職人気質

シュペーア (Berthold Konrad Hermann Albert Speer)がナチスの軍需相に着任したとき先ず手を付けたのは兵器生産の効率化でした。

ある工場でメッサーシュミットBf109の生産効率が右下がりに下がっているのに不審をもったシュペーアが検分に出かけて発見したのは操縦席のないメッサーシュミットの山であった。

少しでも戦闘機パイロットの「乗り心地」を良くしようと考えた職人肌の工員たちは、なんと中に馬の毛をいれた革張りの操縦席をつくっていたと言います。

(この馬の毛入り革張り座席というのは、いまのように安っぽくなる前のベンツSクラスのシートと同じです)

シュペーアが工程を簡素化しようとすると、そんなことは自分たちの「良心」が許さないとくってかかったそうである。

一方で大戦中の現実のドイツ兵たちはハリウッド映画が描く「絶対服従ロボット」とははなはだしく異なって、「戦闘職人集団」のようであった。

新任の将校が身体暴露が無理な状況で突撃を命じたりすると、ヘータイのほうは、全員で「きゃっはっは」と笑い転げて、「あんた、ひとりで行ってこいよ」「こんな局面で突撃なんて、いったい、どういう勉強してきたんだよ」と言ったりしていたのが擲弾兵の回顧録に出てくる。後半苦戦に陥ってからではなくて、無敵を誇っていた頃のフランス戦線での話であって別にモラルが低下していたのではなくて、その反対なのす。「シロートが何を言うか」と考えたのでしょう。逆に命令に絶対服従の様相を見せてくるのは、希望のない戦局になってからで、そういうところがドイツ人である、とわっしは思う。

戦闘団としてのこういう不思議な傾向はゲルマン時代からのものであるのがカエサルはじめ古代ローマ人が残してくれた記録によってわかっていて、その頑固な職人気質は本を読む人間を愉快な気持ちにさせます。

わしには(国籍で言えば)トルコ人の遊牧民の友だちがありますが、このひとによると、本物の「ペルシャ絨毯」や「トルコ絨毯」は、いまでは遊牧民しかつくっていないのだそうです。

「でもさ、イスタンブルとかで、ほら女のひとたちが機織機で実演してつくってみせて売っているところがあるでねーの」

と、わっしが言うと、「バカだな、ガメ。あれはつくってるものと売ってるものは別なんだよ。売ってるのは全部機械織りさ」と言います。

じゃ、たとえば持ってきてくれたあれ、と指さして、このひとがわしとモニとの結婚祝いにはるばるイランの国境地帯からもってきてくれた絨毯を指さして、「あーゆーのは、織るのにどのくらいかかるの?」 と訊くと、「一年」と答えた。

わしが絨毯を床に敷く計画を変更して壁にかけることにしたのは言うまでもなし。

あるいは腕輪などの工芸品でもっとも高級なものは普通インド製です。

巧緻な金銀の細工で出来ているこういう腕輪はロンドンではだいたい100万円くらいからある。上の方は、「どひゃ」の3乗くらいの下品な金額です。

こういう腕輪をつくる職人の仕事ぶりを見ていると蚕が繭を紡いでいるようである。

まるで細工を作っているひとの体の中から腕輪が生まれ出てくるかのような錯覚が起こります。

美しい、というような生半な表現では全然足りない体(てい)の美しさで、見つめていると気持ちがぼうっとしてくるような、生きていることを忘れてしまいそうになりそうな美の結晶である。

またあるいは、わしはメキシコで食うものを買う金もろくすぽないのにものを作らないではいられないメキシコ人たちを見てカンドーしたことをブログに書いた

http://d.hatena.ne.jp/gameover1001/20080119/p1

ことがあった。

「何かを自分の手でつくりたい」「何事か自分の手で生み出したい」というのは

ある種類の文明圏ではビョーキのようなもので、たとえば同じメキシコの貧しい街区にあたる通りを歩くと、「お金がなくても、こんなに店を綺麗に出来るのか」と驚嘆させられるように美しく飾り立てられた店がいくつもある。

あれは絶対に商売とはなんの関係もない衝動に駆り立てられておる。

日本の人も同じです。

レクサスの工員は鋼板の上をさあーと手でなぞって「あっ、ここが20ミクロンくらい凹んでますね」と、オソロシイことをあっさり言う。

日本のひとも「ものつくりに狂う」系譜のひとびとであって、ドイツ人やトルコ人、インド人メキシコ人と「頑固、つむじまがり、屁理屈好きで不平屋」という気質を共有してます。あっ、そこのきみ、「うるせーバカヤロー、あほガイジン出て行け」とか慌てて コメントを書いてはいかむ。

そうではない。

だから、「良い」のです。わしはカシコゲなヒョーロンカがもっとも嫌いである。

バカでもセーカクが悪くてもキョーボーでも、なんでもよろしい、なんならサツジンキでもかまわん。下を向いて懸命になにかをつくっているひとがもっとも好きです。

こちらに後ろを向けて、背中をまるめて一心不乱にものをつくる日本の人の後ろ姿が、わしが何の役にも立たん日本語でブログを書いたりする、大きな理由のひとつである、と思う。

画像はメキシコのひとがタイヤの表面に彫刻した天使。

わしは、これを見ると何度見ても涙が出てきます。

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