彗星_ある艦爆パイロットの戦い

カシノのブラックジャックテーブルというのは不思議な社交場であって、身も知らない人間同士が一致して、たとえば17からもう一枚ひきたい誘惑やディーラーの絵札に対してエースをスプリットしないまま勝負する誘惑にひとりひとりが耐えて「テーブルをつくる」作業をとおして一種の「友情」を形成してゆきます。

シドニーの平場のテーブルなどは世界でもいちばん滅茶苦茶なテーブルであって、絵札をスプリットしちゃうひともいれば、18からひくひともいて、論外だが少なくともクラブのブラックジャックテーブルにはまだブラックジャックというものの複雑さや良さが残っている。

そういう場ではマフィアの親分と市長が肩を並べて真剣な顔で考え込んでいたりします。

ある晩、冬のロンドンの裏通りに唐突に有る感じのカシノのクラブでエイトデックのシューとシューとのあいだに、わっしは隣りに座った合衆国人のへろい杖付きのじーちゃんと話しておった。

わっしが東京にいっていたのだと知ると、じーちゃんは、ちょっとなつかしそうな顔をして、自分もちょっとだけいたことがあるんだよ、と言う。

話は戦争のことになって、

「沖縄はこわかったなあ」と言います。

いやね、被害なんかはほとんどないんだよ。

カミカゼの奴が、殺されても殺されても襲ってくるんだ。

誰がどう見たっておれたちの乗っていた空母にまで届きっこないのに、見たこともないオンボロ飛行機でよたよたよたよた突っ込んでくる。

あんな高度から爆弾もって体当たりしてきても、たとえ当たったって被害なんか知れたもんさ。

徹甲弾ってものは弾丸でも爆弾でもある程度の加速度の加勢で被害を与えるようになっているわけだからね。

そのくらいのこと、彼らだってわかっているはずなのに、それでも突っ込んでくる。

殺されても殺されてもムダ死にしにくるなんて、あいつらヘンだったよ。

なんだか人間でないものと戦争をさせられている感じがしてやりきれなかった。

そのうちに根性なしの対空機銃手のやつがひとり頭がいかれちまってさ、取り押さえるのに往生した。

「たいへんでしたね」

わっしは頭の中でちょうどその頃たくさん読んでいた日本側の特攻隊員の本に書いてあったことを思い浮かべてじーちゃんの話に照合したりしていたが、当然のことながら、そーゆー活字で仕入れた虚しい知識を口に出して言ってみるわけにはいかなかった。

そう言えば、おもしろいことがあったよ。

じーちゃんは、相変わらず遠くを眺める眼をしながら沖縄戦の記憶をたどっています。

ひとしきり特攻機がやってきて攻撃をした後にね、おれが空を眺めていると、高いところに天井をつくっていた雲のなかからポツンと黒点が現れてね。

それがみるみるうちに大きくなったかと思ったら、日本の水冷エンジンの急降下爆撃機なのさ。

「Judy っすね」と、言ってしまってから、「しまった」と思っているわっしのほうを

「おっ、知っているじゃないか」という顔で見やってニヤっと笑ってから、

そう、たった一機だけのね、と言う。

ところが、こいつがうまいパイロットでね。

びっくりするような急角度で突っ込んできたと思ったら船団の大型油槽艦の甲板のど真ん中に500キロ爆弾をたたきつけていったよ。

一瞬で、大爆発して、そうだなあ、2千メートルくらいはある火柱をふきあげて沈んじまった。

あんまり見事な間(ま)とタイミングなので、周りの船も対空砲火すらろくすぽ撃てない始末でね。

すぅーと、なんとなく戦場の「幕間」みたいなところにやってきて、狙い違わずぶつけていきやがった。

名人だったぜ、あれは。

それから、じーちゃんはしばらく黙ったな。

少し濁った青い眼が、湿っぽくなったようでした。

そのJudyが、そのあとやったことをおれは忘れられんのだ、と言う。

「?」

急降下から猛烈なプラスGの引き上げをやって急降下爆撃の見本をみせてくれたんだけどね、引き上げが終わってから、また反転して、なんとこれみよがしに海に突っ込んで自爆しやがった。

あの頃は、という頃になるとじーちゃんは声が出しにくそうである。ちょっと涙をぬぐったりしてます。

あの頃は….おれなんかは、いまでもそう思っているがね….おれたちはみんな「良いジャップは死んだジャップだけだ」と思っていた。

でも、あの操縦士の気持ちだけは、あいつがまるで自分の怒りを叩きつけるように自爆するのを身動きも出来ないで見つめていた同じ操縦士のおれたちには痛いほどよくわかったよ。

まるで声が聞こえてくるように判った、といえばいいかな。

あいつは、きっと、ほんとうは志願したくもないカミカゼに「無理矢理」志願させられたんだろう。日本人にはそういうところがある、というからね。

他の腕の悪い操縦士が次から次に犬死にしているあいだじゅう、雲のなかに隠れて旋回していたのだと思う。

雲間から様子をうかがいながらね。

キチガイじみた犬死に戦闘が終わったときを見計らって、あいつは、自分だけの戦いを戦いに降りてきたのさ、きっと。

やつが必死で訓練に訓練を重ねて磨き上げた腕をおれたちに見せに来た。

日本の操縦士がふらふらやってきてただぶち殺されるだけのものじゃないのを見せに来たんだと思う。

見事だったよ、実際。

あのときが初めてだぜ、日本人にも尊敬にあたいするやつがいるんだな、と思ったのは。

バカみたいに死ににくるだけじゃないんだ。

腕もあれば勇気もある奴がいたのさ。

ディーラーが両手を広げてみせて、さあ、いくべ、と言う。

じーちゃんとわっしは次のシューにかかった。

わっしは、特に中盤スプリットした上に両方のダブルアップをすったのがこたえて、チップが半減した。じーちゃんは、ずっとちょこちょことすっていたかと思ったら、5000ポンドのダブルアップにあっさりパーシャルですらなく応じて、その一発で勝っておった。

すげー度胸です。

まだ午前二時だったが、わっしは、その晩は席を立って雪の中を歩いて帰りました。

味方は誰もいなくなった敵の眼だけが見つめる洋上で「特攻」という非人間的な作戦と呼ぶのも汚らわしい感じのする作戦家の頽廃の極点のような作戦に抗議して見事に急降下爆撃を成功させ、怒りをぶつけるように水面に自らを叩きつけて死んだひと組の日本の若者のことを考えた。

どんなにか悔しかっただろう、と思いました。

えっ?それだけかって?

そーです。

わっしは、いまいましいことに、この彗星搭乗員のことをいままで忘れておったのだ。

このひとたちがたったふたりで戦った彼等の人間性を賭けた戦いのことを忘れていました。

さっき「エルベ特別攻撃隊」についてのBBCのドキュメンタリフィルムを見ていて、突然思い出した。

今度は忘れてしまわないように、ここに彼らの母国語であった日本語で記録しておこうと思っただけです。

戦争というのは公式記録に載らないもののなかにしか人間の真実は記載されていないのかもしれません。

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2 Responses to 彗星_ある艦爆パイロットの戦い

  1. k says:

    いい文、いい話だ。あなたが何者か知らないが、この文の内容については共感する。くそったれな特攻とその立案者なぞ本当にどうでもいいが、特攻に行くしかなかった人々のことは時々考える。この文にあるようなことが本当にあったなら少しうれしいような、でもやはり生きて欲しかった。

  2. DoorsSaidHello says:

     私はずうっと、こういう「選択の余地のない事態」の中で、自分に何ができるのか、何をしたいのか、何をすることになるのかを考え続けてきたような気がする。十代の頃に日本の「良心的兵役拒否」について本を読んで以来、ずっと胸の底にその疑問はあった。

     特攻(この言葉も嫌いなんだ)の風景が異常で異様なのは、それを支配している論理が既に「勝利を得るために有用であるか否か」ではないからだ。その意味のなさは正しくグロテスクなのであって、「人間でないもの」と戦争をさせられていたという感覚は健全だと思う。
     もしも自分がその異常な時代、異様な要請のただ中にいたら、私がしたいことは何だろう? Noと言って同胞に殺されることか、Yesと答えて死ぬことか、それとも?
     その場になってみないと分からないが、生きるか死ぬか、またその方法を、他人の都合や利益で勝手に決められることには抵抗を感じる、というか、腹が立つ。

     死ぬなら、せめて命令になんて従いたくない。
     私の命は、私のものだ。

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