第三革命

メキシコ・シティでもニューヨークでもバルセロナでもフロレンスでも、ゲバラの肖像をあちこちで見た。ゲバラはここ数年「静かだけれども確実に成長しているブーム」になっているように見える。

こんなふうに言うと、「えっ?ゲバラなんて、もう古いよ」という通りでたむろする高校生の声が聞こえそうだし、「ゲバラが「ブーム」って、そんなケーハクな」と言って共産主義者は卒倒するであろう。

でも、わっしはどちらの見方も当たっていない、と思います。

わしはオオマジメに、ちゃらちゃらしまくったユニオンスクエアのジーンズ屋の店先や、

テポツラン

http://d.hatena.ne.jp/gameover1001/20080117/p1

の土産物屋の店頭のTシャツ、バルセロナのちびたちのシャツの背中や、フロレンスの鞄屋のおっちゃんの胸で、少し遠くを見ているゲバラの肖像は、ひとびとの「ある願い」を表している、と考えるからです。

レディ・サルサ、といういまでも世界中で興行をぶって歩いているキューバ人の一座がある。わしも、これがクライストチャーチに来たときに行ったことがあります。

「サルサ」なんていうものがクライストチャーチのようなもともと「真っ白、どアングロサクソン」な町にくるのは珍しい。

わしは、かーちゃんに連れられて出かけたのでした。

ガキだったせいもあるかもしれないが、結構、楽しかった。

市民ホールいっぱいのクライストチャーチの町の衆も、大喜びでした。

終盤、一瞬、ステージが暗くなると、ステージ後ろの巨大スクリーンいっぱいに

チェ・ゲバラ、 エルネスト・ラファエル・ゲバラ・デ・ラ・セルナ ((Ernesto Rafael Guevara de la Serna)の顔が映し出された。

レディ・サルサが、ひとりでステージの前に出て、こんなふうにゆった。

「わたしは小さな時から、エンターテイナーになりたかった。わたしが「エンターテイナーになって、世界のひとを楽しませるの」と言うと、白人の「旦那方」が、みな笑った。

「おじょうちゃん、それは無理なんだよ。鏡を見てご覧、おまえの肌は褐色ではないか」 。みながそう言って、わたしに諦めさせようとした」

「ある日、町にゲバラがやってきた。わたしは、「チェ、わたしはエンターテイナーになりたい、褐色の人間はどうしてエンターテイナーになれないの?」と聞くと、ゲバラはわたしを抱き上げて、「もちろん、なれるさ。人間は、肌の色とは関係なく、誰でもなりたいものになれるんだよ」と言った」

レディ・サルサの話が終わった後の沈黙は、複雑なものだったのがガキのわしですら、わかった。ひねガキのわしは、「これって北朝鮮楽舞団みたいなものなのか?」 とか「レディ・サルサって、いったいいくつだ?」とか一瞬考えてしもうた。

なんで、こんなところで政治宣伝が出てくるんだ、と考えて不愉快になったひとも多かったでしょう。

かーちゃんが、どう思ったかは、訊かなかったので、知らん。

長じて(長じたのではなくて、ただ物理的にでかくなっただけだとも言われているが)、 あちこちに旅行するようになると、わしは世界中のあちこちでゲバラの肖像が掲げられているのに気付くようになった。

2004年にロバート・レッドフォードたちが制作した「モーターサイクル・ダイアリーズ」(Diarios de motocicleta)は、わしも見た。

ゲバラの伝記を読むと、この旅行がゲバラに与えた影響の大きさが読み取れる。

バカ白人たちに汽車の一等客室から文字通り放り出されて有色人種に生まれたことの悔しさに泣いたガンジーの事件と同じくらい、エルネストは南米のひとびとの生活の現実を見てショックを受ける。

ゲバラは資本主義が産み出した貧困と搾取に対して立ち上がるが、拠って立つ理論である共産主義に内在する欠陥や、人間性というものの卑しさに包囲されて、ほとんど何事もなざずに犬死にしてしまう。ゲバラの厳格すぎた態度がひとびとの反感を買い続けた、とも言う。

家庭を顧みない父親であって、妻に家庭のことはすべて押しつける夫としても最低の人間であった。

しかし、それでもゲバラの記憶はひとびとのなかで次第に大きくなってくるのであって、その緩慢だが大きな動きは決して止まらないように見えます。

わし自身、ゲバラというひとを「影」であるよりは「光」であると感じる。

世界はタガが外れた資本主義のせいで滅茶苦茶になりつつあるように見えることがあります。「弱肉強食」 と言いますが、ほんとうにただそれだけの世界になりつつある。

日本は手厚い社会保障制度や伝統的に格差が小さな賃金差によって非常に特殊な経済を形作って来ましたが、それがもう維持できないのは正気のひとなら考えるだけで明らかである。

共産主義は、たぶん、20世紀を支配した最大の政治幻想として思い起こされることになるでしょうが、しかし、この幻想にはよいところもあった。

資本主義が長い間現在のような剥き出しの凶暴さを表すことが出来なかったのは、一方の極に「共産主義」 という資本主義と対決する階級闘争思想があったからです。

ニューヨークの屋台でプリッツェルを売るおっちゃんの胸で見つめ返してくるゲバラの眼は、貧乏でよいこともなく未来に開く扉もないにーちゃんやおっちゃんたちの眼なのだと、わしは思う。共産主義が欲しいのではもちろんない。

「あの野放しの資本主義を、どうにかしてくれ」 という悲鳴に似た意思表示なのだと思います。

それは何もニューヨークのひとだけの願いではない。

西洋かぶれのバカ日本人学者たちは認めないが、日本には「明治維新」「終戦革命」というふたつの輝かしい革命達成の歴史がある。

日本人が再び西洋の人間では思いつきようがない独自な様式の革命を発明して、いまの遅れを一挙に取り戻す「第三革命」を起こすのではないか、と期待する外国人は、わしだけではないと思います。

もともとここ(9月21日)にあった自分のブログ記事を読んでうんざりしてしまった。

はたして「コンプレイントを置く」というのが日本語であるか?

やっぱり一定の種類のことを考えると頭が英語であって、バカみたいな日本語を書く。

あまりに見苦しいので例によって記事全体を削除します。

日本語の練習帳なのだから見苦しい日本語は消しゴムでごしごしと消さねばならむ。

今回はsleepyheadさんのコメントがついていたので、これも消えてしまう。

それではヒドイのでコメントだけ復活させておきます。

sleepyhead

『本筋とは関係ないですが・・・

>コンプレイント

「苦情」あるいは「クレーム」でよろしいのではないのかと。

日本語で使われている「クレーム(claim)」は本来意味は違いますが、和製英語として「苦情」となってます。』

以下、わしの返信

sleepyheadさん、

「苦情」っすかね、やっぱり。正式に「コンプレイント」 すると警察が捜査することになったりするし、民事係争に絞るともろに「告訴」が訳語になります。ほんだもんでテキトーな訳語がないのお、と思ったのですが、 「苦情」かなあ。頭がいっかい英語のほうにいっちゃうと頭の中で「訳す」ことになるので、ただでさえ変な日本語がどんどんヘンになる。

はじめっから日本語で考えられないから、こうなる。真因はわしのバカ頭にあるわけです。

がんばるどー。

sleepyheadさん、さんきゅ。

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