Daily Archives: March 13, 2009

人種差別

日本人は「人種意識」が闇雲に強いので有名である。 「人種」というが、よく聞いてみると「民族意識」と言った方が良いもののようである。 どこからどう見ても同じであってDNA解析上も小さな生態隔離ともいえないほどの隔離以外は「まったく同じひとたち」である中国人に対しては「同族意識」を持てないもののようだからです。 日本人の「人種意識」の強さはよくパーティやなんかでも話題にのぼります。 どうして、ああ、なんでもかんでも自分たちが人種差別にあった、ということにしたがるのであるか。 よくある話のパターンに順うと、日本人のカップルがレストランへ行く。 ぎょっとしたようにして迎えるウエイタ。 雰囲気を押して席に着くと誰も注文を聞きに来ない。 途方に暮れる日本人のふたり。 というふうに続くもののようです。 でも、ほんとーに、そんなことあんのかな。 レストラン側から見たバージョンはこうです。 このレストランは16世紀からやっているのが誇りであって格式が高い。 ロンドンの人間なら相当なバカでもジャケットくらいは着て来ます。 あーゆー場所ではポロシャツとジーンズでは裸でいるよりも具合が悪いからな。 ところがそこへテニス帽(?)にベスト、くたくたのズボンにデニムのシャツという出で立ちの日本人中年カップルがやってきた。 ご丁寧にバックパックまでしょっておる。 すみませんが、あちらのバーで支度が出来るまで待っていていただけませんか? とウエイトレスのねーちゃんが言うと、「ツー、ツー!」と叫びながら窓際のテーブルに突進して座ってしまう。 こりゃ、てーへんそうだ、というので、ウエイタ頭が出張ってきて面倒を見ることに決めますが、他の客を先に相手にしなければいけないのと、英語が通じないので最後に回します。レストランのひとたちも、この異様な風体のふたりが待遇に不満であったのは気が付いておったそうである。 このレストランのひとたちは、日本に帰ってからこのカップルが書いた長文の「あなたがたの恥知らずな人種差別」に抗議するメールをもらったそうです。 ヤフー、とわしらは言う。 この十代のガキめらは、人が嫌がることならなんでもする。 美人のねーちゃんを見れば、クルマで通り過ぎざまに「ねーちゃん一発やらせろ。いくらで、やらせんだ?」っちゅうようなことを必ず言う。 モニもパリにいるときには夜中に散歩していると、その手のアホガキたちにうんざりする、とゆっておる。 クライストチャーチなどは田舎なので他にやることがないのでしょう、この手のバカがいっぱいおる。 これらは2ちゃんねるやなんかに巣くっている日本人の役立たずのバカと精神の構造が同じであって、他人の嫌がることをかぎつけることに関してだけは抜け目がない。 他には能がない。 当然、アジア人を見れば、アジア人がもっとも嫌がるのは人種的なことだと知っているので、「やーい、黄色いアホめ、てめーの家に帰れ」と言います。 それが相手にダメージを与えるのに最も効果があると知っているからです。 しかし、それを「人種差別」というだろうか? きみは「なんという幸せな」というかも知れませんが、わっしは、言葉の真の意味での 「人種差別」などというものは、この世界から、もうなくなってしまっている、と思う。 「人種差別」というものが存在しうるのならば、当然その前提として存在するべき(windwalker用語でいう)「白人至上主義」というものが、笑い話としてしか存在しないからです。 わっしは「人種差別」をしたいひとがいなくなった、とゆっているのではありません。 酔っぱらってトーダイを出た人以外は人間だとは思わない、と言い放った宮沢喜一は「学歴差別」と言う時代遅れなことを出来る人であったのであって、心の奥ではごく自然に「韓国人や中国人に較べれば日本人は優れている」と信じているのだと世界的に噂されている日本人は、そうだとすればみな立派な差別主義者だが、 まさか、もうそんなことはないであろう。 「人種差別発言」など、嫌がらせのいちパンチとしてしか存在しえないのではないかしら。 しかも、西洋世界では仮にそういうことをゆったのがばれるとたいてい地位も名誉もみいんな灰になる。 心の中は別だとしても、口に出してそんなリスクを冒すほどバカどもが勇気をましたのだろうか? … Continue reading

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