Monthly Archives: September 2008

ヒーロー

ハリウッドの映画を見ているとなんとなく落ち着かないのは、平凡と思えた自分が実は「ヒーロー」であった、というお話が多いことであって、アメリカ人と異なって「ど現実主義」の文化で育ったわしは、「そんなわけあるか、アホ」とすぐ考えてしまう。 そう、わしらは根性が悪いのです。 こーゆー映画ばかり観ていると終いには「自分と言えど必ず特別な何ものかである」と思い込んでしまうひとが続々と出来てしまうのではないか。 現実の世の中では「自分が特別ななにものかである」なんということは、保証しても良いが、まず起こらない。ただのヘーボンなひとです。 ずっとヘーボンなのであって、ヘーボンな赤ん坊として生まれてヘーボンなガキとして育ってヘーボンな若い衆になってヘーボンに死ぬのす。 ぼけっとしてヘーボンな人生を送れるわけではなくて、われわれはヘーボンに暮らして死ぬために必死で頑張る。 皆の衆、それがジンセイというものである。 なんちて。 わしは賢いガキであったので、そういう人間の一生における厳然たる事実を早くから学習しておった。 たとえばわしは6歳くらいの頃は主観的にはニンジャであって、かーちゃんが日本土産で買ったオリエンタルバザール(ハラジュクにある日本風ぱちもん屋さんの名前だす)だったかで買ってきてくれた「ニンジャセット」に身を固めて近所を闊歩しておったりした。横走りもしたな。 特別な存在になったので、用水をジャンプで飛び越えようとしたら、対岸に届かずにこけて、もう少しで溺れて死ぬところであった。 おまけに、その後、二週間ばかし「あのアホなかっこで歩いていた変な子」とゆわれた。あるいはあるときはマハラジャの魔法使いであって、主観的には念力で風を起こすことも出来た。煙に向かって念じると、右に曲がれと念じれば左、左と念じれば右、と正義のマハラジャの魔法使いに対抗する悪い魔法使いに支配された煙の悪意に翻弄されたりしたのである。 世界が自分の思うままにはならぬ、ということをここにおいて、わしは初めて学習した。 人間は特別な存在であったりしない。そんなことは、金輪際おこらない、というのはわしの文化圏の人間の必須教養の「その一」です。 その正念が人生を楽にするのす。 「自分がなにものかでなければならぬ」という人生観は辛い。 たとえば日本のひともよく「自分にあった仕事を探さねば」と言いますが、要するにそれも「自分が特別でなければならぬ」という強迫観念から来ているのだと思う。 仕事などというものはみなで山車を押しているようなもので、社会という山車を動かすためにひとがいなくて空いているところに駈けていって、肩をあて痛みに耐えて、ぐっと力をこめて皆と一緒に押すというだけのものである、とわしは思います。 「自分にあった仕事」 なんて、あるとは思えぬ。 ハリウッド映画を観て、「そうか自分もなんらかの意味でのヒーローにならねば」と考えることは、人間を不幸にしかしないようにわしは考えます。 いーじゃん、適当で。 十人並でいっこうに構わん。 なにものか、なんて、そんなビッグX http://jp.youtube.com/watch?v=-sn0dT7KfQ4 みたいなものになって、どーする。 というわけで、わっしは今日も平凡めざして労働するのだ。 と言っても例によって根性なしのわしの労働時間って、二時間だけだけど。

Posted in Uncategorized | 3 Comments

外国語

シャチョーとスカイプで話すと、「どうやったら英語が上手になるか」ということを言葉を変え表現を変えて一度は訊かれる。 第52代横綱北富士はコカコーラを絶対に飲まなかった。 なぜか。 「体に悪いから」、ぷー、外れっす。 正解は名前が「ペプシ」だからです。 なんちて。 中国語では「北富士」はペプシ、と読む。 わしは、言葉をおぼえることからくる、こーゆーくだらないことが好きなのす。 言葉を覚えるのは、わしの暇つぶしのひとつである。むかしは好きでなかったが、日本語という言葉があまりに面白かったので、最近は、このブログを書いているように結構まめに外国語を書いたり読んだりして遊ぶ。 母国語で書いたり読んだりするより、ずっとオモロイ。 テアモー、レグレサーとかいってたほうが、アイラブユーというような間抜けな表現よりずっとかっちょいい、と思います。 わしはガキの頃からひとを笑かすのが趣味だったので、外国語でも、絶対にその国のひとを笑わす努力を怠る、ということはない。 そのひと(日本人の女のひと)と、 わしは道をあるいておった。 遠い昔、(3年前、かな?)わしが初めて日本へ住んだときのことである。 世田谷の松原、というところであった。 そのひとは、歩きながら、わしに日本の言葉をいろいろ教えてくれていたのである。 たとえば、わしのようにハンサムで賢くて気立てが良い若い人間のことを「好青年」ということなどは、わしはこのとき教わった。 わしは、あちこちいろいろなものを指さしては、「あれはなんという?」「これは、どんなふうにいう?」 とうるさく訊いておった。 そのうちにチャンスが来たので、わしはさりげなく傍らの家のブロックを指さして「これは?」と訊くと、彼女は「塀、でしょ」 と言う。やった! わしは、おもいきり力をこめて「へえー」 とゆった。 これが前の日に必死に考案した記念すべきわしの日本語における冗談第1号であって、ちゃんと通じるかどうか不安であったが、この女のひとは身をよじって笑い転げてくれたので、わしは大満足であった。 その後、この笑いの意味が、わしの理解とやや異なっているのがわかって失意落胆するのに2分もかからなかったけどな。 アーサー・ウエリーというかわいげのないイギリスのおっちゃんは「日本語は難しいから少しは語学が出来る人でも始めてマスターするのに一ヶ月はかかるであろう」と、自分で書いた教科書のなかでゆっておる。このひとは源氏物語を訳したひとです。 このひとは実際日本語をまともな辞書もない状態で、まったくの独力で3週間程度で完全に身につけた。 わしは始めてから一ヶ月ではふりがな付きの「伊賀の影丸」も読めなかったので、ひどい劣等感におちいった。やはり自分には外国語をおぼえる才能がない、と考えた。 もっともわしは当時は女の子を追っかけ回すのに全エネルギーの92%が使われていて、残りの5%は某科学、2.5%はボクシングとボート漕ぎ、という頃だったので、まあ、あんまりちゃんと勉強してないからな、と考えて自分を慰めた。 もっとも知り合いの中国語と日本語が堪能なおっちゃんに「3ヶ月たって完全に習得できないようなら、その言語は諦めたほうがよい」と言われたときは、もう絶対に日本語には手を触れない、と決めた。 日本語をベンキョーしだしてから、5ヶ月が経っていたのに、わしの日本語はパーペキからほど遠い状態だったからである。 外国語とはなんの関係もない人生を送っているのであるから、そういうことを気に病まなくてもよさそうなものであるが、しかし、なんとなく自分が果てしのないアホに思われて、良い気持ちではなかった。 それが上のおばちゃんも、そうであるが、えいやっと日本に実際に来てみると、親切なひとや会うとすかっとした気分になる人、可笑しいひとがいっぱいいて、そういうひとたちと日本語で話すことで、すぐに日本語を覚えてしまった。そーか、あの日本語が出来なかったときの状態を「畳の上の水練」というのであるな、とひとりごちた。 外国語はベンキョーしても、ダメである。文法もベンキョーしないようでは、もっとダメだが、やって面白くないことは、やはり続かん。 観察していると、「ひとと意思の疎通をはかりたい」と強く思わないひとはやはり外国語が上手にならないし、母国語の能力も劣る。 このブログのコメント欄にも、ときどきそういうひとが来てゲンナリするが他人と話すという目的が「自分をエライと思いたい」「相手に自分がエライと判らせたい」 であるという悲しいひともこの世界に存在するのであって、それが小さな見栄である場合は、かえって楽しいが、たとえば昨日やってきた 匍匐葡萄 (198.65.122.125) … Continue reading

Posted in 言語と習慣 | Leave a comment

風渉人

このブログのコメント欄にときどき「windwalker」さん、というひとが来る。 いまごろは自分のコメントが不用意に削除されたので、トンガリ人間windwalkerらしく、ぶーたれているに違いない。削除は、(あとで書くけど)事故なんだけどね。 このひとが初めに書き込みをしたときのことをわっしはまだおぼえている。 ものの2分もしないうちに「windwalkerというひとは韓国人に対する民族差別主義者だということを知っていますか。是非すぐ削除すべきだと思う」「こんなひとを放っておいたらたいへんだと思う。このひとはとんでもないひとです」大略そーゆー趣旨のメールがふたつ瞬く間に来たのでした。 そーか、そんなにひでえやつなのか、とわっしは考えました。 わしのブログは実はmoa2008のほうに行くと、自分のメールアカウントを教えることが出来るので、ブログを通したお友達の中でもコメントを露出したくない人はメールを書いてくることがあるのです。 「enjoykorea」という韓国政府運営観光サイトみたいな名前のところに行くと、いかにwindwalkerというひとが悪質な人間であるかわかるそうだが、めんどくさがりのわしは、そのサイトに行ってみたことがない。 でも、まあ、ふんじゃ、windwalkerさんのコメントは削除すんべな、と思って読んでみると、豈図らんや、書いてあることがまともなのです。 精確に言うと、書いてあることはマトモでは全然ない。 でも、書いてあることの骨格がまともである。 「自分の頭でものを考える」という珍しいことが出来るひとなのでした。 どうも、考える内容がろくでもないことばかりだが。 windwalker 『なるほど、俺の定義だと「社会と葛藤を起こさざるを得なかった思想の持ち主」は『変な人』ということになりますな。単なる変人か、偉大なる変人かはさておいて。 頭の出来ではなく、意思のありようの違いをもって天才と表現するのは、どうもしっくりこないな。 なにより、あなたの定義では俺は天才ということになってしまう。 ただこれは先の文章で「天才以上の天才になれる」と表現した部分と重なるところでもあるので、部分的には認識が重なってはいるようだなあ。』 「なにより、あなたの定義では俺は天才ということになってしまう。」 とかというような発言を読むと普通のひとは吹き出してしまうが、わしは、windwalkerさんというひとと、たとえば2ちゃんねるからこのコメント欄にやってくる根っからマヌケなひとびととは、ここにおいて、違いが明らかだと思います。 このひとは「自分が天才である」と言おうとしているのではなくて、あなたの論法をあてはめてみると、自分は天才である、ということになるが、それはおかしくはないか、と心から思ってるんすな。 ただ論理的な帰結を述べようとしている。 変なひとです。 100円ショップの材料だけで世紀の料理をつくろうとしているシェフと言えばよいか。 windwalkerさんの発言を眺めていると、前にも書いたが、まるでボンタンをはいて額に剃り込みをいれたにーちゃんが門前に立っているようであるが、そーゆーわけで、このひとはまともなひとです。到底そーは見えないが、わっしが保証する。 それが息苦しい、と思う人は、おもいきってボンタン小僧windwalkerを無視するとよいと思います。 だから、怖がらないでコメント欄に書いてくださいね、と書いていたら、偶然にも、いま、その当の本人からコメントが付いたな。 ラビ・バトラって、誰でしょう?

Posted in Uncategorized | Leave a comment

新金本位制

The Wall Street JournalやFinancial Timesの論調は今日になるとだいぶん変わってきてしまっている。不必要な動揺を引き起こさないように暗黙のうちに使わないことになっていた「世界大恐慌」という言葉を使い出しています。「もう誰が見ても明らかなのだから」 ということなのでしょうか。 その頃は日本に関心がなかったので、日付まではちゃんとおぼえていないが多分、1998年くらいのサイト上の記事を先生が引っ張り出してきたのだと思う。朝日新聞は、たった一日市場の株式価格が急降下したときに「世界大恐慌か?」という見出しを掲げて、読者の不安を煽ったことがある。 なぜ、そんなことを知っているのかというと、 わしは、これを他のガキどもと一緒に自分の高校の先生から「腐敗したジャーナリズムの典型」として教わった。先生の奥さん(日本人)が英訳したとおぼしき記事の内容を見ると、なんの取材も現実の裏付けもなしにただその記者が株式の下げ幅にぶっくらこいて「これって世界恐慌なんじゃねえの?」と思った、というだけの記事で、 わしらのガキ頭よりもお粗末な記者の頭が創作した記事に「日本って、おもろい国だな」と考えたのをおぼえています。 朝日新聞社だけで言っても、調べていないから判らないが、いったい「鬼畜米英を膺懲せよ」「開戦をためらう政府の弱腰を叱る」でぶいぶい言わせた責任は、自分たちが煽りまくった戦争の結果国土を焦土と化させたことの責任は誰がどう取ったのだろう? それとも戦後の「一億総懺悔」キャンペーンで、読者に責任をまるごとおっかぶせて終わりなのか? この「恐慌記事」にしてもイギリスやニュージーランドなら、こんな与太記事を書くと、悪くすると刑務所行きである。 どんなに運がよくてもクビだけは間違いない。 オーストラリアならダイジョビかも知れないが。 The Wall Street Journalが速報リリースしたビデオを観ると、AIGの危機に際して、 「持ち株会社である「ウォールストリートのAIG」が仮に破産してもサブサイダリである個々の保険会社は業務上の影響を受けないこと、最悪の事態が生じてサブサイダリ自体が倒産しても、個々の保険ポリシイ(日本語がわからん)は連邦法によって守られていること」のふたつを、ネクタイが曲がったままでやつれはてた感じの記者が繰り返し述べていて、わしは「アメリカ人はまだジャーナリストとしての良心を残しているではないか」 と考えてなにがなし感心してしまった。アメリカ人は、まだジャーナリズムというものが何のためにあるのかを忘れてはいないのであって、アメリカの報道会社と言えどFOXのような芯からくさった会社だけではないことがわかる。 わしのブログをむかしから読んでいたひとは、特にコメント欄まで読んでいてくれたひとはおぼえているかも知れないが、わしは、要するにこのときのために世界を半周して観察していた。ブログに書いたように引き払うべき事務所は引き払い、撤退すべき場所から撤退した。ニューヨークでは、そのせいでMBAたちに「こんな好機を見逃すなんて、おまえは投資がわかっているのか」 と言わんばかりの態度をとられて、あったまに来て相手と決裂した日のことも書いた。 脳みそのくさったケーハク秀才のチャールズ川くさいMBAどもよりはわしの判断のほうが正しいのはあたりまえだが、いざ現実が姿を立ち表すとなんだかSFが現実化しているところに立ち会っているような不思議な気がしなくもない。 いま起きていることの最も根源的な原因は、実体経済に対して(金融革新の需要に応じて)増大した通貨の量にある。通貨の行き場所がなくなってしまっているのです。 たとえばケイマンに座り込んだファンド由来の通貨は、どこにゆくところがあったろうか?と考えると、プロパティアセットは天井に頭をつかえていたのはリターンを見れば明らかなのも良いところであった。住居用のプロパティなどは1%を切るようなバカバカしいものまで大手をふって流通していたのであって、わしには正気の沙汰とは思えなかった。 商品市場は、(あたりまえだが)この余剰資金の容れ物としては小さすぎた。 ほんのちょっと金をつぎ込んでみただけで跳ね上がった原油の暴騰を見よ。 実体経済から見るとせいぜい1バレル60ドルいけば良いほうの原油価格が130ドルまでとびあがってしまう。 この三日続けて経済の話というオソロシイ退屈な話を続けたのでもうやめるが、あいだを端折って言うが、こーゆー経過のはてにたどりついた現在の経済の局面はわしにはたいへんに興味がある。 誰に頼まれたわけでもないのに「金本位制」に戻りつつある。 「食料が暴騰した」「鉄があがってーへんだ」「貴金属がバクハツだ」というが、少しでも数学の心得があるひとは、金を基準にとってインデクスを計算してみるとよい。 ほら、おもしろいでしょ? なにもあがっていないのである。 「ドルを基軸通貨と定めた通貨の価値」が暴落しただけのことです。 えっ、じゃあ?と思ったあなたの考えはたいへん正しい。 モニといちゃいちゃもんもんする時間をやや削ってまで立ち働いていた「わしの仕事」とは、それを実行することだったのす。 市場の動きは1929年に較べると、核になるインデクスに眼を向けるとちょうど1929年に1週間で起きたことが25週間かけて起きている。現代人の英知をつくした「恐慌防止システム」も破滅の速度を25分の1に遅くできるに過ぎない、ということになるのでしょうか。 わしは、そんなことはない、と信じたいが。 現に申し合わせたように「見えない金本位制とでもいうべきものに世界は回帰しつつある。 … Continue reading

Posted in MoneyHoney | Leave a comment

淘汰

リーマン破綻を端緒に口を開けた地獄釜のことは、わしの頭のなかでは一段落がついた。事務所から送ってきた資料の破壊的な数字を眺めながらニューヨークのこと、最後にニューヨークにいたときにニューヨークで出会ったひとたちのことを思い出してしまいました。 今回は一ヶ月しかいなかったが、やっぱりニューヨークはわしは大好きである、と思います。 http://d.hatena.ne.jp/gameover1001/20080128/p1 http://d.hatena.ne.jp/gameover1001/20080129/p1 http://d.hatena.ne.jp/gameover1001/20080131/p1 考えてみれば今回がひとりでいたニューヨークの最後にもなったのだ。 http://d.hatena.ne.jp/gameover1001/20080213/p1 わしの人生でもっとも早い記憶のひとつはニューヨークでのものである。 わしはかーちゃんに連れられてボストンへ行った。その頃かーちゃんは、ボストンに行く用事がよくあったので、わしを連れていくことがあったのだと思います。 それからワシントンDCに行った。 レストランのアフリカンアメリカンのねーちゃんたちに、やたら可愛がられて、ほっぺにぶっちゅうー、とでかいキスをしてもらったことしかおぼえておらぬ。 そこからニューヨークに行ったのであって、わしは4歳か5歳かそのくらいであったと思います。くそ暑い夏であって、空港からのリムジンから降りると生ゴミの臭いが、ぷーんとしたのを憶えておる。 ずっと後で、かーちゃんが「まあ、なんて良い曲でしょう」といって聴いていたその年に新発売のCDが「トレイシー・チャップマン」(Tracy Chapman)のデビューアルバムであったことを知った。 ラジオが盛んに「華氏100度を越えた」と言っていたのも、おぼえてます。 わしは、その夏、2ヶ月をニューヨークで過ごしたのだそーである。(おぼえとらん) かーちゃんは、むかし自分の家で働いていたアフリカンアメリカンのばーちゃんを見舞いに行って2ヶ月ニューヨークにいたのだ。 かーちゃんに手をつながれてハーレムに近い、そのばーちゃんの家に行くと、近所にはベンチに腰掛けたアフリカンアメリカンのじーさんたちがいっぱいいて、若いねーちゃんが通りかかると卑猥な言葉でからかうのであった。 当時のあのあたりはなかなかものすごいところで、ひどい話だが「防弾装備のリムジンでゆくハーレムサファリツアー」なんてのがあったくらい。 ある夕暮れ、かーちゃんがアフリカンアメリカンのばーちゃんのベッドの傍らで話し込んでいるので、わしはこっそり降りた病院の踊り場から通りの向こうを見ておった。 いま考えてみると、その通りの向かいに見えているビルはまるごと売春宿であって、冷房なんかあるわけがないそのビルでは、丁度、小学生が蟻の生活を観察するためにつくる蟻の巣箱のような具合に売春婦たちがショーバイしているひとつひとつの部屋がまる見えなのです。暑い夏だったせいで、カーテンもかけてない。 裸のねーちゃんたちの上で、でかいケツをむきだしにしたおっさんたちがあばれておる。 わしは一瞬警察に電話しねーと、とパニクったが、その何十と並んだ部屋でいっせいに同じことが起こっているという事態の異常性から何事かを悟ったのだと思う、誰にもなにも言わないでおくことにしたのでした。 こういうと笑われるかもしれないが、その光景はわしにとっては常軌を逸したショックであって、その後、何年も夢にうなされることになった。 それがわしのニューヨークとの出会いであった。 わしは、アメリカ合衆国という国があまり好きではない。 こーゆーふうに言っても日本の人は「人種意識」が強すぎて信じられないのは知っているが、国としてはアメリカよりも日本のほうが遙かに好きである、と思う。 でもニューヨークだけは嫌いであったことがない。 Booze it !で書いたように夜中がいちばん好きだが、朝のセントラルパークも、昼間のチェルシーやヴィレッジも、休日のグラマシも、みーんな好きである。 なによりも人間が素晴らしい。 感度がよくて、あっというまに素晴らしい反応がかえってくる。 みな人間というものがひとりではいられないものだということを当たり前に、しかも切実に思っていて、差しのばした手を躊躇せずに直ぐに握り返す。 そーゆー街は、この広い世界にニューヨークがあるだけである、と思う。 こーゆー経済状況になってゆくと、仮にこういう方向に物事がそのまま続くと、 http://d.hatena.ne.jp/gameover1001/20080208/p1 のウエイターのKさんのような「不法アジア移民」は真っ先に「掃除」されてしまう。 わしのマンハッタンの店にいる友達の半分はいなくなってしまうでしょう。 あの中国人の女の子と日本人の男の子のカップルはどうなっただろう。 … Continue reading

Posted in Uncategorized | Leave a comment

Lasciate ogne speranza, voi ch’intrate’ その2

ほんとうに地獄の大釜が開いてしまった。 それも中途半端な開き方ではなくて、大々的です。 前に書いた頃は、 http://d.hatena.ne.jp/gameover1001/20080811/1218804934 それでも、もうちっと余裕があるかと思ったが、「余裕」というようなものは全然ないようで、 デリバティブからなにから市場にあるものは、今日の新聞でGlenn Schorが言っているように “a one-way market where there are only sellers, and no buyers.”になってしまっている。 それでもアメリカ人は危機に直面して敏速に対応することには相変わらず長けていて、その対策の立て方の速さは驚異的である。 なんとか日曜日である今日のうちに一応のピリオドがあるところまでもっていきたいのでしょう。 そうすれば市場への影響が最小ですむ。 詳しいことは新聞やなんかにも続々出てくることでしょうから、わしなどが説明してもしょーがないが、この機敏さを見ていると、のんきなことをいうようですが、立ち直りもわしの予想より早そうである。 (もっともメディアはどんな感じで扱っとるのかなあ、と思ってThe Wall STREET JOUNAL___Crisis on Wall Street as Lehman Totters,Merrill Is Sold, AIG Seeks to Raise Cash、そんでもって、Financial Times___Wall … Continue reading

Posted in MoneyHoney | 1 Comment

El Corazon

「おぎんとこぎんという姉妹がいた」 「おぎんが姉でこぎんが妹。継母はこの姉妹が嫌いでことあるごとに辛くあたった」 おぎん、こぎん、という名前がそもそもエキゾチックであって、モニは息もつかない感じで眼をまるくして聞いています。 な、なんて綺麗な瞳でしょう。 暖かい緑色で、それ自体生き物のようで、すいこまれてしまいそうである。 け、けっこんして、えがった。 オホン。 でも話を途中ではしょって肉体的欲望に負けて、いちゃいちゃするわけにはいかむ。 国際結婚というのは途方もなく離婚率が高いのだ。 お互いを熟知する努力を怠るわけにはいかないのです。 「おぎんがしくじったので継母はおぎんを橋桁にくくりつけて、そしてそのまま出かけてしまった。ところが大雨が降った。川の水かさが増えてきた」 こぎんが橋の欄干から身を乗り出して大きな声でおぎんに訊きます。 「ねえちゃん、だいじょぶ?水は、どのへんにきた?」 「腹まで」 「ねえちゃん、いま水どこまで来た?」 「乳まで」 「ねえちゃん、水、どこ?」 「アゴまで来た」 「ねえちゃん、いまは水、、どこ?」 「ねえちゃん? ねえちゃん!」 おぎんの返事は、もうなかった。 この物語は、ここで終わっておる。 モニは、怒ってます。それでは物語の体をなしておらぬ、という。 あまい。あまあーい。そーゆー考えは、連合王国人にとっては「銘菓ひよこ」の黄餡よりあまいのだ、妻よ。 麻布十番のなにわ屋の鯛焼きより甘い。 明治屋の缶詰宇治金時より、もっと甘い。 人生の現実はシブイのである。 ほんとうは全然天津産でない「天津甘栗」の渋皮よりもっとシブイ。 これは金沢版「おぎんこぎん」民話であって秋田のものとは甚だしく異なってます。 たいへんイギリス式な民話であって、わしはイギリス人のメンタリティを日本のひとに説明するときに愛用しておる。 連合王国人の先祖は金沢のひとなのではなかろうか。 わっしが生まれて初めて観た戦争映画は第二次大戦中の英国の空挺隊についてのものであった。バカなのに頭が良いとうぬぼれている参謀のせいでグライダで降下した部隊は強力な二枚のドイツ軍戦線の丁度中間に降りてしまう。 狼狽した参謀は「戻ってこい」と言い出します。 空挺部隊一大隊はなんとかして隠密裡に戻ろうとしますが、そううまくゆくわけがない。 ひとり死にふたり死にして、犬死に犬死を重ね、最後のひとりが「ダーン」撃たれて死ぬ。 はっはっは。驚くべし。この「娯楽大作」は、ここでお終い。 カタルシスがないことおびただしい。 でも現実とはかくのごときものである、友よ、というのがこの監督の立場なのすな。 連合王国人はすべからく初期設定が「おぎんこぎん」なのです。 わっしが他文化に興味をもつのは、そのせいなのではないか、と「偉大なサラディン」について一生懸命話してくれたアラブの友人を見送った後で考えました。 … Continue reading

Posted in 音楽 | Leave a comment