Daily Archives: January 20, 2009

イラク人たち

「モニさんとガメとメソポタミアとフェニキアにこの世にあらん限りの栄光を!」と、突然Mが立ち上がって叫びます。 右手にはレバノンのシブイ赤ワインを掲げておる。 「ブッシュに死を! ブッシュと呪われたアメリカ人たちに死を!」と他のひとたちが唱和してます。 モニとわっしは、この中東料理屋にイラク人とレバノン人の友人たちに招かれてやてきた。素晴らしいファラフェルやカバブにレバノンの赤ワインで酔っぱらってわっしはなーんにもわからん。 周りのアメリカ人たちが眼をまるくしてます。 「ブッシュに死を!ブッシュに死を!」みなが繰り返します。 誰かが「オバマに栄光を!」と言う。 「バラク・オバマに栄光を! マーティン・ルーサー・キングに栄光を!」 「ブッシュに死を!合衆国に呪いを!」 みな英語で合衆国とブッシュ親子に対してのろいの言葉を叫んでいるのです。 合衆国人でいっぱいのレストランですが、もちろん誰も文句を言いに来たりはしません。 合衆国は「言論の自由」を守ることがアイデンティティの国です。 合衆国という国は「言論の自由」ということについては明らかに自由世界の劣等生だが、それでも自由圏の国である。 モニとわっしは合衆国に呪いをと思ったりブッシュに特に死んでもらいたいと思っていないので唱和しませんが、彼らの観点は判ります。 だから黙って静かにワインを飲んでおる。 Mは合衆国に母親と一緒に死の床にあった祖父を看取りに来ていたときにイランイラク戦争が始まって自分の国に帰れなくなった。 スーツケースひとつでモテル住まいの生活を始めた。 第一次湾岸戦争のときには学校では毎日激しいイジメに遭った。 大怪我をさせられて退院して戻った学校でもういちど同じ相手にイジメにあったので、今度はぶちのめした。 そうやって「合衆国式」を学んだのだそうです。 ここにいるひとたちはみなブッシュの死を、しかも苦しみ抜いたあとでの死を願っていますが同時に合衆国人でごったがえす祝日(今日はマーティン・ルーサーキング・デイである)のレストランで大声で「合衆国に呪いを!」と叫んでも大丈夫であることを知っている。合衆国のシステムを信じているからです。 いつか捕鯨の話を書いたときに、わっしが文句があればシドニーに行って下手でもよいから英語で文句を言ってくればよいではないか、と書いたら、カシコイ日本人がやってきて、コメント欄で 「そんな出来るはずがないことを言うのが、あなたの正義なのか」というので驚いたことがあります。 そのとき日本には本当は「言論の自由」なんかありはしないのだ、ということをわっしは初めて学んだ。 日本人の「言論の自由」というのは、みながうなづくことを言うときにしか保証されないのだ、ということをわっしは、そのときまで迂闊にも知らなかったのです。 いま考えると、笑ってしまうが。 しかしここは東京ではない。 イラク人たちも、自分たちが、東京ではなくてロスアンジェルスにいるのを知っているので安心して叫びます。声の限りに叫ぶ。 「ブッシュに死を! 合衆国に呪いを!オバマ万歳! マーチン・ルーサー・キング万歳!」 Mは、ひとしきり雄叫びをあげて満足すると、「ガメ、知っているかね?サダム・フセインの頃は、バクダードは、ものすごく安全な街だった。鍵をかけるやつなんて誰もいないよ。くるまだって、鍵をかけない。どうしてだか、わかるか? 犯罪なんか起こしたらサダムの手先がやってきて、拷問のあげく殺されちまう。だから誰も犯罪なんて起こさなかった。われわれのような社会にはサダムが必要なんだ」 と言う。 わっしは、とおーても酔っぱらっているので言うのがめんどくさいが、 「友よ、それはほんとーではない。イラク人にサダムなんていらないのさ。 サダムが死んだあと、誰か経済がわかるやつがやってきて、きみの国にも自由で安全な国が出来る可能性があった。時間がかかっても、きっと出来たよ。合衆国が誰も彼も殺しちまって、国をつくろうにも死人と怪我人だけになっちゃったけどね。サダムが必要だ、なんという考えには、わっしは賛成するわけにはいかむ」 わっしが文句をたれるのを我慢して聞いていたみながまた乾杯をしようと言い出す。 「ブッシュに死を! オバマ万歳! 合衆国に栄光を! われわれに自由を保障する、 くそったれ合衆国に栄光を!!」 みなが唱和します。 「合衆国に栄光を! われわれの合衆国に栄光を! … Continue reading

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