構成していたはずである。このふたつの家の結びつきの強さは有名であって、ジョージ・W・ブッシュ自身、オサマ・ビン・ラディンの兄と共同で石油会社を経営していたことがある。

金持ちのどら息子、というのは共通点がある。

わっしは本人がそのものずばり銀匙バカガキなので満腔の自信をもって言うが、「現実に対する感覚が稀薄」なんです。「絵に描いた餅」とカビが表に生える餅の区別がついておらぬ。

「貴人に情なし」とも言うな。

「えっ? 一階にあんだけTNTぶちこんだトラックつっこませても、あのビル倒れねえの?参ったなあ。ふんじゃ飛行機突っ込ませたら、どうだ」とオソロシイことを平然と計画する。そのビルの中で死んでゆくひとびとや残される者の悲しみや苦しみ、2007年にわしが通りかかったときですらまだ行方不明者の写真がたくさん貼られた金網にとりすがって泣いていた40歳くらいの男の人の体の内側で渦巻いている感情、というようなものへの想像力がゼロである。 アカマイ・テクノロジーズ

http://ja.wikipedia.org/wiki/Akamai_Technologies

を創業したダニエル・ルウィンは、このときノースタワーに突っ込んだアメリカン航空11便に乗っていて死んでしまったが、 彼のような陽気で快活な現実主義者をも、どら息子は消しゴムで消すように消してしまった。

一方の攻撃された側の国家元首であるほうのどら息子は、アフガニスタンに軍隊を派遣して仕返しをしたついでに、誰が聞いてもわけがわからん理屈をこねて、イラクを侵略した。前者の方は徹底的に報道管制をしいたので、ほんとうのところどういう戦闘があったのかちょっともわからんが後者は民間も武装者も十把一絡げに殺戮したりしているのがだいぶんばれてます。「わけがわからん」と書きましたが、「わかっている」 こともたくさん有って、イラクという土地は長い間アメリカの石油メジャーが浸透をはかってきたのに全く成果があがらず、フランス系をはじめとする欧州系に牛耳られていた原油国でした。

だからフランスは狂ったようにイラク侵攻に反対したのであります。

で、このイラクに対するブッシュの計画というのが、わっしなどにはオサマ・ビン・ラディンを思わせる。「現実」に対する想像力と感受性がまったく欠けておる。

このひとはテロリストの攻撃が起きたときから太平洋戦争のアナロジーばかり使っていた。貿易センタービルへの攻撃を「第二の真珠湾攻撃」と呼び、イラク占領を果たしたときには「われわれはこれから第二の日本占領を行うのだ。あの日本人ですら文明化できたのだからイラクでうまくいかないわけはない」と言った。

ベンキョーしても物事の本質がつかめないところは、いかにもどら息子である。

同じどらちゃんでも、ライブの小学校の授業参観で黒板に「potato」と書いた子供に、「よく出来たねえ、でも最後にeをつけて、potatoeという正しい綴りに出来たらもっと良かったねえ」 とやさしく声をかけて(もちろん正しい綴りはpotato)全米の茶の間をシーンとさせたダン・クエール(Dan Quayle)のほうが遙かにかわいげがある。

どら息子たち、がなぜ現実感を喪失しているか、というと、富と地位とによって周囲の現実から常に遮断されているからです。日本のひとは同じようなことを同じく現実から遮断された一生を送った幼年学校出身者が支配していた参謀本部の「現実感をまったく喪失した作戦」によって犬死させられたことから学んでいる。

(15年戦争中の日本陸軍の名将、とされている今村均、栗林忠道、本間雅晴といったひとたちが皆この学年だけ一般中学からの合格者だけで選抜された陸軍士官学校十九期の出身であることを、わっしはいつも興味深いことだと思っています)

わっしが結婚して自分の手で自らの身を卍固めするまで女の子たちと毎夜毎夜いちゃいちゃしておったのは、現実感を無理矢理植え付けてやろうという先祖の霊の配慮であった、ということがしみじみわかります。(冗談だと思ったら西洋の女の子と付き合ってみるがよい。現実の女の子というものが涼宮ハルヒ的世界とはいかに異なるかこれでもかこれでもかというくらいわかるから。要求がきびしんだから。つらいどぉー)

むかしは、三代目に至って唐様を書くくらいで無害であったが、現代では二代目がもう冷血殺人鬼と化す。

わっしは、さっきまで日高長太郎、福原路草・信三兄弟といったわっしが愛する戦前の日本の写真家の写真を飽かずに眺めておった。今回日本で買い求めたわっしの宝物の一部です。日高長太郎は愛知知多郡の大金持ちのどら息子であって福原兄弟は言わずとしれた「資生堂」の唐様兄弟です。

同じどら息子でもゲージツカを志したほうは、そうそう捨てたものでもない。

どら息子には権力や富よりも出来の良いカメラかなにかを渡しておくほうが世の中のためのようであります。

画像は、わっしが「世界で最も好きな国」であってとうとうパスポートまで取得するに至ったニュージーランドの西海岸。

これでカラー写真なのであって、西海岸というところはそーゆーところなんです。

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