Daily Archives: March 17, 2009

洞窟のなかの日本人

日本のひとは「人種」の話が大好きである、と思う。 大事な話なのはわかっているが、どうも人種の話なんていつも考えているのはやだな、と思ってゲームの話でも読むべ、と思ってひさしぶりに2chのゲームスレッドを見たら、 わっしは「自覚のないレーシスト」なんだそうである。 そーですか。 ゲームスレッドでまで人種差別主義者捜しをしようなどというのは、日本の人ならではである。 起きてから寝るまで人種問題について考えているのでしょう。 なんという思慮深い国民だろう。 アニメの話をしても人種、ゲームのキャラクタの話でも人種、 人種人種人種。 いっそ日本人は黄色人種ではなくて白人種に超越した「日本人種」であるという学説を打ち立ててみればどうだろうか。 だからどこのパーティにも日本人は呼ばれない。 薄気味が悪いから、でしょう、 表情からは何を考えているかわからないので、いろいろ話しかけてみると、 「黄色人種に対する人種差別をどう思うか」と訊く。 しらねーよ、そんなこと。 そんなに「世界で一番の人種」になりたいのなら、いつでもアフリカ人や他のアジア人たちと協議して「日本人がいちばんの人種です」という認定書でも表彰状でもつくってあげるから、少しは人種の話を忘れて、もうちっと楽しい話が出来ないものか。 わっしはときどき素朴に思うが、自分のクラスになにかきっかけがあると 「ぼくのお父さんは子供の時260年間引きこもっていたけど会社でいちばんぶちょーになるのがはやかったんだよ」 「きみ、今度の通信簿、5はいくつあった? ぼくなんか「女性の人権」以外は全部5だったんだぜ」と言い募る友達がいるとして、 そんなクソガキを自分の昼食会に招待したいと思うかね。 日本のひとは、ときどき、このクソガキにとても似ていると思うことがある。 わっし個人の「人種」についての意見は簡単で、普段「人種の違いについて考えたことなんかない」のです。だって、わっしのむかしからの連合王国やニュージーランドでの「ダチ」は、アフリカ人やアジア人、アラブ人、ユダヤ人、スラブ人、北欧人、ヘンな奴ばかりだけど、「人種」という観点から見直してみると、いろいろな人間なのであって、 個人としての違いはたくさんあるが、「人種」による違いなんて全然ない。 だからわしが「人種」のことを考えるというときには「なぜ他の人間が人種ということを問題にするのか考える」ということでもあるのです。 わっしは日本が好きだと思うが今回のように「人種」についてのブログやサイトを読んでいると、日本のひとのこーゆーところはいやだなあ、と思う。 どーして、ここまで人種に拘るのだろう。 誰か日本のひとでうまく説明してくれるひとがいたら説明して欲しいっす。 このままでは、わっしの頭のなかでは日本人は「人種変態」集団として定着してしまいそうである。 日本のひとは観念の洞窟に住んでいる。 暗い洞窟に蹲って、「人種差別」や「反日運動」や「日本を貶めようとする勢力」について悪夢を見ては汗臭い寝床から跳ね起きる。 そんなもの、どこにもないのに。 洞窟から歩いて出て行ってみれば、そこにはきみを大好きな綺麗なねーちゃんや、 「きみに会うのは初めてだが もし会えなかったらどうしようかと そればかり考えていたよ」と言う友達が待っているのに、きみは「洞窟の外の世界は君を憎んでおる」という 声に怯えて洞窟のなかでまどろんでいる。 バカバカしい。 日本のひとは観念の洞窟の中で決して明けることのない夜を更新しているだけに見える。 洞窟の外には何回も朝が来ているのに。 具体的提案1:「日本のひと。なにもかも捨てて、どこへでもいい、一年間有効の航空券を買いなさい。目をつぶって、その土地で(観光ビザが切れる)最低三ヶ月過ごせばよい。何を考えるのでも、その後にしたほうがよい。 あなたは現実を知らなさすぎるのだ。 windwalkerさんは友達だが、でも「タイのようにはなりたくないからな」というところで、もう「幼さ」が出てしまう。 … Continue reading

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人種差別4_普通の人の観点(続き)

帰ってきました。考えてみたら今日は月曜日なのでエスニックレストランはみな休みである。日本風スペイン料理屋というかスペイン風日本料理屋というかも休みでした。 モニとわっしは近所のいつ行っても金持ちアメリカ人がやたらと多いレストランに行って夕飯を食べた。 何の話をしていたのであるか? おーそーか、ニュージーランド人の「考えたことは何を話しても良い」という伝統について話していたのであった。 この伝統がお互いに了解される同族間の習慣であった頃は、これはこれでよい習慣だったのだが、異文化の外国から移民が増えてくると、新移民のひとにとってはたいへんな侮辱と受け取られるようになった。 たとえば中国から移民して来た人は、他の国ではパーティとかで隣の人に、「あんたらはチベット人の人権を踏みにじってどーして平気なのか」とは訊かれません。 中国の人が感情を害するに決まっておるので、訊かない。 でもニュージーランドのひとは、ヘーキで訊きます。 特別に抗議しようとしているのではない。 ニュースで見て不思議だと思ったから訊くのです。 わっしの義理叔父もパーティで元大使夫人に「どうして日本人はああやって自分の国の自然を破壊してヘーキなのか」と訊かれて絶句した、とゆうておった。 実はこの「ブラント」な習慣はもともと連合王国人のものです。 しかし連合王国人は「仲間内」でしかやらん。 ニュージーランド人は子供みたいというか単純というかアホというか外国人相手にも同じ習慣を適用してしまう。 アジアの人がニュージーランドで人種差別的な発言にあって苦しむことが多いのは、ひとつには、そういう背景もあるのでしょう。 (ここから先はうまく言えるかどうかわからないが)アジア人がひとりもいないところではコーカシアンたちは当然全然違う態度で人種的な話をしますが、コーカシアンの立場から見て人種差別の度合いというものにあえて順位をつけると、 1位は合衆国(マンハッタンと東岸と西岸の大都市を除く) 2番目にひどいのはオーストラリアのクイーンズランド州 3位大陸欧州 っちゅう感じでしょうか。 それとは異なってわしがアジア人であったとして一番人種差別的な言辞に会いやすいのは 1位ニュージーランド・カンタベリー(あんまり言いたくはないが、ほんとなんだからしようがない。アジア人のひと、いつも怒ってるもんな) 2位オーストラリア・クイーンズランド州 3位欧州大陸 ですかの。 えっ、「欧州」が3位なの?と思う人もいるかも知れませんが、多分、気が付かなかったとしたら言葉がわからなかったせいではなかろうか。 あのひとたちのやりかたは、あんまり見た目の「様子」ではわからんもんな。 そのうち日本のひとが言いたがるような深刻な「人種差別」がマジで生き残っているのは合衆国の内陸だけです。 わしがアジア人なら、あーゆーところには住みたくない。 (ところが、こーゆーところが一番「人間性がよい」ところなのが面白いところだが) ニュージーランド人のアジア人差別などは根が浅い。 いざマジメに「人種」について話すということになるとコーカシアン同士で話しているときでもアジア人を交えて話しているときでもニュージーランド人の言うことは、あんまり変わらん。 合衆国人とは、そこがいちばん違う、と思います。 普通のひとの「人種」の意見についてもっと紹介しようと思っていたが、やっているうちに嫌気がさしてきてしまった。 つまらん。 わっしには「人種」とかについて考える習慣がもともとないのです。 そんなの、どーだっていいじゃん、とつい思ってしまう。 強いて言うとなんでもかんでも人種に結びつけて考えたがるひとや、人種のことを言い立てたがる人は、(わっしの感覚では)彼らこそが「人種差別主義者」なのであって、 たとえば英語世界では「世界最悪の人種差別主義者集団は日本人である」というのは残念なことに常識になっていると思いますが、それはなぜかというと、理由は簡単、 日本のひとが「人種」のことを言いたがりすぎるからです。 … Continue reading

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人種差別4_普通の人の観点

NとPのカップルは大学を卒業して結婚するなり連合王国からニュージーランドに移民してきた。 口に出して訊いたことはありませんが、同国人同士では問わず語らずにわかります。 階級社会が嫌で越してきたのでしょう。 ふたりとも会社員。旦那は通信系エンジニアで奥さんは事務職(経理)である。 1ミリオンダラーの大借金を起こしてタカプナというオークランドの対岸にある町にでっかいプール付きの家を買った。 「だいじょーぶでっか?」とわしが訊くと、 「だいじょぶ、だいじょぶ。タカプナは近隣も良いし値上がり間違いなしだから良い投資である」と旦那のNは自信満々であった。 ところで住宅市場ではタカプナの問題は「アジア人人口」だという。 こーゆーことはアジア人のひとがいる前では絶対に話されないが、ニュージーランドのパケハ(白人のことっす)はヘーキで話をする。 ここが難しいところですが、こういう話をするからと言って、このひとたちが「人種差別」を無意識にしているひとたちか、というと、そーではない。 アジア人の人口が増えると実際問題として、その辺りの不動産価値が低くなってしまうので、たとえばクライストチャーチの金持ちは、エイボンヘッドからアイラム、パパヌイの半分、ブランドワの半分、アッパーリカトンからリカトンあたりまでは絶対に買わない。 タカプナは韓国人の大きなコミュニティがあるので、タカプナに家を買う、というのはやや博打っぽいところがある。 ニュージーランドや連合王国以外の国について、この手のことを言うのはなんとなくその国のひとに悪いような気がするので言わないが、こういう事情は西洋の国ではみな同じです。 具体的には 「庭の手入れをしない」 「パジャマ姿でうろうろする」 「子供と一緒に意味もなく家の前でしゃがみこんでいる」 っちゅうようなことを良く言うな。 実際、かーちゃんの持ち家の近所にも中国の人が越してきて、パジャマ姿でメルセデスのSLに乗ってベーカリーに朝のパンを買いに行く、というので、「誰が文句を言いに行くか」というのでもめたことがあった。 あれは多分中国のひとは、そういう「普段着姿で、でもおれは金はあるんだぜ」というのが格好良い、という気持ちがあるのだろうか。 あるとき雑誌を広げるとNとPの家が「良いデザインの家」として特集されておる。 こういう特集に載ると家の価値は上がるので、わしはNとPの家に遊びに行った。 「おめでとう」というと、喜んでます。 昼食をご馳走になって、しばらくコーヒーを飲んで話していると、 奥さんのPが、ここに来るときにアジア人の女のひとが赤ん坊をもって立ってなかったか、と訊く。 いや、見なかったすけど、と言うと。 ちょっと、良かった、というような顔をします。 どうしたんすか、と訊いてみると、実は前の家にアジア人一家、多分日本人が越してきたのだが、そこの奥さんが赤ん坊を抱いて通りをいったりきたりするのだという。 どうも薄気味が悪い。 なんで、あの奥さんはあんなことをするのだろう。 そう話していると、2階にアルバムを取りに行っていたNが「ガメ、P、またあのアジア人の女が通りに出てるぞ。来てみろよ、ガメ」 わしが呼ばれて行ってみると、なるほど女のひとが赤ん坊を抱いて、通りを行ったり来たりしておる。 「日本人かな?」とN。 そーゆーことを言うのは、わっしが日本にいたことがあるのを知っているので、わっしなら判るだろうというつもりでしょう。 わかんねーけど、違うんじゃない、と応えるわし。 どうも様子が中国のひとっぽいな、と思うのと、ここで「日本人かもね」というと、 じゃ、おまえが談判しに行ってこい、とゆわれそうなのでとぼけておる、という面もあったな。 どうも赤ん坊をあやしているようだ。泣き癖があるのだな、あれはきっと、とわっしが窓から見ながらいうと、「そんなバカな」とNが苦り切った顔でいう。 なんのために外に出てくる必要がある。そうだとすると大変な近所迷惑ではないか。 いったいなんだと思ってるんだ。ここは香港の貧民窟じゃないぞ、とゆって怒ってます。 … Continue reading

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