Daily Archives: March 16, 2009

EL FARO

輝く太陽のせいですっかりひからびてしまった ぼくの言葉で どうして世界が語れようか この世界にはいろいろなひとがいる。 あるひとたちは、政治問題に興味があるであろう。 人種問題に興味があるひとたちもいれば、自分をどれだけえらく見せられるかということにいちばん興味があるひとたちもいるわけだ。 「よりよい職業につくために」勉強する、物事を根本から誤っておるひとたちもいる。 金と権力を混同して金に憧れる人までいる。 でも、そういうひとたちとは根本から異なった「部族」はいまでもいる。 この部族に属する人たちは、たとえば、少しでも「エレガントな」数学の問題の証明を考えて深酔いして場末のバーで眠る。 たった四小節でもよいから美しい音符を並べようとして悪魔に魂を売ることまで思い詰める。 たった一本の曲線が描けなくてアル中になった画学生をわしは知っておる。 セビリヤのタブラオでは一拍のそのまた半分のリズムを外して泣きくずれるフラメンコの踊り手がいるだろう。 パリの狭い狭いアパートの一室では若い女が水彩の自画像の最後の一色が気に入らなくて、自分の画架の絵に火を付けている。 バルセロナのギターバーでは、演奏の最後の一瞬少しだけ音を外してしまったギタリストが満場の拍手に振り返って、「豚どもめ!」と小さい声で言うだろう。 このひとたちは、みな、わっしと血を分けた同族である。 輝く太陽のせいですっかりひからびてしまった ぼくの言葉で どうして世界が語れようか だからわっしは夜の街を歩くのだ。 無慈悲な太陽が暴き出してしまった世界を、 夜は隠してくれる。 沈黙と暗闇で、人間の醜さはすべて見えなくなる。 大きな声では言えないが、わしには他の部族に興味をもつ理由などなにもない。 壁に飾られた絵の一本の線が気に入るかいらないか、 その他に人生に意味などあるわけはない。 四小節の音楽の美しさがわからないひとは、ついに世界が理解できないひとである。 だから。 輝く太陽のせいですっかりひからびてしまった ぼくの言葉で どうして世界が語れようか あなたの美しい手のひらの向こうに広がる青空を どうして言葉で表現できるだろう ぼくの頬に触れる あなたの唇の柔らかさを どうして言葉で表現できるだろう わっしとあなたは こんなにも長い間ふたりでこの本を読んできたが 読み終えるときがくるだろうか この世界にも語り終えられるときがあるのなら 終止符のある言語があるのなら また同族に会えることになるのだが。

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人種差別3

人種差別、とひとつの言葉を使うがわっしはこの言葉が意味しているものはもっとも大きく分けてふたつの違うものを指していると思う。 A その人種が属している本来の文化・習俗・立ち居振る舞い・あるいは感情の持ち方からなにからいっさいの存在とその属性を認めない人種差別。 アフリカ人に対する合衆国のコーカシアン、特にアングロサクソンからの差別がこれです。奴隷船に詰め込まれて北米大陸に強制連行されてきたアフリカ人たちは好きでやってきたのではないにも関わらず所有権移動の自由教育はおろか、コーカシアンと同じ場所に出入りすることも制限されておった。 アングロサクソンは長いあいだなんとかしてアフリカ人を文字通り抹殺しようとしてきたが、アフリカ人たちはたとえば初めのうち音楽で抵抗した。それは「自分たちの音楽を認めさせる」という極めて消極的な抵抗でしたが、これは意外と利いたな。 (当時の旦那衆にとって)嘆かわしいことには、若い衆が、そのアフリカの地面から直截やってきたリズムにいかれてしもうた。 日本のひとでも、渡辺貞夫、というひとが「アフリカの大草原に行くとひとの歩きかたから呼吸、風まで全部ジャズなので驚いた」とゆっておる。 エルビス・プレスリーというのは、そーゆー意味で大きな存在であったとわっしは振り返って思うのであります。 プレスリーがそれまでとまったく異質な音楽を携えて舞台や映画で熱狂を博していた頃は、ごく一部のひとを除いては誰もそれが音楽的に言ってアフリカ人の音楽のデッド・コピーだとは知らなかった。 それから連合王国からビートルズがやってきてローリングストーンズがやってくる。 両方ともアフリカ人のコピーであった。 もっともこれら連合王国人たちのほうは知っててやっていたんだけど。 特に後者は十分過ぎるほど自覚がある模倣者であって、軽く十年は古いアフリカ人のスラングを使ってみたりしてアフリカ人たちの失笑を買った。 いまに至るまでローリングストーンズの評価がアフリカンアメリカンたちのあいだで低いのは根本にはそういう理由があるでしょう。 その僅かに開いたドアの隙間をこじ開けてアフリカン・アメリカンたちが、どうやって 「アメリカ史上初めての黒人大統領」オバマをもつところまでやってきたかは、わっしがうまく話せることではない。オバマが大統領になったのを契機にして丁度いまは大量に、その戦いの歴史の本が出ているときである。 自分に向いてそうな一冊を択んで是非読んで見ることをお勧めします。 人種差別、ということではなくて、「人間」というものを考えるよい機会であると思う。 カシアス・クレイの英雄的な物語や「I Have A Dream」(これは「私には夢がある」という意味ではないので英語のままにしておきます)という英語世界では知らないひとがいない有名な演説を行ったマーチン・ルーサー・キング、ブラック・パンサーたちと、当時の名のあるアフリカ人たちとの葛藤、というようなものは物語としてもひとを感動させずにおかないものである。 以前からブログを読んでくださっているひとたちはみな知っているように、わっしはむかしからアフリカ人の友達が多い。アフリカンアメリカンもたくさんいるが、アフリカ国籍のアフリカ人も多い。わっしがブログで「わっしにはたくさんのフランス人の友人がいるが」というときの、その「フランス人」の半分はアフリカからフランスにやってきたフランス人たちです。 アフリカ人たちはアフリカ人の文化として一般化できそうなことだけを挙げても、一般に繊細な気持ちの優しいひとたちであって、いったん友人となると裏切ることの少ないひとたちでもある。共に何かに対して戦う、というときも、最も戦士としての姿勢をもっているのは、アフリカ人たちであって、同じ戦列に並んでいて、これほど頼もしいひとたちはいない。 アフリカ人の実質が明らかになってくると特に21世紀にはいってから合衆国や連合王国のような国ではアフリカ人に対する差別は急速になくなってきた、と思う。 きみがどこかの国へ行くとき、その国が人種的軋轢に苦しんでいる国であるかどうかを見分けるのに大都市の「ミクストカップル」(人種が違うひと同士のカップル)の数を見てもダメです。男同士女同士の友達の数を見ているのがいちばんよい。 人種差別がひどいかどうかの最もよい指標はそれであると思います。 夕暮れのロンドンを歩いてみるとわかる。 アフリカ人とインド人と中東人とコーカシアンたちが、みなでパブの小さなテーブルの周りに立って馬鹿話に打ち高じているのをきみは見るはずである。 いまのこの世界で最も人種偏見が少ないマンハッタンは言うまでもない。 わしは子供の頃からアフリカ人たちが大好きであったので、このことを無条件に良いことであると思う。 ついこのあいだまで起きているあいだじゅう「自分は黒人である」と意識して振る舞っていなければ生命の存在すら危なかったのに、いまは自分の肌の色を忘れてコーヒーを飲んでいても罰せられなくなった。 わっしは、むかし読んだボールドウィンが有楽町の帝国ホテルで書いた短い文章がいまでも忘れられない。 https://gamayauber1001.wordpress.com/2008/09/26/wish-you-were-here/ 物事の悲観的な面ばかり夢中になっているひとたちは、「いやいやまだ人種差別はある。人間性というものは抜き差しならぬ。そうそう変わるものではないのだよ」としたり顔で言い募りますが、そう言っているそばから世界がどんどん(良い方へ)変わって行っているのは世界を旅行してあるけば明かではないか。 わっしはアフリカ人たちへの差別が死に絶えつつあるのを目撃していることだけでも、わっしの世代に生まれついたことを誇りに思う。わしらの世代は、いま30代の人間たちとはまったく異なる。新しい世界を築きつつある人間なのだと思う。 B  アジア人に対する差別。 こっちは端的に(表層的な)「自分と異なるものへの嫌悪」だと思う。 一方で、アジア人の文化を価値のないものだと考えたり、習俗を認めなかったりする、ということを伴わないのは、言い換えると、「人間として認めていない」ということではないのは、別に日本のひとを喜ばせるために言うのではないが、日本のひとのせいでしょう。わっしには、このブログにも二回登場したとんでもない差別主義者のテキサスのおっちゃんの友達がありますが、このひとはアジア人というとどうしても「未開」だという頭が抜けないのに軽戦闘機が好きなので、どうしてもゼロ戦が嫌いになれない(^^;) ゼロ戦をつくった日本人という人間の集団にも、感じたくないのに尊敬心をついもってしまう、という奇特なひとです。 もっと生活に近いほうでいうと、なんと言ってもホンダという会社の存在が大きかった。 … Continue reading

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