Daily Archives: March 27, 2009

中世という定型

鏡のなかには見知らぬ他人が映っておる。 なんだかしまりのない顔だのい。 全然見覚えがない、というわけではない。 なにしろわっし自身の顔だからな。 わっしはこのあいだまでヒゲがもしゃもしゃであった。 鼻の下のヒゲ(鼻ヒゲ、っちゅうのか?)に至っては、サルバトール・ダリのように宇宙に向かってピンと伸ばしてもいいかなあ、と思っておった。 ダリによると、そーすると銀河からやってきた霊感が受信されるもののようである。 でも飽きたな。 わっしの悪い癖である。 なんでも直ぐに飽きる。 自分自身にもとっくに飽きておるから、こうやって日本語でブログを書くとゆーよーな訳のわからんことをする。 いったい何を考えているか自分でもさっぱりわからん。 わっしはヒゲを剃った。 ひさしぶりにヒゲを剃ったので、途中でしくじって顎の左下を切ってしもうた。 ぎょえー、いてえー、と叫んでいたら、モニが浴室にやってきて、切ったところにチューをして綺麗にしてもろうた。 ははは。切ってよかった。 閑話休題。 わっしは「中世」というものが好きである。 日本に対する興味も主に日本の中世に対してのものであったことは前にも書いた。 わっしが「中世」という時代が好きなのは、その時代がどの国にあっても徹底的に「死」という概念によってひとびとが痛めつけられ何の希望ももたされない時代相だったからです。 いまのように地平線まで見通しが利いた世界とは違うのです。 人間は「神」や「一段高いもの」に従属する存在であって、人間であろうとすることは謂わば「本質的に生意気である」と見なされた。 だから運慶は囲繞する死に抗うかのような雄大な筋肉を造形し、紫式部の弟は(当時としては驚異的なことに)神を信じずに死んだ。 http://d.hatena.ne.jp/gameover1001/20080412/p1 世界中で人間はくだらない理由で死んだ。 あるいは殺されたのです。 スペインの田舎で神々しい美貌をもって生まれた少女はただ美しいという理由で異端審問にかけられて拷問のあげく殺されたであろう。 鎌倉の浜辺では若い武士が「あやまりたくなかった」というだけの理由で殺される。 「神」が存在しうる世界では人間は常に異端だからです。 他には本質的な理由はなにもない。 中世の人間は人間が人間でしかないことをどの時代のひとよりもよく知っていた。 それは、わっしの日本語でどれだけうまく言えるかこころもとないが、中世の世界には 人間の思想に「定型」というものがあったからです。 規範があるから自由のダイナミズムがある。 あるいは建築学を専攻した人には判りやすいのではないでしょうか。 建築がエンジニアリングの一分野でなくて芸術の一分野であるのは、建築には様々な定型が厳としてあるからである。 玄関の眼の前に浴室を作るわけにはいかんからな。 「マイルの塔」は当時のリフト技術の制約から現実化しえなかった。 カタロニアには「中世」が色濃く残っていて、それに惹かれてわっしのようなヘンなひとがやってくる。 ここにはまだカソリックが圧制的に残っているのです。 … Continue reading

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