Daily Archives: January 8, 2009

夏の夜

ヒートパンプ、という。 なんのことかって? 日本語でいうエアコンのことです。 エアコンがヒート・ポンプという名前では困るではないか、と日本のひとはいうに違いないが、そーゆー名前なんだからやむをえない。 もともとこの国で富士通とかが空調機を売り出したときに「冷房も出来る暖房器具」として売り出したからです。最近移民してきた人はエアコンディショナーと呼ぶ人もいるが少なくともクライストチャーチでは、まだヒートパンプ。 昨日の夜はくそ暑かった(36度)ので、かーちゃんに 「部屋の冷房をつけてもかまいませんか?」と訊いたら、あっさり「ダメ」とゆわれた。 えー、だって、このあいだ大改装してカッチョイイ集中冷暖房をつけたばっかりじゃん、ケチ、と思ったが、そーゆーことを口に出してゆーわけにはいかんので、「そーですか」と引き下がるわっし。 かーちゃんは空調みたいなものは、いよいよどーにもこーにも我慢できないくらい暑くならないかぎり要りません、という主義なのです。 36度くらいでは、許可が出ない。 しかし、それにしても暑いので「どーにもこーにも」の限界に来ていることのデモンストレーションにフンドシにちょんまげになって日本刀を背負って台所のベンチの上で踊ってみようかしらん、と考えていたら、買い物に行っていたモニと妹が帰ってきました。 「クインズ」で下着が30%びきであったとか、かっこいい緑の靴を買った、とかゆってはしゃいでおる。 はいはい。 でも、わっしは暑いんです。 どーして、きみたちは平気なのか? 妹がつくった巨大なポテトとベーコンと松の実とほうれん草のサラダを庭で食べることになった。くそ暑い、とは言っても空気が乾燥しているので外の木陰は涼しいクライストチャーチ家庭の普通の習慣です。 小川のそばのガゼボにフォークとナイフを並べる。 わっしらの文化はのんびりなので、こうやって毎日午後7時くらいから食べ始めて、11時くらいまで食べたり飲んだりしておる。 ローマ人はもっと時間をかけたというが、ローマ「市民」たちはねそべって食事をする習慣だった。椅子に座ってテーブルの上の食物を食べるのはローマ時代にあっては使用人の習慣であって、考えてみると、使用人の姿勢で4時間も飲み食いするのは、へんな文化です。ローマ人が聞いたら、「そんなにしゃっちょこばった姿勢で何時間も座っていたら腰が痛くなるだろうに」と言って笑うに違いなし。 「おにーちゃんたち、明後日、出かけるんだっけ?」と妹。 そーです。 「フランスは大雪です」とモニが言う。 「スコットランドは嵐」と、わっし。 とりあえずサンフランシスコに行って、そこで様子を見ます、天気がひどかったらまっすぐスペインに行きます。 かーちゃんが、「あなたがロンドンに行っても、もうNに会えないわね」と突然言う。 「いい人でした」と、わっし。 「わたしも大好きだった」と妹。 かーちゃんが、そう言ったのは今日がNのなくなった日だからです。 初めてあったとき、わっしは11歳、だったと思う。 Nは、多分、30代の前半。 列車を降りて待ち合わせた駅前に行ってみると、煉瓦の壁にもたれて、すました顔をしてきちんとツイードのジャケットを着こなしたおっちゃんが立っています。 一点も非の打ち所がない身繕いで、というべきところですが、一点だけヘンなことがあった。このひと、妙にバカでかい傘をもっているのです。しかもその傘の柄が迷彩模様である。 そう言えば、このひと、いまは法廷弁護士だけど元英国陸軍将校だったな、と考えるわっし。軍用傘、なのか? 英国軍の装備に傘なんて、そんなものあったかしら。 「Nさんですか?」 「そーですよ。きみが、ガメ君だの。きみの母上から、なかなか「いいやつ」だと聞いておる。これから、よろしく」 「母上」が、息子のことを「いいやつ」だなどどいうわけはないが、わっしは、Nが初めからわっしを一人前の人間だと認めてくれているようで、嬉しかった。 話してみると、とても明るい、やわらかなユーモアがあるひとで、あの知能が高くて聡明なひとの特徴、「そのひとがいるだけで周りの人間が幸せな気分になる」ひとの典型であったので、わっしはすっかりNが好きになってしまった。 ロンドンの街を歩きながら、Nは、いろいろな話をしてくれた。 ドラゴンの急所はなんであるか、ゴールデンフリースはなぜ出来たか、カリブの海賊と地中海の海賊の戦い方の違いや、ジョン王の伝説、ジョン・レノンの有名な眼鏡が国民保険のただのものであることも、そのときにNから教わった。 … Continue reading

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