バルセロナの午後

「再生する日本2」という日本を愛する気持ちにあふれたカッチョイイブログを書くはずであったのに、ピンチョスがおいしいタパスバーに行って良い気持ちでワインを飲んでいたらすっかり幸せになって、やる気がなくなってしもうた。

幸福な人間、というものはもともとがぶったるんでいるのであって、「社会」っちゅうようなことを論じるには向いておらない。

ピンチョス、というのは日曜日に男同士で集まって料理の腕を競うクラブがたくさんある、というくらい「おいしいもの」に人生を賭けて暮らしているバスク人が発明したバスク式鮨であって、鮨であれば台はショートグレインのご飯ですが、バスク人はパンを使う。上には酢漬けのハラペーニョがのっかっているカタクチイワシとかハモンとかバスクチーズとハモンとゆで卵とキャビア、とか、アーティチョークのオムレツ、とか塩漬けタラいりのオムレツとかが載っているのであって、とおってもおいしい食べ物です。

日本のお鮨屋さんと同じでカウンタの上に並んでなければ頼めば作ってもらえます。

マッシュルームのコロッケとかハモンのコロッケとか、揚げ物はとーぜん、並んでいないのを見て取ったときに注文した方がおいしいのにありつける。

スペインは揚げ物がものすごくおいしい国であって「天ぷら」の発祥の地の面目がいまでも保たれておる。

そんでもって、こーゆーおいしいものを食べるときにワインを飲まない人はいないので、きみはビノティント・デ・ラ・カサを頼む。

ビノはワイン、ティントは赤、デ・ラ・カサはハウスの、っちゅう意味なので、

このバーのハウスワインを頼んだことになる。

ウン・バソ(コップ一杯)で充分です。

こーゆーところで妙に気張って高いワインを頼むのは無粋というものであって、スペインではアメリカや日本のような国と違って、ハウスワインで十分においしいワインが出て来ます。欧州というところではワインの値段はおおむね「性格」で決まる。

おいしいのは、あたりまえ、なんです。

従順なワインはとても安い。

「性格」が奔馬のようである、とか、フランスのワインなんかでは、性格が一直線でなくて飲んでいるうちに口のなかできゅーんと若々しい味を主張して「ありゃ、若いのかな?」と思うと次の瞬間、まろやかになって老成した味に変わる、というような一筋縄でいかないワインに高い値札がつきます。

スペインの食べ物にはフランス料理ほどの繊細さはないが、食べていると楽しい気持ちになってなんだかうきうきしてくるところが良いところである、と思う。

カウンタのなかで切り盛りしているねーちゃんたちも日本の人が好きそうな「楚々」とした美少女マンガ風のねーちゃんが多いので、きっとwindwalker さんなどはバルセロナとかに住むと一瞬で日本に帰る気がなくなるに違いない。

わっしは東京にいるときには日本酒が好みであった。

日本のビールもワインも全然うまいと思わないが、日本酒は(あたりまえなのかも知れないが)ものすごくおいしい。

「景虎」を飲んで虎ちゃんになったりはしなかったが、四国の山廃を飲んでガメ廃になりかかったりはしたのである。

なかでも樽菊正宗はうまかったなあ。

うーむ。

また料亭Hのおっちゃん手製あるいは西洋シェフ某さん手製ブランデー風味のカラスミと樽菊正宗で一杯やりたい。

バルセロナでバスクチーズとヴァレガルシアで一杯やるのと同じ感じだが、こっちには「H」のおっちゃんの「へへえ、ガメちゃん今日はずいぶんご機嫌だねえ」の伝統日本的な笑顔がないところがちょと違います。

ワインで良い気持ちになったので知り合いのハモン屋の持ち主のおっちゃんの所に寄った。

カウンタの奥から顔見知りのおっちゃんが出て来たので去年撮った写真でさっきFnac(若い人向けにつくってある結構品揃えのよいコンピュータ屋なんかもはいっているので有名なモールです)で現像したのをあげると、大急ぎで手を洗って拭いて、一枚一枚しげしげと見ています。周り中のひとにデカイ声で「このふたりが去年来たときに撮ってくれた写真なんだよ」と触れ回っておる。とても嬉しそうです。

ふと気がついたように「この写真はおれのか?」と聞く。

もちろん、そーです、とわっし。

お金、払わなくていいのか?

払っていいわけないでしょ、とにらむわっし。

おっちゃんの眼がみるみるうちに潤んでゆきます。

おっちゃん、眼鏡を外して涙をぬぐっておる。

スペインのひとの喜び方は野球でいうとオーバースローの直球なので、わっしはいつでも大好きである。

こーゆーときのスペインのひとを見ていると連合王国人なんかは根っからのバカであるな、とシミジミ判ります。

おっちゃん、そのまま、また奥に駆け込んでゆく。

延々と続く列に並ぶひとたちはほうっぽらかしである。

どーしたんだ、おっちゃんは嬉しいと尿意をもよおすたちなのであるか、と思っていると革袋をもって戻ってきます。

カタロニアのひとは革袋から、ちゅーと絞り出して、噴水のように飛び出してくるワインを飲むのが得意である。

飲め、という。

あんな曲芸みたいなことができるわけねーじゃん。

わっしには無理です、というと、またいっぱい列をなして待っているお客さんたちを尻目にどたどたどたと奥に駆け戻ります。今度はワイングラスに注いでもってきてくれた。

すげーおいしいワインである。

多分、マルケスのいちばん良いやつでしょう。

おっちゃん、「そいつはムイビエンか?」と訊く。

わっしは「ムイビエンだのい」という。

おっちゃん相好を崩して、モニとわっしにハモンを寄越しながら、自分でも革袋からワインをちゅうーっと絞り出して飲んでおる。

列に並んでいたおばちゃんやおじちゃんたちが、ハモンのおっちゃんに向かって、

「おれたちは、こうやって待ってるんだから、自分だけで写真見てないで、わしらにも見せろ」とゆっておる。

おっちゃんが「汚すなよ」と言いながら渡して寄越した写真をみなで手にとって、

モニに「男のほうはどうでも良いが、あんたはすげー美人だなあ」とかゆっておる。

おばちゃんや娘さんも「こんなすげえ美人は初めて見た」とゆって、わっしの奥さんを勝手にちやほやしておる。

「もったいないから、こんなひとは離婚しちゃいなさい」という失礼なおばちゃんまでおる。皆が、いっせいにガハハと笑います。

そーゆー冗談は全然おかしくないんですけど。

店を出るとモニが「ガメは良いことをするんだな」という。

人間というものはだね、どのみち大したものじゃないんだから、難しいことばかり言ってねーで、そのへんのひとのひとりでもいいから一分の間くらいでも喜ばすくらいは一生懸命やらねーと、とゆいたいが、まさかそんなえらそーなことを言うわけにはいかん。

そーですか、と言って公園の道を歩いてゆきます。

アパートに戻って鎌倉の「先生」に手紙を書いた。少し威張っていうと日本語です。

先生、お元気ですか?

日本のひとは、ほんとうはスペインのひとに似ているのではないか。

日本のひとの気持ちはほんとうはどこまでもまっすぐであるのに、「笑われまい」という気持ちが日本のひとの顔をしかめさせているのではないか。

そうだとすると、それはとても残念である。

日本のひとがあの偉大な日本の中世に帰る道はないか。

すべての日本人が「死に囲繞された寂しい旅人」であったあの頃に戻る方法はないものでしょうか。

旧市街で錦絵を浮世絵といって売っているのを見ました。

あんなヘボイ錦絵に860ユーロはひどいと思う。

書き終わってからわっしはワインを開けてハモン屋のおっちゃんが自分で陰干ししてつくったハモンを食べた。

すげー、うまいハモンです。

魂が宿った味のするハモンである。

もう眠い。ワイン飲みすぎちった。

Lo hemos pasado muy bien.

Espero que nos volvamos a ver pronto.

おやすみなさい。

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