カフェに腰掛けて、ぼんやりする

バルセロナの大通りのカフェに腰掛けて眺めているといろいろなひとがいます。

イタリア人のおばちゃんのふたり連れが座っているところにアフリカ人のデカイにーちゃんが突然座り込んで話しかけておる。

こーゆーひとは、フランスの地中海沿岸の町にもよくいるので何をしているのかはアホでもわかる。

おばちゃんたちをナンパしようとしているのだすな。

おばちゃんたちは50歳くらい、にーちゃんは、25歳くらいであろーか。

にーちゃんが座り込むと、おばちゃんたちはうるさがって手をひらひらさせておる。

しっしっ、あっち行けをしています。

それでも強引に微笑みながら話しかけるにーちゃん。

やがて、どーゆー風のふきまわしでか、いきなり話がまとまったらしく、おばちゃんのひとりが、にーちゃんと連れだって立ってゆく。

残ったおばちゃんは何事もなかったかのように、ひとりで反対の方向に歩いてゆく。

本屋の前には、背の高い、どっからどー見ても連合王国人のおっちゃんが、小さなひとが多いバルセロナ人たちを見下ろすようにして立っておる。

なーんとなくバルセロナ人たちをバカにしているようで感じわるい。

学校が休みなのでアメリカ人のガキどももいっぱいおる。

連合王国人のガキの数に至っては言うに及ばず。

連合王国人の平均的なガキは、たとえば小学生でも一年に二回は学校の用事で大陸欧州に行く。

たとえば冬はスキー合宿。夏はサマースクール。

わっしらのころは、まだ全部の学校、というわけではなかったが、いまは行かない学校のほうが珍しいでしょう。

そうやって出かけた先の国で、たとえば、フランス人ガキと公園でラグビーをやったり、

スキーでぶつかって知り合ったりして、だんだん言葉をおぼえてゆく。

わっしの学校では小学校で習う外国語の希望はフランス語がダントツで多かった(っちゅうか、みんなフランス語なので必修化しとった。ほんとうは学校本来の制度的にはドイツ語と交代でベンキョーせんといけないはずだが、わしの学年ではドイツ語ははなはだしく人気がなかったようである)が、クラスは死ぬほど退屈でも、来年フランスガキに会ったときには、おまえのスクラムの組み方だとわっしのパンツが脱げるではないかボケ、というようなことを正確に伝えなければならん、と考えるので、おもわずマジメに勉強してしまう。

その上に、夏には家族でスイスやイタリアの北の方や、もうちっとビンボーであるとスペインに出かけるであろう。国内でなくて大陸欧州に出かける人が多いのは理由は簡単で「そっちのほうが安いから」です。

どこの国でも事情は似たようなものなのでしょう。

欧州の街はどこへ行っても、ガキからじーちゃんばーちゃんまで、あちこちの国の人間が盛大な数でうろうろしておる。

ずっとむかし、わっしのこのブログについて「4カ国語話せる『妹』などいるわけがない」と書いたひとがいて、わっしはぶっくらこいてしまったことがあった。

いるわけがない、どころか、わっしの学校の同級生はそーとーなアホでも3カ国語くらいは話す。第一、そんくらいできねーとまともな学校いけねーじゃん。

多分このひとは先天的に外国語が不自由なひとの集まりである合衆国人と欧州人を混同しておる。

英語しか話せないような退屈な人間では欧州ではお嫁さんもこないと知るべし。

街を歩いているといろいろな言葉が聞こえてきます。

ロンドンはスラブ語が多いが、ここはフランス語と英語が多い。

中国の人がいっぱいいます。

中国人だけは、どこの街でも何年住んでいてもあからさまなチューゴクジンをしているのが可笑しい。ほんとに、へんなひとたちである。

日本のひともいっぱいいるが、これは観光客であるのがひとめでわかるひとが多い。

もっともゲージツカらしきひともだいぶんいて、わっしは、グラシアの奥にある広場で背の高い長いあごひげを生やしたほぼデースイしたオモロイ日本人画家のおじちゃんと話したことがある。

わしがひとりでテーブルの前に腰掛けてカバを飲んでいると、広場をへろへろへろと横切って、いきなりわっしのテーブルの椅子にどかんと腰掛けて、というか尻餅をついて、

ぽん、とポークパイハットをテーブルの上に置きます。

わっしは変なひとが全般に好きなので、こーゆーときには意外とニコニコしてます。

顔を見ればわかる。

おっちゃんは変なひとかもしれぬが知的なひとであるようだ。

「若い友人よ、きみは英国人かね?」という。

いーえ、ニュージーランド人ですが、と、わっし。

おっちゃん、ニュージーランド、と英語で言ってみてから、

ヌエボゼランダとスペイン語に直してみてます。

突然、「バルセロナの人間は、どいつもこいつもバカなのを知っておるかね」

と言う。

「頭が悪すぎる。あともさきも考えられんくらいバカだ。あの動物」とバールの壁のラクダを指さして「あれの半分くらいしか知能がない」

ほお。

「おれを指さして、チノチノと言ってはやしたてやがる」

チノ、というのは中国のひとのことです。

「まったく、ふざけておる」

ふむ。

「しかあし、」と、ちょっと眠りかけてから、

「ところで、わっしのために赤ワインを頼んでくれないかね」

いいすよ、と店のおばちゃんにウン・バソ・ビノ・ティントを頼むわし。

「なんだっけ? そーであった。しかあし」

また、ちょっと眠りそうです。

「バルセロナの人間は、どいつもこいつも天才なのを知っておるかね」

そーですか。おっちゃん、さっきということが正反対だが、なんとなくゆいたいことはわかるような気がする。

「おれはバルセロナが好きでな」

そーでしょう。見ていて、わかるもん。

「イギリスは嫌いだが」

わっしも、まあ、あんまり好きなほうではありませんな。

おっちゃんはタピエスなんかくだらん、と言ったり、ダリを賞めたり。ピカソを罵ったりしているうちにしばらく眠ってしもうた。

しばらくして目がさめると、

「お若い友人よ、たいへん失礼した」と言って、また唐突に立ち上がると、広場をへろへろへろと横切って闇のなかに消えていった。

まるでルイス・ブニュエル(Luis Buñuel)の映画に出て来そうなひとでした。

うまく言えないが日本のひとの良いところがいっぱいつまっているようなひとであった。

アメリカ人の大学生たちがクラブの前でバルセロナの高校生の女の子をひっかけては部屋に連れ込もうとくどいておる。

なかには中学生くらいにしか見えない女の子もいます。

バルセロナのひとが年々だんだん「外国人嫌い」になってゆくのにも理由があるわけだ。

イタリア人たちはデカイ声でものすごい勢いのイタリア語で店員たちに注文をつけている。もっと安いのはないの?なんで、そんなに時間がかかるの?

怠け者!と叫ぶ、ひどいひともいます。

異文化人と異人種の洪水のような夕暮れの通りの片隅で、抱き合った姿のまま彫刻になってしまったひとたちのように長い長いながあーいキスをしている恋人たちがいる。

さあーて、そろそろモニがヘアドレッサーから戻ってくる頃である。

角のワイン屋でワインを買って帰ろう。

そのワイン屋には、カタロニア産の無茶苦茶おいしいワインがたくさん並んでいる。

バスクのチーズやタラのはいったオムレツがある。

主人のにーちゃんはモニとわっしの友達です。

考えてみると、あのにーちゃんにとってはモニもわしも外国人なのであるな、とひどく当たり前のことに思い当たっていまさら感心するわっし。考えたことがなかったのだ。

モニとわっしは、その事にもっと感謝しなければならないのかもしれません。

いい奴なんだな、あのひと。

昼間は半袖で丁度良いが、夕方になるとまだちょっと寒い。

バルセロナのひとたちはおおげさなコートにくるまってます。

日本はまだ寒いだろうか、とちっとだけ考えるわっし。

あの酔っぱらいおじちゃんのことを思い出したせいで、また少し日本が好きになったようです。

このブログを読んでくれている日本のお友達。

また、明日。

アデウ。

画像は大通りのデパートの前でやたら声が良いじっちゃんの歌にあわせて踊り狂うじーちゃんやばーちゃんたちの集団。

バルセロナの素晴らしいところのひとつです。

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