太陽を見つめる人

「ev」さんのコメントを見て愕然としてしまった。

わし日本語、未熟じゃん。全然、伝わっておらん。

タハッ(水木しげるを読んだことがあるひと、あのうだつの上がらない鼻眼鏡おじさんを思い浮かべるよーに)

修行が足らんのお。

「日本語の練習」っちゅうようなものが、日本語という鉄棒をぶんぶん振り回して一日千回、とかという性質のものだと、わっし得意なんすけど。

実際の言語習得のようなものは頭を使うと必ず痛くなってくるので長い間大脳も疲労性筋肉痛を起こすのだと思っておったわしには向いておらぬのかもしれぬ。

さっきしみじみ考えてみたが、春に華やぐバルセロナのアパートの一室で自分の全日本語能力を動員して冴えない日本人おっちゃんになりきろうとしているガイジン、っちゅうのは、どーなんでしょう。

歴史上類例のない存在だ、とは言えるな。

日本語の本に限っても「キティちゃんとえんそく」から小熊英二の「〈民主〉と〈愛国〉まで、あるいはソート・キーを変えて並べると、「源氏物語」から吉本ばななの「キッチン」まで、ばっちし万巻の書を読んだわしと言えど、そーゆーヘンなガイジンは見たことがない。

史上類例を見ないほどアホなだけだとも言えるが。

いかん。

「大庭亀夫プロジェクト」が初回から挫折してしまった。

つまらんのう。

と、ここまで書いて夕飯を食べに行って戻ったらwindwalkerさんのコメントが届いておった。

そーじゃねーよ。

なんでわしがいまさら「小説」っちゅうよーな19世紀20世紀的な表現手段を目指さねばならんのかね。

大庭亀夫という日本人に仮託してわっしの日本文化と日本語への知識をひけらかそうとしただけやん。

くっそおー。

「大庭亀夫プロジェクト」不評やん。

ブログやめて日本語の練習だけ続けるのにはこれがいちばんいいと思ったのになあ。

つまらん。

しょぼしょぼとワインを飲みながら考えてみると、わっしの人生は根本から間違っておるのではないか。

科学の人であるのに、この頃は歴史の本とテツガクの本ばかり読んでおる。

職業には興味がないはずなのに零細資本家になりはてておる。

第一むかしは世界中うろうろするのは主にその土地のねーちゃんとお尻合いになって、もとい、お知り合いになって文化人類学的な造詣を深めるためであったのに、去年の冬の夜に血迷って結婚を申し込んでしまったものだから結婚してしもうた。

やることなすことに整合性がとれておらん。

いかんいかんいかんいかんいかん。

これでは、いかんではないか。

太陽の母上、

わっしはまた道に迷っておる

わっしはこれほどあなたを恋慕っておるのに、眩しすぎて、あなたを直視できないのです。

太陽の母上、

わっしはどこへ行けばいいのか

どうすれば少しでも「弱り切った者」を救いに行けるのか。

わっしは「不況」の向こうでいっせいに空を向く中国人兵たちの銃剣の音や

静かに餓死してゆくアフリカのガキ共の寝息を聴いておる

何が起こるか正確にわかっているのにそれをうまく言えない人間にはどんな言葉が残っているのだろう。

わしには何が出来るだろう。

神様。

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