ひび割れた青空

子供のとき、かーちゃんに買ってもらった中国の話を集めた本が好きであった。

「邯鄲の夢」や「鯤(こん)と鳳凰」の話、枕水漱石もそのとき初めて英語で読んだ。

そのなかにひとつ中国のひとの不思議な想像力に打たれてしまう話があって、それが

「杞憂」

http://www2.odn.ne.jp/kotowaza/sub20-1-2-1-koji.htm

なのでした。

説明しなくても普段の会話に使っているくらいだから日本のひとは話をよく知っているわけである。

この話を読んでから草原に寝転がって草の匂いをかぎながらニュージーランドの大空を眺めていると、実際に空が大伽藍であって崩れてきそうな気がして困った。

ニュージーランドの空は、他のたいていの国と違って地平線に近いところまで深い色の青です。白くぼやけていたりしない。

だからものすごく大きな空であって、わっしはニュージーランドよりも空が大きい国を他には知りません。

わっしは、あの気が遠くなるように大きな青空の下で牧場を駆け回ったり滝壺で泳いだりして育ったのをとても幸せなことだと思っています。

しかし、いまはそのニュージーランドの大空が崩れてきそうである。

そればかりか足下の地面も割れかけている。

ニュージーランドは小さな国です。

人口は出生率が高くアジアからの移民が増えて最近ものすごく増えた、といっても340万人かそのくらいにしか過ぎない。

小さな国の政府をマルドゥーンの「Think Big」が生み出した危機以来、小さい政府を指向するように変わってボルジャーに至って政府を更に小さくして、議員の数まで減らして減量に減量させて、そこへ新しい金融技術を導入して好景気を作り出した。

観光業も最近では羊をどんどん減らして作り出したワイン業も好調でしたが、国の繁栄そのものはわっしの職業上の観点からいうと、より多く高金利の設定が可能な社会の性質を利用したいわば「金持ち用の賭場の開設」という市場が人気を博したことによっています。たとえば、この賭場を利用したマハティールとジョージ・ソロスの一騎打ちは有名であって、ソロスは大勝して負けたマハティールは、「今日のアジアの経済危機は実直なアジア人の汗のたまものを博奕の対象にした西洋人の投機の結果である」という、これも有名になった過激な内容の演説をぶった。

字面だけ見ていると立派な言辞なのに玄人衆が冷ややかな笑いをもって迎えたのは、

みな裏側を知っていたからです。

「汗の賜物」を一気にさらっていきたかったのは、当の本人だった。

ニュージーランドのような国の経済というのは、ヨットで遊ぶ習慣があるひとがいちばんよくわかるでしょう。それも400フィート、というようなヨットではなくて、ほんの短艇に帆が生えたようなのを思い浮かべるとわかりやすい。

向かい風でも追い風でも操船しだいではぐいぐい前に出て行けます。

しかしガスト一発であっというまに沈没してしまう。リカバリが利かないのと、操船そのものが大きな船に較べると極端に難しいのが欠点である。

わっしが初めに「こりゃ、やばいだろう」と思ったのは、2002年のことでした。

わっしは夏休みにちょっとした悪戯で考えたことで思わぬ金額を抱えてしまったので、

どうするべ、と思って銀行へ行った。

エラソーで、あんたはシベリア収容所の女看守か、それともナチの女看守の生まれ変わりか、といいたくなるような威張り狂ったねーちゃんがやってきて、わっしに「投資のプロ」としての観点から縷々と最近の金融工学の最先端を駆使した金融商品の数々お説明します。

ところが、その説明が全部間違っておるのだ。

ありー、と思って伝手をたどって「金融専門家」のみなさんとニューヨークやロンドンで話してみて判ったのは彼らが「屋上屋」を架してビジネスモデルをつくっているのであって、多分、誰にも損をしているか儲かっているのかわからなくなるであろう、ということだった。日本の場合は金融家のモラルが問題の実体だったのですが、えーかげんなことをやっていれば必ずボロボロになってくる大金が動く世界の人間のモラルの低下(それも、ちょっとでそういう世界を知っていればわかりますが、普通の世界のひとが想像しうるような程度のモラルの低下ではない)に加えて、この場合は、「なんとなくもっともらしいだけで、実は誰にも見通すことが出来ないビジネスモデル」というほとんど原理的に大爆発を起こすしかない爆弾を抱えてしまった。

世の中を動かしている人たちの基本的な理屈というのは「いままでも大丈夫だから、これからも大丈夫に決まっておる」です。

うっそお、と思うかも知れないが、つまるところこの世界を動かしているのはその理屈ひとつしかない。石油のような資源の問題も、温暖化も、すべてその理屈で処理される。

しかし、わっしは世の中の忙しいひとびとと違って暇人なので、ひとつひとつ場合分けをしてビジネスモデルを分類していった。その結果、健全なのは1割くらいであって、あとはペケも良いところであった。

それで「北京五輪の年が地獄の年になる」と言い続けてきた。

このアホブログにさえ何回かその話が出て来たのは、みなさんが知っているとおりであって、シャチョーがそれまでのものすごく利益率が高かった商売を捨ててゲーム業に鞍替えしたりしたのも、そのせいでもある。

っちゅうか、義理叔父の「ガメの言うことを聞くべ」という説にうなづくときには、もう人生の終わりを覚悟した、のだそうです。

でも野茂になれるのなら、それでもいいと思った、のだそうである。

その頃のシャチョーのことは、ずっとむかしのブログに出て来ます。

義理叔父などは、ほとんど中国共産党の長征のような大撤退を行った。

わしの近しいひとたちは、みな「ガメはアホである」というのを知っていますが、一方では「あれは座敷童子とか仙台四郎みたいなもんである」と思っているので、そーゆーときになると意外とゆうことに耳を傾けるのです。

その結果、みなが地獄の釜の入り口から逃れたのはよいことであった。

(そのごほうびとして、わっしが遊んで歩く金をみんながよってたかって出してくれることになったのは、もっと良いことであったが)

そうやって個々のひとびとは「もっともアホなガメの言葉に順う」という離れ業を演じることによって地獄のふたが開いた瞬間

http://d.hatena.ne.jp/gameover1001/20080811/1218804934

にはすでに辺獄を離れてことなきをえたのでしたが、国のようなものは、そうはいかむ。

日本での報道とは異なってオーストラリアやニュージーランドには、まだ「不景気」は来ていません。そーゆーと、またヘンなことをいっぱい言いに来るバカが寄ってくるのが見えているのでこうやって言っているだけでもうんざりします(わっしが前にもましてマジメなことを日本語ブログに書かなくなったのは、そーゆーひと…というのは「それは違う」という意見を述べに来るのではなくて、『おまえはバカで間違っておる。わしが正しいのを知らんのか、このバカ』と訳のわからん威張り方をしにくるひとですが…が日本語ブログに限っては多いからです。科学についても金融でも幼稚園児でも知っているようなことを自分の新発見のようにふりかざして言いに来る)が日本人に多いが、来ていないものは来ていない。

わざわざシドニーにまで行って確かめてきたのだから間違いありません。

わしはシドニーとオークランドに観測所をもっておるしな。

でもどうも4月は危なそうである。

わっしがこの頃シエスタの寝床でモニのすやすや眠る寝息を聴きながら、

「ダイジョーブかなあ」ころころころころ(ベッドのなかを転がっている音)

「やっぱり無理かなあ」ころころころころ(ベッドを逆方向に転がって戻ってくる音)

を繰り返しておる。

オーストラリアは資源の市場原理がからんでくるのでまた別なので、ここでは長くなりすぎるので触れませんが、ニュージーランドは、まず国民の貯蓄率が低いので、たとえばキィウィバンクひとつでも本格的な救済をするとなると政府の財政への打撃が大きすぎる。それなのに「銀行は救済する」と約束してしまったので、財政的に破綻する可能性がとてもとても大きいのです。

そうなると、国民は50万人を越える規模でオーストラリアに移住するでしょう。

ところがオーストラリアには、こちらは普通の人間では直感的にわからないような経済上のアキレス腱があるのです。

(最近観察していておもったのですが、冗談ではなくて、あの国では首相や閣僚も、ほんとうにそのアキレス腱に気が付いていないようです。統計を読める人がいないのだろうか?ちょっと不思議な気がします)

もしかするとタスマン条約を揺るがすところまでも行ってしまう可能性すらある、と思う。

いまあちこちの国で行われていることは、金融家が腐らせた水を捨てて、税金という水道水をじゃぶじゃぶじゃぶじゃぶと注ぎ込んでいるところです。

「税金は誰かよその人の金」というのは日本人だけでなく世界中のひとが陥りやすい錯覚ですが、もちろん、そこに使われた金は後で何年もかかって国民のひとりひとりが払っていかなくてはならなくなる。

日本でも銀行がアラブ人が呆れるような値段の付け方をした海外不動産投資(実体価格の5倍なんてのはザラであった。ゴールドコーストやロスアンジェルスのようなところに行くと、いまでも笑い話がいっぱい転がっています)や闇社会のひとの懐にねじこまれたせいで消えた何千億何兆円という金を、これから国民が払っていかなければいけない訳ですが、国の側から見ると日本などは国民を欺して、国民ひとりひとりの懐に手を突っ込んで金を抜き取ってすってしまっても文句を言う可能性が皆無の国民なので、運営が楽な国なのです。

欧州人は、ものすごく抵抗する。

ニュージーランド人は、個人が貯金をしないので、それ以前にだまし取るべき金がない(^^;)

だから危機にはものすごく弱いのです。

常套手段の金利上げも今回は使えないので、ニュージーランドの中央銀行が出来ることは著しく少なくなってきた。

「ガメ、チャンスだな」と電話を寄越す友人はたくさんいますが表面化が近いかもしれないニュージーランドの経済状況を横目にわっしが、もごもご言って返事をしないのは、わっしにとってはニュージーランドというのは、あの青空と緑の輝かしい大地の国であって、ショーバイとは関係があってほしくない国だからである。

欧州の街らしく、大気汚染がひどいバルセロナの空を見上げながら、わっしは思うのであります。

「奇跡が起こってどうにかならんかな。オーストラリアのバンキングシステムが持てばなんとか」ころころころころ。

「やぱり無理かなあ」ころころころころころ。

どん。(考えに夢中になりすぎてベッドから落ちた)

画像はバルセロナのあちこちにある公衆水道。

バルセロナ名物の断水があると、おばちゃんたちやおじちゃんたちが、しょぼしょぼと水を汲みにきます。

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2 Responses to ひび割れた青空

  1. 菜苦し says:

    「杞憂」って、「杞」という人がありそうもないことを無闇に心配する話だったかなと出かけてみたら全然違う。知的レベルの低さを露呈したままでは引き下がれないので、かわりに「混沌」を、ものを参照しないで思い出してみます。「混沌」か「沌」という人から素晴らしいもてなしを受けてたいそう喜んだ賢人たちは、普通の人のようにととのっていないのは可哀想であるからと、お礼として他の人と同じように七つの穴をあけてあげようとお節介する。七つめの穴を穿った時混沌氏は死んでしまう。もしかすると違う話をごっちゃにしているでしょうか、という故事成語に疎いことがやっぱり糊塗

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  2. 菜苦し says:

    文字入力が調子が悪いので「しきれませんでした。」が抜けてしまいました。

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