シナモンクラブの夜は更けて

G20のせいでお巡りさんだらけのロンドンにバルセロナから移動してきたわっし。

と言っても水曜日のことだけどな。

遊び歩いているときと違って自分の会社の用事なのでおおっぴらにクルマのお迎えが使える。

ラッキー。

ロンドンシティ空港に着くと、

わっしの仲良しの運転手のにーちゃんがばっちしスーツで決めてニコニコして立ってます。

やー、元気?

ひさしぶりだのい。

喉のイガイガは直った?

バルセロナにいるあいだに二個増えたスーツケース(モニと旅行するといつのまにかスーツケースが増殖します。きっとスーツケース同士で夜中のクロゼットのなかで怪しからぬことをしているに違いない)を山のように積み上げたトローリーを押して歩くにーちゃん。

空港の外に出ると日射しがロンドンの夏の日射しである。

おー、春だのい、とつぶやくわっし。

夏の日射しなのに春はねーだろ、と思ったきみ、きみはロンドンの天気を知らないでしょう?

暫く待っていると会社のくるまがやってきてにーちゃんの名人芸で、すー、ぴた、と格好良く駐まります。

にーちゃんは気が利くひとなのでクルマのなかのちっこい冷蔵庫にモニの好きなシャンペンとわっしの好きな胡桃餅がおいてある。

にゃはは。

うめー。

にーちゃんは、今日はG20だから混みますよ、きっと、と言う。

いーよ、急いでねーもん、とわっし。

しかし意外や、道は最後まで不気味なくらい空いておった。

クルマの電話が鳴って天井の端っこに付いているスピーカーから、わっしの百倍くらい頭のよいねーちゃんの声が聞こえてきます。

「ガメさん、今日は予定、どーします? どーせ会社には来ないんでしょう?」

わっしがカイシャなどという不吉なところに到着第一日に現れるわけなし。

アパートに戻って昼寝してから、考える、と返事するわっし。

あーのさー、ほら、Rがペントハウスつくったやん、お披露目を今日やるとゆってたから、

あれ行くわ。

あのおっさんはワインの趣味がいーからな。

食べ物はいつも不味いが。

「じゃ、そこで夕食も食べますか?」

モニが横で、とんでもない、と言う。

いや、Rのほうは8時くらいに途中で抜けさしてもらってシナモンクラブでも行くわ。

「じゃあ、8時ちょっと過ぎに予約をいれておきますから」

はーい。

「レストランへは、Rさんのところまでクルマ回しますか?」

ふんにゃ、タクシーで行くからいいっす。

ペントハウスのロビーにはいると、Rのところのガーナ人とオーストリア人の混血の「太陽ねーちゃん」が走ってきます。こーゆー場所で走るのは一日中エネルギー全開でどう考えても体内に核融合炉を持っているとしか思われぬこのねーちゃんくらいです。

「きゃあー、モニさん! ガメさん!来ないのかと思ってたら、来ていただけたんですね!すごい!サイコー!! 」

趣味の良いRが自分で選んだに違いない多分トルコの北から取り寄せた絨毯の上を歩いてゆくと、Rがチュシャ猫のように笑いだけになって立っておる。

イタリア人のすばしこいにーちゃんがシャンペンを注いでくれます。

Rは顔が広いので、ゲイノージンやレポーターやショーセツカや建築家がうろうろしておる。

Rの新しいペントハウスは見事で、 灌木が鬱蒼と茂っている広大なテラスに出てみると、 ハイドパークが見渡せる上にバッキンガム宮殿が見えます。宮殿の塔には今日は女王の在館を知らせる巨大な旗が翻っておる。

わっしはもっぱらRとRの秘書のわしの大好きなおばちゃんとアメリカ人の建築家の3人と、話しておった。

テラスには太陽が降り注いで、まことによい気持ちです。

おばちゃんはRの用事で昨日まで上海に行っていたそうだ。

一週間もいたので、インド料理が恋しくて恋しくて困った。

東アジアはもうすぐ中国のものになりそうです。

あの国の真剣さに日本のひとたちはきっと適わないでしょう。

自国というものへの誠実さと当事者意識が日本人と中国人では違いすぎる。

日本人たちは自分たちの社会について評論家のようなことばかり言うので驚きました。

ガメさんも、もう上海に行ってみたほうがよいと思う。

横で聞いていたアメリカ人のおっちゃんが、「東アジアはいまでも、もう中国人のものさ」と、ふざけてデカイ声で言います。

部屋のなかのひとがちょっと振り返ってこっちを見ておる。

「おれはインドにしか興味がないがね」

Rが、このひとはインドにもう10年住んでいるんだよ、と教えてくれます。

インドのことを移動の仕方からなにから細かいことまで教えてくれます。

ホテルはタタがいいよ、とか、親切なおっちゃんであった。

トーシカやジツギョウカのインドのひとたちを紹介してあげるから、きみのEメールアドレスを教えてください、と言う。

わしがRのほうをちょっと見ると、Rが小さく肯くので、わしはアカウントをおせーてやった。

Rがペントハウスを案内するよ、とわざと少し大きな声で言うと、わっしとふたりだけで、部屋を開けてまわります。

ガメ、ひさしぶりだな、今年はもっと頻繁に会おう。

それから、ちょっと声を落とすと、Tが死んだそうだよ、知っていたかい、と言う。

知ってる、昨日、聞いた、と応えるわっし。

Rが窓のほうを見て、どーも、やはり嵐は来るようだ、と呟いています。

Rの眼にはハイドパークの上に広がる美しい夕焼け空の向こうにどす黒い嵐が見えているのでしょう。

Rとわっしは、それからRのウイスキールームの中に入るとドアに鍵をかけて、椅子に座って、ここに書けない話をした。

ウイスキールームを出ると、Rが「きみの知らない人間をひと通り紹介しないといかんだろうな」とゆって、わっしが会ったことのない演劇人にショーセツカ、ゲイノージンのねーちゃんやおじちゃん、とゆったひとたちを紹介してくれます。

わっしを紹介するときに、Rは「このひとはガメ。世界でも珍しい『なんにもしないひと』です」という。

もっともひとりだけ見るからにバカっぽいねーちゃんに紹介するときだけ、相手の知能の程度にあわせてあげたのでしょう、「このひとは凄腕の投資家です」なんちゃってたが。

(ねーちゃん、まあ、ものすごいビューティフルな方ですね、あなたならジゴロでも十分食っていけるわ、やて、なに考えてんねん、ぼけ)

Rのワインの趣味は良すぎるので、かなり酔っぱらったわしはタクシーのなかで冗談をぶっこきまくって、運転手のにーちゃんは笑い転げ、話に夢中で、マジで警戒中のおまわりさんをひき殺すところであった。

危なかった。

シナモンクラブは、いつ来ても、リラックスした雰囲気の良いレストランである。

コンテンポラリー・インディアン。

ワインリストには、素晴らしいワインが並んでます。

磨かれたワイングラスがテーブルのうえに美しい配置でずらっと並んで輝いておる。

今日に限ってレストランの実名を出しているのは、英語の世界での話ではあるが、シナモンクラブは白人ばかり優遇してアジア人には冷たいレストランだと聞いたというとんでもないひとと会ったことがあって、そんなのはひどいウソッパチだからです。

バカバカしい。

第一ウエイターのひとだってインドのひとが何人もいるではないか。

確かにアジアのひとを見たことはないが、わっしの義理叔父は、わっしと一緒に行って以来、何度も来ているが、アジア人差別なんてとんでもない、と笑っておった。

きっと、寝間着でも着て出かけて、呆れられたのではないか。

シナモンクラブの近くのバーに寄ると、モニとわっしは夜中のロンドンを歩いてアパートに帰った。

公園を通り抜けて帰っても、きょうはまた特別に安全です。

だってお巡りさんだらけだもんね。

こーゆーときに悪事を働こうというアホはおらん。

日本大使館の近くで、わっしは聞き慣れた声に呼び止められた。

要人警護会社のBです。

「ガメ、きみは身体がいくつかあるのかね」とゆって笑っておる。

このあいだ東京で会ったかと思うと、次にニューヨークに行ってもまたレストランででくわす。

バルセロナに根が生えてしまったようだ、と聞いていたのに、

今度はロンドンに戻ってきている。

わはは。

わっしのほんまの姿はゴルゴ13だからな、とゆージョーダンをいうわけにはいかむ。

ゆっても意味がわからんからな。

連合王国人の、特徴のある「おやすみなさい」を言うとBはまた仕事の現場のほうに歩いてゆきます。

あー、連合王国はやっぱり楽じゃ。

と思わずジイサン的感慨をもよおすわっし。

第一、みんなエーゴで話が通じるやん。

物事が言った通りにすすむしな。

オーストラリアやスペインみたいに、いちいち約束を再確認したり念を押したり、

交渉したりしなくても、相手の返事をそのまま信用して行動すればダイジョーブである。

ほんまに楽です。

でも、こーゆー楽な毎日にひたっているとアホになるでのい。

どっかに、また移動しなくては。

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