Daily Archives: September 21, 2008

第三革命

メキシコ・シティでもニューヨークでもバルセロナでもフロレンスでも、ゲバラの肖像をあちこちで見た。ゲバラはここ数年「静かだけれども確実に成長しているブーム」になっているように見える。 こんなふうに言うと、「えっ?ゲバラなんて、もう古いよ」という通りでたむろする高校生の声が聞こえそうだし、「ゲバラが「ブーム」って、そんなケーハクな」と言って共産主義者は卒倒するであろう。 でも、わっしはどちらの見方も当たっていない、と思います。 わしはオオマジメに、ちゃらちゃらしまくったユニオンスクエアのジーンズ屋の店先や、 テポツラン http://d.hatena.ne.jp/gameover1001/20080117/p1 の土産物屋の店頭のTシャツ、バルセロナのちびたちのシャツの背中や、フロレンスの鞄屋のおっちゃんの胸で、少し遠くを見ているゲバラの肖像は、ひとびとの「ある願い」を表している、と考えるからです。 レディ・サルサ、といういまでも世界中で興行をぶって歩いているキューバ人の一座がある。わしも、これがクライストチャーチに来たときに行ったことがあります。 「サルサ」なんていうものがクライストチャーチのようなもともと「真っ白、どアングロサクソン」な町にくるのは珍しい。 わしは、かーちゃんに連れられて出かけたのでした。 ガキだったせいもあるかもしれないが、結構、楽しかった。 市民ホールいっぱいのクライストチャーチの町の衆も、大喜びでした。 終盤、一瞬、ステージが暗くなると、ステージ後ろの巨大スクリーンいっぱいに チェ・ゲバラ、 エルネスト・ラファエル・ゲバラ・デ・ラ・セルナ ((Ernesto Rafael Guevara de la Serna)の顔が映し出された。 レディ・サルサが、ひとりでステージの前に出て、こんなふうにゆった。 「わたしは小さな時から、エンターテイナーになりたかった。わたしが「エンターテイナーになって、世界のひとを楽しませるの」と言うと、白人の「旦那方」が、みな笑った。 「おじょうちゃん、それは無理なんだよ。鏡を見てご覧、おまえの肌は褐色ではないか」 。みながそう言って、わたしに諦めさせようとした」 「ある日、町にゲバラがやってきた。わたしは、「チェ、わたしはエンターテイナーになりたい、褐色の人間はどうしてエンターテイナーになれないの?」と聞くと、ゲバラはわたしを抱き上げて、「もちろん、なれるさ。人間は、肌の色とは関係なく、誰でもなりたいものになれるんだよ」と言った」 レディ・サルサの話が終わった後の沈黙は、複雑なものだったのがガキのわしですら、わかった。ひねガキのわしは、「これって北朝鮮楽舞団みたいなものなのか?」 とか「レディ・サルサって、いったいいくつだ?」とか一瞬考えてしもうた。 なんで、こんなところで政治宣伝が出てくるんだ、と考えて不愉快になったひとも多かったでしょう。 かーちゃんが、どう思ったかは、訊かなかったので、知らん。 長じて(長じたのではなくて、ただ物理的にでかくなっただけだとも言われているが)、 あちこちに旅行するようになると、わしは世界中のあちこちでゲバラの肖像が掲げられているのに気付くようになった。 2004年にロバート・レッドフォードたちが制作した「モーターサイクル・ダイアリーズ」(Diarios de motocicleta)は、わしも見た。 ゲバラの伝記を読むと、この旅行がゲバラに与えた影響の大きさが読み取れる。 バカ白人たちに汽車の一等客室から文字通り放り出されて有色人種に生まれたことの悔しさに泣いたガンジーの事件と同じくらい、エルネストは南米のひとびとの生活の現実を見てショックを受ける。 ゲバラは資本主義が産み出した貧困と搾取に対して立ち上がるが、拠って立つ理論である共産主義に内在する欠陥や、人間性というものの卑しさに包囲されて、ほとんど何事もなざずに犬死にしてしまう。ゲバラの厳格すぎた態度がひとびとの反感を買い続けた、とも言う。 家庭を顧みない父親であって、妻に家庭のことはすべて押しつける夫としても最低の人間であった。 しかし、それでもゲバラの記憶はひとびとのなかで次第に大きくなってくるのであって、その緩慢だが大きな動きは決して止まらないように見えます。 … Continue reading

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