Monthly Archives: October 2008

霊的な世界

人間が育んできた科学の知識によれば器質的な脳がなければ意識は生じない。 だから「幽霊」というものは存在するはずがない。 その夜はものすごい霧であって、見えるものと言ったらセンターラインの部分とときどき真っ白な霧のなかにあらわれる黄色い標識だけであった。 そういう気象はカンタベリではよくあるのです。 幸いその「オープンロード」は定規で引いたようにまっすぐであって、夜中の対向車など来るわけがない時間帯でもあって、わっしはセンターラインを見ながらしばらく走った。 そうしているうちに霧も薄くなってきて、丁度町の入り口にさしかかる頃には、ようやく前が見えるようになってきた。 町にはいってしばらくしたところで、腰から下だけの足がすっとヘッドライトの光のなかを横切ります。高いヒールの赤い靴まではっきり見えた。 自動車のすぐ前を横切ったのですが、当然、車体に何かがぶつかったような衝撃は有りません。 全然、怖くはなかった。 わっしがこの幽霊を見た初めの反応は「困ったことになった」でした。 これから述べる理屈によって、いまでもわしは、この「足だけの幽霊」を幽霊であるとは認めていない。「幻覚」であると言っていますが、それを見た本人はそれが幻覚などでなかったことをよく知ってもいるのです。 実は、この前にも何度か不思議なものを見たことはあった http://d.hatena.ne.jp/gameover1001/20080531/1212273134 が、いろいろに考えて「合理的に説明する」ことも出来なくはなかったのです。 今度は、本人がいちばんよく知っている、全然無理です。 初めに書いたように、人間が科学という方法を編み出して以来、学んだことによれば、器質的な脳が存在しなければ意識というものが生じようがない。 だから、最大に譲ってこの世界になんらかの「霊的」な存在がありえたとしても、それはいままで観察されたことのないエネルギー体であって、たとえば口を利いたりするはずはない。しかも、よく考えてみると、その理屈でも幽霊がぼんやり立っていることくらいは出来るが、わしが目撃したように「生きている人間のように歩く」ことは出来ないのです。 残像、といっても、無理である。 以前からこのブログを読んでくださっているひとは、よく知っておられるように、わしは人間が言葉という普遍性のなかで暮らしているのに、当の人間自体は結局死んでしまうしかない、ということの奇妙さに強い関心がある。 http://d.hatena.ne.jp/gameover1001/20080803/1217722975 だから、モニとも、よくそういう話をします。 http://d.hatena.ne.jp/gameover1001/20080324/p1 たいてい、長野県にあるモニとわしの「山の家」か広尾のアパートのテラスに出したテーブルで夕食を食べながらする、そういう会話の中で生まれた、この物理的な意識の発生と(それが存在していると仮定したときの)霊的存在の矛盾を説明しうる理屈は、要するにたったひとつの可能性しかなくて、それは、このわれわれが住んでいる世界が、「霊的な存在」がある世界の投影であって、いわば霊的な世界のコピーである、という理屈だけなようです。われわれが死ぬことに拠ってしか、あるいは、死んですらなお関知できない次元に「霊的な世界」が存在して、それをわれわれが見知っているこの世界で展開するための装置として器質的な脳があり、その脳が展開するためのとりかかりとして言語がある。 つまり、「世界」というものの実体がここにはない場合に限って、霊的なものに意識がありうることが仮定できるのです。 幽霊が仮に存在するとすると、それはそのまま、この世界のほうが霊的な世界の模倣にしかすぎないことを示している。そうでなければ、(やってみればわかるが)どうやっても論理が構成できません。 では、なぜこの世界において霊的世界を模倣しなければならないのか? 言い方を変えて言えば、この「物質的世界」という模倣世界が必要なのか? ということを考えると、そこには化学記号を勲章のように胸に付けてお行儀よく元素記号表に並んでいる「物質」が関連する何らかのいわば「実験」が霊的な世界のがわの成立に必要だからでしょう。 そうだとすると、「死後の世界」というのは実は存在しない。 実験に訪れたこの世界こそが「あの世」なので、器質的な脳髄から生じた便宜的な意識は、実際、「死亡」によっていったん失われなければ困る訳です。 人間があらゆる文化にわたって、これほど「象徴」にこだわるのは、いったん訪れる、死に際しての「意識の洗浄」をかいくぐっても、自分がこの世界で巡りあった「かけがいのないもの」を記憶しようとするからに違いありません。 そうやって考えてゆくと、この世界に立っている人間というものが、とても切ないものに思えます。

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PARIS FOR PRESIDENT!

リリースされたばかりのパリス・ヒルトンのビデオがおかしいから絶対観てみろというメールが英語国民の友だちからいっぺんに3通も来た。 (いま見てみると、三日くらい前のリリースらしいのに、なぜ今日になって来たんだろう?) 観てみると実際可笑しいので、皆さんにもお教えします。 http://www.swaghousemedia.com/main.html (トップページの3分割のビデオショーウインドウの上のデカイやつをクリックすると始まります) こーゆーのを観ると、アメリカのひとはアメリカのひとなりに「文化」らしきものを持ち始めているのだなあ、と思います。 (アフリカ系アメリカ人は初めから強烈な文化を持っているのでもともと話が違うが) わっしはデヴィッド・ゲフェン (David Geffen) http://www009.upp.so-net.ne.jp/wcr/dgeffen.html がオバマの顧問に就いた瞬間から、オバマが民主党候補になり大統領になることを確信してました。ゲフェンは、リンクの日本のひとが言うように有名な音楽プロデューサーですが、普通のアメリカ人にとっては、それ以上に「キング・メーカー」であると思う。 以前のブログ記事でも書きましたが、夫クリントンが大統領になったのはゲフェンの力だった。だから、それを誰よりも知っていたヒラリー・クリントンはゲフェンがオバマを選んだのを知ったとき、キャンペーンの方針をよりリスクが大きいほうにふり、謂わば自滅したのだと思います。それだけゲフェンの力は大きいのです。 ジミー・カーターが大統領として失敗したのはアメリカのひとにとっては、ものすごく大きなショックだった。ジミー・カーターこそは理想的なアメリカ人であって、その善良さ賢明さ、ものにこだわらない直截簡明な率直さは、正にアメリカ人の理想だったからです。 そういうカーターのイメージは、いまも損なわれてはいない、と思う。 アメリカ人たちは、「善良な人間では大統領はダメだ」と考え始めた。 一方で、ジャクソン大統領のむかしから、アメリカ人は「賢げな人間」というものをひどく嫌います。アル・ゴアが大統領選挙の運動中、すごいスピードでタッチ・タイピングをしてみせながらコンピュータを駆使してプレゼンテーションをした瞬間、彼の運命は決まってしまった。上にむきかけていた有権者の親指がみな下を向いた。 反動で必要以上にバカな「ブッシュの不出来なせがれ」を大統領に選んでしまったのは皆さんもおぼえておられるとおりである。 デュカキスが大統領に選ばれなかった選挙から、このかた、アメリカの「エスタブリッシュメント」たちには、「まともな人間が絶対に大統領に当選しない」ことに対する猛烈なフラストレーションがあります。 そのことによって引き起こされたモラルハザードは合衆国人やまして日本のひとが考える程度を遙かに越えている。 いまの合衆国人たちの「超ミーイズム」が出現した歴史的淵源は、そこにあるとわしは考えます。金融危機を起こすに至った「国のことなんて知ったことかよ」というアメリカの現在の「ベスト・アンド・ブライテスト」の非公共人的態度は、そのことのあらわれにしかすぎず、「風が吹けば桶屋が儲かる」みたいですが、結局、それがいまの「クレジット・クランチ」を引き起こした。 いまの大統領選は、グラミー・アワードの親玉みたいなものであって、アメリカ人だけが惑溺できるシリアスな娯楽です。 それが良いことなのかどうか、わっしはアメリカ人ではなく、アメリカ人に相変わらず大した興味もないので、さっぱりわかりません。 それでも、11月の本選はアカデミー賞よりも楽しみです。 動画はパリス・ヒルトンとそのスタッフが切りひらきつつある欧州的な新しいマーケットに照応する伝統的「オバカマーケット」に君臨する王様、ジム・ケリーの有名なビデオっす。 わしはアメリカ式のお笑いを退屈だと思いますが、これは好きです。

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洗練

スペイン、と言うと「アフリカの一部ではないか」とモニの国のひとやイタリアのひとは言う。アメリカあたりのひとは、これを冗談と受け取るようですが、あれは冗談でもなんでもなくてフランスやイタリアのひとは「スペインはアフリカの欧州出張所である」と思っているのです。 わっしはスペインとスペイン語圏が大好き。 きっとスペイン語を話す人たちの文化がアングロサクソン文化の対極にあるからです。 イギリス人なら吹き出すような表現的な努力をスペイン語圏のひとたちは平気でする。 「Sexy」という感覚ひとつでも、スペイン語圏のひとたちは文字通り両足を大きく開き乳房を揺らし腰を振って誘惑します。「皮肉な気持ち」というものが、ないのだ。 そこが素晴らしいのです。 スペインのひとたちと話していると、気取った所為「西洋文明」など、なんの価値もないのではないか、と考えます。 我が友windwalkerが住んでいる下品な地平まで降りて言うと自分が十分に美しい若い女であるとして「綺麗なにーちゃんとイッパツやるために裸になって挑発してどこに不都合があるか」ということになるようです。 スペイン文化は、すごい。 アングロサクソンの世界でも18歳以前では、性もなにもナマそのものです。 男も女もさかりのついた猫みたいなものであって、金曜の夜ともなれば他のことはなんにも頭にない。 あれしか頭にないのであって、もぐりこみつむぎあい朝まで交渉しあうのであって、思い出してみても他のことはいっさい考慮しなかった。 絵に描いたような下品なひとびとであった。 性的なことと関係なくいちばんの友だちだった女の子の家に呼ばれて出かけてみると、わっしの当時の一番の親友O(わしは男子校だったが、当然女)が妙に真面目な顔で座っておって、 「二階に、あなたに用事があるひとたちがいるのよ」と言う。 で二階に上がって見ると8人の女の子たちがいて皆「処女を捨てたいから、おまえが相手をしろ」と命令される。 どひゃ。 万事が、そんなふうで、荒っぽかった。 栗の花が匂うようなセーシュンだったのであります。 しかしスペインのひとびとにとっては、それこそが人生なのだ。 成熟もへったくれも、あるけ、と主張している。 アングロサクソンどもは、そこから大学、社会と経てゆくに従って、どんどんフクザツになってゆく。Understatementと言う。 どんどんバカになってゆくのだという言い方も出来ます。 女の子のほうでも、臈長けて23くらいにもなると、契約に臨んだ実業家のような話し方で恋を語ります。 スペイン語の世界のひとは違う。 「情熱的国民性」というのは、間違ってます。ああいうものは西洋的な感覚では「情熱的」とは呼ばれない。 情熱的というよりも、もっと温度が低くても「直截さ」とでもいうべきものが、あのひとたちにはあるのだと思います。 あのひとたちは観念の工夫、というものに欠けておる。 でも「観念の工夫などがなにほどのものか」と主張しているのです。 わっしが言っていることが「意味不明」であると考えたひとは、世界中のどこでもよい、フラメンコ・バーに行ってご覧なさい。 イッパツで判るから。 そこでは眉間に縦皺を寄せた、おそろしいしかめ面をつくった美しい踊り子が、いかに「あなたを愛しているか、どれほど恋に燃えているか」を臆面もない言葉で歌っています。 「文化の洗練」などということが、いかにくだらないかを判りやすくステップしている。 スペイン語圏で新しく勃興している文化は、野球でたとえれば、160キロでぶっとんでくる重たい直球みたいなものです。 面倒臭い考えをやめて、おもいきりやってみることにしたのだ。 とても敵わない、と思うのであります。 動画は、髪を金髪にしたついでに英語で歌うことにして文化的白痴のアングロサクソンにも極めて判りやすい形で、いまや昇龍的なスペイン語圏の力を誇示することにしたシャキーラ。 笑われるでしょうが、その余りのストレートぶりにこのCDに付いてきたヴィデオを観るたびに涙が出てきてしまう。 特にオリジナルのビデオであらわれる最後の白い装束のダンスは中米と南米に共通の文化で、空港でもレストランでも観たことがあるひとが多いでしょう。すげー、かっこいいんす。わっしはシビレル。 動画はHips … Continue reading

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員数合わせの「一千万人移民計画」

帝国陸軍初年兵の大庭亀夫にとっての最大の敵は「内務班」です。 着剣が遅いといっては殴られ。返答に「です、ます」が付いたと言っては殴られ、口答えをしようものなら文字通り半殺しにされる。 兵隊さんたちが戦後残した「自分史」 を神保町で百円で買い求めると、実際、兵営の闇の中で殴り殺されて「名誉の戦死」ということにされた兵士の数が莫大なものであったことが判ります。 仕返しに後ろから飛んできた弾でこれもまた「名誉の戦死」を遂げる下士官が多かったわけである。 帝国陸軍二等兵大庭亀夫が行軍中の夜営で気がついてみると、自分の銃剣が無い。 あんな重いものを落として気付かないわけはないので、誰かに盗まれたのです。 そんなことが露見すれば大庭亀夫の上官である下士官の意地悪さから考えて、命がない。どうするか。 帝国陸軍二等兵大庭亀夫は迷わず隣の部隊から銃剣を盗んで来ます。 首尾良く盗めれば万事オーケー。 たとえ大庭亀夫の銃剣が誰かから盗んできたものであることが判っても、それを理由に大庭亀夫二等兵が殴り殺されることはない。 帝国陸軍では「盗まれたほうがマヌケ」とう不文律があるからです。 そもそも大庭亀夫二等兵の銃剣が盗まれたのも同じ理由によりますが、陸軍では「数があっていること」が何よりも大事であって、そのためには部隊単位では窃盗を奨励した。 そーゆーことを「員数(いんずう、ですが、実際の発音ではインズと言う)をつける」 と言った。 なぜ、帳面上の数に偏執的なほどこだわるのかというと、軍隊というものが官僚機構、しかもガチガチの頑迷なお役所そのものだからです。程度の問題を別にすれば日本に限らず、どこの国でも事情は同じで、たとえば軍隊の官僚的弊害が最も少ないと信ぜられている合衆国でも真珠湾攻撃のときに頭上には日本海軍機が翼を煌めかせ、爆弾が落ち、戦闘機や急降下爆撃機は機銃掃射をしているのに、弾薬庫の鍵を預かる下士官は「弾薬庫の鍵を渡すには直属上官の文書による指示書が必要だ」と頑強に主張して弾薬庫の扉を開けさせなかった。(結局、後で駆けつけた対空部隊の将校に押し問答の末殴り倒されて鍵を強奪されます) 役人に「数」の目標を与えると、その数値目標が絶対化して手段や実質はどうでもよくなってしまうのは世界中の人間の常識である、と思います。 役人にバカなことや悪質なことをさせようと思ったら、数値を与えればよい。 日本のひとは、毎年年度末になると突然あちこちで突如として工事の必要性が起こり、忽然と誰が使うのか決まってもいないコンピュータセットが納入され、あまつさえアタフタと「緊急視察 」に外国にでかける幹部の集団までいたりして、そういう機微はよく知っている。 わっしは日本に移民がくるのは日本のために、よいことだと考えます。 日本のひとの鎖国的な頑迷と偏狭への特効薬である、と思う。 現実の問題として、大半の移民はみっつの部分(八千万人の先進国部分三億二千万人の中進国部分と残りの後進国部分)から構成される中国の「後進国」部分からやってくるひとたちと韓国から来る人たち、および近い将来破綻する可能性が高い朝鮮民主主義共和国からの移民がほとんどを占めるでしょうが、もともと古代において大量の「移民」を受け入れることによって発展してきた日本の文化には、移民を受け入れやすい構造がある、と思ってます。薩摩藩の「沈」氏のような近世の例をもちだすまでもない。 一方では「移民の受け入れ」くらい難しい事業はない、ということをわっしらは身をもって経験してきた。 ニュージーランドは、当初「金を持ってくる移民」を受け入れる、という間違いを犯してしまった。金持ちの香港人や日本の退職役人たちが碌なことをしない、と判ったのはずっと後のことで、その頃には、すでに「反東アジア人」感情が社会に根付いてしまった。 その国民の「反東アジア人 感情」が結局ウインストン・ピータースのような扇動政治家の台頭を許してしまったのです。 かつては、もっとも東アジア人に対する偏見が小さい国であったものが、最近のアンケートでは高校生の半数近くがアジア人に対する強い偏見を持っている。 嫌悪している。 最近の世界的な傾向と同じく、若い人ほど東アジア人を憎悪する傾向が見られます。 残念ながら、いまのところアジア人に関してはニュージーランドの移民政策は失敗している、としか言いようがありません。 東欧とロシアでは「アジア人狩り」まである。 一方ではアメリカの大都市のように移民社会がうまく機能しているところもあります。 だいたい大雑把に見て、その国の理念に共鳴してやってきた移民はうまく社会に熔けこんで社会の側も移民歓迎に傾いてゆきますが、そうでない場合はうまくゆかない。 「労働力」として計画された移民政策がもっとも悲惨な結果を招くのは歴史的にも証明されています。だいいち、移民たち自身が屈辱と社会的な不公平に耐えられなくなって暴れだすのが通常で、連合王国でも、ヨークシャー暴動のようなものは、そうやって起きました。 わっしは子供の時から、ヨークのレースコースのある一角の夕刻の美しさが好きですが、その絵画よりも美しい場所も、怒りに満ちたパキスタンのひとたちの怒号であふれかえった。 日本の友だちと会って、インドネシアからの「看護師。介護職員1000人受け入れ計画」の実情を聞くと、彼に寄れば報道とは随分ニュアンスの異なる成り行きで、当初の「看護師200人介護職員300人」という「数値目標」がそもそも達成されなくて所轄の役人はパニクった、と言う。 誰も日本に行きたがらない、という想定外の事態だったのだそうです。 仕方がないので、条件を大幅にゆるめてかき集めて日本に送り込むことにした。 そうしないと役人のメンツが立たないからでしょう。 … Continue reading

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アメリカという名の希望

合衆国という国をわっしはもともと好きでない、ということはいままでも何度も書いた。 第一の理由はアメリカのひとたちの英語の発音、特に「R」の音が生理的にダメであって、しかし、これは「生理的」な理由であるのだから、いわば、わっしの側からの一方的な偏見ないしは差別意識というべきです。 他にもたくさん理由らしきものならある。退屈な人間が多い。狂信的である。 独善的であって好戦的である。夜郎自大で頭が悪そうである。 ならばなぜたびたび合衆国に行くのであるか。 あまつさえ、マンハッタンにアパートを持っているのであるか。 ひとりひとりのアメリカ人が好きだから、なのでしょう。 「アメリカ人」というが、実際の「アメリカ人」の多くは、このあいだまでバクダッドや上海やモスクワに住んでいたひとたちであって、スペイン語しか話さないひとたちもたくさんいる。たとえば、わっしの大好きな定食屋さんでは誰も英語を話さないので、わっしは普通にスペイン語で注文する。「オラ!」の代わりに「ハイ!」というところだけが、彼等の故国のコロンビアと違うだけである。 それほど雑多なひとが住んでいるのになぜ「アメリカ人」という概念がまだ有効であるかというと、そのひとりひとりが理解した「アメリカ合衆国」という理念の方角を向いて暮らしているからです。 二番目につくられたゴッドファーザーの冒頭にイタリアからの移民たちがニューヨークが近づいた移民船の船上で皆が甲板に出て凝っと自由の女神を見つめるところが出てきます。あのリバティ島で引きちぎった鎖と足かせを踏みつけて立っている「マリアンヌ」の像はモニの故国から合衆国への贈り物だが、あれほど「合衆国」を象徴しているものはない、と思う。 あのマリアンヌが右手にかざす自由の炎を求めて、世界中から移民がやってくるのです。 アメリカのひとの最もよいところは、ものごとに真剣であることである、と思う。 コメディエンヌのエレン(Ellen DeGeneres)が、自分のショーで同性愛者だという理由で殺された15歳の男の子の事件を取り上げて、「こんなことが許されて良いのか」と訴えて眼をうるませて声を詰まらせ、合衆国で最も影響力がある人間であるオプラ(Oprah Winfrey)が自分のバラエティショーで「アメリカは、もっと良い国なのだ」と訴える。 あの、えーかげんなので有名なデービッド・レターマンですら、マケインの不正直をついて眼を光らせます。 みなが毎日の生活にものすごく真剣であって、その結果、アメリカ社会に住む人間も研ぎ澄まされて無駄がすくない印象があります。 全国的にはまったく無名のアーカンソー知事ビル・クリントンをほとんど独力で大統領に仕立て上げたデヴィッド・ゲフェンは今回はバラク・オバマにすっかり惚れ込んで、全力を傾けてオバマを大統領にしようとしています。 バラク・オバマは若く、経験もないひとなので、きっとJ・F・ケネディがひどい失敗を積み重ねたのと同じように失敗を繰り返すでしょう。 それでも、わっしはアメリカの大統領に相応しいのは、やはりバラク・オバマであると思う。 アメリカはいままで、どうしても乗り越えられなかったたくさんの問題を、いまや乗り越えつつある。 http://d.hatena.ne.jp/gameover1001/20080926/1222392554 その人類全体にとっての大事業を行えるのは、やはりアメリカしかない、とわっしはニューヨークの街角に立っていると、肌で感じます。 それには、ブッシュなどより数層倍まともな人間であるマケインよりも、大統領になっていれば。それはそれで合衆国の輝かしい一ページになっていたはずのヒラリー・クリントンよりも、バラク・オバマこそが大統領に相応しい。 アメリカという国がただ人間の「希望」としてのみ成立しうる国だからです。 動画はエレン・ショーに登場したバラク・オバマ。 なかなかダンスが上手ですが、この後、登場した奥さんは、もっと上手であった。

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清潔な文明

アメリカの田舎をくるまで移動するのは死ぬほど退屈です。 たとえばきみは、AVISの特別割引券を手に入れたのでシカゴからメンフィスまでインターステートで行ってみんべ、と無謀なことを考える。 本人は全然無謀だと思ってないが、やってみればわかる、無茶苦茶無謀です。 道はどこまでもずぅーとまっすぐであって、景色はどこまでも、ずぅーと同じである。 ときどき対向車線にバカデカイトレーラーが地平線の向こうから現れてぐわあーと行き違う。ずぅーとまっすぐなので、きみは死ぬほど眠くなる。 眠ってもまだ夢の中でも退屈なくらい退屈なドライブです。 そーゆーことをやっていると、そのうちに道の脇で横転するかトレーラーに激突して死んでしまうので、やむをえずきみはハイウエイの脇の「ポパイ」(合衆国に蔓延しているファミリーレストランです)にフォードのマーキュリーっちゅうようなクソ自動車(アメリカのひとごめん)を駐めて、 ちょっと休むべ、と考える。 くるまから降ります。いま来た道を眺めやる。 そして、ハイウエイを縁取って延々と続くゴミの列に愕然とするのです。 「きっ、きったねえー」 すさまじいゴミが途切れることなくずうっと続いとる。 くるまから投げ捨てられたゴミがアメリカ人の公共意識の歴史を嘲るように彼方まで道に連れだって続いています。 あるいはまた、きみは香港のホテルに宿泊しておる。 裏通りのレストランの一面の痰やゴミやくい散らかして吐き捨てられた鶏の骨で埋まった床の恐怖の記憶を思い起こしておる。 おまけに妹とふたりで「アイス・コーヒーとアイス・ティー」を注文したら、アイスコーヒーとアイスティーを混ぜたおっそろしい飲み物をふたつ持って来やんの。 嫌がらせでやってるのか?と考えてメニューをもう一度見ると、ちゃんと「アイス・ティー・アンド・コーヒー」という飲み物が出ていた。 か、広東人おそるべし、と考えながら、きみは窓辺に歩いてゆきます。カーテンを開けるとそこには遠くメイン・ストリートのアーケードの屋根が見えていて……げっ、屋根の上に生ゴミがてんこ盛りになっとるやんか。なんじゃ、これは。 見渡す限り生ゴミが載っていて、まるで生ゴミの豪雨があったかのようである。 そうこうしているうちにアーケード街の一角のビルの窓ががらりと開いて、「ドバッ」と生ゴミを捨てる住人の姿。 そう、香港のひとは窓から生ゴミ投げちゃうのです。 あるいはまたあるいはまた、あるいは、また。 きみはフロレンスの美しい夜の通りを歩いておる。 美的工夫が好きなフロレンス人はまことに窓飾りが好きでもあれば巧みでもあって、きみはカンドーします。やっぱりイタリア人はゲージツ的である。 ぬる。 ? ぬるり、べちょ。 ?? なんとなく足の裏がハイドロ・サスペンション(フランス人が発明したヘブンリー・サスペンションだす。上位のシトロエンについてます)になっておる。 あっ、犬の糞やんけ。くっそー、べちょべちょではないか。 昨日買ったばっかりの皮底なのに。バカヤロー。 ラテン系言語圏の街路は犬の糞だらけなのす。 狭い舗道にいっぱい落っこってます。 叔父の話によると、パリなどもむかしは雨が降るとどうかするとくるぶしまで足が沈むくらい裏通りには犬の糞が堆積しておった、と言う。 「汚い」 日本の人が一歩、日本の外に出ると、真っ先に思うのは、その街やなんかの非衛生ぶりかも知れません。いま現在はまだ金が残っているのでたとえばニューヨークの目抜き通りなど綺麗なものだが、あれも金がなくなって大小の清掃車が動かせなくなると、あっという間に汚くなる。 わしが頑是ないチビガキであった頃は空港からやってきてクルマを降りた瞬間に「うわっ」 と思うくらい生ゴミの臭いがしておった。わしの頭のなかでは長い間「夏のニューヨーク」 =「生ゴミ」であって、ごく最近までニューヨーク・ファッションと聞くと、なんとなくプーのおっちゃんのヨレヨレの服を思い浮かべたものです。 前にHappy … Continue reading

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パスポート、プリーズ

日本のパスポートは犯罪市場ではもっとも値段が高い。BBCの番組では「純正」日本パスポートはたしか500万円くらいだとゆっていたと思う。 単純に需給の法則に従っているのであって、そもそも国内ですら移動の自由のない地方に住む中国のひとが、これを買い求めてたとえば合衆国に行くのだそーである。もちろん犯罪であるが、中国の制度は地方の人間にとりわけ苛酷に出来ている(実質的に牢獄である、とわしには思える)ので、わしでもあんな無茶苦茶を言われたら密航くらい考えるかも知れぬ。 よく考えてみると、見た目が中国人や日本人に見えるひとなど、たとえばオーストラリアにいけばいっぱいいるのでオーストラリアのパスポートでも良さそうなものであるが、こういうのを「気は心」というのでしょう。 前にも書いたがいくら安くなってもわっしはプライベートジェットのような下品な乗り物は嫌い http://d.hatena.ne.jp/gameover1001/20080811/1218804934 なので、どこの国に行ってもちゃんとパスポートコントロールに並ぶ。 他のひとのパスポートをちらちらと眺めると、特に成田空港などは色とりどりであって おもしろい。イランのパスポート、というようなのを見ると、あのパスポートで旅行して歩くのはたいへんだべなあー、不愉快なことが多いべなあー、と気の毒に思う。 変わったいろのパスポートがあると、どこの国かなあ、と考える。 日本の入国管理官は真面目で親切であって、「やなやつだな、こいつ」と思ったことはいちどもありません。英語圏の管理官のように冗談をぶっこいたりしませんが、わっしが日本語で挨拶すると満面笑みを浮かべて「おはようございます」という。 明らかに明確な模範的発音を心がけています。 気持ちが良い。 結婚してから、日本のパスポートコントロールは夫婦ふたりで同時に見てもらえないのを知って、ぶっくらこいてしまったが、まあ、その程度のことは我慢すればよい。 むかし、フランスの管理官はひでー奴が多くて、わしはそれがために、かーちゃんと一緒にフランスに行くたびに鬱病になりそうであった。 偏見であるが特に女の係官はひどかった。 態度がエラソーであって、パスポートをもぎとるは妙ないちゃもんをつけるはでろくでもないことが多かった。 ニュージーランドの係官もアホが多いのはいまでもそうであって、あれは多分給料が安いのでよい人材が集まらないのではないか、とわしは思う。 慌ててつけくわえると大半の係官は、フツーの愉快でセージツなニュージーランド人だが。 一度、夜中にオーストラリアから来る便でニュージーランド人やオーストラリア人に混じってひとりだけ乗っていた日本の(多分)ビジネスマンのひとが足止めされているのをみたことがある。 横に性格の悪そーな空港警備員のねーちゃんがおっさんをにらみつけてたっておる。 日本人のおっさんは懸命に英語で抗議しているのだが、ねーちゃん、「うん」ともすんともひと言も言わぬ。 どうやら空港のシステムがダウンしてバーコードが読めないのを係官がアホなので、パスポートが偽造だと誤解しているのである。 わっしは前に日本の旅行者に手を貸してあげようとして、ものすごく嫌な思いをしたことがあったので、助けるのはいやであったが、おっさんが半べそであったので、やむをえず口出しすることにした。 話している途中で、美人でなくもないパケハの警備員のねーちゃんとマオリのねーちゃんがふたりとも東アジア人に対する偏見を持っているのが感じられて、うんざりした。 「基本的には、このひとのパスポートは中国製のねつ造品だと考えられるわけです」とか抜かしやんの。おのれ、しばいたろか、と思ったが、わしは理性の人なので辛抱強く、それは空港側の事情であって、日本のおっさんの側の責任ではないこと、おっさんを1時間も放置して、「対策を協議」しているだけでも度はずれて非常識であること、をこのふたりの根っからパーなねーちゃんたちに説明しなければならなかった。 日本のおっちゃんは無事釈放されて入国したが、わしは頭にきたので空港会社のマネジメントに電話して、あーゆーバカを空港で雇っていいとおもっとるのかボケ、と(もちろん極めて礼儀正しい言葉で)文句を言った。わしはたとえ文句を言うときでも完璧を期することにしているので、移民局にも電話した。電話だけで握りつぶされると不愉快なので、メールも書いた。「おんどれら、税金でバカぶっこいとると尻の穴から手え突っ込んで奥歯ガタガタゆわしたるど」と、これも極めて上品で適切な英語で書いて送った。両方から「調査の結果」と「改善の約束」のメールが来たが、ちゃんと改善されたかどうか、わしは知らん。 バカをふたりいっぺんに見たせいで、寝床につくまで一晩中不愉快であったのをおぼえている。 ロスアンジェルスでは係官がホチキス(げっ、日本語ではステープラーのことを、ホチキスって言うんかいの。ホチキス社のひとが聞いたら泣いて喜ぶのではないか)で止めてあった付箋を取ろうとしてページの大半をバリっと破ってしまったことがあった。 「あっ、ワリイワリイ」と、言っておばちゃんは返してくれたが、これは後で二回ほど他の国で問題になった。「どうして破ったの?」「わしがやったんじゃないもん」 「他に破る人いないでしょう?」「係官だもん」 「ウソいいなさい」「ウソじゃないもん」そーゆーやりとりをするのは、まことに鬱陶しくて、げんなりした。 一年に5回訪れた某国では、「こんな国に好んで5回も来る人間がいるわけがない」という係官の非国民的信念が理由でカウンタの脇にある旗をぱっとあげられて30人ばかしの警備員にドドドっと取り囲まれたこともあった。 そのときはイギリス人のにーちゃんがなぜか警備員に混ざっていて、「イギリス人のもの好き」をみなに説明してくれたので助かった。 パスポートは、今日の世界では日本のように国籍がひとつしかもてず、しかも国籍を変えようとすると、さんざん恫喝される変な国の国民を数少ない例外として、個人の便宜によって複数の国籍を持ちうる国のほうが普通なので、複数の国籍をもっているひとがたくさんいる。わしも、そうです。 「イギリスのパスポートで出国したらイギリスのパスポートで入国する。ニュージーランドのパスポートで出たらニュージーランドのパスポートで入国する」 のが規則であって、わしは普段はニュージーランド人として旅行する。 いまちょっと見ると、日本語のwikiにはなんだか面白い新説(^^;)が書いてあるが、パスポートは第一次世界大戦時に発明された比較的新しいアイデアであって、しかも周知の通り、ヨーロッパ人にとっては、あまり意味がないものになった。イギリスではパスポートの普及は主にインド人が連合王国にはいってくるのを防ぐためのものとして普及したが、日本のひとが考えるよりも911までは比較的えーかげんな制度であって、アメリカ人がメキシコに行って帰ってくるのには自動車免許証があればよかったし、ニュージーランド人がオーストラリアに行くのには、なんでもいいからニュージーランド人であるとわかるものがあればよかった。 19世紀のひとは、行きたいところにはパスポートもビザもなしで、どこでも行けたのであって、そうした自由な通行なしではたとえばシュトゥルム・ウント・ドラング(:Sturm und Drang)のような芸術運動もバイロン卿の作品群もありえなかったでしょう。 … Continue reading

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