意識と捕鯨

オランウータンやチンパンジーの部屋に大きな鏡をいれてやるとごく初めのうちこそ鏡に映った自己を認識できずにたとえば威嚇しようとしますが、すぐに鏡に向かって毛繕いをしたりするようになります。

鏡に映っているのが「自分」だと判るからです。

「自分」という意識がある。自我が存在して「わたし」や「わっし」というものが意識を形成している。

ゴリラでは、こういうことは起こらなくて、いつまでも鏡のなかにいるのは「他者」であって「もう一頭のゴリラ」である。

「飛んで火に入る夏の虫」と言いますが、わっしは、日本でよく見る「誘蛾灯」が苦手です。バチバチバチっと、ものすごい音がしてタンパク質が焦げる臭いがする。なんだかすさまじく残酷な感じで、ぞっとしません。

しかし、あそこで地獄の業火に焼かれてあえない最期を遂げる蛾や他の昆虫は痛みにもだえ苦しんで死ぬわけではない。昆虫は、ごく簡単なフィードバック制御で出来ているので、記憶というものもフィードバック制御の範囲、言い換えると意識のない範囲でしか持たないので制御系に「痛み」というものをつくる意味がない。

だから痛みという感覚が存在しないだろう、と推論出来ます。

実際、昆虫とほぼ同じフィードバック制御で動く「昆虫型ロボット」がむかしにはロボット知能の可能性を切り開くものとしてもてはやされたことがありましたが、昆虫は要するにああいうモデルで行動を決定しているようです。

台北の街にある商店は長い間、オランウータンを鳥かごのような止まり木に短い鎖につないで飼っていました。そのフィルムを見ると、身動きするのも難しい小さな小さな椅子の上に、「絶望」をそのまま表情にしたような悲しげな表情のオランウータンたちが座り込んでいます。そういう打ちひしがれたオランウータンが、通りに並んだ商店のどの店にもいて、延々と続く。1990年代後半まで、これは西洋人のあいだでは有名な台湾人たちの商売繁盛を願った悪習であって、動物愛護団体の激しい抗議に驚いた台湾政府が慌てて禁止して、いまでは、もう「なかった」ことになっている。

オーストラリア人たちは、もともと狩猟に適した動物が少ないオーストラリア大陸で、アボリジニたちを狩猟の対象にしていました。アボリジニは「非常にずるがしこい」ので、狩猟の対象として面白みがあった。普通に考えられるのと違って、この狩猟を楽しんでいたひとたちは悪質な人種差別主義者などではありません。少なくとも主観的には異なる。

当時の人の日記を読むと、普通の善良なオーストラリア人も参加してます。

彼らは単純にアボリジニが「人間」であるはずはない、と思っていたのであって、なぜそういう悲惨な無知に陥っていたかというと、「意識」というものが倫理上の境界として考えられていなかったからです。

いろいろなことが判るようになってくると、科学的な理解力に欠けたひとはせせら笑うでしょうが、オランウータンなどは「人権」が認められるべきであるし、(もし手遅れにならなければ)実際に認められてゆくようになると思います。

チンパンジーにも認められてゆくようになる。

そんなバカな、と吹き出す人は、つい最近まで大半のヨーロッパ人にとっては「アジア人に人権を認める」ことが、いかに非現実的な考えであったかを思い出せばよいのです。

「アジア人にも人権を認めるべきだ」という意見が、いかに突飛な意見であって、それを主張するひとがいまで言えばグリーンピースやシーシェパード並のゴロツキと見なされていたか、思い出してみればよい。

さっき旅行の計画を立てていて気がついたのですが、考えて見ると今回も丁度調査捕鯨の妨害に向かうシーシェパードの船がキャンペーンを繰り広げる頃にシドニーにいることになりそうです。今回は仕事の用事で一週間くらいいるだけですが、またあれら英雄気取りのバカを目にするのかと思うとうんざりする。

「調査捕鯨」を強行することによって、今年も「不正直で理解不能な日本人」像がまた少し多くの人にすり込まれてゆくわけです。

わっしの捕鯨についての意見は、もう何回も繰り返したので繰り返しません、

http://moa2008.wordpress.com/

http://d.hatena.ne.jp/gameover1001/20071226/p1

が、論理的には賛成できても感情的には「気持ちわりい」と思う。その「気持ちわりい」のなかには、フィードバック制御以上の中枢システムをもつ生き物を食べる、ということの問題が含まれています。

これはとても面白い問題なので、また別のときに考えたいと思いますが、人間のデカルト的自我なんていうものは、いままで考えられていたほどたいしたものではなくて、ノイマン式のコンピュータくらいでももしかしたら持てる、というのは実は枚挙主義と本質的には何も変わらないんじゃないか、ということが判ってきました。

人間にとって神秘的な未知のものである、と考えられてきた「自己という意識」が、ほんとうは極端にいうとアイボの延長にある、と考えても不自然でないのがわかってきた。

当分見つからない、と考えられていた「意識」のモデルが実は、初めからわれわれがよく知っているモデルで説明できそうな感じになってきたのです。

そうすると、そこから派生する問題として、たとえば「人権」というようなものは、どこに境界があるのか、ジョーダンみたいですが「猫権」とか「犬権」と「人権」には本質的な違いがあるのか、という問題が起きてきます。

「猫ちゃん、かわいそ~」と言ってきゃぴきゃぴしているパー風な女の子を見て、ばっかじゃないの、と言っていたほうのおっさんが「バッカ」だったのであって、いかにもパーふうの「猫ちゃんかわいそ~」なねーちゃんのほうが本質的に正しい思想をもっていたことになる。

現にわっしの友達の研究者は、知能の研究を進めていく過程で豚肉も牛肉も食えなくなってしまった。食べるのを自分に禁じた、のではありません。「生理的」に食べられなくなった。

こういう文脈に照らして捕鯨の問題を考えると、実はそれとはまったく違う方角からやってきた単なる文化的差異への嫌悪(しかも、ちゃんと調べてみればわかりますがたかだか1960年代に出来た嫌悪である)にしか過ぎないアホタレグループの世にもケーハクで下品な主張が結果としては、誰の意見よりも正しかったことになりそうです。

もっとも、それをもって「ほーれ見ろ、正しかったのはわしらじゃ」と彼らがただでさえ気色の悪い正義漢面をますます醜く歪めて勝ち誇るには、少なくとも豚肉やベーコンやハムを食べるのをやめてもらわねば困りますが。

こっちの方面をベンキョーしていて、もっとも困るのは、ベンキョーが進むにつれて、どうやら、たとえばオランウータンと人間のあいだには本質的な差異が何もない、もっというと猫あたりでも人間とのあいだの差異は「本質的」ではない、程度の問題にしか過ぎない、ということがわかってきてしまうことで、そうやって湧いてきた確信がほんとうにほんとうであるとすると、わっしの手持ちの哲学はすべて書き直さなければならないことになります。有名なベンジャミン・リベットの実験が行われたとき哲学者たちがほぼ瞬間的に「絶対にその実験結果は間違っておる」といっせいに叫んだのは、それは、ここまでの人間の哲学を根本から否定するものであるからに他なりません。

わっしの他の方面のオベンキョーである「言葉」というものについての知見ともはなはだしく矛盾してしまう。

困ったなあ、と考えるのであります。

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2 Responses to 意識と捕鯨

  1. uel says:

    大庭亀夫さん、はじめまして。いつも興味深く日本語練習帳iiiを読ませていただいております。本文の、>「描権」とか「犬権」と「人権」には本質的な違いがあるのか、ここの「描権」は「猫権」のTypoだと思うのですが、如何でしょうか。恥ずかしながら普段はあまり文章の構造を意識することもないもので、続きの文を読むまではてっきり「物を描く権利」といったようなものを指しているのかと思ってしまいました。

  2. 菜苦し says:

    首とくちばしに何かのゴミがからみついて苦しげな鳴き声をあげるカルガモを助けようとするように、からみついている物体をつついているコブハクチョウの写真が新聞に載っていました。
    鳥語の悲鳴は共通語なのか、悲鳴をあげる者を助けようとする心は鳥も持つのか、とか考えました。
    私たちが食用にしている生き物に人間性と同じものが多かれ少なかれ存在しているとしても、私は従容と断食するよりは、情けも容赦も無くむしゃぶりつきそうです。それは野蛮な行いなのだろうか。

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