Daily Archives: June 10, 2009

彗星_ある艦爆パイロットの戦い

カシノのブラックジャックテーブルというのは不思議な社交場であって、身も知らない人間同士が一致して、たとえば17からもう一枚ひきたい誘惑やディーラーの絵札に対してエースをスプリットしないまま勝負する誘惑にひとりひとりが耐えて「テーブルをつくる」作業をとおして一種の「友情」を形成してゆきます。 シドニーの平場のテーブルなどは世界でもいちばん滅茶苦茶なテーブルであって、絵札をスプリットしちゃうひともいれば、18からひくひともいて、論外だが少なくともクラブのブラックジャックテーブルにはまだブラックジャックというものの複雑さや良さが残っている。 そういう場ではマフィアの親分と市長が肩を並べて真剣な顔で考え込んでいたりします。 ある晩、冬のロンドンの裏通りに唐突に有る感じのカシノのクラブでエイトデックのシューとシューとのあいだに、わっしは隣りに座った合衆国人のへろい杖付きのじーちゃんと話しておった。 わっしが東京にいっていたのだと知ると、じーちゃんは、ちょっとなつかしそうな顔をして、自分もちょっとだけいたことがあるんだよ、と言う。 話は戦争のことになって、 「沖縄はこわかったなあ」と言います。 いやね、被害なんかはほとんどないんだよ。 カミカゼの奴が、殺されても殺されても襲ってくるんだ。 誰がどう見たっておれたちの乗っていた空母にまで届きっこないのに、見たこともないオンボロ飛行機でよたよたよたよた突っ込んでくる。 あんな高度から爆弾もって体当たりしてきても、たとえ当たったって被害なんか知れたもんさ。 徹甲弾ってものは弾丸でも爆弾でもある程度の加速度の加勢で被害を与えるようになっているわけだからね。 そのくらいのこと、彼らだってわかっているはずなのに、それでも突っ込んでくる。 殺されても殺されてもムダ死にしにくるなんて、あいつらヘンだったよ。 なんだか人間でないものと戦争をさせられている感じがしてやりきれなかった。 そのうちに根性なしの対空機銃手のやつがひとり頭がいかれちまってさ、取り押さえるのに往生した。 「たいへんでしたね」 わっしは頭の中でちょうどその頃たくさん読んでいた日本側の特攻隊員の本に書いてあったことを思い浮かべてじーちゃんの話に照合したりしていたが、当然のことながら、そーゆー活字で仕入れた虚しい知識を口に出して言ってみるわけにはいかなかった。 そう言えば、おもしろいことがあったよ。 じーちゃんは、相変わらず遠くを眺める眼をしながら沖縄戦の記憶をたどっています。 ひとしきり特攻機がやってきて攻撃をした後にね、おれが空を眺めていると、高いところに天井をつくっていた雲のなかからポツンと黒点が現れてね。 それがみるみるうちに大きくなったかと思ったら、日本の水冷エンジンの急降下爆撃機なのさ。 「Judy っすね」と、言ってしまってから、「しまった」と思っているわっしのほうを 「おっ、知っているじゃないか」という顔で見やってニヤっと笑ってから、 そう、たった一機だけのね、と言う。 ところが、こいつがうまいパイロットでね。 びっくりするような急角度で突っ込んできたと思ったら船団の大型油槽艦の甲板のど真ん中に500キロ爆弾をたたきつけていったよ。 一瞬で、大爆発して、そうだなあ、2千メートルくらいはある火柱をふきあげて沈んじまった。 あんまり見事な間(ま)とタイミングなので、周りの船も対空砲火すらろくすぽ撃てない始末でね。 すぅーと、なんとなく戦場の「幕間」みたいなところにやってきて、狙い違わずぶつけていきやがった。 名人だったぜ、あれは。 それから、じーちゃんはしばらく黙ったな。 少し濁った青い眼が、湿っぽくなったようでした。 そのJudyが、そのあとやったことをおれは忘れられんのだ、と言う。 「?」 急降下から猛烈なプラスGの引き上げをやって急降下爆撃の見本をみせてくれたんだけどね、引き上げが終わってから、また反転して、なんとこれみよがしに海に突っ込んで自爆しやがった。 あの頃は、という頃になるとじーちゃんは声が出しにくそうである。ちょっと涙をぬぐったりしてます。 あの頃は….おれなんかは、いまでもそう思っているがね….おれたちはみんな「良いジャップは死んだジャップだけだ」と思っていた。 でも、あの操縦士の気持ちだけは、あいつがまるで自分の怒りを叩きつけるように自爆するのを身動きも出来ないで見つめていた同じ操縦士のおれたちには痛いほどよくわかったよ。 … Continue reading

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