Daily Archives: March 6, 2009

再生する日本2

最近日本に行ってきた人と話をすると、「日本人は、いまの経済危機が全然理解できていない。なんだか明治時代はどーたらこーたら、幕末はどーたらこーたら、でむかしの日本はよかったなあ、とか暢気なことをいうひとばかりであった」というひとが多い。 わっしのところに寄っていってそーゆー話をしてゆくひとたちのなかには活字メディアに書いてしまうひともいるよーです。 パーティでもよく冗談でゆわれておるようだ。 わっしはここのところバルセロナで遊んでばかりおって、そういう場に行っておらないのでわからんが。 あちこちにそういう記事があるので読んだ人もいるでしょう。 でも、あれ、わかってねーよな。 あれは、のんびり茶飲み話をしているのではない。 日本のひと同士で話すときの話し方が相手がガイジンであるのをつい忘れてしてしまっただけであって、ほんとうは「のんびり昔の栄光をなつかしんで」いるわけではないのは、日本のひとなら誰でも直感的にわかるはずです。 日本のひとは変革の始まりは常にむかしを思い出すところから始まる。 幕末の倒幕勢力も、あんまり徳川体制が機能しなくなったので、そろそろ社会がへろへろになってきた。へろへろになって旗本やなんかの大半がひらがなも書けなければ「やっとう」のほうも竹光でも振れるかどうか怪しくなって、おまけに借金まみれになって、どーにもこーにもならなくなってきたときに、ペリーという小艦隊を指揮してやってきたアメリカ海軍士官が、アメリカの人間らしい他文化への無理解あるいは誤解に基づいて土人をいっちょおどかしちゃれ、というんで江戸湾にどーんと乗り込んできて大騒ぎになった。 それから、みんなで忙しく昔を思い出してみると、むかしはたしかショーグンの上にテンノーとかいうのがおったんちゃうか、ということになって、これを担いで一挙に体制を変えるべ、ということになった。 錦の御旗、っちゅう、ほんまはそんなもの存在しなかった旗をもっともらしくでっちあげて、幕軍を潰走させたのは日本人のみなさんがいちばんよく知っていることである。 かように日本人というものは、変化の兆しとしてむかしのことを思い出す努力から始めるのです。 実際、わっしが日本に行っていたときも、わっしの日本人のお友達たちは「むかし」の話をよくした。幕末の話がいちばん多かった。このブログに朝から酒を飲んで同僚と牽制しあいながら、なーんにも仕事をしないで仕事をしているふりだけをして帰ってきてまた酒ばかり飲んでいる江戸時代の役人たちの話がよく出て来ていたりしたのは、そーゆー日本人の友達の話を聞いて、「へー、そーなのか」と考えて買ってきた本を読んで書いた。 たしかに、いまの地方行政機関の役人とかとよく似ておる。 そっくりです。 日本人には「お上」というものへの信仰がある。 今回、問題の解決を難しくしているのは明らかに文化のその「お上信仰」の部分だと思います。 日本のひとと話していると、日本ではなにか「絶対的に正しいもの」がどこかにあって、それを学ぶのだ、という気持ちが強いように見える。 なにによらず、天上のどこかに「これが正解」というのがハナマルに囲まれて燦然と輝いていて、それをはやく見つけたほうが勝ち、っちゅう気持ちが強いよーである。 しかし、ですね、むかしフォーク・クルセーダーズが歌ったように「青年は荒野をめざ」さねばならんのだ。せーねんはこーやをめざす、とか言われると言語感覚のあまりの古さに腰が抜けるが、アイデアとしてはよいと思う。 ものごとというのは自分で行って見てみないと、わからん。 日本のひとはつくづくトーダイとかキョーダイとかを有り難がりすぎるのであって、まるで時代劇に出てくる「お侍さまあ、うちの娘を助けてくだせえええ」と叫ぶ純朴なお百姓のようです。 トーダイやキョーダイのひとはマスメディアに行ったのや大企業に行ったのや政府に残っているのやで手分けして、いわば「同学歴支配」を行っているだけではないか。 MOF担というものが伝統的にトーダイ出身者のものであったことをなんとも思わないのはヘンではないか。 しかも彼らの能力は驚くべき勢いで下がっている、と思います。 多分学校へ選抜する試験が適切でなくてちゃんと機能していないからでしょう。 「ガメちゃんのブログ、けっこう面白いじゃないの」 と銀座某所の日本料理屋でとーちゃんの友達のOさんが言います。 二年くらいまえのことである。 げっ、なんでそんなこと知ってんだ、やべー。 義理叔父のバカタレがばらしたに決まっておる。 ゆるさんどお、と焦るわっし。 「2ちゃんねるのヨーチな青少年にからかわれて、ずいぶんかっかしてるのねえ」 と言う。 「まっ、ああいう人間たちはいづれ罰せられなければならないし、あれをやっているNというひとも、税金も裁判所に命令された金も払っていないようだから、そのうちに相応にしかるべく処置されないといけないと思いますがね」 しかし、こーゆー考え方をしてもらえないだろうか。 日本の、むかしなら田んぼから這い出ることが出来なかったひとたちが、みんなが見ているところで何かが言えるようになったのなんてのは、日本の歴史では初めてである。 お上に盾突いても、上司の悪口を言っても、次の日に布団のなかで震えなくてもよくなったのは、この国では初めてのことなんです。 だから舞い上がってしまって信じられないような(一度はやってみたかったのだろう)傲慢なもの言いをする愚か者も出てくるし、ゴミのような品性そのものをさらけ出してしまうものも出るが、ここでいますぐ、ああいうものをつぶしてしまうというのは、少なくとも自分には考えられない。 … Continue reading

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