くれくれ君たちと少子化

Who….are you?  Who, who, who,who.

ふー、あーゆ、ふ、ふ、ふ、ふ。

なんちて。

CSIばっかり立て続けに観ていたら、頭が「ふあゆ」になってしまった。

CSIは時々観たりしておったが、シリーズ1からシリーズ6まで全部はいったボックスが買ってあったのを思い出して観だしたら止まらなくなった。

オーブンでスコーンを焼いてCSI、焼きそばをつくって食堂のテーブルのベルをりんりん振って鳴らすのを聞きつけて降りてきたモニとカウチに並んでCSI、モニもわしも大好きなチョコレートのサンドイッチを食べながらCSI。

なんだかCSIウイークです。

部屋を暗くしてリモコンをカチと押すとデンドーのスクリーンが静かで滑らかな音をたててシュイーンと降りてきます。

プロジェクタをバチとつけると、ぶおーんというファンの音がして静かになる。

すっかり拡大した(わしが子供の時には街の外れだったLuxerがいまでは街に飲み込まれておる)ラスベガスの街が出てきて、

ふー、あーゆ、ふ、ふ、ふ、ふ、というもともとはThe Whoのテーマソングだった曲が流れてくる。

うふふ。楽しい。

自堕落というのは、まことに抗いがたい魅力のある生活の状態であると思います。

なにごとかに惑溺して自制の回路を停止する。

世の中にこれほど楽しいことはない。

閑話休題。

コメント欄で「Nasu」さんが世の中の都合なんかで子供の数を増やせないのは残念だ、と言ってます。

わっしは前に「少子化、しょうしか、しょうしかあ」と日本ではみなで叫んでいるので調べてみたことがある。

「調べてみた」と行っても近所の家に出かけていって子供を生産するところを覗きにいったのではありません。

わっしはむかしむかしストップオーバーで日本にやってきたとき渋谷の並木橋というところの通りかかった総ガラス張りの喫茶店の窓際の席で不思議なスパゲッティを食べているカップルを発見して、(結果として)ガラスにべったり貼り付いて覗き込んでいたことがある。

ふと光が陰った窓を見て顔がべったり窓にくっついたわっしと眼があった女のひとが「ぎゃあ」と叫んで皿を放り出してしまったので、ボーイフレンドのほうはスパゲティとトマトソース(っちゅうかケチャップ)を一面にかぶって綺麗になってしまいました。思えば、わっしが生まれて初めてナポリタン・スパゲッティというものを見たのはあのときであった。

ともかく、相手に無断で他人のやっていることを覗き込むとケチャップが飛び散る、という厳粛な事実を学んだので、それからあとは他人のやることをのぞき見たりはしなくなりました。

だから、そうではない。

原因をキューメイしたのです。

そのときのわっしの感想は「やっぱり根本は土地の値段だのい」ということでした。

おおざっぱに言って田中角栄首相の農業補償政策に端を発する土地価格の暴騰は、結局、

食料生産=土地価格の押し上げ、という構図を保って、日本の土地をバカ高いものにした。いまでは日本人ならだれでも知っていることになった「アホ政策によって生まれるオーバーヘッド」のうちでも公共事業と並んで巨大なもののひとつです。

日本という国は政府の周りに「くれくれ君」がたくさんいて、置いてけぼりの手の幽霊みたいに手を差し伸ばして「くれえー。くれえー」とお金をねだる手が群れをなしているので、そーゆー「ムダに税金を使う」仕組みがたくさんある。

いうまでもなく、ダントツで世界一です。

多分(冗談ではなくて)そのうち、「税金の着服によって衰弱した国」としていろいろな国の教科書に載るでしょう。反面教師としては、もってこい、というか、ちょっと現実離れした話に聞こえても、日本のような国では現実に起こりえたのだ、というリアリティを伝えるために実際教科書に載せる価値はある。

金額や仕組みがあまりにSF的で教わる生徒は学者が捏造した与太だと思うだろうが。

で、結局、中間過程をすっとばして言うと、80年代に至って土地そのものが投機の対象になった。世界中でユーメイな「生活に必要なものほど高い」不思議な日本の物価体系の完成です。

わっしは高校生のとき、「日本の住宅事情」を特集したテレビ番組を友達の家でたまたま観たことがあった。結婚10年の夫婦が、いちゃいちゃもんもんするために近所の「ラブ・ホテル」に出かけるのを観てたまげました。

もの悲しい話だと考えた。

土地や建造物の値段というのは本来は、それがあげる収益によって決まります。

いちばん簡単な例で言うと、たとえばきみがアパートを買うときには、それと同じ条件のアパートが年間どれだけの家賃をとれるか調べて、それをもって判断すればよい。

一億円のアパートで最大年間600万円の家賃をあげられるなら、それはリターン6%の不動産を買ったことになる。

いまの世界では、不況になったとはいえ、6%はかなり高いリターンです。

ニュージーランドやオーストラリアのような国では、これが最近まで10%内外であった。だから逆に家賃が年間1000万円見込めるアパートを買うときに、むかしのニュージーランドなら一億円内外、いまのニュージーランドなら2億円内外であればよい、と判断がつく。

わっしは前にも書いたように広尾山はもう飽きたので、アパートを売っとばそうかと思っておる。貸す、っちゅうのもいーかな、と思ったことがあります。

そのときフドーサンのひとにソーダンしてみたが、わがボロアパートは家賃としては月50万円くらいだそーだ。

月50万円ということは年間600万円。

っちゅうことは、リターンは2%でねえけ。

うっそお。

ついでに会社の会計事務所に訊いたら会計処理がめんどくさいからやめんべ、そんくらいの金額でそんなくそめんどくさいことやる価値なし、とゆわれたので、そのままほうっぽらかしになっておる。

と言っても、あくまでも指標であって、10%のリターンなら現実の収入は6%弱、ですが、ともかく、そうやってそのプロパティの生産性によって決まる。

ところが田中角栄というひとは、なにを思ったか、そういう土地や建造物が本来持っている健康な市場機能を立法と政策によって人為的に停止してしまった。

普通、人間が空間の狭さからくるストレスをあんまり感じないで生活するには、おおざっぱにゆって、ひとりあたり最低50平方メートルの床面積がいる、という。

家族4人なら200平方メートル、だすな。

実際、欧州人が「小さくてボロイ」と言って冗談の種にするニュージーランドの家は、だいたいそのくらいの大きさです。

もっとも2002年から2008年までは、ちょっと話が違っていて、ニュージーランドでも家の大きさが約半分になった。欧州では、たとえばスウェーデンなどは、若夫婦がドアを開け放して足を廊下に出して眠っておった、っちゅうような笑い話がいっぱいできた。ロンドンの建築家たちが、日本から「ワンルームマンション」という考えを輸入しようと考えて日本に大挙して学習しにいったりしておったのも、この頃です。

基本的にはすべて土地価格の市場機能停止に理由は求められそうですが、根本的な理由は同じだとしても、「衣食住」という生活の基本的3要素が日本は全部空想的なくらい高い。理由を一個ずつあたってみると、なんだかボーゼンとしてしまうことが多かった。

「食」でいうと、ちょっと調べてみると先ず日本の「食料自給率が40%である」というのは、大嘘なのに気が付きます。食料をつくるのに使っている肥料や石油が日本では全然自給なんか出来ないので、ほんまの自給率は5%いかない。

しかしこれは逆に言うと日本の食料の値段は工業製品の市場性格をもっているわけで、本来ならもっと安いはずです。

繰り返しになるのでやめますが、要するにここにも「くれくれ君経済」の法則が働いておる。

わっしは昔宇多田ヒカルが好きだったので、シンガポールのHMVで、宇多田ヒカルのCDを買った。丁度、そのCDがリリースされた日でオーチャードロードのあちこちにある大きなプラズマディスプレーが全部いっせいに宇多田ヒカルのプロモーションビデオを流していたのをおぼえている。

ところで、このCDは日本円で800円くらいでした。買ってきて開けてみると、要するに日本で売っているCDをそのまま輸入(帯やなんかも日本語。日本語歌詞カード入り)して、その上に中国語の訳詞カードを入れて800円。

たしか日本ではアマゾンジャパンで3000円とかだったよなあ、おかしーではないか、と思ったものでした。

あとで訊くと、やはりこれもくれくれ君経済のせいだそうで、なんだか他人事ながら暗い気持ちになった。

日本のひとはエジプトに行くと「バクシーシ」に負けて帰ってきます。

他にもそーゆー国はいっぱいあって、金をくれ、というひとがいっぱい寄ってくる。

金をもらうことに理由なんかありません。ただ、くれ、という。

むかしはニューヨークをクルマで走っていて交差点に止まると、いきなりガバっとドアを開けて、「おい、金をくれ」というおっさんがいた。

日本語でいうと、乞食、ですね。

一ドル札を握らせると、「おまえ、たった一ドルって正気かよ。もっと、よこさんかい」という。

メキシコのくれくれ君は、空港で荷物をかっさらってダッシュで走って逃げると50メートルくらい先で立ち止まって、「荷物を運んだんだから、金をくれ」なんちゃったりする。

日本ではバクシーシが不可視なだけで、同じことです。

しかも、日本の乞食はスーツを着て霞ヶ関や建設会社のオフィスで威張っておる。

金を渡す方を見下している点で、社会における待遇がニューヨークの乞食よりもよいようだ。

で、そうやってくれくれ君が金をかっさらった後に残された金で、漫画的に高い家賃や、どの国のひとに話しても決して信じてもらえない値段の食料品(特に穀類食肉のような必需品)に財布を空にして、よく外国人たちが失礼にもジョーダンの種にして笑い転げるクソ狭いテントをベニヤ板でつくったような家に住んで、国の未来を信じてお子さんをつくってください、ってゆわれても、ねえ。

わっしの日本人のお友達によると日本では「全人口の4人にひとり」(!)が税金でくっているそーです。すごい。合衆国はたしか30+人にひとり、とかだったと思うが、ちゃんとおぼえてません。おぼえてないが、4人にひとり、という数の迫力はちょっと表現しがたいものがあります。

働かざる者食うべからず、と言う。

わっしも働かないのでこの原則を厳密に適用すると、無理なダイエットを自分に強制することになってしまうが、あー、オホン、ともかく、生産しないひとが生産する人の財布に手を突っ込んで「道路だあ、ダムだあ、河口堰だあ」と勝手なことを叫びながら自然をぶっこわしながら金をもって走っていってしまうのでは、社会なんて成り立つほうが不思議だと思う。

成り立たねっすよ。

まして、そういう国で

「子供をどんどんつくってね♡」

なんて言われてもわしでも困ります。

くれくれ君を排除するのが少子化対策の一番なんでねーの、とわっしは思う。

ほら、そこの壁からもきみの財布を開けようとして手が出てきてるでしょう。

その実体は正確には誰なんでしょう。

ふーあーゆ?

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