Monthly Archives: March 2009

バルセロナ、バイチャ!

遊んでばかりおっても、一応、自分の事務所にときどき電話します。 わし(零細会社の持ち主)が誰だか判らないひともいたりして、いかにえーかげんな仕事ぶりかは歴然たるものがあるが、このブログを読んでいるひとたちはみな知っていることなので言うを待たず。 リンリン、リンリン、と短く鳴る電話。 これが合衆国だとリーーーーン、リーーーーンと長く引っ張られた音だのい。 「げんきー?」と、わっし。 わっしのほうは相変わらずぶったるんでおるが、電話の向こうは気合いがはいってプロフェッショナルな感じのカッチョイイねーちゃんである。 といって自分で雇ったひとだから、賞めるのもヘンなもんだが。 「あっ、ちょうど良かった。いま電話しようと思ってところなんですが、バルセロナやめてください」 へっ? 「バルセロナだと、なにか緊急のときに対応が出来ない可能性がありますから」 へっ?へっ? なんでも4月はやっぱしヘンなんだそーな。 市場では、いろいろと不穏なことがあるよーだ。 そーか、フオンなのか、フオンって、日本語ではフォンみたいで音がおもしれーのを、このひとは知らないわけだ、とかアホなことを考えて喜ぶわし。 いやあ、人間明るく生きるのがいちばんだぜ。ダイジョブサイジョブ、なんにもないさ、ポジティブシンキングで行かなくっちゃ、とか言うわけにはいかないので、 これからいきなり支度をしてどこか仕事の準備がばっちし出来ているところに移動せんとならん。 あー、めんどくさ。 わっしが仕事を出来る環境が整っているところはこの世の中に6箇所ある。 どれにすんべかなあ。 でも、言い渡された日程を見ると、明日、発たなきゃだめじゃん。 そんな難しい切符やなんかの手配なんか、わっしの手には負えん。 モニを起こさねば。 と、ゆーわけで、唐突に出発である。 4月って、やっぱりやばいのか? Advertisements

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バルセロナ、バイチャ!

遊んでばかりおっても、一応、自分の事務所にときどき電話します。 わし(零細会社の持ち主)が誰だか判らないひともいたりして、いかにえーかげんな仕事ぶりかは歴然たるものがあるが、このブログを読んでいるひとたちはみな知っていることなので言うを待たず。 リンリン、リンリン、と短く鳴る電話。 これが合衆国だとリーーーーン、リーーーーンと長く引っ張られた音だのい。 「げんきー?」と、わっし。 わっしのほうは相変わらずぶったるんでおるが、電話の向こうは気合いがはいってプロフェッショナルな感じのカッチョイイねーちゃんである。 といって自分で雇ったひとだから、賞めるのもヘンなもんだが。 「あっ、ちょうど良かった。いま電話しようと思ってところなんですが、バルセロナやめてください」 へっ? 「バルセロナだと、なにか緊急のときに対応が出来ない可能性がありますから」 へっ?へっ? なんでも4月はやっぱしヘンなんだそーな。 市場では、いろいろと不穏なことがあるよーだ。 そーか、フオンなのか、フオンって、日本語ではフォンみたいで音がおもしれーのを、このひとは知らないわけだ、とかアホなことを考えて喜ぶわし。 いやあ、人間明るく生きるのがいちばんだぜ。ダイジョブサイジョブ、なんにもないさ、ポジティブシンキングで行かなくっちゃ、とか言うわけにはいかないので、 これからいきなり支度をしてどこか仕事の準備がばっちし出来ているところに移動せんとならん。 あー、めんどくさ。 わっしが仕事を出来る環境が整っているところはこの世の中に6箇所ある。 どれにすんべかなあ。 でも、言い渡された日程を見ると、明日、発たなきゃだめじゃん。 そんな難しい切符やなんかの手配なんか、わっしの手には負えん。 モニを起こさねば。 と、ゆーわけで、唐突に出発である。 4月って、やっぱりやばいのか?

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太陽を見つめる人

「ev」さんのコメントを見て愕然としてしまった。 わし日本語、未熟じゃん。全然、伝わっておらん。 タハッ(水木しげるを読んだことがあるひと、あのうだつの上がらない鼻眼鏡おじさんを思い浮かべるよーに) 修行が足らんのお。 「日本語の練習」っちゅうようなものが、日本語という鉄棒をぶんぶん振り回して一日千回、とかという性質のものだと、わっし得意なんすけど。 実際の言語習得のようなものは頭を使うと必ず痛くなってくるので長い間大脳も疲労性筋肉痛を起こすのだと思っておったわしには向いておらぬのかもしれぬ。 さっきしみじみ考えてみたが、春に華やぐバルセロナのアパートの一室で自分の全日本語能力を動員して冴えない日本人おっちゃんになりきろうとしているガイジン、っちゅうのは、どーなんでしょう。 歴史上類例のない存在だ、とは言えるな。 日本語の本に限っても「キティちゃんとえんそく」から小熊英二の「〈民主〉と〈愛国〉まで、あるいはソート・キーを変えて並べると、「源氏物語」から吉本ばななの「キッチン」まで、ばっちし万巻の書を読んだわしと言えど、そーゆーヘンなガイジンは見たことがない。 史上類例を見ないほどアホなだけだとも言えるが。 いかん。 「大庭亀夫プロジェクト」が初回から挫折してしまった。 つまらんのう。 と、ここまで書いて夕飯を食べに行って戻ったらwindwalkerさんのコメントが届いておった。 そーじゃねーよ。 なんでわしがいまさら「小説」っちゅうよーな19世紀20世紀的な表現手段を目指さねばならんのかね。 大庭亀夫という日本人に仮託してわっしの日本文化と日本語への知識をひけらかそうとしただけやん。 くっそおー。 「大庭亀夫プロジェクト」不評やん。 ブログやめて日本語の練習だけ続けるのにはこれがいちばんいいと思ったのになあ。 つまらん。 しょぼしょぼとワインを飲みながら考えてみると、わっしの人生は根本から間違っておるのではないか。 科学の人であるのに、この頃は歴史の本とテツガクの本ばかり読んでおる。 職業には興味がないはずなのに零細資本家になりはてておる。 第一むかしは世界中うろうろするのは主にその土地のねーちゃんとお尻合いになって、もとい、お知り合いになって文化人類学的な造詣を深めるためであったのに、去年の冬の夜に血迷って結婚を申し込んでしまったものだから結婚してしもうた。 やることなすことに整合性がとれておらん。 いかんいかんいかんいかんいかん。 これでは、いかんではないか。 太陽の母上、 わっしはまた道に迷っておる わっしはこれほどあなたを恋慕っておるのに、眩しすぎて、あなたを直視できないのです。 太陽の母上、 わっしはどこへ行けばいいのか どうすれば少しでも「弱り切った者」を救いに行けるのか。 わっしは「不況」の向こうでいっせいに空を向く中国人兵たちの銃剣の音や 静かに餓死してゆくアフリカのガキ共の寝息を聴いておる 何が起こるか正確にわかっているのにそれをうまく言えない人間にはどんな言葉が残っているのだろう。 わしには何が出来るだろう。 神様。

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勇者大庭亀夫はかく語りき

またあのヘンなガイジンの夢を視た。 たしか、「ガメ・オベール」とかいうのだ。 なぜ俺がこの訳のわからんガイジンの夢を毎夜見続けるのか、2chに書き込んで俺が普段意見をコーカンしている賢人たちの意見を募ってみたがさっぱりわからぬ。 書き込んだのが(内緒だが)俺の好きな柚木ティナのスレッドだからだったかも知れぬ。 やっぱり初め考えたとおり「反日外人スレッド」にしておけばよかった。 このくそガイジンはふざけておる。 「ガメ・オベール」というヒトをおちょくった名前を使って間違いだらけの日本語で俺の愛する日本をけなしやがる。 ゆるせん、と思う。 頭に来たので八紘一宇と先端技術の幸福な結合(夫が八紘一宇先輩で先端技術のせんたんちゃんが妻、だった、と思う。多分)によって生まれた日本をバカにするとただではおかん、というコメントを書いて送りつけてやったのに、掲載承認さえ出さないで無視しやがった。 許せん。 子供の時、たしか「少年サンデー」の図解で毎日他人になって人生を送る夢を見続けた男の話を読んだことがあったが、あれは結局病気だったんだっけ? おぼえてねえ。 そろそろ医者に行って診てもらったほうが良いかもしれん。 このガメ・オベールとかいう若いガキは、どうやら英語国民らしい。 夢の中の光景でひとつ、鮮明に覚えている光景がある。 狭い広場に鉄で出来たアイスクリームコーンみたいな間抜けな彫刻が突っ立っておって、 その隣には大聖堂がそびえておる。 あれは確かニュージーランドのクライストチャーチとかいう町だ。 会社の近くのJTBの窓に貼ってあるポスターを見たことがあるから間違いない。 毎日出勤のときに横を通るからな。 海外旅行などというくだらんことには興味がないからまともにポスターを眺めたことがないが、庶務の早苗ちゃんに「勘違いすんなよな、このスケベジジイ」というひどい言い方でこっぴどくふられたとき、近くの焼鳥屋でホッピーと安焼酎の1対1割をしこたま飲んで駅に帰る途中JTBの窓におもいきり反吐をぶちまげた。 そのとき涙ににじんだ眼でじっくり文面を読んだからおぼえておる。 「ニュージーランドの夏!!」 そーか、南半球は夏なんだな、と思った途端、どーゆーわけかまた早苗ちゃんの顔を思い出して涙がどっと出て来た。 ほんとうに愛しておったのに。 たった26歳の年の差がなんだというのか。 クライストチャーチ。十日間40万円、って書いてあったな。 どこのバカがそんな大金払って、わざわざ腹の中では「この黄色い猿め」とせせら笑っているに違いない白人の国に出かけるんだろ。 バカの考えることは、わからん。 なんだっけ? おー、そうだった、「ガメ・オベール」の話であった。 こいつは訳がわからん奴で、自分が本人なのだからよくわかるが、普段頭のなかは英語で稼働しておる。 それなのに、いつも傍らにいる誰かにはフランス語で話しているよーなのだ。 なんでだ? もっと訳がわからんことには机に向かうと、日本語や欧州語で日記を書く。 ブログ、とかいう、あれのようである。 俺は外国人にも外国語にも全然興味がないから外国語なんか英語もわからんが、 ¿Por qué no … Continue reading

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中世という定型

鏡のなかには見知らぬ他人が映っておる。 なんだかしまりのない顔だのい。 全然見覚えがない、というわけではない。 なにしろわっし自身の顔だからな。 わっしはこのあいだまでヒゲがもしゃもしゃであった。 鼻の下のヒゲ(鼻ヒゲ、っちゅうのか?)に至っては、サルバトール・ダリのように宇宙に向かってピンと伸ばしてもいいかなあ、と思っておった。 ダリによると、そーすると銀河からやってきた霊感が受信されるもののようである。 でも飽きたな。 わっしの悪い癖である。 なんでも直ぐに飽きる。 自分自身にもとっくに飽きておるから、こうやって日本語でブログを書くとゆーよーな訳のわからんことをする。 いったい何を考えているか自分でもさっぱりわからん。 わっしはヒゲを剃った。 ひさしぶりにヒゲを剃ったので、途中でしくじって顎の左下を切ってしもうた。 ぎょえー、いてえー、と叫んでいたら、モニが浴室にやってきて、切ったところにチューをして綺麗にしてもろうた。 ははは。切ってよかった。 閑話休題。 わっしは「中世」というものが好きである。 日本に対する興味も主に日本の中世に対してのものであったことは前にも書いた。 わっしが「中世」という時代が好きなのは、その時代がどの国にあっても徹底的に「死」という概念によってひとびとが痛めつけられ何の希望ももたされない時代相だったからです。 いまのように地平線まで見通しが利いた世界とは違うのです。 人間は「神」や「一段高いもの」に従属する存在であって、人間であろうとすることは謂わば「本質的に生意気である」と見なされた。 だから運慶は囲繞する死に抗うかのような雄大な筋肉を造形し、紫式部の弟は(当時としては驚異的なことに)神を信じずに死んだ。 http://d.hatena.ne.jp/gameover1001/20080412/p1 世界中で人間はくだらない理由で死んだ。 あるいは殺されたのです。 スペインの田舎で神々しい美貌をもって生まれた少女はただ美しいという理由で異端審問にかけられて拷問のあげく殺されたであろう。 鎌倉の浜辺では若い武士が「あやまりたくなかった」というだけの理由で殺される。 「神」が存在しうる世界では人間は常に異端だからです。 他には本質的な理由はなにもない。 中世の人間は人間が人間でしかないことをどの時代のひとよりもよく知っていた。 それは、わっしの日本語でどれだけうまく言えるかこころもとないが、中世の世界には 人間の思想に「定型」というものがあったからです。 規範があるから自由のダイナミズムがある。 あるいは建築学を専攻した人には判りやすいのではないでしょうか。 建築がエンジニアリングの一分野でなくて芸術の一分野であるのは、建築には様々な定型が厳としてあるからである。 玄関の眼の前に浴室を作るわけにはいかんからな。 「マイルの塔」は当時のリフト技術の制約から現実化しえなかった。 カタロニアには「中世」が色濃く残っていて、それに惹かれてわっしのようなヘンなひとがやってくる。 ここにはまだカソリックが圧制的に残っているのです。 … Continue reading

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カタロニアの田舎

カタロニアの田舎についてカタランか。 なんちて。 全然おかしくない、と思ったそこのひと、英語では「カタロニアの」とか「カタロニア人」とか「カタロニア語」とかのことを「カタラン」というのです。 えっ? それは知っているけどやっぱりおかしくないって? そーゆーひととは友達になれんのう。 実はわっしの日本人の友達からメールが来て、「日本のひとはガメが信じ込んでいるほどカタロニアという国について知らん、と思うぞ」とゆわれてしもうた。 ひとが知らないことを知っているという前提で書くなよな、というご趣旨です。 いつもなら「そーですか」とつぶやいて、何もしないところですが、 わっしはむかしこのブログを読んでくれていたことがあるJosikoさんもバルセロナにもう一回行くのだとゆっておったのを思い出した。 しこうして、モニは「わたしは眠いからもう寝る」とゆって寝室にいって寝てしまっておる。 いっぱい時間があるでねえけ。 たまには、ガイドブックもどきみたいなこともするなん、と思いて。 一週間の予定でバルセロナに行こうと思っておるきみ、そう、きみのことです。 あまあーい。 それではせいぜいガウディのサグラダファミリアを観て、やはりガウディのアパートX2も観て、ギュエルおやじの公園に行ってとかで終わってしまうではないか。 観光客御用達の店QuQuでタパスとかでも悪くはないがの、でも欧州では、ほんとうの楽しみはいつも内緒に隠してあるのです。 一ヶ月はとらないと、どうにもならないのではないか。 一ヶ月、いることにしようよ。 それでもってレンタカーを借りて行ってみんべ。 田舎。 中世がそのまんまで居座っている、カタロニアの田舎に行くのはおおげさに言うときみの欧州理解の第一歩になるかも知れぬ。 フランスもイタリアも同じだでな。 欧州というのはたいへんコワイところであって、その「怖さ」が文明というものの正体なのかも知れん。 まずカタロニア人用の地図の上で、地元人用の「トレッキング」マークを見つけて、 たとえば、VUPELLACというような町に運転して出かけよう。 半分くらいのカタロニア人は方向指示器なんちゅう面倒くさいものは使わん。 そのまた半分くらいのドライバは「車線」なんちゅう面倒くさい概念も持たないので、 往々にして高速道路では車線をまたいで走る。 そうすると、分岐に来たときにはどちらにも行けるからな。 ジローナ(バルセロナから50キロくらいっす)から折れて山の方にむかって60キロくらい行くと、こーゆー町が見えてくるであろう。 町の中は小迷宮であって、どこに行くとどうなっとるのかちょっともわからんので、適当にぐるぐる回っていると腹が減る。 そーすると、昼飯を食べるな。 カタロニアじゃもの。 まずい店なんかありもうさん。 だいたい、こーゆー感じの店である。 店がちっさいからとゆってバカにしてはいかむ。 この店はちっさいがスペイン・ポルトガル版ミシュランにも載っておる。 ミシュランに載っている載っていないは別にしても、アホみたいにうまい店です。 カタランのシェフには中世の魔法がかかっておって、まずいものは出せないことになっているのだ。 まず椅子に座ると、こーゆー「突き出し」が出ます。 … Continue reading

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Gala Evora

Gala Evora の歌声は暖かい日の乾燥してさらさらと肌の上を触れてゆく心地の良いそよ風のようです。 欧州人の自然を恋しいと思う気持ちは合衆国人の「自然に帰るのが正義なのだ」とでも言うようなガアガア声の「悪い声」の主張とは違う。 もっと自然な気持ちです。 理由は簡単、というか、普段集住している街が徹底的に石で出来ている人工の王国なのでときどき小さな子供が母親を恋しく思うようにして田舎に出かけて自然のなかにいたくなるのだと思う。 Gala Evoraは、そーゆー意味の欧州的な自然回帰の感じがとてもよく出ている、と思います。 Concha Buikaのようにこっちの観念のレベルをあげていって、魂のrevがあがったところで、えいやっと聴き始めるような歌手とは違う。 テラスにひななぼっこしながらcavaを飲んでいるときやなんかにモニが料理をしながらかけているGala Evoraが聞こえてくるっちゅうようなときにいちばん良い。 声の日ざしが音楽という水面(みずも)に浮かんで揺れているようです。 モニがつくってくれたカルソッツとポテタスブラバスの上に目玉焼きを砕いて載せてそれに小さく切ったハモンを散らしたお昼ご飯を食べながら、Arnaiz のリゼルバをいれた革袋をちゅぅーとしぼりだして飲みます。 練習を重ねてついにカタロニア人並にこのワイン飲み必殺技を使えるようになった。 遠くからカタロニア人たちがテラスで話す低い太い声が石の壁を伝わって響いてきます。 おおげさに「完璧な午後」と呼ぶのでもよい。 Gala Evoraは、そーゆーときに相応しい歌声であると思います。 画像はMontserratのベネディクト修道院、Santa Maria de Montserratの遙かな高みから下界を眺め下ろす少女の彫刻。 十五世紀のものであるのに表情が意外なほど現代的である。

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