Daily Archives: March 26, 2009

カタロニアの田舎

カタロニアの田舎についてカタランか。 なんちて。 全然おかしくない、と思ったそこのひと、英語では「カタロニアの」とか「カタロニア人」とか「カタロニア語」とかのことを「カタラン」というのです。 えっ? それは知っているけどやっぱりおかしくないって? そーゆーひととは友達になれんのう。 実はわっしの日本人の友達からメールが来て、「日本のひとはガメが信じ込んでいるほどカタロニアという国について知らん、と思うぞ」とゆわれてしもうた。 ひとが知らないことを知っているという前提で書くなよな、というご趣旨です。 いつもなら「そーですか」とつぶやいて、何もしないところですが、 わっしはむかしこのブログを読んでくれていたことがあるJosikoさんもバルセロナにもう一回行くのだとゆっておったのを思い出した。 しこうして、モニは「わたしは眠いからもう寝る」とゆって寝室にいって寝てしまっておる。 いっぱい時間があるでねえけ。 たまには、ガイドブックもどきみたいなこともするなん、と思いて。 一週間の予定でバルセロナに行こうと思っておるきみ、そう、きみのことです。 あまあーい。 それではせいぜいガウディのサグラダファミリアを観て、やはりガウディのアパートX2も観て、ギュエルおやじの公園に行ってとかで終わってしまうではないか。 観光客御用達の店QuQuでタパスとかでも悪くはないがの、でも欧州では、ほんとうの楽しみはいつも内緒に隠してあるのです。 一ヶ月はとらないと、どうにもならないのではないか。 一ヶ月、いることにしようよ。 それでもってレンタカーを借りて行ってみんべ。 田舎。 中世がそのまんまで居座っている、カタロニアの田舎に行くのはおおげさに言うときみの欧州理解の第一歩になるかも知れぬ。 フランスもイタリアも同じだでな。 欧州というのはたいへんコワイところであって、その「怖さ」が文明というものの正体なのかも知れん。 まずカタロニア人用の地図の上で、地元人用の「トレッキング」マークを見つけて、 たとえば、VUPELLACというような町に運転して出かけよう。 半分くらいのカタロニア人は方向指示器なんちゅう面倒くさいものは使わん。 そのまた半分くらいのドライバは「車線」なんちゅう面倒くさい概念も持たないので、 往々にして高速道路では車線をまたいで走る。 そうすると、分岐に来たときにはどちらにも行けるからな。 ジローナ(バルセロナから50キロくらいっす)から折れて山の方にむかって60キロくらい行くと、こーゆー町が見えてくるであろう。 町の中は小迷宮であって、どこに行くとどうなっとるのかちょっともわからんので、適当にぐるぐる回っていると腹が減る。 そーすると、昼飯を食べるな。 カタロニアじゃもの。 まずい店なんかありもうさん。 だいたい、こーゆー感じの店である。 店がちっさいからとゆってバカにしてはいかむ。 この店はちっさいがスペイン・ポルトガル版ミシュランにも載っておる。 ミシュランに載っている載っていないは別にしても、アホみたいにうまい店です。 カタランのシェフには中世の魔法がかかっておって、まずいものは出せないことになっているのだ。 まず椅子に座ると、こーゆー「突き出し」が出ます。 … Continue reading

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Gala Evora

Gala Evora の歌声は暖かい日の乾燥してさらさらと肌の上を触れてゆく心地の良いそよ風のようです。 欧州人の自然を恋しいと思う気持ちは合衆国人の「自然に帰るのが正義なのだ」とでも言うようなガアガア声の「悪い声」の主張とは違う。 もっと自然な気持ちです。 理由は簡単、というか、普段集住している街が徹底的に石で出来ている人工の王国なのでときどき小さな子供が母親を恋しく思うようにして田舎に出かけて自然のなかにいたくなるのだと思う。 Gala Evoraは、そーゆー意味の欧州的な自然回帰の感じがとてもよく出ている、と思います。 Concha Buikaのようにこっちの観念のレベルをあげていって、魂のrevがあがったところで、えいやっと聴き始めるような歌手とは違う。 テラスにひななぼっこしながらcavaを飲んでいるときやなんかにモニが料理をしながらかけているGala Evoraが聞こえてくるっちゅうようなときにいちばん良い。 声の日ざしが音楽という水面(みずも)に浮かんで揺れているようです。 モニがつくってくれたカルソッツとポテタスブラバスの上に目玉焼きを砕いて載せてそれに小さく切ったハモンを散らしたお昼ご飯を食べながら、Arnaiz のリゼルバをいれた革袋をちゅぅーとしぼりだして飲みます。 練習を重ねてついにカタロニア人並にこのワイン飲み必殺技を使えるようになった。 遠くからカタロニア人たちがテラスで話す低い太い声が石の壁を伝わって響いてきます。 おおげさに「完璧な午後」と呼ぶのでもよい。 Gala Evoraは、そーゆーときに相応しい歌声であると思います。 画像はMontserratのベネディクト修道院、Santa Maria de Montserratの遙かな高みから下界を眺め下ろす少女の彫刻。 十五世紀のものであるのに表情が意外なほど現代的である。

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