雪の夜

雪だあ、雪だあ、ときゃあきゃあ言いながら酒を飲んで遊んでいたら、帰りが遅くなってしもうた。午前4時まで遊んでいて、どーする。

これが結婚する前であれば平日は夜の巷にねーちゃんもいないので、こーゆーことは起きなかったが、結婚すると何しろ遊び相手がいつも横にいるので不便である。

つい遊んでしまいます。

ニューヨークや東京の同じたぐいの場所と違って赤首クラブみたいなところはロンドンでは女は入れぬ。訴訟に負けたりして女は入れぬとは言えなくなったが、たとえばわしが行くところは女のひとは居心地が悪いのでいられません。

だからレストランに行く。

(普通の意味の)クラブに行く。

緑色や青色の光が点滅する壁がある金をかけまくったロンドンらしい超悪趣味のインテリアのレストランにいると、気持ちが和む。

雪で従業員も来なければシェフも半分鶏肉はトラックが来ないのでなし客は事情が斟酌できない観光客っちゅうんで、やけを起こしたレストランのオーナーがテーブルにやってきて、「ガメ、今日はおれがおごる」と言います。

こーゆー1世紀に一回くらいしかない申し出のときに遠慮するのは失礼というものなので

正しい礼儀に則っていちばん高いピノを頼むわっし。

オーナーは顔がひきつっておる。

わっしのあまりの正しいマナーに衝撃を受けてます。

ひと組だけ残っていたアメリカ人の一団が帰ると店をしめて自分もわしらのテーブルに座っていいかと訊きます。

もちろんいいです。いいけど、そんなにプロ根性のないことでいいのか。

600ポンドもただで飲み食いしている客の言うことではないような気もするが。

それから、オーナーの奥さんと息子夫婦も呼んで6人で遊びあるいちった。

明日の仕事はどうなるんでしょう。

どーせ、明日も雪だっちゅうから、どうでもいいでしょう、と自信をもって答えるわっし。そうかそうかと納得して徐々に訳がわからなくなってゆくひとびと。

カシノからカシノへ、バーからバーへとクロールするダメなひとたち。

ロンドン名物、政府の金で遊びまくるアフリカ役人が8人くらいの団体でこーきゅー売春婦のねーちゃんたちとシャンペンを抜きまくって紀伊国屋文左衛門をしている。

アメリカ政府や日本政府からの「援助金」とかがどういうふうに役に立っているのか、実地に見物できてたいへんベンキョーになります。

わっしが爪に火を点して貯めて送った金もシャンペンの泡になって消えたのではないか。

でも、おっちゃんたち善良そうな顔を綻ばせて、とっても楽しそうです。

罪悪感など微塵もない。

ただ自分たちがこうやって政府援助金を湯水のように使って遊べる立場に立てたことへの神への感謝に満ちた気持ちでいっぱいなのでしょう。

ひたすら楽しそうである。

BBCのチームが内戦のコンゴに乗り込んで反乱軍のボスにインタビューしています。

4人のチームで機関銃やライフルを向けられながらのインタビューである。

女のインタビュアーが訊いています。

「反乱軍の集団強姦や虐殺は許されないことだと思うが、それに責任を負う立場のあなたには、どういう言い訳があるか」

「あの『被害に遭った』という連中はウソをついている、とここで言っておく。

すべてあなた方西側メディアのでっちあげだ」

女のインタビュアはあくまでも物静かに答えてます。

「わたしたちは、被害にあった村にいた。起きたことをこの眼で目撃した。わたしはあなたの言葉よりも自分の眼を信じます。事実をなかったことだと言い募るのは卑怯なことだとは思わないか」

インタビュアにとっては、この「突撃インタビュ」が競争の激しいジャーナリズム世界で生き残るための切り札になるはずである。

だから恐怖に歯をくいしばって耐えながらインタビュを続けている。

こーゆーときに、「なんだ出世目当てなのか」と言える人は救いがたいバカである。

そういうバカで満ちた社会ではジャーナリストは勇気以外の政治家との癒着やなんかで偉くなってゆく。

わっしはジャーナリストの「健全な成功欲」が好きです。

日本でも報道写真家には、そーゆーひとがむかしからいます。

このコメント欄にときどき思い出したようにやってくるsleepyhead さんが好きだとゆっておったTopgearのジェレミー・クラークソン(Jeremy Clarkson)のような根っから好い加減なおっちゃんでも、area51

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%82%A251

の取材やなんかでは、合衆国空軍の無線による警告に向かって

「きみらが『存在しない』と言っておる基地の上が立ち入り禁止なわけねーだろ、バカ」と答えながら「存在しない基地」の上空にセスナで進入して、スクランブル発進してきた

F16に撃墜されかけたりする。

ジャーナリストの定義は「報道に命を張れるかどうか」だからです。

普段はヨシモトでも、心はニシキ。

ドンペリニヨンを都合20本くらい抜いて愉快そうに遊んでおるアフリカ人を眺めながら、わっしはやっぱりロンドンはええのう、と考えました。

何もかもが剥きだしになっていて、合衆国のように何もかも隠してお行儀よくしていない。物事を考えるのが簡単なように出来ています。

この街は言葉の真の意味で世界でいちばん自由な街であって、その点ではニューヨークも及ばない。

暮らしている欧州人や英国人たちは下品でガハハだが、それで良いのです。

どんな醜いモノでも戸棚に隠されいるよりは絨毯を汚して床に放り出されていた方が良い。

そうやって誰の目にも見えるところに置いてあれば、やがてみなが見かねると考えたときには掃除されるでしょう。

いまでは、この広い世界で「ポリティカリー・インコレクト」なことを口にする自由がある国は連合王国とニュージーランドとオーストラリアの3国だけになった。

だから3国ともどんどん住みにくくなるが、わしも自由がなくなるくらいだったら、

どんどん住みにくくなってみんなで住めない国になってしまったほうが余程よい。

すげー、酔っぱらって、わっしはモニに半分抱えられるようにして帰った。

外の空気が冷たくて気持ちがよいので歩いて帰りたかった。

パークレーンの凍っておっそろしく歩きにくい舗道をペンギン歩きで歩いて、

「この建物ではギャングが売春宿を経営している。この建物を使うことは組織犯罪を助けることになります」というデカイ警察の看板が出ているシェパードのアーケードを通る。

見るからにどうにもならないひとたちがいっぱいいます。

入れ墨だらけのハゲ(スキンヘッドという呼び方もあるが)に、「やーい、ハゲ」と叫んで手を振ってモニに叱責される、わっし。

しまった、モニと一緒なのを忘れておった。やばいじゃん。なにかあったら、どーする。

酔っぱらっとるなあ、と考えたくらいのところで記憶が曖昧になった。

朝、眼を醒ますとモニが、ニコニコしながらブラインドを開けます。

ジジジジー、と去年つけたばかりの自動ブラインドがあがると、そこには紺碧の青空が広がっておる。

ゆ、雪じゃねーじゃん。

モニさん、電話して急用が出来ていけませんってゆって。

えっ、もうミーティング始まってるんすか?

がーん。

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