Daily Archives: October 9, 2008

パスポート、プリーズ

日本のパスポートは犯罪市場ではもっとも値段が高い。BBCの番組では「純正」日本パスポートはたしか500万円くらいだとゆっていたと思う。 単純に需給の法則に従っているのであって、そもそも国内ですら移動の自由のない地方に住む中国のひとが、これを買い求めてたとえば合衆国に行くのだそーである。もちろん犯罪であるが、中国の制度は地方の人間にとりわけ苛酷に出来ている(実質的に牢獄である、とわしには思える)ので、わしでもあんな無茶苦茶を言われたら密航くらい考えるかも知れぬ。 よく考えてみると、見た目が中国人や日本人に見えるひとなど、たとえばオーストラリアにいけばいっぱいいるのでオーストラリアのパスポートでも良さそうなものであるが、こういうのを「気は心」というのでしょう。 前にも書いたがいくら安くなってもわっしはプライベートジェットのような下品な乗り物は嫌い http://d.hatena.ne.jp/gameover1001/20080811/1218804934 なので、どこの国に行ってもちゃんとパスポートコントロールに並ぶ。 他のひとのパスポートをちらちらと眺めると、特に成田空港などは色とりどりであって おもしろい。イランのパスポート、というようなのを見ると、あのパスポートで旅行して歩くのはたいへんだべなあー、不愉快なことが多いべなあー、と気の毒に思う。 変わったいろのパスポートがあると、どこの国かなあ、と考える。 日本の入国管理官は真面目で親切であって、「やなやつだな、こいつ」と思ったことはいちどもありません。英語圏の管理官のように冗談をぶっこいたりしませんが、わっしが日本語で挨拶すると満面笑みを浮かべて「おはようございます」という。 明らかに明確な模範的発音を心がけています。 気持ちが良い。 結婚してから、日本のパスポートコントロールは夫婦ふたりで同時に見てもらえないのを知って、ぶっくらこいてしまったが、まあ、その程度のことは我慢すればよい。 むかし、フランスの管理官はひでー奴が多くて、わしはそれがために、かーちゃんと一緒にフランスに行くたびに鬱病になりそうであった。 偏見であるが特に女の係官はひどかった。 態度がエラソーであって、パスポートをもぎとるは妙ないちゃもんをつけるはでろくでもないことが多かった。 ニュージーランドの係官もアホが多いのはいまでもそうであって、あれは多分給料が安いのでよい人材が集まらないのではないか、とわしは思う。 慌ててつけくわえると大半の係官は、フツーの愉快でセージツなニュージーランド人だが。 一度、夜中にオーストラリアから来る便でニュージーランド人やオーストラリア人に混じってひとりだけ乗っていた日本の(多分)ビジネスマンのひとが足止めされているのをみたことがある。 横に性格の悪そーな空港警備員のねーちゃんがおっさんをにらみつけてたっておる。 日本人のおっさんは懸命に英語で抗議しているのだが、ねーちゃん、「うん」ともすんともひと言も言わぬ。 どうやら空港のシステムがダウンしてバーコードが読めないのを係官がアホなので、パスポートが偽造だと誤解しているのである。 わっしは前に日本の旅行者に手を貸してあげようとして、ものすごく嫌な思いをしたことがあったので、助けるのはいやであったが、おっさんが半べそであったので、やむをえず口出しすることにした。 話している途中で、美人でなくもないパケハの警備員のねーちゃんとマオリのねーちゃんがふたりとも東アジア人に対する偏見を持っているのが感じられて、うんざりした。 「基本的には、このひとのパスポートは中国製のねつ造品だと考えられるわけです」とか抜かしやんの。おのれ、しばいたろか、と思ったが、わしは理性の人なので辛抱強く、それは空港側の事情であって、日本のおっさんの側の責任ではないこと、おっさんを1時間も放置して、「対策を協議」しているだけでも度はずれて非常識であること、をこのふたりの根っからパーなねーちゃんたちに説明しなければならなかった。 日本のおっちゃんは無事釈放されて入国したが、わしは頭にきたので空港会社のマネジメントに電話して、あーゆーバカを空港で雇っていいとおもっとるのかボケ、と(もちろん極めて礼儀正しい言葉で)文句を言った。わしはたとえ文句を言うときでも完璧を期することにしているので、移民局にも電話した。電話だけで握りつぶされると不愉快なので、メールも書いた。「おんどれら、税金でバカぶっこいとると尻の穴から手え突っ込んで奥歯ガタガタゆわしたるど」と、これも極めて上品で適切な英語で書いて送った。両方から「調査の結果」と「改善の約束」のメールが来たが、ちゃんと改善されたかどうか、わしは知らん。 バカをふたりいっぺんに見たせいで、寝床につくまで一晩中不愉快であったのをおぼえている。 ロスアンジェルスでは係官がホチキス(げっ、日本語ではステープラーのことを、ホチキスって言うんかいの。ホチキス社のひとが聞いたら泣いて喜ぶのではないか)で止めてあった付箋を取ろうとしてページの大半をバリっと破ってしまったことがあった。 「あっ、ワリイワリイ」と、言っておばちゃんは返してくれたが、これは後で二回ほど他の国で問題になった。「どうして破ったの?」「わしがやったんじゃないもん」 「他に破る人いないでしょう?」「係官だもん」 「ウソいいなさい」「ウソじゃないもん」そーゆーやりとりをするのは、まことに鬱陶しくて、げんなりした。 一年に5回訪れた某国では、「こんな国に好んで5回も来る人間がいるわけがない」という係官の非国民的信念が理由でカウンタの脇にある旗をぱっとあげられて30人ばかしの警備員にドドドっと取り囲まれたこともあった。 そのときはイギリス人のにーちゃんがなぜか警備員に混ざっていて、「イギリス人のもの好き」をみなに説明してくれたので助かった。 パスポートは、今日の世界では日本のように国籍がひとつしかもてず、しかも国籍を変えようとすると、さんざん恫喝される変な国の国民を数少ない例外として、個人の便宜によって複数の国籍を持ちうる国のほうが普通なので、複数の国籍をもっているひとがたくさんいる。わしも、そうです。 「イギリスのパスポートで出国したらイギリスのパスポートで入国する。ニュージーランドのパスポートで出たらニュージーランドのパスポートで入国する」 のが規則であって、わしは普段はニュージーランド人として旅行する。 いまちょっと見ると、日本語のwikiにはなんだか面白い新説(^^;)が書いてあるが、パスポートは第一次世界大戦時に発明された比較的新しいアイデアであって、しかも周知の通り、ヨーロッパ人にとっては、あまり意味がないものになった。イギリスではパスポートの普及は主にインド人が連合王国にはいってくるのを防ぐためのものとして普及したが、日本のひとが考えるよりも911までは比較的えーかげんな制度であって、アメリカ人がメキシコに行って帰ってくるのには自動車免許証があればよかったし、ニュージーランド人がオーストラリアに行くのには、なんでもいいからニュージーランド人であるとわかるものがあればよかった。 19世紀のひとは、行きたいところにはパスポートもビザもなしで、どこでも行けたのであって、そうした自由な通行なしではたとえばシュトゥルム・ウント・ドラング(:Sturm und Drang)のような芸術運動もバイロン卿の作品群もありえなかったでしょう。 … Continue reading

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